「これで、引っ越しの荷物は終わり?」
「うん。後は梱包を解くだけ。」
広報部特別機動部隊・広報六課の稼働が来月に迫ったある日の事。事務処理の都合も兼ねて、一足先に引っ越し作業をするなのは達の姿があった。因みに、ヴォルケンリッターおよび新人たちは仕事の都合があるため、引っ越しは直前もしくは稼働初日になる予定だ。もとから広報部に所属しているメンバーは、適当に都合のいい日を見計らってこっちの寮に移る予定である。
はやては課長兼部隊長と言う立場上、上司の指示で早めに移動して最後の詰めを行う事になったため、今日からこちらでお世話になるのだ。また、エリオやキャロのように管理局の学校に通っているメンバーは、卒業式が終わってから随時引っ越してくる事になる。
「寮、って単語からは想像もつかないほどいい部屋だね。」
「広いよね。」
荷物の運び込みを手伝った優喜の台詞に、心の底から同意するなのは。士官用の部屋は、フェイトとシェアしてなお、十分な広さがあった。因みに、扱いは外部協力者の優喜も、ずっと前から最高機密に当たる品物を納品していた事から、一応三等空佐相当の資格を与えられており、今回は作業スペース確保の兼ね合いもあって、士官用の部屋をあてがわれている。すずかと紫苑は曹長待遇だ。
もっとも、三等空佐の資格が直接給料などの具体的な恩恵に結び付いたのは、実は今回が初めてだったりするが。他にも、聖王教会からも、上級騎士の資格と勲章を押し付けられているのだが、せいぜい施設のフリーパスにしか使っていない。後はたまにベルカ料理の店でサービスしてもらえるぐらいで、地位も名誉もどうでもいい優喜にとっては、これと言ってありがたみが無い。
「そう言えば、士官用の部屋って、具体的にはどの階級から?」
「一応准尉からかな?」
「じゃあ、アバンテとカリーナは1LDの部屋?」
「あの二人は今回昇進するから、部屋も士官用になるよ。」
もっとも、お茶ぐらいは自分で入れるカリーナと違って、飲み物はコンビニや自販機オンリーのアバンテには、士官用の部屋にあるミニコンロはただの飾りになるだろうが。
「すずかのほうは大丈夫?」
「うん。」
「すずかちゃん、荷物置くスペース足りなかったら言ってね。私たちの部屋には結構余裕があるから。」
「ありがとう。でも、時の庭園の作業スペースと直通させるから大丈夫だよ。」
1LDという部屋の狭さを心配してのなのはの言葉に、あっさりマッドな台詞を返すすずか。実際のところ、月村邸のすずかの部屋は、ここの士官用の部屋よりなお広い。そして、今までのすずかはその広さや設備を過不足なく使いこなして生きてきたため、いきなりこれだけの落差に対応できるかどうかが不安だったのだが、見たところ持ちこんだ荷物も最低限に抑えているようだし、それほど心配する必要はなさそうである。
もっとも、普通他所の部署の寮の部屋など、四畳半程度のスペースにベッドと箪笥とスチール机があるか、十二畳程度のスペースで四人部屋とかが普通で、マシなところでスバルとティアナが入居していた十二畳で二人部屋、と言う部屋である。三等陸士や二等陸士が入る寮には間違っても、1LDなんて広い部屋はない。
「それよりゆうくん、紫苑さんの荷物って、それだけで大丈夫なの?」
「服とかは、卒業式が終わったらそのまま向こうから持ってくるって。」
段ボール箱一つ分程度の荷物しか運び込まなかったのを見て、小首をかしげながら質問するすずかに、軽く手を振ってそう答える優喜。持ちこんだのは消臭剤やハンガー、洗剤、コップなどの中を見られても困らない日用品ばかりだ。
あの後、紫苑は折角だからと卒業まで向こうで過ごすことにしたのだ。本人は大学を辞めてすぐにこちらに来る予定だったのだが、勿体ないから卒業はしておくように、と優喜に諭されて、そのまま卒業までいる事にしたのだ。その際、ついでに季節のずれを解消することにしたため、それなりの頻度で向こうを覗きに行く優喜以外は、あの後一度も顔を合わせていない。
「私達も明後日、卒業式だよね……。」
「もうじき十年か……」
寮のロビーで自販機の飲み物を買い、休憩しながら月日の流れをしみじみと語りあう。
「やっと大学生と言うべきか、もう大学生と言うべきか、難しいところだよね」
「なんか、忙しい大学生活になりそうやなあ……」
はやてのぼやきに、苦笑しながら頷く一同。今日引っ越し作業をしている人間は、全員そのまま聖祥大学に進学する予定になっている。
「そう言えば、来年からまた共学になるんやっけ?」
「うん。その代わり、授業はみんなバラバラだけど。」
「入学して、一番最初にやることが単位計算と時間のすり合わせだしね。」
フェイトの言葉に頷く一同。何しろ、部隊長などと言う役職と大学生の二足のわらじだ。一週間、朝から晩まで授業でびっちり、などと言う割り振りは不可能だ。必然的に、必修科目をどう割り振り、誰がどの時間帯を空けておくかと言うのを相談してローテーションを組まなければならない。出席日数も自動的にぎりぎりになるだろうし、単位も余裕など存在しなくなるはずだ。
「サークル活動とか合コンとかありえへん日程になるなあ。」
「いっそ、最初から休学でも良かったかもね。」
「それ言い出したら、そもそも私なんか大学行くこと自体あり得へんやん。」
「俺はもう、今年は休学することにしたしなあ。」
などと、大学生活についての話題で花を咲かせる。高校生活も残りわずか、そろそろ今しかできない事を考える時期かもしれない。
「もうじき春休みだし、折角だからみんなでどこかに遊びに行きたいよね。」
「せやなあ。ただ、今稼働前の準備でものすごく忙しいから、遊びに行きたいです、はいそうですか、言う訳にはいかんやろうなあ。」
「だよね……。」
なのはの言葉に後ろ髪をひかれながらも、秒殺で却下するはやて。その言葉を聞いて、小さくため息をついて同意するしかないフェイト。なにも無し、と言うのはそれはそれであまりにも寂しい、ということであれこれ話しているうちに、だんだん話が逸れて、寮生活での注意事項にうつっていく。
「なあ、はやて。」
「どうしたん、フォル君?」
「今思ったんだが、すずかのあの期間はどうするんだ?」
「そこはもう、二カ月に一回ぐらいの事やし、期間も一週間程度やから、割り切って休んでもろてどうにかしてもらおうか、って思ってるんやけど?」
寮生活の注意事項の項目を聞いていたフォルクが、すずかの秘密に直結する問題を指摘する。いろいろあってヴォルケンリッターには明かされている夜の一族の秘密、それがこんなことで外に漏れてはたまったものではない。そこははやても理解していたため、一週間程度の事だし、実家の用件あたりをでっちあげて休んでもらって、隔離するつもりでいる。
「それ、大丈夫なの?」
「すずかちゃんの立場は、優喜君と同じで嘱託扱いの外部協力者やから、私らよりそう言う融通がきかせやすいねん。」
パートタイマーの局員であるなのは達三人とは、微妙に立場が違う。優喜と紫苑は宝飾店「ムーンライト」から、すずかは「時の庭園」からの出向と言う形になるため、管理局とは直接の雇用関係は存在しない。それを言い出せばフォルクも厳密には聖王教会からの出向なのだが、こちらはすでに管理局に移籍している。
「優喜君や紫苑さんも、立場上結構な頻度で抜ける事になるやろうし、すずかちゃんだけあかんとも言われへんから。」
出向と言う形を取っている以上、ある程度は本来雇用関係にある組織の都合で職場を離れることも許されている。たとえば優喜の場合、アクセサリの商談のために留守にしたり、消耗品の量産のために出動を拒否したりもできる。守秘義務を守り契約した仕事さえちゃんとやっていれば、なのは達よりかなり自由に行動できるのが優喜達の立ち位置であり、その立場を生かしてあれこれフォローするのが今回の仕事だともいえる。
「今考えると、この部隊の運用って意外とシビアだよね。主に時間の面で。」
「まあなあ。とは言うても当分の間は、基本日中はなのはちゃんらがおらんでも問題あらへんし、問題になるとしたら事件が起こって緊急出動になった時だけやけど……。」
「そこはまあ、ヴォルケンリッターとアバンテ達でどうにでもなるだろう。」
はやての言葉に、特に気追うことなく答えるフォルク。実際のところ、日中なのは達が不在なのは今に始まった事ではなく、大学の場合は受ける授業の選択でローテーションを組めるから、部隊長や小隊長を任せても大丈夫だろう、見たいな考えでなのは達に小隊長を押し付けたようなものである。
「と言うか、大丈夫でないと困るねん。今までおらんかった部隊やねんし、他所に影響でそうな引き抜きは、せいぜいヴォルケンリッターのメンバーぐらいやねんし。」
「だよね。元々、私もフェイトちゃんも戦力外として計算してるんだし。」
そもそも、これから一年かけて、教育システムと運用方法を確立していく部隊だし、それ以前の問題として、これまでも日中に活動していたのはアバンテとカリーナ、そして去年デビューして実戦投入された二組のグループのみだ。なのはとフェイトは基本的に、いたらラッキーぐらいの感覚で支援要請を出している、と言うのが現実である。
しかも、メンバー編成はほとんどが新人か若手で、入局八年目のヴァイスが古株に分類されるレベルだ。特にバックアップチームのメンバーは、各部署から引き抜く際に、現時点で代えがききつつ、それなりに優秀でそこそこ広報部に理解のある人材を選んで交渉したのだから、当然と言えば当然である。中にはグリフィスのように、優秀だからこそ先を見て修行に出す、という選択で元の部署から離れた例や、ヴァイスのように自分から売り込んできて移籍してきたケースもあるが、大半はこれ以上余計な刺激を与えないように、全くの新人ではない、と言うレベルの人材を広く浅く募ったと言うのが現実だ。
待遇を考えれば左遷と言うほどひどい訳ではないが、それに近い認識をされているのは間違いない。救いなのは、バックアップ部門に限れば集まったメンバー全員、裏で何を言われようとそれほど気にしていないことだろう。
「だけど、一年って言うのは結構厳しい期限だ。広報部だけでの部隊行動はともかく、他所の部隊との連携に関して、目途は立ってるの? 正直僕は普通の魔導師部隊がどういうレベルかを知らないから、カリキュラムの組みようが無いんだけど。」
「一応、カリーナのところと優喜君のところの子たちで他所に出向いて、夏休みぐらいまでに合同訓練を何度かやって、問題点の洗い出しをするつもりではいるけど。」
「やっぱり、とっかかりまでにそれぐらいはかかるか……。」
「まあ、そっちに関しては、見通しが立てば上出来や。こういう新しい取り組みについては、さすがに誰も一年で目途がつくとは思ってへんし。」
はやての言葉は、上層部からきっちり言質を取り、議事録に乗せ、証拠保全も済ませたものである。そもそも、高町なのはとフェイト・テスタロッサと言う突然変種が管理局に所属してから、フォルク・ウォーゲンが新たな気功の使い手として管理局に移籍してくるまでに四年、アバンテとカリーナを公的に竜岡式で鍛えるまで五年、まとまった人数を育成して実戦投入するまでに九年かかっているのだ。しかもこれでも早い方なのだから、新しい事、と言うのはそれだけ時間がかかるのである。
「とりあえず今年絶対やり遂げなあかん事は、せめて広報部内部だけでも、大規模部隊としての運用をある程度形にする事。なんか目に見える実績があれば最高やけど、この部隊の戦力で部隊行動を取らな解決できへん事件なんて起こったらまずいから、そこまで望む訳にはいかへん。」
「問題になってくるのは、実績なしでどうやって形になった事を上層部に認めさせる事、かしら?」
「そう言う事やな。」
かけられた声に反射的に返事を返し、おや? と言う顔をする。ここに居ないはずの人物の声だったからだ。
「あれ? 紫苑さん、卒業式は終わったん?」
「ええ。打ち上げとか全部断って、家に荷物を取りに帰ってそのままこっちに来たの。」
そう言って、さりげなくすずかの隣に座る。どうやら、紫苑の存在に気が付いていなかったのははやてとすずかだけだったらしく、彼女の登場に特に驚いた様子はない。気功をやっていないすずかと、気功を触ってはいるが気配を読むのは苦手なはやての二人が気がつかなかったのは、ある意味当然と言えば当然である。なにしろ、このロビーの休憩スペースは、今日は荷物の運び込みが多く、業者が結構出入りしているのだ。そのため、機密に触れそうな話題が外に漏れないよう、特殊な結界を張って会話をしている。紫苑がその会話を聞き取れたのは、単純に除外設定がなされているからだ。
「おかえりなさい、紫苑さん。」
「ただいま、なのはさん。」
なのはと紫苑のやり取りを聞いて、何とも言えない顔になるはやてとフォルク。言ってしまえば、二人だけ外様なのだ。
「積もる話は後にして、紫苑さんの荷物を置いたら、どこかで飯にしないか?」
「そやね。よう考えたら、そろそろお昼時や。」
フォルクの提案に賛成し、さっさと部屋に荷物を降ろし、なのはとフェイトの車に分乗して最寄りのレストランまで走るのであった。
はやてを中心とした幾人かのものを除いて、ほとんど内容のないスピーチを聞き流していると、ようやく開課式が終わる。
「この広報六課って、わざわざこんな式典をやるほど重要なんですね~。」
「あまり考えたくはないけれど、世間からも相当注目されているのは確かなようね。」
昨日の夜、寮の夕食で面識を持ったキャロの言葉に、全く面倒だわ、と言う感じで答えるティアナ。いろんな人間にのせられて異動を受け入れたが、今になっていろいろと後悔の念が湧きあがってきたのだ。何が問題かと言って、何故にたかが管理局の一部門に新しい課が増えたからと言って、ここまで大掛かりな式典をするのかと、その式典に、何故にテレビカメラが何台も来ているのか、である。
しかも、冗談だと思っていた六課の芸能がらみのコンセプトを、そのまま堂々と宣言してしまっているのだ。と言うか、ミッドチルダ歌劇団とか、何の冗談かと小一時間ほど問い詰めたい。何より痛いのが、自分達もきっちりその一員になっているのである。
「ホント、ミッドチルダ歌劇団って、一体だれのセンスよ……。」
「少なくとも、なのはさんやフェイトさんじゃないのは確かかな?」
「八神課長のセンスでもなさそうではあるけど、ね……。」
今日の式典に関する事前ミーティングでの、突っ込みと愚痴をこらえたあの表情は忘れられない。八神はやての理不尽さに彩られた半生や今の立場からすると、自分が感じている程度の不本意さなど実に可愛らしいものだろう。
「それよりティア、あたし達はあっちに行かなくていいの?」
「何が悲しくて、インタビューでさらし者にならなきゃいけないのよ……。」
「あんな小さい子たちを生贄にするのもどうかな、って思うけど……。」
そう言って、ティアナ達とは別の今年の犠牲者を眺めるスバル。今年は極端に特性に問題を抱えている人間がいなかった事に加え、能力面での育成コンセプトが変わったため、わざわざ卒業まで一年以上残っている、現在主席を突っ走っている人間を引き抜いてきたのだ。当初は二人の予定だったところに、次元戦争で崩壊した管理外世界の、現在確認されている唯一の生き残り、と言う女の子を加えて女の子三人のグループになった彼女達は、「大和撫子」をコンセプトにすでに訓練が始まっており、グループ名もそのまんまになる予定とのことである。
「あの子たち、どんな感じなの?」
「そうですね。寮に入った日から、紫苑さんに箸の上げ下げから何から何までびしばしとしごかれてるみたいですよ。」
エリオの言葉に、うわあ、と言う顔をするスバル。全くできない訳ではないが、どうにもそういう作法は大の苦手である。
「作法を学ぶ事は悪いことではないけど、大人が決めたコンセプトのために、無理やり教え込むのは感心しないわね。」
「無理やり、と言う訳でもないですよ。あの子たち、みんな紫苑さんに憧れていて、あんな風になれるなら全然辛くない、ってきらきらした目で言いきってましたし。」
キャロの言葉に、思わず納得する。琴月紫苑は、自分達と同じ女とは思えないほど上品で、仕草の一つ一つが恐ろしいほど絵になる女性だ。容姿の秀麗さもさることながら、内側からにじみ出る何かが容姿以上に彼女を魅力的に見せる。多分紫苑なら、仮に顔立ちが二目と見られぬほど醜くても、一目で男女問わずほとんどの人を魅了してのけるだろう。
正直、ああなれる可能性があると言うのであれば、ティアナとて厳しい指導に耐えようとするだろう。そう考えると、大人が勝手に決めたコンセプトとはいえ、尊敬できる女性に幼いころから指導を受けられるのは羨ましいかもしれない。もっとも、魅力的な人物と言う観点で見れば、なのは達もヴォルケンリッターも、目標にするに足るだけの魅力を持ち合わせた、尊敬に足る人物である事は、イロモノと言う色眼鏡をかけたティアナですら認めるところではある。
「ようやく落ち着いたようね。」
「あたし達も行こう。」
報道陣が可愛らしい訓練生たちのインタビューに満足し、撤収を始めたのを察して移動を開始する。先ほどまで報道陣に詰め寄られていたなのは達もすでに引き揚げており、後はティアナ達のように動くタイミングを逃した人間以外は残っていない。
「ミーティングって、何をするんでしょうか?」
「聞いた範囲では、チーム分けと明日からの訓練内容の説明、みたいだけど。」
「訓練内容、ですか。」
「まあ、あたしは確実に別カリキュラムになるんだけどね。」
ティアナの言葉に、どう答えていいか分からなくなるエリオとキャロ。すでに大和撫子のメンバーも本格的な訓練を始めている事を考えると、冗談抜きでティアナ一人が別カリキュラムになりかねない。まだあの三人は二週間程度しか触っていないとはいえ、子供の二週間は馬鹿に出来ない。
その事を端的に示すのが、もう十年竜岡式訓練法で鍛えているスバルが、伸び盛りの時期にあまり熱心にやらなかった結果、体力はともかく気功周りの技量は、完全にエリオやキャロに逆転されているところに表れている。ティアナもまだ若く、新しい事を吸収する力は十分ではあるが、それでも小学生と比べれば伸びでは劣る。その上、気功と言う技能の習得にはさほど積極的ではない事も考えると、トータルでの不利は否めない。
優喜の事だから、そこも考えてカリキュラムは組むとは思うが、別カリキュラムになるのは避けられないだろう。
「まあ、詳しい事は話を聞いてから、ね。」
「そうだね。エリオ、キャロ、行こう。」
「「はい!」」
「開課式お疲れさん。今から、当面の事をちょっと説明させてもらうわ。」
定時になり、全員ちゃんとそろっている事を確認した上で切りだすはやてに、背筋を伸ばして聞く体制を整えるティアナ。さすがにいつまでも不本意だとごねるほど子供でもなければ、頭が悪い訳でもない。
「自己紹介とかは昨日のうちに済ませてるはずやから、まずはチーム分けから。」
はやての言葉に合わせて、各自の前に小さなウインドウが、はやての背後に大きなスクリーンが投影される。
「今、みんなの前にチーム分けを表示したけど、一覧で表示するとこんな感じや。」
そう言って、星組(スターズ)、天組(ライトニング)、月組(ムーンライト)、風組(ウィンド)と表示された各グループを示す。隊長は、星組がなのは、天組がフェイト、月組がカリーナ、風組がフォルクとなっている。すでに実戦経験がある二期生が月組、今年初陣の三期生が風組で、優喜とアバンテは風組に登録されている。他に人員輸送・大道具・企画・後方支援と書かれ、ロングアーチとコードが振られているチームもある。こちらは表に出ないチームゆえ、星組のような名称は振られていない。
「月と風に比べて、星と天がかなり人数が少ないけど、これは今後の育成の都合と、総合ランクの問題や。あと、チームが成立してる二期生と三期生をバラにするのはややこしい事になる、言うのも理由の一つやな。」
星組と天組が隊長、副隊長を合わせても四人なのに対して、他のグループは十人を超えている。これは、去年実戦投入された二期生が男五人、女五人で戦隊を組んでおり、今年投入される三期生も男四人、女四人でバンドのようなものを形成している事に起因する。
「あと、今更の話で恐縮やけど、星組と天組は、基本的に部隊としてはこの組み合わせで動かすことは多分あらへん。見てのとおり、育成の観点では悪くない組み合わせでも、チームとしてはちょっとバランス悪いし。」
「スターズとライトニングは、部隊としては主に新人四人の連携を訓練していくことがメインになるから、その前提でお願いね。ヤマトナデシコも、当面所属としてはロングアーチだけど、面倒はこっちで見るから。」
「月組は外部の部隊との合同訓練と問題の洗い出し、風組は緊急出動に対応と、空き時間で月組とか他所の部隊との合同訓練と問題の洗い出しが主な仕事や。もちろん、出動要請の件数や規模によっては、風組以外のチームも出動するから、そのときはよろしくな。」
なのはの補足説明を受け、他の部隊の役割まで一気に話す。全員に部隊の趣旨と基本的な行動指針が伝わったと確信したところで、次に広報活動の説明に移る。
「で、広報活動の方やけど、こっちは基本的に、今までと特に変更は無し。今まで通り、他の課とかロングアーチとかが取ってきた仕事をこなしてくれたらええ。ただ、五月末に六課全体で結成記念公演があるから、しばらくはそっちのためのレッスンが増える。」
記念公演と言う単語に、微妙に嫌な予感がしなくもないティアナ。正直こっちは、容姿も凡人なら芸事の心得もないのだ。後二カ月で、そんな人間をものにしようと言うのなら、それは正気の沙汰ではない。
「星組と天組の新人は、そこでデビューになるから、気合入れてレッスン受けやんと恥かくで。」
「あと、結成記念公演に合わせて、何か事件が起こる可能性もあるから、みんなそっちの備えも忘れないでね。」
しれっととんでもない事を言ってのけるはやてとフェイトに、あいた口がふさがらないティアナ。恐る恐る周囲を見ると、頑張れ、と言う生温い視線が。
「こっちはまだ、発声のイロハも出来てないってのに、二カ月でどうしろって言うのよ……。」
「大丈夫だよ、ティアナ。私たちだって、芸能周りのレッスンは実質一カ月ちょっとだったし。」
「何の慰めにもなってません!」
フェイトの言葉は事実だが、何の慰めにもなっていないのも確かだ。しかも、その一カ月ちょっとと言うのは、クリステラソングスクールに泊まり込みで、日がな一日歌に専念しての一カ月だ。ティアナ達がそれを出来る訳が無い以上、フェイトの言い分は無茶の極みである。一応、異動が決まってから合間を縫ってレッスンを受けてはいるが、ティアナが言ったとおり、発声のイロハも出来ていないレベルである。
「まあまあ。確かに二カ月しかないって言うと不安にもなるだろうから、そのための特別カリキュラムは用意してあるって。」
「……いくらここがそういう部署だと言っても、局員としての実力より芸を磨く方を優先しなきゃいけないのってどうなんですか?」
ティアナのとげとげしい言葉に、思わず苦笑するしかないなのは達。正直、もっと早くに折れてくれていれば、十分に準備する時間はあったのだ。実際、エリオとキャロ、それにヤマトナデシコの三人は、歌の基礎ぐらいは叩き込んである。が、それを今更言っても始まらない。
「とりあえず、ミーティングはこれでおしまい。昼食べたら各自、転送した予定表に従って行動してや。ほな、解散!」
そんなこんなをフェイトに詰め寄っている間に、はやての解散の声に従って三々五々散っていく同僚たち。見かねたスバルがティアナの肩を叩いて正気に戻す。
「ティア、とりあえずご飯にしよ。」
「……そうね。まずはしっかり食べるものを食べてきっちり体力をつけておかないと、この後どんな理不尽な事が待っているか分からないものね。」
「その意気だよ。」
ティアナの言葉に割り込んでくる声。思わず振り返ると、なのはとカリーナが立っていた。カリーナが、すっとティアナの手を取る。因みに、スバルが割り込んだ時点で
「……なんですか?」
「これから、管理局の常識で考えればいろいろやるせない気分になるような、理不尽な事がいっぱい待ってると思うけど……。」
唐突な台詞に戸惑うティアナに構わず、握った手に込める力を強くし、カリーナが言葉を続ける。
「絶対あきらめちゃ駄目! 頑張ればそのうち報われるから!」
カリーナのその言葉に、同類の匂いをかぎ取るティアナ。どうやら、テレビで見る以上にいろいろ理不尽な目を見てきているらしい。その道の先達からの心強い励ましに、思わず真面目な顔で聞き返す。
「報われる、って、具体的には?」
「主に給料明細!」
かなり身も蓋もない発言に後ろで噴き出すなのはを無視し、意気投合して見つめあう二人。報われる方向性の俗っぽさまで同じあたり、本当にこの二人は凡人度合いまで同類らしい。
「とりあえず、さっさとご飯食べて、昼からの打ち合わせを済ませちゃおう。ヴィータちゃんもシグナムさんも待ってるし。」
「あ、はい。」
「ティア、がんばろ!」
なのはに促され、妙に気合十分のスバルに引きずられ、待っていてくれたエリオとキャロに頭を下げて食堂へ。相変わらず良く食べるスバルと、それに負けず劣らず食べるエリオに呆れながら、ただ飯のくせに異常にレベルの高い昼食に感激する。ティアナは知らない。昼からの特訓は、まさに地獄と言う表現がふさわしい事を。
「大規模イベント?」
「ええ。さすがにそろそろ、ワンパターンすぎて飽きられていると思うのですよ。」
「まあ、レリックの回収に成功するかどうかだけで、一方的に負けて追い返されるパターンは変わらないからね。」
もっとも、もはやそれは様式美だと思うけどね、などとのたまうドクターに、内心の悔しさを隠して続きを述べるクアットロ。
「新設される部隊、確か広報六課と言いましたか? 彼らが五月末に結成記念公演と称して、大規模な舞台を行うそうです。」
「それで?」
「幸いにして、規模が大きすぎて、野外以外ではイベントを行えないようなので、襲撃をかけて乗っ取ってしまいましょう。」
「ふむ……。」
クアットロの提案をじっくり考える。今までの展開は、基本的にタイムボ○ン的なパターンを踏襲してきていた。それはそれで、お約束とか様式美としては悪くはないのだが、様式美にしてももう少し展開のバリエーションは増やすべきだろう。
その事を踏まえて、今の提案をもう一度検討してみる。ライバルのコンサートの乗っ取りは、様式美としては悪くない。会場が野外である、と言うのも、実行に移しやすくていい。安全のために結界ぐらいは張られているだろうが、破るのは造作もないとまでは言わずとも、出来ない範囲ではない。
問題があるとすれば、基本的に乱入したところで、多分勝ち目はないであろうこと。コンサートの情報によると、当日の進行は八神はやてがプロデューサーとして仕切るようだが、彼女がどの程度、ノリとか様式美に理解を示してくれるか、で、乗っ取れる時間も変わる。
正直なところ、乗っ取りとそれによる戦闘自体はともかく、それで無用な被害者を出すのはよろしくない。人的被害が出ていないからこそ、そこまで目くじらを立てて追い回しに来ていない、という側面もあるのだ。それに、勝ち目を作るために切ろうと思えば、明らかに把握されていないと自信を持てる手札は結構な枚数がある。が、正直それらは出来る事なら、今研究中の物の改造が終わってお披露目をするときか、その目処がつくまでは温存しておきたい。
「……そうだね。多少装備を作るか。」
「では?」
「ああ。相手も含めて、一人たりとも怪我人も死人も出さない事、を条件に許可するよ。」
「何故ですか?」
「コンサートで怪我人を出すなんて、無粋の極みだからだよ。」
不満をにじませかけたクアットロは、その一言であっさり考えを変える。確かに、けが人や死人がごろごろ出ている中で歌うなど、無粋にも程がある。自分が聴く立場なら、興ざめもいいところだろう。ファンを自称する連中がどう感じようが知ったことではないが、自分が聴いて興ざめすると分かっている状況で、歌を歌うなど願い下げだ。
「分かりましたわ。その前提でプランを練ることにします。」
「ああ。それと、彼らを使うのは許可できない。」
「分かっていますわ。歌のレッスンも受けていない人間が舞台に上がるのも、同じぐらい興ざめしますもの。」
クアットロの言葉に一つ頷くと、作業があるからと退出させる。
「……よろしいのですか?」
「ああ。さすがにそろそろ違うパターンも試すべき時期だ、と言うのは否定できなかったからね。たまにはこちらからちょっかいをかけるのも悪くないだろう。」
スカリエッティの言葉に、しぶしぶながら頷くウーノ。一応動画に関しては、自主制作ドラマだのコントだのを配信して飽きが来ないように工夫はしているのだが、何分向こうとはマンパワーが違う。一番売り上げに貢献する対Wing戦がほぼ結末が同じになってきており、少々のてこ入れでは売り上げがジリ貧になるのは避けられない情勢だったのだ。
「ですが、戦闘を回避しながら、と言うのはクアットロの性格上、それほどたやすくは無いのではないでしょうか?」
「そこをこれからどうにかするのさ。ウーノ、ドゥーエとは連絡が取れるかい?」
「……まさか?」
「ああ。このネタを向こうにリークして、せいぜい一大イベントとして盛り上げることにしよう。」
自分の娘をおもちゃにするスカリエッティの発想に、思わず戦慄を覚えるウーノ。よもやここに至って、馴れ合いのような発想がでてくるとは、ウーノをもってしても見抜けなかった。
「もし、向こうが乗ってこなければ?」
「一蹴されて終わり、だろうね。少々てこ入れをした程度では、他のメンバーはともかく、高町なのはとフェイト・テスタロッサはどうにもならない。」
「やはりそうなりますか……。」
「ああ。残念ながら、ナンバーズだけでは無理だね。」
あっさり言い切るスカリエッティに、思わず眉を潜める。そんなウーノの様子を見て、苦笑交じりに言葉を継ぎ足す。
「だから、向こうの指揮官・八神はやてにうまく話を持ちかけるように、ドゥーエに頼んで欲しいのだよ。」
「あの子が聞くでしょうか?」
「聞くさ。ドゥーエは、私の趣味について行けなくなっただけで、妹達を見捨てるつもりは無いだろうからね。うまくまとめなければクアットロが暴走しかねない、とでも言えばどうにかするだろうさ。」
スカリエッティの、実に色々見切った言葉にため息と共に頷き、ドゥーエに頭痛とセットで苦労を押し付けることにする。まあ、たまになのは達とこっそり会っているらしいセインとディエチや、申し訳程度に送ってくるドゥーエからの情報まであわせて考えると、八神はやては相当ノリのいい性格らしいので、それほど心配しなくとも、事前に話しさえ通しておけばうまくイベントとして取り込んでくれるだろう。
「それでは、そのように手配しておきます。」
「ああ、頼んだよ。さすがに、こんな余興みたいなことで、娘達を失うつもりは無いからね。」
「分かっています。ドゥーエもうまくやるでしょう。」
ウーノの返事に満足そうに一つ頷くと、書いていた図面を保存して別の図面を書き始める。
「先ほどの作業は、もういいのですか?」
「ああ。あとは微修正程度だし、どうせすぐに使うものではないしね。それより、今は次のイベントのための準備に手をつけた方がいいだろう。」
「先ほどクアットロに言った装備ですか?」
「ああ。と言っても、せいぜい結界をすり抜けるシステムと、火力ランクSS辺りまで耐える舞台システムを作る程度だがね。」
「それが作れるのであれば、最初からあの子達の武装に組み込めば……。」
ウーノの言葉に一つため息をつく。マッドサイエンティストとしては実に遺憾ながら、事はそう簡単ではないのだ。
「わが身の無力をさらけだすようで辛いが、防御システムに関しては、現状では小型化できるような目処が立っていなくてね。何しろ、もともとはあれの修復と改造の途中で開発、いや、正確には復元かな、をしたものだから、次元航行船の魔力炉クラスの出力が無いと使い物にならない。それにそもそも、物理的な強度で防御する以上、柔軟性との両立に課題がある。」
「なるほど、ままならないものですね……。」
「ああ。それにね、ウーノ。」
「はい?」
「高町なのはは、カートリッジを一発撃発する程度で、普通にSSSクラスの攻撃を撃ち出せるそうだ。フェイト・テスタロッサのフルドライブも、この程度の防御はやすやすと切り裂くだろうね。」
「……。」
要するに、今回みたいな状況でなければ、基本的に無意味であると言うことである。本当に、世の中ままならぬものだ。
「まあ、逆に言えば、贅沢を言わなければ、そのぐらいのものはすぐに完成するのだがね。」
「……ドクター。」
「なんだい?」
「あれと彼女の完成度合いは、今現在どの程度なのですか?」
「そうだね。夏ごろ、うん、夏ごろには、彼女を外に出してあげられるだろう。」
思ったよりは進んでいるらしい。そうでなければ、献身的に頑張り続けたウーノの立場が無いのだが。
「しかし……。」
「どうしました?」
「いや、ね。こんなことをしている身の上で言うことではないが……。」
らしくなく口ごもるドクターに、思わず訝しげな視線を向ける。その視線に気が付き、苦い、実に苦い笑みと共にため息を一つ吐き出し、昔の彼からすれば実にらしくなく、だが、ある意味最近の彼にとっては、これ以上らしい言葉もない台詞を口にする。
「外に出ることは、彼女にとって幸せなのかな、と。」
「……それは、我々が気にしても意味のないことです。」
「ああ。分かっているよ。分かっているんだが、我ながららしくない話でね……。」
ドクターのいいたい事を理解し、同じようにため息をつく。ほかの事はともかく、彼女に関しては、今更引き返せないところまで事が進んでいる。そこは割り切るしかない。
「ケ・セラ・セラ、か……。」
「その言葉は、どのような意味ですか?」
「第九十七管理外世界の歌だよ。なるようになるさ、という内容でね。」
「……なるほど。……そうですね。」
スカリエッティの説明に、納得の言葉を返す。
「夏以降に起こることは、魔女殿を徹底的に怒らせることになるだろう。」
「ええ。」
「研究者として滾る反面、親心と言うものを理解した今では、少々罪悪感が無いでもない。」
「らしくないことをおっしゃりますね。」
「ああ、実に私らしくない。しかも正直なところ、三脳が逝った今となっては、当初の計画を続ける理由も必要性もない。ついでに言えば、何が何でもやり遂げると言うモチベーションも無い。」
設計を続けながらのドクターの独白を、黙って聞き続けるウーノ。
「だが、長年の研究成果を外に示す手段が他にない。ならば……。」
恐るべき速さで仮設計を終えたスカリエッティは、すさまじい速さで設計の矛盾点をチェックしながら、結論の言葉を吐き出す。
「ならば愉快犯らしく、彼女も含めたあの子達が楽しく、かつ暮らしやすい世の中になるように、せいぜい派手にかき回すとしよう。」
「……どこまでもお供いたします。」
「……別に、私を見限ってもいいのだよ? 良心だの保護欲だのを持ってしまった愉快犯の行き着く先など、地獄でしかないのだからね。」
「たとえその先が破滅だとしても、地獄のそこまで傍にいさせていただきます。」
腹心の言葉に嘘が無いことを確認すると、一つ頷く。さし当たっては、裏でこそこそ何かをやっているクアットロを、あまり世の中に致命的なダメージを与えないように制御するところからスタートだろう。都会の人間にどれほどダメージが行こうと知ったことではないが、その結果、自分達が保護している子供たちにしわ寄せが行くのはよろしくない。
広域指定犯罪者の愉快犯は、当分の間は、本業とは正反対の活動にまで手を広げることになるのであった。
後書き
タイトルはゆりかご編ですが、ゆりかごそのものは最後のほうまで出てきません。でも、作者の中で想定している決着がゆりかご編としか言いようがない、と言うか……。
あと、ティアナに関しては大目に見てやってください。要するに彼女、管理局の一般的な感性を持った常識人、と言う立ち居地なので……。