「なのは、フェイト、お疲れ様。」
十一月頭。高等部での最後の文化祭。中央ステージ袖から控室のスペースに引っ込んだ二人を、アリサが出迎える。
「文化祭の出し物とはいえ、学校でアイドルのまねごとをするとは思わなかったの。」
「バリアジャケットを使わない早着替えは初めてだったから、上手くいくかドキドキしたよ。」
アリサの言葉に苦笑しながら答え、さっさと着替えに入る二人。早く模擬店に戻らないと、クラスメイトがうるさい。
「それにしても、凄い盛り上がりだったわね。後のグループ、相当やり辛そうよ。」
「そりゃもう八年、ミッドチルダでアイドルをやってますから。」
「むしろ、プロなのに盛り上げられなかったらまずいよ。」
「それもそっか。」
なのはとフェイトの返事に納得して見せるアリサ。因みに、どうしてこんな奇天烈な真似をしていたかと言うと、生徒会長になったアリサが、生徒会の企画として二人のミニコンサートを行ったからである。ただし、別段独断でやったわけではなく、冗談半分で口を滑らせた企画が噂として学校中を駆け巡り、引くに引けなくなってしまったのだ。
これが、なのはとフェイトが普通の生徒であればこうはならなかっただろう。だが、二人は男子部・女子部ともに非常に人気が高く、また、その歌唱力は学校中に広く知れ渡っている。今まではクラスの出し物が合唱だったりキャンプファイヤーの時に歌ったりと言ったケースでしか、学校でクラスメイト以外に歌を披露する機会が無かった。そのため、流行りのアイドルソングを二人だけで歌ったことが一度もなかった事もあり、噂が独り歩きしてしまったのだ。
「二人とも、自由時間は?」
「残念ながら、今日はもうおしまい。」
「あとはずっと模擬店の番。」
「そっか、ごめんね。」
「気にしないで。歌うのは楽しいから。」
そう言って、二人仲よく駆け足でクラスに戻る。あの分では、優喜のクラスの模擬店を見に行く余裕はなさそうだ。
「さて、あの子たちはあれを見ないで済んで良かったのか、それとも見られなかった事を後悔するのか……。」
先ほど視察に回った彼のクラスの出し物。それを思い出しながらつぶやく。少なくとも、彼の事を知っている人間は初見で笑いをこらえるのに必死になり、その後女子は完膚なきまでにへこまされるわけだが。
「いい加減ワンパターンだっていうのに、いまだにネタにされるんだから、筋金入りよね。」
そんな事を呟きながら、他の出し物を視察に向かう。生徒会長と言うのは、地味に忙しいのであった。
「待たせたか?」
「大丈夫。それより竜司君は本当にいいの?」
「いいの、とは?」
「私につきあって、大丈夫なの?」
「そのことか。」
今更のような紫苑の言葉に、おもわず苦笑を洩らす。元々有給も代休もそれなりに残っているし、長期戦になりそうならば普通に休職届を、向こうに移住するつもりなら辞表を出すつもりで居るのだから、心配される筋合いはない。
「俺には俺の思惑がある。紫苑が気にすることではないぞ。」
「それでもごめんね。」
「気にする必要はない。俺にとってもちょうどいい機会だったにすぎん。」
「ちょうどいい機会?」
「うむ。美穂の件についてな。」
そう言って、師の奥方から言われた事を話す。優喜が行方不明になる前に、師の奥方から、一度根本から価値観が変わるレベルで完全に環境を変え、その上で様子を見れば好転するのではないか、とアドバイスを受けたため、今回の事は丁度いい機会だったのだ。優喜に接触するついでに、そういう大きな価値観の変化がありそうな要素が無いか、確認を取ることにしている。
「なるほど……。」
「とはいえど、向こうに美穂を連れていくのがいい事だとしても、だ。まずは俺自身の生活基盤を確保できるかどうかが問題になる。何しろ、俺が職を得られなければ、あっという間に三人で食いつめる。」
竜司の言葉は、かなり切実な問題だ。どんな問題も、まずは食っていけないと話にすらならない。心の問題がどうこう言えるのは、食っていける人間だけである。本当の貧乏人は、どんなに体がきつくても、食うために命を削るしかないのだ。
「何にしてもまずは、向こうに行ってからだ。」
「そういえば、お師匠様は?」
「何ぞ外せない用事が出来たとかでな。ゲート開閉のためのキーだけ俺に押し付けて、そのままどこかにとんずらだ。」
「……そう。」
どうやら、優喜を探すのは二人だけでやることになりそうだ。
「とりあえず、向こうの季節は秋から初冬と言っていたが、そのための準備はしてあるか?」
「大丈夫。最悪の事も考えて、ダウンジャケットも用意してあるから。」
「そうか。まあ、足りんとなれば、俺の分を貸そう。」
「ありがとう。」
そのやり取りを終えた後、ゲートを開こうとして思いだした事を口にする。
「そういえば、忘れていた。」
「何を?」
「いろいろ事情があって、ダイレクトに優喜の居るところにゲートを開けないらしい。関係者の誰かのところにはつながるそうだが、即座に出会えるとは限らんそうだ。」
「もしかして、それがあるから竜司君を?」
「そういうことだな。」
元々、彼らの師にとっては、ゲートを開いた後の事は管轄外なのだ。そもそも、弟子のためとはいえ、無償で異世界へ行き来するためのゲートを作ると言うだけでも、出血大サービスと言ってもいい。そう考えると、即座に目当ての人物に行きつかない事ぐらい、許容するしかないだろう。
「まあ、安心しろ。あの師匠の事だ。少々手間はかかっても、必ず優喜のもとにたどり着くようにしているだろう。」
「……うん。」
「では、ゲートを開く。覚悟はいいか?」
「お願い。」
紫苑の返事を聞いて、特に溜めもなくゲートを開くためのトリガーを入れる。何の感慨も抱かせずに目の前の景色が変わり、紫苑と竜司は見たこともない場所に放り出されるのであった。
「さて、発足まであと四カ月ほどとなったが、進捗はどうかね?」
「隊舎の方はほぼ完成しました。あとは内装を終えて、設備の納入、配線と言ったところです。」
「舞台装置も、一部納品が遅れそうだと言われた分について、どうにか間に合わせるための目途が立ちました。」
リンディとレティの返事に、小さく頷くグレアム。本来なら他にも話を聞くべき人員は居るのだが、さすがに文化祭真っ最中の聖祥組を呼び出すわけにもいかず、聖王教会組は聖王教会組で突発事態の対応のため遅刻すると連絡があったため、少しばかり会議の人数が少なくなっている。レジアスも陸の急用に対応するために不在で、代理としてオーリスが来ている。
「こちらの方も、これと言って遅れている要素はないわね。ただ、今更言いだす話ではないのだけど、一つ提案していいかしら?」
「何かね?」
「廃船になるL型次元航行船を一隻、広報部に譲ってもらえないかしら?」
「……突然だね。理由を聞いていいかね?」
「例の予言とやらを聞いての思いつきよ。ちょっとばかりいろいろ改造をして、いろいろな事に備えておこうかな、ってね。」
プレシアの言葉に、少し考え込むグレアム。いかに本局の予算も地上の予算も食ってはいないと言っても、現時点での設備・装備だけでもすでに方々からの反発を招いている。そこに、廃棄する前提のものとはいえ、次元航行船までとなると、容易にうなずける話ではない。
「難しいのなら難しいで構わないわ。あればいろいろな事に使える、という程度だし。」
「……そうだね。レティ君、L型次元航行船一隻の維持コストと、必要になる施設についての情報を。広報部の予算の残りで不可能であれば、検討の余地もないからね。」
「現状、一年の期間限定と言う事を考えれば、運用コストそのものは全く問題ありません。施設の建設費も、どうにかなると思われます。収益が現状のまま推移するのであれば、建設費用も一年で穴埋めが可能な金額に収まります。」
「となると、あとはどういう口実でねじ込むか、だね。」
グレアムの問いかけに、案を考えるために沈黙する一同。
「思い付く口実など、廃船を利用した各種実験ぐらいですね。具体的には、新造船でいきなり実験するのがはばかられる、新規装備の運用実験、と言うのはどうでしょうか?」
「そのレベルの話になるのかね?」
「もちろん。計画内容を聞けば、新造船はおろか、廃船を利用しても普通は許可が下りない物を考えているわ。」
「と、なると、イロモノ部隊である事を最大限利用した各種実験の一環、と言う口実で黙らせるか。」
プレシアの台詞に、言いようのない不安を感じながらも、リンディの提案を受け入れる。
「オーリス君、リンディ君、陸の連中を牽制することはできるかね?」
「それが私たちの仕事です。」
「では、頼もう。海の連中は私が、と言いたいところだが、いつまでも年寄りが出しゃばるのも良くない。レティ君、出来るところまでで構わんから、既得権益にしがみついた、頭の固い連中を黙らせてくれないかね?」
「微力を尽くします。」
割と逞しく、力強く育った中堅どころに目を細めるグレアム。これでリンディがレジアスの代わりに、陸の連中の手綱を握り、若手と呼べる年のオーリスやはやてにバトンタッチ出来れば安泰だろう。海の方は、クロノをはじめとしてトップも参謀も順調に育っているから、陸よりも状況は明るい。そして、レティの年齢なら、クロノの世代がトップに立てるまで十分務まる。
特に、堅物で融通が効かないところがあったクロノが、己の正義や理想を見失うことなく、必要とあらば法の拡大解釈やマッチポンプも辞さない頼もしい存在に成長しているのが大きい。しかも、明確なビジョンを十分な説得力を持って周囲に語り、その上で理想と現実の距離を理解し、ギャップを埋めるために小さな努力の積み重ねをいとわない、と言う理想的な人物に育ちつつある。問題をあげるなら、折角磨いた戦闘技術が錆びつきつつあることだろうか。
「後は、人員の問題だが、そちらの方は?」
「エリオとキャロは問題ありません。ただ、スバルはすぐに話をつけるのは難しいかと。」
「何故だね?」
「スバル自身は問題ないのですが、陸士学校でコンビを組んだティアナ・ランスターとの関係がネックになっています。」
いまいちよくわからない報告が、オーリスから上がってくる。
「その、ティアナ君が何か問題なのかね?」
「スバルが、ティアナと一緒でなければ異動しない、と言っているのですが、肝心のティアナが難色を示しています。」
「……まあ、それは仕方がないだろう。今までのイメージでは、広報部に所属する事はすなわち、出世と縁を切ると言うことだからね。」
グレアムの言葉に苦笑する一同。実際のところはなのは達の一尉待遇を例にあげるまでもなく、普通にある程度の出世はするのだが、少なくともエリート街道からは横道にそれる。
「後、なんとなくだけど……。」
「何か心当たりでも?」
「広報部送りになると言う事は、要するに普通の部隊では使い物にならない不適合品と言う風に思われるわけだから、それなりにプライドがある子だったら、少々待遇が良くなるぐらいじゃうんと言わないのではないかしら?」
プレシアの言葉に納得する一同。
「……それもそうだな。となると、今回の趣旨を徹底的に浸透させる必要があるね。今広報に居る子たちのためにも、早急に頼みたい。」
グレアムの言葉に頷く三人の女性幹部。
「それで、そのティアナ君の実力、リンディ君から見てどう思う?」
「案外、いい拾いものかもしれません。」
「理由は?」
「実績を見せてもらったのですが、席次こそ主席をスバルに譲って次席なれど、そのスバルの実績のほとんどはティアナがコントロールして得たものです。何より注目すべきは、完璧とまでは言えないまでも、スバルの能力を殺さずに他のチームとのチームプレイを成立させた実績がある事でしょう。まだまだ荒削りですが、今回の目的を考えるなら、ぜひとも部隊に引き入れるべきだと考えます。」
「そうか。ならば、引き続き説得をお願いしたい。」
「了解しました。」
グレアムの要請に、力強く返事を返すオーリス。大体確認すべき事を終えたところで、一息ついてグレアムが言葉を続ける。
「さて、来年一年が正念場だ。上手くいけば、内部の旧弊を一気に片付けられる。」
「そううまく行くかしら?」
「そこはやってみねば分からないが、ただ、少なくとも、餌に対する食いつきは十分だよ。」
「そうなの?」
「ああ。既得権益にしがみつく連中には脅威で、かといっていちゃもんをつけて叩き潰すには成果をあげすぎた。今回の件は、その手の連中にとっても絶好の機会だ。気の早い連中は、すでにあの手この手で妨害工作を仕掛けてきているよ。」
グレアムの、実に嬉しそうな言葉にため息をつくプレシア。
「すでにってことは、今回レジアスがこっちに居ないのも……。」
「ああ。下らぬ横やりを入れてきた連中が、少々やり方を失敗して自滅してね。その尻拭いに行っている。」
「まったく、こんなところをエリオ達には見せられないわね。」
「まあ、外に漏れたら大問題だろうが、そのために我々が頑張っている。それに、大事になったところで、私とレジアスの首でどうにか収めてみせるよ。」
能天気に言ってのけるグレアムに、思わず心の底からため息が漏れるプレシア。
「それにしても、見れば見るほど、よくこの条件を飲ませたわね。リミッターの一つぐらい、かけても良かったのではないの?」
「では、逆に聞くが、どこまでリミッターをかければ、この陣容を正規の保有制限に落とし込めるのかね?」
「……無理ね。さすがに新人グループの子たちにリミッターをつけるわけにはいかないし、かといって現在稼働中の人員だけリミッターをかけるとなると、今度はほとんどただの人になるし。」
「そういうことだ。さらにもう一つ言うなら、最大能力のまま他の部隊と部隊行動を取れるようにせねば意味が無いのだから、はなから保有制限など守りようがない。バラで他の部隊に分散させろと言っても、現状では受け入れ側が拒否するのだから、他に手立てなど、ね。」
現状を分析すればするほど、この部隊が微妙なバランスで成り立っていることを思い知る。それでも、この手の新しいスキルが、最低ラインの市民権を得ようとするまでの時間としては、十年は短い方だ。一般化するまでにはまだまだ高いハードルがあるが、少なくとも竜岡式の鍛錬法とその成果については、いい加減はっきり表に出すための土台は整いつつあるようだ。
今までに類のない規模の部隊。洒落の通じない戦力。部隊編成に絡む全ての慣例を吹き飛ばす、新しい風。既得権益にしがみつきたい連中でなくとも、警戒せずには居られないだろう。だが、逆に今までに例が無いからこそ、どれほどの事が出来るのか、管理局上層部の全ての視線が注がれている。渦中に巻き込まれた若者達は気の毒だが、環境を変えるのは常に若い力だ。
「この件がうまく行って、君達にバトンを渡すことができれば、ようやく老害を一掃できたと胸を張れる。」
「まだ感慨にふけるのは早いわよ。貴方達が三脳の代わりにならずに済むボーダーラインは、まだもう少し向こうよ。」
「ああ、分かっているさ。」
三脳を引き合いに出され、表情を引き締めるグレアム。俗物でこそなかったが、周りを信頼して後を任せきることができなかった者たち、そのみじめな最後。あれこそ、権力者として己を戒めるべき最高の教材だろう。たとえ組織が心配だったからと言っても、たとえその理由が自己の保身のためでなくとも、引きどころを間違えてしまえば最後はろくなことにならない。グレアムもレジアスも、彼らの最後を己の肝に銘じ、それゆえに強引ともいえるやり方で世代交代を図っているのだ。
「それにしても、カリム君達は遅いね。何があったのやら。」
「連絡を取ろうとしているところなのですが、強度のジャミングにさらされているようで、通信がつながりません。」
「……物騒な話だな。彼女達が対応を迫られた突発事態、と言うのは聖王教会本部の事ではないのかね?」
「その件はすでに終わっているそうで、先ほど本部を出発したそうです。」
「転送装置でこちらに来るのではないのか?」
「先ほどの件の後始末で少々寄り道が必要だとのことで、今は車で走っている最中のはずです。」
どうにも不審な言葉に、ある種の不安を隠せない一同。彼らの不安は的中していた。カリムとシャッハは、反夜天の王グループの過激派と一部の犯罪組織、そして既得権益を侵されようとしている上層部の下種達によって、窮地に立たされていたのであった。
「せいっ!」
肉薄してきたガジェットドールを、ヴィンデルシャフトで粉砕する。すでにこれが何体目か、数えるのも億劫になっている。視界を埋め尽くすガジェットドールと合成生物の群れに、ベルカ騎士たちは窮地に陥っていた。
「シャッハ!」
「まだ大丈夫です!」
守るべき主に健在を主張し、突出してきた魔法生物を屠るシャッハ。普段なら、たとえAMF下であったとしても、何体居ようと問題にならない雑魚の群れ。だが、今回ばかりは様子が違った。
「さすがの魔女の発明品も、ロストロギアを無力化するまでは至りませんでしたか……。」
「言っても詮無い事です、騎士カリム。」
「ええ。ですが、何故管理局で厳重に封印管理されているはずのものが、再び犯罪組織の手にわたっているのか、ここを切り抜けた後に徹底的に調査していただく必要がありますね。」
「無論です。ですが、まずはここを切り抜けねば、絵に描いた餅にもなりません!」
ロストロギア・縛めの霧。かつてなのはとフェイトを窮地に陥れた、魔導師達にとって天敵ともいえる遺物。大概に魔力を放出することが少ないベルカ騎士だからこそ持ちこたえては居るが、それでも生身で戦車を相手にする、と言う次元から、生身で小型車両をどうにかする、と言うレベルに落ちて居る程度だ。バリアジャケットもまともに維持できぬほどの濃度のAMF下では、たとえ現在では旧式の初期型ガジェットドールといえども、その程度の脅威にはなる。
「総員、状況報告を!」
更に距離をつめてきた合成生物を屠りながら、護衛たちの状況を把握するために声をかける。
「二番隊、全員無傷! 右翼の第一波を殲滅完了!」
「三番隊、同じく全員無傷!」
「四番隊、負傷者一人! 戦闘に支障なし!」
意気高く返事が返ってくる。これなら、突破口を探す時間ぐらいは稼げそうだ。問題は、相手の物量が異常に多い事だろう。突破口を探りながら、少しでもミッドチルダ市街に近付けるよう、じりじりと移動する一同。さすがにミッドチルダにさえ辿り着いてしまえば、縛めの霧があろうとこの程度の物量はどうにかできる。
(おかしい。いくら旧式と言っても、ガジェットドールの数が多すぎる。そこまで数をそろえられるほど、安くはなかったはず……。)
突破口どころか、押し込まれないように敵を迎撃するだけで手いっぱいになるほどの物量。どこの組織かは知らないが、いくらなんでも異常過ぎる。
確かに、ベルカ騎士の精鋭が守るカリム・グラシアを確実に仕留めるとなると、この程度の物量は最低ラインだろう。だが、繁殖がうまくいけば簡単に数がそろう合成生物はまだしも、ガジェットドールは生産拠点がそれほど多くない。こちらの数をそろえるなら、旧式の傀儡兵を集めた方がコストパフォーマンスは高いはずである。しかも、縛めの霧があるとなると、ガジェットドール最大の売りであるAMF関連機能は、ほとんど無意味だ。
傀儡兵より勝る部分があるとすれば、装甲の厚さと質量兵器を搭載しているところ、後は機械兵器のくせにやたら柔軟な動きをしてくる点か。数で押す戦術をとる以上、コストパフォーマンスを切るほどのメリットとは言い難い。などと思案しながら必死に突破口を探しているうちに、護衛達の間にほころびが出始めた。
「くっ、かたいな!」
生身の人間が斬り裂くには、少々ガジェットの装甲は分厚すぎた。シャッハの周りの残骸が二十を超えたあたりで、ついに護衛の中に戦闘不能となる人間が出てきた。むしろ、ほとんど魔法が発動しない状態で、一人頭二桁のガジェットを仕留めていること自体が称賛されるべき要素だろう。
一度ほころび始めると、戦況が傾き始めるのはすぐだった。次々に魔力切れを起こし、戦闘能力を維持できないほどの負傷を負い、一人、また一人と倒れていく騎士たち。一向に減らない雑魚の数。突破口を開こうにも、背中を見せれば一瞬で肉塊に変えられる事請け合いの状況。普通に考えれば、最初から詰んでいたのだ。
「どうやら、最初からはめられていたようですね。」
「騎士カリム!?」
やけに冷静に、だが特に希望を失った様子もなく、そんな事を漏らすカリム。その様子に目を剥きながら、カリムに躍りかかった合成生物を叩き落とす。
「ですが、断言はできませんが、もしかすれば援軍が来るかもしれません。」
「援軍!?」
カリムの言葉をシャッハが問いつめようとした瞬間、派手な爆発音とともに三機ほどのガジェットドールが吹っ飛ぶ。
「な、何が起こった!?」
「何、と言われてもだな……。」
いきなりの事にうろたえた、魔力切れを起こして戦闘不能になった護衛の叫びに、男くさい声がとぼけた感じの返事を返した。爆風が晴れた後には、なぜか四機分のガジェットドールの残骸が。
「な、何者だ?」
「それは後にした方がいいのではないか? 見たところ、ピンチなのだろう?」
やはり緊張感のないとぼけた口調で、返事を返した何者か。問題なのは、一向に姿が見えない事である。
「どこに居る!?」
「そろそろそちらに到着する。」
その言葉とともに、三時の方角の敵集団が爆散し、同時にカリム達の居場所に巨大な影が飛び込んでくる。
「なかなかにひどい有様のようだな。」
現れたのは二メートルを超える、筋骨隆々の男くさい容姿の男だった。人種はなのはやはやてと同じだろう。背に割と大きな荷物を背負い、お姫様だっこで同じ人種の美女を抱え込んでいる。
「貴方は?」
「さっきも言ったが、それは後にしよう。まずはあれを掃除してからだ。」
そう言って、抱えていた女性をその場に下ろすと、雑魚が最も密集した場所に、適当に拾い上げたガジェットドールの残骸を投げ込む。適当に投げたように見えるくせに、投げられた残骸は放物線ではなく地面と平行に飛んでいくのだから、とんでもない馬鹿力と投擲能力である。
「すまんが、俺の連れには戦闘能力が無い。出来たら一緒に守ってやってほしい。」
「わ、分かった……。」
「紫苑、殲滅してくるから、五分ほど待って居ろ。」
「ええ。」
紫苑と呼ばれた女性は、大男の言葉を疑いもせずに従う。その後はでたらめだった。大男が拳を振るうだけで、書割のようにガジェットドールの群れが吹っ飛んでいく。適当に叩きつけるだけで、ギャグ漫画のように合成生物が地面にめり込む。何よりでたらめだったのが、普通の人間なら跡形もなく焼き尽くされるほどの数のレーザーを叩き込まれて、服すら焦げ付かなかったことだろう。
「あそこか。」
カリム達が待機しているあたりの雑魚を綺麗に殲滅し終えた大男は、最も密集していると思わしきあたりに、何のためらいもなく飛び込んで行く。ど真ん中に飛び込んだ大男は、何を思ったか空を見上げ、何もない場所でえぐりこむようなアッパーカットを虚空に向けて放つ。
アッパーカットと同時に、まるで真龍が吠えたかのような轟音が起こり、それと同時に巨大な龍の姿をした気功弾が、天に昇っていく。一拍遅れてすさまじい衝撃波が周囲を薙ぎ払い、一瞬にして残りの雑魚を消滅させる。竜が消えると同時に、上空で一つ爆発音。
「ふむ、これで終わりか。」
綺麗に跡形もなく雑魚を制圧しきったことを確認し、そうつぶやく大男。長めにサバを読んで五分と言ったが、どうやらカップヌードルができるよりは早く終わったようだ。
「……。」
「どうした?」
「……いや、己の鍛錬不足を痛感していただけです。」
年齢不詳の大男に対し、苦笑交じりにそう答えるシャッハ。
「詳しい事は分からんが、お前たちがあの程度の連中に苦戦していたのは、この妙な力場のせいだろう?」
「……分かるのですか?」
「ああ。友人ほど鋭くはないが、それでもこれだけの濃度ならさすがに気がつく。もっとも、俺達の技能には一切関係なかったのが、連中の運のつきのようだがな。」
そう言った後、何かを探すように周囲を見渡し、唐突にどこかへ走っていく。フェイトもかくやというスピードでどこかへ消えた大男は、猛烈なスピードで何かを持って戻ってきた。
「どうやら、こいつが原因らしいな。心当たりは?」
「痛いほどに。」
「ふむ。まあ、使い方も分からんし、壊していいなら壊すが?」
「私が使い方を心得ていますので、その必要はありませんよ。」
「そうか。ならばあなたに預けよう。」
「感謝します。」
大男からロストロギアを受け取り、とりあえずこの場ですべき事後処理を終える。さっさと縛めの霧の機能をオフにし、教会の方へ連絡を取る。襲撃の最初の段階で車をすべて破壊されており、迎えをよこしてもらわない事には移動が大変なのだ。そうでなくても怪我人が多数出ている。
「それで、あなたはいったい何者なのでしょうか?」
「俺の名は穂神竜司。見ての通り、単なる通りすがりの大男だ。こちらへは、そちらの女性につきあって人探しに来てな。」
「人探し、ですか?」
「ああ。竜岡優喜、という男を知らないか? 女にしか見えん男で、温和な顔をして実に食えん奴なのだが。」
大男の言葉に、驚きと納得を持って頷き合うカリムとシャッハ。どうやら、来るべき時が来たようだ。
「よく存じております。これからその関係の話し合いに向かうところでしたので、ご一緒しましょう。」
「ほう? それは助かる。だが、いいのか?」
「ええ。優喜さんにはお世話になっていますし、あなたは命の恩人です。ただ、申し訳ありませんが、迎えの者が来るまでは、ここを動く事ができません。それだけはご了承ください。」
「だ、そうだ。どうやら当りを引いたらしいぞ、紫苑。」
「当りを引いた、と言うより、お師匠様が分かっててここに送り込んだ、と言う方が正解かも。」
「違いない。が、過程はこの際どうでもいい。違うか?」
大男の言葉に苦笑しながら、上品に頷く紫苑と呼ばれた女性。彼女が向こうの優喜の関係者の中心人物だとすれば、なのは達にとってはなかなか、と言うよりかなり手ごわい相手が現れたものである。
(これは、意外に面白い事になるかも?)
そんな事を内心考えてしまうシャッハ。堅物そうに見えて、その実結構ラブコメだの修羅場だの恋バナだのが好きなおとめチックな女性であった。
「えらい連絡が来たで。」
初日の後片付けを終え、ようやく家路に就こうかと言うタイミングで、優喜達が出てくるのを待っていたはやてが真剣な顔でそう告げた。
「えらい連絡?」
「なのはちゃん、フェイトちゃん、すずかちゃん、落ち着いて聞いてな。」
「落ち着いて、って……。まさか!?」
「多分そのまさかや。」
凍りつくなのは達の顔を見てため息をつくと、言葉を続ける。
「迎えが来たそうや。」
はやての言葉に、覚悟をしていたはずなのに、顔から血の気が引くのを止められないなのは達。その様子にため息をつきながら、聞くべき事を聞くアリサ。
「どんな人が来たの?」
「会ってからのお楽しみや、言われてな。二人来たってこと以外は教えてくれへんかった。優喜君、心当たりは?」
「一人は確定してるけど、もう一人は心当たりが何人か居るから、分からない。」
優喜の返事に、そっか、と一言だけ返し、また沈黙する。
「それで、今どこに?」
「今さっき時の庭園についたらしいわ。どうも、カリムのごたごたに巻き込まれたそうでな、来た、言う第一報から大分到着が遅れた見たいやで。で、これからざっとした説明を受けるらしいわ。」
「となると、さっさと顔を見せに行った方がいいかな?」
「優喜君がそれでええんやったら、そうしてくれる?」
「僕は構わない。」
優喜の返事に、少しため息を吐き出すはやて。さすがに優喜自身の主観時間で十年近い年月がたっているとなると、少しぐらいはためらいがあるかと思ったが、どうやらそういうのはないらしい。
「なのは、フェイト、すずか。いつまで固まってるのよ?」
「……うん、そうだよね。」
アリサの言葉に、一番最初に再起動したのはなのはであった。
「我ながら、情けないよね……。」
「なのは?」
「覚悟、決めてたつもりなのに、いつか来ると分かってたのに、いざ来てみると、急に怖くなっちゃって……。」
その言葉に、ため息しか出ないアリサとはやて。なのはの事を情けないとは思わないが、難儀な話だとは思う。
「ねえ、優喜……。」
「フェイト?」
「その、確実に来てるはずって言う人は、どんな人なの?」
「僕の幼馴染で、琴月紫苑って言う女の子。なのはと近い立ち位置かな?」
「えっ?」
「僕はずっと、その琴月さんの家でお世話になってたから、ね。」
「そっか……。」
その言葉で、何かを悟る三人。顔も知らない女性だと言うのに、かなりの強敵ではないかという警戒心と、妙なシンパシーを感じてしまう。
「……よし。」
「すずか?」
「怯んでてもしょうがないし、先延ばしにできる事でもないから、行くなら早くしよう。」
どうやら、覚悟を決めなおしたらしい。ようやく腹をくくった三人に、少しほっと溜息をつく。
「あ、でも、ちょっと寄り道して大丈夫かな?」
「何よ、なのは。怖気づいた訳じゃないんでしょう?」
「手土産ぐらいは、持っていった方がいいかなって。だから、翠屋に寄り道したいんだけど。」
「なるほどね。了解。」
「だったら、時の庭園まではムーンライトの転移装置を使おうか。」
優喜の提案に頷く一同。さすがと言うかなんというか、腹をくくってしまえば話は早い。着替える暇はさすがになさそうだと判断し、迎えに来てくれたノエルの車で、さっさと商店街に向かう。
「はい、これ。」
「ありがとう。お金は……。」
「いいわよ。今回は高町家の事でもあるし。」
「うん、ありがとう。」
「頑張って。」
桃子の激励とともに、手土産のスペシャルシュークリームを受け取ると、背筋を伸ばし胸を張ってムーンライトへ向かう。優喜にとっては九年半ぶりの再会、なのは達にとっては宿命の邂逅の時は、刻一刻るのであった。
「いらっしゃいませ。」
「紫苑達は?」
「貴方の普段の食生活の話題になったので、農場を見せて説明中です。」
「そっか。」
とりあえず、まだ大した話はしていないらしい。そう判断して、一旦合流するために農場の方へ向かおうとすると……。
「フェイト、なのはさん、すずかさん。」
リニスが突然、三人を呼び止める。
「どうしたの、リニス?」
「敵は手ごわいですが、あなた達も負けてはいません。相手に飲まれないよう、お腹に力を入れなさい。」
「……そんなに、すごいの?」
「正直なところ、スペックだけで言うなら、あれだけの女性はそうは居ないでしょうね。」
リニスの言葉に、顔が険しくなるのを止められないなのは達。敵対する気はないとはいえ、そういう意味で手ごわいと言われて冷静で居られるほどには、自分達に自信もなければ、持ち続けた思いも軽くない。
「女の戦いの予感ね。」
「蚊帳の外でよかったのか悪かったのか、言う感じやな。」
「外野で良かったって、顔に書いてあるわよ。」
「いやん、ばれた?」
などと、深刻な顔をしているなのは達に聞こえないように、裏でこそこそささやきあうアリサとはやて。完全に他人事、というわけではないにせよ、当事者とは口が裂けても言えない立場ゆえの気楽さだろう。
「さて、そう簡単に行くんでしょうか。」
「リニスさん?」
「あの優喜君の正真正銘の幼馴染だけあって、一筋縄ではいかないタイプの女性ですよ。もっとも……。」
「ん?」
「私としては、一緒に来たもう一人を見た時のあなた達の反応の方が、女の戦いよりずっと楽しみでしょうがないのですが。」
あのリニスにそこまで言わせる人物。その時点で非常にやばい気がする一同。このあたりで優喜は、大体誰が来てるか絞り込んだようで、苦笑しながら肩をすくめる。
「さて、どうせここでリニスさんに詰め寄っても、これ以上の情報は言わへんやろうし、さっさとお迎えの顔を拝みに行こうか。」
はやての言葉に頷く一同。敵対していると取られないように、どうにか固い表情をほぐすなのは達と、それを見て苦笑するしかないリニス。心情的には彼女達の味方ではあるが、それはそれとして女を磨く絶好の機会だろうと、あえて突き放すことにしたらしい。間違っても、修羅場を見てワクテカするのが目的ではない、はずである。
「今は畑の方に居るそうです。」
「了解。」
リニスの言葉に頷くと、勝手知ったる人の庭、と言う感じで農園の方に向かう。途中で消毒を受け、畑に足を踏み入れると……。
「やっぱりか。」
優喜にとってはよく見知った、がっしりした体格の何者かが、食べごろのキュウリを一本、生のままじかにかじっていた。その姿を見た優喜は、なのは達を放置してその人物に歩み寄って行った。
「来たか。早かったな。」
「ん。久しぶり。」
「うむ。元気そうで何よりだ。」
「そっちも、食うには困ってなさそうで良かった。」
挨拶をしながら、聴頸をするかのごとく腕を交差させる。それだけで、どんな暮らしをしているかぐらいは大体分かる。その様子を、正確には話し相手となっている人物の巨体を見て、唖然としているなのは達。それもそうだろう。百七十センチ台を折り返している優喜と並んで、四十センチぐらい背が高いのだ。しかも、見事としか言いようがないほど鍛えられた肉体を持っている。度肝を抜かれてもしょうがないだろう。
「いろいろ悩んでいるようだが、俺達が来たのは迷惑だったか?」
「まさか。いずれ一度は戻るつもりだったけど、こっちからじゃ糸口もつかめなかったから。」
「そうか。」
などと和やかに話をしていると、目を丸くして優喜の話し相手を見ていたフェイトが、恐る恐る口を開く。
「あの、優喜、もしかして……。」
「ん?」
「その人が……、紫苑さん……?」
フェイトのあまりにあまりな発言に、その場の空気が凍りつく。
「いや、ちょっと待って、フェイト……。」
「フェイトちゃん、どう見てもこの人、男の人やん……。」
「優喜のケースがあるから、見た目は当てにならないよ!」
「いや、確かにそうかもしれへんけど、さすがにこれと優喜君の絡みとか、私の中の何かが激しく拒絶してるんやけど……。」
そのやり取りを困ったような顔で聞いていた正体不明の人物が、困ったように口を開く。
「なあ、優喜……。」
「何?」
「この場合、この空気だと、俺が琴月紫苑だ、と言わねばならんのか?」
「竜司、さすがに自分でもその発言はどうかと思ってるんでしょ?」
「うむ……。」
優喜のあきれたような言葉に、困った顔のままうなずく竜司。
「確かに彼が紫苑さんだったら、違う意味で相当手ごわかったでしょうね。」
「リニスさん、下手な事言わんといてくれる? そらこれが好みのタイプとか言うたら、なのはちゃんらにとっては絶望的なんは事実やけどさあ……。」
「と言うか、性別が逆転してるわよね、そのケースだと。」
好き放題さえずるはやて達に、思わず苦笑する優喜と竜司。
「あ、あの……。」
「む?」
「失礼な事を言って、ごめんなさい……。」
「いや、別にかまわんが、さすがに女性疑惑をかけられたのは初めてだぞ。」
竜司のぼやきに、思わず噴き出す一同。その笑い声が恥ずかしく、ますます小さくなるフェイト。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は穂神竜司。紫苑の付き添いで来た、優喜の同門だ。」
竜司の自己紹介に合わせて、他のメンバーも挨拶を返す。一通り自己紹介を終えた後、はやてが気になっていた事を聞く。
「竜司さん、ものすごくおっきいけど、失礼でないんやったら、何ぼぐらいか聞いてええ?」
「うむ。背は二百十五センチで、年はもうじき二十二歳だ。」
「でかっ! ちゅうかそんだけ落ち着いとって、まだ二十二なん!?」
「二十二、ってことは、向こうは一年ぐらい?」
「出発した日付が七月三十一日だからな。ほぼきっちり一年と言うところか。」
予想以上の時差に、思わずため息を漏らす優喜。
「まあ、何にしても、息災で何よりだ。」
「なんとかね。」
などと話していると、かつてずっと隣に居た、懐かしい気配が近くに来ている事を感じ取る。
「優君……。」
聞きなれた、だが実際に聞くのは九年半ぶりの声に振り向くと、そこには記憶より少し大人びた表情をした、優喜にとって最も古い付き合いの女性が、感極まった様子で近付いてきていた。
「ん。久しぶり。」
「無事で、良かった……。」
その女性、琴月紫苑の姿を見たなのは達は、リニスの言葉の意味をはっきり理解した。確かにこれは強敵だ。確かにスペックだけなら、これ以上の女性はそうそういないだろう。はっきりそう言いきれる。
「会いたかったよ、優君……。」
涙声でそう言って、遠慮がちに優喜の手を取る紫苑。世界の壁で隔てられた幼馴染の再会は、聖祥組の微妙な距離感に、大きな衝撃を与えたのであった。
後書き
なのは達のほうがやってることは派手でえげつないはずなのに、竜司様のほうが理不尽に感じる不思議