「私、こんなところで何してるんだろう……。」
新年度から広報部に配属された新米魔導師、カリーナ・ヴィッツ三等空士は、目の前のスペクタクルな光景に、思わず現実逃避モードに入りかける。彼女の視界内では、時空管理局地上本部特別捜査官・八神はやて三等陸佐の補佐官である、フォルク・ウォーゲン三等陸尉が、必死になって三十メートルクラスの魔法生物の攻撃をしのいでいる。他所の部署の人だが、上司の上司であるレジアスの命令でここにいる。
「カリーナ! 現実逃避してる暇があったら攻撃しろ!!」
大型肉食獣の尻尾を盾で受け止め、その衝撃を相手にそのまま反射しながらフォルクが叫ぶ。その言葉に我に帰り、手に持ったレイピアを複雑な軌道で振る。
「ブレードネット!!」
攻撃性バインドと呼ばれるタイプのバインドを、視界を埋め尽くす巨大な肉食獣にかける。その名の通り、もがけば切れる刃の網が、その痛みで獣の動きを制限する。一応非殺傷設定なので、物理的にどついているフォルクやもう一人の攻撃と違って、相手に対して深刻なダメージは出ないはずだ。
「ナイスだぜ、カリーナ!!」
同時期に広報に配属されたもう一人の新人、アバンテ・ディアマンテ三等陸士がカリーナをほめながら、全速力で突っ込んで行く。
「アクセルスマッシュ!!」
全身をばねにして、肉食獣の頭を弾き飛ばすアバンテ。そこに、フォルクの投げた盾が直撃、苦しそうに唸り声をあげる肉食獣。
「ノーブルフェニックス!」
流れ的に、自分も攻撃の一つもしなければいけないだろうと判断し、とりあえず現状一番強い攻撃力を持つ技を発動させる。レイピアの切っ先で魔法陣を描き、その中心に刃をつき立てて突っ込んで行く。全身を炎が包み込み、一羽の不死鳥となって飛んでいく。因みに、今後の必殺技として、仮デバイスに最初から登録されていた魔法だ。
カリーナの突撃が頭部をとらえ、大きく姿勢を崩す肉食獣。だが、いくら一番火力のある攻撃といえど、所詮は大した資質を持たない新人の攻撃。一発当てたところで、これだけ巨大な生き物には大したダメージにならない。なので、効果時間が切れるまで、当たるに任せて何回も体当たりを繰り返す。
高速戦闘が可能、と言うレベルの端っこに辛うじて引っ掛かる程度の旋回性能ゆえ、頭を狙い続けるとかそういう真似は不可能だ。なので、腹だろうが尻尾だろうが前足だろうが、とにかく当る場所ならどこでもいい、と言うレベルで体当たりを続ける。
「シールドレイ!」
魔法の効果が切れ、離脱するタイミングでフォルクから砲撃が飛ぶ。これだけの相手なのだからフルドライブで殴ればいいのに、とは思っていても口に出来ないカリーナ。
「いくぜ! ダイナミック・アバンテ・キック!!」
高らかに宣言し、高度を取って離脱するカリーナの頭上を飛び越え、そのまま重力加速度を乗せた飛び蹴りを放つアバンテ。因みに、彼は飛行能力が無いので、自前の脚力でそれだけのジャンプをやってのけている。自己増幅の資質がものすごく高いと言うからくりがあるとはいえ、洒落にならない身体能力だ。
必殺技に自分の名前をつけるのはどうなんだろう、とは思わなくもないカリーナだが、彼女もアバンテもまだ十歳だ。体格こそカリーナはユニゾンで、アバンテは自己身体制御で大人のそれになっているが、中身は普通に子供である。特に男の子はそういうのが大好きである事はよく知っているし、そもそも、彼の今の格好だと、むしろそれぐらいの方が違和感がない。
何しろ、アバンテときたら、日本の変身ヒーローの代表例ともいえる、今でも日曜朝に放送されている某ライダーと、九十年代に放送された、とあるロボットアニメをリスペクトした、変身するたびにわざわざ服を破り捨て、変身を解くたびに全裸になって街中に取り残されていた変身ヒーローアニメ、その二つを足して二で割ったようなデザインの外見になっているのだ。
因みにこの姿、バリアジャケットではない。彼は資質の問題でバリアジャケットを生成できないため、管理局でも実に珍しい、全身鎧のデバイスと言う変わったものを与えられている。デザインは広報部の人間がコンセプトに合わせて決めたもので、アバンテの意思は一切噛んでいない。が、自分の格好と立場を気に入っているらしいのは、これまでの戦闘挙動でよく分かるだろう。
カリーナに関しては、現時点ではまだ、本局の制服をベースにしたバリアジャケットで許されているが、こっちも何ぞ、微妙なコンセプトに合わせたジャケットのデザインが水面下で進んでいるらしい。
「……終わったか。」
フォルクが構えていた盾を下し、一つため息をつく。いい加減ダメージが蓄積していた大型獣は、アバンテのクレーターでも作る気か、と言いたくなるような蹴りを受けて意識を保ちきれるほど体力が残っていなかったらしい。完全に気絶し、ピクリとも動かなくなっている。
さすがに新米二人を抱えて相手をするには荷が勝ちすぎる相手だったようで、フォルクの顔には疲労の色が濃い。そもそも、まっとうな神経をしていれば、新米がどうこう以前に、たった三人で戦闘させるような相手ではない。しかも驚く事に、これは単なる訓練なのだ。広報部と言う、本来戦闘に一切関係ないはずの部署の訓練が、何故にここまで洒落にならないレベルなのだろうかという疑問は、この際封印しておくべきだろう。
「……あの……。」
「終了の合図はまだ出てないぞ。さすがにそろそろ終わらせてくれるとは思うが、警戒は怠るな。」
「了解です……。」
そろそろ、ここに連れてきた指導教官の女顔と、命の恩人である、かつて憧れだった二人の少女に盛大に文句を言ってもいいのではないか、という気がしてきているカリーナ。そんな彼女の様子に苦笑気味の男二人。そんな中、カリーナのデバイスが警告を発する。余談ながら、この場の三人のデバイスのうち、カリーナの物のみインテリジェントデバイスだ。もっとも、今与えられているのは、ユニゾン周りのデータ取りを目的とした仮デバイスで、本デバイスの方はいろいろな調整が非常に難航しているのだが。
『巨大な魔力反応探知。距離十万。あと十秒で目視圏内に入ると思われます。』
「距離十万で、あと十秒で目視範囲ってどんなスピードよ……。」
『推定サイズ千五百メートルです。』
「は?」
それは警戒してどうなるものなのだろうか、などと思っていると、フォルクが口を開く。
「ああ。それは俺達の担当じゃない。多分、一分もしないうちにけりがつくだろうさ。」
「ウォーゲン三尉、それって?」
「すぐ分かるさ。」
彼にしては珍しく、どこか投げやりに答える。その言葉が終わってすぐに、視界の隅に飛んでくる物体を捉えるカリーナとアバンテ。距離五万だと言うが、それですでに普通のサイズに見えるのはどうなのだろう?
などと余計な事を考えていると、距離一万ぐらいの時点で巨大な魔力反応が発生。魔力光から、どうやら彼らをここに連れてきた三人のうち一人、フェイト・テスタロッサが何かしたらしい。続いて、桜色の魔力光。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
「ディバインバスター・オーバーブラスト!」
「ジェットザンバー!」
「スターライトブレイカー!」
接敵からわずか四行、時間にして三十秒程度で地面にたたき落とされる巨大生物。キロメートルオーダーだけあって、ただ地面に落ちただけで恐ろしい振動がこちらまで伝わってくる。震度で言うなら五は下るまい。
「……な?」
「……。」
「あれについては考えるな。あいつらは化け物だ。俺達とは違う生き物だと思っておけ。」
最後のスターライトブレイカー以外全部普通に受け止めきる男が、苦笑交じりにそんな事を言う。五年ほど前、まだ九歳だった頃はヴォルケンリッターがいたにもかかわらず大騒ぎをした揚句、全員ぼろぼろになりながら仕留めた相手だと言うのに、今や雑魚扱いである。成長すればするものだ。
因みに、夜天の書が安定している時なら、バックアップ体制のおかげで、ヴォルケンリッターでも今回のなのは達と近いレベルで制圧できる。バグのおかげで当人達も忘れているが、夜天の書が正規の状態であれば、単にでかくて火力があるだけの古代龍など、本来シグナム達の敵ではないのだ
「フォルク君、聞こえてるよ?」
「フォルク、化け物扱いはいくらなんでもひどいよ……。」
「事実だろうが。ここにいるメンバーじゃ、どんなに鍛えても、あれを少人数で仕留めるのは無理だぞ?」
などと、気の抜けるやり取りをするフォルクとなのは達。
「それで、まだ続けるのか?」
「あ、そっちはもう引き上げて。」
「私たちは他にも頼まれてるものがあるから、もう少し狩ってから帰る。」
「了解。」
それだけ話をして、通信を切る。同じぐらいのタイミングで再び地響き。体勢を立て直して振り返ると、二百メートル程度の龍が地面にたたき落とされ、完全に気絶していた。魔力を感じなかったところを見ると、優喜が叩き落としたのだろう。
「……。」
「細かい事は気にしない方がいいぞ。」
「……理解しました。」
すげー、などと目を輝かせているアバンテを放置し、ため息とともにそう告げるカリーナ。その様子に苦笑しながら、迎えに来てもらうように連絡を通すフォルク。こうして、この日の新人たちの訓練は終わりを告げた。
カリーナとアバンテが広報部に配属されたのは、別段優秀だったからではない。むしろ、理由としては真逆だろう。
「フォル君、なのはちゃんとこの新人さんは、どんな感じ?」
「聞いていたよりは使える感じだな。」
はやての質問に、率直な印象を告げる。見栄えが良くて人格に問題が無く、能力的に普通の部隊で活躍し辛い人間、と言う選考基準で空士学校や陸士学校の生徒から選んだと聞いていたが、その割には結構な実力があった。まあ、優喜が鍛えているので、魔力資質ゼロでも普通に強くはなるだろうが。
「ほう? そうなのか?」
「ああ。まあ、アバンテの方は、正直どう鍛えたところで、まっとうな武装隊とかに配置するのは無理があるだろうけど、カリーナは、そうだな……。」
少し考え込んで、ちょうどいい目標を思い出して言葉を継ぐ。
「タイプ的に、クロノ艦長かその手前ぐらいまで腕を磨けば、他所の部署でもやっていけるんじゃないか?」
「それ、かなりハードルたけーぞ。」
「分かってるって。でも、あいつはアバンテとは逆に、適性的に一点特化はほぼ不可能だから、目指すとしたらクロノ艦長を近接寄りにして、さらにオールラウンダーにしたタイプを目指すしかないんだよな。」
「そうなのか?」
「なんと言うか、さ。全ての適性が平均よりちょっと上、ぐらいで全くばらつきなくそろってるんだ。魔力容量も出力も平均よりは多いんだけど、その程度の差だと、少し資質がとがってるとあっさりひっくり返るからなあ。」
これに関しては、なのはとフェイトが、容量と出力だけなら管理局でもトップスリーに入るのに、補助の性能に関しては半分以下の出力しかないユーノやシャマルに劣るという例を見れば分かるだろう。それでも、二人とも回復・補助についてAA+のランクを持っているのだから、全く発動できないほど適性が低い場合でなければ、努力と出力である程度ひっくり返せなくはないのだ。
ただ、カリーナの場合、空士学校に在籍中は平均の倍も三倍も出力があるわけではなかったので、なのは達のようなやり方で適性の差をひっくり返す事は出来ず、また、手薄なところをカバーする、という運用ができるほど総合能力が高くなる気配もなく、指揮官としてはなのは達とは別の意味で扱いに困るタイプだった。
逆にアバンテは、魔力量は平均の倍以上を叩きだしていたものの、適性が自己強化系以外は発動すらおぼつかないほど低く、必然的に管理局の魔導師にとって一番重要な非殺傷設定が使えない、という問題があり、これまた普通の部隊では使い道が無いと結論が出たのである。
二人揃って従来の判定基準では、野に放つには少々危険だが、手元に置いておくのも大したメリットが無い、と断定されるタイプなのだ。それゆえに、卒業を一年ほど前倒しして、初等教育のうちに広報部に配属する、というやり方にも、特にどこからも反発が出なかったのである。
「……大変そう……。」
「まあ、カリーナには、ブレイブソウルと同型のユニゾン機能付きアームドデバイスが支給される予定らしいから、心配しなくても平均的な魔導師よりは強くなるだろう。」
「……ブレイブソウルと同型……。」
少し考え込んで、結論を漏らすリィンフォース。
「そっちの方が、何倍も大変そう……。」
「いや、AIの性格まで、あれをベースにするわけじゃないと思うんだが……。」
リィンフォースの結論に、思わず引きつりながら突っ込みを入れるフォルク。
「どうだろうな。デバイスを担当してる連中、揃いも揃って洒落がきついぜ?」
「せやなあ。プレシアさんに忍さんやもんなあ。」
ヴィータとはやての言葉に、あり得ないと言いきれない自分が悲しいフォルク。
「主はやて、ヴィータ、あまりそういう事を言うのは……。」
「そうですよ、はやてちゃん。あれが二人に増えるなんて、考えたくもないわよ。」
「シャマルも大概ひどい事を言ってる気がするのです。」
「じゃあ、フィーはブレイブソウルが二人に増えて、我慢できるの?」
「……それは、ものすごくうざそうです。」
同型だと言うだけで、えらい言われようのブレイブソウル。日ごろの行いは大切である。
「とりあえず、この話はこれで終わりにしよう。」
「そ、そーだな。本気で倍に増えたら大惨事だ。」
フォルクの台詞に、一も二もなく同意するヴィータ。だが、彼らは知らない。カリーナをいじるため、と言うくだらない理由で、AIの性格がブレイブソウルをベースにした揚句、もっとうざったくなっている事を。
「今日のレッスンはここまで。」
「「ありがとうございました!」」
特別講師のフィアッセの宣言で、歌のレッスンが終わる。広報部に配属されて約九カ月。ようやくデビューの日程が決まり、二人の新米はいま、戦闘周りも芸能周りも、総仕上げで大忙しだ。
「……うん、二人とも、すごく良くなったよ。」
「そうですか?」
「自信を持って。そりゃ、なのは達にはまだまだ届かないけど、そこは年季の差だから。」
そう言われても、比較対象が段違いすぎて、褒められても自信など持てないカリーナ。その力量差が分かると言う事は、それだけ実力がついてきたという事なのだが、空士学校に入ってから後ろ、すっかり落ちこぼれてネガティブな思考にとらわれている彼女にはそんな事は分からない。だが、それなりに手ごたえを感じているらしいアバンテは、カリーナと違ってフィアッセの言葉に嬉しそうに反応する。
「いつかは、自分の歌をバックに悪を殲滅したりできるっすか?」
「きっとできるよ。」
「そっか、燃えてきた!」
「その意気だよ。アバンテの歌は、その素直さと力強さが一番の魅力だから。」
フィアッセの言葉は、カリーナにもよく分かる。歌とは魂の形を相手に伝える事、とは良く言ったもので、アバンテの正義を愛する熱い心は、歌を聞いているこちらのテンションまで上げてしまう。あの歌をバックに戦えば、普段の何倍もの実力を出せる事請け合いである。
「カリーナ、自信を持てないのは仕方ないけど、自分の頑張りは認めてあげて。」
「……はい。」
若干十歳にして、どんなに頑張っても結果が伴わなければ無意味である事を骨身にしみて理解しているカリーナは、フィアッセのその励ましをアバンテほど素直に受け入れる事は出来ない。
「そういえば、カリーナはどうして、管理局に入ろうと思ったの?」
「えっと、それはですね。」
カリーナは六歳の頃、デビュー当時のなのはとフェイトに助けられているのだ。二人のデビュー当日、翼竜が暴れた公園にいた彼女は、避難の際にいろいろあって両親とはぐれ、公園に取り残されてしまった。逃げ場所を探して右往左往しているうちに、よりにもよって戦闘中のフィールドに紛れ込んでしまい、危うく火炎弾で丸焼きにされそうになったところを、なのはにかばってもらったのである。
その時の二人の姿が心に強く焼き付き、入学予定だった学校をやめて空士学校に編入。幸いにして入学資格を満たす程度には魔力資質を持っていたため、それなりに順調に編入が認められたのだが、残念な事に資質的に大成するのは不可能だと言う事が入学後に発覚。それでも頑張ればどうにかなると信じて努力を続けたが、八歳にして早くも資質の壁にぶち当たり、九歳の頃にはスペックは平均以上だと言うのに、すっかり立場や周囲の認識は落ちこぼれのそれに。
しかも、なのはとフェイトのいる広報部には、基本的に新規の魔導師の配属はしない方針だと入学二年目に聞かされて夢も破れ、残されたのはどうにもならない現実のみだった。そんなこんなで、カリーナはずっと、自身が落ちこぼれであると言う劣等感と、どれほど努力しても結果が出なければ無意味という現実にさらされ続け、すっかり悲観的になってしまっていた。
「そっか。でも、夢はかなったよね?」
「それも、理由を聞いちゃったから素直に喜べなくて……。」
「理由?」
「はい。私もアバンテも、資質や適性の問題で、普通の部隊では使いにくくて敬遠されるから、という理由で、広報部に配属されたんです。」
「……それは、誰が?」
「本局の人事の男の人です。」
「……そっか。」
たとえ事実だとしても、言ってはいけない言葉はある。そもそも、言われなくても多分、二人ともそんな事ぐらいはわきまえているだろう。カリーナは言うまでもなく、年相応の無邪気さを持つアバンテも、自分の資質がどういうものかを理解しないほど頭が悪いわけではない。
ただ事実として言われただけなら、カリーナがここまでへこむ事はなかっただろう。多分、不良品をイロモノ部署に押し付けた、みたいなことを侮蔑的な顔と口調で言ったに違いない。そこまで察してしまったフィアッセが、思わず顔をしかめる。
「フィアッセ先生。」
「……アバンテ?」
「そんな顔しなくても、俺はイロモノでも何でもいいんです。だって、普通の部隊に配属出来ない資質のおかげで、憧れのヒーローになれるかもしれないんですから。」
「……そっか。うん、えらい。頑張れ!」
「うっす!」
あくまでも前向きなアバンテを、思わず眩しそうに見るカリーナ。お互いまだ子供だと言うのに、この差は一体どこから来るのか。そんな事でも彼女をへこませる。
正直、今のカリーナは、自分の長所を一切信用できない。辛うじて顔だけは平均を大きく引き離しているとは思うが、それだってなのはやフェイトには遠く及ばない。エステをはじめとした美容周りを頑張れば、もしかするとなのはには追い付くかもしれないが、発散するオーラなどまで含めれば、何年たっても自分は凡人の範囲を出る事はないだろう。
フェイトに至っては、次元世界全ての有名人をかき集めても、ユニゾンして大人になった彼女の容姿を超える美女など、見たことがない。せいぜいフィアッセが同レベルと言ったところか。もっとも、実年齢での容姿に限定し、しかも性別を無視すれば、一人例外がいる。そう、本気で女装をさせられた竜岡優喜が、ややもすればフェイトを超える美少女ぶりを発揮していて、カリーナどころか一定年齢以下の女性のプライドを一片たりとも残さずに粉砕したのだ。
「カリーナ、卑屈になるのだけは駄目だから、ね?」
「……はい。」
フィアッセに諭されて、どうにかこうにか気分を切り替えようとする。カリーナ本人は知らない事だが、竜岡式特訓法の成果は十分に発揮されており、普通に空士学校に通っていたころにはどう逆立ちしても不可能だったであろう、魔導師ランクAA超えを既に達成しているのだが、本人がその事を知るのはデビューしてからの事である。
余談だが、どこから伝わったのか、新人たちと広報部、双方に対して侮蔑的な態度をとった人事部の男は、その後レティの手によっていろいろ調査され、似たような事を何度もやっている事が発覚、他所の部署と一切関わらない種類の窓際部署に左遷されるのだが、ここだけの話である。
(ついにこの日が来ちゃったか……。)
さらに時が過ぎ、新年早々。とうとう、新人たちのお披露目イベント当日がやってきたのだ。十分に準備したとはいえ、アバンテもカリーナも、歌という点では普通に上手い、という領域を出てはいない。他の特訓と並行で歌のレッスンを受けていたのだから当然と言えば当然である。クリステラソングスクール本校で、泊まり込みで一カ月以上かけてみっちり特訓したとはいえ、その程度でプロで通用する力量に達したなのはとフェイトが異常なのだ。
「カリーナ、デバイスの調整がようやく終わったから、時の庭園で最後の微調整やってきて。」
「はい。」
フェイトに促され、デバイスを受け取りに行く。聞いた感じでは、どうにも癖の強いデバイスらしく、自分のような凡人に扱いきれるのかという疑問を捨てきれないカリーナ。
「来たわね。」
「カリーナちゃん、覚悟はいいかな?」
「覚悟、ですか?」
「そ、覚悟。」
忍の言葉にピンと来なくて、思わず首をかしげるカリーナ。デバイスを受け取るだけで、どうして覚悟が必要なのだろうか?
「まあ、覚悟がどうであれ、手心は一切加えないのだけど。」
「そうだね。と言うわけで、出てきて。」
「お呼びとあらば、即惨状、ですわ。」
忍の呼びかけにしたがって現れたのは、アライグマのぬいぐるみであった。惨状の文字が違うのではないか、と言う突っ込みは、あまりに予想外なその姿に口にする前に消えてしまう。
「えっと、これが?」
「そ、これが。」
「ぬいぐるみに見えるんですけど……。」
「諸般の事情で、ガワをぬいぐるみにしてるのよ。」
どういう事情だ、と突っ込みたくても突っ込めない気の弱さが恨めしいカリーナ。どうやら、その表情を読んだらしい忍が、補足説明をしてくる。
「魔法少女とか美少女戦士には、マスコットが必要じゃない?」
「……ノーコメントで。」
忍の台詞で自分の今後を悟って、絶望とともに遠い目をしながら言葉を濁す。
「それで、とりあえずこの子に名前をつけてあげて。」
「それには及びませんわ。」
「へっ? 喋った?」
「当たり前ですわ。これでも母・ブレイブソウルの構造をベースにした廃スペックデバイスなのですよ?」
ハイスペックの文字が一部違う気がするのだが、相手があまりにも早口すぎて、そこに突っ込む余裕も無いカリーナ。そんなカリーナを気にかける様子も無く、更にまくし立てる謎のデバイス。
「わたくしの名前はプリンセスローズ。ミッドチルダ式のユニゾン型アームドデバイスですわ。」
「……誰がこの名前を?」
「その子が勝手に名乗ってるんじゃない?」
「少なくとも、私も忍も、名前の決定には関与していないわよ?」
どうやら、自称らしい。厄介なのは、明らかにこいつはその名前以外でセットアップとかやってくれそうに無いことだろう。
「まあ、とりあえずカリーナ。最後の調整をするから、一度セットアップして。」
「はーい……。」
本音を言えば全力で拒否したいのだが、ここで拒否する顕現も度胸も無い。しぶしぶぬいぐるみを抱き上げてセットアップする。
「プリンセスローズ、セットアップ!」
しぶしぶセットアップすると、自動的にユニゾンを開始し、体格が大人のそれに変わる。服装も、今まで仮デバイスで構築していたバリアジャケットと違い、なんと言うかレトロと言うか恥ずかしい感じのものである。
「……データ取得完了。微調整開始。」
「ハード周りの調整完了。」
「ソフトウェアおよびユニゾン周りの調整完了。」
「とりあえず、専用魔法は色々構築してあるから、今まで使ってる奴よりは高性能なはずよ。」
言われて、とりあえずストレージに登録されている魔法を確認する。どうやら、この装備を前提にした魔法が増えている模様だ。正直、ユニゾンなしでまともに制御できる魔法は一つもない。問題は、どれもこれも趣味性が強く、あまり触りたくない魔法だと言うことか。
「それじゃあ、セットアップを解いて、そのまま持っていって頂戴。」
言われてセットアップを解こうとすると、緊急通信が入る。
『カリーナちゃん、デビューイベント前で悪いんだけど、緊急出動できる!?』
「……丁度デバイスの調整も終わりましたし、いつでもいけます!」
『じゃあ、中央公園に行って!』
「了解です!」
要請に従い、転送装置を使って飛び出していく。カリーナの初任務は、心身ともにハードなことになるのだが、このとき彼女はまだ知らないのであった。
時空管理局地上本部所属、ティーダ・ランスター二等陸尉は苦戦していた。
「最近レベルが上がったと聞いていたが、所詮管理局の魔導師なんざ大したことねえな。」
足を負傷し、魔力が枯渇して飛べなくなったティーダを、ニヤニヤ笑いながらなぶる違法魔導師。ほんの少しの交戦で自分の手に負える相手ではないことを悟り、さっさと支援要請は済ませている。だが、こういうとき援軍として来てくれるアイドルたちは、別件で既に出動中だという。
しかも、自分が把握している限り、少し前にもう一件支援要請が入っている。そっちに一人、広報部から新人が派遣されたらしいところまでは把握している。が、こっちはどうなのかと言うのは分からない。それを確認する余裕など無かったからだ。
「さて、そろそろ死んでもらうぜ。これ以上雑魚に手間をかけてられねからな。」
「ぐっ……。」
ついになぶるのをやめ、止めを刺しに来る違法魔導師。
(すまない、ティアナ……!)
観念しつつも、最後の抵抗のために魔力を高めるティーダ。そして、運命のときが訪れ……。
「何だ!?」
手を下そうとした男に対し、直撃コースで一輪のバラが飛んでくる。慌ててよけた男の足元に、深々と突き刺さるバラの花。
「そこまでです!」
「誰だ!!」
後ろから声を掛けられて、慌てて振り向く男。見ると、街灯の上に一人のあれで何な服装をした少女が、モデル立ちてたたずんでいた。
「……何だてめえは?」
少女のあまりにアレな格好に、思わずあっけにとられてぽかんとする違法魔導師。ティーダも、毒気を抜かれたような顔で呆然と見つめている。
十五、六歳と思われるその少女は、袖の膨らんだ半袖のフリルたっぷりのブラウスの上から薄茶のベストを着込み、少し動けば下着が見えそうな、そのくせ真下から見上げても中身が見えないように巧妙に動きそうな赤いチェックのスカートと、太ももまで覆うハイソックスにブーツを履き、マントをはおっていた。白い手袋で肘まで覆われた手にはレイピアが握られ、顔は羽根付き帽子とマスカレードで隠れていてはっきりとは分からないが、その輪郭だけでもかなりの水準の美少女である事ははっきり分かる。
そう、少女は昭和の終わりから平成の頭に流行ったいわゆる美少女戦士、それも実写でやっていた類の服装をしているのだ。すぐそばにアライグマのぬいぐるみが浮かんでいるのがシュールである。見た感じ、当人とてやりたくてこの格好をしているわけではなさそうなのは、どことなく赤い顔でなんとなく察せられる。
「……。」
「マスター、台詞を忘れてますわ!」
「……えっと、なんだっけ?」
いまいちしまらない間抜けなやり取りをしている美少女戦士(仮称)に、こけにされたと思ったらしい。違法魔導師が切れた。
「ふざけてんのか、てめえ!?」
「ふざけてやるのなら、もっと別の事をやります!!」
「「……なるほど。」」
美少女戦士(仮称)の魂の叫びに、思わず納得する男二人。その間にも、彼女の前になんぞモニターのようなものが映し出される。どうやら、カンペの類らしい。
「……これ、本当に言うの?」
「もちろんですわ、マスター。今更恥ずかしがってどうするのです?」
アライグマの言葉に、思わず納得するその場の三人。どうでもいいが、このアライグマから、恐ろしくうざそうな空気を感じるのはなぜだろう?
「び、美少女仮面ルナハート! あ、愛とともに参上です!」
「きゃー! カリーナちゃん! 素敵ですわ!!」
「本名隠せって言ったの、貴女だよね!?」
「そんな過去は投げ捨てましたわ!」
こいつうぜえ。その場にいた全員の気持ちが一つになる。
「と、とりあえず! 管理局法規に基づき、あなたを成敗します!」
「やれるもんならやってみな!」
「言われるまでもありません! セイントローズ!」
レイピアに軽く口付けし、大きく振り下ろす。その動作と同時に大量のバラの花が虚空に出現し、恐ろしいコントロール精度で違法魔導師を襲う。
「やるな、イロモノ!」
直撃コースのいくつかを辛うじて迎撃し、砲撃をチャージしながら気合を入れなおす違法魔導師。先ほどまでいたぶっていた相手より、二段程度は上と見て間違いなさそうだ。
「だが、相手が悪かったな! ブラスターカノン!」
違法魔導師から砲撃が飛んでくる。弾速・威力ともになのはのバスターとは比較にもならないが、非殺傷などと言うぬるい事はしていない事を考えると、当れば命にかかわるのは間違いない。
「ローズミスト!」
レイピアを軽く振り、地面に突き刺さったバラに魔力を送り込む。トリガーと同時に、バラの花びらが大量に舞い散り、視界を覆い尽くす。ひらひら舞う花びらにどんどん威力をそぎ落とされながら、カリーナに迫る砲撃。その砲撃をレイピアで絡め取るように払い、さらに威力を削り取ってから安全な場所に反らす。そのまま一連の動作で砲撃をさかのぼるように刃を突き出して、魔力刃を発射する。
リポスト(突き返し)と呼ばれるフェンシングの技法を応用した、カリーナ独自の戦法だ。なのはじゃあるまいし、普通は砲撃がかくんと曲がったりはしないので、射線をそのままさかのぼれば、当るかどうかは別にして、普通砲撃手に攻撃が届く。後は、高威力の砲撃相手にそれをやる度胸があるかどうかだけの問題である。
「チッ、味な真似を!」
直撃は避けたものの、予想外の手段で反撃を受けた違法魔導師は、さらに目の前のイロモノの評価を変える。パワーこそ微妙だが、意外と動きが素早く、しかも攻防ともに予想し辛い手段を持ち合わせているようだ。後ろでキャーキャー言っているアライグマを無視すれば、中々に緊迫した戦いが楽しめそうだ。だが、それでも所詮小娘。いろいろと詰めが甘い。
「ハウリングバレット!」
再び砲撃をチャージしながら、大量の魔力弾をばらまく。大量と言っても三十やそこらの常識的な範囲だが、それでもカリーナの技量では、普通に対処に手間取るラインである。なのはのように、弾幕と称して百も二百も一度にばらまく方がおかしいのだ。
「くっ! ローズミスト!」
先ほど舞い散らせた花びらを再び舞いあげ、弾幕を迎撃する。即座に対応できる手札が他になかったためだが、結果として、今ので視界が一瞬ふさがってしまった。
「やっぱり詰めがあめえな!」
身動きが取れないティーダに対して砲撃をぶっ放しながら、あざけるように言う違法魔導師。
「ホーリーシールド!」
とっさに割り込んでシールド魔法を発動。どうにかこうにか砲撃を受け止めきるカリーナ。だが、違法魔導師の言葉通り、少しばかり詰めが甘かったようだ。
「かはっ!」
死角から飛んできた誘導弾に、脇腹をえぐられる。自動防御で大幅にダメージは軽減したものの、完全に動きが止まってしまう。さらに追い打ちで三発、花びらの陰に隠れていた誘導弾が直撃する。
「さて、兄ちゃん。後輩の足を引っ張った感想はどうだい?」
「くっ……!」
「さっさと始末するつもりだったが、気が変わった。後輩がボロボロにされるのを、指をくわえて見てな!」
そう言って、魔力弾でティーダの手足を撃ち抜く。カリーナの防御も間に合わないほどの早技。やはり、この男は相当戦い慣れている。
「さてと、メインディッシュと行こうか!」
にやりと歪んだ笑みを浮かべ、両手に魔力の爪を作り出す。それを見て、ダメージの抜けきらぬ体に喝を入れて立ち上がり、ふらつきながらもレイピアを構えるカリーナ。
右手を受け流し、左手をよけ、もう一度来た右を叩き落とす。縦横無尽に飛んでくる爪の一撃を、必死になって防ぎ続けるカリーナ。徐々に速度が速くなり、一撃が重くなってくる。ついに防御が追い付かなくなり、体のあちらこちらにかすり傷をつけられる。どうやら、この違法魔導師は、白兵戦や格闘戦の類は、大した技量ではないようで、ダメージを受けてなければ十分に対応できるはずの攻撃しか飛んでこない。だが、さすがに殺傷設定の誘導弾を四発も食らって本来の動きを維持できるほどには、彼女には体力も経験もない。
辛うじて首から上と心臓だけは防ぎ続けていたカリーナだが、とうとう右の爪を流し損ねてレイピアを大きく弾かれ、左の爪で肩口から胸元まで切り裂かれてしまう。どうにか致命傷を避けるための動きが間にあい、体に傷がつくほど深くえぐられる事は避けたが、純白の下着に包まれた、ミッドチルダ女性の平均よりは豊かな、巨乳ではないが普通に大きい胸の谷間が露出してしまう。
「安心しな。眼福だって言いたいところだが、色気絶無なガキに興味はねえ。」
女の本能で胸元をかばうカリーナに、そんな失礼な言葉を浴びせかけ、違法魔導師は止めに移ろうとする。一か八かでカウンターを取ろうとカリーナが構えた瞬間、
「ダイナマイトタックル!」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。見ると、別件で出動していたはずのアバンテが、相手を十メートル以上離れた建物の壁にたたきつけていた。発勁の一種で、衝撃を全て対象を弾き飛ばすエネルギーに変える、爆発頸と呼ばれるやり方だ。地上本部の制服を着た十歳の男の子が、大した魔法も使わずに大の男をふっ飛ばすシーンは、何気にかなり違和感の強い光景である。
「待たせたな、ルナハート!」
「何でその名前を!?」
「そこのアライグマがそう呼べって言ってたからな。」
「細かい事は気にしちゃ駄目ですわ、カリーナちゃん!」
「だから、何でいちいち本名を出すの!?」
今までの緊張感を一気にそぎ落とすプリンセスローズに、思わず全力で突っ込みを入れるカリーナ。そんなやり取りを完全にスルーし、アバンテが台詞を続ける。
「こいつの相手は、しばらく俺がする。お前はまず、体勢を立て直せ!」
「分かった!」
アバンテの言葉に甘え、まずはバリアジャケットの再構築と、自分とティーダの治療を始めるカリーナ。身づくろいを最優先にするあたりは彼女も一端の女と言えるが、その事が無くとも、ずいぶんあちらこちらが破損して防御力が落ちている。流れ弾を考えると、真っ先に修復すると言う選択は、間違っているとは言い切れない。
「なんだ、てめえは?」
「お前みたいな下種に、名乗る名前は持ってない!」
「ガキのくせに粋がるな!」
アバンテのなめた返事に切れ、魔力弾を必要以上に大量にばらまく男。その魔力弾を冷静に見切り、直撃コースの物を全てパンチで迎撃するアバンテ。逸れたものを適当に拾った小石で潰し、瞬く間にすべてを処理しきる。
「そいつは質量兵器じゃねえのか!?」
「知らなかったのか? 管理局は、許可さえ取れば拳銃ぐらいまでは支給されるんだぜ?」
「えげつないダブルスタンダードぶりだな、おい!」
さすがに、質量兵器を取り締まっている管理局が、申請さえすれば堂々と質量兵器が使えると言う事実には突っ込まざるを得なかったらしい。思わず動きを止めて余計な事を言ってしまう違法魔導師。その隙が命取り。アバンテに距離を詰められてしまう。
「アクセルスマッシュ!」
右のボディブローが違法魔導師に食い込む。先ほどと違い、今度は内部にダメージを残しつつ、余剰威力を体を浮き上がらせる方に回す打撃だ。胃が破裂するかというような衝撃とともに、今度は真上に大きく吹っ飛ばされる。
「ソニックブロー!」
浮きあがった違法魔導師を固定するように、凄まじい速度で連打を叩き込む。大層な名前が付いているが、やっている事は高速行動魔法・ブリッツアクションを用いた単なる連打だ。だが、使い魔もかくやと言うレベルまで増幅された身体能力から繰り出される連打は、AAAランクに分類される違法魔導師のバリアやシールド魔法ですら、容易に撃ち抜いて見せる。
「……おかしい。」
「どうしました?」
「彼はなぜ、デバイスを使わない?」
「あ~……。」
治療結界の内部で状況の推移を見守っていたティーダが、アバンテの戦いぶりを見てぽつりとつぶやく。その理由を知っているカリーナだが、今迂闊にそれを漏らせば、敵に弱点が伝わりかねない。
「……変身ヒーローは、ぎりぎりまで生身で戦うのが様式美だそうです。」
ゆえに、とりあえず嘘ではないがそれほど大きいわけでもない理由でお茶を濁す。
「そ、そういう問題なのか……。」
「そういう問題だそうです。因みに私は、デバイスの最終調整の最中に呼び出されたので、セットアップしたままこっちに来たんです。」
その恰好で飛んできたのか、という問いかけは、彼女に余計なダメージを与えかねないと判断して胸にしまいこむ。
「あっ……。」
アバンテの猛攻をくぐりぬけた違法魔導師が、ついに反撃に成功する。距離を引き剥がし、弾幕を張って追撃を潰し、空に上がって距離を置く。
「テメエをただのガキだと甘く見てた事は謝るぜ。だが、向こうのイロモノとおんなじで、まだまだ詰めが甘えな。」
距離を置きながらチャージしていた大規模砲撃を構え、嘲るようにはき捨てる。
「俺をここまで追い詰めた事は褒めてやるが、やるんだったらとっとと俺を殺しておくべきだったな!」
そのまま、街中で使うような威力ではない砲撃を、容赦なく地面にたたきつける。
「ブリガンティン! セットアップだ!」
砲撃を見て即座にセットアップ。一撃で家数軒分ぐらいの面積なら普通に更地に変える威力があるそれを、真正面から受け止めに入る。この場に立っているのがフォルクであれば、アートオブディフェンスを使う必要すらなく防いでのける程度の代物だが、残念ながらアバンテに防御魔法は使えない。ならば、やる事はただ一つ。
「ライジングインパクト!」
気功による防壁を張り、砲撃に体当たりをかけて軌道を変えるのだ。さすがに、未熟者のアバンテでは、この規模になると優喜のように無傷で潰すような真似は不可能だ。このままならば多分、砲撃の処理が終われば戦闘不能になるだろう。だが、それでいい。
「ホーリーシールド!」
予想通り、カリーナから強力な支援防御が飛ぶ。実際のところ、大技を使う前に劣勢に立たされた彼女は、ほとんど魔力を消費していない。それに、竜岡式で鍛えられている彼らは、必修科目である気功の特性で、体力も魔力も、常人とは比較にならないほど回復が早い。
それにそもそも、アバンテの役目は時間稼ぎだ。そして、立て直しが必要なカリーナは、すでにダメージも抜け、体力も魔力も全快状態である。いまだに後ろでごちゃごちゃやっているのは、単にティーダが自衛できるぐらいまで治療しているだけだ。
「はああああああああ!!」
さらに飛んできたカリーナの支援防御も合わせて、一気に砲撃を押し返すアバンテ。数秒間の押し合いの末軌道を押し曲げられた砲撃は、上空に向かって勢いよく飛んで行く。
「今だ、ルナハート!」
「ええ! ノーブルフェニックス!!」
「きゃー! 素晴らしいですわ、カリーナちゃん! 私の心の中のピーな感じの物がギンギンですわ!!」
余計な事をほざくアライグマを完全放置して、砲撃を捻じ曲げられて呆然とする違法魔導師に向かって、最大威力の魔法を起動して突っ込んで行く。三十メートルクラスの大物相手では一撃では足りなくとも、消耗している違法魔導師ぐらいなら十分な威力があるそれは、男を真芯にとらえて、一瞬で意識を刈り取るのであった。
「やっと終わった……。」
「ご苦労様。足を引っ張って済まない。」
「怪我をしてたんだから、仕方ないですよ。」
「いや、俺の未熟さが招いた失敗だよ……。」
とりあえず念のため、非殺傷の魔法を大量にたたきこんだ後、物理的な拘束とバインド魔法を何重にもかけてから、ようやく一息つけると言う感じでしみじみ語りあうカリーナとティーダ。そこに、素っ頓狂な声が割って入る。
「カリーナちゃん! 決め台詞とポーズを忘れてますわ!」
「え!? そんなのまであるの!?」
「当たり前ですの。さあ、これをやるのです!!」
「……本当にこれをやるの? わざわざ? それも人前で?」
「もちろんですわ! この後デビューイベントで放送されるのに、コンセプト通りにやらないなんて減俸ものですわ!」
減俸と言う言葉に、しぶしぶながらカンペの通りにやる事にする。正直、美少女戦士などと痛い名前を自称するのも、道化そのものみたいな決めポーズと決め台詞も嫌だが、減俸だって同じぐらい嫌だ。
「び、美少女仮面ルナハート、あ、愛ある限り戦います!」
くるっと一回転してチョンと膝を曲げ、ウィンクしながら決めポーズ。顔を真っ赤にしながら、どうにか「キリッ!」とか揶揄されそうな表情で台詞を言いきるカリーナ。その様子を、憐みのこもった生温かい視線で見守るティーダ。
「……うう、恥ずかしい。」
「慣れるしかねえって。」
「そうなんだけど……。」
心底恥ずかしそうなカリーナを、苦笑しながらなだめるアバンテ。
「それはそうとアバンテ、飛べないのにどうやってここまで来たの? 出動先、結構遠かったと思うんだけど。」
「ああ、アルフさんに送ってもらった。」
事もなく言ってのけたアバンテの言葉に、驚いて周囲の気配を探るカリーナ。どうやらすでに引きあげているらしく、それらしい気配も魔力もない。初出撃でいっぱいいっぱいだったカリーナは気が付いていないが、実は何かあった時のためのフォローに、アルフだけでなくリーゼロッテとリニスまで来ていたのだ。要するに、最初からカリーナとティーダの生還は確定していたのである。
「そろそろリハーサルの時間だから、急いで戻るぞ。」
「え? あ、本当だ!」
「ランスター二尉、こいつの事お願いしてよろしいですか?」
「ああ。任せておけ。もしものために応援も呼んだから、安心して戻ってくれ。」
ティーダの言葉に一つ頷くと、セットアップを解かずにアバンテを抱えて飛び上がるカリーナ。あまりに無防備に飛びあがるため、あわててスカートの中が見えないように視線をそらすティーダ。が、逸らす直前に真下からのアングルを視界の隅でとらえてしまい、自己嫌悪に陥ってしまう。せめてもの救いは、ルナハートのスカートは、真下からのアングルですら不自然な動きで乙女の純真を隠し通していた事ぐらいだろう。余談だが、彼女のバリアジャケットに使われているパンチラ禁止の術式はその後、一部のどうにもならない形状の物を除き、女性魔導師のバリアジャケットに標準搭載される事になり、思春期の下世話な男達を心底がっかりさせるのだがここだけの話だ。
なお、正統派ヒーローとして活躍したアバンテと、デバイスにすらいじられながらもけなげに奮闘したカリーナは、共になのはとフェイトに続く新たな広告塔として、並の芸能人をぶっちぎる人気を獲得するのであった。
おまけ:アバンテの初出動
ヴァイス・グランセニックは、己の腕が震えるのを抑えられなかった。スコープの中で繰り広げられる光景、それが冷静さを要求される狙撃兵を、著しく動揺させていた。
狙撃目標の腕の中では、彼の最愛の妹が拘束され、銃を突き付けられていたのだ。しかも、周りに怒鳴り散らしながらふらふら動くため、照準が安定しない。こうも動かれると、神業クラスの狙撃兵でもなければヘッドショットは難しく、だが胴体を狙うと妹を誤射しかねない。
「落ち着け、陸曹!」
「で、ですが……。」
これで落ち着けるほどには、ヴァイスの精神は成熟していない。いかに腕のいい狙撃兵だと言っても、所詮まだ二十歳にもなっていない若造だ。肉親を盾に取られて、動揺するなと言うのが無理な話である。
「陸曹、広報部から応援要員が来た。今から内部に潜入するそうだ。」
その言葉に一つ頷く。時間の猶予がさらに短くなったのは確実だろう。これまでにない集中力で対象の動きを観察し、確実な狙撃ポイントを発見する。
「……これより狙撃します。」
「了解。突入班、準備しろ!」
副長の連絡に、隠れていた突入班が準備を済ませる。それを確認したヴァイスが、狙い定めたタイミングで、相棒・ストームレイダーの引き金を引く。
本来なら、確実に成功していたであろう一撃は、不運にも男がわずかに顔を動かした事により狂ってしまった。どうやら、奥に拘束されている人質が、何か余計な動きをしたらしい。結果、弾丸は彼の妹・ラグナの瞳に吸い寄せられるように飛んでいき……
「ダイナマイトタックル!!」
通信機越しに聞こえたその声と同時に、ラグナを拘束していた男が弾き飛ばされ、彼女の頭があった位置を弾丸が素通りし、後ろに立っていた犯人グループの別の男の股間を撃ち抜く。引き金を引いてから、一秒に満たない時間の出来事である。
「な、なんだ貴様は!?」
「お前らに名乗る名前はない!!」
ドラマか何かのようなやり取りとともに、スコープの中でそのまま乱闘が始まる。男を弾き飛ばしてラグナを助け出した少年は、見事な動きでラグナをかばいながら、瞬く間に犯人グループを三人、殴り倒す。そのまま、人質達が拘束されてる場所にラグナを連れていくと、その位置に陣取ってさらに犯人達を仕留める。
そこまで状況が進んだあたりで、犯人グループが連携を取り戻し、人質を巻き込んでの集中砲火に入ろうとするが……
「ブリガンティン、セットアップだ!」
デバイスをセットアップし、大人の体格、変身ヒーローの姿になった少年が、撃ち込まれた銃弾をすべて叩き落としてしまう。その後は突入班の活躍もあり、人質に一切被害を出すことなく事態が収拾する。
「ラグナ、大丈夫か!?」
「うん。あの人が助けてくれたから。」
「そうか、よかった……。」
指さされたあの人は、陣頭指揮をとっていた隊長に何か告げると、誰かの使い魔らしい赤毛の女性に連れられて、そのままどこかに転移してしまう。
「名前、聞きそびれたな……。」
「兄ちゃんが、後で聞いておいてやるよ。」
この事件は、同じ日に発生し、なのはとフェイトによって被害ゼロで制圧された大規模テロのニュースに隠れて、ほとんど報道されることなく終わった。だが、妹を誤射しかけたヴァイスはそのトラウマを乗り越えられずに狙撃兵をやめ、ヘリのパイロットに転向する事になる。
因みに、後にラグナを救った少年(言うまでもなく、アバンテだ)と話す機会を得たヴァイスが、絶妙なタイミングで体当たりを敢行した彼に、あのタイミングは狙ってやったのかを問うたところ、
「狙撃手の魔力反応を感じた瞬間に男が動いて、女の子の頭が射線に割り込んでいそうだったから、まずいと思って独断で動きました。」
との回答を受けて、広報部の魔導師達の規格外ぶりを思い知るのはここだけの話だ。
後書き
先に宣言しておきます。カリーナとアバンテはチョイ役です。
この後も広報部には、割とちょくちょく新人が配属されるようになりますが、全員こいつらみたいな、容姿と人格に問題のない欠陥品です。
詳細設定も出番もありませんが、スーパー戦隊だったり美少女戦隊だったりもそのうち結成される予定となっております。
人材の廃物利用、ここに極まれり。