フォルク・ウォーゲンはその日、一目ぼれをした。壇上で、彼を含む新たに見習いに昇格する騎士の卵達に、祝福と激励を送る人物。その姿に釘づけになる。
「……あれが、夜天の王……。」
まだ中等部には上がらないぐらいの、子供と言ってもいい人物だ。同年代の少女と比較しても小柄だが、その割には出るべきところは見て分かる程度には出ている。可憐な顔立ちには多分に幼さが残っているが、その表情と雰囲気は、年に似合わぬ凛としたものである。
「それでは最後に、皆さんが、聖王教会を、ベルカを、ひいては次元世界を守る盾となる事を願って、夜天の王の名のもとに祝福を送りたいと思います。」
そう言って、左手に持った本のようなデバイスを開くと、右手の杖を軽く振る。杖から降り注ぐ光が見習い達に吸い込まれる。光を浴びたフォルクは、自分の体に活力がわいてくるかのような気持ちを覚えた。
「この時より、皆さんは聖王教会の騎士見習いです。その名に恥じぬよう一層の努力を期待します。」
そう告げて、夜天の王は一つ頭を下げると舞台袖に引き上げる。その姿を、憧れのこもった視線で見送るフォルク。
「夜天の王とヴォルケンリッターか……。」
いずれ、彼らと肩を並べて戦いたい。そんな強い欲求が体の中を駆け抜ける。だが、自身の資質は中の下ぐらい。そもそも、魔導師資質が無くて騎士の道を断たれた盟友達に比べれば恵まれているとはいえ、精強さでその名も高きヴォルケンリッターと並び立てるほどになるとは、到底思えない。
(強くなりたいな……。)
後から続くお偉いさんの話を聞き流しながら、どうすれば憧れの存在に近付けるのか、そんな事を考え続ける。今まで、ベルカ騎士と言うイメージだけの存在に憧れ、目標として来たフォルクは、この時初めて、目指すべき道に明確な形ができ、血肉が通ったのであった。
「お疲れ様でした、はやて。」
「ほんまに疲れたわ。正直、ああいうのはいつまでたっても慣れんで。」
「これからどんどんこういう機会が増えるのですから、諦めて腹をくくってくださいな。」
式典の出番が終わり、疲れをにじませた顔でカリムにぼやくはやて。正直、素の自分とかけ離れた「夜天の王」の仮面は、まだ今年ようやく十二になる小娘にはしんどい。
「それで、目ぼしい子はいましたか?」
「正直五十歩百歩や。何人か強い魔導師資質は持っとったけど、それでもクロノ君らにも届かへん。」
「クロノの資質を非力と断じるのは、さすがに贅沢が過ぎますよ。」
「分かってんねんけどね、事が事だけに、どうしても比較基準がなのはちゃんらになってくるんよ。」
「そこを持ってくるのは、贅沢を通り越していますね。」
「そうやろな。」
一つため息をつきながら、カリムの指摘に同意する。とはいえど、はやての周辺に増やす人員、という話になると、どうしてもハードルが上がってしまう。
先ほどはやてがかけた祝福の魔法は、短時間の間、多少の潜在能力を引き出すものだ。夜天の書を作らせた、血統と言う意味では最後の夜天の王が使っていた魔法の一つである。あの程度の魔法で化けるような人物がいれば、そのまま計画通りはやての直属として優喜に鍛えさせるつもりだったのだが、世の中そううまくは行かない。
「優喜君は、誰か目ぼしい人材はおった?」
気配を消して式典を観察していた優喜に声をかける。堂々と式典に混ざっていたというのに、誰ひとり気が付いていないあたりが見事だ。
「ぶっちゃけると、誰鍛えても同じ。」
「そっか。ほんなら、優喜君の好みで決めるのが一番かな?」
「まあ、鍛錬してるところを見て決めるよ。別に、女の子じゃなきゃ駄目、とか、そういうのはないよね?」
「純粋に能力本位やから、性別とか気にせんでええよ。ただ、私とかヴォルケンリッターに恨みがある人は避けてほしいけど。」
はやての言葉に一つ頷く。とはいえ、見習い達の様子からすると、実像を知ってがっかりする可能性はあっても、はやてを害するような負の感情の持ち主は現時点ではいない。
「で、見習いの鍛錬開始は何時?」
「お昼終わってからやな。騎士学校でそれなりに鍛えてきてるはずやから、多分しょっぱなのなのはちゃんよりは、皆体が出来てると思うで。」
「たとえ後衛でも、あれより体が出来てないってのはどうにもならなさすぎるよ。」
優喜の突っ込みに、苦笑するしかないはやて。大して体を鍛えていないはやてですら、あのころのなのはよりは体力も運動能力もあるのだ。なのはの運動音痴は筋金入りで、今でも魔法も気功も抜きだと、前線にほとんど出ないはやてとどっこいどっこいでしかない。
「とりあえず、もうちょい向こうの行動を観察してくる。」
「分かった。頼むわ。」
はやての言葉に軽く手をあげ、再び気配を消して見習い達の群れに混ざる優喜であった。
こまごまとした手続きを終え、今日から移る騎士団寮と見習いの仕事、昇格試験その他の説明を受ける。預けてあった荷物を回収してあてがわれた部屋に置き、昼食までの自由時間をデバイスのメンテナンスに当てる。フォルクのデバイスは特別申請を行って持ち込んだ、かつて祖父が使っていたというデバイスだ。祖父が引退するまでに一度改修されて、近代ベルカ式の物になっている、そこそこ年代物の非AI搭載型アームドデバイスである。
「持ち込みデバイスか。」
「ああ。俺の戦闘スタイルはちょっと珍しいから。」
同室の少年にそう答えると、待機状態のままで出来るメンテナンスをする。デバイスマイスターの資格が取れるほど詳しくはないが、日常点検と簡単な修理ぐらいは自力で出来る。珍しい戦闘スタイルに合わせたデバイスだけに業者の費用も高く、ちょっとした修理ぐらいで頼んでいては破産しかねない。
「珍しいって、どんな感じだ?」
「もうじき訓練だから、すぐ分かるよ。」
「メンテするのに、セットアップしなくていいのか?」
「ここだとちょっと狭いから、特に不具合がないなら、訓練終わってからメンテナンスルームを借りて本格的にやるよ。」
「そんなにでかいデバイスなのか。」
「まあな。」
などと駄弁っているうちに、デバイスのセルフチェックが終わる。ついでに裏側を覗いてみたが、軽い最適化が必要な程度でシステム面では特に問題ない。これ以上のチェックはセットアップが前提になる。この場ではここまでだろう。
「終わったのか?」
「ああ。時間余ったし、メンテナンスルームの場所聞いてくる。」
「おう。俺は荷物整理したら、寮のトレーニングルームを見てくるわ。」
同室の彼に手をあげてあいさつし、寮を出る。シスターの一人に頭を下げてメンテナンスルームの場所を聞き、ついでに使用許可の取り方などのこまごまとした説明を受ける。とりあえず時間的な問題で、今回はメンテナンスルームを使うのはあきらめることにする。
「昼間でまだちょっと時間があるか。」
時間を確認し、周りを見てからよし、と一つ頷く。
「アイギス、セットアップ。」
フォルクは、先輩の騎士たちがやっている自己修練に混ぜてもらう事にした。魔法を使った訓練はともかく、素振りぐらいは出来るだろう。見習いの向上心に快く付き合ってくれた先輩達が、セットアップしたフォルクのデバイスを見て驚く。
「盾とはまた、珍しいデバイスだな。」
「その剣とはワンセットか?」
「はい。祖父がこの戦闘スタイルだったそうです。」
フォルクのデバイスは、片手剣とタワーシールドがセットとなった、防御重視の代物だ。肩から足首まで隠す大きな盾と比べると、手に持った片手剣は普通の長剣サイズだというのに、妙にちゃちく見える。
「でも、そのスタイルって、指導できる人ほとんどいないんじゃない?」
「そうですね。盾を使う人って、あまりいませんから。」
素振りをしながらそう答えて、聞き覚えのない声に振り向く。そこには、夜天の王より少し高い程度の身長の、すらりとした体型の美少女が。見たところ、目の前の少女と夜天の王はほぼ同い年ぐらい、フォルクから見て一つか二つ、年下だと思われる。短く切った黒髪がもったいない、と思う。長くのばせば、さぞ映えるだろうに。
成長期である事もあって、それほどがっしりした体格ではないフォルクだが、目の前の少女と比べれば肉付きはいいだろう。夜天の王は華奢、という印象だったが、彼女は引き締まっている、というイメージだ。ただ、今後の事を考えるなら、女の子としてはもう少し肉がついていた方がいい気がする。
「君は、自己流で?」
「祖父に基礎は教えてもらいましたが、半分ぐらいは自己流です。」
「そっか。……よし、決めた。」
唐突にデバイスの通信機能を起動し、どこぞに連絡を取る。
「あ、はやて、カリムさん。弟子を決めたよ。」
『まだ、午後の訓練どころか、お昼も終わってませんよ?』
「自己修練をやってる人の中に、変わったスタイルの人がいたからね。面白そうだから彼にすることにした。」
『別にあなたがそうしたいのであれば構いませんが、一応面接ぐらいはさせてくださいな。』
「了解。今から連れていくよ。」
何が何やら分からぬうちに話が進み、戸惑っているフォルクを手招きして呼び寄せる少女。
「話があるから、ついてきて。」
「あの、貴方は一体……?」
「僕は竜岡優喜。昔夜天の王の代理人をやってた。詳しい話はカリムさんがするけど、これから君の師匠になる予定。」
「師匠って……。」
どう見ても、優喜は自分より年下だ。しかも、自分でフォルクのスタイルが珍しいと言っていたのに、指導など出来るのだろうか?
「因みに、ここの騎士たちよりは、盾の扱いには詳しいよ。片手剣はそこまで大口は叩けないけど。」
「ですか……。」
どうやら疑問が顔に出ていたらしい。嘘か本当かの判断はしかねる事をさらりと口走る。身のこなしから言って、魔法抜きだと自分よりは確実に鍛えているとは思うが、見習いとはいえ狭き門だ。それをくぐりぬけた人間を弟子にするというほどには、目の前の少女が強いとは思えない。
とはいえ、盾の扱いが聖王教会の騎士より詳しい、と言うのは嘘とは断定できないところだ。そもそも、ベルカ騎士と言っても基本は魔導師だ。防御魔法と言う便利なものがある以上、わざわざ取り回しが悪く視界もふさがれ、しかも攻撃の自由度が落ちる物理的な盾を持つ理由は薄い。それが、フォルクの、ひいては祖父の戦闘スタイルが珍しいと言われるゆえんである。
「さて、ちょっとした面接があるから、中に入って。」
フォルク達見習い以下が、滅多なことでは近付かない一帯に連れ込んで、そんな事を言う。優喜がノックした扉には、「カリム・グラシア」と書かれたネームプレートが。
「あ、あの……。」
「戸惑うのは分かるけど、向こうはえらいさんで忙しいんだから、さっさと覚悟を決めて。」
そう言って、有無を言わさず中に連れ込む。
「お待ちしておりました、優喜さん。彼ですね?」
「うん。えっと、名前は?」
「確か、フォルク・ウォーゲン君やったね?」
自己紹介を始める前に、夜天の王がそんな風に口をはさむ。思わず驚いて顔を見返すと
「驚くことでもないで。私とカリムはいろいろあって、今回の見習いの子らの顔と名前は全部覚えてるねん。」
「今から貴方に、そのいろいろ、の事情を説明します。」
「聞きたい事はようさんあるやろうけど、まずは全部話聞いてから、な。」
雲の上の人物二人にそう言われると、頷かざるを得ない。納得出来ない物はあるが、目の前の二人の真面目な顔に、所詮下っ端のフォルクがちゃぶ台を返すような真似をするのは難しい。
「まず最初に、貴方ははやての事を、どの程度知っていますか?」
「夜天の書に選ばれた今代の夜天の王で、夜天の書が闇の書として暴走していたころの責任を取って、生まれる前の事であるにもかかわらず、多額の賠償金を自ら背負った立派な人物である、ということぐらいですね。」
「おおむね間違ってはいません。」
フォルクの返事は、はやての対外的なイメージそのままである。
「では、そのはやてを恨んで、亡きものにしようとする動きがある事はどうですか?」
「え?」
「それも、闇の書事件の事後処理が終わってからずっと、定期的に何らかの形でいらぬちょっかいを出してくる輩がいるのです。」
「……なぜ、と聞くだけ無駄なんでしょうね。」
「ええ。家族を失った悲しみには、理屈は通じませんから。」
カリムの言葉に、小さくため息をつく。その犯人の気持ちは、親しい人間を、そう言った理不尽で失ったことがないフォルクには、どうやっても理解できない。だが、理解できないからと一方的に断罪する気にもなれない。
「参考までに、一ついいですか?」
「はい。」
「どうしてあなたは、この件について、何故と聞くだけ無駄、と判断しましたか?」
「俺、じゃなかった、自分には、理不尽で身内を失った経験がないからです。経験もない事を理解することは出来ないし、そんな人間がなにを言っても話にもなりません。」
「珍しいですね。貴方ぐらいの年頃で、そういう判断ができるなんて。」
「前に、それで大事な友達と決裂して、父や祖父にものすごく叱られましたから。」
苦い思い出を思い出し、うめくように吐き出す。今でも一般論・理想論としては、自分が言ったことは間違っていないと思っている。だが、それが相手の心情を土足で踏みにじる事だ、ということも身にしみた。大事な友を取り返しのつかない形で傷つけてしまった以上、同じ轍を踏まないようにするのが、せめてもの償いだろう。
「……ごめんなさい。嫌な事を思い出させました。」
「いえ。ですが、これ以上あいつを裏切りたくないので、何があったかは……。」
「もちろん聞きません。この場では関係ない話ですし、貴方の顔を見れば、部外者が土足で踏み込んでいい話ではない事も分かります。」
「ありがとうございます。」
自分が悪い訳でもないのに、深々と頭を下げるフォルク。その様子に目を丸くするはやてと、こういう件での優喜の引きの強さに目を細くするカリム。どうやら、人物面では十分に当りらしい。
「頭をあげてくださいな。」
「はい。」
「それで、話を戻します。」
ようやく本題に入るカリム。今までの流れから大体の予想はつくが、先走って判断は出来ない。表情を引き締め、真剣に彼女の言葉を待つ。
「先ほどの話の通り、はやての身の回りが何かと不穏な状態になっています。今まではザフィーラが対応してきましたが、それも限界があります。そのために、教会から一人、はやての直属の部下として派遣することになったのです。」
「それなら、自分のような未熟者以前ではなく、正騎士以上の方を派遣すべきではないですか?」
「聖王教会とて、それほど人材に余裕があるわけではありません。それに、前々から魔法とは別系統の新たな技能について、誰か一人習得させる計画があったのです。新しい技能系統である以上、教会の流儀に染まり切っていない、見習いかそれ以下の人物の方が好ましい、と言うのも、貴方を選んだ理由です。」
「その話ならば、自分でなくてもいい、ということですか。」
「ええ。究極的には、教会に忠誠を誓った信頼できる人柄の、優喜さんが教えたいと思う人であれば誰でもいいです。」
カリムの言葉に、顔に出さないように内心で激しくへこむ。言ってしまえば、たんに優喜の興味を引いたから選ばれた、と言うだけの話で、絶対フォルクでなければ駄目だ、ということではないらしい。
「フォルクくん。」
「はい?」
気がつくと、はやてがまっすぐにフォルクを見つめていた。思わず顔が赤くなる。平凡な顔のフォルクと違って、はやては間違いなく水準以上の美少女だ。そんな少女に真剣な目で見つめられて、平静を装うには彼では修行が足りない。
「強くなりたい?」
「……はい。騎士を目指す以上、誰よりも強くなりたい。」
「それやったら、今回はええチャンスやで。優喜君は、なのはちゃんとフェイトちゃんの師匠やから。」
その言葉に、思わず優喜の顔を見て、もう一度はやての方に視線を戻す。
「あの、なのはさんとフェイトさんと言うのは、もしかして……。」
「私がその名前を出す以上、高町なのはとフェイト・テスタロッサ以外あり得へんよ。」
「……本当に?」
「まあ、魔法がらみはちょっと余計な入れ知恵をした程度だけど、基礎に関しては鍛えたのは僕だよ。」
二人の答えに、思わずめまいがする。高町なのはとフェイト・テスタロッサ。今、管理世界の文明圏に住んでいる人間で、その名を知らぬ者はいないだろう。管理外世界出身の、突然変異としか思えない能力を持つ、「Wing」というアイドルをしている少女たちだ。
さすがに、単独で強くなったなどとはかけらも思っていなかったが、こんな小娘がそこまで鍛えた、と言うのは俄かには信じがたい。だが、わざわざ自分のような下っ端を担ぐために、こんな大物二人がそんなウソをつく必要もない。
「とりあえず、貴方には拒否権があります。こんな得体のしれない男に鍛えられるのが嫌だ、正攻法で強くなる、と言うのであればそれはそれで構いません。」
「そうなったら、私の護衛は一から選びなおしやけどな。」
はやての言葉に、心を決める。あこがれの存在の近くで働ける。しかも、強くなってというおまけ付きで。師になるという人物があやしげな小娘である事は、この際横に置いておこう。そこではたと気がつく。
「得体のしれない男、ですか?」
「やはり、貴方も勘違いしていましたか。」
「優喜君は、男の子やで。」
「……それは、大変な人生を……。」
「もう慣れたよ。大人になっても間違われるのも分かってるから、その件についてはあきらめてる。」
優喜の言葉に、何とも言い難い顔をしてしまう。が、優喜が男か女かはこの際どうでもいいことだ、と言う事に気がつき、とりあえずさっさと返事をしてしまう。
「不肖、このフォルク・ウォーゲン、今回のお話を、謹んで受けさせていただきます。」
「そうですか。では、昼食が終わったら、荷物をまとめてこちらに戻ってきてください。」
「え?」
「申し訳ありませんが、貴方には、優喜さんの都合に合わせて、別の場所で修行をしてもらいます。」
どういうことだ、と詰め寄りそうになって、すぐに冷静さを取り戻す。よく考えれば、なのはもフェイトもはやても、管理外世界在住だ。
「どのぐらいの期間、ですか?」
「そうですね。優喜さん、どういう予定になっています?」
「どのぐらい出来るかいろいろテストしてからだけど、一カ月でなのは達の朝のカリキュラムについていけるようにして、半年で最低限の形にはする予定。そこから先はそっちの判断に任せるよ。」
「だそうです。ですので、途中で一度は報告のためにこちらに戻っていただくことにして、それ以外は現地の皆さんの指示に従ってください。」
「了解です。」
どうやら、自分はたいへんな幸運に恵まれたらしい。この幸運をものにするためにも、どんな厳しい特訓にも耐えて見せる、などと気負いを見せるフォルクを、生温い目で見守るはやてとカリム。優喜の特訓のあれさ加減に挫折しないように、ただそれだけを祈るしかない二人であった。
昼食を済ませ、指導教官や同部屋の少年に事情を説明して別れを告げ、優喜とはやてに連れられたのは、次元空間に漂う大きな城だった。
「優喜君、はやてさん、お疲れ様です。彼がですか?」
「うん。騎士見習いのフォルク・ウォーゲン。フォルク、ここの管理人のリニスさん。主に彼女のお世話になると思うから。」
「最近農場の管理も始めたリニスです。」
いつもの服装で軍手に麦藁帽子を装着したリニスが、そんな自己紹介をする。
「あの、俺はここで世話になるんですか?」
「そやで。フォルクくんの年やと、日本で生活するんはいろいろややこしいねん。」
「普通は学校に行ってる年だからね。春休みの間はいいんだけど、平日はちょっと。」
はやてと優喜の言葉に納得する。だが、毎朝いちいち地球に出る必要があるのかと思うと、それはそれで手間がかかるのではないか、と思ってしまう。
「ここから高町家に移動するのは簡単よ。部屋が一つ、つながってるから。」
考えていることが顔に出たか、他所見をしているフォルクの疑問に簡潔に答える声が。
「あ、プレシアさん。」
「お邪魔してます。」
かけられた声に振り向くと、まだ中年に達していないぐらいの、農作業に適した服を着てゴム製の長靴をはき、麦わら帽子をかぶった美女が。
「あの、貴女は?」
「私はプレシア・テスタロッサ。ここの主で研究者よ。」
「フェイトちゃんのお母さんでもあるで。」
「研究者、ですか……。」
手の軍手を外して、首にかけたタオルで汗を拭きながら答えるプレシアの姿からは、研究者と言うイメージにはつながらない。
「農婦か何かだと思った?」
「ええ。」
「正直に言うなあ。」
「こういう場合、嘘をつくのも失礼かと思いまして。」
フォルクの言葉に、苦笑を浮かべるプレシア。
「一応専門は魔導工学よ。多分貴方も、私の特許が使われている製品を使った事があると思うわ。」
「そうですか……。」
目の前の農婦然とした女性からは、そんなイメージは一切ない。何というか、研究者特有の怜悧な雰囲気が薄く、空気が緩いのだ。
「庭いじりと畑仕事は、老後の趣味の定番じゃない。」
フォルクの気持ちを察してか、そんな事をのたまうプレシア。
「老後……?」
どう見てもアラサー、どんなに上で見積もってもアラフォーには見えないプレシアの言葉に、思わず首をかしげる。その様子に一同苦笑しながら、これからの予定の話に入る。
「まずは各種検査と能力測定かしら?」
「そうだね。大体のあたりは付けてるけど、もう少し細かくやらないと。」
「一応、細かい適正のデータももらってきてるで。」
「どうせすぐに変わるだろうし、精度を上げるためにこっちで現在のデータをとるわ。」
「了解。」
フォルクが口をはさむまでもなく、ごくごく自然に今後の予定が確定する。そのままあちらこちらを連れまわされ、終わるころにはフォルクはぐったりしていた。因みに、彼の資質は防御特化に近いもので、ユーノの補助・回復・バインドの分を、攻撃および自己強化に振ったような感じだ。特に補助とバインドは壊滅的で、多分どれほど訓練したところで、発動そのものがおぼつかないだろう。
「お疲れ様。デバイスは改造するから、基礎訓練の間はこっちで預かるね。」
「しばらくはこっちの訓練用のデバイスを使いなさい。」
そう言って、魔導師養成ギブスの機能と初歩的な魔法一式が詰め込まれた簡易デバイスを渡す。相方を取り上げられることに一抹の不安はあるが、強くなるためだと割り切って従うフォルク。なお、このフォームチェンジも付いていない、シンプルイズベストを地で行くデバイスは、プレシアの手によってフレーム段階からがちがちに強化され、AIこそ非搭載ながら、フルドライブを含む三形態変化に加え、A2MFをはじめとしたいくつかの機能を付け加えられた、最新鋭のワンオフ機に化ける事になる。
「今日の夕食は、なのはが当番だったかしら?」
「うん。まだメニューは決めてないって。」
「だったら、そろそろいい感じになった牛肉があるから、フォルクの歓迎会用に持って行ってちょうだい。」
「了解。」
ここまで研究者の顔で話を進めていたというのに、最後の最後で農家のおばちゃんになってしまうプレシア。この後歓迎会の席で、時の庭園の自給自足では、だしに使う鰹節や昆布が手に入らないと散々ぼやくのであった。
「お疲れ様でした……。」
「お疲れ様~。」
「先にシャワー使わせてもらうね。」
そろそろ恒例になりつつある朝の光景。朝食の準備のため、へろへろになったフォルクを放置してシャワーを浴びに行くフェイトに手を振って、フォルクに話しかけるなのは。
「思い出すなあ。私たちも最初は、こんな感じだったよね。」
「……そう……、……なんだ……。」
息も絶え絶えのフォルクに苦笑しながら、昔を懐かしむように話すなのは。
「うん。私の最初の頃なんて、もっとひどかったよ。三キロも走れなかったし。」
「……信じられない。」
「私もこんなに体力がついたのって、自分でも信じられないよ。」
むしろフォルクからすれば、そこからのスタートで、ここまで折れずにやってこれたことが信じられない。なのはの強さは、出力や技量ではなく、そういうところなのかもしれない。
「明日から学校だっけ?」
「うん。おにーちゃんとおねーちゃんも、今日帰ってくる予定。まあ、私は今日もお仕事なんだけどね。」
「そっか。」
ようやく体力が戻って来たフォルクが、立ち上がりながらそう答える。因みに、恭也と美由希は、春休み恒例の山籠りだ。フォルクが来た時にはすでに出発して一週間ほどたっていたため、まだお互いに面識はない。もっとも、恭也が大学を卒業するため、多分今回か次回が最後になるだろう、とのことだが。
「そろそろ、私もシャワー浴びてくるね。」
「ああ。俺もあとで使わせてもらうよ。」
そう言って、なのはが浴室の方に消えたのを確認すると、縁側に腰かける。
「あれだけ鍛えてても、二人ともやっぱり女の子の体なんだよな。」
聴頸の訓練などで触れ合った時の感触を思い出しながら、思わずぽつりとつぶやく。あれだけ鍛えているのに、女性特有のやわらかさが失われていないのは、フォルクからすれば不思議な気分だ。逆に、どれほど女の子っぽく見えても、優喜の体は男のそれだ。そこが、フォルクにはどうしても納得できない。
他の見習い騎士の女性は、もっと筋肉質でかたい感触だった。先ほどの聴頸にしろ、見習い騎士との訓練中の接触にしろ、性別を意識する余裕など全くないため、思い出してもドキドキするようなことはないのだが、それでもいまいち不思議な感じはする。一度指導に来てくれたシグナムも、ボディラインは非常に魅力的だが、腕や足などは戦う人のそれであり、なのは達と比べると引き締まりすぎている感じだ。手もごつごつしていて、あまり柔らかい感じではなかった。
「なんか、不思議そうな顔してるね。」
「優喜か。」
「なのは達は、あんまり筋肉質にならないよう、ちょっと特殊な鍛え方をしてるんだ。だから、実際のところ、スタミナと肺活量はともかく、腕力とかは大したことない。」
「そんなこともできるのか?」
「出来るよ。二人がやってるのは、気功に耐えられる体力と、効率のいい筋肉の使い方を身につけるための訓練。元々、二人とも大魔力を的確にたたきこむスタイルなんだから、デバイスをそう簡単に弾き飛ばされさえしなければ、シグナムみたいながっちりした体は必要ない。」
優喜の言葉に納得する。そもそも、あの二人をアマゾネスのような体に鍛え上げるのは、優喜でなくても気が引ける部分だろう。ましてや、今や押しも押されもせぬトップアイドルだ。いくら戦うための体だとはいえ、女性らしさを切り捨て、乳房ではなく大胸筋です、などと言う体つきにするわけにはいかない。
「だから、二人とも僕とは違って、体脂肪率は平均以下ではあるけど標準の範囲内。」
「それであれだけ強いのか。ずいぶん苦労したんだろうな。」
「最初のうちはね。フォルクも、今を乗り越えればあとは習慣になるから、それなり以上には強くなれると思うよ。」
「それなり以上、なのか……。」
「そこから先は本人次第。ただ、多分魔力量と出力では、なのは達にはどうやっても届かないと思う。」
魔導師としては大成しないと言われたような気分になり、妙にへこむフォルク。
「まあ、魔法が使えなくても、あの二人に勝つのは無理じゃないし。」
「え?」
「知らなかったの? 僕は、魔導師資質ゼロだよ?」
「そうなのか?」
「うん。念話とかは気功でごまかして使ってるけど、魔法でしかダメージが与えられない相手、とかになったら、かなり分が悪いのは事実。」
普通になのはやフェイトの魔法を弾いていたので、そういう種類の魔法を使えるものとばかり思っていたフォルクは、鍛えれば魔法なしでもそこまで出来る、という実例を知って気を取り直す。
「ご飯終わったら、気功戦闘の訓練をがっつり行くからね。」
「ああ。よろしく頼む。」
そんな話をしていると、フェイトが食事の準備が終わったと呼びかけてくる。朝食に出された和食の旨さに活力を取り戻し、オーバーワーク寸前まで優喜にしごかれるフォルクであった。
「三カ月ほど経ちましたが、フォルクさんはどうですか?」
「一応予定通り、最初の一カ月で朝の訓練にはついていけるようになった。今は基礎を固めながら、いろんな相手と訓練して応用に近い部分を仕込んでるところ。」
「へえ。それでは、私が乗り込んでも……。」
「待った待った。まだ、クロノに近接戦で出し抜かれるレベルだから、シャッハさんにとっては面白味がない。」
優喜の待ったに、心底残念そうな顔をするシャッハ。
「では、現状の詳細な説明を求めます。」
「了解。ブレイブソウル。」
「ああ。とりあえず、何人かとの実戦訓練の様子を見せよう。」
そういって、何人かとの一対一の訓練模様を見せる。そこには、クロノに出し抜かれてバインドで固められたり、ヴィータに正面から盾ごと潰されたり、シグナムの蛇腹剣に後ろを取られたり、恭也に防御を貫かれたりしているフォルクの姿が。
「シャッハ、どうですか?」
「……普通の見習いとしては、十分トップクラスではありますが……。」
「残念ながら、普通の見習いのレベルでは無意味です。」
「ええ。せめて、クロノ執務官に接近戦で勝てるぐらいになってもらわねば。」
地味に恐ろしいハードルを設定してくるカリムとシャッハ。クロノとて、頻度は少ないが、優喜に鍛えられている身の上だ。接近戦でも、早々新人ごときに遅れはとらない。
「とはいえ、鞭ばかりだと折れるかもしれないし、成果が見えなきゃやる気も出ないだろうから、一度こっちで、現状の確認をさせようかと思ってる。」
「そうですね。クロノやシグナムに叩きのめされているだけでは、自信をなくして辞めかねませんし。」
「そもそも、彼がこれから置かれるであろう立場を考えると、必ずしも一対一で勝てる必要もありません。」
今はまだそれ以前ではあるが、それでも準騎士試験には合格しうるレベルには達している。さすが竜岡式、恐るべしだ。
「あと、予定の期日が来たら、最初の仕上げとして一度、なのはとやらせようと思ってる。」
「……それは、いじめと言うレベルではないと思いますが……。」
「勝てる必要はない。ただ、極限まで追い込んで、一皮むけさせたいだけ。盾を使うから、なのはが適任じゃないかって考えた。」
「そうですか、分かりました。細かい事は、こちらで手配しておきます。貴方は思うようにやってください。」
「了解。」
着々と進んで行くフォルク改造計画。因みに、久しぶりに参加した古巣の訓練に、思わずフォルクは
「こっちの教官って、意外とやさしいんですね……。」
などとしみじみつぶやいたという。
古巣での訓練から一月半ほど。予定の期日まで一月半をきった時の事。
「そろそろ仕上げだから、もう一段階訓練の濃度をあげようか。」
「どんとこい!」
夏休みに入ったため、フォルクの修行に割く時間が増えた優喜がメニューの変更を告げ、威勢のいいフォルクの反応に苦笑しながら、気功周りを一段重くする。
「こ、これは……、きついな……。」
「そりゃそうだ。今までのは、算数で言うならせいぜい掛け算割り算の勉強ぐらいのレベルだし。」
「他は……、誰がこのレベルなんだ……?」
「クロノとスバルがこのへん。はやてとギンガはもう一個上で、なのはとフェイトは微分積分ぐらいのレベルかな?」
経歴の差とはいえ、ギンガがこれを平気でやってるという事に、本気でへこみそうになるフォルク。その様子を見て苦笑しながら、集中するように注意する優喜。これまでに培われた根性が功を奏してか、一週間ぐらいでどうにか普通に集中できるようになり、さあこれから、と言うあたりで、フォルクの体に異変が起こった。
「……。」
修行を一段上げてから十日目の事。空腹感に任せて朝食を口に含み、美味を堪能して飲み込もうとして、自身の異変に気がつく。
「どうしたの、フォルク?」
「美味しくなかった?」
「い、いや、そんな事はないんだ。」
うめくように答え、口の中の物を一度飲みこんだ後、口を押さえて吐き気をこらえる。その様子を見た優喜が、なのはとフェイトに軽く目配せをしてからフォルクに告げる。
「今は、無理に食べちゃ駄目だ。」
フォルクの背中をさすりながら、諭すように言う。
「フォルク君、ちょっと横になってきた方がいいよ。」
「薬膳粥を作っておくから、起きてから食べて。」
「いや、俺の事は気にしなくていいから。それに、そんなものを作ってたら、仕事に遅れるんじゃ……。」
「お粥作るぐらい、すぐだよ。」
そう言ってやさしく微笑んだフェイトは、置いてあったエプロンを手早く纏い、なのはと連れだって台所へ。
「とりあえず、今日の昼の予定は全部ストップ。」
「……面目ない。」
「気にする必要はない。無理をしても、なにも身につかないからね。」
そう言って、肩を貸して時の庭園に運び込み、リニスに任せて無限書庫へ向かう優喜。庭園の自室のベッドに倒れ込むと、すぐに意識を失うフォルク。目が覚めた時には、すでに昼を回っていた。
「フェイトが用意してくれたものよ。食べられるだけでいいから、食べておきなさい。」
「すみません……。」
「気にしないの。」
小さく微笑んで部屋を出ていくプレシアに、もう一度頭を下げる。用意された、優しい味の粥を口に運ぶと、自身の不甲斐なさに涙が出てくる。悔しさにすすり泣きしながらも、どうにか暴れる胃袋を叱りつけて粥を平らげ、もう一度眠りにつく。その日のフォルクは、ほとんど寝て過ごした。
「午前中はここまで。」
「……ありがとうございました。」
その後一週間、フォルクは何をするにしても身が入らず、そんな自分に苛立ち、無意味に時の庭園を走り回っては苛立ちをぶつけ、その後情けなさにどん底までへこむ、と言う事を繰り返していた。集中しようにも、自分の中の何かがどうにもかみ合わず、没頭しかけると寸止めのように何かに現実に引き戻され、ひたすらフラストレーションがたまっていく一方だ。日ごとに蓄積されていく出口の無いエネルギーが体の中で暴れまわり、どんどんフォルクの心を荒ませていく。
「……俺、やっぱり駄目なのかな……?」
「どうして?」
「ちょっと修行の濃度をあげただけでこのざまだ。情けないにもほどがある……。」
「まだ、切り替えて二週間ちょっとだし、予定の期日まで一月近くあるよ。」
優喜の言葉に、釈然としないながらも、根をあげるにはまだ早いと思いなおすフォルク。
「きついとは思うけど、もう少しだけ付き合って。」
「……分かった。」
「じゃあ、ご飯食べて休んできて。」
その言葉に力なく頷くと、トレーニングルームを出て、食堂に向かう。新しい修業に移る前は、心の底から楽しみだった食事。だが、今ではただ義務感だけで胃袋に詰め込んでいるだけのような気がする。食べようとすると二食に一回は戻しそうになるし、食べても食べても体重は落ちる一方だし、で、最近は食事すら苦痛だ。そんな自分に心からの食事を用意してくれるなのはやフェイト、プレシアに対して、申し訳ない気持ちばかりがわき上がり、ますます心を荒ませる。
「フォルク、フォルク。」
沈んだ顔で食堂に入ると、手のひらに乗るぐらいのサイズの、妖精のような少女が声をかけてきた。
「え? フィー? どうして?」
「調整に来たのですよ。そこでフォルクが腐ってると聞いて、心配になって見に来たのです。」
そう言って、フォルクの肩にちょこんと座る。少女の名はリィンフォースツヴァイ・フィー。管理人格の外部バックアップユニットとして、リィンフォースをベースに作られた、夜天の書から独立して動く新たなユニゾンデバイスだ。完成し、起動に成功したのは一年近く前の事だが、経験不足に加え調整が完璧ではないため、いまだにユニゾンテストには至っていない。
因みに、フィーと言う名前ははやてがドイツ語の妖精をもとに決めた名前だ。リィンフォースでは、姉の方が復帰した時にどちらの事かが分からなくなるし、アインス・ツヴァイではあんまりだ、ということで、皆で頭をひねって愛称を考えたのだ。なお、姉の方にも月を意味する「モナト」と言う別名は用意してあるが、本人がまだ復帰していない上に、リィンと言うとモナトの方を指すことが多いため、フィーと違って定着する気配はない。
「悪い。心配かけたみたいだな。」
「そこは気にしないでいいのですよ。フィーも出来ない事が多くて嫌になる事はあるのです。」
「フィーはしょうがないよ。まだ一歳にもなってないんだし。」
「それを言い出したら、フォルクはヴォルケンリッター見習い候補になって、まだ半年も経ってませんです。」
フィーの台詞に、それもそうだと苦笑する。
「それに、シグナムが言っていたのですが、ヴォルケンリッターは気功みたいな新しい技は、そう簡単に習得できないらしいのですよ。」
「それは、プログラム体だから?」
「そうらしいのです。フィーも、小型デバイスだからか製造物だからか、上手く気功が出来ないのですよ。なので、八神家でははやてちゃんしか、気功を扱える人はいないのです。」
「そっか。ヴォルケンリッターはすごい、って思ってたけど、いろいろ制約があるのか。」
フォルクの言葉に一つ頷くと、飛び上がって正面に回る。
「ヴォルケンリッターは、後は夜天の書の修理が終わるかデバイスを改造するかぐらいしか、大きなパワーアップの手段がないのです。そういう意味では、フィーもフォルクもまだまだ伸び放題。可能性の塊なのですよ。」
「可能性の……、塊……。」
「そうなのです。今できなくても、今度出来ればいいのです。フィーたちは子供なので、それが許されるのです。」
「……そうだな。そうだよな! まだたった二週間ちょっとだ。出来ないって決まった訳じゃないし、一回目で無理でも二回目で出来ればいいんだ!」
「フォルク、元気でたですか?」
「ああ。ありがとう、フィー!」
フィーを手のひらに乗せ、優しく頭をなでてやる。気持ち良さそうに目を細めると、まだ調整があるから、とすっと飛び立って食堂を出ていく。どうやら、誰も口には出さないが、ヴォルケンリッターにまで心配をかけていたらしい。本気で不甲斐ない話だが、ここでへこんでは折角フィーが来てくれた意味がない。
彼らの厚意を無駄にしないためにも、結果がどうであれ最後までやりとおすしかない。せいぜい折れずにやりとおして、無理かもと思ってへこんだ自分を見返してやろう。そのためには、まずせっかく用意してくれた、まだ湯気の出ている昼ご飯を美味しく楽しく頂くことからスタートだ。
食事が終わった後、ここ数日のパターンにしたがって部屋で深い眠りにつく。この日はうなされることなく、夕方まで眠りこむのであった。
次の日。
「はい、そこまで。」
「え? もう?」
「うん。二時間経ったよ。ちゃんと集中できてた様でなにより。」
「ああ。なんだか、世界の息吹みたいなものが感じられて、いろんなものが流れ込んできて、それが何だろうかって調べてるうちに……。」
「どうやら、ちゃんと乗り越えられたみたいだね。」
優喜の言葉に、理解が追い付いていないという表情を見せる。
「ここしばらくの君の不調は、急激な成長に心身両面でついていけなかったからだ。だから、自分の体を作り変えて、少しでもなじもうとしてたんだ。言うなれば、この一週間ほどは、さなぎになってた時期かな。」
「それって、俺が強くなってたってこと?」
「うん。今だから言うけど、この段階に持っていくのって、普通は一年以上かけてじっくりやるんだ。今回はこっちの都合で制限時間があったから、なのは達がやったみたいな荒行をやってもらってる。だから、最初から、多分ここで一度引っ掛かると思ってたんだ。」
「予定どおりってことか?」
どうも、優喜は最初から、フォルクがどういう状態か分かっていて放置していたようだ。今までの事から、いい加減な事をしたわけではないだろうとは思うが、理由があるならちゃんと説明してくれても良かったのではないだろうか。
「ごめんね、黙ってて。でもね、この話をするとかえって失敗するケースもあるから、下手に教えることもできなかったんだ。それに、その苦しみを自分で乗り越えられないと、自分のものにはならないから。」
「……お前も、これを乗り越えたのか?」
「僕の時はもっとひどかったかも。だって、気功習い始めてからこの階梯まで、三日で引きずりあげられたから。」
「……お前の師匠って、いったいどういう人なんだよ……。」
あれは本気でしんどかった、などとほざく優喜にため息交じりに突っ込む。
「とりあえず、今日からはもう、普通にご飯も食べられると思うから、がっつりいってきて。」
「分かった。」
これまでにないぐらい、腹が減っている。今ならば、どんぶり飯三杯でもいけそうだ。健康診断が終わったフェイトが用意してくれた食事を、ものすごい勢いで平らげていく。それを見ていたフェイトが目を丸くしながら
「もう体はよくなったんだ。」
と声をかける。
「ああ。心配かけたな。」
「良かったよ。どんどんやせていくから、本気で命の方を心配したよ。」
「すまない。後、いろいろ当たり散らして悪かった。」
「気にしないで。私もなのはも覚えがあるから。」
「そっか。」
しばらく、無言で飯をかっ込む。とにもかくにも腹が減ってたまらない。食べたはしからエネルギーに化けている気がする。
「もっと何か作ろうか?」
「頼んでいいか?」
「うん。そろそろなのはも健康診断が終わるから、二人で作ってくるよ。」
「ありがとう。」
「遠慮しないでどんどん言って。美味しく食べてくれるのが、一番うれしいから。」
そう言ってほほ笑むフェイトを、思わず赤くなりながら見つめる。そんなフォルクに気づいた様子もなく、併設されているキッチンの方に歩いていく。はやてと言う一目ぼれの対象がいたからこれで済んだが、この様子では無意識に気を持たせている相手がいっぱいいるんだろうな、などとおかずをむさぼりながらぼんやり考える。
それなりに付き合いが深くなれば間違えようがないことだが、なのはもフェイトも、優喜以外の男は「男」にカウントしていない。相手を何とも思っていないからこそ、特に意識することなく親切にするのだろうが、それは相手によっては非常に残酷なことだ。
まあ、それを言い出せば、一番残酷なのは優喜なのだが。
「お待たせ。」
「たくさん食べてね。」
思ったより早く、次の料理がたくさん出てくる。和と洋の入り混じった、だが味も見た目も栄養バランスも良い料理を次々と平らげ、公約通りどんぶり飯三杯を平らげ切る。
「旨かった、ありがとう。」
「お粗末さま。」
「フォルク君がご飯が楽しめるようになって、良かったよ。」
「本当に心配かけたな。」
「こっちが勝手に心配してただけだから。」
「それに、多分一番心配してたの、優喜だと思うし。」
それは、さっき朝の修行が終わった時の話で感じた。苦しんでいるのが分かっていて、手を出せずに見守るしか出来ない、と言うのは相当なストレスだろう。しかも、優喜は立場上、それを表に出すわけには行かない。せいぜい、折れないように誘導するぐらいしか出来ない。
「なのは達も、あれを経験してるのか?」
「今にしておもえば、ってレベルだけど、ね。」
「丁度同じ時期に、別のトラブルで心が折れかけてたから。」
「別のトラブル?」
怪訝な顔をして聞き返すフォルクに、あいまいに笑って答えない二人。正直、男性であるフォルクに話したいことではない。
「あ~、すまない。」
「ごめんね。」
「いや、謝られても……。」
「何の話してるの?」
微妙な空気になった食堂に、優喜が入ってくる。
「ああ。俺がなった奴、なのは達も経験してるのかな、って。」
「ちょうどいいタイミングで骨休みせざるを得なくなったから、フォルクほどはひどくなかったとおもう。」
「それは聞いた。」
「まあ、お互い乗り越えたことだし、どうでもいいんじゃないかな?」
「そうだな。」
そのまま、黙々と食事を続ける一同と、それを見守るフォルク。
「あ、そうそう。」
「何?」
「なのはとフォルク、来月末に試合をしてもらう予定だから。」
「おう、って、ん?」
「分かった、って……。」
「「ええ~!?」」
優喜の爆弾発言に愕然とする二人。最終日に向けて、壁を乗り越えたフォルクは更にしごかれるのであった。
「本当に、大丈夫なのか?」
「アタシに聞くなよ……。」
「シグナム、ヴィータちゃん、フォルクはやれる子なのですよ! その言い方は失礼なのです!」
試合当日。無理を押して予定をやりくりし、関係者全員が聖王教会本部の試合場に集合した。
「というかユーキ。あいつ、なのはに勝てるのかよ?」
「今この場でそれを聞くの?」
「聞きたくもなるっての。」
ヴィータの台詞に小さくため息をついて、とりあえず念話で答える。
(まあ、はっきり言って、なのはがよほど調子を崩してない限り、勝ち目は無いね。)
(じゃあ、何でやらせるんだよ……。)
(極限に追い込みたかったんだよ。もともと、最後はこうする予定だったし、実際に後一押しで一皮剥けそうなところまでは仕上げられたし。)
優喜の言葉に胡乱そうな視線を向ける。確かに、最初から見れば非常に体は締まっている。体重なんか、確実に十キロ以上落ちただろう。なのはと比較したら、普通にフォルクのほうが強そうに見える。
だが、魔法抜きでもなのはの戦闘能力は結構高い。筋肉に頼らない打撃の入れ方を練習していることもあり、腕力がへなちょこでも、結構な威力の攻撃を出してくる。いかな優喜といえど、半年でその領域までフォルクを鍛えられたとは思えない。
「クロノとユーノも来てたんだ。」
「さすがに心配でな。」
「ついでもあったし、僕が教えたシールド魔法がどこまで通じるかも見たかったし。」
約一月前のフォルクの状態を知っているだけに、二人ともなのはとぶつけるのは不安があったらしい。ユーノは防御魔法の先生もしているから余計だ。
「なのは。」
「なに?」
(手加減はともかく、手は抜いちゃ駄目だよ。)
(うん。分かってるよ。ユニゾンなしだったら、多分丁度いい加減になると思う。)
(あと、必ず一回はスターライトブレイカーを使って。)
(え!?)
(威力は……、そうだね。嘱託魔導師試験で使ったぐらい。)
現状でしかもユニゾンしても、バスターで出すには厳しい威力だ。カートリッジが必然的に封印される今回の試合では、どうあがいても不可能な威力である。
(レイジングハートに加減を任せれば、うまくやってくれるかな?)
(多分、私が普通にやったら、威力過剰になると思う。)
(まあ、少々過剰でも大丈夫だけど、デバイスなしで使える上限は絶対超えないでね。)
(気をつける。)
裏でこそこそ打ち合わせを済ませ、戦闘開始を宣言する。試合開始と同時に分厚い弾幕を張り、即座に空に上がるなのは。距離をとられる不利を理解しつつも、すべての弾幕を正面で捕らえるように動くフォルク。
「行くよ! ディバインバスター!」
まずは小手調べ。即座に撃てる最大出力で、正面から砲撃を叩き込む。本来はかするだけでも致命的な被害を受ける威力だが、タワーシールドのデバイスは伊達ではない。真正面から受け止め、押し返す。
「シールドレイ!!」
バスターを受け止めきり、そのままの姿勢で盾と同じサイズの砲撃を打ち返す。すっと射線から身をずらすなのは。さすがに砲撃を曲げるような器用な真似は出来ないため、そのまま不発だ。
「まだまだ行くよ! ディバインバレット! ディバインシューター!!」
もう一度、濃厚な弾幕が張られる。それを盾と剣を駆使して受け止め、弾き、切り払いながらじりじりとなのはとの距離をつめていく。牽制程度に散発的に射撃を撃ち出すが、元々資質的に向いているとは言えない上、フォルク自身の出力が知れているため、当たったところでジャケットを抜ける気すらしないし、実際、なのはは歯牙にもかけていない。距離を詰めてはバスターで押し返され、と言う事を続けていくうちに、完全に状況が膠着する。
(この威力なら……、いけるか!!)
もう一度弾幕の威力を確認し、一つ腹を決める。互いに膠着状態が続いているが、手札も経験もなのはの方が豊富だ。このままではじり貧だし、そろそろ距離を離すためではなく、仕留めるための砲撃を撃ってくる可能性が高い。
「ワイドシールド!」
シールド魔法を展開し、この後のために備える。何かを察したのか、なのはが弾幕を殺到させ、バスターの発射姿勢に入るが……。
「遅い!!」
こともあろうに、フォルクは左手の盾を投げつけた。まだ成熟しきっていないとはいえ、人の体の肩から足首までをカバーする巨大な盾だ。ただまっすぐ飛ぶだけでも、射線上の弾幕の大半は蹴散らされる。
「ディバインバスター!」
迎撃のために、フォルクに向けた射線を盾のほうにずらし、一切加減なしでぶっ放すなのは。だが、巨大な盾は悠々と砲撃を切り裂き、なのはに迫る。
「わわっ!?」
とっさに進行方向から逃げ、もう一度デバイスを構えなおすが……。
「あう!!」
急に進路を変えたタワーシールドは、勢いを落とさず容赦なくなのはを打ち据える。そのままもう一度なのはに直撃した盾は、悠々とフォルクの手元に戻っていく。自動防御こそ間に合ったようだが、ノーダメージとは行かなかったらしい。バリアジャケットに、僅かながら損傷が見られる。
「誘導弾とは恐れ入ったな……。」
「まったく、無茶する奴だ……。」
あまりの光景に、思わずボソッと突っ込むシグナムとザフィーラ。慎重に被弾ダメージを確認していたのは分かるが、それでも要となる盾を投げつけるとは、正気の沙汰とは思えない。いくら投げてから一秒程度で戻ってくるとは言え、防御力はガタ落ちするのだ。
「……ごめん、フォルク君。私、どこかで甘く見てた。」
「甘く見たままでもいいぞ。」
「そうは行かないよ。ここから先は、様子見なしで行くよ!」
そう宣言すると、ノータイムで更に濃厚な弾幕を張り、五発のバスターをチャージする。
「アイギス! ブレイカーフォーム!」
すべてを盾で防ぎきることは出来ない。即座にそう判断したフォルクが、デバイスのフォームを切り替える。動き回ってバスターの曲がる回数を無駄遣いさせ、四発をどうにか盾の正面に誘導、残り一発に姿を変えた剣の背をたたきつける。
ソードブレイカーと呼ばれる、相手の剣をへし折ることを目的とした武器に姿を変えた片手剣が、その背の櫛状に並んだ鉤爪のようなスリットで、正面から砲撃をくわえ込む。そのまま、直撃コースをたどっていたディバインバスターを、力任せにへし折り、明後日の方向に捻じ曲げる。
「カートリッジ・ロード! リフレクトシールド!」
ほぼ同時にカートリッジを撃発し、正面で受け止めた四発を、そのままなのはに向けて反射する。
「バースト!」
何かやってくることは予測していたらしい。反射された直後に爆発させて、少しでもダメージを稼ごうとするなのは。だが、盾を構えているフォルクに、正面から衝撃を加えたところでそうそうダメージにはならない。
「そう簡単に食らうと思うな!」
「最初から、当たるとは思ってないよ!」
そのなのはの言葉と同時に、背後から砲撃が直撃する。
「がは!」
持っていかれそうになる意識をどうにか踏ん張ってつなぎとめ、どうにか盾を構えなおす。振り返らずに気配を探ると、背後に魔力の塊を探知。どうやら弾幕にまぎれて、遠隔操作型の砲撃用スフィアを配置していたらしい。
「やっぱり、優喜君に鍛えられてるだけあって、タフだよね。」
本命をチャージしながらしみじみつぶやくなのは。だが、それに答えを返す余裕はフォルクにはない。荒い息のまま、なのはを睨みつけるのが精いっぱいだ。さすがに本体からじかに撃つ場合と比べて威力は落ちるが、それでもスフィアからの砲撃は、普通なら撃墜されていてもおかしくない威力だ。自動防御が間にあったとはいえ、決して魔力容量が大きいとは言えないフォルクが無防備に食らって、ただで済む一撃ではない。
「次は小細工なしで大技行くから、止めて見せて!」
なのはの宣言に、ふらつく頭に喝を入れて足を踏ん張る。彼女の大技と言えば一つしかない。ディバインバスターですら、アイギスの性能がなければ何発も止められなかっただろう。その上をいくあの魔法となると、中途半端に耐えようとしても無駄だ。
「アイギス、フルドライブ!」
フォルクの掛け声と同時に、タワーシールドが一回り大きなラウンドシールドに変形する。シェルターフォームと名付けられた、攻防一体の究極の盾だ。
「カートリッジ、フルロード!」
ありったけのカートリッジを撃発し、使いうるありとあらゆる防御手段を重ねていく。
(これじゃ駄目だ! 足りない!)
なのはがチャージする砲撃を見て、単純に重ねるだけでは無駄だと判断、頭を限界まで回転させる。
「行くよ! スターライトブレイカー!」
組み換えが終わる前に、なのはからスターライトブレイカーが飛んでくる。いつぞやテレビで見たそれとは違い、試合用に加減されているのかずいぶんささやかな威力だが、それでも直撃させれば、Aランク以上の魔導師一個大隊をふっ飛ばしてお釣りがくる威力だ。それが迫ってくるに至って、フォルクの中で何かが切り替わった。
極限状態に入ったためか、それまでに比べて非常にゆっくり迫ってくる砲撃を前に、いくつもの防御魔法を必死になって編み上げる。硬気功をベースに足りないところを補い、増幅し合うように組み上げられて行く防御魔法。一つ一つは大したことの無い、資質さえあれば誰でもできる類の魔法が、絡み合い、重なり合うごとに飛躍的に防御力をあげていく。やっている事は同じでも、それは最初の何も考えずにただ重ね張りをしただけの防御魔法とは全く別物に進化していた。
「アート! オブ! ディフェンス!!」
フルドライブ中にしか実現できないであろうその魔法を、即興でそう名付けて起動トリガーとし、着弾寸前で発動。正面からスターライトブレイカーを受け止める。傍目には泥くさい攻防だが、実際に起こっているのは防御の芸術の名に恥じぬ、芸術的なそれである。
威力こそずいぶん抑えられているが、なのはがレイジングハートと二人三脚で作り上げ、磨き上げた、個人で撃てるものとしてはもはや究極と言ってもいい砲撃。その砲撃を二桁を超える防御魔法が受け止め、逸らし、削り取り、じわじわとすり減らしていく。わずか数秒の攻防の後、防御魔法が相手を全て食い尽くした。
この瞬間、フォルクはついに、スターライトブレイカーを正面から受け止めた初の魔導師系戦力となった。加減したものはいえど、この偉業は結局なのはの存命中は他に誰一人達成できず、唯一無二の男として歴史に名を残すことになる。
「嘘!? 本当に止められちゃった!」
「ちょっと待て! いくら複合発動とはいっても、使ってた魔法のほとんどは普通のやつだぞ!?」
「まさか、僕が教えた魔法であれを止めるなんて!!」
さすがに止めるのが精いっぱいで、肩で息をしながらなのはを睨みつける事しかできないフォルク。正直なところ、この後戦闘を続ければ、確実になのはが勝つ。今のでフォルクはすでに限界だ。それに比べて、なのはの方はまだまだ余力がある。
だが、現実的な話、いくら加減したとはいえ、なのはの最強の一撃を受け止めたのだ。評価という点ではフォルクの勝ちであろう。撃ったなのはも大きなショックを受けているが、むしろ周囲の人間の方が衝撃が大きい。言ってしまえば、フルドライブを展開している最中は、正面からはほとんどの攻撃が通用しないということになる。限定的とはいえ、優喜がもう一人増えたようなものだ。
「うおおおおおお!!」
スターライトブレイカーの効果が終わってから数秒後、突然雄叫びをあげ、右手の剣を盾に突き刺して、なのはに突っ込んで行くフォルク。もはや動く体力は残っていないと思っていた周囲の驚きをよそに、ある程度予想していたらしいなのはが、泣き笑いのような表情で、レイジングハートの構えを変える。
「まだだ! まだ終わってないぞ、高町なのは!!」
「うん。分かってたよ。ここまでやって、あれで終わるはずがないって。」
スターライトブレイカーのクールタイムが終わっていないため、迎撃のための砲撃は使えない。今回は非常に低威力で撃っているため、トータルでせいぜい十秒はかからないぐらいだが、さすがにフォルクの攻撃の方が早い。飛び上がりながら鎖に変形した右手の剣を大きく振りかぶり、鎖で繋がれた盾を、円盤として叩きつける。
飛んできた盾をラウンドシールドではじき、一呼吸でフォルクの懐に飛び込むなのは。よもや、なのはの側から近づいてくるとは予想しておらず、完全に虚を突かれて密着を許すフォルク。
「ごめんね、フォルク君。」
その言葉とともに、レイジングハートの柄でフォルクの胸元を軽く突く。普通なら鎧に阻まれる程度の衝撃が中までとどき……。
「……気脈崩しか!」
疲労以外の理由で言う事を聞かなくなった手足に、受けた攻撃の正体を悟る。もはやどうにもならない。そう悟ったところで気力がつき、意識を手放す。飛行状態を維持できず墜落しそうになったフォルクを、誰かが優しく受け止めた。
闇の中から意識が浮上する。後頭部に柔らかく温かい感触を感じ、なんとなくまずい気がして目をあける。
「……目、覚めた?」
「あれ? 王はやて?」
目を開いてすぐに、自身が恋い焦がれる女性の顔が飛び込んでくる。
「その仰々しい呼び方はやめって何べん言うた? ええ機会やから、これからはやてって呼び捨てて。」
「あ、すみません。」
「あと、これも前から言うてるけど、敬語禁止。これから長い付き合いになるんやから、堅苦しいんはあかんで。」
これから長い付き合いに? と、疑問に思ったところで、自分がとんでもない姿勢で横になっている事に気がつく。フォルクは、はやてに膝枕されていた。
「す、すみません!!」
体を起こそうとして、首から上以外、全く言う事を聞かない事実に気がつく。
「まだ気脈崩しが抜けてないから、多分動かれへんと思うで。」
「フォルク君、無理しすぎてたみたいで、思ったより深く入っちゃったみたいなの。ごめんね。」
「そっか。そういえば、最後になのはに貰ってたな……。」
ようやく、意識を失う直前の事を思い出す。予想はしていたが、完敗だった。手加減をしていたなのはにすら、手も足も出なかったに等しい。
「完敗、か……。」
「そうでもあらへんで。」
「え?」
「スターライトブレイカー止めたんなんか、今まで優喜君以外一人もおらへん。切り札切って倒しきれへんかった時点で、本来やったらなのはちゃんの負けや。」
はやての言葉に、釈然としないという顔をするフォルク。その様子に苦笑しながら、言葉をつづけるはやて。
「そもそもな、フォル君は基本的に誰かと一緒に行動するんやで。相手の大技つぶした時点で、他の事はチーム組んでる誰かに任せて問題あらへん。」
「……もし、一人で戦うことになったら?」
「なのはちゃんみたいな特殊例とぶつかったら、まず逃げること考え。撤退上手も騎士の資質や。」
「……それでいいのか……。」
納得したようなしていないような、と言う感じのフォルクに小さく微笑みを向け、この半年の結論を告げる。
「まあ、そういうわけやから、フォル君は今日からフィーと一緒にヴォルケンリッター見習いや。これから忙しくなるで。」
「一緒に頑張るのです、フォルク!」
「本当に? 本当に俺でいいの?」
「もちろんや。嫌や言うても連れて行くつもりやで。」
はやての言葉に、どういう表情をしていいのか分からないという感じに笑うフォルク。それを見て、少し意地の悪い顔をしながら最後の言葉を告げる。
「とりあえず、まずは日本で生活するために中学生ぐらいの学力をつけるところからスタートや。それに、上級キャリアの補佐官試験にも合格してもらわなあかんし、ヴォルケンリッターの前衛として合格出すには、攻撃周りをもっと鍛えてもらわなあかん。それにな。」
「それに?」
「私が口説き落とされてもかまへん、思うぐらいええ男になってもらわなな。そうでないと、そういう関係にならへんとしても、胸張って連れて歩かれへんしな。」
「え? ええ!?」
やけにうぶな反応を返すフォルクに、笑いが広がる。こうして、本人にとっては紆余曲折あったものの、無事に予定どおりにヴォルケンリッターの見習いが一人増えたのであった。
おまけ(リィン姉と見習いの初対面)
フィーが起動してから最初の、リィンフォースのアウトフレーム展開の日。
「リィン。」
「主はやて……、会いたかった……。」
「リィンは寂しがり屋さんやね。優喜君らもおるやん。」
「主はやては、特別だから……。」
「そっか。」
こういう形では月に一度しか会えないリィンフォースは、起動するたびにはやてに甘える。見た目は明らかにリィンフォースの方が年上なのに、まるではやてが母親のようだ。
「そうそう。ヴォルケンリッターに見習いが増えたんよ。リィンに紹介するわ。」
そう言って、柱の陰に隠れていたフィーを呼ぶ。呼ばれてすごい勢いで飛び出してくるフィーを見て、愕然とした表情を見せるリィンフォース。
「紹介するわ。リィン、自分の妹でリィンフォースツヴァイ・フィー。みんなフィーって呼んでるから、リィンもそう呼んだって。」
「はじめましてです、お姉さま!」
そう言って情熱的にハグされに胸元に飛び込んでくフィー。だが、なにがしかのショックを受けているらしいリィンは、彼女の行動に反応を示さず、涙目になってはやての方を見る。
「主はやて……。」
「どうしたん?」
「私……、お払い箱……?」
「なんでそうなるねん!!」
はやての激しい突っ込みにびくりとしながら、無表情のままおどおどと考えた事を告げる。
「だって……、この子がいれば私がいなくても問題ない……。」
「いやいやいや!」
「お姉さま! フィーでは夜天の書の管理は出来ないのですよ!」
「そうやで! そもそもフィーは自分に何かあった時の外部バックアップが仕事や。夜天の書にもぐりこむ事は出来ても、接続できるようにはなってへんねん。」
そう言って、予想外の反応にため息をつくと、さらに言葉を続ける。
「第一、この子はまだ生まれたばっかで経験が全然足りへん。私らには、やっぱりリィンが必要やで。」
「そう……。」
「安心した?」
「うん……。」
こうして、その場は落ち着いたリィンフォースだが、フォルクを紹介した時に
「やっぱり……、私、お払い箱……?」
「フォル君は根本的にポジションも種族も経験内容も全くかぶらへんやん!!」
と、同じやり取りを繰り返すことになるのであった。
一本の話に膨らませられなかった、リィンフォース姉妹の初対面。多分リィン姉はずっとこんな感じにネガティブなんだろうと思う。
余談ながら、「アート! オブ! ディフェンス!!」の台詞だけ、何故か脳内で檜山ボイスで再生されました。何故だ?