「忘れ物はない?」
「大丈夫。」
「何度も確認したよ。」
一泊二日の林間学校。その準備に漏れが無いかを確認する桃子に、満面の笑顔で答えるなのはとフェイト。五年生の一番大きなイベントで、二人とも実にわくわくと浮き足立っている。いつもより早い時間に起きて訓練を始め、いつもより早い時間にそれを切り上げたところからも、二人の浮き足立ち方がよく分かるだろう。
「優喜君は、って聞くまでもないか。」
「まあ、着替えと入浴・洗面用具以外は最悪、どうにか現地調達できなくもないしね。」
なのはとフェイトが張り切って作った弁当を鞄につめながら、二人ほど浮き足立った様子もなく、あっさり答える。人生経験の差か、実に落ち着いたものである。
「そういえば、優喜君以外の男の子と何かする機会って、あんまりないよね。」
「だね。班行動でこういう大きなイベントに参加するってのも、初めての経験だし。」
「私はちょっと不安かな。近頃、優喜以外の男の子は、なんだか変な目で見てくるし。」
「あ~、男子もそろそろ、そういう年頃なんだよね。」
ついに体育の着替えが男女ともに更衣室に移った五年生。第二次性徴が始まっている生徒がクラスの三割ぐらいに登っている事に加え、男子の側も性的な意味での羞恥心や好奇心がようやく女子に追いついてきているため、着替えがらみはきっぱり隔離されている。保健体育の時間が増え、性についての教育も、理科の時間との連動で少しずつ始まっている。
因みに、女子に関しては、恋愛面では大人と大差ない。価値観に関してはさすがに経験の問題もあって、大人よりはるかに夢見がちな基準で相手を選ぶが、さめる時のドライさや何やらは、もはや子供と侮れない水準になっている。実際、優喜が編入した三年の頃は希少価値だったカップルも、今はそれなりにいる。もっとも、男子がまだまだ子供なので、女子と一緒なんて、みたいなことを子供も一杯いるが。
「そういう年頃?」
「好奇心じゃなくて、恋愛や性欲の対象として女体を見始めるお年頃。」
「優喜もそうなの?」
「ん~、ぶっちゃけよく分からない。元の体の時は、ちょうどこの辺で目が見えなくなったし、今は中身と体の年齢がかみ合ってないから、いろいろややこしい事になってるみたいだし。」
「なってるみたいって、そんな他人事みたいに……。」
渋い顔をする桃子に、大したことなさげに笑って見せる。正直なところ、恋愛だの結婚だの子作りだのに関してすっぱり割り切れば、当人にとってはそれほど困る事はないのだ。むしろ、困るのは、こんな厄介な男に惚れた女性の側だろう。
「さて、そろそろ出ないと、集合時間に遅れるよ。」
「あ、そうだね。」
「行ってきます。」
優喜に促されて、慌てて荷物を担いで家を出るなのは達。その姿を見送った後、一つため息をついてから自身も仕事に向かう桃子であった。
「なのはもフェイトも、結構な荷物になってない?」
班ごとに割り振られたバスの席。そこに座るや否や、アリサが気になっていた事を切り出す。因みに、優喜のクラスだけ三十七人なので、六人の班が五つ、七人の班が一つ出来る。その七人の班が優喜達の班だ。
「そうかな?」
「美容師さんに言われて、日焼け止めとか化粧水とか持ってきてるから、そのせいかも。」
「それだけだとは思えないけど……。」
意外と大きなリュックを持ってきているなのはとフェイト。この年頃の女の子は、そろそろ着替え一つにしても下着のかさが増え始める時期ではあるが、なのはもフェイトも、それ以上に荷物のかさが高い気がする。
「今日の晩御飯は、皆でカレーを作るんだよね?」
「そうよ。材料とかは全部、学校側が用意してくれてるから、私たちは今日のお昼のお弁当以外は、食材の類は持ち込まなくてもいいわよ?」
「うん。それは知ってる。」
アリサの言葉に、どことなく含むところをにじませるなのはとフェイト。どうやら、単純に指定通りのカレーを作る気はないらしい。
「一体何を持って来たのよ。」
「「「秘密。」」」
「……すずかまで何か仕込んできたの……?」
最近無駄にとしか言えないレベルで料理の腕が上がっている連中に、違う意味で一抹の不安を覚えるアリサ。さすがにキャンプ場でプロ顔負けのカレーとかを作ったりはしないとは思うが、かといって、普通の小学生が林間学校で飯ごう炊さんとセットで作るカレーで済ませるとも思えない。
「ねえ、優喜……。」
前の席に座っている優喜に、やや困った顔で声をかける。
「ん?」
「うちの班だけ、無駄に戦力が多すぎる気がするんだけど……。」
「何を今更。」
本当に今更の話だ。優喜達の班は、クラスの料理できる人間だけをかき集めたような班編成になっている。ぶっちゃけ、優喜一人でも、カレーぐらいは余裕なのだ。だが、正直炊飯はともかく、カレー作りに関しては、優喜が材料に触らせてもらえるとは思えない。
「なあ、竜岡。」
「ん?」
「うちの班って、そんなに料理できる人間多いのか?」
「女子はアリサ以外、全員料理できるよ。」
「悪かったわね、料理できなくて。」
優喜の説明に、不機嫌そうな口調で文句を言うアリサ。
「いや、普通は小学生の身の上で、料理なんてできないって。」
「料理できるアンタに言われても、何の慰めにもならないわよ……。」
「予想はしてたけど、竜岡も料理できるのかよ……。」
「お前、男のくせに家事万能とか、うちの姉貴より女らしいぞ。」
同じ班の男子二人の台詞に小さく苦笑する優喜と、女らしくないと言われた気分になってむくれるアリサ。
「……なんだか、高町さんとかに負けるのはともかく、竜岡君に負けるのは結構ショックよね……。」
「……料理とか裁縫とか、ちゃんと勉強しようかな……。」
「……案外、なのはちゃんとかって、それが理由で料理できるようになってたりして……。」
どうやら、今の会話が、バス全体に伝わったらしい。女子のひそひそ話が、優喜の耳に飛び込んでくる。なのはとフェイトの料理に関しては、切っ掛けと言う意味では間違っていない。正直、必要になると思って覚えた芸の類に、そこまで突っ込まれても困るのだが。
「竜岡君、女の子っぽいのは顔だけにしておいた方がいいわよ。」
「そうそう。そうでなくても、プライド的な意味ではすでに女の敵なんだから。」
「僕がなにしたって言うんだ……。」
えらい言われように、珍しくへこんで見せる優喜。彼とて、好きで女顔でいるわけではないのだ。文句を言うなら、あの世にいる、女顔に産んだ母親に言って欲しい。
「みんな、それはいくらなんでもひどいよ。」
フェイトの真剣な声色での一言に、好き勝手さえずっていたバスの中がしんとなる。フェイトとすずかが優喜に気がある事など、クラスメイトにはすでに知れ渡っている事実だ。なのに、二人の気持ちを歯牙にもかけていないようにしか見えない優喜は、そういう意味でも女の敵認定されつつある。
事情を知っているなのはとアリサが、あれはある意味当然なんだとフォローしているが、理由がちゃんと説明できない種類のものなので、どうにも効果は薄い。アリサはともかく、なのはも一部にはそういう方向で疑われているため、余計に説得力が無い、と言うのも一因である。アリサですら、その意見を完全に否定できないのだからしょうがない。
「優喜の方が女らしいからってへこむのは勝手だけど、こいつに文句言ってもしょうがないじゃない。」
アリサの正論に、どうにも気まずい雰囲気が漂う。実際のところ、この件については優喜は何も悪くない。
「ま、まあ皆、カレーぐらいなら、ちょっと練習すれば簡単に作れるようになるから、ね。」
気まずくなった雰囲気をフォローしようと、やや引きつった声で言ったすずかの言葉が、ある意味止めとなるのであった。
「なんか、バスの中が拷問だった……。」
「ご、ごめんね、ゆうくん。」
「や、別に誰が悪い訳でもないんだけどね……。」
クラスはおろか、学校全体でも指折りの美少女にかばわれたという事実は、一部の男子を確実に敵に回している。それ自体は気にもしないのだが、そこに微妙に反感を覚えている女子が加わるのが面倒臭い。しかも、その空気になのはやフェイトが過剰に反応するのだから、余計に神経をすり減らす。正直に言って、別に彼女達に害はないのだから、あまりこの件でかまわないでほしいというのが本音だ。
ぶっちゃけたところ、優喜が他人の評価を気にしている理由など、大半は同居人およびその友人のためだ。優喜自身は、誰からどう思われようが、それでクラスから浮こうがいじめられようが、一切気にしないと言うか困らない。そもそも、いくら陰湿だろうが子供のやることだし、物理暴力に頼るような輩など大して怖くもない。
だが、優喜が反感を買った結果、仲良くやってくれているなのはたちに累が及ぶと、さすがに笑って済ませるわけにもいかない。多分そうなったところで、そんなくだらないことをする連中と優喜を秤にかけたりはしないだろうが、むしろそれをしないからこそ、彼が気をつけなければいけないのだ。世の中、ままならぬものである。
「うおっ……、っとさんきゅ。」
「ここら辺はちゃんと整備された道じゃないから、変な石とか出てる。足元気をつけて。」
「だな。ありがと。」
道のでこぼこに足をとられたクラスメイトを、リュックをつかんで支える。砂利と石と土が混じった未舗装のハイキングコースだ。リアカーの轍が残っているぐらいで、車の類が入れるような場所ではない。不慣れだと割と歩きにくく、油断すると足を取られやすい。目的地のキャンプ施設にはもちろん、トラックが入っていける道が無い訳ではない。が、林間学校の趣旨を考えれば、山道を歩くのは当然の話である。
「そういえばこの道、他の学校で迷子が出たって言ってたよね?」
「こんな一本道で?」
「足踏み外したりとかすれば、普通に迷子になるからね。」
「足を踏み外したりするんだ……。」
アリサやすずかからすれば、こんな分岐もない道で迷子になるなど考えられない事だが、こういう道に慣れている優喜からすれば、好奇心旺盛で注意力がやや足らず、あまり人の言う事を聞かないようなタイプが迷うには十分だったりする。よく見れば人が入れそうな獣道は結構あるし、道端にキノコでも生えていれば完璧だ。
「あんまり言うと本当に行っちゃう子が出るかもしれないから言わないけど、地元の人が山に入るときに通ってるっぽい獣道も結構あるから、そういうところに迷いこんじゃうと一大事。」
「竜岡、よくそういうの分かるよな……。」
「高町家の人たちが、そういうの結構詳しいもんで。」
「高町さん、そうなの?」
「ふぇ? あ、うん。おとーさん、ボーイスカウトの指導とかもやってるから。」
嘘ではないが、真実全てでもない答えを返す優喜となのは。さすがに、夜中に黒い服着て、山の中で真剣を使って切ったはったの訓練をしています、などとは、言ったところで誰も信じはしないだろう。
「高町さんの家って、結構いろいろあるよな。」
「私も、優喜君が来るまで、おとーさんがこんなにいろんな事をやってるとは思わなかったの。」
自分の家の奥深さに、しみじみとした口調でつぶやくなのは。
「それ言ったら、なのはだってその年で色々やってるじゃない。」
「そうかな? 私自身はそんなに特別だとも思わないけど……。」
なのはの返事に、人は自分のことは分からないものなんだな、という意見で一致する。
「あれ?」
「どうしたのよ、すずか。」
「フェイトちゃんがいないんだけど……。」
すずかの言葉に、あわててあたりを見渡す班のメンバー。さっきまで先頭を歩いていたはずなのだが……。
「フェイトならあそこ。」
「え? あ、本当だ。」
「フェイト、アンタ何やってるのよ……。」
結構先の方で、何やらじっと見ているフェイトに駆け寄るアリサ達。アリサに声を掛けられて振り向き、ようやく自分が先行し過ぎていた事に気がつくフェイト。
「フェイトちゃん、なに見てたの?」
「あれ。」
フェイトが指さした先には、何やら蔓植物が生えていた。男子二人にはその蔓が何かピンとこなかったようだが、博識なアリサと最近料理を頑張っている二人には、それが芋の類だという事がなんとなく分かった。優喜は最初から、それの正体が分かっているらしく、思わず苦笑を浮かべてしまう。
「テスタロッサさん、あれ何?」
「山芋。優喜、多分すごく立派なのが取れると思うんだけど、掘っちゃ駄目だよね?」
フェイトの言葉に、先ほど優喜が言った足を踏み外す、だの普通に迷子になる、だのの意味を理解する一同。フェイトの場合は特殊例だろうが、基本的にこういう流れではぐれて迷子になるのだろう。
「この山が誰のものか分かんないし、今は団体行動中だからね。また今度、皆でキャンプに行った時に探そう。」
「うん。」
優喜の言葉に、後ろ髪をひかれながらも素直に頷く。目ざといのか周りを見ていないのか、よく分からないフェイトであった。
「さて、本日のメインイベント・カレー作りだけど、分担どうしようか?」
「水汲みとか薪運びとかはそっちの男子に任せるとして……。ってちょっとすずか、アンタどこからフライパンなんて取り出したのよ?」
「お姉ちゃんの発明品だけど?」
「あ~、あのハリセンと同じ理屈ね……。」
やけにやる気満々のすずかの返事に、ため息交じりに納得の声をあげるアリサ。見るとなのはもカバンの中から何やら缶のようなものを取り出している。
「なのは、それは?」
「翠屋特製スパイス。時間が無くてルーとかレトルトのカレーにするとき、これ使って味を調えるんだ。」
「……飯ごうで炊いたご飯に、やけにもったいないものを使うわね……。」
「少しでも美味しいものを食べたい、っていうのはおかしな考えじゃないよね?」
こっちもやけにやる気満々だった。となると、フェイトも当然、そのたぐいのものを何か持ち込んでいるはずだ。
「で、フェイトは何を持ち込んでるのよ?」
「私は自家製のラッキョと福神漬けだよ?」
そう言って、小さめのタッパーを二つ取り出す。昼にも自家製の梅干しが弁当に入っていたあたり、高町家のどこかに漬物蔵をこっそり作っていかねない。さすがにラッキョと言っても単に自分の家で漬物にしているだけだろうが、家庭菜園で育てましたと言われても、だんだん驚けなくなってきている。
「よく許可が下りたわね……。」
「クラス全員分を持ってくる条件で、許可を取ったんだ。さすがに他のクラスの人の分まではないけど。」
試食の結果、やたら評判が良かったフェイトの福神漬け。キャンプ施設とはいえ、一応管理人室に冷蔵庫があるので、余ったとしてもそこに入れてもらえばいいだろうと許可を出したそうだ。
「もう、他には何も持ってきてないわよね?」
「……持ってきてはいないよ?」
「……なに拾ったのよ……。」
「ワサビ。向こうの川のあたり歩いてる時に、優喜とワサビ生えてるねって話してたら、管理人さんが持って行っていいっていうから、ちょっともらってきたんだ。」
ワサビと言うやつは、きれいな水が無いと自生しない。自治体系のあまり利用頻度が高くない施設とはいえ、キャンプ場付近の川辺にワサビが生えているというのは、意外と珍しい話かもしれない。
「さすがに、カレーにワサビはちょっと……。」
「うん。だから明日何かに使おうかなって。」
まだ準備に入ってすらいないというのに、突っ込みすぎで異常に疲れた気分になるアリサ。必要以上に美味しいカレーが食べられるのは確実だろうが、その代償としては割にあわない気がする。そもそも、何故にこの班の女子は、ここまでフリーダムなのだろう?
「まあ、とりあえずアリサ。火の管理と飯ごうは僕がやるから、適当に分担割り振って、下ごしらえ始めてて。」
「了解。川村と田辺はさっき言ったように薪とか貰ってきて。女子は全員、野菜洗って下ごしらえ。」
「はーい。」
「結局力仕事か。」
「ぼやくなって。どうせ俺らに料理なんてできないんだしさ。」
などと口々にいいながら、下ごしらえに入る。その間に、優喜が教師より手際よく火種を用意して回り、受け取った薪をざっと仕分ける。
「タマネギ、そこまで剥いちゃダメ!!」
「その包丁の使い方、危ない!!」
下ごしらえが始まってすぐに、なのは達の悲鳴が響き渡る。まだ小学生だから仕方がないとはいえ、調理に慣れていないクラスメイト達の、あまりにも危なっかしい仕草に、気が気でないらしい。結局、料理できる三人組が、自分達の班の下ごしらえを見本として見せながら、他の班の分も手伝う流れになったようだ。さすがに、指でも切り落とされたら事だ。
「事前に予習ぐらいはしておいて、正解だったわ……。」
「どうでもいいけど、うちの班だけフライパンがあるのが、割とシュールだよね。」
全ての班の飯ごうを管理しながら、アリサのぼやきに割と関係のない返事を返す優喜。因みに、ご飯の方は優喜が水加減などを確認してあるため、それほどおかしなことにはならないだろう。少なくとも、他のクラスよりは美味しく炊きあがるはずだ。
「竜岡君は、あっちに混ざらなくていいんですか?」
「向こうにゃ、僕の出番はありませんよ。」
火の番をしている優喜に、声をかける担任。向こうでは、当初の予定とはやや違うながらも、楽しそうに和気藹々と料理を続けるクラスメイトの姿が。
「うん、そうそう。指、気をつけてね。」
「もう少し小さく切った方が、火の通りはいいかな?」
「あ、それは水多すぎるよ!」
とりあえず、なのは達三人の獅子奮迅の活躍を見る限りは、優喜に出番はないだろう。火の加減を見て、飯ごうの位置を微調整していると、もう何も言うまいという感じで立ち去っていく担任。最近ずいぶんと浮き気味の優喜に、地味に神経をすり減らしているのだろう。優喜としては申し訳ない話だが、買っている反感の種類が種類だけに、なるようにしかならないと開き直るしかない。
「ゆうくん、こっちのコンロに火種用意できる?」
「了解、ちょっと待って。」
フライパンとフライ返しを片手に声をかけてくるすずかに答え、手際よく新しい火種をコンロの中に用意する。
「薪で調理するのは初めてだと思うけど、大丈夫?」
「うん、任せて。」
そう言って、他の班は省略した、具材を炒める工程を始める。薪の火力を活かして手早く、だがしっかりと火を通して行く。
「本当は、タマネギを徹底的に炒める方がいいんだけど、今日は時間が無いから軽めで。」
「私も、フライパン、持って来ておいた方がよかったかな?」
「一個で十分だよ。」
なのはにそう答えると、炒めた具材を鍋に入れ、火にかける。そのまま続いて、こっそり持ってきていたにんにくを取り出し、細かめに切ってフライパンに乗せる。薬味として、ガーリックチップを作るつもりらしい。
「ちょっとすずか……。」
「どうしたの?」
「にんにく、大丈夫なの……?」
「ちゃんと、許可は取ってるよ?」
アリサの言葉に、なにを問題視しているのかが理解できずに首をかしげるすずか。多分、許可を出した方は、なのはのスパイスやフェイトの福神漬けと同じく、作ってきたものを持ち込むと思っていただろう。まさか、マイフライパンを持ってきて、自分で作るところからスタートするとは、予想もしていまい。
「えっと、そうじゃなくて……。」
「え?」
「……吸血鬼がガーリックチップを作ってるのって、すごいブラックジョークだよね。」
「あ、そういうこと。」
すずかにだけ聞こえるようにぼそっとつぶやいた優喜の言葉、それでようやくアリサの言わんとしている事を理解するすずか。夜の一族と言っても、血を飲まないと成長などに問題が出る以外は、食事に関しては普通の人間と変わらない。そもそも、伝承どおりであれば、昼間出歩いていること自体がおかしい。
「食べ物に関しては、そんなに気にしなくて大丈夫。」
「本当に?」
「うん。だって、前に一緒ににんにくを使った料理、食べたでしょ?」
「……そういえばそうだったわね。」
気にするとすれば、口臭ぐらいだろうか。エチケットとして、そこはどうしてもある程度気になる。
「因みに、口臭消しも用意してきてるんだ。」
「本当に用意がいいわね……。」
しおりに書いてあったもの以外は、せいぜい虫さされ対策のかゆみ止めぐらいしか余分なものを持ってきていないアリサとしては、この少々特殊な友人達を見ていると、自分が間違えているような気分になってくる。
「ルー入れる前に灰汁とらないと!」
自身と友人たちとの価値観の違いに悩むアリサに、フェイトの慌てた声が聞こえてくるのであった。
「なあ、竜岡。」
「ん?」
「お前、月村さんとかテスタロッサさんの事、どう思ってるんだ?」
「ん~、大事な友達、だけど?」
消灯前。同じバンガローに割り当てられたクラスメイトと、定番と言うには少々早すぎるような話題で駄弁る。どうにも、彼の割り当てのバンガローには、比較的早熟な男子が集まっているようだ。
「お前とテスタロッサ、高町の家に住んでるんだよな。」
「うん。僕は親兄弟も親戚もいないし、フェイトのお母さんは向こうでのごたごたが長引いててね。」
「あ、わりぃ。」
「いいよ、気にしないで。」
「そーいや、竜岡って結構ヘビーな人生歩んでたんだよな。」
「これで見た目通り女だったら、周りの大人が絶対ほっとかないって。」
クラスメイト達の好き勝手な台詞に、反応を決めかねてあいまいに微笑む。
「そーいや、テスタロッサさんのお母さんも、なかなかこっちに来れないんだな。」
「本当は、もうとっくにこっちに来れる予定だったんだよ。一年できかないほど遅れるなんて、関係者全員思ってもなかった。」
当初の予定では、とっくの昔に裁判も保護観察も終わっていなければならないはずのプレシアだが、そもそも違法研究に踏み込むきっかけとなった魔力炉の暴走事故、その裁判を蒸し返す羽目になっていた。
原因は簡単で、暴走事故の原因を全てプレシアに押し付けた例の会社が、再び彼女の制定した安全基準の不備を理由に、訴訟を起こしたのだ。かつてプレシアの警告を完全に無視し、暴走事故の引き金を引いた男が、再び別のプロジェクトで暴走事故を起こし、その原因をもう一度押しつけようとしているのである。
普通なら、即座に却下されるような案件である。だが、ちょうどグレアムとレジアスによる粛清が大きく進んだ頃に事故が起き、影響力は残っているが権限が奪われはじめていた最高評議会一派が、この事故を利用して話を大きくしたのだ。とはいえ、事は必ずしも最高評議会一派の思惑通りに進んでいるわけではない。
そもそも最初のプレシアの案件自体に、合理的な疑いを持っている検事や裁判官も多く、時間がたったからこそ出てきた新証拠や新証言もあり、一から審議をやり直した方がいい、という形になったのだ。正直、プレシアにとっては、終わった事を蒸し返された上に、自身の身の潔白と引き換えにフェイトと暮らせる大事な時間を削られるという、有難迷惑にもほどがある状況になっているのは間違いない。
いろいろ余計な思惑が交差した結果、無意味に裁判が長期化の様相を示してきた。今ではいっそのこと、時の庭園と高町家の物置きあたりをつないで、事実上同居している形にしてしまおうか、などと画策するほど、プレシアはフェイトとの生活に飢えている。
「それで、一緒に住んでるのに、お前ら何もないのか?」
「何もって?」
「何って、チューしたりとかそういう事。」
あきれてジト目でクラスメイトを見る。同居してるだけでそこの家の子と出来るのなら、女の子のいる家に引き取られて暮らしている孤児は、皆彼女持ちだ。
「まあ、竜岡がクラスの女子になびかないのも、当然じゃないか?」
「どういう事だよ、高槻?」
「だってお前、変な言い方だけどさ、俺らの年の女子って、非常に中途半端なわけだ。」
クラスメイトの中で唯一、三年生のころからずっと男女交際を続けている、翠屋FCの名ゴールキーパー・高槻君。優喜を除くならば、精神的にはクラスはおろか学年の男子でも飛びぬけて早熟な少年である。この年の頃のスポーツマンと言えば、勉強が苦手で粗暴な部分が強いのが普通だが、彼は文武両道を心掛けている秀才でもあり、優喜をこの年頃の限界二歩手前ぐらいまでスペックダウンすれば、多分彼になるだろうという優秀な少年だ。
ちなみに、彼女にプレゼントするアクセサリを優喜に作ってもらった縁で、同学年の男子の中では優喜と一番仲がよく、唯一の理解者になっていたりする。自分の恋愛をからかったりせず、割と紳士に応援してくれるから、と、下手をするとなのは達より優喜を評価している面がなくもない。なのは達と行動する時間がもっと短ければ、基本的につるむ相手は彼だったに違いない。
「中途半端って、どういう意味だ?」
「だってさ、体って意味じゃ全然大人じゃないし、さっき見てても分かるけど、自立するための努力なんてほとんどしてない連中ばっかりなわけじゃん。まあ、俺らが偉そうに言えるこっちゃないけど。」
「いや、まだ中学にも上がってないのに、自立する努力してる方が怖いんだけど。」
「竜岡がそれ言っても、説得力無いって。お前、就職に年齢制限なかったら、とっくに自立して食っていけるだろ?」
「まあ、出来なくはないけど。」
とはいえ、二十歳から小学三年生まで若返ってしまった人間を基準にしても、話にもならない。普通、小学生の限界なんて、いいところなのはかフェイトぐらい。彼女達にしても、仮に就労年齢の制限が無くても、現状日本で食って行くなら芸能界以外の選択肢が無く、非常にリスキーな人生を歩む事になるだろう。
「でまあ、話を戻すけどさ。基本、女子は男子よりマセてるから、心身ともに大人とは言い難い癖に、口だけは常に達者なわけだ。ついでに言うと、俺ら男子の事をガキだと思ってるし、実際俺らは向こうよりさらにガキだ。」
「それと竜岡の事と、どうつながるんだ?」
「つまり、竜岡から見たクラスの女子って、向こうから見た俺らと大差ないってこと。違うか?」
「ノーコメント。」
さすがは五年生男子一の秀才。優喜の中身が二十歳すぎだという事を知らないくせに、性欲がらみ以外で一番大きな理由のど真ん中を指摘してのける。
「実際、こいつが俺達と同い年だと思えるか?」
「……微妙。」
「たまに、妙に理解のある大人と話してる気分になる事がある。」
「だろ?」
高槻君の主張に、やけに納得してのける一同。よもやクラスメイトの男子に、そこまで洞察力の鋭い逸材が紛れ込んでいるとは考えてもいなかった優喜は、高槻君の事をものすごく見直してしまう。
「だからまあ、テスタロッサと月村の件に関しては、女子の言い分も上から目線で結構理不尽なんだよ。大体、当事者がお互いにそれで納得してんだから、外野がごちゃごちゃ言うこっちゃないし。」
「高槻、お前大人だな。」
「男前ってのは、こういう事を言うんだなあ。」
クラスメイトに持ち上げられて、微妙に苦笑を洩らしながら、優喜にこんなところでどうだ、と言う視線を送る高槻君。その視線に、ありがとう、助かったというサインで返事を返す。同学年でほぼ唯一の男子の友人は、実にいい男であった。
「カレー、美味しかったね。」
「隣のクラスは、結構悲惨な出来だったみたいよ?」
「うちのクラスは、料理上手がいっぱいいてよかったよね。」
先ほど、獅子奮迅の働きを見せたなのは達を、口々に褒める女子生徒達。あそこまでできると、同性からも憧れの目で見られるものである。
「私としては、優喜君が炊いてくれたご飯が、すごく美味しくてびっくりしたの。」
「そういえばご飯も、他のクラスは、ちょっと悲惨な出来だった班があったみたい。」
一番悲惨だったのが、隣のクラスのとある班で、米は芯があってかたく、カレーは水が多すぎてしゃぶしゃぶになっていて、見てきた人間に言わせれば、とても食えた代物ではなかったらしい。もっとも、かわいそうだからと食べられるようにごまかしに行ったなのはの視点では、誤魔化せる分、美由希の初めての料理よりはましに見えたものだが。
「そういえばなのはちゃん、隣のクラスになにしに行ってたの?」
「あんまりにも出来があれだったから、ちょっとひと手間加えて、リゾット風スープカレーにしてきたの。」
「そんなこと出来るの?」
「うん。お米もルーもちょっと余ってたから、優喜君に火を起こしてもらって誤魔化してきたんだ。」
どうやら、悲惨な出来だった班は、なのはの機転と工夫により、美味しくないご飯を無理して食べる事だけは避けられたようだ。特製スパイスやその他の調味料があったことも幸いし、その班だけ一風変わった夕食にありつけて、周りから羨ましそうに見られていた。
「月村さんのガーリックチップも、テスタロッサさんの福神漬けも美味しかったよね。」
「福神漬け、自家製だっけ?」
「うん。他にもいろいろ作ってるよ。」
「フェイトちゃんの作るお漬物、すごく美味しいんだよ。特に糠漬けが。」
「……ねえ、なのはちゃん、すずかちゃん。フェイトちゃん、本当に外国人?」
言いたくなる気持ちが凄く理解できるため、思わず乾いた笑いをあげてしまうなのは。ちなみに、フェイトが和食に目覚めてしまったため、なのははなし崩しに洋食、それも主にイタリアンを極める方向に進んでしまっている。イタリアンなのは、単に翠屋のフードメニューが、パスタ類をはじめとしたイタリアンに寄り気味だからだ。
「私も、時々疑問に思うんだ。」
「なのは、それ結構ひどい。」
「だって、フェイトちゃんカラオケだと、演歌しか歌わないし。」
「歌謡曲も歌ってるよ!」
それもなんだかなあ、と思わざるを得ないクラスメイト達。しかも、さっきのキャンプファイヤーでの出し物で、なのはと一緒に新旧アイドル系ソングメドレーなる名目で、「ふりむかないで」などの、下手したら親世代ですら生まれていなかったころの歌を歌っている。そのあまりの上手さとはまり具合に、クラスメイト達からの国籍詐称疑惑がどんどん深くなっていたりするのは、ここだけの話だ。
「まあ、あれよ。フェイトはいわゆる、日本文化に間違ったかぶれ方をした外国人なのよ。」
「「「ああ、なるほど……。」」」
「アリサもひどい……。」
「事実じゃない。あたしの知り合いにも居るのよ。こういう間違ったかぶれ方をした揚句、日本人より深く日本の伝統文化に精通しちゃってるアメリカ国籍の知日派が。」
それはそれでいいことなのかもしれないが、日本に生まれているのに日本文化に疎い自分達を顧みると、なんだかなあと思うしかない。
「ただ、和食にはまったからって、自分で漬物までつける外国人はフェイトが初めてよ。」
「アリサだって、日本人から見たら外国人じゃない。」
「あたしは外国人らしく、自分で漬物をつけたり和食作ったりはしないわよ?」
「和食作れるのはいろんな意味で高得点だ、なんて言ってたの、アリサなのに……。」
「それ、あたしじゃなくてはやてだったと思うんだけど?」
「そうだっけ?」
アリサとフェイトの会話に、思わず生暖かい目を向けてしまうクラスメイト達。
「そういえば、フェイトちゃんとすずかちゃんって、やっぱり竜岡君のこと好きなの?」
「うん、好きだよ?」
「私も。」
フェイトとすずかのストレートな回答に、やたら盛り上がる女の子達。だが、少しばかりさめた表情で、アリサがその盛り上がりに水をさす。
「あのねえ。その聞き方だと、恋愛感情か友情なのか分かんないでしょ?」
「私は多分、この気持ちは恋愛感情だと思う。」
アリサの突込みに対して、頬を染めながらも、割りときっぱり言い切るすずか。
「……アンタの度胸には、時々感心するわ……。」
「誤魔化しても仕方がないもの。アリサちゃんだってユー……。」
「ここでその名前を出すなあ!」
などと、恋バナで盛り上がる。割と固い話題になっていた優喜たちとは正反対の、ある意味年相応な光景である。なお、なのははこういうとき、大体攻撃対象から外れる。アリサやすずかからすればそんな事はないのだが、クラスメイトから見ると、そういう面ではかなり幼い印象があるらしい。
「でも、やっぱり竜岡君、ひどいよね。」
「だよね。」
「いい子なのは確かなんだけど、フェイトちゃんたちの気持ちを無視するなんて、最低だよ。」
ひとしきりフェイトたちの感情を確認した後、口々にそんなことを言い出す少女達。いきなり優喜の非難が始まったことに、どうしてもついていけないなのはと、また始まったとばかりに額を押さえるアリサ。
「アンタ達がどう思おうとそれは勝手だけど、少なくとも好きだって言ってる子の前で、そいつのことを悪く言うのはいただけないわよ?」
「だって……。」
「ねえ……。」
「第一、フェイトとすずかには悪いけど、優喜が誰を好きになったからって、あたし達がどうこう言う権利はないし、あいつにフェイトたちの気持ちを受け入れる義務もないのよ?」
アリサの言い分に、どことなく釈然としない様子のクラスメイト達。理屈は分かるのだが、フェイトやすずかの一生懸命さを見ていると、どうしても優喜の態度には腹が立ってしまう。
「そもそも、今の私たちじゃ、ゆうくんが恋愛対象に見てくれないのも、当たり前のことだし。」
「その上から目線が、見てて結構腹が立つのよね。」
「いやだって、あたし達、まだ普通に子供じゃない。向こうは、中身はそこらの大学生より自立してるんだから、小学生を恋愛対象に見るようじゃ、却ってまずいわよ?」
多分、アリサ達のその評価が、いちばん釈然としないところなのだろう。クラスの男子の中では飛びぬけてガキっぽさが無いのは確かでも、やはり女子の目から見れば、自分達より子供に見える。第一、男子の平均よりやや高い程度の身長しかない、男とも女ともつかない童顔の小学生を、大人だと思える方がおかしい。
「してもらってばかりの私たちじゃ、子供だって思われるのはしょうがない事だから。」
フェイトの、どことなく大人びた達観した表情に、これ以上は自分達が悪役になるだけだと判断したらしいクラスメイト達。とうとう、何も言えなくなって黙ってしまう。
「まあ、本格的な惚れたはれたは、せめて子供作れるようになってから、ってことね。」
アリサのまとめに、反論の余地を見つけられず、そのまま話を終えるしかない女の子達であった。
その後、なんやかんやといろいろありつつ、全体ではそれほど大したトラブルもなく、無事に林間学校は終わった。次の日のメニューは、事前アンケートで川遊びとピザ・ハム・小物づくり体験に分かれ、それぞれの施設で昼まで過ごす、というものだった。なのはとアリサがピザ作り、フェイトとすずかが川遊びで、優喜は身内からのリクエストが多かったこともあり、一日中木彫りに専念、と言う風に分かれた。
「昨日に続いてなのは、大活躍だったわね。」
帰りのバスの中。お互いの活動成果で盛り上がる。
「ハムとか小物作りはともかく、ピザで他の子に後れをとるわけにはいかないの。」
気負う様子もなく、さらりと言ってのけるなのは。因みに、さすがにハム作りと言っても、屠殺・解体から始めるわけではなく、すでにばらして血抜きやら何やらが終わった材料で、ハムやソーセージを作るだけである。
「それ言ったら、フェイトとすずかもすごかったらしいね。」
「私はそんなに大したことはしてないよ。フェイトちゃんはすごかったけど。」
「魚のつかみどりは、日ごろの訓練成果の確認にちょうど良かったから。」
フェイトは事もあろうに、浅瀬をちょろちょろ泳いでいた山女や岩魚を、素手でひょいひょい捕まえたのだ。もちろん、食べるわけにはいかないので逃がしてはいたが、すずかですら真似が出来ない大技だったのは確かだ。
ちなみに、学年内でトップクラスに発育のいいすずかと、クラス内でなら上位のフェイトの水着姿は、色気づき始めた男子達にとってはいい目の保養になっていたようだ。フェイトはまだまだ乳房の存在が確認できる程度だが、すずかは既に、小学生のボディラインではなくなって来ている。
「まあ、一番すごかったのって、多分優喜なんでしょうけどね。」
「先生も、目を丸くしてたよね。」
あきれた事に優喜は、手に入るだけの材料をすべて使い切って、自分を除くクラスメイト三十六人分と、八神家のメンバー(含むリィンフォース)をデフォルメした、小さな木彫りのストラップを完成させていたのだ。さすがに、教師の分までは手が回らなかったとか言っていたが、あまりの手の速さと出来の良さに、施設の指導員も驚いていた。九時前からスタートで十二時に終わっていたので、一個五分を余裕で切る計算だ。
最近は、もっぱらブレイブソウルを工具モードで起動して加工していたので、久しぶりに前に使っていた道具で木工細工を作るのは、それなりに楽しかったというのが優喜の談だ。もっとも、いくら形状が手抜き気味で、どんなに手入れされたいい道具を使っていたと言っても、電動や空圧機器ではないのだから、人間離れしたスピードで加工している事は否定できない。周りの人間も、あまりの集中力と阿修羅のごとき手の動きにビビって、とても声をかけられなかったと証言している。
何しろ、道具の持ち替えのタイミングが見ていてわからなかった上に、新しい材料を手に取るとき以外、木を削る音が一度も途切れなかったぐらいだ。どうにも、よっぽど鬱憤が溜まっていた感じである。
「本当に優喜はすごいよね。私、結構不器用だから、あんな風に綺麗な形に木を削ったりできないよ。」
「私だってそうだよ、フェイトちゃん。私、運動神経だけじゃなくて、手先の神経も切れてるんじゃないかなあ、って図画工作の度に思うの。」
「まだなのははPOP作ったりとかしてるじゃないの。あたしは自慢じゃないけど、生け花とかはともかく、こういう細工ものは全然素質ないわよ。」
「アリサちゃん、本当に自慢じゃないよ、それ……。」
女の子達の会話に、小さく笑う優喜。笑われて急に恥ずかしくなったか、アリサが顔を赤くして優喜を睨みつける。
「まあ、僕は毎日何かしら作ってるから、下手だったらまずいんだよね。」
「よく、毎日作るものが思い付くわね?」
「一度作ったデザインをいろいろいじるのも、練習になって結構面白いんだ。それに、毎日何かしら作っておかないと、どんどん腕がさびついて行くし。」
「ああいうのでも、そうなんだ。」
「どんな事でもそうだよ。」
優喜の言葉に、林間学校の最中だというのに、なのはとフェイトが普通に早起きして何やらやっていた事を思い出す。もっとも、二人に関しては、もはやそれが習慣だから、という面もあるのだろうが。
「さて、今日はアクセサリは、作らなくてもいいかな? 昨日サボってるけど。」
「今日はあれだけいっぱい作ってるし、別にいいんじゃないかな?」
「そーいや、高町家の分とテスタロッサ家の分、忘れてたなあ。」
「そこまで言いだしたら、きりが無いよ……。」
などと、優喜達のグループの、クラスメイト達にとっていろんな意味で意外な一面を見せつけた林間学校は、一応特に大きくもめることもなく終わりを告げたのであった。なお、優喜の作った手抜き気味の造形の人形は、手抜きでもそれなりにクラスでは好評で、結果として職人というあだ名を頂戴する事になるのだが、それはまた別の話である。