「いいな~、恭也いいな~。」
「俺は引率で行くんだぞ、かーさん。」
「でも、羨ましいのは羨ましいの!」
「子供達のために、がんばって働いてくれ。」
「そうだぞ母上殿。私も共に置いてけぼりになるのを我慢しているのだ。」
「分かったわよ……。」
つれない態度の恭也に文句を言うのをあきらめ、仕込みのために未練を断ち切って、アウトフレーム展開済みのブレイブソウルを伴って翠屋に行く桃子。もうすぐ三十路も折り返すというのに、たまにこういう子供っぽい態度を取るのだから、長男としては結構困る。ちなみにブレイブソウルは美由希が抜ける穴埋め兼入浴時に色々やらかした罰で、翠屋の手伝いを申し付けられている。
「まったく。俺は海に入らないというのに……。」
「え? 恭也さん、泳がないの?」
「フェイト。全身に刀傷がある男が、一般客がわんさかいる海水浴場で水着姿になれるわけがないだろう?」
「そうなの?」
「ああ。そんな事をしたら、公的権力が飛んできて、すぐに手が後ろに回るぞ。」
フェイトの感覚のずれに付け込んで、大げさにあることない事を吹き込む恭也。実際には、刺青や刀傷だけで逮捕されるようなことはないが、周囲に無駄に威圧感を振りまくのは事実だ。
「恭ちゃん。フェイトは素直なんだから、あんまり変な事を吹き込まないの。」
「だが、俺が一般のプールや海水浴場で泳げないのは事実だぞ?」
「さすがに、警察にしょっ引かれる事はないよ。だって、全身に刺青してる人が堂々と海水浴してるぐらいだし。」
単に、無関係な一般人に気を使うか否かの問題でしかない。それを理解したフェイトが、こう何とも言えない表情で微笑む。どうやら、反応に困って笑ってごまかしたらしい。騙されそうになった方が笑ってごまかすあたり、フェイトの怒るのが苦手な穏やかな性格が表れている話だ。
「そういえば、美由希さんは刀傷の類、ほとんど無いよね?」
「とーさんも恭ちゃんも、私が女の子だから気を使ってくれてるみたい。打ち身とかはしょっちゅうなんだけどね。」
「私は、それもあんまりないかな……。」
「フェイトはバリアジャケットがあるから。あれは本気でうらやましいよ。」
なにしろ、当たれば大怪我だ。その緊張感が腕を伸ばすために必須なのかもしれないが、一歩間違えれば父や兄を殺しかねないのだから、いろいろ勘弁してほしい。
「でも、優喜に言わせると、バリアジャケットと非殺傷設定のおかげで、管理局の局員は防御訓練が甘いって。」
「やっぱり、何事も善し悪しだよね。」
フェイトの言葉に、世の中うまくいかないものだとため息をつく美由希。
「とりあえず、朝ごはんの支度してくる。」
「お願い。」
夏休みに入ってから、朝食の支度はなのはとフェイトが交代でやっている。いずれ独り立ちしたら、日ごろの多忙な生活のまま、家事もすべて自分でやる必要があるため、今のうちから練習したいとのたっての願いからだ。夏休みのお手伝いという側面もある。桃子も、娘達の腕が上がるのは喜ばしいことなので、朝早くに店に出る必要がある親二人の分ははずすことを条件に快諾した。
なお、夏休みの間だけなのは、さすがにまだ早朝訓練の後に、弁当を作りながら朝食も用意する腕はないからだ。材料があれば勝手に自分で昼食を作ってくれるようになったため、桃子も休みの日は少し楽ができるようになったとおどけていたが、母親としては小学生のうちから手がかからなくなりすぎて、さすがに少々寂しそうではあった。
「十時に迎えに来るんだっけ?」
「うん。」
朝食を作る手を止めず、美由希の質問に答える。昼は海の家で適当に食べる事になるため、朝ご飯を割と手の込んだものにする。なお、ご飯とみそ汁は桃子が作ってくれているので、フェイトが作っているのはおかずだけだ。まあ、みそ汁はともかく、ご飯は炊飯器が勝手に炊いてくれるのだが。
「そういえば、優となのははなにしてるの?」
「リィンフォースのアウトフレーム起動のために、バッテリーに魔力を入れてるんだ。私は今日は当番だから、なのはに任せた。」
「なるほど。それで、いつもより多くおかず作ってるんだ。」
「うん。」
ほどなくして、私服姿のリィンフォースを伴って、優喜となのはが下りてくる。因みにリィンフォースの服は、バリアジャケットの流用以外は、大体忍かシグナムの物を借りている。桃子の物はどうにも雰囲気的に似合わず、他の人間は胸がきつくてアウトだったのだ。かといって、さすがに接点のないアリサの母の物を借りるわけにもいかず、リンディあたりは単に服を借りるためだけに会いに行くには、少々遠すぎる上に相手が忙しすぎる。
「おはよう。もうすぐできるから、もうちょっとだけ待っててね。」
煮物を綺麗に盛りつけながら、リィンフォースに声をかけるフェイト。彼女は外見に似合わず、得意料理は和食だったりする。たくさんすり下ろされた山芋に軽くあぶった魚の干物、綺麗に焼き上げられただし巻き卵など、旅館の朝食に並びそうなメニューを次々と仕上げていく。
「……おいしそう。」
「そういえば、リィンフォースさんは、フェイトちゃんが当番のときのご飯は初めてだよね? フェイトちゃん、和食がすごく上手なんだ。」
「最近、母さんが追い付かれそうだって言ってたよね。」
「……期待。」
いろいろあって、ヴォルケンリッター一の食いしん坊になってしまったリィンフォース。その食べっぷりは、たまに体重が気になるお年頃のエイミィあたりを羨ましがらせている。なにしろ彼女の体は魔力だけで構成されるアウトフレームだ。食った分のエネルギーはすべて魔力に変換され、体脂肪に化ける余分なカロリーなど一片たりとも存在しない。一応胃袋の限界はあるが、少なくとも太る事を気にして食事を控える必要が一切ないのは、世の体重に悩む女性にとっては羨ましいですまない体質だろう。
「お待ちどうさま。」
「今日はまた、やけに張り切って作ったよね。」
「リィンフォースに、あまり粗末なものを食べさせるのはどうかと思ったんだ。」
「……ありがとう。」
「お礼は、食べておいしかったらでいいよ。」
やけにストイックな事を言いだすフェイト。彼女的には、どれほど心をつくした料理でも、相手の口にあわなければ意味が無いのだ。無論、自分が逆の立場になった場合、食べて死ぬようなものでなければ、どんなものでも感謝して食べるわけだが。
「それじゃあ、一生懸命作ってくれたフェイトに感謝して、味わって食べようか。」
「はい。召し上がれ。」
士郎と桃子の代理として、食事の開始を宣言する恭也。恭也の宣言に合わせて、全員同時に手を合わせていただきますを唱和する。
「このひじき、旨いな。」
「……だし巻き、美味しい。」
黙々と食べていた恭也とリィンフォースが、特にフェイトが手間をかけていた料理を褒める。
「出汁を昨日のうちに仕込んで、冷凍しておいたんだ。」
「ほう、自分で一から出汁を取ったのか。」
「うん。朝が忙しいと、出汁を仕込んでる暇はないだろうな、って思って、昨日多めに作って保存した。」
「……そこまでやる小学生って、どうなんだろうね?」
「あははははは。」
優喜の微妙な感想に、思わず乾いた笑いをあげる美由希。ちゃんと料理ができるようになった今、昔ほどのコンプレックスは感じないものの、妹達の進歩の速さには女として複雑なものを感じざるを得ない。なにしろ、いつの間にやら二人して、冷蔵庫の中身のあり合わせで、適当に簡単な創作料理を作る領域に達している。
一般のご家庭の冷凍庫は、弁当を作る必要がある子供がこれだけの人数いれば、普通結構な分量の冷凍食品が入っているものだ。だが、高町家の冷凍庫には、なのはが作った各種スープやソース類と、フェイトが作った出汁が結構な容積を占領しており、冷凍食品の類は皆無だ。
これで、あり合わせで端材まで使い切った手の込んだ料理を作り始めたら、結構な人数の主婦の皆さんが、己の立場に危機感を覚える事になるだろう。毎朝手伝っているとはいえ、まだまだ朝から凝ったものを作りつつ、さらにお弁当の用意をするほどの手際のよさは持ち合わせていないのが救いではあるが、二人の情熱を鑑みるに、その域に達するまでそれほど時間はかかるまい。
もちろん、美由希も間があれば台所に立つようにしてはいるが、なのはとフェイトの熱意に押され、せいぜい塾や仕事で帰ってくるのが遅くなる日の夕食ぐらいでしか、腕を振るう暇がない。これでは腕前で水をあけられるのも、当然といえば当然だ。最近は、なのはの翠屋二代目就任に黄信号が灯っていることもあり、アルバイトの最中にお菓子作りや料理を習うべきかと真剣に検討している。
「そういえば、フェイトちゃんぬか漬けも作ってたっけ?」
「うん。今日はキュウリが食べごろだったから。」
「なんで、異世界人の小学生が、日本の古き良き食文化を継承してるんだろう……。」
「……漬け物美味しい。」
自分達のアイデンティティに悩む高町姉妹をよそに、マイペースで食事を続けるリィンフォース。今月は特別だが、基本的に月に一度しかご飯にありつけないのだから、かなり真剣に味わっている。
「とりあえずフェイト。アイドルは手荒れとか厳禁だから、そこは要注意。」
「分かってる。スキンケアはこれでも気を使ってるんだよ?」
「だったらいいよ。」
仕事と立場の問題で仕方が無いとはいえど、十歳児なのに下手な大人の女性より美容に気を使っているフェイトに、思わず苦笑するしかない恭也と優喜であった。
「ねえ、すずか、フェイト。」
海の家の更衣室。水着に着替えながら、気になってた事を切り出すアリサ。
「何?」
「どうしたの、アリサ?」
「前々から思ってたんだけど、最近アンタ達、ちょっと胸が出てきたんじゃない?」
「え?」
「そうかな?」
アリサの言葉に、ものすごい勢いで胸元に視線を集中させる人間が二人。はやてと那美だ。
「そういえば、少し膨らんできてるかも……。」
「これは将来が楽しみやなあ。」
言われてみれば、まだ乳房と呼べるほどではないが、第二次性徴が始まっていることを示す程度には丸みを帯び始めている。
「ねえ、那美さん。一つ聞いていい?」
「え?」
「那美さんが、どうしてフェイトとすずかの胸にそんなに食いつくの?」
美由希の言葉に、こう、いろいろとダークな影を背負いながら自分の胸元をさすり、
「私、料理に続いて、このジャンルでも小学生に負けるのかな、って……。」
と、地の底から絞り出すように答える。普段はそれほど気にしているわけではないが、忍とシグナムを筆頭に、周りにこう立派な持ち物を持つ女性が集まると、さすがにコンプレックスぐらいは感じるもので……。
「あ~、那美さん? 私もどっちかって言うと、このメンバーだとそっち側なんだけど……。」
「美由希さんは、谷間が出来るぐらいにはあるじゃないですか……。」
それを言い出せば、那美でも一応絶壁と言うわけではない訳で、第二次性徴が明確な形で始まる前に書の守護騎士になってしまったヴィータや、現在まだ兆しが一切出てきていない他の小学生組よりは何ぼかましなのだが、こういうものは自分との折り合いと言う面が強い。第一、小学生と張り合って負けるとか、プライドも何もあったものではない。
ちなみに中学を卒業するまではなのはが那美の側に行くのだが、高校を卒業するころには、はやてが那美の側に来ることになるのはここだけの話である。
「むしろ私としては、はやての食いつきの方が不思議ね。」
保護者代表として、アルフとリニスを伴って参加しているプレシアが、もう還暦を迎える女性とは思えない見事な肌とボディラインを、年甲斐と言う単語をたまには思い出してほしい、割ときわどいデザインの水着で隠しながら突っ込む。正直、上下がつながっているだけで、露出はビキニと大差ないような代物だ。
因みにアルフは横着してバリアジャケットで誤魔化して、とうの昔に海に突撃している。ちなみに普段着のボトムを水着っぽくしただけだ。リニスはノエルやファリン、恭也と一緒に陣地を確保しており、来たはいいものの、水に入る気はなさそうだ。
なお、水着をバリアジャケットでごまかしたのは、ヴォルケンリッターも同じである。理由は簡単で、私服はともかく水着はお金がもったいないという意識が働いたからだ。リィンフォースに関しては、単純に調達する暇が無かったというのもある。ついでに言うと、お金の問題ははやてにも降りかかっているため、彼女はまだ色気づくには早いと言わんばかりに学校指定の競泳水着をそのまま着ている。
「そらプレシアさん、おっぱいには愛と希望が詰まってるからに決まってますやん。」
「そのセクハラ親爺一直線な思想の一割でもいいから、優喜にプレゼントしてあげてほしいところね。」
「あれは恭也とは別方向で枯れすぎだと思うんですよね、正直。」
忍の言葉に頷く高校生以上の面子。小学校四年生と言うのは微妙な年頃で、女体に対する好奇心や照れと言うものがそろそろ見え隠れする時期だ。なのにあの悪党は、本気で一切合財女体に対して興味を示していない。同級生の裸体に興味が無いのは中身の年齢からして当然だが、シグナムやアルフなどの妙齢の、特殊な趣味でもなければ普通に食らいつきそうな体型の女性にも、全く興味を示さない。
かといって、単に大きい胸に興味が無いのかと言えば、美由希やエイミィ、ブレイブソウルのような普通サイズにも、那美のような小さいのにも食いつく様子が無く、コミケで女性向けとして氾濫しているような、倒錯した薔薇系の性癖を持っているわけでもない。単純に、そういう種類の感性が、不自然に思えるレベルで欠落している感じだ。むしろそっち方面では、ブレイブソウルの方が大活躍している印象すらある。
「今はまだ子供だからいいにしても、性的な要素に全く興味を示さないのは、それはそれで相手に失礼になることもあるのが問題なのよね。」
「……母さん。」
「何?」
「言ってる事が難しすぎて、話についていけないんだけど……。」
「今のままの気持ちを持ち続けていれば、そのうち骨身にしみて分かるようになるわ。」
真面目な表情のプレシアの言葉に、よく分からないまま一つ頷くフェイト。自分にも降りかかってくる言葉だと考えたか、神妙な顔でプレシアの言葉を覚えておくすずか。
「それで貴方達、日焼け対策はちゃんとしてきた? 特になのはとフェイトは日焼けはあまり良くないんでしょ?」
「私とフェイトちゃんは、バリアジャケットの応用でどうにかするつもりです。」
「私もなのはちゃんらと同じで、魔法の練習を兼ねてUVカットフィールド展開中です。」
「すずか達には、忍ちゃん特製の日焼け止めを来る前に渡してあるから大丈夫。」
忍特製、という言葉に動きが止まる大人組。
「あ、ちゃんとアレルギーテストとかきっちりやってるから安心して。」
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「それをプレシアさんに言われるのは、割と心外なんだけど……。」
他のメンバーの態度とプレシアの言葉に、かなり不機嫌そうに言葉を返す忍。とりあえずそろそろ、プレシアと忍は自身の実績をちゃんと認識する作業を始めた方がよさそうだ。そんな事を考えつつ、自分達のスキンケアが小学生よりも手抜きである事にショックを隠しきれない美由希と那美であった。
「はやて、おせーぞ!」
先に水に入って泳いでいたヴィータが、ようやく出てきたはやてを見て、子犬のように寄ってくる。選んだ水着はスポーティなセパレートタイプの物。バリアジャケットなので、いくらでも変更が聞くのはここだけの話だ。
「ごめんごめん。他の皆は?」
「シグナムとザフィーラは、ナンパを追っ払う作業で忙しい。他の連中はともかく、リィンがおびえちまってさあ。」
見ると、烈火の将と言う肩書にふさわしい真っ赤なビキニに身を包んだシグナムが、見られるだけで焼き尽くされそうな険しい視線で、軽薄そうな三人組を追っ払ったところだった。その後ろでは、ザフィーラを壁におどおどしている白いビキニのリィンフォースと、あらあらと言う感じで笑っている緑のワンピースのシャマルが。
「大変そうやなあ。」
「一番大変なのは、実はユーキかも知んねーぞ?」
と言ってヴィータが指さした方向を見ると……。
「いや、あのだから、僕は正真正銘男なんだって。」
「とにかく、ちゃんとした水着に着替えてきなさい!」
なんか、そこそこいい年のおばさんに捕まって説教を受けている、学校指定の水着を着た優喜の姿が。
「あれ、なにやってんの?」
「どうも女に間違われて、ここは日本なんだから、そんな上半身むき出しの水着で泳ごうとするなはしたない、みたいな説教受けてんだよ。」
「……それ、笑ったらええん?」
「アタシに聞くなよ。ぶっちゃけ、今のあいつの年だと、女物着てたら確実に間違える自信あるぞ。」
「私は正直、股間ごまかしてパットでも入れといたら、十年後でも性別間違える気がするわ。」
はやての言葉に思わず想像し、思いっきりため息をつくヴィータ。二人は知らない事だが、優喜ぐらいの使い手なら、自分の骨やら何やらをある程度自在に動かして、多少体型をいじる事が出来る。やろうと思えば股間の男の象徴を体の内側に引きこんで、性別を多少ごまかすこともできなくはない。
「多分、アタシとかシグナムより女らしいんだろーな。」
「私でも怪しいと思うで。」
はやての言葉に、さらにため息をつくヴィータ。なんとなく聖祥の女子部に混ざって、並みいる女子生徒をなぎ倒し、女らしさで頂点に立っている姿を想像してしまったのだ。
「まあ、優喜君が下手な女の子より女らしいんは今更の事やし、考えたらへこむだけやから、考えんとこうか。」
はやての言葉に黙って頷くヴィータ。とりあえず放っておくといつまでもやってそうなので、一応助け船は出そうかと思ったその時、飲み物を買って戻ってきたばかりの恭也が動く。どうやらなのは達が優喜を見つけたため、そろそろ回収する頃合いだと判断したらしい。
「ほな、皆のところにいこか。」
「りょーかい。」
メンバーの中で唯一水に入った後のヴィータを連れて、待機場所に戻っていく。このくそ暑い中、折角砂浜に居るのに私服姿のノエルたちは非常に目立つ。ノエルもファリンも自動人形と言う性質上、やや水に浮くには比重が重すぎるため、人前で海水浴と言うのはちょっと問題があるのだ。もっとも、目立つと言えば、ご丁寧に黒一色で長袖着用の恭也が一番目立っているわけだが。
「はやて。」
合流すると同時に、アリサが呆れを含んだ声ではやてに声をかける。因みに小学生ズの水着は、なのはとフェイトが白と黒のおそろいの、要所要所にフリルをあしらった、年相応のデザインの可愛らしいワンピース。アリサはヴィータとあまり変わらない、スポーティなセパレートタイプ。すずかがやや大人っぽい、ビキニとワンピースの中間ぐらいの物を着ている。ユーノはごく普通のトランクスタイプだ。
「どうしたん、アリサちゃん?」
「来年はうちかすずかのところのプライベートビーチに行くわよ。」
「……了解や。」
シグナム達に海の家のような醍醐味を味わってほしかったので、今回は無理を言って一般の海水浴場に来たのだが、いろいろ大失敗くさかったのは確かだ。具体的にはナンパと恭也の存在で。
「来年あたり、すずかとフェイトもあっちに回りそうだしね。」
「そうやな。私らはまだ、体型的に無理かもしれへんけど。」
因みにこの予言はフェイトに関しては若干外れる。どうにもフェイトはスタートは早い分、第二次性徴の進行そのものは非常にゆっくりで、一年かかってもまだ、ブラが必要かどうか悩むぐらいにしかならなかったりする。もっとも、進行がゆっくりな分終わるのも遅く、成長が止まったのは高校を卒業するぐらいと、なのはを除く残りの小学生組より二、三年長く成長が続いた。なお、なのはは本格的に第二次性徴が進んだのが高校に入ってからだったため、二十歳すぎてもまだ胸と背が微妙に増え続けたりする。
「とりあえず、えらい目にあった……。」
まだ水に入ってすらいないというのに、思いっきり疲れをにじませる優喜。もっとも、原因こそ違えどシグナムとザフィーラも、似たような表情をしているのだが。
「女物を着た方が楽だっただろう?」
「いくらなんでも、女物の水着を着た日には自分が変態になったみたいな気分を味わいそうだから嫌だ。」
「あれなら、それほど問題ないんじゃないか?」
そう言って恭也が指さした先には、いまいち色気にかけるタンキニを着ている美由希の姿が。傍らには、清楚ではあるが、これまた色気の類は死んでいる、何一つ凝ったところの無い白いワンピースの水着の那美がいる。美由希がやけにへこんでいるのは、少し別行動している間に那美だけナンパされた事に起因する。水着姿なのに色気が無いのはともかく、顔立ちは整っているのだから、野暮ったい三つ編みとメガネをどうにかすれば、そこそこにはもてそうなものなのだが。
「多分美由希さんの水着だろうけど、恭也さんはいくら子供といえど、あれを着た男と並んで歩きたいの?」
「まさか。いくら似合うと言っても、さすがにあれを着た男と並んで歩くのはごめんこうむりたい。」
「でしょう?」
美由希のそれは、ビキニパンツの上にトランクスタイプのデザインのボトムを履く構造になっているため、容姿次第では男が着ても違和感はないデザインではある。だが、それでもデザインそのものは明確に女物なので、一応男としての意識はきっちり持っている優喜としては、どれほど切羽詰まっても避けたい選択肢だ。
「海に来て女物の水着を見て、出てくる会話がそれってどうかと思うな私。」
流れが流れだとはいえ、あまりにあんまりな会話を続ける優喜と恭也に、とりあえず突っ込みを入れて軌道修正する忍。プレシアの水着もきわどかったが、彼女の水着も結構きわどい。文字で書くと黒のビキニの一言で済むが、余程身体に自信があり、しっかり手入れをしていなければとても着られないようなものだ。事実、忍とプレシアが来てから、男どもの視線はそっちに集中している。
「居心地が悪すぎて、こんな下らん事でも考えてなければやってられんぞ。」
「だったら恭也、ちょっとこれ塗ってよ。」
「何だ、これは?」
「忍ちゃん特製の日焼け止め。背中の方はちゃんと塗れてないからお願いね。」
忍の台詞に、一瞬殺気立った視線が恭也に集中する。もっとも、不機嫌そうに周囲を見渡すだけで、あっという間にその手の視線は消えさるのだが。
「……お前が彼氏に苦行を押し付けるような女だという事はよく分かった。」
「あら、ベッドの上では……。」
「子供がいるところでそういう会話は感心しないわね。」
「……自重します。」
際どすぎる会話をプレシアに制され、バツが悪そうな顔で明後日の方向を見る忍。好奇心に目を輝かせながら続きを待っていたアリサとはやてが、露骨に残念そうな顔をしてすずかに呆れられている。
「とりあえず恭也さんと忍さんは、もっと別のところでいちゃついてればいいんだ。」
「ごめんごめん。お詫びに何でもおごるからさ。」
「お詫びしてもらわなくても、最初かたらたかる気満々だから安心して。」
優喜の遠慮のない発言により、ようやく微妙な空気が払拭され、遊ぼうという気分に切り替わる一同だった。
「そういえば、ユーノとはやては泳げるの?」
「あんまり泳ぐ機会はないけど、一応泳げるよ。」
「残念ながら水泳の練習する機会はなかったから、ものの見事にカナヅチや。」
「そっか。」
因みに聖祥組では、アリサとすずかは水泳も得意科目、なのははターンが苦手だが泳ぐだけなら二キロはかたく、フェイトは水には浮くが息つぎが苦手でフォームも矯正中、と言ったところだ。
「じゃあ、お昼までフェイトとはやての練習を手伝おっか。」
「そうだね。」
去年カナヅチ手前だったなのはは、優喜にフォームの矯正から始まる一連の特訓を受けて、鍛えられた基礎体力も相まって泳ぐだけなら全く問題ないレベルに到達した。基礎体力はともかく、運動神経にはいまだに難のあるなのはでも泳げるのだ。フェイトはオリンピックすら目指せるレベルで運動神経がいいのだから、すぐにちゃんと泳げるようになるだろう。水を怖がっていないので、単に経験の問題だ。
どちらかと言えば、歩けるようになって日も浅く、運動神経もそれほどよろしくないはやての方が厄介そうだ。こっちも、特に水を怖がっていないので、浮けるようになるまでは早そうだが。
「まずは、浮く練習からかな?」
「そやね。」
などなど、途中で休憩をはさみながら一時間ぐらいあれこれやって、とりあえずはやてがバタ足の練習に至ったところでお昼に呼ばれる。
「……微妙。」
焼きそばを一口すすったリィンフォースが、あまり表情を動かすことなく小声でつぶやく。
「祭りの屋台とか海の家の料理なんてそんなもんや。元々大した調理設備はないんやから、大したもんは作られへんし。」
「こっちのおでんはまあまあだぞ。」
「カレーはまあ、はずれではないかな? もっとも、外しようがない、と言うのが正解かもしれんが。」
などなど、聞かれないように好き放題言う一同。
「こういうのは、海に遊びに来たって言う雰囲気で味わうものだから、味についてあんまりうるさく言わないのがマナーよ。」
「そうそう。祭りの屋台も、普段食べても大して旨くない事が多いからな。」
明らかにレトルト、という観点で外しようがないカレーを食べながら、そんな事を言ってくる恭也と忍。言われずとも分かっている小学生組は、味については一切文句を言わずに、適当に頼んだものを皆で分け合ってつついている。
「これが微妙って言うあたりが、この国の食生活を象徴してるよね。」
「あ~、ユーノだったらそうかもなあ。」
「そういえば、ユーノ君って遺跡の調査とかに行くから、あんまりきっちりしたものは食べない事も多いんだよね?」
「うん。それに、無限書庫最寄りの食堂も、普段行く手頃な方はそんなに美味しい訳じゃないしね。」
「あそこの飯が不味いって、アタシだけの感想じゃなかったんだ。」
「安くて割とサービスはいいけど、味はここの方が美味しいよね、あの食堂。」
今まで、本局の中でも割と僻地扱いされていた無限書庫。一番近い食堂でも十分はかかる上に、そんな場所にある食堂がレベルが高い訳が無いのだ。
「でも、最近は来る人も増えてきたんでしょ?」
「うん。特にロストロギア関連は、無限書庫の情報が命綱になることも多いし、最近は司書も増員されたからね。」
その陰で切られた予算も数多く、特に地味に最高評議会がらみの予算は、おっさんどもの手によってこそこそ食い荒らされていたりする。
「もう少し辛抱すれば、無限書庫の近くでも美味しいものを食べられるようになるかもしれないよ。」
「だといいけどね。」
「飲食店ってのは、人の行き来が多くて店の少ない場所には、割とすぐできるもんだからね。」
「なるほど。期待せずに気長に待つよ。」
ユーノの言葉に頑張れと声をかけ、なんとなく肉気が欲しくなってフランクフルトを買う。リィンフォースがなにそれ、と言う視線を向けてくるので、もう一本買って差し出すと、
「……これは結構美味しい。」
なかなかに好評だった。
「それで、この後何をするの?」
「海で定番の遊びって言うたら、ビーチバレーにゴムボートにスイカ割りやん。」
「……ビーチバレーねえ。」
その単語に色々考え込む。人間のレベルを超えた運動能力を持っていない人間は、なのは、アリサ、はやて、那美、シャマルぐらい。残りは全員、本気を出せばオリンピック選手もびっくりの運動能力を示す。そのうち、フェイトを含む地球組はまだいい。限度とかさじ加減とかいったものをよく知っているから。
問題はヴォルケンズとアルフだろう。基本的に普段はそこまで無茶をやらかしはしないが、勝負事には熱くなりがちな気質をしている。ヴィータがゲートボールでカートリッジをロードしようとしたことを引き合いに出すまでもなく、とにかく負けず嫌いなのがベルカ騎士なのだ。そして、こいつらが勝負事に熱くなりすぎ、本気を出して暴れたらどうなるのか。
人間の限界を無視して行われるであろう空中戦。吹き荒れる衝撃波に飛び散る砂煙。ブロックした人間ごと吹き飛ばすサーブに、受けると足がめり込むアタック。そして、人知を超えた勝負に使われても、なぜか割れないビーチボール。明らかに悪目立ちする上に、どう考えても優喜や恭也が巻き込まれない道理がない。
「……ビーチバレーはやめておこう。」
「そうね。あいつら絶対熱くなりすぎて、加減って物を忘れるわよ。」
「フェイトちゃんとかゆうくんとか、確実に巻き込まれるよね。」
「なのはは、自分が巻き込まれない自信がありません。」
どうやら、皆同じ結論に達したらしい。言い出したはやてですら同じ事を考えたらしく、あっさり没になった。
「後、スイカ割りは、僕は見学に回るよ。」
「え~? 何おもろない事言うてんの?」
「あのさ。僕が参加したら、一発で割って盛り下がるに決まってるでしょ?」
「やってみな分からんやん。」
はやてがそんなことを言うので、ためしにビーチボールをスイカに見立てて実践して見せることに。それなりにまったりした後だとはいえ、昼を食べたばかりで割ったスイカを食べるのはどうかという結論で一致したためだ。
「ちゃんと目隠しできてる?」
「問題ないよ。」
「じゃあ、十回回して……。」
おとなしく十回回され、あさっての方角に向きを変えられた優喜は、周りの声を完全に無視してビーチボールをあっさり叩く。
「……ほんまに、ちゃんと目隠しできてる?」
「出来てるよ。単純に、僕は目が見えないのがハンデにならないだけ。」
「……そういえば優喜君は、目が見えなくても大丈夫なように訓練していましたね。」
もともと視力にほとんど頼っていない人間に、目隠しをしたからといって意味があるわけがないのだ。もっとも、視力が戻って何年もたっているというのに、いまだに目が見えない状態を基本にしているのもどうか、と言うのももっともだが。
「優喜ほどじゃないが、俺と美由希も避けた方がいいかもな。」
「あ~、そうだね。」
真夜中の暗闇で、足場の悪い森の中を走り回る人間にも、スイカ割りと言うのはあまり適さない遊びだろう。もっとも、さすがに優喜ほどに鋭敏なわけではないので、まだ多少は競技になるのだが。
「で、このままスイカ割りをするの?」
「どうしよっか?」
「ちょっと白けた気がするから、もうちょい海に入って、それからにしよっか。」
「了解。」
いろいろ持ち込んだビニール製の遊具を膨らませ、適当に持って海に突撃する。白と黒のコントラストがいいのか、それとも形がそそるのか、フェイトはシャチの浮き輪が気に入ったらしい。捕まってぷかぷか浮かんでは波にさらわれてひっくり返るという、傍から見ているとドンくさい遊びをエンジョイしている。
食べ足りなかったアルフとリィンフォースは、プレシアや忍におごってもらっていまだにいろいろ食べている。とりあえず、タコ焼きとフランクフルト、それからアメリカンドッグは気に入ったようだ。実のところ、アルフはともかくリィンフォースはほとんど海に入っていなかったりする。
ザフィーラは引き続きリィンフォースの護衛だ。はたから見ている分には、この二人できてるんじゃね? という感じに目と目で通じ合っているが、当人達にはその気は一切ない。シャマルはナンパをうまくあしらって、あれこれおごらせた挙句に放置プレイという、なかなかひどいことをしている。さすが参謀、腹黒い。そんな感じで、皆思い思いに遊ぶ午後であった。
「そろそろ引き上げ時だが、十分に遊んだか?」
一部の人間を抜いてスイカ割りをし、皆でスイカとカキ氷を堪能した後、軽く遠泳的なことをやって戻ってきたあたりで、恭也にそう声をかけられる。ちなみに、スイカ割りは那美が砂地に足を取られて顔面からこけた際に、偶然全体重ののった木の棒がスイカを直撃すると言う形で幕を閉じた。前評判ではアリサかシグナムが割ると思われていたため、やや意外な結末だった。
「うん!」
「だったら片づけはこっちでやっておくから、さっさと着替えてくるように。」
「は~い!」
元気よく返事を返し、とてとてとロッカーを借りた海の家へ群れをなして入っていく。まあ、着替えるといっても、アルフとヴォルケンリッターはシャワーを浴びて塩を洗い流し、バリアジャケットを解除するだけなのだが。
「恭也さん、ご苦労様。」
一足先に着替えを追えた優喜が、付き添いで気苦労だけをかけた恭也に声をかける。
「何、お前たちは手のかからん人間ばかりだからな。ただ、リニスさんに冷房をかけてもらっていたとはいえ、さすがに少々暑くはあったが。」
「来年は気にせず水着になれるように、すずかの家のプライベートビーチに行くことになりそう。」
「正直その方がありがたい。」
「ただ、いくら忍さんの水着姿が魅力的だからって、小学生もいるんだから十八歳未満お断りの展開は無しの方向で。」
優喜の台詞に苦笑する。さすがにそっち方面は普段の趣味ほどかれていないどころか、年相応には滾っているとは言えど、さすがに常識とか良識というものは持っている。二人っきりで人気のない海岸に遊びに来ているならまだしも、小学生を引率している状況でそんな真似はしない。
「どっちかというと、むしろお前がこっちの誰かとそういうことをするようになって欲しい、というのが大多数の意見のようだがな。」
「無茶言わないで。」
それを無茶と言い張る優喜の将来を微妙に心配しつつ、とりあえず肩をすくめて話を終える。今は冗談半分で言っているこの会話が、結構しゃれにならない治療を伴った、割と深刻な問題になるのは優喜が中学に上がってからのことである。
「皆揃ってる? 忘れ物はないわね?」
「ちょっと待って、最後に写真を一枚!」
帰る前の集合写真を撮るなのはに、思わず微妙な表情を浮かべるフェイトと優喜以外の海水浴組。
「アンタ達元気ね……。」
「我らですら、普段使わない筋肉を使って、思ったより疲れているというのに……。」
「鍛えてますから。」
「ね~。」
そんなこんなで、楽しい海水浴はにぎやかに終わりを告げるのであった。