そろそろ夏休みの予定を立てようかという時期の、ある日のこと。
「もう何度同じ事言ってるか分からないぐらいだけど、なのはもフェイトも最近疲れてるわね。」
「アリサ、私甘く見てたよ……。」
「甘く見てたって、何が?」
「アニメの魔法少女が、こんなにハードな暮らしをしてるとは思わなかった……。」
フェイトの言葉に納得する。地球で暮らしていると想像も出来ないが、なのはとフェイトはミッドチルダで、古きよき魔法少女の生活をリアルで行っていたりする。一つ違いがあるとすれば、公的機関である治安維持組織の一員である、という点であろうか?
「ちなみに優喜、なのは達の生活ってどんな感じなの?」
「ん~、とりあえず昨日の日程から上げていこうか?」
そういって優喜があげたのが
・午前五時起床、いろいろ身支度
・午前五時十五分ごろから午前七時前までランニング十キロ(アップダウンあり)、腹筋、発声練習、錬気、聴勁、制御訓練etc
・訓練終了後、朝食と弁当の準備の手伝い
・朝食後放課後まで学校
・塾の時間までミッドチルダで取材
・取材直前に出動、通り魔を取り押さえる
・ぎりぎりに戻って塾
・塾が終わってから夕食まで軽く戦闘訓練(ちなみに最近は発勁の反復練習も含まれる)
・夕食後、宿題をやって入浴就寝
「って感じ。」
「むしろ、アンタが平気なのが不思議ね。」
「鍛え方の違いってことで勘弁して。ちなみに、学校終わるまでと塾に行ってから後ろは、魔力養成ギブスと仮想戦闘シミュレーターを、直接戦闘訓練以外では常にやってるから。」
「それで成績落ちないのは、さすがとしかいえないよね。」
「二人そろって文系の成績はいまいちだけどね。」
優喜の言葉に言わないで、という表情を向ける二人。なのはとフェイトにとって、文系科目の不振は結構深刻なコンプレックスなのだ。
「それで、アンタ達は今日もミッド行き?」
「うん。」
「今日はテレビで新曲発表。」
「どうせまた、何か事件発生してえらい目見るんだろうなあ。」
優喜の言葉に固まるなのはとフェイト。今まで、取材とかテレビ収録とか言うと、ほぼすべて何らかの事件に巻き込まれて出動する羽目になっている。危険度に応じての増減はあるとはいえ、この三ヶ月ほどで出撃手当てを結構稼いでいたりする。
常に悪意を感じるタイミングで事件が発生するが、別に上の連中がなのは達に押し付けているわけではない。七割は移動中に巻き込まれたり、収録中に収録現場近くで発生したりして、単純に一番早く対応できるから対応した、という種類だ。ぶっちゃけ、余計な予算をかけて二人に出動させなくても、駆け出しの職員でもどうにかなるようなものも結構多い。
逆に、どういう訳か、そういったメディア関係の仕事がない時は、出動要請もかからない。フェイトは当然否定しているが、なのははひそかに彼女の引きの悪さに巻き込まれているのではないかと疑っている。
「優喜、それを言わないで……。」
「最近ついに局の制服でも誤魔化せなくなったの……。」
ほんの三ヶ月でミッドで知らぬもののいない存在になってしまった二人。いい加減視線には慣れてきたものの、こんなに簡単に売れて大丈夫なのかと、不安を感じないわけではない。
「ゆうくんは、今日はミッドチルダ?」
「いんや。プレシアさんと通信で打ち合わせしながら、リィンフォースの調整。」
「それって、時間かかる?」
「別に、他の用事を割り込ませられなくもないよ?」
すずかの口ぶりに、なんとなくぴんと来るものがあってそういう。
「じゃあ、今日放課後、うちに来てくれないかな?」
「了解。」
優喜とすずかの会話に、どことなく物欲しそうな視線を向けるなのはとフェイト。
「そんな顔しないの。アンタ達のオフの日には、ちゃんと遊んだげるからさ。」
「うん。」
「オフを作れるようにがんばるよ。」
なんだかんだ言っても遊びたい盛りのなのはたち。彼女たちは知らない。仕事というのは、往々にして張り切って片付けるほどに増えるということを。
「いらっしゃい。」
「お邪魔します。」
月村家。すずかの部屋に呼ばれた優喜は、少し申し訳なさそうなすずかと、テーブルの上に置かれた出どころや製法不明の飲み薬型増血剤から、予想が正しかった事を知る。因みに、用意されている増血剤が怪しいといいきっている理由は、やたらめったら効き目が早いからだ。
「そんな顔しないの。」
「でも……。」
「そろそろしんどいんでしょ?」
「うん……。」
そう言って、差し出された腕に恐る恐る噛みつく。さすがに首筋から直接もらった時に比べれば劣るが、うっとりするほどの美味が口の中に広がる。すずかにとっては極上ともいえる美味に心を奪われすぎぬよう、慎重にすする量を調整して飲みこむ。大体献血より少ない程度の量を飲み終えると、飲みすぎたと思った分にこっそり己の血を混ぜて戻す。
因みに、自分の血を混ぜて戻すのは、忍の言いつけを守ってやっていることで、そこに込められた意味は理解していない。ただ、その行為になぜか少し心が高鳴る事には気が付いている。
「ご馳走様でした。」
「お粗末さまでした。」
いつものことながら、少し酔っ払ったようにとろんとした表情になるすずかに、増血剤を飲んで、自身の気の流れを整えながら答える。
「お疲れ様でした。」
「疲れるような事はやってないけどね。」
ファリンが、いろいろ片付けてから一つ頭を下げる。ドジっ娘の名をほしいままにする彼女だが、やらかしたところで特にこれと言って被害がない時は、どういうわけかあまりやらかさない。
「下で忍お嬢様がお待ちです。」
「了解。」
ようやく正常モードに復帰しつつあるすずかを連れて、一階テラスのテーブルに移動する。
「ご苦労様。」
「いえいえ。」
茶菓子を用意して、ノエルを傍に控えさせた忍が、梅雨の間の晴れ間を楽しみながらお茶を嗜んでいる。二人が席に着くと同時に、ノエルがお茶を用意し始める。
「前々から疑問に思ってたんだけど。」
「何かな?」
「僕の血って、そんなに美味しいの?」
優喜のいまいちピンときません、という様子で発された質問に、どう答えるべきか悩むすずか。そんなすずかに苦笑を洩らし、代わりに正直なところを答える忍。
「そうね。正直、人間のパートナーがいない夜の一族だったら、君の血を飲んだらまず他の血は飲めないでしょうね。」
「そこまでなんだ。」
「そこまでなのよ。基本的に、血の味は体と心の強さが反映される。恭也や優喜君は、そういう意味では人類でも最高峰だし、その時点でまずいはずがないのよね。」
「ふ~ん?」
忍の説明を聞いたすずかの顔が曇る。
「ただまあ、血の味を決めるのって、それだけでもないんだけどね。」
「と言うと?」
「業の深い話だけど、精神的な結びつきが強い相手ほど、血が美味しく感じるのよ。多分、それが不健康な生活を繰り返してきた、堕落しきった怠惰な人でも、恋人だったら君の血より美味しいでしょうね。」
「なるほどね。」
何をどう言われたところで、夜の一族ではない優喜にはピンとこない部分だが、なんとなく納得できる話でもある。ただ、この場での問題は、それを聞いたすずかが、今にも泣きそうな顔をしていることだ。
「ただね。」
「ん?」
「少なくとも、私は血が美味しそうだから恭也を好きになった訳じゃない。好きになった相手が、たまたま私たちにとってとても美味しい血の持ち主だっただけ。」
「それは、言われなくても分かってるよ。そもそも、結局恋愛感情も究極的には本能に根ざした衝動だから、別に肉体目当てでスタートしても、それはそれでいいんじゃない?」
「だ、そうよ、すずか。」
優喜の言葉に、泣き笑いのような顔になるすずか。どうやら、優喜も忍も、すずかが心の奥で悩んでいたことぐらい、お見通しだったらしい。
「それで、優喜君はすずかの事、どんなふうに見てるの?」
「一見大人しいけど、割と強情で、結構考えすぎて動けなくなるタイプの優しい友達、かな?」
「やっぱり、同級生と恋愛は無理?」
「今のところは、同級生でなくても無理。」
先ほどの言葉に照らし合わせるなら、優喜は恋愛感情につながる本能が摩耗している。その上で中身の年齢は二十歳を過ぎているのだから、小学生相手に恋愛感情など、どうあがいても持てはしない。
「まあ、まだしばらくは大目に見るけど、ね。中学に入ってもその調子だったら、君のためにもすずか達のためにも、体に関する隠し事は洗いざらい吐いてもらうからね。」
「……了解。」
いつになく強い調子の忍の言葉に、まじめな顔で一つ頷く。出来れば隠し通したいところだが、帰るために積極的に動いてくれているのは管理局とユーノだけだ。師匠が中学までに迎えに来てくれない限り、優喜が隠している本当の切り札とそのリスクまで話す事になるだろう。何しろ、この件で優喜を問い詰めに来るのは、プレシアと忍と言う頭の回転が速いマッド二人だ。
避けられないであろう受難に思わずため息をつく優喜を、すずかはただ黙って見つめているのであった。
「ユーノが来る?」
「うん。久しぶりに休みが取れそうだから、皆の顔が見た言って言ってた。あとなんか、相談したい事があるんだって。」
「相談ねえ。」
優喜が月村邸を訪問してから数日後の事。最近とんと顔を見る機会が減った友人の名前を聞き、少し首を傾げるアリサ。彼女からすれば、ユーノは相談を受ける側ではあっても、相談を持ちかける側だとは思えない。
「正直、あたし達は向こうの常識とか知らないから、それほど相談相手には向いてないわよ?」
「そこはもう、聞いてみないと分からない話だからなあ。」
「それもそうね。」
どうにも、ユーノから相談を受ける、という状況がピンとこないという表情のアリサを、苦笑しながら見つめるなのは達。
「それで、いつ来るの?」
「明日の放課後だって。みんなの都合が合わなかったら、日付をずらすとは言ってたけど。」
「あら、ちょうどいいわ。明日は塾もないし、ちょうど習い事も先生が用事でお休みだから、時間が空いてるのよ。」
「私も。」
アリサとすずかは、予定が空いているようだ。何気にこのグループ、皆結構忙しかったりするのが浮き彫りになる瞬間である。
「確か、なのはとフェイトは明日はオフだったよね?」
「うん。」
「ここのところずっと立てこんでたから、明日と明後日はお休みをくれたんだ。」
言うまでもない事だが、嘱託といえどもちゃんと休日は設定されているし、有給休暇のシステムもある。休みをくれたというが、実際には本来とるべき代休を設定しただけだったりする。ぶっちゃけ、二人ともデビューからこっち、一日も休んでいないため、小学生の身の上とは思えないほど代休がたまっている。なので、ここいらで少し消化させるべきだと上司が判断したのだ。
因みに、立場は違えど、ユーノも状況は大差ない。ユーノの場合、なのは達のような臨時収入がないのが余計に哀れだ。もっとも、なんだかんだ言いながらも、ユーノは結構したたかに休みをねじ込み、合間合間で遺跡の発掘に行っては趣味で臨時収入を稼いでいるのだから、流されるだけのなのは達と違って中々逞しく生きてはいるようだ。
「そういえば、なのは達ってそんなにすごいの?」
「今のところ、飛ぶ鳥落とす勢いとはこのことだ、ってぐらい凄いかな。」
「今は、物珍しさが勝ってるだけだよ……。」
優喜の言葉に、げんなりしながら突っ込みを入れるなのは。現実問題として、まだ所詮三カ月程度なので、話題だけが先行している状況なのは否定できない。もっとも、手持ちの曲だけでコンサートが出来るようにと、三カ月連続で新曲を発表し、それがすべて次の曲まで売り上げやリクエスト一位を維持している、と言うのは、話題が先行し、勢いだけでどうにかしているというにはいきすぎている感があるが。
「エイミィさんがディスクをくれたし、ユーノが来たときに一緒に見ようか。」
「や、やめてよ!!」
「優喜、それは恥ずかしいよ……。」
「フェイトは雑誌に載った前科もあるんだから、いい加減あきらめたら?」
一年ほど前に発売された、海鳴を紹介する記事が載った雑誌。その話を持ち出されて顔を赤くするフェイト。確かに知らない人間が個人を特定できるような写真ではなかったが、よく知っている人間が見れば一発で分かる程度にはしっかり特徴が写っていたのだ。おかげで、商店街の人たちに散々からかわれて、恥ずかしい思いをしたのは、フェイトとしてはまだ記憶に新しい出来事だ。
「しかし、ユーノの相談事ねえ。」
「大したことじゃない、とは言ってたよ。」
「ユーノ君が大したことないっていうんだったら、たぶん本当に大したことないんだと思う。」
すずかの言葉は、聞き様によっては優喜に対するあてつけに聞こえなくもない。何しろ、こいつの大したことないほど信用できない物はないのだから。
「まあ、全部明日になったら分かるでしょ。」
そろそろ担任が来る時刻になったので、あっさり結論を出して話を終わらせる優喜であった。
「久しぶりね、ユーノ。」
「元気にしてた?」
「ぼちぼちってところかな? 新しく入った人たちも慣れてきたから、よっぽどじゃなきゃ徹夜する必要はなくなったし。」
翌日の放課後。集合場所となった八神家のリビング。めったに顔を合わせる機会のないアリサとすずかが、真っ先にユーノに挨拶をする。何しろ、夜天の書の件でミッドチルダに戻ってからは、はやての誕生日と夏休み終わってから一度、後はクリスマスパーティでしか顔を合わせていない。それも、一日二日程度の時間なのだから、近況が気になるのは当然だろう。
なお、言うまでもないが、ヴォルケンリッターは護衛もかねてザフィーラが狼形態で残っているだけで、他の人間は皆、管理局で絶賛お仕事中である。バリバリ稼がないと、賠償金の支払いが終わらない。なお、ザフィーラ以外にも元防衛プログラムのパックンフラワーもどきが、リビングの隅っこでフラワーロックのごとくうねうね動いているが、既に見慣れているために、誰も突っ込みを入れない。
「アリサ達も元気そうでなにより。」
「あたし達はそれほどハードな生活はしてないからね。」
アリサの言葉に苦笑するしかないなのは達。ハードな生活に慣れてしまったため、仕事がないとスカみたいに感じてしまうのはいろいろとまずいかもしれない。
「そういえば、はやては聖祥に編入しなかったんだっけ?」
「うん。借金返さなあかんから、あんまりお金使いたくないんよ。それに、特別扱いされるんもいややったし。」
「中学受験はするんだよね?」
「おじさんらから散々言われたから、一応がんばるつもりではおるよ。」
「待ってるよ、はやてちゃん。」
はやての言葉ににっこりほほ笑むなのは。
「そういえばさ、ユーノから見て、なのは達ってどんな感じなの?」
「局員の人たちからすると、現状単なる色ものかな。」
「だよね。」
ユーノの言葉にがっくりするなのは。
「でも、すごい人気だよね。メディアにそんなに出てる訳でもないのに。」
「え? そうなの?」
「うん。直接は、週に一本は出てないぐらい。雑誌って言っても、基本的にこっちと同じで月刊誌が多いし。」
「メディア関係のお仕事があるのって、月の半分もないの。」
なのはの言葉に、そんなものなのか、と言う顔をするはやてたち。
「部長がね、私達が管理外世界在住で、義務教育真っ最中だって言う事に配慮して、出来るだけそっち方面のスケジュールは少なめにしてくれてるんだ。」
「の割には、よくテレビで見かけるんだけどね。」
「ニュースで、でしょ?」
「うん。」
取材や収録の回数だけニュースで活躍が報じられるため、わざわざ他の芸能人のように、顔を売るために過密なスケジュールを組まなくても、十分宣伝になる。そこらへんの計算もあって、広報部の部長はあまり無理をさせないようにしているのだ。
「それでも売れてんねんから、公的機関のバックアップって美味しいんやなあ。」
「この場合、バックアップがある事より、犯罪者の逮捕権を持ってる事の方が大きいんじゃないかな?」
「そうね。一般のニュースで、犯罪者を逮捕した事が報道されるアイドルなんて、普通居ないから。」
どちらにしても、公的機関所属の実務もやっているアイドルと言う、物語ではよく見かけるが現実には普通考えてもやらない存在になってしまったことが、二人の人気の秘密なのは間違いないだろう。
「それで、具体的にはどんな感じなの?」
「エイミィさんが、あっちこっちからもらった映像データをディスクにまとめてくれてるから、ちょっと見てみようか。」
「ちょ、ちょっと優喜君……。」
いろいろあきらめの境地に入りつつあるフェイトと違い、最後まで必死に抵抗するなのは。だが、こういう状況では多勢に無勢になるのが基本だ。なのはもその例に漏れず、結局抵抗しきれずにみんなで見る羽目になる。
「わ、なのはちゃんもフェイトちゃんも可愛い。」
「ミッドの歌手はよう分からへんけど、今の日本のアイドルはこんなに歌うまないで。」
「前にも思ったけど、よくなのはの運動神経で、こんなに完璧にダンスを踊れるわね。」
などと、好き放題言いながら、デビュー初日の舞台映像を見る一同。因みにユーノは休憩時間に、後輩の司書がこの番組を見ており、お気に入りの歌手が出るからと一緒に見ていたらこのシーンにあたって、思わずお茶を噴き出しそうになった記憶がある。
そのあとの戦闘シーンは全員が釘付けになってしまい、結構長い事仕事が止まってしまったのはここだけの話だ。なお、終わった後に友達である事がばれ、いろいろ問い詰められたのは、(まだ三カ月ほどしかたっていないが)いい思い出である。
「……。」
「……。」
「……。」
その後の戦闘シーン。なのは達にとっては、割とどうってことない戦闘だったのだが、アリサとすずかからすればそうはいかない。何しろ、客観的に見て、美少女が怪獣相手に優勢に戦闘を進めているという、いろいろ間違った状況なのだ。しかも、常に優勢だった訳ではなく、何度かピンチもあったのだ。そして何より……
「あのね、なのは、フェイト。」
「バリアジャケット、せめて普段のに変えてから戦おうよ。」
「と言うか、そもそもスカートで空中戦をしない!」
スカートで激しい空中戦をしているものだから、下着が何度も見えている。何より問題なのがユニゾン後だ。二人のバリアジャケットは、元々第二次性徴も始まっていない体に合わせた構造になっているため、体形変化に合わせてサイズを変更したところで、根本的な部分でいくつか払うべき注意を払っていない。
具体的に言うと、ノーブラで激しく空中を移動したり、反動や衝撃の大きな砲撃を撃ったりしているのだ。まだ、普段のジャケットはそういう意味では少しましだ。なのはのセイクリッドモードは露出面積が少なく体のラインは隠れるし、フェイトのライトニングフォームは体のラインこそはっきり出すぎるが、高速戦闘のためにあれこれきっちり固定している。そもそも、ユニゾンテストの段階で最初から問題に気がついていたため、実戦で使う頃にはユニゾン用の対応が終わっていた。
だが、ウィンクモード、もしくはウィンクフォームと呼んでいるアイドル衣装のバリアジャケットは、高速戦闘も反動の大きな砲撃も考慮していない。その上、子供の体型では目立たないが、結構大胆に胸元が露出しているため、大人の体型になると派手に揺れる上にいろいろ見えそうでまずい。まだスカートの中身は、アイドル衣装の宿命として見える前提の物をつけているため、それほど問題はないのだが。
悪い事に、その時の二人の体型は現在の姿からは想像もできないほど育っており、ぶっちゃけやろうと思えばグラビアアイドルも出来るぐらいだ。因みに、この問題点はこの戦闘の直後に、局の内部のあちらこちらから指摘が来て、すでに修正済みである。単純に、誰もこのバリアジャケットのままユニゾンして戦うことを想定しておらず、実戦になるまで問題に気がつかなかったのだ。
「この映像、僕がテレビで見たやつと違う。」
「え?」
「色々編集されてるっぽい。たとえば、ユニゾンのシーン、テレビで見たときはアップじゃなかったんだけど、これはアップで二人並列で挿入されてるし。」
「多分、ユーノが見たのって、生中継された映像だと思うんだ。一般的に見られてるのって、この映像らしいよ、エイミィさんいわく。」
優喜の補足に納得する。確かに、生中継では状況がころころ切り替わる上、ユニゾンなんて見ているほうにとっては一瞬なのだから、そのタイミングで拡大とかかなり厳しい。生放送中は、辛うじてユニゾンが終わった直後のなのはとフェイトを順番にアップにするのが限界だった。
「それにしても、ごっついなあ。」
「何が?」
「あのサイズを平気で落とすとか、本気でごっついで。」
はやての言葉に、思わず黙るなのはとフェイト。正直、本体の強さはなのは達の基準では弱いほうだったのだが、とても言い出せる空気ではない。ついでに言うなら、このサイズなら発勁が普通に内臓まで通るので、優喜なら下手をすれば接敵三十秒程度で始末しかねない。
「あの……。」
「何、フェイト?」
「よく考えたら、ユーノって、相談があってこっちに来たんだよね?」
放っておくと延々バリアジャケットの評論と戦闘内容で盛り上がりかねないと判断し、とりあえず水をさすだけさしておくフェイト。
「ん? ああ、そうだった。」
「ユーノ君、相談って何?」
「相談ってほど大したことじゃないんだけど、前にアリサとすずかが、遺跡の発掘に興味があるっていってたよね?」
「ええ。すごく興味があるわよ。」
「私も、どんな技術でやってるのか気になってる。」
二人の返事に一つ頷くと、本題を切り出す。
「事前調査が終わって、トラップの類の解除が大体終わった遺跡があるんだけど、今度皆で覗きにいけないかな、って。」
「え?」
「いいの?」
「うん。あんまり深いところまではいけないけど、それでいいなら、一緒に発掘にいかない?」
相談というより、誘いに来たといったほうが正解だろう。ユーノの言葉に、少し考え込んだ後に重要なことを聞くことにする。
「それって、日程は決まってるの?」
「まだだよ。君たちの夏休みにあわせようと思ってるけど。」
「そうね、丁度いいからアンタ達も夏休みの予定教えなさい。」
アリサに促されて、少し考え込んでからなのは達に話を振る。
「えっとね、私とフェイトちゃんは七月一杯はフリーで、八月頭から中までクリステラでコンサートツアー前のレッスンの詰め、中旬から管理局での研修をはさんでコンサートツアーの予定。」
「私は夏休み一杯、士官学校で幹部教育や。ちょっと抜けられそうにないわ。」
「僕は普通に予定は空いてるね。」
「アタシとすずかはどうとでも調整できるから、行くとしたら七月末?」
そのアリサの台詞に、少しばかり申し訳なさそうにするユーノ。
「ごめん。さすがに七月中に行くのは、ちょっと日程調整が間に合いそうにない。」
「あらら。それじゃあしょうがないわね。だったら、なのは達がソングスクールにいる間に一度陣中見舞いに行く予定だから、その後に行きましょうか。」
「そうだね。ごめんね、なのはちゃん、フェイトちゃん。」
「気にしないで。ただ、せっかくだから、夏休みに入ったらすぐ、皆で海に行かない? はやてちゃんもそれぐらいはどうにかなるよね?」
「そやね。せっかく歩けるようになったし、海鳴に住んでるんやし、海行きたいなあ。」
はやての言葉に、すずかが優しく微笑んで頷く。
「だったら決まり。ユーノ君、それぐらいにお休みは取れそう?」
「うん。予定が決まったら言って。」
「せっかくやから、うちの子らも休み取らせて、皆でいこっか。」
久しぶりに全員そろって遊びにいけるとあって、妙にテンションが上がる一同。特に、なのはとフェイトはアイドルになってから、ほとんど友達と遊べていない。こういうイベントは大歓迎なのだ。
「すずか、フェイトに負けないように気合入れて水着選ばないとね。」
「多分、微笑ましいものを見る目で見られて終わりだと思うんだ……。」
「だよね……。」
などなど、楽しみなイベントにテンション高めにだべり続けるのであった。
いろいろあった海水浴も終わり、遺跡見学当日。高町家のプレシア特製小型転送装置を使ってミッドチルダの中央ターミナルでユーノと待っていた優喜は、月村家の転送装置を使って合流して来たアリサ達を見て微妙な顔をした。
「アリサもすずかも、気合入ってるね。」
「とりあえず、汚れてもいい服と靴を用意してきたわ。」
探検家ルックのアリサとすずかに思わず苦笑する優喜。因みに、例によってジャージだ。
「友よ、せめてもう少しかっちりとした格好は出来ないのか?」
「いいじゃないか、別に。少々汚そうが破ろうが安く済むんだし。」
中年の体育教師のような事をのたまう優喜。どこまでもジャージで済ませようとする優喜に、微妙に匙を投げたような空気を醸し出すブレイブソウル。
「まあ、優喜は地球で遺跡発掘の経験もあるみたいだし、それで大丈夫だって判断してるんだったら別にいいんじゃないかな?」
「極端に暑かったり寒かったりするんだったら、ちょっと対策を考える必要はあるけど、でも、それ言い出したらアリサ達の格好でもそうだしね。」
「あ、気候に関しては気にしなくても大丈夫だよ。日本やミッドチルダほどすごしやすくはないけど、極端な防寒対策が必要だったりはしないから。」
「了解。」
ユーノの言葉に一安心、とばかりにリュックサックを背負いなおす。実のところ、なのは達ほどではないにしても、優喜はそれなりにミッドチルダの通貨を持っているため、必要そうならそのための道具を買うつもりだったのだ。
「それで、今回の遺跡はどういう代物?」
転送装置の順番待ちの間に、遺跡の概要を確認する優喜。事前に資料をもらう予定だったのだが、ユーノの側が休みを作るために忙しくなり、資料を用意できなかったのだ。先ほどの気候対策の話も、結局そこが原因である。
「ベルカ戦争よりかなり前の時代のもので、時空系の研究が盛んだった世界の遺跡。」
「滅亡の原因は?」
「詳しい経緯は不明。分かっているのは、古代ベルカが台頭し始めるかどうかぐらいの時期に、突然ぱたりと住民が居なくなった事。資料もそこで途絶えたもんだから、実在自体が疑われてたんだけど……。」
「ユーノが無限書庫で場所を特定して、今に至る訳か。」
「そういう事。」
律儀なユーノは、殺人的な資料請求の合間を縫って、優喜が元の世界に帰るための手段を、地道に探してくれていたのだ。今回の発見は、その過程で見つけたものである。
「で、今回の遺跡がその文明の物である確率は?」
「少なく見積もって八割ってところ。数少ない資料に記された内容と一致する施設とかがかなりあるから、確定してもいいんじゃないかな、ってレベル。」
「そっか。」
例に寄って、ユーノと無限書庫の組み合わせは強力だったようだ。ユーノで見つけられないのであれば、無限書庫には資料がない可能性の方が高いのではなかろうか。
「それで、遺跡の危険性は?」
「政府の中枢施設と思われる場所の警備システムがいまだに生き残ってるから、その区域だけは上の下ってレベル。致命的なトラップはないけど、当たり所が悪いと命にかかわる可能性は十分にあるから、アリサとすずかはそっちには案内できないかな。」
「分かったわ。」
「私たちは大人しくしてるよ。」
警備システムと聞いて、忍が仕掛けたトラップの数々を連想したらしい。アクティブなアリサにしては珍しく、異を唱えることなく素直に従った。
「そうそう、ブレイブソウル。」
「何かな?」
「せっかく来てもらったんだし、遺跡の中枢の警備システムを攻略できないか、ちょっと試してほしいんだけど。」
「分かった。最近ニートと言われても反論できない状況だった事だし、久しぶりに工具以外の仕事をしようか。」
作られた目的を果たしてお役目ごめんになってしまったブレイブソウルは、高町家に転送装置があることも災いして、すっかりデバイスとしての出番が無くなってしまっている。最近ではナックル、小太刀に続く第三のフォルムの出番しかなく、めっきり使い減りしないアクセサリ製作用工具として使い倒される日々を送っている。
「となると、僕はそっちに付き合えばいいのかな?」
「うん、お願い。優喜にとっては、大したことない警備システムだから、場合によっては力技で突破してくれてもいいよ。」
「了解。」
トラップに引っかかってえらい目にあった人にとっては、かなり聞き捨てならない事をあっさり言うユーノと優喜。
「ねえ、ユーノ。」
「何?」
「遺跡の調査って、そういうものなの?」
「分かってるトラップを力技で突破するってのは、それほど珍しい対応でもないよ。それ以外に方法がないことも多いし。」
地球の遺跡調査と言うと、大体遺構だの何だのを発掘して地層やら何やらで成立年代を調べるという地味なものが一般的で、インディ・ジョーンズが調査しているようなトラップ満載の大型遺跡など、有名なものは大体調査しつくされて枯れ切っている。
ぶっちゃけた話、地球に存在する遺跡の大部分は、月村邸に比べるとものすごく安全な代物だ。そもそも、ユーノが発掘してきた遺跡の中で、そこまで致命的なトラップが満載だったものがどれだけあるのか、そっちの方が気になる。
「しかしよくよく考えたら……。」
「何?」
「トラップだなんだって、かなり物騒な会話してるなあ。」
「まあ、私達の年だと、聞かれてもゲームか何かの話だと思われておしまい、じゃないかな?」
「そうだろうね。」
などとどうでもいい事をだべっている間に順番が回ってくる。手続きをさっくり済ませて、目的の遺跡がある世界にさっくり移動する一同であった。
「えっと、中央の政府中枢ブロックってあれ?」
「うん。」
「じゃあ、ちょっと見に行ってくるから、ユーノはアリサとすずかをお願い。」
「了解。」
ブレイブソウルを持って中枢ブロックに歩いていく優喜を見送ってから、とりあえず安全が確認されているところを一通り案内することにしたユーノ。
「遺跡って聞いてたから、もっと風化してるものかと思ってたわ。」
「ここは遺跡といいつつ、半分生きてるからね。」
「生きてるって?」
「都市としてまだ機能してるんだ。だから、中枢ブロックの警備も生きてるし、建物もそれほど傷んでない。照明とかも入ってるでしょ?」
言われてあたりを見渡すと、確かに言うとおり、いくつかの建物に明かりがついている。
「ユーノ君、この街、いつごろのものなの?」
「見つかった資料からすれば、八百年ぐらい前には人が住んでたみたい。そこから後ろは日誌とか全部途絶えてるんだ。」
「それだけの間、よくこんな綺麗な街が誰にも見つからなかったね。」
「ここは長い間無人世界で、入植が始まったのが五年ぐらい前のことなんだ。しかも、隠蔽機能があって完全に隠れてたから、最近まで見つからなかったんだ。」
隠蔽機能を解除するのに一ヶ月程度かかったと楽しそうに笑っているユーノを、思わず尊敬のまなざしで見てしまう。
「とりあえず、軽く居住区画を見ていこうか。」
「どれぐらいの広さがあるの?」
「この遺跡自体は海鳴ぐらいの広さかな? 隠蔽機能で地下にもぐっている部分まで合わせたら、日本より広いぐらいの面積はあるんだけど、そっちは完全に機能が死んでるみたいでどうやっても上がってこないから、今回は後回しにしたんだ。」
「やっぱり、結構広いんだ。」
ユーノの説明に、ひどく納得した様子のすずか。これだけの規模の都市の住民が、全員一度に忽然と消えたというのがきな臭い。
「……本当に、いきなり人が消えた感じね。」
「うん。」
信号らしき物の前で整然と並ぶ、運転手のいない車の列。何百年も干されたままらしい洗濯物が、かなり風化しながらも辛うじて原形をとどめながら庭先にぶら下がっている。
「飼ってたペットとか、どうなったんだろう?」
すずかの視線の先には、鎖につながれた首輪だけが残った犬小屋らしきものが。そこかしこにこういった人の営みの痕跡が残っている様は、無機物しかないというのに妙に生々しいものを感じさせる。
「……不自然なぐらい清潔なのが怖いわね……。」
「……都市の自動機能は半ば生きてるから、自動的にある程度の掃除と補修はされてるんだ。」
滅びた文明の都市というのは、色々凄惨な様子が残ったものが多い中、これは珍しいタイプだ。もっとも、表面上綺麗な分、かえって不気味で生々しく感じてしまうのだが。
「ねえ、ユーノ。」
「ん?」
「遺跡って、どれもこんな感じなの?」
「こういう、都市がはっきり残ってるのは珍しいタイプ。大体は自然に衰退した、完全に地層に埋もれた文明の物。次に多いのが戦争で滅んだ都市。後、疫病で全滅したようなのもある。」
割合としては自然に衰退したものが多いが、絶対数で言うなら、戦争、疫病、天変地異の三大要因で滅んだ文明の方が多い。技術の暴走で滅んだらしい今回のケースは、なかなかのレアケースだったりする。
「まあ、ここの場合、都市としては滅んでても、文明自体が滅んでるかどうかは何とも言えない。」
「え?」
「ここは時空系の研究が盛んだった文明だから、もしかしたら別の世界で、その末裔が生き延びてるかもしれない。時間移動してて、当事者がまだ普通に生きてる可能性もある。」
「それも含めて、これから調査ってことね?」
「うん。」
知的好奇心を大いに刺激する内容に、しきりにユーノに質問を飛ばすアリサ。その様子を微笑ましく見守りながら、すずかはすずかで気になるところを観察し続けるのであった。
一通り居住区を見て回り、商業区らしき一角を覗きに行こうかという話になった時の事。
「ねえ、ユーノ。」
「どうしたの?」
「あれ、地下道じゃないの?」
「そうみたいだね。」
「あれを通って、残りの隠蔽機能で隠れてる場所にいけないの?」
「ちょっと待って。……まだ、そこまでは調査してないみたいだ。」
ユーノの返事に顔を見合わせるアリサとすずか。その表情に浮かんでいるのは、見てみたいが七で安全に対する疑問が三である。いかにアリサとすずかが年よりはるかに聡明で慎重でも、年相応の好奇心はあるのだ。
「なんか、すごく見に行きたそうな顔だね。」
「個人的には見に行きたいけど、万が一が怖いのよね。」
「私もそう思う。」
「まあ、崩落の危険はそれほどないとは思うけど、地盤のチェックぐらいはしてからの方がいいかな。」
ユーノの言葉に従い、彼が地盤チェックを済ませるまで周囲の様子を観察する二人。やや地盤が緩んではいるが、今日明日崩落するほどでもないとの結論を出したユーノが、待っていた二人に声をかける。
「とりあえず、入り口からちょっとの間は、今日明日崩れるほど弱くはないみたい。」
「そう。」
「見に行く?」
「行っていいのなら。」
顔は全力で見に行きたいと言っているのに、なおも慎重にお伺いを立てるアリサ。その様子に、思わず苦笑しながら了承するユーノ。アリサとすずかなら無茶はしないだろうという判断と、少々のトラブルは自分一人で対応できるという自負、何より時間を稼いでSOSを飛ばせば、すぐに駆け付けられる距離に優喜が居るという妙な安心感から、ユーノにしてはやや安易に判断を下してしまう。
「多分単なる通路だから、トラップとかはないと思うけど、未調査区域だから慎重にね。」
十人ぐらい並んで歩ける広い地下道を、頭上や足元、左右に注意を払いながら慎重に歩いていく。
「分かってるわ。」
言葉通り、出来るだけユーノの傍から離れず、余計なものを触らないように移動するアリサとすずか。たまに視察に来る無鉄砲な偉いさんなどには、出来るだけ見習ってほしい態度だ。
「ユーノ、スイッチみたいなものがあるわ。」
「後で、スタッフ連れて来て調べるよ。触らないでね。」
「分かってる。」
「ユーノ君、もうちょっと先で左右にわかれてるみたい。」
「下手に曲がって道が分からなくなると困るから、今回はまっすぐ、でしょ?」
などなど、いろんなものを目ざとく見つける割に、無茶は一切しないアリサとすずか。二人に自衛能力と多少の専門知識があれば、もう少し踏み込んだ調査もできるのに、と少しばかり惜しい気持ちもあるユーノ。
「それにしても、暗いわね。天井に明かりになりそうなものが見えないんだけど、明かり無しだったのかしら?」
「ここまでの調査で分かってる事から考えると、多分天井全体が光を出すシステムになってると思うんだ。」
「天井に掘ってある溝から光が出るんじゃないかな?」
「見えるんだ、すずか。」
「うん。私はほら、ね?」
すずかの言葉に、少しばかり気まずそうに顔を見合わせるアリサとユーノ。しばらく、懐中電灯の明かりだけを頼りに、辺りに気を配りながらいけるところまで黙々と歩く。
「突き当りね。」
何度かの分岐を無視して歩いて行くうちに、つきあたりにたどり着く。左右に通路が伸びているのを見て、ぽつりとつぶやくアリサ。
「引き返そうか。」
「ええ。」
一応現在位置はマッピングしているが、迷ったり道が崩れたりしては大変だ。ここは安全を最優先に、さっさと引き返すべきだろう。
「そういえば、優喜の方は今どうなってるんだろう?」
「言われてみれば、別行動になってから結構経つわよね。」
「ちょっと連絡取ってみるよ。」
別段なにもなかったことで、少し油断が生まれていた。周囲に対する注意が逸れた結果、アリサの歩き方がややすり足気味になってしまう。結果として、段差とも呼べない程度の段差に靴の裏が噛みこみ、足を取られてこけそうになる。
「あっ!」
人間、それなりに意識していないとまっすぐ歩いているつもりでもだんだん端の方に寄って行ってしまうものだ。彼らもその例に漏れず、油断が生まれた結果、道の真ん中付近を歩くという意識が薄くなり、いつの間にか左の壁際まで来ていた。そのため、バランスを崩すと無意識に壁に手をついてしまうわけで……。
「ご、ごめん、ユーノ!」
「どうしたの、アリサ?」
「バランス崩した拍子に、何かのボタン押しちゃった!!」
「えっ!?」
アリサにしては珍しいミスだ。どちらかと言えば、それをやりそうなキャラは美由希か那美、もしくはファリンであり、彼女達の中でそのポジションに来るとすれば、最大限譲ってもフェイトである。言うまでもなく、フェイトは持ち前の引きの悪さで、後の三人は単純にドジをやらかして、だ。うっかりやらかしそうなシャマルは、案外こういうミスはやらかさない。
きっちり奥までボタンを押しこんだ結果、重々しい音を立てて何かが動き始める。天井の溝に気がついていたすずかが、ところどころに通路を横切るように溝が掘られているのを思い出し、なにが起こるのかを即座に予測する。
「ユーノ君! アリサちゃん! 多分隔壁が下りる!」
「……そうか! 防災シャッターか!」
それを聞いて、大慌てで元来た道を戻る三人。外までは結構な距離がある。大したことないはずの距離が、この時ばかりは絶望的に感じるのであった。
慌てるあまり、ユーノは大きなミスを犯していた。別に、シャッターが下りてしまっても、転移魔法で外に出れば済む話だったのだ。それに、通信もつながるのだから、誰かを呼んで、外から隔壁をぶち抜くか開けてもらえば、大したリスクなしに外に出られるのだ。
だが、いくら頭の回転が速いといえども、そこは場数を踏んでいない小学生。アリサもすずかも、そこまで考えが至らない。ユーノ一人ならそういった判断もできるのだが、アリサとすずかの存在が焦りを増幅させてしまったようで、思わず一緒に走ってしまったのだ。
「ああ!」
「間にあわない!」
目の前で隔壁が下り、完全に閉じ込められてしまう三人。それで終われば、少し落ち着けば、ユーノが魔法で外に出るという手段に思い至っていただろう。だが、昨日が半分死んでいる遺跡の、基本的に機能が死んでいる領域での出来事だ。経年劣化にさらされた天井の構造材が、隔壁が下りた時の衝撃で崩れ落ちる。優喜がこちらの世界に来た時のような大規模なものではないが、子供三人が生き埋めになるには十分な規模だ。
「危ない!」
とっさに気がついたすずかが、アリサを引っ張って飛び退く。だが、完全に崩落範囲から逃げられるはずもない。ユーノがすばらしい反射神経を見せて、広範囲にラウンドシールドを展開する。
「ユーノ君!」
「大丈夫! だけどいつまでも持たないから、誰か呼んで!」
「うん!」
自分のミスを引き金に起こった一連の事故。その衝撃で呆然としているアリサに代わり、てきぱきと行動するすずか。やはりと言うかなんというか、真っ先にSOSを発信した相手は、案の定優喜であった。
「ゆうくん! 天井が崩れて閉じ込められたの!」
『分かった、すぐ行く! ユーノは!?』
「崩れた天井を魔法で支えてるの! でも長くは!」
『了解!』
これで優喜ならすぐに来てくれるだろう。問題は、それまでユーノが持つかどうか。少しでも負担を減らすため、とりあえずアリサを引っ張って安全圏に下がる。
「ユーノ君、どれぐらい持ちそう?」
「分からない! 思ったより瓦礫が重いから……!」
それを聞いて、ざっとラウンドシールドの上に載っている瓦礫を観察する。大半は大した重さもなく、ちょっと衝撃を与えれば魔法の壁に沿って左右に崩れ落ちるぐらいだろう。だが、それをするには上の方に載っている三つほどの瓦礫がまずいかもしれない。
大きさは多分、気合を入れれば手で持てるぐらい。予想される重さは、大人が二人がかりでどける程度。多分キログラム表示で三桁は行かないだろう。現状のすずかでは無理だが、血を飲めばあるいは……。
「ねえ、すずか……。」
「なに?」
青い顔をしたアリサが、絞り出すような声ですずかを呼ぶ。その声に思考を中断し、出来るだけ穏やかな声で、その呼び掛けに応える。
「夜の一族って、血を飲めばいろいろ出来るのよね?」
「うん。」
「あの瓦礫、それでどけたりとかは……。」
「量にもよるけど、多分出来ると思う。」
すずかが考えていた事をズバリ言い当てられ、内心でひどく驚きながらも、辛うじて平常を装って返事を返す。
「ねえ、すずか。」
「なに?」
「あたしの血を飲んで。」
「え? ええ!?」
アリサの突然の申し出に、思わず大声で叫んでしまう。
「すずかが夜の一族の事、すごく気にしてる事は知ってる。こんな事を言うのは申し訳ないと思うわ。でも……。」
「アリサちゃん、無理しなくていいよ。」
「無理なんかしてない!」
すずかのなだめるような言葉に、強く反発する。そして、そのまま思いの丈をぶつける。
「全部、全部あたしのせいなのよ! あたしが注意してなかったから! それなのに、この場ではあたしは役立たずだから、これしかできないから!」
「……アリサ、君だけのミスじゃないんだ。」
「でも、あたしがあのボタンを押してなかったら!」
「遺跡調査じゃ、これぐらいのトラブルはいくらでも起こるよ。大丈夫。優喜が来るぐらいの時間は十分に持つから。」
「すずか! お願い! あたしの血を飲んで! あたしに挽回のチャンスをちょうだい!」
そんなユーノの言葉を聞かず、アリサは真剣な、泣きだしそうな顔ですずかに詰め寄る。アリサの悲壮なまでの覚悟に、躊躇いを殺しきれないながらも頷いてしまうすずか。
「ありがとう、すずか。さあ、ひと思いにガブッとやって!」
「う、うん……。」
服の襟もとを緩め、綺麗な首筋を晒すアリサ。事がここに至っては、いちいち躊躇っている余裕はない。アリサの言葉通りひと思いに牙をつき立てると、必要だと思われる量を急ぎすぎない範囲で手早く飲み込む。優喜には劣るものの、アリサの血の味もそろしく魅力的だ。必要以上に飲みたくなる衝動を意志の力で抑え込み、さっさとアリサの傷口をふさぐ。
「アリサちゃん、ありがとう。ごめんね。」
一言そういい置くと、夜の一族の力を解放する。前に制御訓練で輸血用血液を飲んで解放した時に比べると、けた違いの力が湧いて出てくる。瞳が赤く染まり、身体能力が何倍にも膨れ上がる。
「ユーノ君、衝撃が行くかもしれないから、注意して!」
「うん!」
すずかの警告に、気合を入れてラウンドシールドを強化する。その様子を見ながら、慎重に崩れないように、上から順番にどけていく。三つ目をどけ、残りの土砂を軽い衝撃を与えてシールドの上からすべり落とす。無事にユーノの限界が来る前に作業を終えたことに、安堵のため息をついていると……。
「すずか! 危ない!!」
「えっ?」
アリサの声に振り向き、視線を追いかけると、まだ崩れていなかった瓦礫が、すずかに直撃するコースで落ちてくる。今まさに集中力が途切れたところだったすずかには、これを避ける余裕はない。
「すずか!!」
さすがの夜の一族といえど、これが直撃したら終わりだろう。どこか呆然としたまま、スローモーションで落ちてくる瓦礫を見つめ続けるすずか。ラウンドシールドも間に合いそうになく、ユーノとアリサの顔が絶望に染まる。次の瞬間。
「キャスリング!!」
そんな掛け声と共に、優喜と瓦礫が入れ替わる。すずかの上に落ちる前に、扉のほうに衝撃波を放ち、軌道と姿勢を変えて、何事もなかったかのように着地する優喜。
「ごめん、遅くなった!」
「いや、ばっちりのタイミングだよ。」
「本当に、もう駄目だと思ったわ……。」
完全に腰が抜けて立てなくなる三人を、心配そうに見つめてくる優喜。そんな優喜を、魂が抜けたかのように見つめるすずか。どことなく顔が赤い。
「それで、皆怪我はない?」
「僕は大丈夫。」
「アタシも、ユーノとすずかのおかげで特に問題はないわ。すずかは?」
「平気だよ。ただ、ちょっと緊張が解けて、膝が笑っちゃって……。」
三人の様子に、大した問題はないと判断して一つため息をつき、何かに気が付いたように、すずかの顔を正面から見つめる。
「すずか、もしかして……。」
どうやら、すずかが誰かの血を飲んだことに気が付いたらしい。よくみると、まだすずかの瞳が赤いままだ。
「え? あ、うん。アリサちゃんの……。」
「そっか、ごめん。アリサにもすずかにも、無理させちゃったね。」
「あたしのことは気にしないで。それより、ごめんね、すずか。あんたが気にしてるのを知ってて、自分のミスの清算の為に曲げさせて……。」
「気にしないで、アリサちゃん。私こそ、謝らないといけないんだ。」
「え?」
はとが豆鉄砲を食らったかのような顔をするアリサに対し、少しためらいながら口を開く。
「アリサちゃんの血が、すごく美味しくて……。必要以上に飲みそうになって……。」
「……ありがとう。」
「えっ?」
「あたしのこと、大事な人だと思ってくれて。」
アリサの言葉に、すずかの顔に驚きが広がる。
「どうして……。」
「忍さんがね、教えてくれたの。すずかにとって大切な人の血ほど、飲んだときに美味しいんだって。」
すずかの顔が、複雑な表情にゆがむ。いまいち言うことを聞かないひざに活を入れて、すずかのそばに歩み寄ると、そっと親友を抱きしめるアリサ。
「すずか、ありがとう。」
「アリサちゃん……。」
緊張の糸が切れたのか、声も出さずはらはらと涙を落とすすずか。すずかをぎゅっと抱きしめるアリサ。そんな二人を見守る優喜とユーノ。しばらく静かに時間が進み、再び崩れ始めた無粋な瓦礫に、現実に引き戻される。
「さっさと地上に戻ろうか。」
崩れてきた瓦礫を殴り飛ばしながら、現実的な提案をする優喜。
「そうだね。優喜、瓦礫どけられる?」
「そんなことしなくても、転移魔法で外に出ればいいんじゃないかな?」
「あ、そうか……。ごめん、最初からそうしてればよかった……。」
ユーノの懺悔に、小さく吹きだすアリサとすずか。その様子にもう大丈夫と判断して、珍しく空気を読んで黙っていたブレイブソウルに転移魔法を発動させる。
「今日は、久しぶりにデバイスらしい仕事をしたな。」
「本当にね。僕はあんまり役に立ってないけど。」
「そんなことないよ。ゆうくんが来てくれなかったら、私は死んでたんだから。」
すずかの言葉に、小さくため息をつく。一見美味しいところ持って言ったように見えるが、そもそもあの状況になった時点で、優喜は何も役に立っていない。出来る範囲でという但し書きをつけたとは言えど、優喜的にはすずかへの誓いを果たせてるとはいえない。
「それ以前に、僕が落ち着いていれば、そもそも優喜に助けてもらわなくてもよかったんだよね……。」
「それを言い出せば、そもそもあたしがあのボタンを押さなかったら、何事もなかったはずなのよね……。」
「そういえば優喜、ブレイブソウルの転移魔法を使えば直接飛び込めたんじゃない?」
「転移のときの時差が怖いから、直接飛んできたんだ。キャスリングだったら、タイムロスなしで移動できるし。」
優喜の言葉に納得する。直線ならフェイトを超える優喜のスピードなら、距離を考えれば、普通に移動してキャスリングで移動したほうが、転移魔法より速い可能性は十分にある。ちなみに、優喜のキャスリングアイテムはなのは達のものより若干制約がゆるく、交代先に十分な空間があれば目視できなくても移動可能だ。なお、すずかの上に落ちそうになった瓦礫の位置を、音で特定したのは言うまでもない。
「あれ? ユーノ、ここ……。」
「え? あ、血が出てる。」
「ごめんね、あたしのせいで……。」
「誰だってミスはするよ。だから、ね。」
「うん……。」
一つ頷いて、そっとハンカチでユーノの傷口をぬぐい……。
「え?」
そっと彼の額に口づけをする。
「今日のお礼とお詫び。返品は不可だから、ね。」
「う、うん……。」
事故が起こってから初めて見せたアリサの微笑みに、ただただ見とれるユーノであった。
不定期掲載な後書き
普通にアリサとユーノって相性がいいと思うんだ
とりあえず、いまだにリィンフォース姉妹の相性が思いつかないので誰かアイデアぷりーづ