(何で私、こんなところでこんな衣装を着てスタンバイしてるんだろう……。)
結構な人数が集まった会場の様子を舞台袖から眺めながら、なのははずっと自問し続けていた。色々自分をごまかしながらレッスンを受け続け、目が覚めたらなかったことになっているのを期待していたら新学年の始業式前日にこのイベントを組まれ、目の前に現実を突き付けられたために我に帰ってしまったのだ。
「ねえ、フェイトちゃん……。」
「どうしたの、なのは?」
「私達、管理局の嘱託魔導師だよね?」
「うん。それがどうしたの?」
心底不思議そうな顔で聞き返してくるフェイトに、大きくため息をつきながら思っていることを告げる。
「何で私達、こんなヒラヒラのバリアジャケット着てここにスタンバイしてるんだろう?」
「歌うため?」
「いやまあ、そうなんだけど……。」
なのはが言いたいのは、嘱託魔導師がなぜにアイドル衣装を着て、小規模とはいえステージの上で特殊効果付きで歌わねばならないのかということだが、多分それを言ってもフェイトには通じまい。
「フェイトちゃんはおかしいと思わないの?」
「何が?」
「私達、魔導師ではあっても歌手でもアイドルでもないんだよ?」
「……なのは。」
ようやく、なのはが何を言っているのかを理解したフェイトが、苦笑交じりになのはを見る。
「本職が歌手かどうかは、もうこの際どうでもいいと思うよ。」
「え?」
「どうやって集めたのかは分からないけど、私達の歌を聴きに来てくれた人があんなにいるんだから、クリステラ魂にかけて、聴きに来て良かったって思える歌を歌わないと、ね。」
「……うん、そうだね。」
フェイトの言葉に、疑問はそのまま腹をくくる。嫌だという機会を逃したらしいというのは、もうこの状況で十分理解出来た。余興の練習のとき、よく分からないままひらひらの衣装を着せられて喜んでいた自分を殴ってやりたいが、全て手遅れだ。ならばせめて、クリステラソングスクール出身者として、目の前の観客を沸かせて帰るしかないだろう。
「それにしてもフェイトちゃん。」
「ん?」
「よく平気だよね。緊張してる様子もないし。」
「そうかな?」
「うん。凄く落ち着いてるように見えるよ。」
なのはの言葉に淡く微笑むと、その手を取って胸に当てる。
「緊張は、してるんだよ?」
「あ、ほんとだ。凄くドキドキしてる。」
「ただ、あそこにいる人たちと、直接お話をするわけじゃないから。」
フェイトにとって、舞台は舞台と言うことらしい。普通に考えたら、大人数に見られる部隊の方がはるかに緊張しそうなものだが、フェイトにとっては、知らない相手と一対一で話をさせられる方が緊張するらしい。人見知りと言うのは面倒なものだ。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、そろそろ出番だよ。」
「は~い。」
「行ってきます。」
エイミィに促されて、マイクを受け取って舞台に上がる。観客と向き合った瞬間、なのはの中のスイッチが入り、一時的に疑問がすべて消えさる。
「今日は私達のために、忙しい中足を運んでくださって、ありがとうございます。」
なのはとフェイトの、なのはにとっては黒歴史にしたい種類の輝かしい伝説は、公式的にはここからスタートしたのであった。
何故になのは達がアイドルのまねごとをしているのか。事の発端は、リィンフォースが本格修理のためにアウトフレームを解除する前日、プロジェクトの第二フェイズ壮行会での事。
「しかしまた、えらく顔ぶれが豪華だな。」
出席者を見渡して、クロノが胃の辺りを押さえながら言う。ユーノは先日興味をそそられる遺跡の資料を見つけ、発掘にいってしまったので、今日はこの場にいない。
「そうなの?」
「ああ。君がどう考えているかは知らないが、陸と海の事実上のトップに加え、伝説の三提督に聖王教会の教皇と枢機卿まで来ているとか、普通にあり得ない光景だ。いくら夜天の書の修復が歴史に残るプロジェクトだと言っても、次元世界の中枢に近い人間をここまでかき集めてパーティをするなんて、本来あり得ない事だ。」
「って言われてもねえ。僕にとっては、全員気のいい爺ちゃん婆ちゃんみたいなもんだし。」
「だから、それがおかしいんだと言っているんだ。」
ぶっちゃけ、管理局とも教会とも一定の距離を置いている優喜としては、えらいさんかどうかなどあまり関係がない。人生の大先輩としていって、また大きな組織で上に上った人間として、一定以上の敬意は払っているが、あくまで人間として敬意を払っているだけだ。
向こうも向こうで、どこかの組織に所属する気がない事を知っているからか、優喜に私利私欲のために自分達を利用しようとする気が無いからか、普通の年寄として接している節がある。教皇や枢機卿に至っては、軍人将棋などのマイナーなテーブルゲームの相手扱いだ。
「それで、なのはとフェイトが余興で歌うことになってるらしいんだけど。」
「歌が上手いというのは聞き及んでいるが、なのははともかくフェイトが人前で歌えるのか?」
「あ~、そこはフィアッセさんたちの教育の成果というか……。」
苦笑がちに優喜が答える。
「まあ、見れば分かるよ。」
「百聞は一見にしかずか……。」
「そういうこと。」
「優喜は何もしないのか?」
「僕は余興向けじゃないから。」
優喜の返事に苦笑する。
「それで、出番はいつなんだ?」
「さっき準備に行ったから、そろそろじゃない?」
「そうか。」
などと話していると、司会をやっている幹事の局員が次の出し物を宣言する。思ったとおり、次はなのはとフェイトらしい。
「今回の衣装、私がコーディネイトしてん。」
「ふうん?」
唐突に声をかけてきたはやてに返事を返して振り向くと、彼女の車椅子を押すのはクロノ的にはとんでもない人物だった。
「く、クローベル統幕議長!?」
「無礼講ですよ、クロノ。」
「そ、そう言われましても……。」
畏まるクロノを放置し、ステージに意識を向ける優喜。わざわざ会場の明かりを少し落とし、スポットライトまで用意するあたり、無駄に手が込んでいる。
スポットライトに照らされた二人は、ゴスロリ(日本発祥)をベースに、公序良俗に反しない程度に大胆に肌を露出させた、左右非対称の無駄に凝ったアイドルドレスである。ちなみに二人並ぶと左右対称になるようにデザインされており、色はお約束どおりなのはは白で、フェイトは黒だ。二人の可憐な容姿によくマッチしており、普段とは違う、ある種の妖艶な魅力すら振りまいている。
「一応確認しておくけど、あれ。」
「言うまでもなく、バリアジャケットやで。振り付けとか歌詞はともかく、ステージ衣装まで本家と同じやと訴えられたら負けるから、あえて衣装はオリジナルや。」
「別に、誰も訴えないとは思うけど……。」
などといっているうちに、イントロが流れ始め、某アイドルデュオの、おしゃれ泥棒というタイトルの歌が始まる。
「……。」
「……。」
なのはが第一声を発生した瞬間、会場が水を打ったように静まる。Aメロのうち、なのはが担当するパートが終わると同時に歓声が上がり、フェイトが担当するパートが終わるころには、完全に会場が一体化する。
完璧なダンスと共に一番を歌い終わったところで、二人は比較的耐性のある身内以外を完全にとりこにしてしまった。もはや魔導師なのかアイドル歌手なのか、分かったものではない。
「驚いたな……。」
呆然とクロノがつぶやく。そのクロノの様子に苦笑しながら、ステージの上の二人を見つめる。技量もさることながら、二人とも実に楽しそうに歌っているのを見て、何となくうれしくなってくる。
完璧なユニゾン―この頃から、アイドルグループの歌はハーモニーでは無くユニゾンの方が多くなってくる―を見せて最後のサビを歌い終え、会場をスタンディングオベーションさせた二人が、小さく一礼して舞台袖にはける。会場が温まりすぎて、次の出し物がやり辛いだろうなあ、などと余計な事を思っていると、ぽつりとはやてがつぶやく。
「今思ってんけど……。」
「ん?」
「歌って踊れて砲撃もできるアイドル局員って、すごく新しない?」
「それだと、フェイトは歌って踊れてマニューバもできるアイドル局員ってことになるの?」
「いや、そこは歌って踊れてアーマーパージもできるアイドル局員やと思うで。」
予想通りと言うかなんというか、はやての発想は例によって例の如く、割とどうでもいいものだった。だが、この割とどうでもいい発言が、強すぎて使い勝手が悪すぎる二人の立ち位置を決めてしまう、とても重要な発言になってしまうとは、口に出した本人も思いもよらなかった。
「なんだか、日本の日曜朝に放送されてるヒロインアニメみたいね。」
「おろ? ばっちゃんそういうの好きなん?」
「孫娘が第九十七管理外世界のアニメが大好きなのよ。私もよく一緒に見せてもらってるわ。」
この発言を聞いたあたりで、微妙に嫌な予感を覚えた優喜とクロノは、実にいい勘をしていたといえる。
「統幕議長、その話、詳しく聞かせていただけますかな?」
「あの二人の運用について、素晴らしいヒントになるかもしれません。」
いい年をしたオヤジが二人、はやてのつぶやきからスタートした一連の会話をしっかり聞いており、使い勝手の悪い二人の使い方として、真剣に検討していたのだから。
「「広報部に配属?」」
「うむ。」
「君達二人の配属について、局内でいろいろもめている事は知っているね?」
グレアムの言葉に顔を見合わせ、とりあえず一つ頷く。この話が出るまでに何度か、休みの日に武装隊などで演習を行っていたが、結果は散々だった。
まず、普通に部隊の一員として混ざった場合、周囲の隊員のレベルに合わせる必要があったため、二人が持っている技量を全く生かしきれずに埋没。何のためのオーバーSランクなのかが分からない状態だった。かといって、指揮をさせると言ったところで、二人とも士官教育などまともには受けていない。結局、せいぜいタフな一般局員以上の運用は出来ない事がはっきりとしてしまった。これでは部隊編成を圧迫するだけで、宝の持ち腐れである。
二人を別々の隊に分けての模擬戦がまたひどく、なのはとフェイトの戦闘、その流れ弾で次々に他の隊員が落とされていくという情けない状況に陥った。そもそも、オーバーSランクの実力が拮抗した人間が正面からぶつかって、周囲に気を配る余裕などありはしないのだ。それでも後で記録をチェックしたところ、二人ともなんやかんやいいながら、味方には一発も流れ弾を当てていないのだから恐れ入るしかない。
唯一まともにできたのが、単独もしくは二人で組んでの仮想敵。やりすぎることなく、かといって甘すぎずといい塩梅に弱いところをついてしごきあげてくれたが、年齢一桁の少女にあからさまに手加減された揚句に、大量に欠点を指摘された側はたまったものではない。思いっきりへこんで復活に時間がかかった局員が続出し、二人の配属の難しさを改めて浮き彫りにした。
「一般的な部隊では、人員を圧迫するだけで宝の持ち腐れにしかならん。かといって、二人とも戦技教導隊送りと言うのはあまりにも芸がない。」
「そこで、保有戦力協定に引っかからない、単独運用が可能な手段を検討した結果……。」
言いながらグレアムが資料を投影する。そこにはスーパーヒロイン計画と言う突っ込みどころ満載なタイトルが。
「君達を広告塔として利用しよう、と言う事になった。」
「え~っと、あの、よく分からなくなったんですけど……。」
「要するに、実戦投入可能なアイドルとして、君達を芸能界にデビューさせようという事に決まった。」
「……芸能界?」
あまりに斜め上にすぎる単語に、思わず間抜け面を晒すなのはとフェイト。ただし、なのはがなに言ってるんだろうこの老人は的な理由なのに対し、フェイトはそもそも芸能界って何? という根本的な常識の欠如が原因だったりするが。
「因みに、可能かどうかについてはすでに検討済みだ。」
レジアスが、資料を切り替える。スクリーンに映ったのは、第二フェイズ壮行会での、二人のステージ映像だ。記録が残っていたとは思わなかったらしい。なのはもフェイトも、冷や汗をかいている。
「……冷静に第三者としてみると……。」
「……私達、結構恥ずかしい事をしてるよね……。」
顔見知りばかりでの余興で、なにをやらかしたところで誰も気にしないからこそできたようなものだ。少なくとも二人はそんな風に思っていた。だが……。
「これを、ネットワークに流して反応を確認し、ついでに広報部のコネを使ってあちらこちらから意見を集めてきた。」
「結論として、つけるプロデューサーと予算の使い方さえ間違えなければ、十分に売れると判断し、GOをかけることにした。」
いい年こいたおっさん二人が、大真面目に明後日の方向に向いているとしか思えない事を言ってのける。そもそも、許可もとらずに勝手に自分達の映像をネットワークに流すとか、肖像権とか個人情報とかそういう観点でどうなのかと思う事を、治安維持組織の人間が勝手にやっていいのか?
「ふむ。高町夫妻やプレシアどのが君達が許可をくれたと言っていたのだが、なにも聞いていないのか?」
二人の様子を見て、さすがに不審なものを感じたらしい。レジアスが怪訝な顔をしている。士郎と桃子が珍しく超次元通信をしている事があったが、どうやらこの件について話し合っていたらしい。
「まあ、この段階では個人情報が特定できないようにいろいろ工夫しておる。第一、この時はバリアジャケットの機能でメイクもしているから、余程の人間でもなければ素顔を見て気がつくことはなかろう。」
「ここに来るまでに、別段妙な視線を集めたりとかはしていなかっただろう?」
年寄り二人の言葉に、不承不承頷くなのはとフェイト。因みに、ネットワークに流したものは、そのよほどの人間対策に不自然にならないように顔をぼやけさせ、音質はともかく画質は割と落としたものを流している。
「あの、根本的な疑問があるのですが、いいですか?」
「ああ、何でも聞いてくれたまえ。」
「私たちは、アイドル活動だけをやるんですか?」
「いや、違う。君たちは、テレビ番組の収録やコンサート、学業の合間の空き時間を利用して、手近な事件の解決に協力してほしい。」
しれっと無茶ぶりをしてくれるグレアム。管理局の魔導師戦力とアイドル歌手。どちらも片手間でできるような内容ではあるまい。
「我々も最大限バックアップする。メイクやエステ、その他広報活動に必要なものはすべて必要経費でかまわない。楽曲の売り上げは無論印税契約もするし、コンサートも集客や収益に応じた歩合で手当てを出そう。」
「また、魔導師としての出動一回ごとに危険手当の用意もある。資格が取りたければそれについても考慮する。」
やけに好待遇だ。末端の武装局員が聞けば暴動を起こしかねないレベルである。とはいえ、それだけ二人に求められていることが難しいのも事実だ。
アニメや特撮のスーパーヒロインなんて、現実にやるとなればこれぐらいのバックアップは最低ラインなのだから。
「申し訳ないが、君達に選択の余地はない。」
「なに、失敗してもこの年寄りどもの顔がつぶれるだけだ。お前たちは上司にやらされたと言っておけば問題ない。」
などと好き勝手なことを言って押し切ってくる。結局いくら実年齢より聡明で精神年齢が高かろうと、経験やら何やらの差はいかんともしがたく、よく分からないうちに「快く」引き受けた事になってしまったなのはとフェイトであった。
「まったく、無茶を言う年寄りだ。」
同じ日の時の庭園。打ち合わせが終わり、はやての経過観察を待っている間に、なのはとフェイトの話を聞いていた優喜が、思わずそんな感想を漏らす。
「そういうんだったら、何とかしてよ。」
「優喜……、私、ステージの上ではともかく、それ以外の場所で普通に受け答えする自信ないよ……。」
「あ~、そうだろうなあ。」
なんとなく、プレシアがフェイトに黙って、今回の件を勝手に了承した理由が分かってしまった。この荒療治がうまく行けばいいのだが。
「まあ、何事も経験だし、僕らぐらいの年齢でのやんちゃは、大体皆見なかったことにしてくれるし。」
「そう言って、後から掘り返すのが年長者だという事は、なのはの乏しい経験でもよく分かってるのです!」
「年長者だけとは限らないけどね。」
優喜の台詞に、思わずじっとりとした目で彼を見るなのは。ぶっちゃけた話、この件に関しては優喜は年長者と同列の存在だ。
「とりあえず、この件に関して、僕に出来ることは何もないよ。せいぜい、アクセサリの一つでも作る程度だし、それだって注文なしでやるのはちょっとね。」
「え~?」
「いやだって、こっちが出した条件を考えたら、これ以上は余計なこと言えないし。」
「そんなあ~。」
どうやら、なのはは心底嫌らしい。あまりの嫌がり方に、少しばかり好奇心がわく。
「なのは、どうしてそんなに嫌なの?」
「なんでって言われても……。」
どう言っていいのか分からず、思わず口ごもるなのは。明確に言葉に出来ない種類の、どちらかと言えば本能に属する部分が拒絶している感じなのだ。だが、あえて言葉にするなら……。
「私の中の何かが、芸能活動なんてうまくいきっこないって訴えてるの。恥かくだけだからやめておけって。」
「あ~……。」
その声は重要だ。人間、結構本能だの直感だのに属するものによる判断は正確だ。そこで納得しかけた優喜だが……。
「なのは、多分それは本当の理由じゃないんじゃないかな?」
「え?」
何と、フェイトが異議を唱えてきた。
「なのは。少なくとも私たちにとっては、歌手だろうが魔導師だろうが関係なく、なのははなのはだよ?」
「あ~、なるほど。」
フェイトの言葉で、なのはがためらう本当の理由をようやく理解する。どうやら、なのは本人もそうだったらしい。なにしろ、高町なのはと言う少女は、一時期家の中でも孤立していたのだ。高町家の最年少だというのに、まだ小学生にもなっていないというのに、さまざまな事情で家族からほとんど顧みられることなく過ごしていた時期があった。
あの時期に関しては、タイミングが悪いとしか言いようが無かったのだ。そうなってしまった理由が解決し、優喜とフェイトと言う、家の中で一緒に行動する相手も出来た今、彼女はそのかつての孤独感を完全に忘れることができたが、孤立する事、自分を自分としてちゃんと見てくれない事に対するトラウマは、今もなお根深く残っているようだ。
「まあ、何か言われたら、僕かアリサにでも泣きついてくればいいよ。原因をどうにかする事は出来ないだろうけど、愚痴を聞いたりは出来るから。」
「うん……。」
まだ納得できてはいないようだが、とりあえず腹はくくったらしい。文句を言うのはやめることにしたなのは。
「何の話してるん?」
「あ、はやて。」
「お疲れ様。」
ようやく検査が終わったはやてが、リニスに車椅子を押されて出てくる。本来はヴォルケンリッターの誰かがやるべき役割なのだろうが、彼らは現在借金返済のために、管理局でこき使われている最中だ。もっとも、彼らの技量からすれば、危険の割には実入りがいい仕事が多いうえ、闇の書事件の間は戦闘らしい戦闘がほとんど無かったこともあって、とてつもなく張り切っている。
いろいろ複雑な感情はあれど、ヴォルケンリッターが管理局で頑張った結果、本来出るはずだった怪我人が減っているのは事実だ。まだ二月ほどではあるが、彼らは着実に受け入れられ始めていた。
「それでどうだった?」
「今のところ、これと言って悪影響は無しや。リハビリの方はぼちぼち、言うところかな?」
「ならよかった。書をばらしたせいではやてに何かあったら、本末転倒もいいところだからね。」
「まあ、そうなったとしても、文句は言わへんよ。何もせえへんかったら死ぬか封印されるかのどっちかやってんから。」
はやての言葉に、表情の選択に困るなのはとフェイト。そんな二人ににっと笑いかけると、話をもどす。
「そんで、さっきまで何の話をしとったん?」
「ん? ああ。なのはとフェイトの配属の話。」
「あ、やっと決まったんや。どこになったん?」
「広報部。」
優喜の台詞に、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をするはやて。さすがにいくらなんでも、強力な魔導師二人を広報部に配属するなどと言う斜め上の展開は、まったく予想だにしていなかったらしい。
「いやまあ、なのはちゃんもフェイトちゃんも平均をぶっちぎって可愛いから、客寄せには向いてるんやろうけど……。」
「因みに、今回の配属については、はやても原因の一部だから。」
「なにその濡れ衣!?」
「いやだって、コンセプトが歌って踊れる戦闘魔導師としてアイドル活動、だもん。」
「あ~! そういう事かい!」
確かにそういう発言をした覚えがある。ありすぎるほどある。
「ギル小父さんも、無茶しよるなあ。」
「まったくだ。」
「はやてちゃん、グレアム提督に言って、どうにかできないかな?」
「それとこれとは別問題や。それに、私も残念ながらリハビリ終わったら研修受けて局に入局やし、自分の事で便宜図ってもらうだけで精いっぱいや。」
親友だと思っていたはやてにまで裏切られ、ずどーんとへこむなのは。その様子に穏やかに苦笑するフェイト。
「そういえば、フェイトちゃんは平気そうやな?」
「ん~、そういうわけじゃないけど……。」
そこで、どことなくピンと来るものがあるはやて。
「ごねたら優喜君に嫌われる、みたいなこと言われた?」
「……違うよ?」
どうやら、近い事を言われたらしい。一度やっておいて何だが、いい加減フェイトは、優喜を引き合いに出されると、無条件で指示に従ってしまう性質を何とかした方がいい。
「まあ、これでも、私は私なりに思うところはあるんだよ?」
「もしかして、美容とかファッションを局のお金で仕事の名目で勉強して、優喜君を骨抜きにして帰る気をなくさせようとか、そういう計算高い事考えたとか?」
はやての発言にきょとんとするフェイト。仕事の名目で勉強、はむしろアリサが考えそうなことで、優喜を骨抜きに、はすずか、と言うより忍が考えそうなことである。第一、いかに頭がよかろうと、なのはやフェイトにそういう方向性での計算は無理だ。
「ねえ、はやて。」
「なに?」
「私が美容やファッションを勉強したぐらいで、優喜が元の世界に帰るのをやめてくれるの?」
「……ごめんなさい、私の考えが甘すぎました。」
よもや当のフェイトにそこを指摘されるとは思わなかった。そういう意味で、自分の甘さを正直に認めるはやて。天然ボケのくせに妙なところで鋭く正しいのだから、とても始末に負えない。
「まあ、フェイトの思うところはともかくとして、一度やるだけやってみたら? どうしても嫌だったら、わざと失敗するのも手だし。」
「頑張って失敗するのはともかく、わざと失敗するのは嫌だよ。」
「じゃあ、やれるだけやってみるしかないよ。」
「……。」
「大丈夫。どう転んだところで、僕もはやてもなのはの味方だから。」
「うん。……そうだね。やっぱり嫌なことでも、失敗するなら全力でぶつかって失敗したい。」
かつて、ジュエルシード回収中に、一度折れそうになった時のことを思い出して、覚悟を決めなおすなのは。後にこの芸能活動への覚悟を、早まったことをしたと後悔するのだがそれこそ後の祭りである。因みに、最初に覚悟を早まったと後悔したのは、デビュー前の歌のレッスンに、講師としてフィアッセが現れた時だった事をここに記しておく。
そして時は進み、冒頭のコンサート終了直後。
「……もしかして、やっちゃったかも……。」
舞台袖でスイッチが切れ、温まりすぎるほど温まった客席を見て、愕然としながらつぶやくなのは。さすがの管理局といえども、初めての分野でいきなりメインで大舞台を踏ませるような無謀な真似は出来なかったようで、とある生放送の歌番組の、前座的なコーナーで一曲披露したのだ。
「なのは?」
「やっちゃったって、大成功じゃない、なのはちゃん。」
「だから、やっちゃったかもって……。」
こう、テーブルに両手をついてがっくりした様子を見せるなのは(アイドル仕様のバリアジャケット着用)。大成功だと、なにがやっちゃったのかがいまいち理解できないエイミィ。
「エイミィさん、私達ステージの上で、どんな事口走ってました?」
「もしかして覚えてないの?」
「ごめん、エイミィ。私もいまいち覚えてないんだ。」
「フェイトちゃんまで……。」
二人とも、舞台の上では完全にスイッチが切り替わるタイプらしい。と言うか、素の性格から考えて、スイッチが完全に切り替わっていないとやってられないだろう。
「凄く堂々と受け答えしてたよ。フェイトちゃんは相変わらず天然っぽかったけど、それもすごく受けてたし。」
「そ、そうなの?」
「本気で記憶が飛んでるよ……。」
目を白黒させているフェイトと、ますます深く沈みこむなのは。
「ねえ、なのはちゃん、フェイトちゃん。逆に覚えてることって何?」
「「歌ってる間は楽しかったこと。」」
「うわ……、重症だ……。」
そんな二人を生温い目で見るエイミィ。言うまでもなく舞台袖でそんなことをしていれば、関係者には非常に目立つ。出演者やスタッフが、そんな彼女達に胡乱な視線を向けていた。もっとも、そうでなくても管理局本局の制服を着ているエイミィは、本人が自覚するぐらいには目立っているが。
「そういえば、優喜は?」
「今聖王教会だって。」
「そっか。」
「歌を聞いてもらえなくて残念なような、見られてなくてほっとしたような……。」
優喜の不在を聞いて複雑な表情を見せるなのはとフェイト。
「そういえば、割と自然だったから気にしてなかったけど、エイミィさんってここにいて大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。リンディ艦長の命令だから、二人は気にしなくても大丈夫だよ。」
なのはとフェイトのバックアップのために、少しの間エイミィが付き人的なことをすることに決まったのだ。本来はアルフも来る予定だったのだが、無限書庫に大量の資料申請がクロノ以外から来たこともあり、ユーノから泣きつかれてリニスと一緒に手伝いに出向中だ。なお、リーゼ姉妹も手伝いに出向中である。
「そもそも、今アースラはドッグ入りで当分出航する予定はないし、必要な書類も大体方はついてるし、クロノ君は優喜君とは別件で聖王教会だから私の出る幕はないし。」
「そうなんだ……。」
「そうなの。それで、この後の予定はどうだったかな?」
なのは達のせいで温まりすぎて妙にやりづらそうな舞台を尻目に、邪魔にならない隅っこのほうで予定を確認していると……。
「え?」
「緊急出動要請?」
同時にレイジングハートとバルディッシュにも同じ通知が来る。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、いける?」
「はい!」
「もちろん!」
「じゃあ、飛行許可は取ってあるから、急いで! 場所と詳細は移動中に説明するから!」
「「了解!」」
エイミィの号令に敬礼を返し、ステージ衣装のまま舞台袖を飛び出す。二人を見送ってから、番組プロデューサーに事情を説明しに行くエイミィ。
「エイミィさんだったかな?」
「はい。」
「その様子、こちらで生中継しても問題ないかな?」
「えっと、ちょっと待ってください。上に確認します。……許可が下りました!」
「撮影班! 今の新人二人にサーチャーを回せ!」
急激にあわただしくなる収録現場。スタッフのあわただしさが舞台袖の出演者に伝染し、見学者が異変に気がつく。エイミィから受けた説明通りなら、どうせ緊急速報をはさむ事になる。プロデューサーは司会者にカンペで指示を出し、緊急生中継に切り替える。
「……もしかして、結構大ごとになっちゃった?」
事実上番組を乗っ取ってしまった事に思わず冷や汗をかきながら、二人の状況をモニターする事に無理やり集中するエイミィだった。
「フェイトちゃん、あれ!」
「結構大きいね。」
番組が緊急生中継に切り替わったのと同時刻。なのはとフェイトは目標を射程圏内にとらえていた。管理局でも屈指の速さを持つフェイトと、旋回能力はともかくトップスピードではフェイトに匹敵するなのはの、面目躍如とも言える到達速度である。
目標は五十メートル級の翼竜。大自然ならともかく、街中でそんなものが飛びまわった日には衝撃波だのなんだのでえらい事になってしまう。しかも、どうやら召喚能力でもあるらしく、猛々しく吠えると多数の小型の同種族がわらわらと湧いて出てくる。
「エイミィ! 目視だと状況が分からない!」
「一般市民の避難は!?」
『一般市民の避難は完了したとの報告あり! ただし、その過程で地上部隊に少なくない被害が出てる! あと、首都防衛隊と航空隊は別件で出動中、到着が遅れそうだって!』
つまるところ、要するにあれを自分達だけで仕留める必要がある、と言うことだ。相手が暴れている場所が広い公園の上空であり、呼び出される眷族が平均で三メートル程度、大きくても十メートルに届かない小粒の相手である事が、不幸中の幸いとしか言いようがない。
「っ! なのは、来た!!」
敵の群れの一部が、二人の方を向き突撃してくる。距離はあるがチャージなどのもろもろを考えると、たとえ一ミリ秒程度の硬直とはいえ、ユニゾンをしている時間的余裕はなさそうだ。
「ユニゾンしてる暇はなさそうだね、フェイトちゃん!!」
判断ミスに歯噛みする。移動中にユニゾンする時間ぐらい、いくらでもあったのだ。そして、ユニゾンしていればカートリッジもフルドライブも使えるのだから、あの程度なら一分かからず制圧できるのだ。
「まずは取り巻きを全滅させて数を減らして、飽和攻撃でユニゾンする隙を作ろう!」
「了解!」
『なのはちゃん、流れ弾の被害が怖いから、砲撃を撃つ時は出来るだけ下から撃ちあげて!』
「分かりました!」
エイミィの指示を受け、相手の集団よりやや低い高度を保つ。まずは注意を引く必要がある。フェイトの突撃に合わせて、ディバインバスターを三射。ここら辺はもう、基本パターンの一つだ。
牽制程度の感覚で放ったバスターだが、それでも群れの大部分を一撃で消し飛ばす程度の効果はあったらしい。フェイトのフォトンランサーでも消えるところを見ると、一定以上のダメージを受けると元の世界に戻される、が正確なところだろう。
「なのは!」
「うん!」
敵の群れから、大量の火炎弾が飛んでくる。敵の反撃を、二人同時に大量の弾幕を張って相殺、潰しきれなかった分を散開して回避する。流れ弾の被害が怖いので、避けた火炎弾はなのはが誘導弾で迎撃する。なのはが後始末をしている間に、フェイトがさらに大量の弾幕を張りつつ、複雑なマニューバを駆使して敵の群れに切り込んでいく。
「サンダーレイジ!」
発動が早く、攻撃範囲の広いフェイトの切り札の一つ。かなりの数を掃除することに成功する。初手と次の手で一気に数を減らされた翼竜(大)は、再び眷族を呼び出そうとする。それを見切ったなのはが、ピンポイントの砲撃で相手の呼吸を乱し、召喚を阻止する。
「なのは、ナイス!」
「反撃が来るよ、フェイトちゃん!」
怒りに燃えた翼竜(大)が、大規模な火炎放射を行おうとする。拙いと感じたなのはが、相手の射線の正面に立ち、ラウンドシールドを展開しながら、普段より高い出力で砲撃をチャージする。
「ディバインバスター・フルバースト!」
カートリッジを用いない、なのは単独の攻撃としては二番目の威力を持つ大技。本来は魔力の壁に見えるほど拡散させて、広範囲を一気に押しつぶすタイプの砲撃なのだが、今回は防御的な使い方をするため、相手の火炎放射と同じ程度の太さに絞り込み、真正面から押しあう。
数秒間、威力が拮抗する。その間に近辺の取り巻きからの攻撃が大量に被弾するが、そもそも展開したラウンドシールドは、本命の火炎放射に耐えるための特別製だ。雑魚の火炎弾ぐらいで抜けるような、やわな防御力はしていない。
「なのは、大丈夫!?」
撃ち漏らした火炎弾が何発か当たったのを見て、心配そうに聞いてくるフェイト。
「このぐらい、大したことない!」
なのはの言葉の通り、出力をさらに二割ほど上乗せして押し出すと、それだけで相手の火炎放射は押し返され、吹き散らされる。残念ながら本体に砲撃は当たらなかったが、防御という点では完璧な成果をあげたといえる。
その間に取り巻きの大半を仕留め、残りの掃討に移るフェイト。とにもかくにも雑魚を掃除しないと、本体の始末に支障が出る事夥しい。
「フェイトちゃん、後ろ!」
「えっ? あう!!」
残りの一体を仕留めたところで、翼竜(大)の尻尾に弾き飛ばされてしまう。追撃に移りかけてなのはの砲撃に邪魔され、いらだたしげに吠える翼竜。
「フェイトちゃん、大丈夫!?」
「自動防御が間にあったから平気! 大技行くから、ちょっとだけ時間を稼いで!」
「分かった!」
フェイトの言葉にしたがい、大量の弾幕を作って牽制を始める。そんななのはを完全に無視し、フェイトにターゲットを絞る翼竜。無秩序に火炎弾を連射し始め、その対応で技の準備がどうしても遅れてしまう。
「え? どうして?」
火炎弾を避けようとして、この場にいてはいけない物を見つけて硬直するフェイト。とっさに当たりかけた火炎弾を切り払って防いだのは、日ごろの優喜のしごきに耐えた成果であろう。
『フェイトちゃん、どうしたの?』
「エイミィ! まだ避難してない一般市民が! 六歳ぐらいの女の子!」
『え!?』
「あっ! 駄目! 防ぎきれない!!」
落としそこなった火炎弾がフェイトの横をすり抜け、少女へ肉薄する。絶望の声をあげるフェイトをよそに、火炎弾は無慈悲に少女に襲いかかり……。
「キャスリング!」
白いアイドルドレスを着た小柄な人影に、桜色のラウンドシールドによって阻まれる。
「なのは!」
「フェイトちゃん、ここは任せて、早くチャージを!」
「うん!」
なのはに促され、目的の大技をチャージする。この隙にユニゾンすればいいのでは、と言う突っ込みは却下だ。大技のタメは訓練によって動きながらでもできるが、ユニゾンは完全に動きが止まってしまう。その間に広範囲攻撃でも来たら目も当てられないのだ。なので、ユニゾン完了まで、確実に相手の動きを封じ込める必要がある。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
なのはが手持ちの攻撃手段を駆使して稼いだ三秒で、かつて手持ちで最強を誇った己の手札をオープンする。三十八基のフォトンスフィアが発生し、翼竜を完全に取り囲み、容赦なくフォトンランサーを浴びせかける。普通の相手なら余裕で仕留めうる攻撃だが、この手の大型生物は皮膚が分厚く、いくら出力が上がったとはいえ威力ランクB+程度の射撃魔法では、どれだけ当ててもそう致命的な結果は出せない事が多い。
フェイトの予想通り、ランサーの炸裂光がすべて収まった後には、それなりのダメージは受けているが、まだまだ健在である事をアピールしている翼竜の姿が。
「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」
「「ユニゾン・イン!」」
まだまだ健在であっても、さすがに完全に姿勢が崩れてすぐには行動が出来ない翼竜。その隙をついて、ついにユニゾンを果たす二人。バリアジャケットこそアイドル衣装のままだが、肉体が大人のそれになり、背中に大きな三対六枚の純白の翼が現れる。
「エクセリオンモード、起動!」
「ザンバーフォーム、起動!」
いい加減相手を暴れさせすぎた。フルドライブで一気に蹴りをつける事にする二人。その剣呑な様子に危機感を覚え、最大威力で砲撃を行おうとする翼竜。
「ジェットザンバー!」
そうはさせじとカートリッジをロードし、チャージされた砲撃を発射前に叩き斬る。爆散による衝撃波は出るが、そんなものかつてやり合った千八百メートルの古代龍の時と比べれば涼風のようなものだ。
「エクセリオンバスター!」
こちらもカートリッジをロードし、威力を強化したディバインバスターを撃ちこむ。いい加減ダメージが蓄積していた翼竜にとっては、かなり深刻な一撃だったようだ。完全に地面に叩きつけられ、苦しげにのたうちまわる。
「フェイトちゃん、大技いける!?」
「チャージは出来てる! なのはは!?」
「いつでもOK!!」
一気にとどめをさすことにしたなのはとフェイトは、いざという時のために用意しておいた、比較的チャージの短い合体技を起動する。
「全力全開!」
「疾風迅雷!」
「「ブラストカラミティ!!」」
桜色と金色の魔力光が絡み合い、増幅し合って翼竜に吸い込まれ、巨大な光の柱を立てて炸裂する。非殺傷設定とはいえ、衝撃波ぐらいは出るため、まるで嵐のような風が周囲に吹き荒れる。本来は広範囲に炸裂する魔法なのだが、この場でとっさにアレンジしたのだ。
「状況終了。」
「お疲れ様。」
完全に終わったことを確認して互いに手を打ち合わせ、ユニゾンを解除するなのはとフェイト。なのはが後ろにかばっていた女の子に向き合い、無事を確認する。
「大丈夫?」
「けがはない?」
「うん!」
普通なら怖がってもおかしくない状況なのだが、どちらかと言うと憧れのような感情を抱いたらしい。瞳をキラキラ輝かせて、二人を見上げている。
「お姉ちゃん達、管理局の魔導師さんなの?」
「うん、そうだよ。」
「管理局の魔導師さんって、綺麗な衣装であんな風にかっこよく戦うの?」
「そ、それはちょっと違うような……。」
「え~? 違うの? かっこよかったのに。」
女の子の問いかけに、しどろもどろになるなのは達。なにしろ、どう贔屓目に見たところで、なのはとフェイトは例外だ。能力的にも立場的にも。
「ご苦労様です!」
「ご協力感謝したします!」
市民の安全を守っていた地上部隊の局員が、回収部隊を連れてなのは達に敬礼する。
「嘱託魔導師・高町なのは並びにフェイト・テスタロッサ、これより帰投します。」
「後の処理はよろしくお願いします。」
「了解しました。お気をつけてお帰りください!」
二人から引き継ぎを受け、派手な戦闘の割には流れ弾などの被害が少なかった戦場の後始末を始める局員たち。因みに今回の件は、ペットの密輸業者が管理をしくじって亜空間に閉じ込めてあった翼竜を逃がしてしまったのが原因だったらしい。言うまでもなく、めったに起こるような事件ではない。
「お姉ちゃん達、またね!」
「またね。」
「ばいばい。」
母親が迎えに来た女の子に手を振って別れを告げ、とりあえず収録現場に戻る二人。そこには、英雄の凱旋を今か今かと待ちわびた、出演者一同および観客の姿があった。
「え? え?」
「何? これどういうこと?」
「あのねえ。一件圧倒的な劣勢をたった二人でひっくり返して、ピンチをコンビネーションや変身でしのいで、最後は二人で合体攻撃って、これで盛り上がらないわけがないよ。」
エイミィの言葉に、思わずしまったという顔をするなのは。考えている余裕は一切なかったが、どうやらグレアムやレジアスが求める役割を、完璧に果たしてしまったらしい。
「報道陣もこっちに向かってるみたいだし、これでしばらくはこの路線で決まりっぽいよ。」
「そんなあ……。」
「なのは、諦めよう……。」
こうして、高町なのはのアイドルデビュー初日は、圧倒的な人気を獲得してスタートしてしまうのであった。