「メリークリスマス!」
士郎の音頭に合わせて、グラスがなる音が響く。地獄のごとく忙しかった翠屋の営業時間も終わり、関係者のみの貸切でクリスマスパーティが始まる。
「クロノ、色々お疲れ様。」
「君こそ、お疲れ様。」
シャンメリーが入ったグラスを軽く打ち合わせ、互いの労をねぎらう。
「なんかもう、今年はいろんな意味で長かった。」
「君の場合、実際に三ヶ月程度延長しているからな。」
クロノの言葉に苦笑する。どうにもこうにも、人生設計が狂いまくった一年なのは間違いない。
「なんにしても、ようやく本腰入れて、帰る手段を探せるようになったよ。」
「……あれだけいろいろなところに首を突っ込んで、まだ帰るつもりだったのか?」
「むしろ、世話になってる身の上で、放置して知らん顔できるような案件が一つでもあった?」
「まあ、そうなんだが……。」
優喜の言葉に、苦笑するしかないクロノ。何しろ、ジュエルシード事件も闇の書も、何もせずに放置していれば、最悪地球がなくなっている可能性すらあったわけで、そういう意味合いからも関わらずに済ませるのは厳しかったのは間違いない。
これが優喜が一般人であれば、間違っても積極的に首を突っ込んだりはしなかっただろう。だが、幸か不幸か優喜にはしゃれが通じない戦闘能力と、出来ることとできないことを理解できる程度の知能、そして出来ることがあってやるべきだと考えたら行動に移せる程度の精神力の持ち合わせがあった。
なのはに撃墜された時点で、優喜が管理局に関わらない未来は存在しなかったのだ。
「それはそうと、クロノも無茶をやったね。」
「あまり、この手の裁判を長引かせたくはなかったからな。」
九月に方針が決まった時点で、クロノは十二月に入ってすぐに裁判が終わるように、事前審議や関係者のスケジュールのすり合わせ、その他もろもろの準備を済ませてあったのだ。結果として、刑事に関しては十二月第一週に結審し、はやては無罪、ヴォルケンリッターは修復完了後から五年程度の保護観察という事実上の無罪で蹴りがついた。
民事の方も、今決まっている金額は個人で払うには多額にすぎるとはいえ、賠償金で一応和解が成立し、過去の件については、法的にはこれで後腐れなく終わった。後は完全に修理が終わり、再発防止策を徹底できれば闇の書事件はすべて終わりである。
「ただ、はやての発言で、いろいろ予定が狂ったがね。」
「それは原告側も一緒でしょ。用意してた落とし所を、よもや一番の被害者かもしれない原告の小学生が、自分に不利になる形で蹴るなんて誰も思わないって。」
和解が早期に成立した一番の理由、それははやてが夜天の書の解析によって得られる利益全てを放棄し、闇の書事件の被害者団体に全て寄付する、と言い切ったからだ。その上で、賠償金も自分達で払うといいだし、周囲の説得にも折れず押し切ってしまった。
本来、夜天の書からの収益で払う形で蹴りをつけるつもりだった原告団と双方の弁護士は、いかに不自然にならないようにはやてが払えるであろう金額まで削るかで慌てることになった。もっとも賠償額は決まってしまっている上、はやてに控訴する気がない以上は、何割かの債権の放棄しかないだろうということで、どの程度の金額放棄するかなどでまだもめているが、はやてはいくらであろうと言われた金額を死ぬ気で頑張って払うだけだ、という態度で傍観している。
はやてに言わせれば、主である以上は部下のしでかした不始末は責任を取らなければいけない、ということになるのだが、周りからすれば、被害者であるはずの原告側が、理不尽にも車椅子の小学生から金を巻き上げるだけでは飽き足らず、さらに賠償金までむしり取ろうとしているように映る。
確かに、夜天の王とヴォルケンリッターが死ぬ気で頑張れば、定年までかかってぎりぎり払い終わるかもしれない、という金額ではあるが、それは最低限、はやてがリンディより若い時点で提督まで昇進すれば、の話だ。事実上、年金まで賠償金の支払いに持っていかれるのが確定したようなものではあるが、さすがにそこまで考えてはいないだろう。
「まあ、僕達が気をつけるべきことは、逆恨みの類がはやてに行かないようにすること、ぐらいだろうね。」
「だな。ヴォルケンリッターに行く分は彼ら自身が背負って受け入れるだろうが、はやてはどこまで行っても被害者だ。これ以上、闇の書事件の事で負担をかけるのは、問題がありすぎる。」
などと固い話を続けていると、使い魔を伴ってグレアムが顔を出す。
「クロスケ、優喜、折角のパーティなんだから、堅い話はやめときなよ。」
「まあ、そうだな。」
ロッテの言葉に苦笑しながら同意するクロノ。今考えたところで、何が変わるわけでもないのだ。ならば、素直にパーティを楽しむべきだろう。
「二人とも、はやてやヴォルケンリッターとはうまくやれそう?」
「あのさ。パーティなんだから、そういうご馳走がまずくなる話はやめてよ。」
「今更波風を立てる気はないけど、そうそうすぐに感情の整理がつくわけないでしょ。」
「まあ、そうだろうとは思う。」
「でも、直接手を下したわけじゃないけど、私たちはクライド君の敵打ちが出来たんだ。向こうの態度次第だけど、こっちはこれ以上は、もうこの件で何か言う気はないわ。」
「そっか。なら、大丈夫かな。」
使い魔たちと優喜の会話を静かに微笑みながら聞いていたグレアムに、クロノが声をかける。
「しかし提督、よく今日は時間を空けられましたね。」
「それはお互い様だろう、クロノ。」
「まあ、そうかも知れませんが……。」
闇の書事件はすべて終わったが、日本の小学生組以外の関係者は、まだ体があいたとは言いがたい状況だ。
「色々押し付けた僕が言うのもなんだけど、グレアムさんもレジアスさんも、あれこれ大変そうだ。」
「色々というか、大多数は君に押し付けられたことだがね。まあ、いずれどこかで帳尻を合わせねばならなかったことだから、それを我々老人が次の世代のためにやる分には吝かではないつもりだよ。」
「ありがたいことだ。僕だって、いつまでこっちの世界にいるか分かったもんじゃないから、出来るだけ関わった人たちが余計な心配をしなくてすむようになってほしい。」
「分かっているさ。はやてにこれ以上大人の都合で迷惑をかけないためにも、しっかり組織のタガを締めなおすよ。」
最近のはやてやヴォルケンリッターの様子などを話した後、用意してあったクリスマスプレゼントを交換して立ち去るグレアム一行。
「まったく、いつもいつも見事なものだな。」
「何が?」
「提督やリーゼ達に渡したアクセサリーだ。よくもまあ、あれだけのもを作れるものだと感心していた。」
「まだまだ。さすがにあれで食って行くには不安があるよ。」
「え~? 優喜君のあれでも、食って行くには不安があるんだ。」
優喜の返事に驚いたように口をはさむエイミィ。どうやら、女の子達の輪から抜けてきたらしい。
「上を見ればきりがないぐらいだからね。まあ、露店出して小銭を稼ぐ分には十分かな、とも思うけど。」
「やっぱりどんな世界でも、食べていこうと思うと厳しいんだ。」
「そりゃね。っとそうだ。エイミィさんにはまだ、プレゼント渡してなかったよね。」
鞄の中から包みを取り出し、エイミィに渡す。出てきたのは、クロノとおそろいのブレスレットだ。
「前に言ってたように、そっちの基準で威力B以下の飛び道具は、完全にはじくエンチャントをかけておいたから。」
優喜の台詞に、口をつけていたシャンメリーを噴き出しそうになるクロノ。
「まて。もしかして僕にくれたやつもか!?」
「だよ。というか、今日渡した奴、基本的に全部そう。ただ、達人の投擲と一部の気功弾、それからロケットパンチの類は威力に関係なくすり抜けるから。」
「十分だ、と言うか十分すぎる。」
平均的な射撃が威力C+程度、砲撃でも実は平均は威力B+ぐらいしかない事を考えれば、少なくとも地上の平均的な局員相手には、無敵に近い性能を持っていると言っていい。
「あと、なのはとフェイト相手にはあんまり役に立たないんだよね。」
「言うな……。」
恐ろしい事に、なのはで威力B以下は魔力弾のみ、フェイトはフォトンランサーのバリエーションの一部がBに届かない程度。ユニゾンしてカートリッジを一発撃発すれば、あっという間にチャラにされてしまうレベルだ。
「先週に計測したら、なのはもフェイトも、魔力容量と出力が嘱託試験の時の倍以上になっていたんだが、一体何をどう鍛えればあそこまで増えるんだ?」
「魔力がらみを僕に聞かないでよ。僕は基礎体力と気功周りの鍛錬しかやってないよ。後はせいぜい、戦い方をいくつか教えた程度。二人とも、普段は限界まで魔力負荷をかけて生活してるらしいけど、僕が知ってるのはそれぐらいだよ?」
「……もしかして、だが。」
「ん?」
「リンカーコアの成長期に気功を学ぶと、魔力容量と出力の伸び率が上がるのかもしれないな。」
つまり、優喜はそうと知らずに、鍛える必要の薄い項目を必要以上に鍛えていた可能性が高いわけだ。後にこの理論はナカジマ家の姉妹をはじめとした管理局関係者の身内と、フェイトが保護した幾人かの少年少女によって実証実験が行われ、気功と魔力との相関関係が完全に証明されるわけだが、確証を得、定説として浸透するのはプレシアが天寿を全うした後のことだ。
なお、クロノの仮設を聞いて優喜が思ったのは
(魔力養成ギブス+気功で、魔力が半年で二倍以上って、まるで深夜帯の怪しい通販番組の宣伝文句みたいだな。)
であったとか。
「そういえばさ、優喜君。」
「ん?」
「前に、これ一個作るのに一カ月ぐらいかかるって言ってたよね?」
「あの頃は、付与に一カ月ぐらいかかったんだ。今は、同時に三個ぐらいまでなら、一週間ぐらいあれば用意できるようになったから。」
「……もしかして、相当苦労してる?」
「うちの師匠筋って、大体そんな感じなんだよね……。」
優喜の苦笑に、どことなく黒いものがにじむ。どうやら、エリザ叔母さんとやらの特訓は、優喜をしてきついと思わせるほどあれで何な感じらしい。こんなところで世の中の奥の深さを思い知るとは思わなかったが、正直知らずに済むなら知らずに済ませたかったクロノとエイミィ。
「来年には、もっと上級の付与ができるようになってるだろうね、今のペースだと。」
「あ、あははははは。」
「くれぐれも、犯罪者の手に渡るような真似だけは避けてくれよ……。」
「さすがに使用者限定は必要かな、と思ってる今日この頃。」
「ぜひそうしてくれ……。」
疲れたようにつぶやくクロノに苦笑し、そろそろ他の人とも話してくる、と言って席を立つ優喜であった。
「ユーノ、メリークリスマス。」
「メリークリスマス。」
「これで、ようやく元の世界に帰る方法を、本腰入れて探せるよね。」
「クロノがもう少し常識とか限度とかを考えて仕事を振ってくれたら、ね。」
ユーノの台詞に苦笑するしかない優喜。例の最終決戦から今まで、普通の司書なら三人がかりでやるような量の仕事を容赦なく押し付けられたらしい。下手に能力があると、限界までこき使われてしまうという典型例だ。
「まあ、そうだと思って、ユーノには疲労回復に効果があるペンダントを用意しておいたから。」
「ありがたいけど、それは僕にもっと働けってこと?」
「さすがにそんなつもりはないけど……。」
どうやら、ユーノも相当疲れているらしい。言葉の端々にとげがある。
「ユーノ、すごく疲れてるよね。」
「優喜君も、無茶ぶりしてない?」
「夜天の書の時はいろいろ無理を頼んだけど、今月はなにもお願いしてないよ?」
「優喜やプレシアさんからは、今月は何も言われてないんだ。ただ、クロノをはじめとした管理局連中が……。」
今回の夜天の書修復プロジェクトで、謀らずも一番存在感を示してしまった無限書庫。その便利さと重要さに味をしめたクロノが、調査に行き詰った事件の資料をユーノに探させたのがきっかけで、あっという間に執務官全体に知れ渡ってしまった。一番ユーノをこき使っているのはもちろんクロノだが、他の連中も割と切羽詰まった内容をギリギリのタイミングで振ってくるものだから、今の今までまるで休めなかったのだ。
「ユーノも、疲労回復を早くするために気功を覚える?」
「そんなこと出来るの?」
「効率よく疲れを抜くやり方は身につくよ、ね?」
優喜の言葉に頷くなのはとフェイト。これが出来ないと、そもそも御神流地獄のしごきや竜岡式鍛錬法に耐えられない。むしろ、これだけやって素の運動神経がいまいちなままのなのはがおかしいのだ。
「だったら、暇ができたら教えてもらおうかな。別に、なのは達ほどの走り込みはいらないよね?」
「うん。前に僕達に付き合ってた程度に走ってれば、それで十分。」
「なら大丈夫だと思う。ただ、ここ一カ月は走る体力も残って無かったからなあ……。」
「そこはもう、後でグレアムさんとレジアスさんに言って、もうちょっと何とかしてもらうよ。」
「お願い……。」
ユーノの様子に顔を見合わせ、思わず苦笑する三人。今まで書類の突っ込み部屋にしておきながら、有効活用できる人材が来たとたんにこれだ。この分だと、管理局は他にも宝を腐らせている可能性が高い。
「それで、僕達の年で将来がどうって話もおかしいんだけど、ユーノはこのまま無限書庫に就職?」
「今の待遇だと、正直勘弁してほしいところなんだけどね。給料は確かにものすごくいいけど、あまりにも労働条件がブラックすぎる。」
「そっか。まあ、本気でグレアムさんとレジアスさんにお願いして、もうちょっと人員を強化してもらうから、もう少し踏ん張って、貰えるだけ給料ふんだくっておけばいいんじゃないかな?」
「そうするよ。優喜は?」
「僕はまあ、基本的には向こうに戻るつもりだから、戻ったら大学三年をもう一年やって、頑張って教員免許を取る予定。」
向こうに戻る、と言う単語に表情が曇るなのはとフェイト。リィンフォースを囲んで話をしているはやてやアリサ、すずかも同じような顔をするだろう。
「そんな顔しないの。前々から言ってたじゃないか。それに、どう考えてもすぐに帰る方法なんて見つからないし。」
「ねえ、優喜。どうしても帰らなきゃいけない?」
「どうしてもってほどじゃないけど、向こうにいる人たちに心配もかけてるし、そもそも、僕の家族のお墓は向こうだ。あんまり親不孝をしたくない。」
「そっか……。」
優喜の返事を聞いて、せっかくのパーティなのに泣きそうな顔になるフェイト。まだ先の、それこそいつになるかも分からない話だというのに、なのはの表情まで暗くなる。
(なのは、フェイト。)
(なに、ユーノ君?)
(……ユーノ?)
(帰る方法が見つかるのなんて、いつになるか分かんないんだから、皆で優喜が帰れない理由になればいいんだよ。)
念話で告げられたユーノの言葉に、思わず驚いたように視線を向けるなのはとフェイト。それを見て、なにを言ったのかを察したらしい優喜が、ユーノに何とも言い難い視線を向ける。
「まあ、折角のパーティで、こんなことで泣かれるのもあれだから、今回は何も言わないよ。」
「とりあえずそれは置いといて、なのはとフェイトは、このまま管理局に入るの?」
ユーノの無理やりの話題変更に苦笑しながら、あまりよろしくない雰囲気が続くのもありがたくないので、とりあえず乗っかることにしたなのはとフェイト。
「私は、クロノみたいに執務官資格を取ろうかな、って思ってる。」
「そっか。難関だけど、フェイトなら通ると思うよ。何なら、参考書とか探して送るから、優喜と一緒に勉強して。」
「うん、ありがとう。」
「何故に僕がフェイトと一緒に?」
「教師を目指すんでしょ? だったらその練習でいいんじゃない?」
ユーノの言い分に、またしても苦笑が漏れる優喜。正直、何の役にも立ちそうにない知識だが、ものを教える練習という意味では、確かに未知の分野は悪くない。
「それでなのはは?」
「私は、このまま管理局に入っていいのかなって、ちょっと迷ってるんだ。」
「へえ。どうして?」
「私が魔法を使いたいのって、空を飛ぶのが気持ちいいからなんだよ? でも、このままじゃ、私移動砲台として戦い続けることになりそうで……。」
「あ~……。」
なのはの返事に、妙に納得する優喜。管理局にとって、なのはの何が欲しいかと言われると、間違いなく魔法による戦闘能力だ。だが、なのは本人はそれほど戦うことが好きなわけではない。
蒐集の時に、妙に喜々としてディバインバスターを撃っていた事はスルーしてあげるのが、大人の対応と言うものだろう。何しろ、あれはなのはでなくても、ゲーム的な感覚が強い光景だったし。
「管理局のほうでも、なのはとフェイトはちょっともてあまし気味なんだって。」
「え?」
ユーノの意外な言葉に、まじまじと彼を見つめるなのはとフェイト。
「性格がどう、とかじゃないよ。それは先に断っておく。」
「まあ、そうだろうとは思う。」
「問題になってるのは、なのはとフェイトのランクと力量のほう。どう言い訳しても、なのはもフェイトも最低SSランク、デバイスも込みで考えればSSSに届くかもしれない。そもそも、ランク認定試験は受けてないけど、それでも認定ランクはS+だからね。」
「……それってすごいの?」
ぴんと来ません、という感じのなのはに小さくため息をつくと、説明を続ける。
「まず、AAAが魔導師の5%ぐらい。Sランクはその中でも更に少なくて、その上ともなると実物を見たことない人のほうが多いくらいだと思うよ。」
「それと、管理局がもてあますこととの関係は?」
「簡単だよ。管理局には、戦力が一点集中しないように、一部隊での保有制限があるんだ。この制限に引っかからないのって、執務官や捜査官みたいに、任務の都合で本来の所属とは別の場所に一時的に間借りするケースか、戦技教導隊みたいにもともとランク制限がゆるい部隊ぐらいなんだ。それだって限度はある。」
「そういえば、リンディさんもなのはたちを抱えるのに苦労してたしね。」
「で、いくら書類上はS+でも、推定SS以上でロストロギア級のデバイスを持った魔導師なんて抱えてたら、どう難癖つけられるか分かったもんじゃないから、どこの部隊も積極的にはほしがらない、という感じになってる。」
ユーノの台詞に、ひどく納得してしまう優喜。逆に、いまだにヴォルケンリッターに完封されることもあるなのはとフェイトは、どうにも納得できないものを感じてしまう。
「まあ、それ以前に、基礎訓練、ぬるかったんでしょ?」
「うん。」
「厳しくはなかったよ。」
「だったら、なのは達が入って、部隊行動がちゃんと取れるかどうか自体が怪しいよね。」
優喜の言葉は、まさしく二人がもてあまされている核心である。曲がる砲撃、視界を埋め尽くす弾幕、果ては大気圏外まで貫く集束砲。こんな砲撃魔導師とまともに部隊行動を取れる人材はそうは多くないだろう。フェイトはフェイトで、ついにロボットアニメに出てきそうな戦闘機動をこなし始め、援護できるのがなのはと優喜以外は、ヴォルケンリッターぐらいになってしまっている。
保有制限のある部隊にこんな人間を放り込んで、回りと連携など取れるわけがないのだ。取れるレベルの人材を抱え込んだ日には、結界要員とかそう言った人材は一切抱え込めない。
「かといって、そんな人材を野放しには出来ないしね。」
「何と言うか、プレシアさんが意図するところがそこだとは言え、見事に微妙な位置にいるなあ、なのはもフェイトも。」
「あ、あのね。私も、一度は管理局に入っておくべきなんだろうなあ、とは思ってるの。ただ、一度入ってやめられるのかな、とか。」
「そこはもう、なんとも。まあ、身も蓋もないことを言うなら、ジュエルシードの回収に関わった以上、管理局に一度も入らずに済ませるのは難しかったと思うよ。主に身の安全の問題で。」
優喜の言葉は、納得するしかない事実だ。
「まあ、別に急いで決めなくても、興味あること、やってみたい事に手を出して行けばいいと思うよ。まだまだ、将来のことを焦る時期じゃないから。迷ったら僕や優喜も相談に乗るし。」
「……そうだね。優喜君、ユーノ君、私のやりたいことが見つかるまで、付き合ってくれるよね?」
「もちろん。」
なのはの言葉に即座に答えるユーノ。一方の優喜は……。
「こっちにいる間は付き合うよ。」
「優喜、そこはYESと言おうよ……。」
「いやだって、そんな無責任なことはいえないよ。」
優喜の返事に、もうこいつがこうなのはどうしようもないと悟るユーノたち。
「さて、クロノに文句言ってくるか。」
「ユーノ、私も手伝うよ。」
「がんばれ。」
そんな風に少し気合を入れ席を立ったユーノとフェイトを見送り、アリサ達にもプレゼントをばら撒きに行く優喜となのはであった。
「楽しんでる?」
「なのはにユーキか。」
「心配しなくても、我々もリィンフォースも、十分に楽しませてもらっているさ。」
そういいながら、苦笑がちに視線を動かすシグナム。その先には、無表情ながら初めて見るであろうご馳走の数々に目を輝かせ、一心不乱に味わっているリィンフォースの姿が。
「リィンフォースさんって、すごくおいしそうに食べるんだよね。」
みているこっちが嬉しくなる、という感じですずかがこっそり優喜となのはに耳打ちする。
「まったく、あの無口無表情で、よくもまああんなにおいしいって表現が出来るわね。」
嬉しさを滲ませつつ、あきれたような態度を作って評論するアリサ。日本の食事のレベルの高さは、管理局員達すら太鼓判を押すレベルだ。長い間食事そのものをしてこなかったリィンフォースが、このご飯の虜になるのは当然かもしれない。
「そういえばなのは。」
「何?」
「今日の料理、美由希さんが作った奴もあるって本当?」
「うん。私やフェイトちゃんが作ったのもあるよ。」
「アンタ達はともかく、あの美由希さんよね?」
アリサの言葉に、小さく苦笑する聖祥組。美由希に関しては、あのと言われてもしょうがないだけの実績を積み重ねてきている。
「おねーちゃん、私達がイギリスに行ってる間、ものすごくがんばって練習したんだって。」
「なんか、なのはとフェイトの上達具合に危機感を覚えたらしいよ。」
「……練習したらちゃんとできるのに、前までのアレは何だったのよ?」
アリサの言葉に反応するシグナム。
「そんなに酷かったのか?」
「大概不味くても食べる優喜をもって、これは食えないと言い切ったレベルだったからな。」
「あ、おにーちゃん。」
後ろからかけられた声に驚いて振り返ると、そこには忍と那美を引き連れた恭也の姿が。
「それほどだったのか……。」
「ああ。しかも悪いことに、自分では味見をちゃんとしなかったもんだから、余計に被害が拡大することが多くてな。」
「恭ちゃんうるさい!」
過去の汚点をばらされそうになった美由希が、追加の料理を持ってきながら恭也の言葉をさえぎる。
「でも、美由希さん本当に上手になりましたよね。なのはちゃんもフェイトちゃんもすずかちゃんも料理できるのに、私は……。」
「あ~、那美、那美。そもそも包丁よりドライバーのほうが扱いなれてる私より、那美のほうがよっぽどましだって。」
こう、親友に裏切られた的な感じで落ち込んでいる那美に対して、苦笑しながら慰める忍。だが、シグナムはそんな彼女達の様子よりももっと重要なことが気になっているらしい。
「うちでは主に主はやてが食事の用意をしてくださっているが、たまにシャマルが代打を務めることがある。あるのだが……。」
「基本的に、食えないようなものはつくらねーけど、それなりの確率で、煮物に芯が残っていたり、味噌汁にダシを入れ忘れたりすんだ。」
「しかもそういうときに限って、味見を忘れるのだが、こういうのは特訓で治るものなのか?」
「シグナム! ヴィータちゃん!」
シグナムたちの真剣な言葉に、それなりの確率でのはずれを食らったリィンフォースが真剣な顔で見てくる。彼女にとって、一番の楽しみが日本での美味しい食事なのだ。しかも、本格修理に入ってしまうと、はやてたちと離れ離れになるだけでなく、食事も満足に出来ない状況が長々と続くのだ。彼女にとっては、結構深刻な問題である。
「まあ、美由希がどうにかなったんだし、神咲さんもシャマルさんも、特訓すればそういうのは減るんじゃないか?」
「私としては、そんなに気にせんでもええと思うんやけどなあ。」
「ですが、主はやて。もし仮にあなたが風邪などひかれて、そのときにシャマルの失敗作をそうと気が付かずに召し上がられたら、と思うと……。」
「シグナム! あなたそんなに私を信用したくないの!?」
「実績の問題だ。」
などと姦しくもめているのをみて、小さく吹きだすはやて。チラッと優喜を見ると、視線に気が付いた彼が小さく肩をすくめる。
「そういえば、那美さん。今日はくーちゃんは?」
「知らない人が一杯居るから、人見知りしちゃって。」
「あ~、久遠だったらそうよね。」
「ゆうくんも、仲良くなるまで相当苦労してたよね。」
大霊狐である久遠の最大の弱点が人見知りだ。基本的に那美以外のこの場にいる仲良くなれた人間で、ストレートに一発で気を許してもらえたのはフェイトのみである。どうやら、人見知り同士、雷様同士のシンパシーを感じたらしい。アリサとすずかも、相当時間がかかった記憶がある。
「今思ったんだけど、那美さんは大学とかどうするの?」
「推薦で近くの大学に通うことになったの。去年の今頃は、高校を卒業したら実家に帰るつもりだったんだけど、色々あったから。」
「その色々って、たまに月村家でメイドやってたりすることにもかかわりが?」
「ん~、あるような……、ないような……。」
どうにも、高校生・大学生組は、小学生組や新参者があずかり知らぬ、いろいろな事情を抱えているらしい。それらの事情は大体において、優喜が来る丁度一年前ぐらいに起こっているようだ。
「まあ、また何かあったら言ってね。私も久遠も、できるだけお手伝いするから。」
「その節は、貴女方には大変お世話になりました。夜天の書の関係者を代表して、礼を言わせていただきたい。」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですし、それに、こんな悲しいことは終わりにしないと。」
「何かあったときは、遠慮なく言ってください。ヴォルケンリッターの名にかけて、すべてを賭けて恩を返します。」
「そ、そんな大げさな……。」
シグナムの時代がかった言葉に引き気味の那美。彼女にとっては当たり前のことをしただけだし、第一決着をつけたのは本人達だ。
「まあ、堅い話は終わりにして、せっかくのご馳走を味わおう。」
「そうやな。これなのはちゃんが作ったって聞いたけど?」
「うん。こっちはフェイトちゃん。」
そんなこんなで、パーティは和やかな雰囲気のまま、終わりまで続いたのであった。
「主はやて、お話とは?」
「私から皆へのクリスマスプレゼントがあるねん。」
パーティから抜け出したはやてが、ヴォルケンリッターを呼び出して店の外に出る。昼から降り続けた雪は、今はやんでいるようだ。人通りの途絶えた道には、僅かな足跡を残して雪が積もっている。
「プレゼント?」
「うん。優喜君が用意してくれてん。」
そういって、紙袋ではなく立派なジュエリーケースを五つ取り出す。
「……これは?」
「あけてみ。」
はやてに促されて、首をかしげながらジュエリーケースを開くと……。
「これは……。」
「……シュベルトクロイツ?」
中に入っていたのは、はやての杖・シュベルトクロイツの待機状態をモチーフにした襟章と勲章だった。それぞれのイメージを反映した石を組み込んであるあたり、手もお金もかかっている。
「ヴォルケンリッターの証や。ちょっとした特殊機能もつけてくれてるみたいでな。」
「……こんな立派なもの、もらっていいの……?」
「貰ってもらわな困るねん。それは、私も含めた皆が、新しい人生を歩み始めた、その証やから。」
はやての言葉に、肩を震わせうつむくリィンフォース。
「どうした、リィンフォース?」
「……嬉しくて、……幸せすぎて、……私なんかが、……こんなに幸せでいいのかなって……。」
「何言ってんだよ、リィン。」
「主は、我らが胸を張って幸せになることを望んでいる。お前が幸せでなければ、片手落ちもいいところだろう?」
ヴィータとザフィーラの言葉に、リィンフォースはうつむいたまま答えない。
「リィン、あんまりネガティブなことを言うてると、リィンだけご飯シャマルにつくらせんで。」
「……それは、……困る。」
「ほんなら、笑って。色々けりも付いたし、せっかくの晴れの日や。いつまでも下むいとったらあかん。」
「……うん。」
はやての言葉に、目じりに涙をにじませながら顔を上げ、小さく微笑む。
「それな、リィンが復帰した後にな、全員そろってるときだけ効果が出る強力なエンチャントをつけてくれる予定になってるねん。」
「……えっ?」
「せやから、はよ戻ってきてや。」
「……うん、がんばる。」
リィンフォースが初めて見せた満面の笑み。その笑顔は、はやて達と雪景色、そして月だけの秘密であった。