「そういえば、フェイトちゃん、いつごろ帰ってくる予定なん?」
「三日に帰ってきて、五日の晩にまたアースラ。」
「しゃあない事やけど、忙しいなあ。」
はやての誕生日が間近に迫ったある日。いつものように軟気功ではやての麻痺の進行を抑えていると、はやてが気になってしょうがないことを聞いてきた。
「それで、フェイトちゃんとは連絡とってへんの?」
「うん。さすがにまだ、連絡を取って近況を確認するほど間も開いてないし、これからちょくちょく顔を合わせる用事も出てくるし、そもそも、夏休みまでにはこっちに戻ってくるからね。」
「そっか。夏休み言うたら結構先言う気がするけど、よう考えたら後一ヶ月ちょっとやもんなあ。」
「だから、取り立てて直接連絡を取る必要もないんだ。まあ、向こうとの通信障害がひどいから、手持ちの手段じゃ連絡が取れないのも理由だけど。」
相も変わらず、第九十七管理外世界近辺には、正体不明のやたら強力で不自然な通信障害が発生している。思い出したように通信がつながったりもしているが、よほど優秀な通信手段でもなければ、次元航路やミッドチルダなどとは連絡が取れない、と考えたほうがいいだろう。
「そういえば、フェイトのことで思い出した。これからの交渉次第だけど、はやてには、なのはたちと一緒に向こうに行ってもらうことになるかもしれない。」
「向こうってミッドチルダ?」
「うん。クロノからの連絡待ちだから、まだはっきりしたことは言えないし、先に僕が乗り込んで交渉になるだろうけど。」
「そういう判断は全部優喜君に任せるわ。正直私は現状単なる車椅子の小学生やから、大人の話とか交渉とかさっぱりやし。」
「ごめんね、勝手に話を進めて。」
「ええって。最初に全部任せる言うて押し付けたんは私やし。」
小学生とは思えない大人の態度で、優喜にGOをかけるはやて。中身をまったく知らせずに、勝手に将来に関わる話を決めているというのに、実におおらかなものだ。よほど相手を信頼していないと、こうは行かない。
「ただ、時空管理局やっけ? そこの事は教えてくれると嬉しいんやけど。」
「ん。そうだね。はやても関わる事になる相手だしね。」
はやての問いかけに、組織の概要のほかに、なのはの受験用のテキストから、設立の経緯をはじめとした歴史を話す。
「大層な名前やと思っとったけど、元々は交通整理の組織やったんか。」
「らしいね。まあ、今や局員以外にはほとんど知られてない歴史らしいけど。」
「ふーん。リニスさんも知らんかったん?」
「見たい。僕達に説明してた時も、この事に触れてなかったし。まあ、ぶっちゃけ、知らなくても困らない歴史だけど。」
概要についてはそれほど食いつきの良くなかったはやてだが、前身となった時空航行管理局の話には、興味津々と言う体で食いついてくる。時空管理局の成り立ちは、次のとおりである。
管理局は元々は、次元航路の管制とトラブル解決を主な役割とした、ミッドチルダの公的機関だった。それが、次元航路の拡大・発展に伴い、複数の次元世界で世界連盟のようなものを作る事になった時、当時最大の交通網と航行技術を持っていたミッドチルダの時空航行管理局が、そのまま他の世界の交通元組織を吸収する形で独立し、国際機関となったのが、現在の管理局の始まりである。
当初はそれこそ交通事故などのトラブルのみを担当していたのだが、複数の世界で暴れる犯罪者やテロ組織が現れ、内紛が他の世界に飛び火し、と言った事が続いた結果、事態収拾の迅速化のための組織の統合が必要になった。特に、次元航路を自由に移動する権限を持っているのが時空航行管理局だけだったのが問題で、どれほど緊密に連携を取ったところで、複数の組織をまたぐとどうしても無視できないタイムラグが発生する。この事態を重く見た主要世界のいくつかが、軍と警察と航行管理局の統合を提案、可能な限り機動的に動ける組織作りを目指し、国際議会にかけた。
その結果、すでに被害が馬鹿にならなくなっていた事もあり、最終的には議会は全会一致で軍と警察、さらには双方からの要望で裁判所の権限も時空航行管理局に統合する事を決定、名前を時空管理局に改名したのだ。これが大体百五十年ほど前の事である。因みに、裁判所の権限を軍と警察が要求したのは、前に優喜が言ったような、司法がまともに機能していないケースがあまりにも多かったためである。
「そういえば、なのはちゃんとフェイトちゃんって、管理局に入るんやんな?」
「うん。」
「試験勉強、どないな感じ?」
「フェイトの方は分からないけど、なのははまあ、ぼちぼちって感じ。ある程度特例処置もあるから、受からないほどひどい点数にはならないでしょ。」
「ふーん。それで、優喜君はそこらへん、どうするん?」
「僕はぶっちゃけ、今現在は管理局サイドから見たら、ただの一般人の子供だからね。適当に距離を置いて、基本的にはフォローに徹するつもり。」
優喜の、ただの一般人の子供、というセリフに、思わず疑わしそうな目を向ける。直接かかわったリンディやクロノなどは、ただの子供などとは口が裂けても言わないはずだ。もっとも、優喜はある一定以上の規模の組織にとっては、中に取り込んでも異分子にしかなり得ないので、結構そういうところが建前上普通の子供、という扱いになっている理由かもしれないが。
まあ、組織で無いと出来ない事も一杯あるが、組織に入ってしまうと出来なくなることも一杯ある。読書家で年より大人びた考え方をするはやてには、優喜が距離を置く理由がそんなところであろうと大体察せられる。
「まあ、管理局がらみはそんなもんとして、すずかちゃんの叔母さんやっけ? その人の事はあのあとどうなったん?」
「今、テキストが中級の二冊目。そろそろ中身がきつくなってきたから、六月中にもう一冊は終わらないと思う。」
「そんなに難しいんや。」
「僕の場合、元々が、付与術師としては普通ぐらいだからね。まあ、普通って言っても、そもそも出来る人間がほとんどいないから、平均レベルとか、あってないようなものだけど。」
「せやろうな。手首に鎖巻くだけで頭に当たった銃弾弾くとか、そんなこと出来る道具を作れる人間がごろごろおったら、世界中の科学者が失業してるわ。」
はやての言い分に苦笑する優喜。実際のところ、なのはの使う魔法も、夜の一族の秘術や優喜の魔術も、別段何の原理も法則もなく現象を起こしているわけではないので、原理や法則、そのためのエネルギー源などを解明すれば、あっという間に科学の仲間入りだ。
実際、なのはの魔法に至っては、すでに原理も法則もほぼ解明されているので、名前が魔法で万人が扱えないというだけで、ミッドチルダでは科学技術と変わらなくなっている面がある。
「それはともかくとして、とりあえずいろいろ出来る事は増えたから、ちょっとフェイトに渡す鎖はいじってる。」
「ほうほう。それはまた何で?」
「僕が今まで作ったやつだと、同じ効果のアイテムを二つ以上持ってると、干渉して一つ一つの効力が落ちるんだよ。さすがに一つつけるより二つ付けた方が効力が高いのは変わらないけど。で、今回、皆にお守り代わりに渡した鎖って、フェイトの指輪と同じ効果だから、フェイトだけ干渉して効力が落ちるし、渡せるまで時間があったから、新技術を試したんだ。」
「成果は?」
「ばっちり。ただ、単品でもっと効力の強いものを、となると、まだまだ要修行。」
新しい技術と言ったところで、全体で見れば所詮は中級の初歩だ。上にはまだまだいくらでも上がある。例えば、防御力強化一つとっても、有毒ガスや粉塵などを防ぐ機能をつける、飛んでくる攻撃の威力を割合でカットする、最終的な防御力を割合で強化するなど、実物を見た事があり、だが優喜の技量では現状付与できない機能はいくらでもある。
そもそも、銃弾ごときを防ぐのにてこずっている時点でアウトだ。エリザを含む師匠筋の連中は、優喜が使うものと同じランクの術で、平気でミサイルぐらい無力化するのだから。
「ふーん。優喜君も大変やなあ。」
「まあ、これぐらいの修行は慣れてるし。っと、今日はこんなもんかな?」
大体いつもぐらいの量の気を送り込んだあたりで、優喜がいつものように打ち切る。終わってから上半身を起こし、いつものように体の調子を確認するはやて。
「優喜君にこれやってもらうようになってから、調子悪い日言うんがなくなったわ。」
「それはよかった。残念ながら、麻痺を治すには全然足りてないけど、ね。」
「それはしゃあないって。そもそも原因が、医療でどうこうできるジャンルちゃうんやから。」
「確かにそうなんだけど、修行不足を突き付けられた気分で、それなりに傷つくもんだよ。」
優喜の言い分に苦笑するはやて。多分、彼女の主治医の石田先生も、同じような気分なのだろう。
「まだ気が早いかもしれへんけど、私、優喜君にはすごい感謝してるんよ。友達いっぱい紹介してくれたし、足なおすために頑張ってくれてるし。」
「その感謝は、全部終わってからにして。まだ、確実に治せる保証がないし。」
「分かってるよ。でも、仮に失敗して、最悪死ぬしかなくなるにしても、多分優喜君の事は恨まんと思うわ。」
「……ん。ありがとう。」
今その台詞は不吉なんじゃないかなあ、などと内心思いつつ、心づかいは素直に受け取る事にした優喜。もう一度はやての全身の気の流れを確認し、ふと思いついたことを実験してみる事にする。
「ん? どうしたん、優喜君。またその本がいるん?」
「あ、別にそうじゃなくて。ちょっと思いついたから、少しばかり実験を。」
「何するん?」
「ちょっと、軟気功を通してみようかな、って。はやてからこっちに流れるってことは、もしかしたら直接通せるかもしれないから。」
闇の書の表紙に手を添え、慎重にほんの少し気を流し込む。無機物に通した時とは違う感触。下手な事をして外部からの書き換えと判断させるとまずいので、はやてからのエネルギーの流れに偽装して、少しずつ流す量を増やし、まずは全体の状態を確認するにとどめる。
「うわあ……。」
「どないしたん?」
「この本、よく動いてるなあ、って思って。」
「そんなにひどいん?」
「ものすごく。どうひどいのかは説明しずらいんだけど……。」
言ってしまえば、鶏の翼が魚のエラになっているような違和感、それがあちらこちらにあるのだ。そもそも生物と同じ形で気功が通る時点で普通ではないのだが、それを差し引いても普通ではない。キメラなどの人造合成生命体でも、普通はもっと統一性がある。
しかも、本来のままであろう部分も、どうにも妙な歪み方をしており、仮に今回何の手も打てずにはやてごと吹き飛ばした場合、下手をすれば次はないかもしれない。それぐらいおかしなことになっている。
「これ、軟気功で手を出して大丈夫なのかなあ……。」
「どう言う事?」
「外部からの書き換え、って判断されたら、はやてを吸収してどっかに転生しちゃうから、システムの書き換えじゃないとは言っても、手を出して大丈夫なのかな、って。」
「ん~、手ごたえとしてはどうなん?」
「気を通した時点で、データをかすめ取った時みたいな反撃が来てないから、少しずつならもしかしたら、とは思わなくもないかな。」
微妙なところだ。失敗すれば即、はやての命がない。だが、うまくいけばもしかしたら、と思うと、やめるという選択肢も悩ましい。
「それやったら、ものすごく慎重に、ほんの少しだけ修正してみたらどない? そもそも、その本、現在進行形でおかしなって言ってるんやろ?」
「うん。確認してる時にも、じわじわ歪んで行ってたし。」
「ほんなら、そのバグがやった事、みたいに偽装しながら修正、とかできひん?」
「やってみる。」
はやての提案にあわせ、まずはバグの変質のさせ方を観察する。それっぽくエネルギーの流れを操作し、今まさに変質したところを、少しずつ元に戻す。どうやら、外部からではなく、内部での変更と認識されたらしい。情報の書き換えではなく、取り込んだエネルギーによる内部の状態変更が理由だからか、驚くほど抵抗が少ない。
「……いけそう。」
「そっか。せやけど、プログラムを生命エネルギーで修正する言うんも、変な話やなあ。」
「だね。」
などと無駄口を叩きながら、二時間程度をかけ、全体の一パーセント程度を修正する。変質の速度を考えれば、明日には効果は半分以下になっているだろうが、やらないよりはましだと判断し、集中力と体力の持つぎりぎりまで修正作業を続ける優喜。
「さすがに、今日はこれが限界。また明日、続きをやるよ。」
「うん。ありがとうな。」
「じゃあ、また明日。」
はやてに挨拶を済ませ、帰路につく。この作業が、闇の書の覚醒のタイミングに微妙な影響を与えるのだが、結局その事については、最後まで誰も知る由もなかった。
「ただいま、なのは。」
「お帰りなさい、フェイトちゃん。」
はやての誕生日の前日。予定通りアースラから一時帰宅してきたフェイトが、結構な数のお土産を抱えて高町家の玄関に立っていた。はやての誕生日プレゼントを買った時に、ついでと言う事で、営業時間ぎりぎりまで粘って買い集めたものだ。
因みにアルフは、ユーノの手伝いのために、無限書庫にいる。二人とも翌日のコンサートのチケットがないため、はやての誕生会ぎりぎりまで無限書庫に居座る事にしたのだ。コンサートのチケットがない理由は簡単で、二人の事を説明しそびれたからだ。まあ、なんだかんだと忙しくなってきているので、結果的にはよかったのかもしれない。
「元気そうでなにより。」
「ちゃんと、ご飯を食べるように気をつけてたから。」
優喜の言葉に、少し微笑みながら胸を張って答えるフェイト。別れる前に比べ、少しだけ自信を感じさせる仕草だ。
「そうそう、なのはのわがままに応えて、こんなのを作っておいたから。」
「鎖?」
「うん。ブレスレット。アリサ達ともお揃いだよ。」
「……優喜、なのは、ありがとう。」
などと、外部の人間が入り込みにくい空気を作りつつ会話を続けていると……。
「いつまでも玄関で突っ立ってないで、入ったらどうだ?」
「あ、そうだね。」
なかなか家に入ってこない子供たちを見かねて、恭也が声をかけに来た。何しろこの後、戻ってきて早々に軽く一戦交えて、お互いの不在時の成果を見せ合う予定なのだ。夕飯の時間も考えると、あまりうだうだとやっている暇はない。因みに美由希は、現在図書館なのでここにはいない。
「それにしても、結構な荷物だな。」
「ミッドチルダで、一杯お土産を買ってきたんだ。ほとんどは食べ物だけど……。」
「ふむ。魔法世界でも、土産用の菓子類の包装は、それほど違いはないんだな。」
「買い物の時、私も結構びっくりしたよ。」
フェイトがテーブルに並べた、パッケージの写真から明らかにお菓子だろうと思われる箱を手に取り、しげしげと観察しながら恭也が言う。
「まあ、地球でも、意外と海外のお土産のお菓子も、箱自体は日本のものとそんなに変わらないし、こういうのはそれほど違いはないんじゃないかな?」
発掘調査やら何やらで、結構海外に連れまわされている優喜が、そんな事を補足する。
「本当は、置物とかも買いたかったんだけど、技術レベルがどうとかいろいろあって、検疫が通りやすいお土産用の食べ物しか無理だったんだ。」
「多分、そんなところだと思った。わざわざ管理外世界と断ってるんだから、食べてなくなるものぐらいしか持ちだせなくて普通だろうし。」
「あ、でも、服とかは大丈夫だったよ。」
「フェイトちゃん。お土産とか、そんなに気にしなくてもよかったのに。」
「買い物の練習も兼ねてたんだ。」
そう言って、別の袋からいろいろ取り出し、そのうち一つを恭也に渡す。
「ほう、手袋か。」
「うん。アームドデバイスを振り回しても傷まないらしいから、恭也さんと美由希さんにちょうどいいかな、って。」
「ありがたく頂こう。」
オープンフィンガータイプのお洒落な黒色の手袋をじっくり観察し、実際にはめてみる。軽く指を動かし、手を開いたり閉じたりを繰り返す。最後にテーブルから離れて十分距離を取り、小太刀の抜刀と納刀を流れるような動作で試す。
「……いい手袋だ。」
「お兄ちゃん、かっこいい……。」
「褒めても何も出ないぞ。」
実に絵になる恭也と、やたら感心して見せるなのは。そんな二人の様子に苦笑するしかない優喜。高校時代は目立たないように存在感を消していたのと、親友の赤星勇吾が非常にモテたため、ほとんどの女子生徒は存在そのものを認識していなかったようだが、実際のところ、恭也はかなりの男前だ。
もっとも、どこか枯れたところも含め、雰囲気が引き締まりすぎているため、絵になりすぎて、フィアッセや忍と言った物おじしないタイプの美女でなければ、近寄る気も起こらないようだが。一般女性にとっては、こういうタイプは、遠くから眺めてうっとりするのが一番らしい。
「それでフェイトちゃん、他にはどんなものを買ってきたの?」
呆けたように恭也の動きに見入っていたフェイトに、続きを促すなのは。
「あ、うん。士郎さんと桃子さんには、新しいエプロン。家で使ってるものが、結構傷んでる気がしたから。」
「また、えらくシンプルなのを買ってきたな。」
「夫婦でおそろい、だとこれがいいかな、って思ったんだ。」
翠屋で使っているものによく似た、濃いグリーンの余計な装飾の無いエプロンを見て、恭也が苦笑がちにコメントする。
「それで、なのはには私とおそろいのリボンを買ったんだ。嫌でなければ、着けてくれると嬉しい。」
「うん!」
元気よく返事をして、その場で新しいリボンで髪を縛るなのは。大して見た目が変わるわけでもないのに、二人とも実にうれしそうだ。
「ただ、優喜のが、どうしてもいいのが見つからなかったんだ……。」
「いや、別に気にする事はないんだけど。」
「でも、恭也さん達にはちゃんと用意したのに、優喜だけ何もなしは……。」
さっきまでの嬉しそうな様子はどこへやら、すっかり意気消沈しているフェイト。アクセサリ加工に使う手袋は本人が消耗品としてたくさん用意してあるし、作業着はジャージで問題ない。デバイスはおいそれとプレゼントできるような代物ではないし、優喜が使うような道具は普通のデパートには売っていない。
服も考えたが、そもそもサイズがよく分からなかったし、似合いそうな服は、まっとうな神経の男の子が外に着て歩けるようなデザインではない。思いあまっておそろいのジャージを買おうとしたら、アルフとエイミィに止められた。冷静になって考えれば、いくらなんでもそれはないと自分でも思う選択肢だ。
これが、季節が冬に向かっていれば、マフラーやコートのような防寒具も選べたのだが、残念ながら今はこれから暑くなる季節だ。防寒具なんぞプレゼントした日には、何のいやがらせかと問い詰められかねない。恭也たちのように、普通の手袋を渡す案もあったが、何の処理もしていない普通の手袋だと、戦闘に巻き込まれたら、恭也たちと違って一回で駄目になりかねない。フェイトはそれでも構わないが、優喜が気にするだろう。
こうやって考えていくうちに、結局いいお土産が見つからなかったのだ。言ってしまえば考えすぎたのである。
「フェイトちゃん、お料理は練習してる?」
本気で落ち込んでいるフェイトを見かねてか、なのはがそんな事を聞いてくる。
「……? ちゃんといっぱい練習してきたけど?」
「じゃあ、今日の晩御飯、一緒につくろよ。優喜君の分だけ、気合入れて一品多く作って、ね。」
「……うん!」
二人のやり取りを聞いていた恭也が、もてる男は辛いな的な、からかう気満々の視線を送ってくる。恭也の視線を苦笑しながら受け流し、高町家唯一の料理下手の顔を思い浮かべる。
(どうにも、美由希さんの危機感を相当あおりそうだなあ……。)
優喜の予想は正しく、軽く一戦交えた直後からすぐに下ごしらえにかかったその前菜的な一品は、軽く味見をした士郎や桃子すらをうならせることに成功。美由希の危機感を猛烈にあおるのであった。
「なのは! フェイト!」
花束を持って楽屋に顔を出すと、真っ先にフィアッセが出迎える。
「アリサちゃんにすずかちゃんも、よう来てくれたな。」
「本日はお招きいただき……。」
「かたい挨拶はなしやで、すずかちゃん。」
すずかの挨拶を遮り、ゆうひがアリサとすずかを捕獲する。
「それで、その子がはやてちゃん?」
「うん。」
「八神はやてです。今日は本当にありがとうございます。」
「別にかしこまらんでもええよ。うちらが聴いてほしかったから誘っただけの事やし。」
ゆうひの言葉に、控室にいる美女たちから賛同の声が上がる。
「海鳴公演の日程がなのはの友達の誕生日なんて、運命以外の何物でもないし。」
「せっかく神様が用意してくれた機会なんだから、じっくり堪能してもらわないとね。」
「そうそう。がっかりさせたりしたら、クリステラ・ソングスクールの名がすたる。」
アイリーン・ノア、エレン・コナーズ、アムリタ・カムランなど、名だたる歌姫たちが口々に熱のこもった言葉を告げる。
「なのはとフェイトも、来年はこっち側になれるといいね。」
歌姫達の言葉を受けて、フィアッセがそんな恐ろしい事を言う。あまりに恐ろしい言葉に、二人揃って一生懸命首を左右に振るなのは達。
「優喜君も、女装させたら普通にここに混ざれるで。」
「全力でお断りします。」
優喜が心の底から嫌そうに断る。こんな大舞台に女装して出るなど、罰ゲームの領域を超えている。しかも、自分でも違和感がかけらもない事が分かるのが、余計に泣けてくる。なお、言うまでもないが、今日の優喜の服装は、さすがにジャージではない。
「恭也、忍。今の私を、全部歌うから。」
「ああ。」
「はい。最後まで、ちゃんと聴きます。」
フィアッセ達の会話を、不思議そうに聞くフェイトとはやて。三人の間に入り込めない空気を感じ、苦笑しながらそっと二人を促し、頭を一つ下げて退室する優喜。同じく苦笑しながら、それを見送るフィアッセ以外の歌姫達。
「それじゃあ、俺たちはそろそろ。」
「フィアッセさん、応援してます。」
「うん。二人に胸を張れるように、今できる一番を見せるから。」
一つ頭を下げて出ていく恭也たちを見送り、メンバーに向き直るフィアッセ。
「さあ、はやての誕生日に、ううん、聴きに来てくれたすべての人に、最高の思い出をプレゼントしよう!」
「聴きに来てくれた人みんなにとって、今日を特別な日にする。それがソングスクールの、歌うたいの心意気っちゅうもんや!」
フィアッセとゆうひの激励に、気合のこもった目で頷きかえす一同。その日のコンサートは、いつになく熱のこもったスタートを切ったのであった。
「はぁ……。」
コンサート終了後。八神家への帰り道。鮫島が運転する車の中で、先ほどまでの余韻をため息とともに吐き出すはやて。
「……凄かったね。」
「凄かったでしょ?」
フェイトのどこか呆然とした感想に、自分の事のように嬉しそうに答えるなのは。カラオケの時に、フィアッセとゆうひの実力は嫌というほど認識していたが、舞台だとまた格別である。
「……ねえ、なのは。」
「何?」
「私達、夏にあの人たちにいろいろ教わるんだよね?」
「うん、そうだよ。」
そこまで言って、フェイトの考えを理解するなのは。
「さすがにフィアッセさんも、そこまで酔狂な事は……、……多分しないはず。」
「本当に?」
「おそらく、多分、きっと、しないといいなあ……。」
悪戯好きで、変なところでお茶目なかつての高町家の長女的存在を思い出し、だんだん言葉に力が無くなっていくなのは。
「まだ、なのは達はいいよ。」
力無く希望的観測を述べるなのはに、優喜が浮かない顔で口をはさむ。
「僕なんて、上手くなる予感が全然しないのに、なぜか巻き添え食って一緒に教わる事になったんだよ?」
「……ご愁傷さま、としか言えないわね。」
「……ゆうくん、がんばって。」
「頑張るのはいいんだけど、その結果が下手をするとね……。」
いつになくネガティブな台詞を吐く優喜だが、その先の言いたい事を理解してしまった一同は、否定も出来ずただただひたすら苦笑するしかない。
「歌手志望の人とかやったら羨ましい話なんやろうけど、優喜君の場合はうまなっても下手なままでも地獄見そうなんがなあ。」
「正直、アリサかすずかに代わってほしい気分だけど、駄目だろうなあ……。」
「優喜、男なんだからいつまでも女々しい事言ってないで、腹くくっておもちゃにされてきなさい。」
「あ、アリサちゃん、いくらなんでもそれはひどいよ。」
どこまでも優喜の肩を持つすずかに、苦笑して肩をすくめるアリサ。恋する乙女に抵抗しても意味がない。
「もう、ユーノ君もアルフさんも来てるみたいやな。」
じゃれ合っているアリサ達を放置し、家に明かりがついているのを見て、はやてが言う。遅くなって待たせると悪いからと、事前にリニス経由でアルフに合鍵を渡してあったのだ。
「さて、早いとこ二次会としゃれこもうか。」
「そうね。」
二次会と言っても、かなり早めの夕食ではあるが、コンサート前に食事は済ませてある。ユーノとアルフのための料理も、コンサートに行く前に寄り道して用意してきている。後は冷蔵庫に入れてあった翠屋特製バースデーケーキを食べながら、プレゼントをあけたり、ちょっと夜更かし気味にパジャマで駄弁ったりするだけだ。
「おかえり。」
「コンサートは楽しかったかい?」
鍵をあけると、中で待っていた二人が出迎えてくれる。
「凄かったで。この感動は、多分一生忘れへんと思うわ。」
「毎年クリステラのコンサートは聴いてるけど、今年は特に凄かった気がするわね。」
「うん。なんだか、去年までと比べて、気合が違うというか、思い入れが違うというか……。」
「そうなんや。私はこれが初めてやし、凄い、言うんしか分からへんかったわ。」
荷物をおろして、和気藹々とはやての家に入っていく一同。アリサやすずかの自宅にははるかに及ばないものの、この家も高町家同様、一般庶民の家としてはかなり大きく、部屋数も多い。現在はやて一人しか住んでおらず、しかも泊っていく来客もほとんどいなかったため、部屋の八割は基本的に使われていないという贅沢な仕様だ。
「それで、ユーノ君、アルフさん。ご飯はちゃんと食べた?」
「うん。用意してくれてあったのを頂いたよ。」
「美味しかったよ。いくつか覚えのある味があったけど、フェイトも手伝ったのかい?」
「うん。私となのは、後優喜も、簡単なものをいくつか。」
学校から帰ってきたなのはをまきこんで、みんなで心づくしの手料理を用意したのだ。
「本当に、フェイトも腕をあげたねえ。」
「まだまだだよ。そんなに難しいものはまだ作れないし、大体、優喜の方が上手だし。」
「ねえ、フェイト。それは調理実習以外で碌に包丁も握らない私やすずかに対するあてつけかしら?」
「え? そ、そんなつもりじゃ……。」
分かっていてわざと笑いながら噛みつくアリサに、思わずしどろもどろになって言い訳をしようとするフェイト。
「アリサちゃん、私も最近、お料理習い始めたんだけど……。」
「え?」
「まだ早いかな、とは思ってたんだけど、はやてちゃんはずっと自炊してるみたいだし、フェイトちゃんもある程度自炊できるぐらいには出来るみたいだし、出来ないと恥ずかしいかも、って思って……。」
「ちょっと待ってよ。この場でまともに料理できない女の子って、もしかして私だけ!?」
すずかの自己申請に、思わず引きつった叫びをあげてしまうアリサ。
「安心しなよ、アリサ。アタシも大した料理は出来ないからさ。」
「私も、習い始めたばかりで、まだ卵焼きと目玉焼き以外は、カレーとお味噌汁ぐらいしか作れないし。」
「そういう問題じゃないわよ……。」
慰めるように声をかけるアルフ達に、肩を落として答えるアリサ。内容は違えど、温泉の時と同じような感じで仲間はずれなのだ。なのはとフェイトが最近料理の勉強を頑張っているのは知っていたが、よもやすずかに裏切られているとは思ってもみなかったのだ。
別段、すずかも仲間はずれにする意図があって黙っていたわけではないのだろう。ただ単純に、わざわざアリサに言うほどの事でもないと思ったに違いない。実際、料理を習うかどうかなど、完全に個人の自由だ。アリサに断わりを入れる筋合いのある話でもない。
ただ、よもやこのメンバーで、自分一人が美由希と同じ気持ちを味わう事になろうとは、ついさっきまで考えもしなかった、というのがアリサの本音だ。因みに、この場にいる人間の現在の実力は、はやて>優喜>なのは=フェイト>アルフ=すずか=ユーノ>越えられない壁>アリサ、という感じである。
「もういい。私は料理できる男の人捕まえるんだから!」
「まあ、アリサの立場ならそれでもいいんじゃないかな。僕みたいに、無人島あたりで完全に一人で生きていく前提で、物事を学ぶ必要もないわけだし。」
「優喜君、それは料理が出来る出来ない以前のところで、どうかと思うな。」
「うん。一人で生きていくとか、その考え方はさびしいと思う。」
アリサのフォローのつもりで言った台詞に、なぜかなのはとフェイトが食いついてくる。
「まあ、とりあえずなのはちゃんとフェイトちゃんにはご馳走さまと言うとくとして、ちょっとケーキ切ってくるわ。」
「あ、手伝うよ、はやて。」
言いたい事を言って台所に向かうはやての後を、あわてて追いかけるフェイト。さすがに手が足りないだろうと後を追いかけようとした優喜は、アリサとすずかに止められる。
「今日は私たちがやるから、ね。」
「そうそう。ケーキとジュースを運ぶぐらい、男手に頼る必要もないわよ。」
その台詞に苦笑し、ダイニングの椅子に座って素直に待つ事にする優喜。なんとなくあぶれてしまったなのはも待機組だ。
「そういえば、ユーノとアルフは、待ってる間どんな話をしてたの?」
「ん? ああ、別に大した話じゃないよ。」
「第一陣の発掘が始まったから、第二陣をどこにするのがいいか、地図を見て決めてたんだ。」
「へえ、もう始まってるんだ。早いね。」
優喜がユーノに場所の絞り込みを頼んでからせいぜい一週間。普通なら考えられないスピードだ。もっとも、基本的な技術レベルが段違いの地球とミッドチルダでは、発掘に関してもそれぐらいの差があっても、おかしくは無いのかもしれない。
「まあ、それがスクライアが考古学で名を売った理由だからね。第二陣についても、いろいろせっつかれてるんだ。」
「本当に、スクライアの連中はあきれるぐらい遺跡が好きだからねえ。この分だと、半年もあれば候補地全部掘り終わるんじゃないかい?」
「あはは。否定できないかも。」
アルフとユーノのやり取りに、苦笑するしかない優喜。やはり本来の仕事だけあって、実に生き生きしている。そのうち、一緒に遺跡の発掘に行くのもいいかもしれない、などと横道にそれた事を考えていると、今度はユーノから質問が飛ぶ。
「なのはの方は、どんな感じ?」
「どんな感じ? って言われても……。」
「僕が見た感じでは、相手のペースに巻き込まれない限りは、クロノぐらいならどうとでも出来るってところかな。」
ユーノの質問に詰まるなのはの代わりに、師匠として優喜が答える。
「そうなの?」
「いや、なのは、自分の事だから自分でもうちょっと理解しようよ。」
「だって、おにーちゃんにも優喜君にも、まともに攻撃が当たった事がないし……。」
「まあ、恭也さん達を仕留めるのって、実はそれほど難しくは無いんだけどね。」
今一歩、自分がどの程度の力量を持っているかについて疎いなのは。何しろ、周りが周りだ。限定条件下でかつ、なのはの経験不足をついているとはいえ、常に一方的に制圧される側なのだ。自分の実力がピンと来なくても仕方がないだろう。
因みに、なのはが恭也や美由希を仕留める場合、一番確実なのは鋼糸も飛針も届かないぐらいの高度から、圧倒的な密度と物量の弾幕を張れば、それだけで大体けりがつく。さすがに二人とも、体が通らないほどの密度の弾幕を全方位に張られて、全く被弾なしでしのぎきれるほど非常識な体はしていない。その上、優喜のように弾幕ごときでダメージを受けないような圧倒的な防御力とも縁がない上、なのはの弾幕は、一発の威力も十分すぎるほど重い。
「出来たためしのない事はおいといて、クロノ君って、そんなに強いの?」
「いろいろ理由があって、模擬戦にも応じてもらってないからねえ。ただ、AAA+ランクの魔導師が弱いなんて事はないだろうね。」
「優喜、クロノの実力はどんなものだとふんでる?」
「そうだね。他の魔導師をアースラの武装隊しか知らないから何とも言えないけど、魔導師というくくりで見れば強い方だと思う。会話や立ち居振る舞いから察するに、タイプとしては手札の枚数とぺてんや立ち回りで相手を追い詰める種類の、万能と見るか器用貧乏と見るかで評価が変わる口かな。」
優喜が、クロノについてそう分析してのける。
「あと、体術が武装隊の人たちと比べると練れてるから、クロスレンジじゃなのはよりは確実に上だと思う。それから、臨海公園での様子を見た限り、スティンガーブレイド・エクスキューションシフトより威力のある技は持ってないだろうから、なのはやフェイトに比べると、決め手に欠けるんじゃないかとも思う。」
「つまりは?」
「一定ラインより劣勢になったら、自力では押しかえせない可能性が高い。まあ、それを補うための芸を何か持ってるのは確実だね。もっとも、僕も実際に戦ってるところを見たのは、臨海公園でのあの一戦だけだから、はっきりとは言い切れないけど。」
「……聞いてて、よく分からなくなってきました。」
なのはの感想に苦笑する。言うまでもないが、なのはの頭が悪い訳ではない。この手の分析に関しては、あくまで経験が物を言う世界の話なので、口でいくら言ってもピンとこないものだ。
「ゆうくん、何の話してるの?」
「んとね、クロノってどれぐらい強いの? って話。」
「で、結論は?」
「ペースにはまれば、フェイトやアルフでも封殺されるぐらい。ただし、何かのきっかけでペースを乱されれば、あっという間に押し切られかねない側面がある。」
身も蓋も無い評価に、そういうものかと納得する一同。
「まあ、ケーキを食べながらする話でもないし、この話はこれで。」
「あ、最後に一つだけいいかな?」
「なに、なのは?」
「クロノ君が持ってる、劣勢をひっくり返すための芸、って何?」
なんだかんだ言って、それなりに理解はしているらしいなのはに、思わず苦笑しながら考える。
「多分バインドだと思うよ。臨海公園の時でも、ユーノと勝負できる強度のバインドを飛ばしてたし。それに、思考誘導して相手をはめて勝負を決めるって場合、大魔力が必要無くて、しかも物によってはものすごく出が早いバインド系統が一番使い勝手がいいと思うから。まあ、僕はミッドチルダの魔法に詳しくないから、他にそういうぺてんに使いやすい魔法があるのかもしれないけど。」
「ふーん。要するに、バインドに注意すれば、逆転は出来るってこと?」
「それはもう、腕次第としか言えない。ただ、人間同士の戦闘だと、バインドは決まれば十中八九勝負がつくから、警戒して損は無いんじゃない?」
仮にこの場にクロノがいたら、確実に顔をひきつらせていただろう。何しろ、クロノの性質を、大方正確に言い当てていたのだから。少なくとも、これを聞いていたグレアム陣営は、優喜の評価が甘かった事を、顔を引きつらせながら再認識していた。
「正直、僕としては、クロノの実力なんかより、皆がプレゼントにどんなものを用意したのかの方が気になる。」
「あ、それは確かに。」
「フェイトも苦労してたしねえ。参考までに、アンタ達がどんなものを用意したのか、見せてくれないかい?」
優喜の言葉に、ユーノとアルフが同調する。
「そうね。はやてに順番にあけてもらいましょうか。」
アリサの言葉にあわせて、全員がきれいにラッピングしたプレゼントを取り出し、テーブルの上に並べる。
「みんな、ありがとうな。遠慮なくあけさせてもらうわ。」
そう言って、比較的包みの小さい、優喜のものから順番にあけていく。優喜のものは、例の葉っぱをモチーフにしたカジュアルなペンダント。アリサのものは、はやてが集めているキャラクターグッズの新製品、それをコネでフライングゲットしたものだ。すずかは落ち着いたデザインのオルゴールをプレゼントしており、オルゴールを避けたフェイトとアルフは、内心でかなりほっとしたものだ。
「ユーノ君のこれ、綺麗で変わってるけど、一体何?」
「宝石の原石。遺跡発掘の時に結構出てくるんだ。純度も大きさも大したことないから価値はほとんど無いけど、そのままでも十分綺麗だから貰ってきた。」
「へえ、そうなんや。ありがとう。」
もう一度しげしげと観察した後、そっとテーブルの上に戻す。そして、残りの三つ、なのはとフェイト、それにアルフの分に手を伸ばす。
「なのはちゃんのは写真立てか。この写真、あのアースラの出航の時のやつ?」
「うん。みんなで写ってる写真、あの時のしか無いから、とりあえずそれを入れたんだ。」
「さすが鷲野さんやわ。ほんまによう撮れてる。」
じっと写真を見た後、にっこり微笑んで写真立てをカウンターの上の、目立つ場所に置く。
「アタシのは、フェイトのものとセットなんだ。だから、一緒にあけとくれ。」
「はいな、了解や。」
フェイトのプレゼントは、何やら大判の冊子のようなもの。一見普通の冊子だが、どことなくメカニカルな印象を見る者に与える。アルフの箱から出てきたものは、ノートパソコンなんかのカード型ユニットに似た印象の機械に、何かの変換ケーブルらしきコードが一本。アルフの説明からすると、このカード型ユニットは、フェイトがくれた冊子型の機械につないで使うものだろう。
「なんか、ちょっと仰々しい機械やけど、これ何?」
「アルバム。ただ、地球じゃ再現できない機能がいくつかあるから、この場にいる皆でしか見れないけど。」
「因みに、アタシが用意したのは、そのアルバムにこっちのデジタルデータを入力するための変換ユニットさ。」
そう言って、使い方の説明として、なのはの持ってきていたデジカメやレイジングハート・バルディッシュのデータ、さらには写真立ての写真などをアルバムに取り込んでみせる。
「ほほう。結構操作は簡単なんや。」
「簡単じゃないと、普通の人は使えないから。」
因みに、ミッドチルダでは、個人的な写真の大半は個人用の情報端末に収めておく。だが、家族で思い出の写真を共有する習慣自体はすたれてる訳ではなく、その目的に特化した、安価なアルバム用の機械も、普通に文房具として出回っているのだ。なお、ミッドチルダでも、フィルムこそすたれたものの、普通の写真は今も生き残っている。
「それで、確かに一見いろいろすごいけど、どういうところが他の人に見せたらあかんの?」
「例えばこういう機能。」
そう言って、フェイトがやって見せたのが、写真の空間投影。確かに、まだ地球では、スクリーン代わりに水などを使う必要がない空間投影ディスプレイは、開発されていない。他にも、物理的なページを無限にめくれる機能など、現在の技術力では再現しようもない。
「なるほどなあ。確かにそういうのは地球の機械やと、まだ無理やな。」
「うん。だから、ミッドチルダの事を知ってる、ここの皆でしか見れないんだ。」
「そっか。ほな、これはここの皆の、秘密のアルバム言う事やな。」
にっこり笑って、はやてがフェイトに告げる。フェイトがそこまで考えたかはともかく、実質的にそれ以外に使い道がないものなのは確かだ。そもそも、はやてにしても、両親が逝ってからいままでで、この一月半の間の出来事が一番大事な思い出であり、それを共有できる相手はこの場にいる人間だけだ。
そして、これからも大事な思い出の大部分は、このメンバーで積み重ねていく事になるだろう。だったら、他の人に見せるわけにいかないこのアルバムは、優喜達との思い出を大事にしまうのにもってこいだ。
「多分、生半可なことで埋まるようななまっちょろい容量やないんやろうけど、それでも全部埋める勢いで思い出を作りたいから、みんな、協力してや。」
「「「「「「「……うん!」」」」」」」
そのあと、最初の一人が眠気に負けるまで、ケーキをつつきながら和気藹々と、この一ヶ月半の出来事を、写真やデータを取り込みながらにぎやかに喋るはやてたちであった。
後書きもどき
ヴォルケンリッター出現まで行かなかった……
何だろう、このジュエルシード編と打って変わった話の進まなさは……