「やあ、お疲れ様。」
いろいろチェック中のテスタロッサ一家とユーノを待っている間、優喜となのはに、二十代ぐらいの若者が声をかけてきた。
「おっと、自己紹介がまだだったね。俺はアレックス。この艦の武装隊に所属してる。」
「それで、僕達に何か?」
「さっきのうちの先輩の発言に対して、謝罪と言い訳に。」
彼の先輩、ということは、フェイトが戦闘不能になるのを待って、と発言した年配の局員だろう。
「あ~、あの犯罪者の逮捕を優先するべきとかいった人?」
「ああ。本来なら本人が来るべきなんだけど、もう結構いい年だから頑固でね。正直、申し訳なかったと思う。下手をしたら大惨事になってたかと思うと、ぞっとするよ。」
「まあ、今回のことは結果オーライって事で、アレックスさんは気にしなくてもいいんじゃない?」
優喜の妙に物分りのいい言葉に、渋い顔をしながら首を横に振るアレックス。
「いや。正直、あの発言は管理局員としてあってはいけないものだよ。ここから先は言い訳になるけど、ああいう考えの人は少数派なんだ。ほとんどの前線組は、最後の最後まで一般市民の安全を優先させる。ただ、あの人はね……。」
「別に、状況が読めてなかっただけで、あの考え方自体はおかしなものでもないでしょ? 一般人が巻き込まれてなくて、物的にも破滅的な被害が出る可能性が低くて、ほっといても犯罪者が自滅する可能性があるんだったら、リスクを避けて犯罪者が消耗するのを待つのは決して間違いじゃない。」
「だけど、一般人が巻き込まれてるのに、最初の段階で、堂々と一般人を見捨てるって宣言することは許されない。ゴート一士、あ、例の先輩ね。昔、一般人を優先させた結果犯罪者の捕縛に失敗して、かえって被害を出したことがあったらしくて、ね。だけど、そんなのはただの力不足だ。」
「まったくあの石頭、犯罪者を取り逃がしたらもっと被害が出る、の一点張りだ。そうならないようにチームを組んで事に当たってるってのに、聞きやしねえ。」
もう一人、武装隊員らしい局員が、アレックスの言葉をついでぼやく。
「大体よお、一般人を優先したら絶対犯人を取り逃がすって思想は、いくらなんでも俺らを、いや、クロノ執務官やリンディ艦長を侮辱するにも程があると思うね。」
「だよなあ。ランディもそう思うよな。確かにあの人はベテランだし、実力は大したもんだけど、ベテランだから自分が常に絶対正しいって態度を崩さないのがなあ。」
どうやら、アースラの武装隊は、チームワーク面では一抹の不安があるらしい。どこの組織にもありがちな話だが、若造の暴走とベテランのスタンドプレイは、常にトップにとって頭の痛い話だろう。
「まあ、今度という今度は、艦長や空曹長殿にたっぷりしぼられるだろうから、少しはおとなしくなるんじゃないか?」
「……ご苦労様です。」
あまりに渋い顔をする二人に、思わずねぎらいの言葉をかけてしまうなのは。
「とりあえず、あれだ。」
「管理局の前線部隊が、みんながみんなあんな人道に外れた思考で行動しているわけじゃない、って事だけは知ってほしかったんだ。そりゃ、切り捨てたことがないとは言わない。言わないがね……。」
「少なくともあの石頭みたいに、検討もなしに切り捨てたことはねえ。」
アレックスとランディの渋い表情に、同情するしかない二人。正直なところ、ユーノの反応やらなにやらから、少なくとも末端の人間の大半は、それなりに健全な感性を持っている組織らしいと判断していたので、深読みをしたがる優喜ですら、彼らの言葉を嘘だとは思っていない。
「同じチームに、他人の言うことを聞かないベテランが居ると大変ですね……。」
「私も、大人になったらそういう苦労をするのかな?」
「まあ、どんな仕事も、人間関係で苦労するのは変わらないし、俺達は俺達なりに、この仕事に誇りを持ってるから、さ。」
「だから、ゴートの野郎みたいに履き違えた誇りを持ってるやつって、見てていらいらして来るんだよな。」
それからしばらく、アレックスとランディの愚痴に付き合わされる優喜となのは。愚痴の内容は主に人間関係だが、クロノのような子供に無理をさせてる不甲斐なさやら、自身の実力のなさやらの、真っ当な感覚を持っているからこその愚痴も多い。
「……年齢一桁の子供相手に、何を愚痴ってるかな?」
「あ、すんません。」
「まあ、ゴートさんのことを言い訳したいのはアタシもおんなじだから、大目には見るけどね。」
フェイト達を伴ったエイミィが出てきて、愚痴が中断される。そのころには優喜もなのはもすっかり、アレックスとランディの二人と仲良くなっていた。
「優喜、相変わらず変なところで人になつかれるよね。」
「別に、愚痴聞くぐらい誰でも出来るでしょ?」
「普通、初対面で愚痴の聞き役になったりしないよ。」
ユーノの台詞に苦笑するしかない優喜。ちなみに、ユーノは十年後に同じ台詞をはやてから言われるわけだが、こんなところも類が友を呼んでいるのかもしれない。
「それでエイミィさん、照合は終わったの?」
「うん。ちゃんと、プレシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサで荷物の回収許可申請、デバイス持ち込み許可申請、魔法の使用許可申請が受理されてたから、今回の件は問題にならないと思うよ。」
「了解。じゃあ、細かい話は後回しにして、さっさとご飯を食べようか。いい加減、フェイトが限界だと思うし。」
「そうだね。ごめんね、プレシアさん、フェイトちゃん。一応決まりなんで、あたしや艦長だけの判断で後回しにするわけにはいかなくて。」
「仕方ない事だから、気にしなくていいわ。組織というのは、決まりを守る人間が大多数を占めていないと、すぐに機能不全に陥るのだし。」
申し訳なさそうなエイミィに、穏やかに苦笑してみせるプレシア。実際のところ、リンディもエイミィも拡大解釈で無茶を通すことが多い人間で、彼女たちを大多数に含めるかは微妙のところである。もっとも、あくまで拡大解釈で、厳密には破っているとは言いがたいあたり、頭が回る連中は厄介だ。
「さて、どんな料理があるのやら。」
「ま、まあ、優喜。和食もどきじゃなければそれほど妙な味の物はないと思うから、さ。」
朝食のネタを引っ張る優喜に、苦笑しながら補足を入れるユーノであった。
「たとえ他所の世界の治安維持組織でも、なのはたちを理不尽に悪い扱いしたりしたら、ただじゃおかないからね!」
「あ、アリサちゃん、無茶なこと言っちゃだめだよ……。」
食堂から出て行く前に、明らかに目上のリンディたちに噛み付くアリサ。その無鉄砲な行動をあわててたしなめるすずか。もっとも、これでなのはたちが逮捕だの拘束だのという扱いになったら、すずかとて穏やかでは居られまいが。
「まあまあ、嬢ちゃんたちや。とりあえずこちらのお姉さんを、少しばかりは信用してもええんじゃないか?」
「分かってるわよ。私達にはそれしかない、ってことぐらい。でもね、これはまごう事なき本音だからね!」
それだけを言い残して出て行くアリサ。アリサの、どこまでも一直線でまっすぐな言葉に、気を引き締めざるを得ないリンディ。彼女達にとっての不条理な扱い、というのがどの範囲を指すのかは分からないが、少なくとも犯罪者扱いは出来ない。まあ、元からするつもりはないが。
「さて、それではまず、ジュエルシードの権利関係から処理しましょうか。」
「ちょっと待って。その前に自首をしておきたいのだけど。」
「……どういうことかしら?」
「もしかして、まだフェイトの戸籍を調べていないの?」
「……戸籍? ……詳しいことを聞かせてもらえないかしら。」
リンディに促され、手元のデータと一緒にすべてを話す。アリシアの死を発端にした、いくつかの違法研究。その最後の研究内容であるプロジェクト「F.A.T.E」のこと。それから今回の事件までの、法的にグレーゾーンな行為の数々。そして、結果的に未遂で終わった、ジュエルシード輸送船の襲撃とジュエルシードの強奪。
「……また、このタイミングで、恐ろしい話をしてくれるわね……。」
「このタイミングだからよ。私とフェイトが持つジュエルシードの権利をすべて捨てる、というのは、司法取引の材料になるかしら?」
「……そうね。まずは、罪状の整理からしましょうか。」
こめかみに指を当てて、頭痛をこらえながらリンディがいう。とりあえず、最後の未遂のものは証拠不十分で不起訴、つまりなかったことにするとして……。
「とりあえず確定した罪状は、違法研究だけね。その絡みで入手したロストロギアに関しては、入手経路と危険度が分からないことには、なんともいえないわね。」
「あら、襲撃未遂はいいの?」
「本当はよくないのだけど、証拠となるものがあなたの自白だけ、しかも実際には実行に移していない。さらに実際に実行した犯人が別にいて、そちらはすでに証拠がある、となると、司法取引に関係なく、有罪を取れるかどうかが怪しいのよ。だから、証拠不十分で不起訴にするから、考えないことにしましょう。」
時空管理局も、基本スタンスは疑わしきは罰せず、だ。そもそも、再犯の可能性が限りなく低い犯罪者の、犯してもいない罪まで状況証拠を検証して起訴に持っていくほど、時空管理局に余力はない。それに、プレシアほど有能な人物なら、こういうと細かいところで恩を売っておいて、協力を仰ぎやすくしておくほうが、双方にとってメリットが大きい。
「とりあえず、すべてのデータを頂戴。どの程度の罪になるかの大体の目算を立てるわ。」
「分かっているわ。まず、この場で渡せるものはすべて渡しておく。ただ、今回はちょっと急な展開だったから、まだ拠点のほうに結構な量の資料が残っているの。二日ほど時間を頂戴。」
「了解。ただ、形式上、監視はつけさせていただくことになるけど。」
「問題ないわ。」
とりあえず、プレシアとリンディの間の話はまとまったようだ。この場できっちり結論を出せない問題は後回しにして、まずはこの厄介なロストロギアの権利関係を整理することにしよう。
「まず、先ほどの戦闘で回収した六つのジュエルシード、そのうち三つは私達時空管理局の権利、ということにさせていただいていいかしら?」
「ええ。」
「特に問題はありません。」
「では、残り十八個があなた方の取り分、ということになるのだけど……。」
一般人が命の危険を犯して、苦労して集めたロストロギア。これを危険物だ、というだけで無料で取り上げる、などというのは財産権やその他諸々の観点から、管理局の規約の上でも当然禁止されている。
「内訳の割り振りはあなた達に任せるけど、基本的に、管理局サイドとしては、全部買い上げ、もしくはそれに相当する処理をしたいのよ。」
「ええ。とりあえずは、高町サイドとテスタロッササイドで半分ずつということで話は付いていますから、それぞれの持分は九個ずつですね。」
「そのうち、私たちテスタロッサ家の九個は、罪の軽減と引き換えに、無料でそちらにお渡しするわ。」
「分かりました。まず、九個分はそれで処理させていただきます。」
書類に何やら書き込みながら、テスタロッサ家の九個について扱いを確定させる。偽造防止の処理を行った紙の書類は、ミッドチルダをはじめとした高度に文明の発達した世界でも、契約を行った証拠として普通に使われている。もちろん、高度に暗号化し、偽造防止を行った電子データでも同時に契約書を作っているため、何らかの形で一方が破損しても、証拠としての能力は損なわれない。
「次は高町組の取り分について、決めてほしい。まず最初に言っておく。大本となった襲撃による紛失に関しては、管理局とスクライアの共同責任として相殺される。また、発掘時点で交わされた管理局とスクライアとの間の取引も、今回の取り分には一切影響しない。」
「権利の放棄、というのは避けてほしいのが本音ね。特に今回みたいに管理外世界の人間がかかわった場合、武力で権利を放棄させたんじゃないか、とかいろいろと査問が入ってややこしくなるのよ。金銭でなくて何かに便宜を図る、という形でもいいから、何らかの対価を受け取ってもらえるかしら?」
「なるほど、分かりました。ちょっと相談するから時間をください。」
「ええ。」
とりあえず、指向性の念話でひそひそ話をする。
(ユーノ、何か主張したい事とかある?)
(正直、権利と言われても困る。発端はこっちのミスみたいなものだけど、どうやらそれは共同責任でおとがめなし、になるみたいだし……。)
(なのはは?)
(わ、私に振らないでよ。せいぜい、プレシアさんの罪の軽減に追加してもらうぐらいしか思いつかないのに。)
ある意味予想通りと言えば予想通り、二人とも特に要望の類はないようだ。かといって、すでに自立しているユーノはともかく、優喜となのははお金をもらっても困る。
(優喜の方は、何かある?)
(あると言えばあるけど、通るのかな?)
(あるんだったら、優喜に任せるよ。)
(私も、優喜君がほしいものがあるんだったら、優喜君の好きなようにやってくれると嬉しいな。)
結局、優喜に一任する、という事で意見が一致。多分通らないだろうなあ、と思いつつも、考えた事を言う。
「僕の要望としては、並行世界への移動手段を探す協力がほしい。」
「「え?」」
「あ、そうか。」
「忘れてたけど、優喜君が元の世界に帰るための方法、ちゃんと探さなきゃいけなかったよね。」
優喜の台詞に、意味が分からないという顔の管理局組。それとは対照的に、実に納得した様子を見せるなのは達。
「そうね。最終的にどちらの世界で生きるかはともかく、一度は向こうの世界に戻った方がいいわよね。」
「……でも、わがままを言っていいなら、優喜と離れるのは嫌だよ。」
「……悪いのだけど、事情を説明してもらえないかしら。」
勝手に納得して話を進めていく一般人達(一般人とくくるには抵抗のあるメンバーだが)に、一応待ったをかけるリンディ。このままでは、訳も分からないままなし崩しで協力をさせられかねない。
「簡単な話。僕はいわゆる並行世界から、こっちに飛ばされてきた人間なんだ。」
「もう少し、詳しく説明してくれないか。それだけだと何も判断出来ない。」
クロノに促され、これまでの話を説明する優喜。自分が本来二十歳を過ぎた成人男性である事。元居た世界で遺跡発掘のアルバイト中に、遺跡の機能が生き返って、気がついたらこちらの世界に飛ばされた事。飛ばされた時、どういう作用か肉体が九歳程度まで退行していた事。飛ばされてきた日付から数日前に、こちらの世界の竜岡優喜が事故で死んでいた事。さらには、並行世界だと判断した根拠まで、全てを懇切丁寧に説明する。
「……また、頭の痛い話ね……。」
「リンディさんは、僕が見た目通りの年じゃない事に、大体気がついてたんでしょ?」
「まあ、確かに気がついてはいたけど……。」
「なんのからくりもなしで、こんな年齢一桁が存在したら、いろいろ終わりではあるわね。」
プレシアの身も蓋もない一言に、思わず頭を抱えたくなるリンディ。何かある、とは思っていたが、こんな面倒な話があるとは誰が考えるものか。
「それで、具体的な要求なんだけど、もしかしたらジュエルシードが使えるかもしれないから、二つだけ研究用に権利を確保したい。」
「ちょっと待て! それはいくらなんでも!!」
「だろうね。」
「……ジュエルシードが並行世界の移動に使えるかも、と考える根拠は何かしら?」
「次元震を起こしかけた時の魔力が、願いをかなえようとして暴走してた時に比べてかなり安定してたから。なんか、次元震を起こすのが目的なんじゃないか、って思うぐらい綺麗に魔力が出てた割に、それだけを目当てにするには出力が大きすぎる。これは単なる勘だけど、願いをかなえるという機能、もっと正確に言うとそのための入力機能は後付けなんじゃないかな、って思うんだ。」
優喜の台詞に、片眉を軽くあげるプレシア。捜索のためにフェイトが持っていたジュエルシードを調べた時に、プレシアも似たような結論に達していたのだ。どうにも出力の正確さに比べて入力が雑すぎる、と言うのは、一定以上のレベルの研究者が調査すれば、必ず到達する結論だ。
「まあ、ジュエルシードについてはおいとくとして。確認したいんだけど、聞いた感じだと、次元世界と並行世界はまた別の概念のようだけど、並行世界についての研究は進んでる?」
「おとぎ話として鼻で笑われている、というのが現状ね。滅んだ文明や未発見の次元世界の中には、移動可能なレベルまで研究が進んでいるところもあるかもしれないけど、あまり期待は出来ないわ。」
「何しろ、次元世界だけでも、まだ発見した数の方が少ないぐらいだ。そちらの調査ですら終わっていないというのに、違う歴史を歩んだ世界、なんてものまで探そうとする物好きは、そうそういないだろう。」
「じゃあ、もう一つ質問。歴史が違うだけで、まったく同じ文化文明をもった次元世界、というやつが発見された事は?」
「ない。発見される可能性がない、とまでは言い切れないが、あくまでも、酷似した別の文明、というのが正しいだろうな。」
なかなかに前途多難である事を突き付けられ、苦笑するしかない優喜。
「だが、君が次元漂流者である可能性が高い以上、時空管理局としては、君が本来所属している世界を探すの事に対して、協力を惜しむつもりはない。それも、本来の職務の一つだからな。」
「そうね。となると、結局ジュエルシードの権利については、扱いが浮いてしまうわね。」
「とりあえず、ここまでの状況から言って、この後何があるか分からない。使える札は一枚でも欲しいから、二つほど、こちらで握っておくわけにはいかない?」
「……どうしても手放したくない、という事か?」
「どうしても、というわけじゃないけど、どうにもこれぐらい突飛な札でも持ってないと、すがれる可能性自体がなさそうな気がしてね。」
(もう嫌……。なんでこの人たち、こんなにややこしいのよ……。)
優喜とクロノの会話を聞いて、とうとういろいろ投げるリンディ。今までいろんな事件にかかわってきたが、こんなに面倒くさい管理外世界の住民は初めてだ。
「二つ、という数字にこだわるが、どういう根拠だ?」
「一つは地球の知り合いに預けて調べてもらうつもりで、もう一つはプレシアさんにお願いするつもりだったんだ。」
「……管理外世界に、これを調べられるほど進んだ技術を持った人間がいるのか?」
「感じとしては、その一族の持ってる技術は、部分的には管理局を超えてると思うよ。単に、量産できないだけでね。」
「……信じられないが、君がこういう事で嘘をつく人間だとも思えない。」
「安全管理も、それほど心配はいらないよ。僕が魔法を使わずに不活性化できるぐらいだから、あの人たちならどうとでも出来るはず。」
とはいえ、次元震を起こしかねない物を、一般人の自由にするわけにもいかない。ジレンマに頭を抱えるクロノと、投げたくなりながらも頭をフル回転させて落とし所を探すリンディ。
「……話が進まないから、こうしましょうか。」
ようやく思いついたリンディが、落とし所を提示する。
「管理局としては、こんな危険物を野放しにしておくわけにはいかないから、優喜君が管理と研究を管理局に委託する、という形をとらせてもらえないかしら? 所有権がどこにあったとしても、偶発的な理由以外では、管理局の許可なしで使用できないのは変わらないわけだし。」
「本当に必要な時に使わせてもらえるのであれば、それで構いません。正直、使えるのであれば誰の所有物でも問題ない。」
ようやく、本来ならそれほどもめるはずの無い交渉が完了する。単なる買い取り交渉、せいぜい金額でもめる可能性がある程度だったはずなのに、何でこんなにややこしい事になったのか。思わず遠い目をしたくなるリンディ。
多分、使用や所有の権利を却下しても、優喜は別段それ以上は食い下がらなかっただろうが、そうすると結局、ジュエルシードの権利関係について何も決まらないままになってしまう。だったら、事実上管理局がすべてコントロールできる条件付きの使用権と、研究に口出しする権利ぐらいはいいだろう。
それに、この形式をとることで、回収とは別に、ジュエルシードの存在によって受けた被害についての補償を、委託管理費という形で相殺できるので、そちらの話し合いも省略できる。もっとも、一番最初に被害を受けたらしい動物病院に関しては、自分たちの存在を明かせない以上、補償のしようもないのだが。
「それで、リンディさん達は、どれぐらいこちらに?」
ジュエルシードによる被害補償についても同意が得られ、ようやく肩の荷が下りたとホッとしていると、なのはがそんな事を聞いてくる。
「補給の問題もあるから、遅くても明後日ぐらいには出航、かしら。」
「だったら、せっかくだから、一度うちの店に来てください。」
アースラに半舷休息の指示を出しながら一応の日程を答えると、時間があると思ったのか、そんな事を言ってくる。
「店?」
「私のうち、喫茶店を経営してるんです。シュークリームが自慢なんですよ。」
「翠屋のシュークリームが絶品なのは、私とフェイトも保証するわ。艦長、貴女見たところ結構な甘党なようだし、一度は食べないと後悔するわよ。」
なのはのシュークリーム、という単語に反応したプレシアが、話に口をはさむ。
「そんなに美味しいの?」
「ええ。甘さは控えめだから、ものすごく甘いものを期待されても困るけど、ね。」
「あの美味しさは、私じゃ口で説明できない。」
ある意味、翠屋のシュークリームに救われたともいえるテスタロッサ親子が、大げさなまでに太鼓判を押す。
「プレシアさん、えらくそわそわしてるけど、これから翠屋に行くつもりなの?」
「あたりまえじゃない。資料の提出が終わったら、裁判と刑の執行と保護観察が終わるまで、当分の間食べられないのだから、今のうちに心残りが無くなるぐらいは食べておかないと、ね。」
「もしかしなくても、フェイトもそう?」
「うん。桃子さんのシュークリームは、一番好きなお菓子だから。」
テスタロッサ親子の一番の好物となった翠屋のシュークリーム。ここまで愛してもらえれば、作り手としてこれ以上の事はないだろう。
「……なのはさん、ご両親は、今はお店の方にいらっしゃるの?」
「はい。」
「……艦長、一応勤務時間中です。」
「クロノ、これは業務を兼ねてるし、今は半舷休息よ。すぐに戻れる距離だし、いずれどこかでなのはさんのご両親とお話しする時間を取ることにはなるのだし、今から行っても、それほど違いはないわ。」
明らかに欲望に負けた自分を理論武装でごまかし、堅物のクロノを説得にかかる。実際のところ、リンディもクロノもずっと根をつめて作業をしてきたこともあり、いい加減どこかでこの手の休息を入れないと、今回のような状況で、重大なミスをしでかさないとも限らない。
「……今回は見逃しましょう。僕もあなたも、さすがに根を詰めすぎている。」
「ありがとう。それで、クロノはどうする? 多分、それなりに時間がかかることにはなると思うのだけど。」
「今回は留守番をしておきます。エイミィばかりに任せっきりにするわけにもいきませんので。」
「了解。じゃあ、後の事はお願いするわね。」
話はまとまったようだ。それならば、と転送の準備に入ろうとしたところで、優喜が疑問をぶつけてくる。
「そういえば、アリサ達以外に、巻き込まれた人っていなかったの?」
「不幸中の幸いとでもいうべきかしら。今回はあの三人だけだったわ。あ、そうだわ。鷲野さん達も、そろそろ戻るって言ってなかったかしら?」
「今、エイミィがこちらに連れてきているようです。」
「だったら、一緒の方がいいわね。」
シュークリームに気もそぞろな大人二人を見て苦笑しつつ、とりあえず当面の問題が片付いたことを実感しながら、アリサ達を待つ子どもたちであった。
二日後の放課後。結界を張った臨海公園。これから管理局本局へ向けて出航するアースラを見送りに、ジュエルシード事件の関係者が集まっていた。
「しかしまあ、急な話よね。」
「フェイトちゃん、はやてちゃんの誕生日には、一度戻ってこれるんだよね?」
少しばかり寂しそうに聞いてくるアリサとすずかに、小さく微笑みながらうなずくフェイト。
「私は裁判とか無いから大して拘束される事もないから、それぐらいの余裕はある。ただ、いろいろと手続きは時間がかかるから、また前みたいになのはの家で暮らせるようになるのは、早くても七月ごろになると思う。」
「戸籍や学校の問題もあるから、最短でもそれぐらいはかかるわね。」
「ただ、多分フィアッセさん達の特別授業には、ちゃんと参加できるかな。」
「それはよかった。学校はどうする?」
「多分、こっちで通う事になると思う。早くて九月から。」
「なんや、フェイトちゃんも学校行くんやったら、自宅警備員は私だけかいな。」
はやての台詞に、苦笑するしかない一同。アースラよりも充実した時の庭園の医療設備でも、治療法が見つからなかったのだから、それ以上となるとミッドチルダに連れていくぐらいしかない(と言う事になっている)。さすがに、なのはのように一度はミッドチルダに連れて行って、魔法関係を勉強させる必要があるような人間ならともかく、一般人のはやてをホイホイと連れていく事は出来ない。それなりに面倒な手続きを経て、ようやく連れだせるのだ。
「はやて、誕生日にはいっぱい遊ぼうね。」
「うん。楽しみにしてるで、フェイトちゃん。」
指切りを交わして離れる。これが今生の別れというわけではない。六月四日なんてすぐだし、戻ってくるのだって半年はかからない。だから、このぐらいあっさりしている方がいい。
「優喜、なのは。いろいろ、ありがとう。」
「フェイトちゃん、体には気をつけてね。」
「君は食が細いから、間違っても一食抜いたりしない事。」
「うん。大丈夫。しばらくはユーノも一緒だし、少なくとも戻ってくるまでは、特に事件とかにかかわるわけじゃないし。」
さすがに妙に引きが悪いフェイトといえど、事件の証人である以上は、他の事件にかかわる事もあるまい。それに、ユーノが一緒にいるのだから、そうそうピンチになる事もなかろう。因みに、アルフはトラブルを未然に阻止する観点では全く役に立たないので、この場合カウントには入らない。
「ユーノも、フェイトの事頼んだよ。」
「うん、任された。でも優喜。」
「なに?」
「本当に、すっかり保護者役が板についたよね。」
ユーノの指摘に、苦笑するしかない優喜。何しろ、フェイトの世間知らずと天然と引きの悪さは筋金入りだ。当人が頑張っているのが分かる分、余計にそういう面が際立つ。しかも、なのはと一緒だと、フェイトはやたらと前のめりになる傾向がある。出会った当初は本来の保護者が当てにならなかった事もあり、必然的に中身が年上の優喜が、保護者代理をするしかなかった。多分この関係は、よほどの事がない限りは、そう簡単には変わらないだろう。
(ユーノ、フェイトの事もだけど、あの本の事もお願いね。)
(うん。でも、本当にそっちが優先でいいの?)
(タイムリミットまでの長さで比べると、明らかにはやての方が優先だからね。僕の方は最悪、老衰で死ぬまでに師匠が何とかすると思うし、向こうの心残りって言っても、せいぜい両手で足りる程度の人数に対してだけだし。)
(……僕が言うのもなんだけど、やけに寂しい人生を送ってきたんだね……。)
(本当は、こっちでもそうするつもりだったんだよ? 体がこうだからどうにもならなくて、そのまま深みにはまったけど。)
結果的に、そのおかげでユーノもフェイトも救われたのだから、本人が不便を感じている事を除けば、全体的にはいいことばかり、という気がしなくもない。もっとも、今現在不便を感じ、所属した世界から切り離されている優喜には、とても言えない言葉だが。
「まあ、なんにしてもユーノ、フェイトの事もだけど、調べ物もお願いね。」
「分かってる。任せて、と言いたいところだけど、クロノの話じゃ、無限書庫はほとんど整理されてないみたいだから、あんまり期待しないで。」
無限書庫とは、管理局本局に存在する、成立が何時かも分からない、その名の通り亜空間に無限ともいえる数の本を収めた書庫である。本当に無限とも思える数があるため、整理するにもどこから手をつけていいか分からない、などと言うたわけた理由で長年放置されており、もはや魔境と化していると言っても過言ではない。
あまりに整理されていないため、資料保管庫としての価値も低く、基本的に外部には公開されていない施設だ。別に勿体をつけているとかそういう事ではなく、無駄に空間が広い癖に司書も碌にいないため、自分の足で資料を探すとなると、普通に遭難するのだ。ユーノが閲覧を許されたのは、スクライアの固有魔法である検索魔法と速読魔法のおかげで、入り口が見えている範囲にいても、どんなに奥地に転がっている資料でも取り寄せられるから、である。
「……あそこの管理に関して、管理局が怠慢をしているのは認めるが、そもそも書庫そのものが、管理局が成立する前からただの資料置き場になっていた事実まで、こちらの責任にされても困る。」
「でも、それと予算不足を言い訳に、人も碌に配置せずにどんどん資料を運び込むだけで放置してるのは事実でしょ? この機会に、僕についでに整理もさせようって魂胆が透けて見えてるよ。」
「資料や情報の重要性の認識が甘いのは、治安維持組織としてはどうかと思うけど、そこのところはどう思う、ユーノ?」
「宝の持ち腐れにもほどがあるよね。」
言いたい放題さえずる優喜とユーノに、渋い顔をするクロノ。別に彼に責任のある話でもないのだが、こういう話で関係者がつつかれるのは、どこの世界でも変わらない光景だ。
「のう、坊主たち。そろそろ写真を撮ってもいいかの?」
放っておくと、いつまでもクロノをつついて遊んでいそうな優喜達に、鷲野老人が割り込んでくる。
「あ、ごめん。おねがいします。」
「さあ、並んだ並んだ。」
鷲野老人に促されて、女の子達の後ろに並ぶ優喜とユーノ。
「クロノはこっちに来ないの?」
「僕が混ざるのは、あまりに場違いだからな。君達とそれほど親しいわけでもなし、今回は遠慮しておくさ。」
「了解。まあ、この後で、男だけで撮ってもらえばいいか。」
「だね。」
話がまとまったところで、はやてとフェイトを最前列に、真ん中に聖祥組、最後尾を男二人という構成で一枚。優喜を真ん中に、左右をなのはとフェイト、後ろにアリサとすずか、最前列にはやて、なのはの肩にフェレットのユーノ、という構成でもう一枚。
他にも何枚か、記念写真を撮影して、写真撮影を終える。因みに鷲野老人は、道具にそれほどこだわりの無い人物で、フィルム式の一眼レフカメラとデジタルカメラ両方で一枚ずつ、同じ構図の写真を撮っている。デジカメのデータは、しばらく写真を渡す機会が訪れないであろう出航組に渡すためのものだ。
「なのは。」
「……うん。」
見送りの列に戻ろうとして、フェイトに呼びとめられるなのは。フェイトの意図を察して、手が届く距離に近付く。普段やっている聴頸の練習のように、互いの腕を外側から手首のあたりで当て、しばし互いの目を真正面から見つめ合う。
「……いってきます、なのは。」
「……いってらっしゃい、フェイトちゃん。」
それだけを告げ、それぞれの場所に歩いていく。なのはは見送りの列へ、フェイトは見送られる側へ。
「……もう、いいかしら?」
「はい。お待たせしました。」
「エイミィ、転送をお願い。」
『了解。』
エイミィの返事から数秒後、ミッドチルダから来た人たちの姿が、あっけなく消える。誰もいなくなった公園に沈む夕日を、しばらく何も言わずに見つめ続ける。
「さあ、帰ろうか。」
「うん。」
こうして、高町なのはにとって、人生を変えるきっかけとなったジュエルシード事件は、落ち着くところに落ち着く形で解決したのであった。