「いらっしゃい、優喜君、なのはちゃん、フェイトちゃん。アルフさんもよう来てくれたな。」
フェイトが高町家で暮らすようになってから、初めての土曜日。いろいろ用事が重なった結果、延びに延びたはやての体の診察。ようやくタイミングがあったので、学校の半日授業を終えた後、着替えてすぐに八神家にやってきたのだ。
因みに聖祥は私立ゆえ、完全週休二日制ではなく飛び石で土曜日を休みにしている。また、カリキュラムをうまく整理・統合する事により、地理と地形・地層のように関連する部分が多分にある内容を一度にやってしまうなど、いわゆる本来の意味でのゆとり教育を実現している。その結果、授業時間は少なくても学習内容は非常に濃くなっているため、生徒に相応以上の学力を求める結果になっている。
「ユーノは先に来てるんだ?」
「うん。ただ、診察はまだやってへんよ。優喜君と一緒にやった方が、二度手間を避けて精度も上げられるから、って。」
「そっか。それはそうと、言われた通りお昼は食べてきてないんだけど、先にお昼ご飯?」
「そやね。準備するから、上がって待っとって。」
はやてに促されて、お邪魔しますと声をそろえて家に上がる。
「はやてちゃん、手伝うよ。」
「あ、私も。」
「二人とも、料理できるんや。」
「最近、おかーさんに習ってるんだ。」
「お手伝いで足を引っ張らないぐらいの腕はあるつもりだよ?」
なのはとフェイトの返事に、それならば、と台所に誘う。
「僕も手伝おうか?」
「生憎と、四人もとなると定員オーバーや。優喜君は今日は大人しくしとって。」
「了解。」
はやての言葉に苦笑を返し、優喜はリビングでフェレットのままのユーノとくつろぐことにした。因みにユーノは現在、高町家と時の庭園を行き来しており、フェイトの買い物の時は時の庭園でプレシアの診察やら何やらをやっていたため、添い寝事件の事は知らない。なお、高町家にいるときは、基本フェレットの姿で恭也か優喜の部屋に世話になっており、高町家のペット的立場はあまり変わっていない。
(そういえば優喜。)
(なに?)
(この家の盗聴器とか監視カメラとかって、まだ生きてるの?)
(生きてるよ。いきなり無力化したら、向こうに警戒されるし。)
優喜の言葉に一つうなずくユーノ。要するに、今まで通り、話す内容には注意が必要だ、という事だ。
「それで優喜。なのは達の料理の腕前は?」
「レシピ通りに作る分には問題ないよ。ちゃんと味見とかをしてるから、ちょっと大雑把な作り方をしても、変なものは作らないぐらいにはなってるし。」
「アタシは料理できないけど、フェイトは年から見れば出来る方じゃないかい?」
料理が出来ない人間に共通するのが、味見や火の通り加減の確認をちゃんとしない事だろう。現在殺人シェフ一級の美由希も御多聞に漏れず、包丁の扱いだけはうまいが火加減は適当、調味料も何も考えずにぶち込む感じで、これでまともな料理が出来たら奇跡の領域だ、という作り方しかしない。
そして、その姿を見て真剣に勉強を始めたのはと、将来自炊することも視野に入れた教育をリニスから受けたフェイトは、現状得意な範囲こそ違え、見てて心配になるほどおかしなまねはしない。せいぜい、なのはの包丁の扱い方や、フェイトの調味料を測るときの手つきが、傍目に見てて危なっかしい程度だ。場数を踏めば、そのうち解決する問題である。
「まあ、はやては自炊してるらしいし、食べられないようなものは出てこないと思うよ。」
「なら、安心だね。」
「そうそう。アタシ達は大船に乗ったつもりで、ご馳走が出てくるのを待てばいいんだよ。」
車椅子生活の小学生が自炊、という時点でどうかと思う面はあるが、食べられないものが出てくるよりははるかにいい。そう割り切って、人の家だというのにソファーでゴロゴロと転がってくつろぐユーノとアルフであった。
そのころ、台所では。
「なんや、二人とも結構手慣れてるんやね。」
「うん。リニスから刃物の扱いは徹底して仕込まれたから、材料を切ったり皮を剥いたりとかは得意だよ。」
「私は喫茶店の娘だから、味付けとかにはちょっと自信があるんだ。」
「……こんなところでまで、コンビの相性を見せんでも……。」
はやての言葉に苦笑する二人。実際、なのはとフェイトは、いろんなところで弱点をカバーし合うような感じで得意分野を持っており、よくぞここまで相性のいい相手が見つかったものだと、外野が見ても思うレベルだ。
「なのはちゃんとフェイトちゃんって、ほんまに最初は敵同士やったん?」
「うん。」
「優喜のおかげで、訓練中の模擬戦以外で戦った事は一回もないけどね。」
「そっか。まあ、二人の事やから、優喜君がおらんでもいずれは今みたいな関係にはなってたやろうけど。」
なのは達を見て、心の底からそう思うはやて。出会ったころのフェイトは確かにとっつきにくい面もあったが、なのはの性格からすれば、こういうタイプを見て手をこまねいているとは思えない。
「でも、優喜君がいなかったら、多分こんなに早く仲良くなれなかったと思うよ。」
「少なくとも、母さんは助からなかったと思う。」
「そう考えると、二人とも優喜君には頭が上がらん訳か。」
はやての言葉に、苦笑しながらうなずく。やった本人は何とも思っていないのがなお困る、というのが二人の本音だ。中身の年齢的にも経験的にも、対等というのはなかなか難しいが、それでも受けた恩を返すために、一日でも早く支えられるぐらいにはなりたい。それが最近の二人の、割と切実な願いだ。
正直、大人達や優喜からすれば、そんなに生き急がなくてもいいのに、と思うほどに、彼女達は前のめりに成長している。リニスではないが、元々から子供が子供で居られる時間なんて短いのだ。その短い時間を、子供らしく生きる事はとても大切なことだ。だが、もともと真っ直ぐすぎて前のめりな彼女達には、こういった大人たちの想いは届いていない。
「それにしても、みんな元気になって、ほんまによかったわ。」
「え?」
「私、あの日優喜君にも二人にも、無神経な事言ってしもたやん。」
「無神経な事って?」
「ほら、正当防衛でも、人殺しは人殺しや、とか。」
「「ああ……。」」
正直、全て丸く収まった話なので、はっきり言って忘れていた。少なくとも、当事者にとってはすでに、痛い教訓を得た過去の話である。だが、はやてにとってはそうではない。
はやては、両親をなくした過去に加え、自身の足の麻痺が、場合によっては命に関わるものだと知っていることもあり、人間というのが、案外あっけなく死ぬことを知っている。それゆえにあの時、人が死んだという事実に対して、これといって感情を見せなかった優喜に対して、思わず子供とは思えない説教くさいきれいごとを言ってしまった。
正直、あのときのなのはやフェイトの尋常じゃない様子に加え、優喜の思いのほか深いダメージを知るにつれ、自分の子供じみた正義感で周りをちゃんと見ずに言い放った言葉を、深く後悔せざるを得なかったのだ。誰もたしなめる大人が居ないというのにそういう考えにいたるあたり、はやても稀有な資質と精神年齢を持つ少女なのは確かだろう。
「別に、はやてちゃんが言ってた事って、そんなにおかしなことじゃ無かったよね?」
「うん。結局、私たちの考え方とか覚悟が甘かった、ってだけだし。」
「でもな、ショック受けてる人間相手に、追い打ちかけるように言うようなことではないやん。」
はやての顔に、本気の後悔が浮かんでいるのを見てとり、戸惑うしかないなのはとフェイト。例の事件から後ろ、どうにもタイミングが合わずにはやてと会う機会がなく、それゆえに今日まではやては後悔で悶々としていたようだ。普通なら、これぐらい間が空いて、しかも関係者が全員立ち直っているのなら、何事もなかった事にして忘れそうなものだが、それだけはやてが律儀な性格をしているということだろう。
「今更遅いと思うけど、ほんまにあの時はごめんな。」
「いいよ、気にしないで。」
「はやてちゃんは、はやてちゃんなりに私たちの事を考えて言ってくれた言葉なんでしょ?」
「所詮小娘の浅知恵やったけど……。」
「あの事件が無くてあの言葉が無かったら、私たちは自分がどれだけ危ない力を持ってるのか、どんなに甘い考えでそれを使ってたか、多分今でも分かって無かったと思う。」
「だから、はやてちゃんはもう、あの時の事は気にしないで、ね。」
「……うん。ごめんな、ありがとう。」
二人の言葉が慰めではなく本心だと悟ったのだろう。ようやく肩の荷が下りたという感じで、表情が和らぐはやて。この後三人は、和気藹々とにぎやかにお昼ご飯を完成させたのであった。
昼食後。横になった方がやりやすいから、という理由で、みんなではやての部屋にお邪魔する。別段ソファでやってもいいのだが、やはりある程度リラックスしていた方がいいので、結局は部屋のベッドに落ち着いたのだ。なお、はやてには今のところ、男の子を自分の部屋にあげる事に対する抵抗感とか、そういった感性はない。因みに、アルフは満腹感とソファーの居心地に負けて、狼モードでゴロゴロしている。
「そういえば、ジュエルシードの回収、今はどんな感じ?」
「あれから全然進んでない。」
はやての体に慎重に気を流し込みながら、軽く雑談に応じる優喜。元々、気功による診断だの治療だのは、余程相手が重篤な状態でもない限り、こんな感じで雑談交じりにやるものだ。
「そもそも、ジュエルシードって全部で何個あって、そのうち何個回収したん?」
「全部で二十一個あって、そのうち十三個回収が終わってる。残り八個なんだけど、どうにも急に手掛かりがつかめなくなって来た。」
「本当に、最近は空振りばかりだよね。」
「うん。もしかしたら、残り全部、海に落ちちゃってるのかも。」
念のためにと、海鳴温泉のあたりまでサーチャーを飛ばしているというのに、目立った反応がないのだ。
「海となると、結構厄介なんと違う?」
「そうだね。さすがに、水中を長時間、となると、私もフェイトちゃんもそんな魔法は覚えてないし。」
「大体、広すぎるし深すぎるから、サーチャーで探すのも簡単じゃない。」
と、前途が多難そうな言葉を返すなのはとフェイト。実際、海中で発動した場合どうするのか、というのは頭の痛い問題だ。なのはの砲撃は余程収束させないと、屈折するか拡散するかで本来の性能は発揮しないし、フェイトの得意な高速戦闘も、さすがに水中では勝手の違いもあって、魚を相手取るには不足している。
「警察とかに手伝ってもらう、言うんは無理なん?」
「さすがに、ものがものだけに、こっちの公的機関はあんまり使わない方がいいだろうね。」
「あ、ちがうで。ユーノ君の世界の警察とか、そういう感じの組織の話。」
「ああ。そういえばユーノ、まだ連絡は取れない?」
「僕の持ってる通信機じゃ無理。最近、通信障害がひどくなってるみたいだし。フェイト、バルディッシュはどう?」
「母さんの話だと、デバイスの通信機能だと、出力強化ぐらいじゃ、最寄りの管理局の施設にも届かないみたい。時の庭園の設備ならつながると思うけど、まだ母さんが司法取引のための資料を準備してる最中だから、応援を呼ぶにしても、もう少し先かな?」
要するに、応援は頼めないようだ。自分たちで何とかするしかないだろう。
「まあ、ぼちぼちやるしかないんちゃう?」
「だね。で、僕の方は大体把握したんだけど、ユーノはどう?」
「こっちも、いろいろ分かった。ちょっと驚く話が出てくるから、一応心の準備はしておいて。」
「奇遇だね。こっちも驚く話があるんだ。」
優喜とユーノの台詞に、顔を見合わせるなのは達。どうにも、こういう時に出てくる新事実というやつは、大体ロクでもない事ばかりだ。そう思っていると、まずユーノが口を開く。
「まず最初にね。僕も驚いたんだけど、はやてに魔導師資質があった。ちょっといろいろ事情があって、どの程度の資質かはよく分かんないんだけど……。」
「「「え?」」」
衝撃の事実だ。そういう資質を持って生れる人間がほとんどいないから、魔法のような技術・技能が衰退したのだ。なのに、狭い海鳴という土地に、同年代の資質もちが二人もいるというのはどんな極端な奇跡なのか。
「で、下半身の麻痺だけど、はやてのリンカーコアに、外部から何かが侵食してるのが原因みたい。はやての資質がどの程度かが分からないのも、これが原因。」
「何か、って何?」
「僕の方は、そこまでたどれなかったけど、優喜は分かった?」
「うん。至近距離だから、はっきりたどれたよ。そこの本棚に入ってる、鎖がかかってる本。」
優喜の言葉に、全員の視線が集中する。視線の先には、いかつい装丁の上からたすき掛けのように鎖がかけられた、いかにも胡散臭い雰囲気を発する分厚い本が。
「……これが?」
「うん。まあ、本ってことで、僕は逆に納得した。古い魔術の本とか、原本に近ければ近いほど、こういう厄介な呪いを持ってる事が多いからね。」
「そうなの?」
「直接見た事はないけどね。ネクロノミコンとか、いろいろすごいらしいし。」
もっとも、優喜と違って魔法世界出身の二人は、その本について別の結論を見出したらしい。
「ねえ、ユーノ。これ……。」
「うん。多分これ、デバイスだ。」
「デバイスって、なのはちゃんのあのごっつい杖とか、フェイトちゃんのあの鎌とか?」
「うん。でも、デバイス自体は別に、形に規則があるわけじゃないからね。」
「ユーノが使ってる記録端末も手帳型だし、母さんの研究室にも本型の記録用デバイスがあったから、このデバイスもそれ自体は別におかしくもなんともないんだ。」
つまるところ、何故魔法と縁もゆかりもなさそうな八神家に、このデバイスが存在するのかが問題なのだ。しかも、それがはやての体に害を与えているとなると、ちゃんとした調査は必須だろう。
「とりあえず、後で母さんに話して、分かる範囲で調べてもらうよ。」
「だね。僕たちがここであーだこーだ言っててもどうにもならないし、デバイスをいじれるのは知り合いにはプレシアさんとリニスさんしかいないし。」
ユーノの言葉に、ふと余計な事を考える優喜。
「優喜君、何かおかしな顔してるけど、どうしたの?」
顔に出ていたのか、なのはに見事に突っ込まれる。
「あ~、大したことじゃなくてね。ただ……。」
「「「ただ?」」」
「忍さんだったら、直観と感性とマッド魂で、普通に解析とか魔改造とかしそうだな、と。」
「「「そうかも……。」」」
彼女のマッドサイエンティストぶりは、どうやら関係者に深く浸透しているようだ。それさえなければいいお姉さんなのだが……。
「まあ、とりあえずはプレシアさんに任せるとして、場合によっては忍さんにも声をかけてみよう。」
「なんか、違う意味で不安やねんけど、それ。」
「でもなんとなく、結局は関わりそうなんだよね。」
優喜の言葉が、いちいち無駄に説得力があって苦笑せざるを得ない一同。この手の事に忍がかかわると、当初の予定や計画の斜め上の位置に、結果オーライ的な形で着地することが多い。つきあいが短い優喜達ですら、その辺のことを思い知っているのだから、恭也やすずかはさぞ苦労していることだろう。
(それはそうと優喜。)
(何?)
今気がついた、という風情で念話で声をかけてくるユーノ。
(深く考えずに、これがデバイスだって話をしちゃったけど、よく考えれば盗聴されてるんだよね?)
(ああ。まあいいんじゃない? 温泉の時にも監視されてたし、向こうもこっちが魔法関係者で、デバイスがどうとかいう知識があることぐらいは知ってるはずだし。)
(まあ、今更か……。)
優喜の指摘に、思わずため息が漏れる。自分はどちらかと言うと慎重な方だと思っていたが、実はかなり迂闊な行動が多いらしいと、この一カ月でしみじみ思い知った。実際のところ、ユーノは年齢からすれば十分慎重で思慮深い方に入るだろうが、それでも大人から見れば迂闊としか言えない行動が目立つ。年齢や経験を考えれば仕方がない事だが、仕方がないですまない事も世の中にはあるわけで……。
「どうしたの、ユーノ君? ため息なんかついて。」
「あ、何でもないよ。ただ、いろいろとややこしい話になってきたな、って思って。」
「ほんまや。単なる病気かと思ったら、なんか変なもんが絡んでるし、ユーノ君でなくても、面倒くさくてため息の一つぐらい出るわ。」
「まあ、なるようになるさ。とりあえず、今日はもうちょっとはやての気の流れを整えてから引き上げるよ。」
「ん。ありがとう、お願いするわ。」
時空管理局本局次元航行部隊所属、L級次元航行船アースラ。その艦長のリンディ・ハラオウンは、現状について思案していた。辺境ともいえる航路での輸送艦の連続失踪・襲撃事件の調査。そのさなかに判明した不自然なほど強力な通信障害。それに対する調査を継続するかどうか、その判断を迫られていたのだ。
そもそも、第九十七管理外世界の近辺を通るこのルートは、最近でこそ、ここ数年に発見され、管理世界となったいくつかの世界と、その数倍程度の管理外世界、無人世界をつなぐルートとして交通量が増えてはいるが、一年前ぐらいだと、本当に辺鄙な、としか言えない地域だった。正直、もう数年待てばともかく、今海賊行為をするのは、効率が悪すぎはしないか、とすら思える地域だ。
「どうにも、引っ掛かるのよねえ……。」
「ですけど、収穫と呼べるのは、いくつかの輸送船襲撃事件の犯人グループを仕留めたことぐらいです。彼らの設備では、仮に通信妨害をかけていたとしても、これほど強力なものは不可能なんじゃないですか?」
「それがね、引っ掛かってるのよ。」
執務官補佐のエイミィ・リミエッタの指摘に、リンディがこめかみに指を当てながら、唸るように返事を返す。
「引っ掛かる?」
「エイミィ、艦長が引っ掛かっているのは、襲撃パターンだと思う。」
エイミィの質問に、艦長の息子であり、敏腕でならすクロノ・ハラオウン執務官が答える。いつも冷静沈着で、鋭い分析でいくつもの難事件を解決してきた、今年十四歳になるエリート少年だ。
「そうね。どうにも不自然なのよね。」
「不自然ですか……。」
「何というか、襲撃なんていうリスクの高い真似をしているのに、積荷の強奪にそれほど重きを置いていない感じなのよ。」
「いくつかの積荷は第九十七管理外世界に落ちているというのに、それを追いかけた形跡もない。中にはロストロギアらしいものもあったというのに、だ。」
言われて確認してみる。二人の指摘通り、確かに積荷の回収はかなり大雑把なようで、乗組員を全員殺しているというのに、積荷は半分以上残しているケースすらあった。
「どうにも、強盗目的の襲撃じゃない感じなのよね。」
「ですが、犯人グループの自供は……。」
「そんなもの、当てにならないのは、エイミィもよく知っているはずだ。」
「まあ、そうだけどさあ……。」
だが、積荷目当てではないとなると、一体どういう理由があるのか。とりあえず、考えられる可能性をあげていくしかない。
「とりあえず、ここで少し考えてみましょう。積荷を全部持っていかなかった理由として思いつく事は?」
「今思いつくのは、襲撃をかけた側の積載容量が足りなかったか、全部運びだす時間をかけられなかったか、強奪目当てとミスリードするためか、ぐらいかな。」
「そうね、まずはそんなところね。次に、第九十七管理外世界に落ちた積荷を回収しに行かなかった理由は?」
「時間が無かった、足がつくのを恐れた、自分たちが回収に行く必要が無かった、あたりですか。」
「後は、積荷自体には興味がなかった、という可能性もある。」
とりあえず、ざっと思いつくものを記述していく。
「じゃあ、あえて可能性が低そうな、積荷自体に興味がなく、強奪目当てとミスリードしなければいけなかった理由、を考えてみましょうか。」
「そのパターンだと、全部の理由を網羅する可能性もありますね。」
「ああ。それで、僕の考えなんだが……。」
クロノの考えはこうだ。犯人グループの元締めは、第九十七管理外世界に何かを隠しており、目をつけられると困るのではないか。そのために、発見を遅らせる必要があり、また発見されても第九十七管理外世界に注意がいかないように、わざとあわてて強奪したように見せかけたのではないか、というものだ。
「案外、最初の一件は、見られては困るものを見られてしまったから、かもしれないわね、」
「見られては困るもの、と言うと?」
「例えば、第九十七管理外世界から、大型の貨物船が転移してくるところを見られた、とか。」
リンディの意見に、沈黙が降りる。最近管理局が追っている案件の中に、未知の麻薬の密輸ルートというものがある。管理外世界は管理局の目が行き届いているとは言いがたいので、犯罪組織が拠点を構えているケースは往々にして存在する。思い込みで判断するのは危険だが、可能性としては見逃せない。
「ただ、それを証明するためには、第九十七管理外世界に、彼らのアジトがある事を証明する必要がありますが……。」
「そこなのよね。今のままじゃ、単なる見込み捜査にしかならないから、管理外世界に降りる許可は出ないのよね。」
「……そういえば、例のロストロギアの回収のために、第九十七管理外世界に民間人が降りていたはず。」
「この通信障害下で、まともな連絡が取れるとは思えないわね。」
リンディの言葉に、沈黙が降りる。突破口に出来ないかと思ったが、連絡があるならすでに来ているのではないか、という気もする。
「エイミィ、生存の可能性は?」
「第九十七管理外世界はそれなりに文明が発達してるから、降りた場所が都市部なら、国や地域にもよるけどそれほど問題はないみたい。逆に極地や砂漠、ジャングル、紛争地帯の場合はいきなり生存確率は大きく下がるらしいよ。」
「要するに、なんともいえない、ということか……。」
仮に生きていたとしても、誰かに迎えに来てもらわない限りは、ミッドチルダに戻ることは出来ないだろう。ポートも使わずに個人が転移魔法で移動するには距離がありすぎるし、次元空間に出てくるぐらいならともかく、別の次元世界に移動するには、この通信障害はリスクが大きすぎる。
「取りあえず、もう少しだけ、この航路を捜査しましょう。まだ、行方不明になった船の安否の確認が、全部終わってないわ。」
「「了解!」」
彼らは気が付いていなかった。この通信障害は、小規模な転移反応もかき消していた事に。それゆえに、フェイトやユーノが頻繁に時の庭園と海鳴を行き来していた事も、他にも細かい転移反応がいくつかあった事も、全く知らなかった。
『どうしたの、みんなそろって?』
「母さん、今大丈夫?」
『ええ。あなたからの通信は、いつでも大歓迎よ。何か困ったこと?』
「困ったというか、ちょっと調べてほしい事があって。」
夕飯と夜の訓練が終わった後の事。とりあえず密談は物が少ない優喜の部屋で、という事で彼の部屋に集まり、結界で魔法による盗聴の類をつぶした後、プレシアに今日の事を話すフェイト。因みに、盗聴器の類は、優喜が全部つぶしている。アルフは難しい話は任せたとばかりに、高町家の番犬になりに行っている。ぶっちゃけ、アルフまで入ると部屋が狭すぎる、という事情が一番大きかったりするが。
『……そのデバイスって、どんなもの?』
「あ、いまデータを送るね。」
「僕の方からも転送します。」
フェイトとユーノから映像データを受け取ったプレシアは、眉をひそめながらデバイスの映像を凝視している。その姿に、どうやら予想よりもまずいものらしいとあたりをつける子供たち。
『これ、本当にはやてさんの部屋にあったのね?』
「うん。」
『優喜、間違いなくこのデバイスが、はやてさんの体を侵食しているのね?』
「ん。何度も確認したから間違いないよ。流した気をすごい勢いで吸収してたし。」
『……一応ちゃんと確認はするけど、私の予想通りだとするなら、このデバイスの事はしばらく、管理局には黙っておいたほうがいいわね。』
プレシアの態度と言葉が妙に物々しい。どうやら、本格的にこの本は厄介なものらしい。
「プレシアさん、この本が何か、知ってるの?」
『ええ。アリシアを取り戻す研究の過程でちょっと、ね。』
「どんなものなの?」
『その話は少し待って。私も調べたのはずいぶん前だし、正確な知識を持っているわけではないから。ただ……。』
言うべきか否かを少し逡巡し、結局ちゃんと話す事にしたプレシア。居住まいを正し、真剣な顔で過去に起こった出来事を告げる。
『私の記憶通りだったら、このデバイスは「闇の書」と呼ばれる、十一年前に大規模災害を起こしたロストロギアのはずよ。』
「大規模災害……?」
『ええ。ただ、さっきも言ったとおり、調べないとはっきりした事は分からないの。何しろ、十一年前と言うと、私はもう、あまり外のニュースに興味を示さなくなってた頃だし、情報を調べたのはそれよりさらに前よ。結局、私の役には立たないものだったから、詳細はちゃんと覚えていないし。』
「分かった。プレシアさん、忙しい時に手間をかけるけど……。」
『任せておきなさい。他ならぬあなた達の頼みだし、フェイトの友達の命にかかわる問題だし、断る理由も、手を抜く理由もないわ。』
ようやく、母親らしい、そして年長者らしい事が出来るとあってか、やけに張り切っているプレシア。この分なら、さほど時をおかずに情報が集まりそうだ。
『あ、そうそう。』
「なに、母さん?」
『今日、ジュエルシードの反応らしきものを拾ったわ。ただ、発見したのが暗くなってからだったから、明日の朝に教えるつもりだったのだけど……。』
「えっと、夜中だとダメなんですか?」
ようやく見つけたジュエルシードの情報。それをわざわざ明日の朝まで引っ張ろうとした理由に食いつくなのは。
『駄目、というわけではないけど、さすがに山の中の渓谷、なんていう立地条件で、夜中に探し物をするのは難しいと思うわ。間違って川にでも落ちたら、バリアジャケットを着ていても危ないもの。どうやら結構な急流のようだし、ね。』
「……なるほど。」
『見つけた反応は二つ。ほぼ同じ場所ね。波長パターンや出力から見て、不活性状態のものだと思うから、夜が明けるぐらいまでの間に発動する可能性は低いわね。それに、ほとんど人が来ないような場所だから、発動してもそれほどの被害は出ないでしょうし、人に取り付いて暴走する事もまず無いはずよ。』
まあ、発動するときは確率論など無視して発動するし、ハンターのケースのように、普段人が来ないような場所に人が来て、という可能性もゼロではないのだが。
『レイジングハートとバルディッシュに位置情報を転送しておいたわ。まあ何にしても、とりあえず今日は早く寝なさい。戦闘になる可能性もゼロではない以上、万全の態勢で臨まないと、どんな事故を起こすか分からないのだから。』
「は~い。」
『あ、あと、さっきの記録、バルディッシュから消しておきなさい。ユーノ君もよ。もちろん、復元不能な形でね。』
「うん。」
「分かりました。」
『他に用事とか、確認しておくことはない? だったらさっきも言ったけど、今日はもう休みなさい。』
「「「「は~い。おやすみなさい。」」」」
『お休み。』
プレシアからの通信が切れた後、とりあえず言われた通りに映像データを完全消去する二人を見ながら、小さくため息をつく優喜。
「やっぱり面倒な話になりそうだ。」
「……ジュエルシードに闇の書、それに不自然な通信障害……。」
「とどめに並行世界からの迷子と来てるんだから、海鳴って土地はどうなってるんだか。」
優喜のため息交じりの言葉に、疲れたように笑うしかない一同。
「はやてちゃん、大丈夫なのかな……。」
「今日明日どうにかなるってことはなさそうだけど、先の事まではちょっと。」
「ユーノ、魔法で進行を遅らせるのは厳しい?」
「やるとなると例の儀式魔法ぐらいのレベルになるし、原因が原因だけに気休めにしかならないと思う。」
予想通りの答えに、皆でため息をつくしかない。
「とりあえず、優喜、ユーノ。はやての事は今考えても仕方ないよ。」
「優喜君、明日の朝すぐにジュエルシードを探しに行くんでしょ?」
「まあ、そうなるかな? とりあえずその辺の話を士郎さんにしてくるから、皆はもう寝てて。」
「うん。」
「分かった。」
翌朝、午前四時半過ぎ。国守山に連なるとある山の渓谷。一人の釣り人がいそいそと渓流釣りの準備をはじめていた。彼は会社で有名な釣り馬鹿なのだが、ここしばらくは会社自体の業績のよさに押され、どうにも休みが取れなくて困っていた。そんな日が二ヶ月以上続き、ようやく取れた休みが今日なのだ。ならば、朝から晩まで釣るしかない!
まるで恋する乙女のような挙動で、いそいそと釣竿を組み立てる。仕掛けを取り付け、昨日定時上がりを強行して買ってきた生餌のミミズを針につけ、残りを手に持ってさあ釣ろう、という時に悲劇が起った。
手に取ろうとした餌の容器を、茂みの中に派手に蹴っ飛ばしてしまったのだ。中身は生きたミミズだ。多分結構な数逃げてしまっただろう。一応他の餌も持ってきてはいるが、一応回収できるだけ回収しておこうと、蹴り込んでしまった茂みの近くに歩み寄ったとき、異変は起こった。
「な、なんだ!?」
釣り人の目の前で、たくさんのミミズが巨大化したのだ。ウナギより若干太く、人間より長いミミズが、見えるだけで十匹以上。巨大化した当のミミズも混乱しているらしく、うねうねとのたくっている。ただのたうちまわっているのならいいが、実にミミズらしい挙動でじわじわこちらに近付いてきている事に気がついた釣り人は、顔色を変えた。
「や、やばいんじゃないか?」
生き物の本能が告げる。逃げた方がいい、と。釣りが出来ないのは惜しいが、命あっての物だねだ、と。大体、こんなものが後ろでのたくっている状態で、落ち着いて釣りなど出来るわけがない。釣り人は、自分の道具をかき集めると、少し離れた自分の車まで、一目散に逃げた。道具を置き去りにしない根性は、あっぱれと言うしかないだろう。
釣り人にとっては、この件はこれで終わりの話だ。どうせ誰かに話したところで信用してもらえないし、次の釣り場に移動したころには、自分でもみたものを信用できなくなっていたのだから。だが、彼のように夢だったですませる事の出来ない集団も、ちゃんと存在していた。
「艦長! 第九十七管理外世界の惑星表面にて、大規模な魔力反応を検知! ……反応ロスト!」
「サーチャーを飛ばして! 執務官および武装隊員はいつでも出動できるように準備を!」
「「了解!」」
この出来事を無視できない集団の一方である管理局組。ようやくネックとなっていた管理外世界への介入、そのための口実を得たのだ。この機会を逃すわけにはいかない。俄かにアースラ全体があわただしくなる。規則の壁に阻まれて碌な行動を取れなかった管理局にとって、ようやくいろんな事に介入して活躍できる可能性を得たのであった。
そしてもう一方のジュエルシード回収組は、と言うと……。
「なのは、優喜!」
朝ごはんにと包んでもらったおにぎりを手に飛行中、フェイトが緊迫した声をあげる。因みに隊列は先頭が優喜で、最後尾がフェイトとアルフだ。長距離を飛ぶというのに二人ともなぜかスカートをはいてきた事と、ユーノがフェレット形態でなのはに運ばれていることが理由だ。因みにユーノがなのはに抱えられている理由は、認識阻害の結界を比較的高範囲で展開するため、飛行に回す魔力を節約したのだ。
「もしかして、発動した!?」
「うん!」
「だったら急ごう!!」
魔法少女組がバリアジャケットを展開した後、全員、一番遅いなのはのトップスピードにあわせて、一気に加速する。一番遅いと言っても、地上の乗り物の最高速度よりは余裕で速い。障害物の無い空を、その速度で減速なしで一直線に目的地まで飛ぶのだから、少々の距離は関係ない。発動を確認してから五分もかからずに、目的地の上空に到着する。
「……おかしなところは、何もないね。」
「でも、ジュエルシードは確実に発動してる。どこかに、何かの異変があるはず。」
「……とりあえず、一度降りて探そうよ。」
「そうだね。この距離じゃ、アタシの鼻も効かない。」
なのはの提案に同意し、全員適当な場所に着地したその時、事件は起こった。
「え!?」
「な!?」
なのはとフェイトが着地した場所が、ぼこっと崩れたのだ。そして、その下からは大量の巨大ミミズが。
「ええー!?」
「いやー!!」
反射的に飛びあがる暇もなく、巨大ミミズの巣に落ちる二人。巨大ミミズの方も、突然の出来事にパニックを起こしているらしく、落ちてきた二人にうにょうにょにょろにょろ絡みついてはいずり回る。なのはとフェイトが後十年成長していて、なのはの服のデザインがもっとタイトだったり露出が多かったりしたら、違う意味で正視にたえない状況になっていただろう。
ミミズたちの名誉のために注釈しておくなら、別段彼らは落とし穴を作るつもりなどなかった。本能に任せて地中を耕していただけだ。ただ、サイズがサイズゆえに、耕された地面が非常に脆くなっていただけだ。なのは達に絡みついているのも、別に何か意図があるわけでもなく、ただただ障害物を避けるつもりの挙動で、彼女達の表面をのたくっているだけである。
「……いい加減に、するの!!」
顔をなぶったミミズが三匹目を数えた時、なのはが切れた。気色悪い感触に我慢の限界を超えたなのはが、無指向性、物理破壊設定の魔力波を遠慮会釈なくぶっ放す。派手な音とともに派手な地響き。ハンマーで殴り飛ばされたような衝撃に目を回すミミズたち。巻き添えを食ったフェイトはいい迷惑だ。
「なのは、とりあえずいちいちフェイトを巻き添えにしたり誤射したりするの、やめない?」
「え?」
「なのは……、ひどい……。」
優喜の指摘にあわてて目を向けると、今の衝撃波でつぶれたらしいミミズの残骸と、そのミミズから出たらしい体液を全身に浴びたあられもない姿のフェイトが、泣きそうな顔で恨めしそうになのはを見ていた。なのはには見えていないが、後ろのアリシアもジト目でなのはを見ている。
「ご、ごめんフェイトちゃん!!」
「いいんだ。もういいんだ。どうせ私はこういう役回りなんだ……。」
ゴキブリに蹂躙され、カエルに食われ、どうにもフェイトはジュエルシード回収では碌な目にあっていない。しかも、今回は前二回と違って、油断でも何でもなく純然たる巻き添えだ。描写は省いているが実は、フェイトは自力で脱出しかかっていたのだ。
ダメージ自体はバリアジャケットと優喜からもらった指輪、それにバルディッシュが反射的に展開した防御魔法により無いも同然なのだが、精神的には再起不能一歩手前だ。バリアジャケットを解除して展開しなおせば、この気色悪い体液も残骸もなくなると知っていてなお、川の水で体を洗いたくなるほど、今のフェイトは精神ダメージが大きい。水浴びをする背中がすすけている。
「なのは、ちゃんと見てから撃つべきだって、前にもいっただろ!!」
「ごめんなさい、アルフさん……。」
「さすがにあれは無いと思うよ、なのは。」
「うう、心底反省してます……。」
とりあえず、なのはへの注意はあっちに任せておいて、ジュエルシードの気配を探る優喜。ミミズの分はどうやら巣の中心付近にあるようなので、とりあえず二人が立ち直ってからでいいだろう。もう一つもそれほど距離はないと言っていたので、歩いてすぐの位置のはずだ、が……。
「ありゃま。」
気配を探り出してすぐに、少し先の滝つぼのあたりで発動した気配。
「みんな、もう一つがどうやら水の中で発動したっぽい。」
「「「「え?」」」」
どうやら、どこかに引っかかっていたジュエルシードが、先ほどのなのはが起こした衝撃で滝つぼに転がり落ち、魚に食われて発動したらしい。空から滝つぼを見てみると、上空から肉眼で魚影がはっきりと見えるほどの、川魚にあるまじき立派なサイズの巨大魚が、悠然と泳いでいた。
その頃、アースラでは。
「魔力反応察知!! ……ロストしました!!」
「座標の割り出しは?」
「現在計算中……、出ました!!」
「サーチャーを回して!」
「了解!!」
さすがに次元航路からの計測となると、発動の瞬間以外には、ジュエルシードの魔力を察知できないらしい。暴走していればともかく、単に発動しただけなら、起動用の魔力以外は大した出力ではない事が大きいようだ。二度目の発動で、ようやく位置の絞り込みに成功する。
「現地の映像、出せる?」
「もう少し待ってください。まだサーチャーが到着していません。」
「了解。焦らなくていいわ。」
どうやら、魔法少女達とアースラ組との邂逅の時は、刻一刻と迫っているようだ。
「一応参考までに聞いておくけど、あれに攻撃を当てる手段はある?」
「「「陸にあげてくれれば……。」」」
予想通りの返事に苦笑する。因みに優喜もこれと言って確実な手段はない。やろうと思えば仕留められなくもないだろうが、子供の体ゆえの出力の低さを考えると、相当手間がかかりそうだ。
「しかし、巨大魚に巨大ミミズか……。」
「優喜、もしかして釣ろうとか考えてないよね?」
「ユーノ、藪蛇って知ってる?」
どうやら、余計な事を言ったらしい。しまったと頭を抱えるユーノを、よしよしと慰めるなのは。どうやら、さっきのミスからは立ち直ったらしい。
「レイジングハート、バルディッシュ。あれを釣り上げられるような丈夫な竿と糸と釣り針、用意できる?」
『『任せてください。』』
どうやら、話が決まったらしい。ユーノとアルフのバインドで根こそぎミミズを吊り上げると、逃げられないように空中で固定する。とりあえず仕掛けをざっと組み立て、川の主釣りに挑む優喜。さすがに空中だと引きずり込まれるので、地面の、それもかなり丈夫な場所に陣取る。
「ほ、本気でやるんだ。」
「というか、よくあんなのを平気で触れるね……。」
平然と、自分どころか下手をすると軽自動車よりも長いミミズを一匹捕まえると、情け容赦なく針に深く突き刺す。ミミズらしからぬアクティブな動作でじたばた暴れる生餌を気にも留めず……。
「そおい!!」
正式な釣りの構えで第一投を投げ込む。派手な水しぶきをあげて、滝つぼの真ん中付近に見事に落ちる。餌の重量が重量だけに、何もしていないのに当りがあると勘違いするような手ごたえがあるが、魚影が水しぶきの上がったあたりから遠い以上、ヒットはしていないはずである。
「かかるかな……。」
「かかったとして、優喜君の体格で釣りあげられるのかな……?」
「そこはまあ、優喜だからね。それに、きつそうだったらアタシも引っ張り上げるのを手伝うさ。」
正直、見ているしかやる事の無いなのは達は、臨戦態勢を崩すわけにもいかず、固唾をのんで見守るしかない。さっきの一件がトラウマになっているためか、誰もミミズには近寄らないのが、実に分かりやすい。幽霊のアリシアですら、ミミズから離れた位置で拳を握って応援しているのが面白い。
「よし、かかった!」
優喜が一声あげ、足にぐっと力をこめる。ちなみにリールはレイジングハートが気を利かせて、全自動巻上げ式にしている。優喜たちがするのは、巻上げが終わるまで竿を固定することのみである。
「むむ、これはなかなか……。」
全身の筋肉が膨れ上がり、地面に深く足が食らいこむ。後ろでうねうね踊っているミミズがシュールだ。しばし、リールが糸を巻き上げる音だけが周囲に響く。その状態で数分後。
「てえい!!」
ついに上半身が滝つぼから引きずり出され、尻尾をがけのふちに引っ掛けて抵抗する巨大魚。そいつを気合一閃、一気に引っ張りあげる優喜。ミミズ同様、明らかに人間の身長など目ではないサイズだ。下手をすると、十メートルの大台に乗っているかもしれない。
「なのは、フェイト! 封印を!」
スペクタクルな光景に目を奪われていた二人が、あわてて封印のためにデバイスを構える。が……。
「え?」
「何、この魔力!?」
急激に膨れ上がった魔力に、思わず動きが止まるなのはとフェイト。釣り上げた際の勢いで、巨大魚と巨大ミミズの距離が近くなりすぎ、ジュエルシードが共鳴を始めたらしい。
「まごついてないで、早く封印する!!」
優喜の叫びで我に返り、全力で封印を始める。今までと違い、相手の出力が桁違いなので、かなりの魔力を注ぎ込まなければ押し返されるのだ。そうなってしまうと、なのはに出会ったときのユーノのように、冗談ではすまないダメージを受けてしまう。
「がんばれ、なのは!」
「もう少しだよ、フェイト!」
外野の応援も熱が入る。無論、この二人もただ応援だけをしているわけではない。ジュエルシードが放出する強大な魔力が二人や周囲を傷つけないように、閉じ込めるようにバリアを張っているのだ。十数秒の間拮抗していた相互の出力だが、なのはたちが気合と共に更に出力を上げ、一気に押し切る。
「「ジュエルシード、封印!!」」
二人の声が唱和する。表面にシリアルナンバーが刻み込まれ、レイジングハートとバルディッシュに吸い込まれる。いつになく大仕事になった封印作業を無事に終え、達成感に押されてハイタッチをしようとしたその瞬間……。
「そこまでだ!」
見知らぬ声があたりに響く。
「えっと、誰?」
声のほうに視線を向けると、両肩から一本突起が出た、圧倒的に黒の比率が高い服を着た、なのは達よりやや年上に見える少年が浮かんでいた。きりっとした表情は正義の味方風味なのだが、正義を名乗るには服装がややマイナスである。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。直ちに戦闘行為を……。」
「ちょっとまって。」
「何だ?」
「戦闘なんてしてないんだけど……。」
優喜の指摘に、へ? と間抜け面をさらすクロノ。どこか殺気立っていた雰囲気がやや和らいだのもつかの間、どうにか気を取り直して気合を入れなおし、それなりに気迫のこもった声で勧告を続ける。
「ま、まあ何にせよ、武装を解除して同行してもらおう。君達が使っているのは明らかにミッドチルダ式魔法だ。管理局として、見過ごすわけには行かない。」
「ねえ、ユーノ。」
「何?」
「この人、その時空管理局とやらの人で間違いなさそう?」
「あー、うん、多分。」
ユーノの煮え切らない言葉に苦笑しながら、まあ最悪自力で脱走すればいいか、などとお気楽に考えていると……。
「あ、こら待て!」
「フェイトちゃん!?」
明らかにテンパった表情のフェイトが、パニックを起こした様子で飛び去ろうとしていた。
「ちょ、フェイト!?」
「この状況でそれは、チャレンジャーを通り越して不審すぎるよフェイトちゃん!!」
クロノ以外の人間には、事の経緯がはっきり理解できていた。フェイトは、そもそも男に免疫がない。何しろ、交流のある男ときたら、士郎、恭也、優喜、ユーノの四人だけだ。そんな彼女が、大仕事を終えた瞬間に、こんな風に威圧感ばっちりで見知らぬ同年代の少年に迫られて、平静を保ちきるのは難しかったようだ。訓練やハンターの時のように腹をくくっている時ならともかく、今回のように緊張感が切れた瞬間に威圧されて踏みとどまれるほどには、まだフェイトの肝は据わっていないのだ。
しかも、時空管理局に対しては、ちょっと前まで警戒しこそこそ行動していた経緯もある。母の件もあってにらまれるとまずいのに、どうやら現状いろいろ怪しまれているらしい。そう言った事情が重なって、堂々としていればいいのにパニックを起こし、思わず逃げを打ってしまったのだろう。
「なぜに逃げる……。」
恐ろしいスピードで飛び去っていくフェイトを見て、思わず頭を抱える優喜。あまりに速すぎて、この場の誰も、止めることが出来なかったのだ。見ると、アリシアも顔をおさえてうなだれている。
「ごめん、クロノだっけ? フェイトを連れ戻してくるから、そっちの三人に詳しい話を聞いといておくれ!」
「あ、こら!」
フェイトに続いて、アルフまでクロノを放置して飛び去る。
「帰ってきたら、対人関係も鍛えないといけないか……。」
主従そろって、場の空気やら相手の心情やらを完全に無視した行動をとったことを受けて、思わず訓練予定表にいろいろ書きたす優喜。
「……もういい。君達は同行してもらうからな。」
「友達が面倒をかけて悪いね。」
「いや、バリアジャケットを着てデバイスを構えていただけで戦闘をしていたと勘違いした、こちらの対応の問題もある……。」
あまりにクロノが可哀想になり、ごねて行かないと拒否するのも気が引ける三人。結局、素直に同行することにし、この場は丸く収まる。こんな感じで、将来のエースたちと時空管理局のファーストコンタクトは、なんともしまらない形で終わったのであった。