「それで優喜君、なんか申し開きは?」
「特には。」
優喜が人を殺した。それを聞いた時の沈黙を破ったのは、はやてのそんな第一声であった。はやての言葉に、無表情のまま平坦な声で優喜が答える。
「はやて、状況からしても、今回の事は正当防衛よ。」
「そんなことは分かってる。相手から攻めてきたんも事実やし、ほったらかしにしとったら、誰かが死んどったかもしれへんのもちゃんと分かってる。」
「じゃあ……。」
「別に、優喜君に幻滅した、とかそういうのとも違う。理由はどうであれ人殺しは人殺しや。どうしようもなかったにしても、や。それを理由にしょうがなかった、で済ましたら、それこそ殺さんですむ相手を、しょうがないで殺してまいかねへん。」
はやての言葉に、反論しかけていたアリサとすずかが、意図したところをくみ取って口を閉ざす。代わって口を開いたのはユーノだった。
「……あのときは、本当にどうにもならなかったんだ。誰かが人殺しになるしかなかった。少なくとも、なのはやフェイトの封印術じゃ、どうやったところでジュエルシードを切り離した時に死んでた。卑怯だけど、僕たちは優喜なら方法があると勝手に思い込んで、一番嫌な役目を押し付けたんだ。」
ユーノの言葉に、なのはとフェイトが青い顔をしてうつむく。
「……優喜君、殺さずにジュエルシードを取り出す方法は無かったん?」
「試さなかったわけじゃない。ただ、僕の技量と相手の状態から言って、高く見積もっても、成功率は1%も無かった。未熟が招いた結果だ。言い訳なんて出来ないよ。」
「少なくとも、最後まで相手が死なないように努力はしたんでしょう? だったら胸を張りなさい!」
「張れるわけがない。はやての言う通り、人殺しは人殺しだ。罪は、ちゃんと背負わないといけない。」
優喜の言葉に、青ざめた顔で下を向いていたなのはとフェイトが、びくっとする。いろいろ見かねた恭也が、父と連絡を取って決めたことを伝える。
「とりあえず、とーさんの話だと、今回来てたあの男は多分単独犯らしい。どんなに早くても、今日明日新しい刺客が来るということは無いだろうから、今日は解散して、気持ちを落ち着けた方がいい。」
さすがというか、士郎はこういう犯罪者関係の情報は早い。香港国際警防隊や国際警察機構などに顔がきくのも、伊達ではないようだ。
「そうだね。とりあえず、皆が落ち着くまでは、僕は顔を見せない方がいいかな。」
そう言って、部屋を出ていこうとすると、腕をつかまれる。
「ゆうくん、どこに行くの?」
わずかに震えている腕をしっかりつかみ、強い視線で問いかけるすずか。
「決めてない。」
「じゃあ、行かせない。」
「どうして?」
「だって、そのまま二度と私たちの前に顔を出さないつもりでしょ?」
すずかの問いかけに、はいともいいえとも答えない優喜。その沈黙が、答えを雄弁に告げている。
「優喜君、逃げるんは卑怯やで。」
「……だね。」
「とーさんが迎えに来てくれる。そろそろつくだろうから、とりあえずなのははうちに連れて帰ろうと思う。優喜はどうする?」
「……やっぱり、少し距離を置いた方がいいと思う。」
「……分かった。無理はするなよ。」
「残念ながら、今無理をしなきゃ、二度と立てなくなる気がする。」
そうか、と言い置いて、なのはを伴って出ていく恭也。少し迷った末、この場に居残るユーノ。
「それにしても優喜君、平気そうとまでは言わへんけど、落ち着いてるね。」
「残念ながら、初めてってわけじゃないんだ。前に一回、今みたいに正当防衛で、ね。その時は、もっと取り乱してたよ。」
「……もう、その時の事は平気なん?」
「そんな訳無いよ。いくら正当防衛でも、今でも夢に見る。今回も、多分一週間はうなされるだろうね。」
その言葉に、ようやく、優喜の顔色が悪く、微かに震えていることに気がつくはやて。
「優喜、アンタなんでそんな風に虚勢を張るのよ……。」
「人を殺した人間が、取り乱して慰められるなんておかしな話だ。ちゃんと罰は受けなきゃいけない。」
「……本当はいけない事なのかもしれないけど、私にはアンタが、あの男のためにそこまでしなきゃいけないとは思えない。」
「はやての言葉じゃないけど、これは戒めなんだ。しょうがなかった、なんて言い訳をしたら、そこから人殺しに慣れていく。慣れて、躊躇いを覚えなくなったら終わりだよ。」
優喜の言葉が引き金だったらしい。青ざめたままピクリとも動かなかったフェイトが、その場に崩れ落ちる。口からは、意味をなさない声が漏れている。
「フェイト!?」
「フェイトちゃん!?」
アリサとすずかの呼びかけに反応せず、その場でガタガタ震え始めるフェイト。まずいとみた優喜が、アルフに声をかける。
「アルフ、フェイトが信頼してる大人の人、誰かいない?」
「いるにはいるけど……、戻ってきてるかどうか……。」
「一か八かだけど、フェイトをその人のところに連れて行って。」
「あそこにはあの女もいるから、あんまり気が進まないんだけどねえ……。」
「でも、僕たちじゃどうにもできない。どうしても駄目そうだったら、最悪桃子さんに……。」
優喜の言葉に、怪訝な顔をするアルフ。
「最初から桃子じゃだめかい?」
「フェイトが、桃子さんにどれだけ気を許してるのかが、いまいちよく分からないんだ。多分、それでも桃子さんだったらうまくやってくれるとは思うんだけど、今回はなのはも同じだから……。」
「まったく、面倒な話だね。」
「ごめん……。」
「アンタのせいじゃないさ。ま、フェイトは連れていく。恭也も言ってたけど、無理するんじゃないよ。」
「ここで無理しなきゃ、次はないんだよ。」
本当に面倒な話だね、というぼやきとともに、フェイトを連れて転移するアルフ。後には非戦闘員の三人とユーノだけが残される。
「……ゆうくん、ごめんね……。」
「なんですずかが謝るの?」
「だって、今回の事は、根本的には私たちのせいだもの……。私たちが狙われるのって多分、血を吸うからとかそれだけじゃないの。私たちの先祖が、狙われても仕方がないだけの事をしたんだと思う。」
「それとこれとは別問題。生れる前の事に対して、責任を取る義務は誰にも無い。それに、あの手合いは、過去がどうだったとかじゃなく、単純に人間と違うものは全部化け物だ、っていう理屈で攻撃してきてる。多分、過去に共存してた事実しか無くても、あの手の連中は攻撃しに来る。」
「でも、私の体が普通の人間だったら、ゆうくんは人殺しにならなくて済んだはずだもの……。」
「分からないよ。直接の原因は、ジュエルシードをうまく切り離せなかったこと。だったら、別の原因で取り込まれた人を、同じ失敗で殺してたかもしれない。いや、まだ回収が終わってない以上、殺すかもしれない、が正しいか。」
「優喜君、その話を突き詰めていったら、ジュエルシードの回収どころか、日常生活かてまともに出来へんようにならへん?」
優喜の言葉を聞いたはやてが、重い口を開く。予想以上に優喜が深く考え込んでいたことを思い知り、自分のここまでの発言を後悔せざるを得ない。ならば、少しでも優喜の気持ちを軽くする方向に、話を振るしかない。
「そうね。少なくとも、それを気にしてたら、医者、特に外科医には誰もなれないわね。あれこそ、一つのミスが即人殺しになるし。日常生活だって、手元を狂わせて落としたものが、下を歩いていた人に直撃して大怪我、場合によっては即死させる、ってことだってあるわけだし。」
はやてとアリサの言葉に、再び沈黙が訪れる。殺意の有無に関係なく、非常に低い確率まで見れば、どんな人でも人殺しになりえるのだ。それにそもそも今回の場合、ジュエルシードの有無以前に、状況によっては、アリサの護衛の鮫島が相手を取り押さえていた可能性もあり、その時の事と次第によっては、鮫島が殺人の業を背負っていたかもしれない。相手が殺意を持っていた以上、綺麗事が完璧に通じることなどあり得ないのだ。
「……結局、僕が勝手な正義感で、ばらまいたジュエルシードを回収しようとか考えたのが、一番まずかったんだ。」
「でも、ユーノ君達が回収してなかったら、もっと怪我人も死人も出てたかもしれないよ? それに、ジュエルシードの事が無くても、私達がいる限りはあの人はここに来てただろうし……。」
「だとしても、やるんだったら僕一人でやるべきだったんだ。結局、無力を言い訳にして、一番リスクの高いところを全部人に押し付けてるんだよ、僕は。」
「そこまでよ。優喜もすずかもユーノも、それ以上考えるのはやめなさい。」
アリサの言葉が終わると同時に、ドアがノックされる。代表してすずかが招き入れると、ノエルがティーセットを持って入ってくる。
「お嬢様、皆様。少しでも寝つきがよくなるように、ハーブティーを用意しました。」
「あ、ありがとう。」
「事が事ですので、簡単に寝つけないでしょうけど、もう小学生が起きている時間ではありませんよ?」
「ええ、分かってるわ。それを頂いたら、出来るだけちゃんと眠るように努力する。」
「ティーセットは明日の朝に回収しますので、そのままにしてくださって結構です。それではお休みなさいませ。」
告げるべきことをすべて告げると、一つ頭を下げて部屋の入り口まで下がる。出ていきざまに優喜のそばで一度立ち止まり、何事かを耳打ちしてから、もう一度部屋の中に向かって一礼。そのまま姿を消す。ノエルを見送ったアリサが、念のために優喜に声をかける。
「優喜、ちゃんと眠りなさいよ。」
「努力はするよ。」
「話は、全部聞いたよ。」
高町家のリビング。永遠に続くかと思われた沈黙を、士郎が破る。士郎の言葉に、うつむいたまま肩を震わせるなのは。
「正直、そこまで深刻に考えることには思えないのは、俺が血に染まりすぎてるのかね?」
「さあ、な。ただ、少なくとも、優喜はあの男を殺したことを、素直に罪だと認めている。」
「まったく厄介な話だ。が、まあ、なのは。」
士郎の呼びかけに、小さく顔をあげる。感情が飽和しているのか、普段はころころとよく変わる表情が、今は綺麗に抜け落ちている。
「絶対勘違いするなよ。悪いのは、あくまでもお前達のような子供を、白昼堂々と殺そうとし、あまつさえ住んでる家にまで襲撃をかけたあの男だ。」
「でも、でも……。」
「人殺しはよくない。それは確かだ。死んだものは生き返らない。死んでしまえば、相手は反省することも、罪を償うことも出来ない。だが、な。」
どう告げるべきかを考え、悩み、結局、ストレートに告げることにする。実際のところ、いずれ避けては通れなかっただろう話ではあっても、小学校三年生の子供にする話ではない。そういう意味でも、無責任に死んだあのハンターに対して、言い知れぬ怒りがわいてくる。
「身を守った末の事故まで罪だと言い出したら、暴漢相手に抵抗も出来ない。成功率5%の手術に失敗したら殺人犯、では、誰も外科医にはなれない。」
アリサと同じようなことを、士郎がなのはに告げる。そもそも普通の日本人は、この手の事故で人を死なせた場合、大抵は誰に罰せられるまでもなく、本人の良心が自身を罰する。余程腐っているか慣れてしまっていなければ、罪の意識と後悔が自身を蝕む。
「でも、私……、非殺傷だからって……、人を殺せる力を……、平気で……。」
「……怖くなったか?」
士郎の問いかけに、小さくうなずくなのは。それを見た桃子が、そっとなのはを抱き寄せる。
「それでいいんだ。むしろ、その怖さを分からないまま、腕だけ上げて大人になる方がまずい。」
最愛の妻とともに最愛の娘を抱きしめ、あやすように背中をさすりながら士郎が言う。
「怖いと思ったのなら、力を捨ててもいい。そのことで、誰もなのはを責めたりしない。」
「でも、でも……。」
「今更投げだすのは嫌、か?」
「違う、違うの……。」
しゃくりあげながら、なのはがぽつぽつと語る。
「ここで……、ここで逃げたら……、また……、また嫌なことを……、嫌なことを優喜君に……。」
「それを優喜君が望んでいても?」
「駄目……、駄目なの……。ここで逃げたら……、ずっと嫌なことを……、誰かに押し付けて……、そんなの……、そんなの嫌なの……!」
やっとの思いでそう叫ぶと、あとは言葉にならない思いを叫びながら号泣する。
「なのは。」
「……。」
「あなたがどんな道を選んでも、私達はなのはの味方だから、ね?」
桃子が、愛娘を抱く力を強くする。なのはが温もりを求めるように、士郎と桃子にしがみつく力を強める。
「美由紀……。」
「うん。恭ちゃん……。」
号泣するのに疲れたのか、すすり泣きに変わる。その声を背に、兄と姉はより一層心身ともに鍛え磨きぬくことを決意するのであった。
何でこんなときに、それがアルフの率直な思いだった。よりにもよって、真っ先にプレシアに遭遇するとは。
「……いったいどうしたって言うのよ。」
様子のおかしいフェイトを見て、眉をひそめながらプレシアが聞く。
「アンタには関係ないさ。それよりリニスは?」
「私が頼んだお使いから、まだ帰ってこないのよ。」
タイミングが悪い、そう思わずにはいられない。最近妙に優しいとはいえ、これまでのプレシアのことを考えると、フェイトを任せる気にはなれない。だが、今この状況で、フェイトをつれて桃子の下へ、などどうあがいても不可能だろう。
「それで、フェイトはいったいどうしたというの?」
「……見てなかったのかい?」
「ちょっと、手が離せない用事があったのよ。」
アルフに対して、少しだけ嘘をつくプレシア。ひどい発作が出て、フェイトの(というより優喜の)監視どころではなかったのだ。まともに体が動くようになったのがつい先ほど。いろいろ様子を見ようと部屋から出てきたところに、ただならぬ様子のフェイトと深刻な顔のアルフが居たわけである。
「それで、何があったの?」
「アンタには関係ない、って言いたいところだけど、さ。これ以上フェイトをこのままには出来ないからね。」
あきらめたようにため息をつき、優喜がフェイトの目の前で人を殺した、と、端的に結論だけを告げる。
「……それだけ、とは言わないけど、その程度でここまで取り乱すとは思えないわね。もう少し詳しく話しなさい。」
「……優喜が殺したのは、ジュエルシードに取り付かれた人間さ。八割がたジュエルシードと同化しててね。」
「……どうやったところで、相手が死ぬのを避けられなかった、と。」
その言葉に、フェイトの震えが大きくなる。顔を合わせて、しまったという表情をするプレシアとアルフ。これが一月ほど前だったら、そもそもプレシアはフェイトの様子など気にも留めなかっただろうから、人間変われば変わるものだ。
(それで、その殺した相手って言うのは、善良な一般市民だったの?)
(いんや。戦闘に参加してた連中以外、誰もそいつの死について悲しまない程度には悪党だったよ。)
(なるほど、ね……。)
難しい問題だ。取りあえず、フェイトをこのままにしておくわけにはいかない、というのはアルフに賛成だ。とはいえ、アリシアを失ってから相当の時間がたつ。あのころから親としてのスキルはまったく伸びていないどころか、錆付く一方だ。別にフェイトの親などという吐き気がするようなものになるつもりは一切ないが、ここらでリハビリのひとつでもしておかないと、アリシアを取り戻したときに、ちゃんと親として接することが出来ない気がする。
自分自身にいろいろと言い訳しながら、取りあえずフェイトを観察する。震えている、ということは暖めてやるのがいいのだろうが、毛布というのは何か違う気がする。となると、結論は一つしかないだろう。自分でも何をそんなに怖がってるのか、とおかしくなりながらも、恐る恐るフェイトをそっと抱きしめる。これだけの行動に、恐ろしく勇気がいる。
「……ぁ。」
フェイトがビクリ、と大きく震える。フェイトの体温が伝わってくる。胸の中に奇妙な愛おしさが湧き出てきて、思わず抱きしめる力を強める。それに反応したのか、恐る恐るフェイトがしがみついてくる。もう少し力をこめる。フェイトの力も強くなる。愛おしい。心の中を、その感情が埋め尽くす。
もはやここまでだ。どんな言い訳も出来ない。仕方がない、認めよう。フェイト・テスタロッサは、プレシア・テスタロッサの娘だ。認めてしまうと、まだフェイトが落ち着いたわけではないというのに、妙に力が湧いて来る。取りあえず、まずはフェイトをちゃんと落ち着けよう。娘が傷ついたまま、などと言う事は、母親として絶対に看過できない。
たとえ今までの自分が、どれほど母親失格であっても、だ。
「私はその状況を知らないから、いい加減なことしかいえない。それでも断言するわ。あなたは絶対に悪くない。」
「プレシア……!?」
プレシアの行動と台詞に、目を丸くして叫ぶアルフ。自分でも似合わないことをして、おかしなことを言っていると自覚しているのだ。プレシアとしてはここで羞恥心を呼び起こして、せっかく振り絞った勇気をしぼませないでほしいが、自分で蒔いた種だ。アルフに文句を言っても仕方がないだろう。
「だけど……、だけど人殺しは……。」
「いけないことよ。」
「だったら……。」
「だから、殺意を持って人を殺そうとした人間は、自分が殺されても文句を言うことはできないのよ。」
「じゃあ、優喜や私は……。」
再び震え始めたフェイトの背中を優しくさすり、その言葉を否定する。
「あなた達は違うわ。あなた達は、殺そうとしてその男を害したわけではないのでしょう?」
「……うん……、……でも……。」
「すべてがそれで許されるわけではない、それも事実よ。でもね、全く面識もない相手に、戦場でもないのに殺されそうになった時点で、身を守ったことを責められるいわれはないわ。」
フェイトは納得していない。腕の震えが、その事を伝えてくる。すがりついてくるフェイトが、ただただ愛おしい。一言ごとに、フェイトが自分の娘だという実感が強くなっていく。
「だから、ね、フェイト。あなたが悪い事をしない限り、私が絶対にあなたを守ってあげる。」
「……か、母さん……?」
戸惑った声とは裏腹に、フェイトはプレシアの胸元に強く頭を押し付ける。いや、プレシアが、フェイトの頭を胸元に抱え込んだのだ。最初からこんな風にフェイトを抱きしめる事が出来たら、もしかしたら自分達は、まっとうな親子で在れたのかもしれない。
「……母さんの言葉は、すごくうれしい。でも……。」
「でも?」
「……優喜には、……こんな風に甘えさせてくれる人はいない。」
一言、言葉を発するたびに、その声が涙声になってくる。
「……その優喜に、……私は一番嫌な仕事を押し付けたんだ。……母さん、……やっぱり私は……、……私は出来そこないだよ……。」
「……。」
「……こんな風に、……こんな風に甘える資格なんて無いのに……。……優喜は……、……一人で苦しんでるのに……。」
「……だったら、あなたが支えてあげればいい。違うかしら?」
「……支える……? ……私が……?」
「ええ。だから、そのために、今はいっぱい泣いて甘えて、早く立ち直りなさい。もう一度あなたが前を向けるまで、ずっと一緒にいてあげるわ。」
その言葉が引き金になったらしい。フェイトが激しく泣き始める。フェイトの髪を、背中を、愛しさをこめて優しくなでる。激しく泣きじゃくっていたフェイトが、泣き疲れて眠ったころに、ようやくアルフが声をかける。
「……どういう風の吹きまわしだい?」
「……気が変わった、というのでは答えにならないかしら?」
「……まあ、いいさ。とりあえず、今回はアンタに感謝するよ。」
「別に必要無いわ。私がやりたくてやったことだもの。」
眠ってしまったフェイトを抱き上げ、自分の部屋に連れていくことにする。運動不足と病で衰えたプレシアの体には、フェイトの重みはなかなか堪える。だが、今はこの重みを手放す気にはなれない。
「アタシが運ぶよ。」
「悪いけど、今日だけは、これは私の仕事よ。」
「……本当に、いったいどうしちまったんだい?」
「さあ、ね。案外、今まで以上に狂ってしまっただけかもね。」
穏やかな表情で答えるプレシアに、驚くのにも疲れたアルフが苦笑を返す。
「まあ、アンタがどういう魂胆だろうと、フェイトにとって一番いい結果になったみたいだから、アタシが文句を言う筋合いじゃないか。」
「……それで、その優喜って子は、どうなの?」
「どう、って言われてもね。見た目はともかく中身は二十歳だし、前にも似たような経験してるみたいだったから、少なくとも子供たちの前では、見た目は冷静な振りしてたよ。」
「それはまた、難儀な話ね。」
それを聞いて、深いため息をつくプレシア。こういうときにそういう態度をとる、ということが、どれほど周囲を心配させるのか、分かってはいるのだろう。分かっていてなお、そういう態度しか取れない人種らしい。どうせ、自分が取り乱したら、なのはとフェイトを責める事になるんじゃないか、とか余計なことを考えたに違いない。
「ああ。手を差し伸べられるのも拒絶してるし、今頃一人でうなされてるか、下手したら一睡も出来ずに煮詰まってるかもしれないよ。」
「……本当に、難儀な性格ね。そこまでして、罪を背負わなくてもいいでしょうに。」
「まったくだ。それで、どうするんだい?」
「彼に関しては、現状私に出来ることはないわ。フェイトと、なのはと言ったかしら? あの白いバリアジャケットの子に頑張ってもらいましょう。」
「まったく、もどかしい話だね。」
「そうね。じゃあ、私は今日はこの子と一緒に寝るから、リニスが帰ってきたら適当に伝えておいて。」
「あいよ。」
「こないなところで、何してるん?」
「そういうはやてこそ、こんな時間にこんなところで何してるの?」
「たんに目が覚めただけや。……優喜君、ちゃんと布団に入って寝やんとあかんで。」
「さっき、アリサにも同じことを言われたよ。」
廊下の片隅に座り込んでボーっとしながら、気の無い様子で返事をする優喜。
「どうにもね、今はあの布団だと眠れそうになくて。」
「……ほんまに難儀やなあ。」
優喜の難儀さに、ため息が漏れる。自分を罰していないと落ち着かないのだろう。最初見たときに悪びれる様子も無かったから、さっきは念のためにきついことを言ったが、あれは言う必要のない言葉だった。自分の未熟さと見切りの甘さに、もう一つ深いため息が漏れる。
「優喜君、さっきはごめんな。」
「さっき?」
「皆おる前で、人殺しは人殺しや、なんて言うて。優喜君が分かってないはずあらへんのに……。」
「別に間違ったことは言ってないでしょ?」
「少なくとも、言う必要は全くない言葉やった。……ほんまに私も駄目駄目や。ショック受けてる人間に追い打ちかけるとか、我ながら最低やでまったく。」
結局、今回の件で徹頭徹尾正しかったのは、アリサだけなのではなかろうか。
「しかも、や。あんな事言うたら、なのはちゃんとフェイトちゃんも追い詰めるに決まってるやん。ほんまに私は、どんだけ鬼やねん。ユーノ君が割と割り切ってくれとって、本気で助かったわ。」
「はやて、あんまり思いつめないで。」
「それは私の台詞や。なんにしても、二人に会うたら、ちゃんと謝っとかな。」
その言葉とともに、さらにため息。ため息ばかりでは幸せは逃げていく、とはよく聞くが、その言葉を今日ほど実感したこともない。しばらく沈黙が続く。
「……ほんなら、そろそろ寝るわ。……優喜君、あんまり溜めこまんといてな。」
「ん。おやすみ。」
はやてが立ち去った後、しばらくうつらうつらする。こういうとき見る夢は決まっている。最初は家族と視力を失った時の夢だ。前後の事はすっぽり記憶から抜け落ちているというのに、妹の体がクッションとなった瞬間だけは、未だに覚えている。今の優喜を形作っている原点だ。あの時、師匠が助けてくれていなければ、少なくともまともな精神を持つことは出来なかっただろう。
次に見るのは、高校生の時。目が治ったお祝い、ということでみんなで出かけた繁華街。運悪く通り魔に遭遇し、取り押さえる時に手元を狂わせ、死なせてしまった。視力を取り戻したばかりだったこともあって感覚が狂い、相手の包丁を奪うのに失敗したのだ。犯人はすでに二人に致命傷をおわせていたこと、自分から向かって行ったのではなく向こうから襲ってきたこと、優喜が素手であったことから正当防衛は認められたが、終わった後に優喜なりに取り乱し、周りの人間にとても心配をかけた。
そして最後。つい先ほどの事。それらの光景と一緒に、死んだ家族が、殺してしまった二人の男が、優喜を責め立てる。
「……ゆうくん?」
廊下の片隅でピクリともせずに座り込んでいる優喜を見かけて、そっと声をかけるすずか。どうにもうとうとしては目が覚めるため、のどの渇きを潤すついでに、優喜の様子を見に来たのだ。アリサやはやてもどうにも同じようで、すずかが把握している範囲では、二人とも一度ずつ、優喜の様子を見に行っている。
「……こんなところで寝てちゃ、駄目だよ?」
すずかが声をかけても、まったく反応しない。おかしい。なのはの話だと、優喜は眠っていても、触れられる距離まで近づく前に目を覚ます、と言っていた。なのに、こんな至近距離なのに、まったく反応しないなんて。
よく観察してみる。呼吸は規則正しい。だが、別段暑い訳ではないのに、ひどく寝汗をかいている。そっと手を伸ばす。反応なし。触れてみると、そこまで寒くもないのに、かすかに震えている。眠っているはずなのに、表情が険しい。漏れそうになる声を、奥歯を噛みしめてこらえている。
「ゆうくん、ゆうくん……。」
このままではまずい。本能的にそう考えたすずかは、優喜を本格的に起こそうとする。それが正しいのかどうかは分からないが、このままにしておくのはまずい、それだけは分かる。
「ゆうくん、起きて!」
必死になって優喜を揺さぶると、ゆっくりと目を開く。どことなく呆然とした顔ですずかを見つめる優喜。やはり、見た目ほどにはダメージは小さくないのだろう。やせ我慢をする余裕があると見るべきか、やせ我慢をしなければ自分を保てないと見るべきか。どちらにしても、いい状態ではない。
「ゆうくん、こんなところで一人で寝てちゃ、駄目。」
「大丈夫、と言っても説得力はないよね。」
「うん。……明日、カウンセラーの先生のところに行こう。私、腕のいい先生を知ってるから。」
「……向こうでならともかく、こっちでは難しいかも。今回の事だけじゃないから……。」
「でも、このままじゃ絶対駄目。ずっと抱え込んで慣れたふりして自分を追いつめて、そんなんじゃいつか、本当に壊れちゃうよ!」
「……。」
乗り気ではない様子の優喜に、どう言って考えを変えさせるかを真剣に考えるすずか。自分だけが楽になるわけにはいかないという、ある種筋違いの使命感以外にも、どうやらすずか達に対する影響も気にしている節がある。だったら、夜の一族については心配いらない、という方向で攻めるのが一番だろう。
「その人は、夜の一族の事はちゃんと知ってるし、ゆうくんみたいなケースもバカにしたりしない人だから、大丈夫だよ。」
「……。」
「それにね。自分勝手かもしれないけど、そんなゆうくんを見てる、私たちが辛いの。大切な人が苦しんでるのに何も出来ないのって、すごく辛いんだから……。」
「……。」
「だからお願い、ゆうくん……。」
優喜をそっと抱きしめ、涙声になりながらすずかが嘆願する。
「……分かったよ。」
「……! 本当に!?」
「うん。約束する。」
とはいえ、今現時点での状態が変わるわけではない。その事はすずかもよく理解しているようで、自分の部屋に戻って毛布を取ってくると、優喜の傍らに身を寄せて座り込む。
「あの、すずか……?」
「人肌のぬくもりって、こういうときはすごく落ち着くんだよ?」
「……その理屈は分かるけど、何も僕につきあう必要も……。」
「いいから!」
強引に押し切って一緒に毛布にくるまる。あきらめてため息をつくと、これ以上心配をかけないように、出来るだけ眠るように努力する。この後状況が変わって、この約束は結局果たされることはなかったのだが、今の彼らは知る由もなかった。
「アルフ……。」
「なんだい、リニス?」
「プレシアがフェイトに添い寝をしているようなのですが、いったい何があったのです?」
「プレシアがどういう気まぐれを起こしたかは、アタシも知らない。フェイトについては、ちょっと一言では説明しにくいいろいろな事情があってね。かなり不安定になってたんだ。」
アルフのいまいち要領を得ない説明を聞いて、ひとつため息をつく。どうにもジュエルシードの探索を始めてから、いろいろ大きな変化が起こっているようだ。しかも、どうにも自分達使い魔は、その変化から取り残されているらしい。
「本当は、あんたに頼むつもりだったんだけどね。」
「プレシアが、普通に母親らしいことをした、と。」
「まあ、そんなところだね。」
本当に、どうしてしまったというのだろう。あのプレシアが、あのフェイトに優しくするなんて、今までのことを考えるとありえないと言い切れる。
「それで、まだ二人とも起きてこないのかい?」
「二人ともよく眠っていますよ。」
「まあ、昨日の今日だし、フェイトは最近いろいろ根をつめてたしねえ。」
「そういえば、最近ずっと早起きしている、といってましたが……。」
「ちょっとね。二人で優喜に鍛えてもらってたんだよ。ずっといいところがなくてね。」
「そうですか。それで、その特訓はどんな感じですか?」
「アタシのほうはまあまあさ。」
アタシのほうは、という言葉に首を傾げるリニス。つまり、フェイトはもっと成果が出ている、ということだろうか?
「フェイトはまあ、このまま順調にいったら、違う意味で将来が心配な感じだね。」
「将来が心配?」
「みんながみんな、化け物みたいな身体能力をしてるわけじゃないってことさ。」
アルフの言葉に苦笑する。さすがに敵を強く見積もりすぎることはないだろうが、使い魔以上の身体能力を基準に考え始めるのは、それはそれでまずい。
「それで、今日はどうするんですか?」
「まあ、普段の朝の訓練時間は過ぎちまったし、別に学校に行ってる訳でもないし、もう少し寝かせといて……。」
アルフが最後までいい終える前に、プレシアたちが寝ている部屋から、フェイトの悲鳴が聞こえてくる。ただ事ではない雰囲気を感じ、大急ぎで駆け込む二人。そこには……。
「アルフ、リニス、母さんが、母さんが!!」
大量に吐血し、意識を失ったままのプレシアと、どうしていいのか分からず取り乱したフェイトの姿があった。
「フェイト! 落ち着いて!」
「状況を教えてください!!」
「凄く苦しそうに息をしてたと思ったら、いきなり咳き込んで、たくさん血を吐いて……!」
「発作が出たみたいですね。」
まだ苦しそうなプレシアを見て、昨日ようやく買い付けることが出来た新薬を取りに行くリニス。まずはフェイトを落ち着かせることにするアルフ。
「フェイト、心配しなくても大丈夫さ。あのプレシアが、このぐらいの事でどうにかなるもんかい!」
「でも、昨日は平気そうだったのに、今日はこんなに! 母さん、ずっと病気だったんじゃ……!」
「だとしても、リニスが薬を買ってきてる! 絶対大丈夫だから!」
本当に、昨日の今日だというのに、間が悪すぎる。フェイトを必死になだめながら、運命だか神様だかに心の中で盛大に恨みごとを言うアルフ。なんだかんだで、アルフも大概テンパっていたのだろう。妙案とばかりに、無責任なことを思いつく。
「そうだ! 優喜なら、この手の病気に対して、何かいい治療法を知ってるかもしれないよ!」
「ダメ! たとえ知ってたとしても、昨日の今日でこんな勝手なこと、頼んだりなんか……!」
「昨日の今日だから、だよ、フェイト。アイツも、誰かの役に立ってた方が心が軽くなるかもしれないよ!」
「でも……。」
などともめている横で、プレシアが再び咳き込み始める。その咳の激しさに、顔を青ざめさせながら背中をさするフェイト。リニスが入ってきて、プレシアに手際よく注射を行う。その間にもう一度吐血。その拍子に意識を取り戻したらしいが、何かに反応する体力が無いらしいプレシアと、それを見て顔から完全に余裕が失われるフェイト。
「アルフ、ごめん……。優喜を、優喜を呼んできて……!」
今にも死にそうな母に、先ほどまでのためらいがすべて飛んでしまう。嫌われてもいい。人の生き死にに比べれば、そんなものは些細なことだ。何か代償が必要なら、この身全てをささげてもいい。藁にもすがる思い、とはまさしくこういうことだろう。
「ああ! すぐに戻ってくるから!」
フェイトの思いつめた顔に、あわてて転移術を展開、部屋を飛び出すアルフ。彼らにとって厄日としか思えない日は、まだ続くようだ。
「すずか! 優喜はいるかい!?」
「どうしたのよ、アルフ。そんなに血相を変えて。」
「説明してる暇はないんだ! 優喜はいるかい!?」
「ゆうくんなら、日課だからって、ユーノ君を連れて走って帰っちゃった。」
アルフの、あまりの余裕の無い態度に、フェイトに何かあったのかと心配になりながらも情報を伝えるアリサとすずか。はやては病院の診察があるからと、ノエルに送られて一足先に自宅に戻っている。代わりに二人は鮫島に、学校に送って行ってもらう段取りになっている。
「高町家にいるんだね!?」
「そのはずだけど……。」
「分かった、ありがとう! 後、食事中に悪いね!!」
「別にそれは構わないけど、落ち着いたらちゃんと何があったか話しなさいよ!」
「分かってる! それじゃ!!」
あわただしく転移するアルフを見て、眉をひそめるアリサとすずか。
「本当、昨日の今日だって言うのに……。」
「この分だと、カウンセリングは無理かな……。」
優喜の性格上、自分のカウンセリングとフェイトの一大事なら、間違いなくフェイトの一大事を取る。何があったかは分からないが、あのアルフがあそこまで取り乱すのだから、ただ事ではない。日付は変わっているが、厄日というのはこういう日を言うのだろう。
「なのはもフェイトも優喜も、大丈夫かしらね……。」
「もう、こうなったら私たちには多分、何も出来ないんだろうね……。」
またしても蚊帳の外に置かれる形になってしまったことに対して、歯がゆそうに、寂しそうに語り合う二人。自分達に出来ることは、どうやら普段通りの生活、というやつを維持することだけらしい。ならば、全員が落ち着いて戻ってこれるように、徹底的にいつも通りを演じよう。そう決意を固めながら、まずはしっかり朝ごはんを食べることにしたアリサとすずかであった。
「優喜!」
「フェイトに何かあったの?」
突然現れたアルフに、真剣な顔で質問をぶつける優喜。アルフが現れるより先に、普段フェイトの背後にいる少女の幽霊が、血相を変えて優喜のもとにやってきていたのだ。
「いや、フェイトじゃない! でも、放っておけばフェイトが壊れる!」
「とりあえず、落ち着いて。何があったか説明して。」
とても落ち着ける状況ではないが、それでもアルフは優喜に、フェイトの母・プレシアが吐血して倒れたことを告げる。
「フェイトやアルフがたまにつけてた臭いは、それか……。」
「それで優喜、何か手はあるのかい!?」
「直接見ないと分からないけど、多分僕の出来る範囲だと、悪化を食い止めるのが精いっぱいだと思う。」
アルフから漂う死の臭い。その死臭の濃さからそう判断を下す優喜。ただ、時間稼ぎという観点では、自分を呼び出したのは正解だろう。
「それでもいいから、来ておくれ!」
「分かった。」
「ちょっと待って、優喜。僕も行くよ。」
「ユーノ?」
「僕の手元には、いくつか一般に出回って無い医療魔法の資料がある。もしかしたら、どれか役に立つかもしれない。」
人型に戻り、手帳のようなものを手に持ったユーノの申し出に、単純な疑問が出てくる。
「先に、確認しておきたいんだけど、医者でもないユーノが、何で一般に出回ってない医療魔法なんて持ってるの?」
「遺跡発掘の成果。一般に出回ってないのは、効果は大きいけど効率が悪いとか、冗談みたいに難易度が高いとか、やたら条件が厳しいとか、要するに普通じゃ使い物にならないものばかりなんだ。ただ、どれも条件さえクリアすれば、効果は折り紙つきのものばかり。」
因みに、ユーノの手持ちの遺失魔法は医療用ばかりではない。全部ユーノ個人では使えなかったり、使えても役に立つ条件が絞られすぎていたりで、ほとんど研究とかはしていない。一応時空管理局をはじめとしたいくつかの公的機関に一度は買い取ってもらってはいるが、その後役に立ったという話は聞かない。まあ、まだ発掘して日が浅い魔法ばかりなので、使い物になるように研究中なのかもしれないが。
「なるほど。その中に、儀式系の魔法は?」
「二つほどある。もしかしたら、今回はそれが役に立つかもしれない。」
「だったら、私も行くよ!」
「「「なのは!?」」」
なのはの突然の申し出に、目を丸くする三人。昨日の顔色の悪さはなりを潜め、その瞳には決意のこもった強い光が宿っている。
「なのは、儀式魔法に参加するってことは……。」
「分かってるよ、ユーノ君。失敗したときに普段の何倍もの反動が帰ってくる、最悪死ぬかもしれない、でしょ?」
「分かってるんだったら……。」
「ユーノ君、出来る事があるのにリスクを怖がって何もしないのも、嫌なこと、危険なことを誰かに押し付けて逃げるのも、もう嫌なの!」
「ユーノ、なのはも連れて行こう。」
なのはの顔を見て、優喜が結論を下す。このなのはは、もはや梃子でも動かない。今までみたいな安易な使命感で言った台詞ではない。明らかに、小学生が固めるべきではないいろいろな覚悟を固めた顔であり、台詞だ。だったら、今更安全圏に置いておくのも無理だと思った方がいい。
「そっちの儀式魔法も同じかどうかは知らないけど、僕の知ってる魔術だと、大抵は儀式に参加した人数が多いほど、効力が強くなるか一人頭の反動は小さくなる。それに、どう転んでもぶっつけ本番なんだし、なのはの魔力量とレイジングハートの能力は、役に立つことはあっても邪魔にはならないはずだ。」
「……分かったよ。」
「というわけでアルフ、待たせて悪かったね。プレシアさんのところに連れて行って。」
「ああ!」
アルフが一つ吠え、三人を転移させる。その様子を見守っていた桃子は、ため息とともに電話を取り、学校とアリサ達に連絡を入れるのであった。