第5話 『終結・交渉』
「―――あんたは話すしかないんだ」
次の瞬間、両者の姿は掻き消えた。
エッジは瞬時に気を纏い、体内の魔力を回転させる。
それは、エッジが自身の持つ切り札を切る準備。
それほどまでに難敵だと判断した。
タカミチは両の手を胸前で合わせ、気と魔力を合一させる。
それは“究極技法”。
“感卦法”
気と魔力という反発する性質を持つ両者を、融合させる技。
肉体強化・加速・物理防御・魔法防御・鼓舞・耐熱・耐寒・耐毒その他諸々のおまけ付き。
反発する両者を合わせることで生ずる力は膨大。
世界に数人といわれる難解で高度な技術である。
自身の切り札を使い、タカミチは弾けるように飛び出した。
タカミチから繰り出される“居合い拳”と感卦法によって強化された“豪殺居合い拳”。
空中に足場を作り、それらを面制圧の如き様相で打ち放っていく。
エッジは、つるべ撃ちに放たれるそれらをステップを踏むように短距離瞬動を行い、それらを縫うように避けていく。
それでいて、しっかりと反撃も行う。
回避の合間合間に斬撃を放つ。
元より生身で“音断ち”を行えるエッジの技量。
それを気による加速状態で行われる斬撃は、瞬時に無数のカマイタチと衝撃波を生み出す。
音速を超え、飛来する真空の斬撃はタカミチの防御を削っていく。
しかしその程度、タカミチは意に介しない。
居合い拳と豪殺居合い拳のタイミングを変えつつ、エッジを回避行動を誘導していく。
エッジは誘導されていることを理解しつつ、絶好のタイミングを待つ。
弾け飛ぶ地面、空を裂く斬撃。
互いに空と地を駆け、交差しあう。
両者は気を練り上げ、溜め、解き放つ瞬間を狙っていた。
互いの狙いは明白。
タカミチは、強力な攻撃の及ばない距離からの“豪殺居合い拳”。
エッジは、その刃が届く近距離への接近を。
果たしてその刻は来た。
エッジが足を止め、タカミチは射線を得た。
瞬間、同時に両者が動いた。
「「シッ!!!」」
―――“豪殺居合い拳”―――
―――“神炎流奥義・炎戒剣”―――
互いに放った一撃が炸裂しあう。
雷光剣が威力の炎戒剣と、砲弾が如き豪殺居合い拳。
巨大なエネルギーを持つ攻撃がぶつかり合い、互いに喰い破らんと鬩ぎ合う。
しかして両者は拮抗し、相殺した。
そしてエッジはこの瞬間こそを待っていた。
爆撃如き攻撃を掻い潜り、削られつつも耐え忍んだこの瞬間。
爆炎と煙が飛散し、タカミチの視界を隠すこの瞬間。
待ち続けていたエッジは札を一つ切った。
“転移魔法”
瞬時にエッジは掻き消え、姿を現したのはタカミチの背後だった。
気配を感じたか、感が働いたか。
振り向き、拳を打ち出すタカミチ。
袈裟懸けに振り下ろされる刃。
それらが交差しようとした瞬間。
“転移魔法”
タカミチの迎撃は空振り、再び背後を取ったエッジ。
その刃は既に振り切られていた。
これがエッジの切り札の一つ、“短距離連続転移”。
幾多の闘争を越え、導きだされた一つの解。
そもそも魔法を使えないエッジが、何故転移魔法を使えるのか。
そこには思考錯誤があったが、結論として、エッジは“転移魔法符”を応用した。
魔力と術式が書き込まれた“符”でもって転移を行える魔法具。
その術式を解析し、変更を加え、そして自身に書き込んだ。
簡単に言えば、一つの呪紋回路のように術をもって体に書いたのである。
使うたびに、焼けるような苦痛を代償とするが、それに見合うだけの価値はある。
そう判断し、エッジは自身に施した。
そして真実価値はあり、かつて戦場でも今眼前でも勝機を生み出した。
それでも防御が間に合ったのは積み上げてきた経験故か。
刃は、咄嗟に挿しいれられた腕を切り裂いていた。
僅かに鈍るタカミチ。
腹に追撃の蹴りを入れるエッジ。
タカミチは、橋に墜落していた。
そしてエッジはタカミチの眼前に降り立ち、命じた。
「さあ、話せ」
タカミチは顔を上げ呻いた。
なんとも劣勢であった。
ダメージはそれほどでもない。戦闘は続行できる。
しかし、側にはネギと明日菜とエヴァと茶々丸がいる。
この状態での戦闘は不利である。
既に結界は再起動され、エヴァは戦力外。
ネギも魔力が尽きている。
明日菜は論外である。
唯一茶々丸だけは戦闘に参加できるが、目の前の人物が相手だと参加は足手まといだろう。
「くっ」と唇を噛み、睨みつける。
「あんたが話さないなら、そいつに訊くだけだ」
すっと剣先を上げ、ネギに向けられた。
進退窮まったかと、口を開こうとした瞬間、彼はその場を飛び退いた。
遅れて響く複数の銃声。
応援が着いたようだ。
「ちっ」と歯噛みし跳び退る。
遠距離からの狙撃。
苛立ちが募る。
漸く訊きだせるところまできて、再びの邪魔。
自称温厚な自分でもキレてしまいそうだ。
怒りに呼応し、髪が仄かに燐光を纏い、火の粉を散らす。
それを切欠としたか、刀が炎を発した。
「ああ・・・、もういい・・・。もういいや―――!」
炎が渦巻き地を焦がしていく。
元来エッジは我慢強くない。
直情的で面倒が嫌いなのだ。
結論として、エッジは邪魔するもの全てを焼き払ってからネギに訊ねようと考えた。
(燃やしてやる)
既に牽制の銃弾は届かない。
エッジの周囲を焼く炎が、その悉くを蒸発させている。
スッと切先を向けようとした瞬間、
「双方そこまで!!」
邪魔が追加された。
エッジは不愉快の頂点にいた。
運が良いと思いきや、その尽くを邪魔される。
ここまで来ると超常的な何かが干渉してるんじゃないか、などと益体も無いことを考えながら睨み上げた。
「また、邪魔か・・・」
「それは仕方なかろう? 御主は侵入者じゃからのう」
そう言いながらこちらを見下ろす異形の老人。
「ここは引かんか?」
「・・・・・・何?」
一瞬何を云われたか理解が遅れ、いつの間にか聞き返していた。
周りのギャラリーも「おい! 爺!」と驚愕を上げている。
確かに可笑しな提案だ。
「この状況では御主も如何ともしがたろう?」
「・・・そうだな」
確かに状況的に詰んでいる。
眼前の老人も只者ではない。
引くのが最適だろう。
対魔封印結界も自身には影響がないとわかった。
再度の侵入は容易と判断。
ちらっと老人とタカミチに視線を投げ、最後にネギ・スプリングフィールドに目をやる。
「またにしよう。観客が多いし、それに、今日は少し疲れた」
「待って下さい! 貴方はいったい―――ッ」
後から何か聞こえるが、無視をして転移を発動させる。
それほどの距離は跳べない。
結界のギリギリまで何度か跳ぶ。
そして結界を越えようと一歩踏み出した時、
「儂と取引せんか?」
そんな声が掛かった。
side:学園長
学園長は驚いていた。
ネギと接触した侵入者に、自身を除く学園最高戦力を向けたのだ。
それなのに最高戦力である高畑は、少しずつではあるが押し負けているのだ。
それになにより侵入者の語った言葉。
“6年前の雪の日”
多くの関係者によって伏せられ、ほとんど知るもののいない事件。
そして求めているのが犯人。
恐らくは被害者に関わる者なのだろう。
状況的に見て、情報を求めてネギに接触したのだろう。
しかし、それはネギを刺激しかねない。
彼もまたトラウマを持っている。
報告書によれば、ネギがメルディアナで覚えた魔法に“上位古代語の高位悪魔を滅ぼす魔法”が含まれているという。
だが、ここで撃退してもいずれ機を見て接触を図るだろうことが予測できる。
かと言って捕らえるのは骨である。
それは今の戦闘を見ても容易に想像できる。
そして学園長は閃いた。
それは生来の悪戯っけも相まって予想の斜め上へいった。
彼を雇おう。
第5話 了