第13話 『修学旅行―――三日目・長い一日の始まり』
修学旅行三日目である。
この日は、各班とも自由行動となっており、それぞれが望むように遊ぶことができる。
中には、大阪に出掛けるグループ等もあり、予算の許す限りの自由が保障されている。
さて、肝心要の近衛木乃香が所属するグループは、未定である。
エッジにとっては、まったく持って頭の痛い話しである。
護衛のプランが作れないのだから。
穴だらけの昨夜のプランで、なんとかするしかないのである。
とりあえず、打ち合わせのためにネギ達の元へ行く。
昨夜は、ネギ・スプリングフィールドとは話していないので、プランを確認するなら今しかないのだ。
ロビーの死角の休憩所に、彼らはいた。
見慣れない人間が一人いる。
学園長の爺の説明には出ていなかった人間だ。
ということは、ネギ方面から関わることになったのだろう。
あまりの迂闊さに溜息がでる。
この状況において、足手まといを増やしてどうする気なのだろうか、こいつは。
側にはオコジョもいる。
エッジは、オコジョ見て、昨夜の怒りを沸々と思い出していた。
――――昨夜
まさに、パニックという状態である。
体こそ、驚愕で停止状態にあったが、思考は支離滅裂で暴走状態であった。
明日菜の唇の感想から魔力発生の要因の考察、手の平に伝わる腰の感触、背中に触れる床の冷たさへの感想、息子の現状の確認などといった、戦場並の思考速度であった。
明日菜は明日菜で、私のセカンドキス、バスタオルの行方、どうしてこうなった、オコジョ殺す等と考えていた。
しかし、行動まで暴走しなかったのが、救いである。
もし暴走していたら、旅館が、少なくとも風呂は使い物にならなかっただろう。
互いに落ち着いた頃、明日菜から話を聞くに至った。
概要は、こうである。
・魔法陣は仮契約の魔法陣
・仕掛けたのは、ネギの使い魔のオコジョ“カモミール・アルベール”である
・ひょっとしたら、関係者増えちゃってるかも
・恐らく、金のため(“5万オコジョドル”とか言っていたとのこと)
といったところである。
昨夜、風呂を出た後、仮契約の魔法陣を速攻で破壊し、キッチリ責を取らせるべく、オコジョを探したところ、ネギと共に人前で正座をしていた。
流石のエッジも、生徒達の目の前で小動物を殺す訳にはいかなかった。
仕方なく、明日に回したのである。
エッジは、腰から小振りサバイバルナイフを取り出す。
戦場で、よくウサギや鳥などの解体に使用したモノだ。
そのナイフを、呼気と共に投擲する。
閃光と見紛うほどの速度で投擲されたナイフは、寸分違わずオコジョの股下に突き立つ。
「さて、遺言はあるか? 慈悲深い俺は、一言ぐらいなら聞いてやらんでもない」
カモミールは、体毛で白い顔を蒼く染めるという器用な真似をして、ガタガタと震え、口も利けないようだ。
それもその筈。
投擲されたナイフが、雄の象徴を僅かに掠め、その鉄の感触を伝えているのだから。
「尤も、それで貴様の未来が変わる訳ではないが」
しかし、カモミールは口を利かない。
口をパクパクと金魚のように開け閉めするだけで、音を発しない。
どうやら、遺言はないようだ。
刺さっているナイフを引き抜く。
「どうやら無いようだな。では、死ね」
「ちょっと待って!」
振り上げたナイフを振り下ろそうとした瞬間、静止の声が掛かった。
知らない声だ。
恐らく、一緒にいた見知らぬ女だろう。
「何も殺すことないじゃない! それに、カモッちだけに責任がある訳じゃないわ。私も一緒にしたんだから!」
エッジは、絶対零度の視線を向ける。
揃いも揃って馬鹿ばかりだ。
「なら訊こうか。自分のクラスメイトを、死地に追いやった気分はどうだ? 楽しかったか?」
「そんな・・・、死地なんて大袈裟な・・・」
顔を青褪めさせ、言い訳を始める。
エッジは、そんな様子を見て、視界に入れるのも腹立だしいと、顔を背ける。
「大袈裟だと? 現に、既に血を流しているのに? 随分と楽観的だな。魔法をメルヘンだとでも思ったか? だが残念。魔法は、兵器に過ぎん。
貴様が巻き込んだものは、事情すら知らずに戦場に立つだろうよ。それとも話すか? 結果は変わらん。覚悟のない者が、生き残れる世界じゃない」
「――――ッ!」
「アイテムが手に入って、戦力増えて、おまけに儲けてラッキー、か? その端金で、貴様は友達を売ったわけだ。よかったな?」
もう言うことは無いと、背を向ける。
さて、オコジョには責を負ってもらわなくては。
しかし、またしても邪魔が入った。
「待って下さい!!」
「今度は貴様か? 何だ?」
「カモ君は、僕の使い魔です。なら、その責任は僕のものです。僕が責任をとります!」
エッジは、口許に侮蔑の笑みを浮かべる。
この餓鬼は、何と言ったのだろうか。
オコジョは「兄貴!」などと言って感動しているが、全くもって状況把握が甘い。
「責任を取る? 見習いに過ぎない貴様がどうやって? それに、貴様がするべきは、発覚当初に記憶を消すべきだった。それが魔法使いとしての責任だった。
現状では仮契約の破棄。それが最も良い方法だったが、コピーカードは既に譲渡済み。今から取り返すのは、流石に不審過ぎる。
衆目に晒されてしまったから、今契約を破棄できない。デザインが変わって不自然だ。
ならば、この状況で貴様にできることなどない。せめて、今後余計な真似を出来ないよう、オコジョで始末をつける。それが妥当だ」
「ッ! それは・・・、僕が彼女達を守ります! それで問題ありません!」
「ハッ! 守る? 近衛木乃香を攫われ、取り返すことさえ出来ない貴様が、誰かを守るだと? 笑わせる。足手まといを抱えて、貴様に何ができる。自惚れるな」
口惜しそうに歯を食いしばるネギを横目に、オコジョに向き直る。
しかし、いざというところで、再再度の邪魔が入る。
「ちょっと待って!」
今度は明日菜だった。
彼女は、少々申し訳なさそうな表情を浮かべているが、それでもしっかりとした調子で言った。
「魔法バレのことも、その後のことも、ネギが責任を持つって言ってる。貴方には迷惑を掛けない。だから殺さないで? お願い!」
「・・・こいつは、きっと繰り返すぞ? 消しとくなら、早い方がいい」
「躾けるわ。それでもダメだと云うなら、何かしらの術で、縛ってもいい。そんな魔法もあるんでしょう?」
エッジは、じっと明日菜を見る。
昨夜のせいか、若干頬を染めて居心地悪そうにしているが、それでもしっかりと視線を返してきた。
溜め息を吐く。
「どういうことか、解っているのか?」
「うん。解ってる」
「仮契約カードがある、ということは繋がっているということだ」
「解ってる。それも含めて解ってる」
仕方あるまい。
エッジは、なんだか明日菜が苦手だった。
「・・・・・好きにしろ。だが、何かあった時、その罪は軽くないことを覚えておけ」
朝倉という女を追い出し、話し合いを始めた。
余計な情報漏洩は防ぐべきだ。
尤も、確認するだけであるが。
目的の確認、状況の確認、戦力の確認。
最良は何も起きないこと、最悪は他の生徒も巻き添えに襲われること。
この際、一般人は考慮外だ。
尤も、何も起きないなんて、現状では天地が引っ繰り返ってもありえないだろうが。
「旦那、あんたのカードだ」
オコジョがビクつきながらも、一枚のカードを寄越した。
仮契約カードである。
表には“神楽坂明日菜”が描かれている。
その姿は、両手を胸前で交差させ、アーティファクトでガードしている。
称号は“守り通す者”。
アーティファクトは“scutum depulsum(魔除けの盾)”。
これは、手甲と肘まであるプレートアーマーに、展開・収納が可能な円盾が付いた形だ。
ナックルガードまであるので、殴り合いすら可能だろう。
強度、能力共にまだ不明だが、それなりに便利そうである。
契約を解除しようと考えていたが、現状では役に立つかもしれない。
周囲に目を走らせ、人目を確認する。
誰もいないことを確信し、明日菜にアーティファクトの召喚をさせた。
「アデアット」
カードが光を放ち、明日菜の両腕に鎧が展開された。
「わ! 凄い。思ったより重くない。これならハリセンも振るえるわ」
もう一度「アデアット」と繰り返し、もう一つのアーティファクトを取り出す。
ハリセンのアーティファクトだ。
ネギ側のアーティファクトとエッジ側のアーティファクトが、全く性質の違うものだが、複数と契約するとままあるものらしい。
主の性質に引っ張られるのだとか。
魔法使いの従者と剣士の従者。
違うのも頷けるというものである。
一通り確認が済んだ一行は、それぞれの目的地へ向う。
尤も、最初から頓挫するに至った。
自由行動において、予定のなかった近衛木乃香擁する5班は、こっそり行動する明日菜を見つけて、一緒に行動することにしたのである。
いきなりの予定変更に、思わず溜め息を吐くエッジであった。
一日は、始まったばかりである。
第13話 了
作者一言
微妙に難産でした。
カモは、殺したいんだけど、後々必要かもしれないし。
普段は空気だけど。
刹那は空気。