第12話 『修学旅行―――宴の夜・覚悟』
明日菜はショックを受けていた。
エッジが話したのは、6年前以降のこと。
あの“雪の日”に触れずとも、エッジの人生は過酷であった。
10歳の少年の戦う日々。
“力が欲しい”という願いのもと、只管に戦場に立つ。
全ての教えは、戦場で実地をもって教えられる。
最初の人斬りは、月子と出会って3日後のことだった。
「人を斬るのは一瞬だった。10歳の小僧、魔力を使えず、気も扱えない。それでも、10歳の子供が振り下ろした刃は、容易く肉を裂いた」
それからも、続く戦いの日々。
より効率的に振るわれるようになる刀。
気を覚え、威力を増す剣技。
自身のミスと、その代償。
油断、その対価。
貫かれる腹。
抉られる肉。
削られていく命。
生き残る度に、増えていく傷、失われていく何か。
それでも、より力を求める。
「この腹と背の刺青もそうだ。力を求めて、自身に刻んだ。代償など、如何ほどでもない。より多くの手札を欲した」
エッジは明日菜を見る。
明日菜は青褪めていた。
だが、エッジは構わず続ける。
「俺は『エッジ』だ。火にくべ、叩いて鍛え、研ぎ澄まされ、そして切り裂く。
それが俺だ。俺が望んでそうなった」
明日菜を見つめる。
その表情は複雑だ。
怒りを覚えているようで、悲しんでいるようで、哀れんでいるようで、まるで痛みを耐えるかのような顔である。
「お前は言った。どうして殺すなんてことが出来るのか、と。答えはこうだ。
俺が、殺すことが出来るようになることを望み、それが出来る環境で、そうして過ごしてきた。それが日常だった。
だから、俺は、殺すことが出来る」
「――――――ッ!?」
それが日常だと、彼は言い切った。
それが日常だと。
もちろん、世界には紛争をしている国、子供が戦う国、戦禍の残る国があることは知っている。
ニュースや新聞、インターネットで簡単に知ることができる。
しかし、それらは壁一枚隔てた向こう側で、自分にとっては別世界の出来事だった。
だが、それが急激に現実味を帯びた。
それは、魔法という裏の世界に関わったことで、今や触れ得るところまで来ているのである。
そのことに、背筋が凍る。
しかし、腹に力を入れて耐える。
自分で望んで訊き出したのだ。
最後まで聞かなくてはならない。
「・・・なんで、力を求めたの?」
「それを語る気はない」
きっぱりと拒絶された。
きっと、それこそが彼の根幹なのだろう。
今の私には、それを訊く権利も資格もない。
だから、最後に一つだけ。
「最後に一つ、いい?」
「・・・ああ」
これだけは訊かなくてはならない。
「罪の意識はあるの?」
「・・・・・・あるさ。依頼で、あるいは不可抗力で、あるいは力の糧に望んで、命を奪ってきた。
そこに過ちがあるとするならば、いずれ贖う時がこよう。それが、贖罪の日々なのか、この血肉なのかは分からない。だが、かまわない。俺は―――」
彼は言った。
「『罪を選んだ』」
話はお仕舞いだというように、風呂から上がる彼。
ショックを受け、考え込む私達を一瞥し、去っていく。
思考が焦りに捕らわれていく。
ここで行かせてはならない。
私の覚悟を見せねばならない。
明日菜は、何かに突き動かされるように口を切った。
「待って!」
エッジは、立ち止まり視線を向ける。
気圧されする必要はない。
「あんたの覚悟は分かったわ。でもね、今回の事は、あんただけのことじゃない。私達だって当事者よ。だから―」
一端切り、息を込める。
「――だから、あんただけの罪じゃないわ。それにね、私は殺すも殺されるも嫌なの。でも、何もしない訳じゃない。木乃香を狙ってるんだから。
だから、打っ叩く! あんたが殺しちゃうより先に、打っ叩いて、とっ捕まえてやるわ! それなら文句ないでしょ!?」
彼が、目を丸くして驚いている。
なんだか、してやったりという感じだ。
「ああ、そうだな。やってみるがいい」
口許に笑みが浮かんでるのが見えた。
つられて、口角が吊りあがる。
「それと、もうひとつ」
色々あって忘れていた。
けれど、きっと一番に言わなくてはならないことだった。
随分と遅れてしまったけれど、私、神楽坂明日菜は、親友を助けてもらったのだ。
だから。
「木乃香を、親友を助けてくれて、どうもありがとう」
なんだか、清々しい気分だった。
エッジは、風呂場を出ようとしたところで、ピタリと止まった。
話し込んでいて、すっかりと忘れていたのだ。
振り返り、問いかける。
「ああ、そういえば、旅館の周りに敷かれている魔法陣はなんだ? どうも結界の類ではない様なんだが」
エッジは、攻撃魔法以外の西洋魔法については、あまり詳しくない。
それは、自身が使えないということが大きいが、そもそも、それ以外の知識がそう必要ではなかったことに起因する。
兎に角、結界ではないとしか解らなかったので、訊く事にしたのだ。
「・・・え?」
「いや、「え?」ってなんだ」
明日菜としては、意表を突かれた感じだ。
てっきり、旅館を守るための何かを書いているのだと、そう思っていたのだ。
しかし、エッジが言うには結界ではない、という。
そうなると、明日菜に思い付くものは一つだけである。
あのエロオコジョが、事ある毎に成立させようとする“仮契約”。
そして、3-Aの生徒達が騒いでいたとい状況が、可能性を煽る。
こんな状況で、さらに足を引っ張る真似をするアホオコジョ。
明日菜は、沸点に達した怒りが溢れ、突撃せんと駆け出し始めた瞬間。
‘つるん’という擬音さえ聞こえそうな鮮やかさで、明日菜は、宙を舞った。
「よおしゃーー! 宮崎のどか仮契約カード、ゲットだぜーー!!」
カモミールの前に、光が収束し、カードが現れる。
宮崎のどかの姿が描かれたそのカードは、仮契約成立の証である。
カモミールの前のモニターには、仰け反るネギとそれに支えられるのどかの姿が映しだされている。
二人の唇は重なっている。
ネギ・スプリングフィールドと宮崎のどかの、従者契約成立の瞬間であった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
再び、カモミールの前に光が溢れる。
「よっしゃー! ・・・あれ? でも、誰だ?」
その光は、徐々に収束し、ひとつのカードを形作る。
しかしモニター画面には、ネギ以外の成立は映っていない。
疑問をよそに、カードは完成に至った。
カモミールは、カードを手に取る。
そこには、『神楽坂明日菜』が描かれていた。
風呂場は、異常なほど静まり返っていた。
すっかり空気と化していた、現状おろおろしている、バスタオル一枚の刹那。
床に散乱する、シャンプーやリンスの小瓶。
湯船に沈んでいくバスタオル。
転がる石鹸。
裸で仰向けに倒れている少年と、裸でその少年に跨る少女。
少年の腕は、少女を支えるように腰元へ伸ばされ、頭は床へぶつけないように浮かされている。
少女の腕は、少年の顔の両側で床に着き、頭は慣性に投げ出され、前のめりになっている。
二人の目は驚愕に見開き、思考は停止し、互いの目を凝視したまま動くことはない。
二人の唇は合わさり、唇の隙間からは僅かなの血の雫が流れ、互いの唇を赤く染め上げている。
彼らは、互いに口付けを交わしたまま、固まったように停止していた。
side:千草
「あの男の素性が判ったよ」
腕の治癒も完了し、明日のための準備をしていたところへの報告だった。
待ちに待った情報だ。
敵を知らねば、屈辱を晴らすなど夢のまた夢だ。
「ほんまか、フェイトはん。早う教えなはれ」
「落ち着いて欲しいな・・・。まあいい。判ったといっても、今回の仕事に就く前のことだけでね。生まれや本名は不明のままだ」
「いいから話さんかい」
フェイトは、その様子に小さく溜め息を零す。
この女、目的を忘れてなければいいが。
「・・・わかったよ。名前は『エッジ』、性はないね。明らかに偽名だけど、調べた限りでは出てこなかったよ。傭兵団『MOON CHILD』に所属、6年前からだね。
彼は神鳴流を扱うけど、神鳴流は名乗っていない。『神炎流』と呼ばれているよ」
「しんえん流?」
「そう。彼の扱う神鳴流は、雷の代わりに炎を使うんだ。だから神の炎で、『神炎流』。そして、そう呼ばれるだけの実力はある。実際、彼の戦果は凄いよ。
傭兵団の後期になるけど、単独での組織壊滅や紛争介入があり、それらを成功させている。これが資料だよ」
「・・・・・・くっ」
唇を噛む。
あの男の戦力がこの資料の通りならば、自分では決して勝てないだろう。
その事実に気付き、口惜しげに唸った。
単独で制圧できそうなのは、月詠かフェイトくらいだろう。
いや、あるいは月詠でも危険かもしれない。
それ以前に、月詠なら興が乗ったとか言って、自分で殺してしまうかもしれない。
ならば、やはりフェイトしかない。
彼ならば、殺さずに捕らえることも出来るだろう。
止めを自分で刺せばいいのだ。
「フェイトはん。頼まれてくれるか?」
そして、自分は、戦力が減っているところを襲って、木乃香お嬢様を手に入れる。
第12話 了