第11話 『修学旅行―――宴の夜・体当たりの女』
「あーー!! こんなとこにいたのね!?」
明日菜は、思わず声を上げた。
後ろで、刹那が何か言っているが、聞いちゃいない。
なんだか、見つからない探し物がすぐ側にあった的な悔しさで、ついつい声を荒げてしまったのだ。
無論、エッジには何の責もない。
「・・・何か用か?」
「あんたに訊きたいことがあったのよ。で、部屋に行ったのにいなかったから、お風呂に来たの・・に・・? お風呂?」
自身の言葉でピタリと止まる明日菜。
そして、それは驚愕か恥辱かあるいは憤怒か、エッジが思わず「大丈夫か?」と声を掛けてしまうほどブルブルと震えだし、
「キャァーーーーーーーー!!!」
絶叫を上げるのだった。
うるさい奴だと、エッジは耳を塞ぎながら思った。
自分で風呂へ入ってきておきながら、今更悲鳴を上げるとは、意味がわからない。
咄嗟に、刹那が遮音結界を張らなければ、旅館全てに響き渡ったであろう。
その点は、ナイス刹那である。
尤も、そんな状況でも風呂から出ないあたり、エッジである。
それに眼福でもあった。
風呂場の蒸気に当てられ、僅かに水滴を浮かべる素肌は、引き締った腰と女性的な膨らみを持つ胸と相まって、若々しい色香を持っている。
慣れているとは云っても、年頃の男である。
瑞々しく、美しさを持った女性は嬉しいものである。
「ちょっと!? 後ろ向いててよ!」
今更ながらに、明日菜は手で体を隠し、タオルを巻き始める。
顔は言うに及ばず、全身足先から耳まで真っ赤である。
明日菜は、自身の迂闊さを呪っていた。
まったくもって油断しすぎであった。
つい、エッジの発見に我を忘れてしまった。
お蔭で、全裸を曝してしまった。
反省しきりの明日菜だったが、ここで風呂から一端出ると云う案が出ないあたり、間抜けである。
一頻りの混乱から立ち直り、エッジを見やる。
そして気付いた。
風呂中ほどの岩に腰かけ、外を見るエッジの背中。
いや、背中と言わず全身あっちこっちにある傷跡。
素人目にも判る、銃創・刀傷・火傷跡に、抉れたような跡に、腕と太腿にある一周する傷跡。
そして、描かれている模様?絵だろうか、がある。
それらを目にし、息を呑む。
それらは経験。
戦い、傷付き、傷つけた証。
自分と然程かわらぬ歳の少年が、遠い存在に見える。
また、明日菜に遅れて入ってきた刹那も、それらを見た。
傷自体は見慣れたものである。
自身も戦ってきた身だ。
それなりに傷を負ってきた。
しかし、問題はその種類と深さである。
いくつかは、致命傷に至ったのではないか、という深さである。
また、詳しくは判らないが、腕と太腿の傷はもしかして、と思う。
そうではないと思いたいが、もしそうならば、想像を絶するものだっただろう。
背中に見える刺青にしてもそうだ。
自身、聞きかじりに過ぎないが、あの手の所謂呪紋だとすれば、刺れるも激痛、使うも激痛の筈だ。
その覚悟が何処からくるのだろうか。
自身の持とうとするモノとは違うが、それでも自らが傷付き苦しむ覚悟。
未だに覚悟を決められない自身からすれば、信じられない思いである。
流れる水音に、我を取り戻す。
解らないことはいい。
遠いことも構わない。
元より、それが聞きたくて探していたのだ。
「・・・ねえ」
「何だ?」
素っ気ない返事に身が竦む。
僅かに詰まる息を無理やり吐き出し、意を決して訊いた。
「・・・どうして、簡単に傷付け合うことができるの?」
「それは、医者に『どうして手術ができるの?』と訊くようなものだな。俺は傭兵だ。それが“仕事”だからだ」
的確な喩えに「うっ」と詰まるも、更に重ねる。
訊きたいことは、そんなことじゃない。
「そうじゃなくて! えぇと・・・、貴方の仕事は護衛でしょう? 傷付けなくたって、取り返せればいいんでしょう?」
「最大効率の選択だ。今回の事は、あの女が原因だ。ならば、取り除けば終わる」
「最大効率って・・・。取り除けば終わるって、それって殺すってことでしょう!?」
「そうだ」
あまりにアッサリと肯定され、絶句する。
その方が都合が良いと、それを理由に殺すと、エッジはそう言ったのだ。
到底信じられることではない。
「・・・どうして? どうしてそんなに簡単に、命を奪うことを選べるの? 仕事だとか都合がいいとか、そんなことが聞きたいんじゃない。
人を殺すことができると云う、あんたの頭の中を訊いてるのよ」
「それを知る意味はあるのか? お前のやるべきことに、影響はしないだろう。ならば、知ることに意味はない」
あんまりな言い草に、カチンと来る。
落ち着いてと自身に言い聞かせるも、次第にヒートアップしていく。
「意味がないって何よ! 私達、仲間でしょ!? 信頼しなきゃ、一緒に戦えないじゃない!」
「・・・少し違う。仲間ではなく、協力者といった方が正しいな。そして、信頼は必要ない。信用だけでいい」
取り付く島もない。
拒絶なのか、線を引いてるのか、踏み込ませないようにいている。
それでも、知りたい。
このモヤモヤは不快なのだ。
信頼だとか信用だとか、そんな難しいことは、この際はどうでもいい。
そう、初めから理由なんて簡単だった。
「・・・それに意味ならあるわ」
「なんだ?」
明日菜は、顔に満面の自信を浮かべ、宣言した。
「私が! 私のために! 知りたいのよ!!」
「―――――!」
その傍若っぷりに、エッジは呆気とられた。
理由にすらなっていない理由。
自己満足の極致。
しかし、呆気にとられると同時に感嘆もする。
自分本位。
どこまでいっても自身が中心に据えてある。
現代社会においては、ある種厄介な在り方ではあるが、生物として人間としてどこまでも正しい。
それも陰性のものじゃない。
そうしたいからと云う、明るく陽性なものだ。
「くっ! くくく・・・、あはっ」
笑いが零れる。
陰湿なものなどなく、ただ面白いから笑う。
想えば、ここまで真っ直ぐ問われることなど今までなかった。
裏社会というのは、大概が暗い陰をもつ。
だから、誰もが深く触れられることを嫌い、それが不文律となっていた。
それだからこそ、なのだろう。
こんなにも明るく触れてくる。
それが驚きと、何か分からない面白さを生んだようだ。
エッジは、“あの時”以来、恐らく初めて負の感情なく笑った。
清々しく笑い声を上げた。
「あ゛~、笑わせてもらった。面白いな、お前」
目端に浮かんだ涙をぬぐいながら、声をかける。
文句を言っているが、そんなことはどうでもいい。
「明日菜とかいったか」
「・・・そうよ」
「いいだろう。答えてやるよ。――で? 何が訊きたい?」
明日菜が困惑した顔でこちらを見ている。
まあ、それも仕方がないだろう。
「・・・なんで急に?」
「・・・笑わせてもらった礼だ。他に理由などない」
そう、他に理由などない。
ただ、真っ直ぐな姿が気に入って、今は機嫌がいい。
それだけである。
「そう。なら、遠慮なく訊かせてもらうわ。じゃあ、まずは―――――」
一方、旅館内部では惨憺たる光景が広がっていた。
たちこめる煙。
複数のネギ・スプリングフィールド。
倒れている、見回りの新田教諭。
目を回す女生徒。
それを正座で眺めている者。
そして、さらにネギを追いかける者達。
まさに、混沌と化していた。
原因は、“身代わりの紙型”と呼ばれる魔法具である。
これは、人型に切られ特殊な術式が込められた紙に、自身の名を書き願い奉ることで、自分とそっくりな分身を作り出す物である。
誰でも扱える簡単な術具である反面、複雑な命令ができないという欠点がある。
そして、これを使用したネギは、書き損じた紙型をキチンと処理せず、その結果、“書き損じ達”は独自の行動を始めた訳である。
書き損じ達の行動原理は、ゲームに影響されたのか“キスをする”というものになっている。
尤も、目的達成と同時に爆発してしまうが。
兎にも角にも、人前に複数のネギ・スプリングフィールドという、神秘の秘匿を無視しまくった現象が起きているのである。
幸い能天気な生徒が多いのか、大部分の生徒はゲームの仕掛けだと判断し、その異常に気付いていない。
そしてその影で、ゲームを仕掛けたオコジョのカモミール・アルベールは、仮契約に励んでいる。
尤も、現時点ではスカカードしか成立していない。
一般人を裏へ巻き込む所業。
その許されざる行いが、如何なる結果を生み出すのか、今はまだ誰も知らない。
第11話 了