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No.18469の一覧
[0] ストライクウィッチーズ スミレ色の飛行隊(オリキャラのみ)[アルテン](2010/11/14 11:32)
[1] プロローグ[アルテン](2010/04/29 23:34)
[2] 春、扶桑海にて[アルテン](2010/04/29 22:34)
[3] 戦果[アルテン](2010/05/16 16:31)
[4] 夏、扶桑海にて[アルテン](2010/06/12 16:08)
[5] ある日の訓練風景[アルテン](2010/07/29 22:42)
[6] 里帰り[アルテン](2010/09/16 23:25)
[7] 扶桑海事変 1[アルテン](2010/11/14 11:22)
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[18469] 扶桑海事変 1
Name: アルテン◆9a73cf91 ID:acf4f6f5 前を表示する
Date: 2010/11/14 11:22
1937年 6月18日
航空母艦『鳳翔』
 世界で初めて航空機運用母艦として設計、建造された艦。従来の空母は、他艦種から改装されるのが一般的であり、空母として建造されることは無かった。初めから空母として設計、建造されたのはこの『鳳翔』が世界初となる。
 島型艦橋、傾斜の付いた飛行甲板、起倒式煙突などの新機軸を導入し、当時としては野心的な設計ではあった。が、運用側の評判は芳しいものではなく、後の改装で島型艦橋を撤去。標準的な平型甲板の空母へと生まれ変わった。
 現在は第一艦隊第一航空戦隊に所属。機械化航空歩兵、すなわちウィッチの艦隊における運用法を模索するためのテストケースとして、6人のウィッチから成る、『機械化航空歩兵試験飛行中隊』を運用していた。 
 呉を発して早二ヶ月。鳳翔が所属する第一航空戦隊は、第一艦隊を構成する他の戦隊と共に、北上を続ける。めまぐるしい日程で入港、一般公開、出港、訓練のサイクルを繰り返す。舞鶴、敦賀、新潟と扶桑海側の主要港に寄港してきた。
 
 六月十一日 新潟に第一艦隊第一戦隊ならびに第一水雷戦隊入港。
 同日 第一艦隊第八戦隊、第一潜水戦隊、第一航空戦隊。直江津に入港。
 六月十二日 一般公開。
 六月十三日 一般公開。
 同日夕刻 第一艦隊各戦隊、出港。
 六月十五日 秋田県船川にて合流。秋田沖にて第一艦隊各戦隊による合同演習。
 
 そして合同演習を終えた第一艦隊は、再び戦隊単位に別れて北上を開始。第一戦隊と第一水雷戦隊は小樽。第八戦隊、第一潜水戦隊、第一航空戦隊は函館を目指す。
 今後の予定は小樽、函館で一般公開を行った後、大湊に寄港。補給と休養を済ませ、太平洋側へ。釧路沖にて第二艦隊と合流。第一、第二艦隊による艦隊対抗演習を行うことになっている。
 第一艦隊は『榛名』『伊勢』などの戦艦で構成される第一戦隊を中心に編成された、扶桑皇国海軍の虎の子であり、最強の艦隊。乗り組む将兵の士気は高く、日々是訓練。月月火水木金金を地で行く毎日。
 そしてそれはウィッチも例外ではない。



「はぁはぁはぁ……お願いします!」
 息も絶え絶えに、スカッパー目掛けて走りこんでくる少女。いや、少女というより、まだ子供。長谷川美鶴。階級、少尉。全力で走ってきたのだろう。肩まで伸ばされた黒髪が、振り乱された勢いそのままに乱れ、幼さを残した頬は紅潮している。
一枚の紙切れを、スカッパー脇に立つ少女に突きつける。
「応!長谷川が一番か……」
 鷹揚に頷いて受け取る少女。河合玲子中尉。さっぱりと切られた短髪に、精悍な顔付き。そして少女と言うには大柄な体型と、粗野な言葉使いが『歴戦の猛者』の印象を与える。試験中隊を構成する二個小隊のうちの一つを率いる。
 受け取った紙には艦内の主要箇所が書かれ、その脇にはハンコがびっしりと押されている。
 河合も『スカッパー』の項目にハンコをついて、長谷川に返してやる。
 これで紙に書かれた箇所全てにハンコが押された。
「最後は飛行甲板だ。行け」
「ハイ!」
 大きな返事と共に長谷川が駆け出す。
 それを追うように聞こえてくる新たな足音。飛行靴が床を叩く音がやかましい。
「お願いします!」
 入れ替わりで走り込んで来た少女。大槻杏子。少尉。彼女も少女というより、子供と言った方がいいだろう。マッシュルームのようにキレイに整えられた短髪。やわらかく垂れ下がった目尻。しかしその眼光だけは鋭く光る。
「応!長谷川は目の前だ。死ぬ気で走れ」
「ハイっ!」
「最後、飛行甲板。走れ」
「ハイ!」
 大槻が弾かれたように走り出す。まさに全力疾走。疾風の如く駆けて行く。
「何とも……微笑ましいねぇ」
 二人の新兵を見送った河合が、目を細め一人つぶやく。
 今日は『艦内競技試験』の日。
 一ヶ月に及ぶ「艦内新兵教育」の締めくくりとして、艦内構造をどれだけ掌握できているか試される。長谷川たちに渡された紙には、「艦橋」「電信室」「機関室」など艦内各所の名称が書かれている。それら指定された箇所を全て巡り、待ち構える試験官からハンコかサインをもらう。全て揃えなければゴールすることは許されない。
 如何に効率良くハンコを集め、如何に早くゴールするか。艦内の構造を熟知していなければ、勝つ事が難しいレース。
 そして今回の『艦内競技試験』は長谷川と大槻、ただ二人のためだけに行われている。二人は他の水兵と違い、配属時期が遅かった。
 なぜなら二人は補充要員であり、本来、新兵が配属される時期と違っていた。
 何はともあれ、二人が補充されたことにより、元からあった欠員と病気療養で降りた一人分の穴を埋めることが出来た。
 河合にしてみれば欠員が埋まったのは喜ばしいのだが、長谷川は生真面目すぎるし、大槻は功名心が強すぎるしで、少々頭が痛くはある。だが、それも若さゆえの愛嬌と思っている。
 何よりも、彼女にとっては愛すべき『妹たち』なのだから。
「…………」
 二人の影も、形も、音さえも無くなった通路を眺める。
 懐から煙草を取り出し、ゆっくりと火を着けた。
 軽く一息。
「…………」
 葉の香りを噛み締める。
 もう一度、通路を見やると、河合は飛行甲板への最短ルートへと歩を進めた。



「はーせーがーわー!」
 長谷川が飛行甲板へと続く階段を上りきったその時。
 床を叩く飛行靴のけたたましい音と共に、大槻の怒声が近付いて来た。
 ぎょっ、として振り向く。
「待ていっ!」
 見えたのは勢いも殺さず、階段の手すりに飛びつく大槻。
 後に続く短く、痛そうな音の響き。
 すねを階段に打ちつけ、押え、痛みをこらえる大槻。
「大槻さん!?……大丈夫……?」
 驚愕3分の1、心配3分の1、思わず引いてしまった心3分の1で長谷川が声を掛ける。
「ッ────!」
 こらえる。泣きたくなるのを、痛いのを、全力でこらえる。
「あの……」
 長谷川が再度、声を掛ける。
「っ!」
 返ってきたのは言葉ではなく、敵意あふれる視線。この失態も、痛みも、長谷川が悪いと言わんばかりの瞳。
(うゎ……)
 驚愕も心配も消し飛び、完全に引いてしまう長谷川。物理的にも一歩引く。
 その様子が大槻の負けじ魂を、さらに燃え上がらせる。
「があああああああっ!」
 雄叫び。
 痛みをこらえた大槻が、ケンケンの要領で階段を跳ね上がる。
 耐える。階段に打ち付けたすねの痛みを堪え、歯を食い縛って我慢する。
 跳ねる。階段に打ち付けた足をかばうように、歯を食い縛って跳び上る。
 追う。裂帛の気合を込めて。
 逃げる。本能に従って長谷川が走る。
 訳も分からず体が勝手に動き出す。大槻が放つ謎の気合に押され、心がすくむ。
 しかし、疲れた体と恐れた心。
 体は言うことを聞かず、心は体を御していない。
 足はもつれ、転びそうになるものの、かろうじて堪える。
 だが、堪えるだけ。体は前に進まない。視線は上がらず、視界を埋めるは足元ばかり。
 いや、前に進んではいるが、思ったように進んでいない。進んだ気がしない。
 それでもあがく。体が止まることを許さない。
「待てーいっ!!」
 艦さえも揺らす勢いで、飛行甲板に大槻が着地。靴底が甲板を叩き、落雷の如く周囲に轟音を響かせる。
 その音に驚いた拍子に長谷川の顔が上がる。手足が揃う。
 見えた。
 甲板中央に立つ波多野美智子。軽くウェーブのかかった長髪。細く引き締まった腰。これでもかと、その存在を主張する大きな尻。発育の良過ぎる巨大な胸。試験飛行中隊長兼、第一小隊長。階級は大尉。
 その両脇には甲板作業員他、手隙の乗員が人垣を作り、決着の時を待つ。
「美鶴ちゃ~ん、杏子ちゃ~ん、がんばって~♪」
 波多野の声援が聞こえる。いつも通り能天気な声。
 走る。ゴールである波多野目掛けて、長谷川が走る。
 追う。目の前を走る長谷川目掛けて、大槻が駆ける。
 懸命に走る。足を上げ、腕を振り抜き、最後の力を振り絞る。
 あと10m。
「逃──が──す──かっ!」
 大槻、執念の走り。長谷川に並ぶ。
「っっっっ!!」
 長谷川、火事場の馬鹿力。さらに加速。
 必死に喰らい付く大槻。
 あと5m。
 抜けない、抜かせない、振り切れない。
 あと3m。
 目を閉じる。視界から入る情報を遮断し、一心不乱に走る。
 波多野の手が上がる。それを合図に、格納されていた滑走制止索が立ち上がる。
 あと1m。
 見えないゴールに体が飛び込むのを待つ。神にすがる思い。
 長谷川と大槻。横一線で波多野の脇を駆け抜ける。
「ゴール♪」
 波多野の踊るような声。振り下ろされる手。
 取り囲む乗員たちの歓声と悲鳴。
 二人を襲う衝撃。
「ぶっ!」「がっ!?」
 前方不注意。前を見ていなかった二人が、滑走制止索に仲良く突き刺さる。まるでハエ叩きに潰されたような無様な姿。
 滑走制止索は、空母に備わる航空機収容設備の一つ。本来、制動索をつかみ損ねた航空機を受け止めるための巨大な網。飛んでくる航空機を受け止めるという機能の関係上、衝撃が逃げるようにやわらかく作ってはある。が、あくまで航空機から見れば柔らかいというだけ。人を受け止めるには硬すぎる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 肩で息をしながら、酸素を貪り喰らう。思考は止まったまま。動き出すにはまだ酸素が足りないらしい。
 のろのろと突き刺さった手足を引き抜くと、大の字になって寝転がる。
 忌々しいぐらいに晴れ渡った青空が、視界を埋め尽くす。
 なんの感慨も無い、ただの青空。
 その青空を遮るように、波多野の笑顔が入り込む。
「二人ともお疲れ様。はい、ご褒美♪」
「はぁ、はぁ……ど、どうも……」
 波多野が長谷川と大槻、二人に同じものを手渡す。
 もらったのは紙袋。袋の中身はカリントウ。酒保で買った五銭のお菓子。いつもだったら嬉しいお菓子。
 しかし、今は何より、
(み、水……)
 水が欲しい。
 喉の渇きを潤すため、体を冷ますため、自らを落ち着かせるために水が欲しかった。
 しかし、大槻は違ったようだ。
「ちゅ、中隊長……はぁ、はぁ……どっちが……早かった……ですか?」
 長谷川と同じく、荒い呼吸を繰り返す大槻。頭だけ持ち上げると、息も絶え絶えに波多野に尋ねる。
「私の方が……早かった……はずっ……ですが?」
 大槻が欲したのは勝利。常に『勝利』と『一番』に固執する大槻。その姿勢に、最初は感嘆の念さえ覚えたが、今はただただ呆れるばかり。
「残念、同着よ」
 どこまでも笑みを絶やさない波多野の答え。
 大槻の頭が力なく落ちる。結果に落胆したのだろう。ぐったりとして動かなくなってしまった。
「おー、終わったか」
 いつの間に来たのか、頭上から降り注ぐ河合の声。こちらに歩み寄ると、寝転がる長谷川と大槻を一瞥。破顔するとやさしく笑いかける。
「お前ら、がんばりすぎだ。だが結構、結構。そのぐらいの元気がないと航空歩兵など務まらん。で、波多野さん。どっちが勝ちましたか?」
「同着よ。河合さん」
「か~っ、また波多野さんの勝ちですか!?」
 河合が手で顔を覆い、天を仰ぐ。ため息が漏れる。しぶしぶといった感じで財布を取り出すと、紙幣を一枚抜き出し、波多野に渡した。
「毎度~♪」
 極上の笑顔で受け取る波多野。河合から渡された紙幣を、しっかりとしまう。
 周囲を見回せば似たような光景。乗員同士での金銭と甘味の授受。と、いうかほとんどの乗員が巻き上げられるだけ。整備員、波多野の機付整備員が回収して回っている。
「しかし良く当てられますね」
「だって、二人とも私のかわいい部下なのよ。どっちか選ぶなんて出来ないじゃない!」
 さも当然と言わんばかりに胸を張る。
 波多野はどちらが勝つかなんて予想していない。選ばなかっただけ。選べなかったから、どちらもがんばって欲しかったから、同着に賭けた。ただそれだけ。
「はっはっはっ、こりゃ敵いませんな」
 いかにも参った、といった調子で笑う河合。もう一度、長谷川と大槻を一瞥。
 足元には、疲れ果て、倒れたままの長谷川と大槻。
「波多野さん。そろそろ締めの訓示を」
 やさしく微笑むと、波多野を促す。
「コホン」
 波多野が可愛らしい咳払いを一つ。威厳を正したつもりらしい。
「本日の試験、ご苦労様でした。一ヶ月という短期間にも関わらず、艦内の構造を良く習熟し、迅速な行動をせしえたのは、貴官らの日々の研鑽の賜物です。この結果を良しとせず、更なる精進を重ねることを期待します。以上」
「長谷川、大槻両名は昼食まで休息してよし!午後は通常通り課業を行う。別れ!」
 波多野の訓示。河合の伝達。手順を踏み、形式を整え、まとめ上げる。二人を立たせないのは、少しのやさしさ。
「……あの……河合中尉?」
 寝転がったままの長谷川が、ぼんやりと質問。
「ん?なんだ長谷川?言っとくが、お前に賭けたんだぞ?」
「は、はぁ……あ、いや……」
 何と言ってよいのか……。酸欠の頭は上手く回らない。
「?変なやつだなぁ。まぁ、少し休め」
 ニッと白い歯を見せて笑うと、長谷川から離れる。くるりと綺麗な回れ右。波多野と肩を並べ、歩いて行く。
「河合さん、お茶にしましょう♪」
「や、まだ課業時間内ですよ。少し自重しないと」
「え~!?せっかく間宮の羊かんが手に入ったのに……」
「!?そ、それは……最近、暑くなってきましたし、痛む前に処理しないといけませんな!」
「皆には内緒ね♪」
 にこやかにお茶会の打ち合わせ。内緒もクソもないような音量、でも二人にとっては内緒話。いそいそと艦内へと消えて行く。
 飛行甲板に取り残された長谷川と大槻。未だ起き上がらず、大の字のまま顔を見合わせる。
「……私たち……ダシにされた?」
「そう……みたいね……」
 ぼんやりと長谷川が尋ね、大槻がぼんやりと返す。
 賭けのネタにされていたこととか、間宮の羊かんとか突っ込みたいことがあるのだが、ただ呆気にとられるしかなかった。



 6月19日 航空母艦『鳳翔』 格納庫
 函館への入港を夕刻に控え、長谷川と大槻の二人は、乗機である艇体ユニットの整備に精を出していた。
 『九〇式艦上戦闘艇体』
 扶桑皇国海軍航空戦力の中核を担ってきた、ウィッチ用航空兵装。ブリタニアとリベリオンの艇体ユニットを参考に、長島飛行脚が開発、生産。1932年に制式採用されている。『艇体』とは銘打っているものの、水上機のフロートに似ているという理由で付けられているだけで、実際に浮航能力がある訳ではない。
 艇体ユニットはホウキの延長にあたるもので、機敏に、意のままに操るためのハンドル。疲労を軽減するためのシート。より速く、より効率的に飛ぶための魔導エンジンをホウキに取り付けていった物。進化が進むにつれ、翼が付き、カウルが付き、ホウキの面影は無くなり、もはや「空飛ぶバイク」と言ったほうが近い姿。
 整備台に固定された九〇式。
 起動と停止。
 魔導エンジンを回しては止め、止めては回す。
 その度に整備員が確認と点検。部品を外しては、組み直す。ネジの一本に至るまで、正確に元の位置へ。
 今のところ、問題も無く整備が進む。故障や修理が必要な箇所は見つからず、快調そのもの。油脂類などの定期交換部品だけを交換。
「回り異常ナシ。機体異常ナシ。快調です。発煙装置は明日、取り付けます。では、展示飛行、楽しみにしてますよ」
 整備員が優しい笑顔で、整備報告を済ませ、二人から離れる。
 鳳翔は今回の入港では接岸せず、港内で錨泊することになっている。そのため一般公開の担当艦から外れているが、せっかくだからと言う事で、一時間毎に一個小隊、三機づつで展示飛行を行うことになっている。
「まったく、たまったもんじゃないわよね~」
 整備員が離れたのを確かめると、大槻がぼやく。
「何が?」
「これよ」
 大槻が不満の原因である九〇式の艇体を、ノックするように叩く。
「九六式の生産だって始まったっていうのに、未だ九五式すら貰えず、こんなオンボロ艇体なんて酷いと思わない?」
 不満たらたら、疎ましい物でも見るような目で九〇式を見下ろす大槻。
 思わず、きょとんとなる長谷川。
 特に不満を持った事など無かったし、一ヶ月間ずっと使ってきたので、それなりに愛着もわいてきた所だった。
 しかし大槻は不満だという。
「だいたい『試験飛行中隊』なんていうから、新型に乗れるかと思えば……コレだもの」
 深いため息と苦笑い。
「九六式とは言わないけど、せめて九五式が欲しいと思わない?」
「そお?今の任務ならこれで十分じゃない」
 長谷川がちょっと困った感じで答える。
 中隊の任務は新型機の試験飛行ではない。機械化航空歩兵を空母で運用できるかを試すために編成された部隊。
 主な任務は二つ。航空歩兵をどのように艦隊の戦力として組み込み、運用するかを研究すること。そしてもう一つ。『女の子』を乗せることによって生じる、生活面での問題点を洗い出すこと。
「そりゃ、確かに新しいに越したことは無いけど。九〇式だって素直で扱い易い、いい機体じゃない」
 長谷川の実直な感想。
 それを大槻は分かっていないというように、かぶりを振って切り捨てる。
「聞けば、今のヤツは足に履くから両手は自由に使えるし、運動性も良好。かなり軽快な機動が出来るって言うじゃない。九六式に至っては全金属製だから、急降下だって思いのまま。こんな布張りのオモチャじゃないのよ」
 艇体から突き出た翼を、大槻の指先が叩く。叩かれるたびにピンッと張られた布が、特有の弾力で弾き返す。
「まったく、教官にだまされたわ。何が『海軍航空歩兵の未来を切り拓く、重要な任務』よ。機材は旧式だわ、艦は狭いし、臭いし、むさっ苦しいし。出世の足しになるかと思ったのに、これなら丘の方がマシよ」
「でも、任務は任務よ」
 長谷川が咎めるような視線で、大槻を見据える。
「あら?さすがは優等生の長谷川少尉殿♪言うことが違う」
 そんな視線など意に介さず、嘲笑を持って答える大槻。
 長谷川の視線が怒気を含んだものに変わる。
 共に視線を逸らさず、表情も変えず、にらみ合う。
 長谷川と大槻。
 海軍で始まったばかりの、若年者向け士官教育を受けた同期生。共に練磨し、同じ釜の飯を食べてきたが、決して仲が良かった訳ではない。と、いうかあまり話したことも無かった。
 幼いながらも国防を考え、人の役に立ちたいと志願した長谷川。
 華々しい活躍と、出世を望み、軍を踏み台と考える大槻。
 交わることの無い二人の思い。
 二人の様子に気付き、整備員の耳目が集まりだす。誰もが動きを止め、言葉を発せず、遠巻きに眺める。
 格納庫内の空気が、人が、時間が凍てついたように止まる。
 永遠に続くかと思われた時間。
 だが、それは警報によって打ち破られた。
 狭い格納庫内に警報が鳴り、反響して耳をつんざく。
「何?入港前だっていうのに、まだ訓練するのぉ?」
 気勢をそがれた大槻が、うんざりした調子でぼやく。
 格納庫内の整備員も似たような反応。如何に第一艦隊将兵の士気が高いとはいえ、入港前の訓練は勘弁して欲しいというのが本音。それでも皆、持ち場に向かって動き出す。
 警報が一通り艦内に響き渡ると、スピーカーから流れる艦内放送が後を追う。
『第一戦隊ヨリ救援要請。航空隊発艦ヨーイ。航空隊発艦ヨーイ』
 皆が眉をひそめる。
(『総員戦闘配置』じゃない?救援?訓練じゃない?)
 思ったことは皆同じ。
 しかし、命令は達せられた。例えそれが実戦であろうと、訓練であろうと、命令は命令。軍人である以上、命令に従わなければならない。
 整備員が動き出し、冷めていた格納庫に熱が満ちる。
 早々と河合が格納庫に駆け込んできた。長谷川と大槻の姿を認めると、そのまま駆け寄ってくる。
「長谷川!大槻!飛べるか?!」
 走り込んで来た勢いそのままに、二人に問う。
「は……はい……」
「今、起動点検したばかりですので……」
 河合の剣幕に押された二人が、しどろもどろに答える。
「あの……一体……」
「班長!!」
 必要な答えだけ聞くと、それ以上は無視。整備班長を捕まえ、打ち合わせに入る。
 呆気にとられる長谷川と大槻。立ち尽くす。
 整備班長と二言三言交わした河合が、視界の隅に二人のその様を捉えると、再び怒鳴る。
「何をしとる!とっとと装具を着けろ!」
「はいっ!」「ハイッ!」
 あたふたと装具を点検。河合の剣幕から、飛行服に着替える時間がないことを悟り、作業服の上から装着を始める。
 体が勝手に動く。訓練通り、定められた手順で、定められた装具を着けていく。
 飛行靴、救命胴衣、縛帯、落下傘。
 頭の中は疑問であふれている。
 河合の慌て振りが異常だ。今まであんなに慌てた姿を見たことが無い。
「二号、五号積み込み始めっ!点検はエレベーター上で行え!実弾持って来い!!」
 整備班長の号令一下、整備員の動きがあわただしくなる。
 自分たちの九〇式に整備員が取り付き、整備台ごとエレベーターに運ばれて行く。
 その声、その動きが長谷川と大槻を焦らせる。
「大槻さん、一体何が?!実弾って!?」
「知らないわよ!」
 知らないと知りつつも、聞かずにはいられなかった。落ち着かない。
 それ程までに、河合が格納庫に飛び込んで来てからの空気が違う。
 怒声と共に整備員たちが駆け回る。
 先程までの空気はもはや無く、張り詰めた緊張感が空間を満たしている。
「河合さん!」
 波多野も高畑と増田両一飛曹を伴い、格納庫に飛び込んでくる。
「波多野さん、長谷川と大槻を先行させる!」
 河合の言葉に大きく頷き、二人に駆け寄る波多野。高畑と増田は自分の機体に向かう。
「二人とも準備は?」
 荒い息づかいで長谷川と大槻を順番に見る。
「只今、完了しました!」
「いつでも飛べます!」
「第一戦隊が所属不明の航空機より攻撃を受けています!二人は先行して状況を確認の後、報告!」
「!?」
「時間が無いの、すぐに第一戦隊を追って!詳細は無線で!」
 波多野が早口でまくし立て、エレベーターを指し示す。
 長谷川と大槻の二人が、お互いに顔を合わせて、疑問を浮かべる。
「あの中隊長?」
「早く!」
 有無を言わさぬ強い口調で発言を封じ、二人を急き立てる。
「ハッ!」「了解!」
 反射的に二人が駆け出す。
 エレベーター上では、艇体、武器弾薬を積み終えた整備員が、飛行前点検をしていた。



 扶桑海上空2500m。
 いくつかの点検項目をすっ飛ばし、取るものもとりあえず鳳翔を飛び出した長谷川と大槻。
 愛機である九〇式の艇体ユニットにまたがり、全力で飛ぶ。
(第一戦隊を攻撃……航空機……まさか……でも……)
 疑問で淀む心、快調に回る魔導エンジン。二つの心臓は正反対の鼓動を刻む。
『風神11より風神12、22。感どうか?明どうか?』
 波多野からの無線が聞こえてくる。
「風神22。感、明ヨシ」長谷川が心を現実に引き戻し答える。
『風神12。感ヨシ、明ヨシ』一拍置いて冷静に応答する大槻。
『現在、第一戦隊が所属不明の航空機より攻撃を受け、交戦中。我が中隊はこれを支援します。質問は?』
 無線から聞こえてくる内容は発艦前に聞いたものと変わらない。未だ情報が錯綜しているらしい。違うのは質問を出来る余裕が出来たこと。
「中隊長。敵はオラーシャ軍なのでしょうか?」
 長谷川がくすぶらせていた疑問を吐き出す。
 現在、扶桑海に展開可能な航空戦力を保有しているのは、扶桑皇国を除けばオラーシャ軍以外に存在しない。
『不明。しかし第一戦隊が攻撃を受けているのは事実です』
 波多野もその可能性を考えなかった訳ではない。
 しかし、第一戦隊からの報告は『国籍不明』『機種不明』というものだった。
 通常、航空機には同士討ちを防ぐために、主翼と胴体に国籍を示すマークを描きいれる。それも遠くから視認できるように大きく、派手に。いくら混乱しているとはいえ、それを見落とす程、第一戦隊の水兵はボンクラではない。
 では、何らかの意図があって消しているオラーシャ軍なのか?
 それも否。
 軍では敵味方の識別に、シルエットでの判別法を教え込む。そうすれば国籍マークが見えなくとも、機種を判別することが出来る。機種を特定出来れば、使用している国を調べれば済むだけの事。
 だが、『機種不明』ということは、どこの軍も使用していない機体である事を意味する。
(まさか……新型?)
 波多野がその可能性に思い至るが、頭を振って否定する。
(オラーシャに利するところが無い……)
 たかが新型機のお披露目のためだけに、他国に喧嘩を売っていては外交が成り立たない。周辺国の心象は悪化し、国際的に孤立することは必至。貿易はおろか、人の出入りすらおぼつかなくなりかねない。
 そして扶桑とオラーシャの間に外交上の軋轢が生じたという話は聞かない。
『風神22。憶測に基づく発言は控えろ。我々は起こっている事実にのみ対処する』
 河合が無線に割り込み、諌める。
 起こっていることが全て、そして真実。
 足りない情報と、憶測で得た答えなど、贅肉と同じ。
 疑問は集中を妨げ、懐疑は動きを鈍らせる。
 ならば、自らの目で確かめるのみ。
 与えられた任務を、ただ愚直にはたす。
『命令!大槻、長谷川両名は敵性航空機の情報収集に務むるべし。なお、攻撃は本隊合流をもって行うこととし、これを厳禁とす。以上』
『復唱!大槻、長谷川両名は敵性航空機の情報収集に当たります!』
「長谷川、了解しました!」
 大槻の復唱。長谷川の応答。
『風神21より風神22、12。まずは深呼吸。次いで報告。それからガンカメラで撮影だ。手は出すな。すぐ行くから、先走らずに待ってろ。落ち着いてやれ』
 河合がゆっくりと、落ち着いた声で釘を刺す。
「風神22。了解」
 長谷川が艇体に取り付けられたガンカメラを見やる。発艦前に大急ぎで艇体に取り付けられた。
 その隣にはホルスターに収められた三八式騎銃。何の変哲も無い小銃。だが、今日はその筒先が怪しく光っていた。




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