今回の暴走体は、素体が逃げようとしていた兎である事から兎に角逃げる事に特化した暴走体だとはいえ、戦いとなれば所詮は兎、アサシンやアーチャーの敵にすらならない相手―――しかし、地の利は兎の方にあり、それがただひたすら逃げるだけとなれば苦戦は免れない。
その予想は中り、アースラのモニターからはジュエルシード回収へと向かったシロウ達の苦戦している姿が映されていた。
「あの……艦長、今回の暴走体って山の中を平均時速八十キロくらい、瞬間的にはそれ以上のスピードで駆け回ってるんですけど………」
「それでいながら木々とかに邪魔されたりはしないのね」
「苦戦するはずだ」
私が沈黙し見守るなか、暴走体の分析を進めるエイミィ・リミエッタから驚きの声が上がると、モニターを見詰めていたハラオウン親子も今回の暴走体は危険こそ少ないだろうがやり辛い相手であると判断したようだ。
「しかし、結界により逃げ場は制限されています―――時間は掛かるでしょうが捕まえられない相手ではない」
そう幸い武装局員が張った捕縛結界は入る事は容易でも出るのは困難な結界だという、それに加え、通常空間から歪められているらしく術者が許可した者や、結界内を視認もしくは侵入する術を持つ者以外には結界内で起きている事の認識も出来ないらしい。
「そうね、確かに強装結界がある以上如何にか出来ない相手じゃないわ」
「確かにそうなんだけど、時速八十キロで山を駆け回る兎ってのがねぇ」
「強いて言うのなら、僕達の常識がまた一つ変わったという事か……」
私の言葉に座り飲み物を口にしている艦長は柔かい笑みを浮かべ、エイミィ・リミエッタは苦笑する。
指揮権を持つ者として、ジュエルシードにより暴走体化した時の能力が時と場合により幅があり過ぎるという事体に頭を抱えてしまうのでしょう、艦長の横に立つクロノ・ハラオウン表情を強張らせていた。
無理も無い、昨日の暴走体が川魚等ではなくあの兎なら、収集した情報を元にフェイト達を包囲し拘束も出来ていたでしょうから。
そう思い、しばらくモニターを見詰めていると―――
「っ、艦長。別の場所にもジュエルシードの反応を感知しました。
場所は―――昨日、魚の暴走体が現れた付近です」
報告を聞いた艦長は「そう」と口にすると、息子であり部下であるクロノ・ハラオウンへと視線を向ける。
「では、僕達も出ます」
艦長の目線に頷いたクロノ・ハラオウンは視線を私へと変え。
「速さで君が遅れるとは思わないが、なのはがいない以上あの娘への牽制は僕が行う」
「解りました、我々が戦う以上負けはてはならないのですから」
距離を置いての戦いがミッド式の基本とはいえ、この身は英霊の域にまで至ったモノ、剣の間合いに入れば負けるつもりは無い。
執務官という事務職故にクロノ・ハラオウンの実力が如何程のものかは判らないとしても、指揮を任される立場の者なら牽制くらいは容易な筈だ。
それに、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの両名が何を考えてジュエルシードを集めているのかは定かではないが、災いをもたらすかもしれない以上捕らえねばならない―――そして、その後ろに居る何者かが牙を剥くのならこれを討つだけだ。
クロノ・ハラオウンに頷いた私は、以前までの魔力で編まれた鎧ではなく、バリアジャケットと呼ばれる魔術によってより衣服を損なわず、かつ効率的に編む事の出来る防護服を纏うと転送ポートへと歩みを進め、新たに起動したジュエルシードの元へと送られた。
少し遅れクロノ・ハラオウンと数人の武装局員達が現れると「なのはとユーノにも連絡を入れたからもう少ししたら来るだろう」と告げられる。
クロノ・ハラオウンに「分かりました」と頷き返した私は、前回同様、結界の構築を行う武装局員達を見送りながら、残るクロノ・ハラオウンと一緒にジュエルシードの捜索を開始する―――のだが。
「ジュエルシードの反応だけど、どの辺りからか判るか?」
「むっ」
剣士である私には魔術師であるシロウや凛のように魔力を感知する術は無い、一瞬とはいえ言葉に詰まった私にクロノ・ハラオウンは「そうか」と口にすると。
「如何やら僕達魔導師と同じで、君達魔術師にも色々とタイプがあるみたいだな」
「いえ、そもそも私は魔術師では無く剣士です」
「剣士か……(佐々木小次郎のアサシン、暗殺者とかいう名称は理解しがたいけれど、セイバーのいう剣士とは恐らく僕達の世界でいうベルカ式の使い手達が騎士と呼ばれている呼称と同じなのだろう。
なら、セイバーは対魔導師戦闘に特化した者と考えられなくもない、か)」
「ええ、故に剣の間合いにて負ける気はありませんが、魔力を感知する術には長けていません」
「解った、取敢えず君を僕達の世界でいうベルカ式の使い手として考えて支援する」
「頼みます」
クロノ・ハラオウンは私の事をベルカ式の使い手と例えるが、成る程、確かにベルカ式の使い手には近接戦闘を主体とした者が多く、私の戦い方に近い者も居る事でしょう。
とはいえ、ジュエルシードの発動による魔力の波動は感知出来るものの、互いに詳しい場所を特定する術を持たない私達は仕方なく探知魔法を使い調べる事にした。
数あるミッド式魔術の術式の中でもサーチャーと呼ばれるこの魔術は実用性が高く、およそ戦場で使えば戦域全体の把握が出来、偵察、狭い場所での捜索等にも適している事から学ぶ価値が十二分にあると判断し、アヴァターでの探索や神の座での休憩の合間に鍛練を行い続け今では複数同時に使いこなせている。
陽が沈み始め、朱に染まりつつある空に魔力で編まれた足場で佇み続ける私は、自身が動いて捜索するのではなく幾つかのサーチャーを展開して広域を捜索していた。
すると、アリシアに似た少女フェイト・テスタロッサと茜色の使い魔アルフを見つけ。
同時に向こうも私のサーチャーに気が付き、フェイト・テスタロッサが放つ金色の輝きをした光槍により撃ち落とされるが場所は概ね判明した。
「クロノ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ達の居場所が判明しました。
ジュエルシード確保の前に、まず彼女達の捕縛を行いましょう」
「それは構わない。けど、彼女達も馬鹿じゃないからサーチャーに気付いていたらもうそこには居ないぞ」
「問題ありません。
一つは落されましたが、まだ数個のサーチャーが捉えていますので、全て落される前にこちらから赴き話を伺います」
「分った。どの道、違法魔導師である彼女達からはこの件に関する事情を聞かなければならないからな」
「では、急ぎましょう。先行しますので援護をお願いします」
「了解だセイ―――」
クロノ・ハラオウンが言い終える前にブリッツアクションを用いながら移動する―――短距離限定とはいえ移動に特化したこの魔術は魔力放出よりも効果的で、数秒も掛からずフェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの姿を捉える。
修練を重ねたとはいえ、剣士である私が使ってもこれ程の効果―――やはりミッド式は、いえ、それを扱う魔導師は侮る事が出来ない。
「見つけました、フェイト・テスタロッサとアルフですね」
「っ!?」
「一体何処から!?」
音を超えた速さにて空を駆け抜けた私に、フェイト・テスタロッサとアルフの二人は驚き構えるが、やや遅れ届いた衝撃波により体勢を崩される。
「問おう―――」
フェイト・テスタロッサは見れば見るほどアリシアに似ている、もしかすると彼女こそはこの世界のアリシアなのかもしれない。
そもそもこの世界はアリシアの生まれた世界の並行世界なのだ、ならば名がアリシアではなくフェイトに変わっていてもその可能性を否定する事は出来ない筈だ。
「―――何故、貴女達はあの宝石を手に入れようとしているのか?」
この世界でも母親、プレシア・テスタロッサの身に何かあり彼女は何処かの組織の元で動いているのかもしれず。
その組織が時空管理局に良い印象を持っていなければ、この地に散ったジュエルシードという危険物の回収を独断にて行うのも無理無い事。
いや、時空管理局が管理外世界に干渉するには確たる証拠が必要―――悠長にそんな事態を待っていたのならば、この地は時空震によって消えることの無い災厄に見舞われているかもしれない。
既にユーノという独断専行してしまった前例もある以上、彼女達が時空管理局とは別にジュエルシードを危険と判断し、被害を広げない為に回収を行っているという推測も否定出来るものではないのだ。
「あの人は以前公園に現れた」
「そうだよフェイト、アイツは前に公園に現れた赤いヤツと一緒にいた蒼いのだよ」
二日程前、公園に現れた暴走体、障壁を張れる樹の怪異なのだが、その暴走体にアーチャーは瞬間的にとはいえ、魔力の効果を無効化させる宝具を用いて障壁を意味の無いにものにてしまい一撃にて倒してしまっている。
だからでしょう、同じくあの場に居た私は印象が薄いようだ。
「最初に言いますが、この地に散らばってしまったジュエルシードの脅威により協力こそしていますが私は時空管理局の者ではありません」
「管理局じゃない?」
「じゃあ、なんなんだよアンタ?」
私が繰り出す言葉にフェイト・テスタロッサとアルフはわずかながら警戒を緩める。
「強いて言うなら、この世界の魔法文明に関わる者とだけ言いましょう。
時空管理局やロストロギア等の存在がこの世界の人達に知られれば悪戯に混乱を招くだけ、次元世界に関わるのは時期早々なのです。
だからこそ、ジュエルシードの脅威を拭い去り時空管理局にはこの世界の人達に知られる前に去って貰わねばなりません」
「ようするに、アンタは管理局の連中にジュエルシードなんていう迷惑なものを回収させてさっさと帰らせる為に協力してるってのかい?」
「そういう事になります。
そして、貴女達が何故にジュエルシードを集めているのかは知りませんが、もし理由があり時空管理局に協力出来ないのならば私が間を受け持ちましょう」
茜色をした犬のような、狼のようにも見えるアルフと呼ばれる使い魔は私の話しに耳を傾けて来るが主であるフェイト・テスタロッサは顔をわずかに俯き手にする斧か槍のデバイスを握り締めると。
「―――そうでなければ?」
「この場にて討つ、それだけです」
人語を解す魔獣を使い魔にしている時点でフェイト・テスタロッサの実力は侮れないものだと判断した私は、不可視の鞘に覆われた剣を手にして向ける。
「アイツはあの白い娘と違って相当ヤバイ感じがするんだよフェイト、あんな鬼婆の為にそこまでする必要はないじゃないか」
「だめだよアルフ、お母さんの悪口は」
使い魔アルフの言葉にフェイト・テスタロッサは柔かく窘めると続け。
「―――お母さんは研究が上手く行かなくて少し荒れてるだけ、ジュエルシードを回収して研究が成功すれば昔みたいな優しいお母さんに戻ってくれる筈だよ」
「そうは言ってもさぁ……」
成る程、フェイト・テスタロッサとアルフの両名に指示していたのは母親でしたか。
しかし、並行世界とはいえ生きているという事はプレシア・テスタロッサではない可能性もあるし、他の別人かもしれない―――やはり、推測では無理があるようだ。
「だからジュエルシードは渡さない」
「っ、フェイトがやるなら私だってやるよ」
フェイト・テスタロッサが斧のようなデバイスを構え直すと、使い魔であるアルフも私を睨み何時でも飛び掛かれるように姿勢を変える。
「交渉は決裂。ならば、貴女を捕らえその後ろにいるの首謀者の名と目的を教えてもらう」
私が構える間にも「ランサー、セット」と口にするフェイト・テスタロッサの周囲に次々と雷光を伴う光球が現れ、同時に回り込むような感じで使い魔のアルフは動き出す。
「撃ち抜け、ファイア!」
フェイト・テスタロッサがデバイスを振るうと光球は紫電を伴う光槍となり私へと放たれる、その数四つ、恐らくはアリシアがよく使うフォトンランサーと同じ術式なのでしょう。
そして、受けるなり避けるなりした処で回り込んだ使い魔のアルフが仕掛け、それでも倒せなければフェイト・テスタロッサ本人が射撃魔法なり近接戦闘なりを行い、連携による絶え間ない連続攻撃にて打破する策と見る―――しかし、私の直感はあの光槍を避ける必要が無いと告げていた。
故に、瞬時にブリッツアクションを展開した私はそのままフォトンランサーの直撃を受ける真正面のコースを駆け抜け。
放たれた四つの光槍は私に触れる前に対魔力により霧散すると、予想外なのか呆気にとられたフェイト・テスタロッサはデバイスにて身を護ろうとするが剣を一閃し柄ごと斬り裂き、そのままでは袈裟懸けに斬り捨ててしまうので軽く手首を捻り剣の腹にて打ち据えた。
「風王結界(インビジブル・エア)が在るとはいえ、ミッド式の防護服・バリアジャケットならば耐えられるでしょう」
私が知り得るバリアジャケットは個人差もあるものの耐衝撃・耐魔力攻撃・温度気圧変化に高い効果を発揮する魔術、そして、フェイト・テスタロッサはAAAランクという高い魔力資質を持つ魔導師らしいのでバリアジャケットの能力も相応と判断出来よう。
私の一撃を受けそのまま川辺に激突したとはいえ、高度にしても動き易いよう木々よりは上であるものの魔導師からすればそれ程高い高度から落下した訳でもなく、予想通り墜落したフェイト・テスタロッサは鈍い動作で体を起こそうとしている、しかし、思いの外効いたらしく如何やら身体の動きが大分鈍くなっているようだ。
「……大丈夫、バルデッシュ?」
「Yes sir」
倒れた身体を起き上がらせようとしながら口にするフェイト・テスタロッサの声に、デバイスが応える。
俗にインテリジェントと呼ばれる型なのでしょう、雷光色の水晶を輝かせると空間に生じた部品により元の形へと姿を変え、そんなフェイト・テスタロッサへと魔力放出を使いながら地上に降立ち歩みを進めると。
「よっくもフェイトを―――!!」
描いていた策が破れ、危機に晒されているフェイト・テスタロッサの姿を見ていた使い魔であるアルフは、その姿を獣から人へと変え全身全霊の拳を放ってくる―――だが、その速さでは私には程遠いい。
相対する速度からすると聖剣では腹にて打ち据えても致命になるかもしれない、故に左腕に展開する小盾型デバイス、シルトの先端から魔力刃を発生させると、上空から飛行魔術の速度に落下速度を加えた一撃を与えんと迫るアルフに魔力衝撃という非殺傷の業をもって切り払う。
魔力刃による斬撃を受けたアルフは、短い悲鳴を上げながら川原へと激突すると、体を幾度もバウンドさせながらフェイト・テスタロッサの近くまで転がって行った。
「アルフ!?」
その光景を目の当たりにしたフェイト・テスタロッサは、痛む体に鞭打ち自身の横を転がり抜けようとする使い魔を素早く抱きしめるようにして受け止める。
追い詰められている状況にも関わらず、自身を顧みない行動からしてフェイト・テスタロッサという人物が好ましい性格なのだと判り、主の影響でしょう、獣の本能で敵わないと分りつつも護ろうとして挑んできた使い魔アルフもまたよい従者なのだと判断出来る。
「敵わないと知りつつも主たる貴女を護ろうとした―――よい使い魔だ」
そう口にしながら不可視の剣をフェイト・テスタロッサとアルフの二人へと向けた。
とある『海』の旅路 ~多重クロス~
リリカル編 第06話
時間は掛かったけど、英霊である筈のサーヴァントですら梃子摺る程の逃げ足を持つ暴走体からジュエルシードを回収した私達は、武装局員の人達に連絡して結界を解いてもらいアースラに連絡を入れる。
すると―――
「お疲れ様、ジュエルードの確保完了だね」
繋がった空間モニターというテレビ電話みたいな通信に、エイミィさんの姿が現れて私達を労ってくれる。
「うん」
「なんとか……だな。
話しに聞いていたよりも、ジュエルシードって大変なんだって思い知らされた」
「そうね、私も少し侮っていたみたい。
エイミィ、戻たらシャワー借りてもいい?」
私はディアブロから魔力を貰って飛んでいただけだからまだまだ余裕があるけれど、強化の魔術とか使いながら山の中を走り回っていたお兄ちゃんと凛さんは汗だくだ。
「それくらいなら何時でもOK。
まあ、そっちの暴走体はなんだかんだで捕まえるのは苦労したものね」
「そっち、て事はまた別の場所にも出たのか?」
「うん。昨日と同じで、今日もまた近くでジュエルシードが起動しているんけど、そにはセイバーさんとなのはちゃん達が担当しているから大丈夫」
モニター越しに苦笑いを見せるエイミィさんは、言葉に反応するお兄ちゃんに加勢は必要ないと説明してくれる。
「セイバーがいるなら、まず心配する必要は無いだろう」
「そうとも限らんぞアサシン、セイバーはアレで猪武者な一面もある」
「されど、それは己の剣を信じてによるもの―――根拠のない蛮勇とは些か意味を異にするぞアーチャー」
「そうだな、その点は君の言う通りだ。
しかし、稀にだが足元を掬われる可能性も在り得る言いたい」
「なに、それは女狐の様な搦め手を使う相手のみだろうよ」
「それはそうだが―――ジュエルシードによる暴走体だけが相手なら杞憂に過ぎないが、他にもジュエルシードを集めている何者かが居る以上、直感に優れたセイバーですら時に足元を掬われる事も考慮するべきではないかね?」
「対魔力に優れたセイバーを相手にする以上、相手が魔術師なら何れは搦め手を使わざる得ぬという訳か―――考えすぎだろうアーチャー、此度は互いに初見となる故、相手もセイバーの実力を見抜けんだろうさ」
「今は、という話ではな……
(だが、聞けば彼女達は既に幾つかのジュエルシードを手にしているという、あの結晶体に何処まで出来るか解らないが………
もし、それを使いセイバーを相手に出来る何かを召喚する事も考えられる―――サーヴァントシステム等という業を真似る事は無理かもしれないが、ジュエルシードが内包する莫大な魔力を使えばサーヴァントにすら対抗出来うる何かを呼び寄せる事は可能かもしれない、注意は必要か……)」
セイバーさんの事で、アサシンさんとアーチャーさんが話しているとエイミィさんは「あの人、そんな一面もあるんだ」と両目を見開いてポカンとしていた。
「それで、フェイトって娘達は現れたのか?」
「そうだった。案の定、フェイトちゃん達も現れたけれど、セイバーさんと戦になって今はクロノ君と一緒に医務室にいるよ」
「医務室、どこか怪我でもしたのか?」
「二人共バリアジャケットを使っていたからちょっとだけどね。
フェイトちゃんが一方的にやられたのを目の当たりにしたアルフが、上空からの落下速度を利用した一撃必倒の拳を当てようとしたんだけど、逆に斬られて地面に激突したのが原因で少し打身になったくらいかな」
「地面に激突とかセイバーに斬られてとか、何ていうか色々と凄いわねバリアジャケット……」
お兄ちゃんとエイミィさんの話を聞いていた凛さんは、個人差はあるとはいえバリアジャケットという防護服の機能に呆れているみたい。
「じゃあ、アースラに戻ったら医務室に行けば会えるんだね」
「もう保護してるからね、なのはちゃんも回収を終えたら話しに行くと思うよ」
エイミィさんとの話で、戻ったらフェイトさんとお話しようと考えていたんだけど―――
「その前に、汗臭かったら向こうも嫌がるかもしれないからシャワーくらい浴びてからにした方がいいわよ」
凛さんに言われ第一印象は大事だと気が付く、そう、私が通う小学校では第一印象が悪かったのか私が近付いただけで涙目になったり怖がったりするし、一緒に遊ぼうとすれば泣き出す子もいたりする。
そうだよ……フェイトさんに会おうとしたら、汗臭いって言われて避けられたり、以前見たテレビのCMみたいに「この人臭いよ」って突然気を失ったりされたら困るもの。
「うん、シャワーを借てからフェイトさん達とお話をするよ」
アースラに戻り、リンディさんに回収したジュエルシードを渡すと、私は凛さんとお留守番させていたポチも寂しい思いをさせているかもしれないから一緒に入り、汗を流してからフェイトさんに会う事にした。
何せフェイトさんはもしかしたらこの世界でのアリシアかもしれないんだ。
私が使っているアリシアの体が漂っていた虚数空間のあった世界、その連ねる並行世界なら名前が違っていてもそれは可能性の一つに過ぎないから、一度フェイトさんに会って話をした方がいい筈だよ。
このアリシアの体を借りてから色々な事が解ったけれど、肝心のアリシア本人は既に死んでいるから礼のしようがないし。
本質は変わらないだろうけど、別の存在に転生しているかつてアリシアだった存在に「死んでくれて有難う、お陰で色々解ったよ」とか礼をするのもそれはそれで変な話だと思う。
なら、何の為にジュエルシードを捜しているのか分らないけれど、今この時を生きている同一的存在と思えるフェイトさんが何か困っているのならその力になる方がいいと思うんだ。
着ている服にしても、シャワーを浴びている間に洗濯してもらっているので臭くはないと思うから準備は万端の出で立ちで医務室へと行こうとして廊下に出ると。
そこにはお兄ちゃんとアサシンさんが男性用のシャワールームの前で待っていて、お兄ちゃんは私と一緒に出てきた凛さんの髪を下ろした姿に何だか顔を赤くしていた。
「ふ~ん、衛宮君達待っていてくれたの?」
「私はアリシアの護衛故、な」
「私はこの後、フェイトさんとお話しようと思うんだ」
「―――っ。そうか、やっぱりアリシアもあの娘の事が気になるんだな。
(―――やばかった。風呂上りの遠坂が何だが何時もよりも色っぽく感じて、自分でも赤面しているのが判った)」
凛さんの言葉にアサシンさんは普通に答えるるけれど、お兄ちゃんは私の声に「はっ」とした感じに反応し、横では、霊体化しているアーチャーさんが何だか解らないけれど溜息を吐いていてた。
「うん、もしかしたらフェイトさんはこの世界の私かもしれないもの」
「……やっぱりアリシアもそう思うんだ」
「確かに、他人の空似と呼ぶには余りにも似すぎている」
「そうだ―――うぁっ!?」
私が思っていた事は如何やら凛さんやアサシンさんも薄々気が付いていたみたいで、同じ様にお兄ちゃんも相槌を打とうとするのだけど目の前の空間にモニターが現れエイミィさんの姿が現れる。
「皆いるみたいだね、クロノ君がフェイトちゃん達や皆から事情を聞きたいので一緒に集まって欲しいんだって」
「―――あ、ああ。分った」
「便利すぎるのも問題ね……」
唐突も無く現れる空間モニターに驚きを隠せないまま返答する兄ちゃん、それを見て凛さんは呟き、アサシンさんも静かに頷きをいれた、多分、電話とかだと着信音が鳴るので電話が来たよって判るけれど、空間モニターは突然現れるから心臓に悪いのかもしれない。
そんな私達に気が付かないのかエイミィさんは「あれ、如何したの?」って感じにモニター越しで困惑の表情を浮べている。
それでも、話を聞いた処私達がシャワーで汗を流している間にフェイトさん達は治療を終え、事情を聞く為に別の部屋へと移動したそうなので私達もその部屋へと向う。
それ程大きいとは思えないアースラなのだけれど、軍艦であるアースラの通路には調度品とかの燃え易い物とかがなく、特色のない同じ様な通路が延々と続いていたりや、上や下へと繋がる階段やエレベーターとかもあるので教えてもらわないと道に迷う恐れもあったりする。
所々エイミィさんに教えられながら指示された部屋へと入ると、立体型ディスプレイの機能をもっつと思われる長方形のテーブルがあり、上座か下座なのか解らないけれど奥の方に艦長のリンディさんとクロノさんが座っていて。
その横にはフェイトさん、人型形態になったアルフさん、対面にはジュエルシードの回収を終え戻ったと思うセイバーさんと、なのはさんにユーノさんの三人が席に着いていた。
「これで全員ね」
「これから各自に事情を伺う、君達も座ってくれ」
部屋に入った私達を一瞥したリンディさんはクロノさんに視線を向け、何やら考え込んでいたクロノさんは入って来た私達に顔を向ける。
入って来た私達を見ると、俯いていたアルフさんは何だか目を見開いているので後ろに何かあるのかなと思い、振向いて確認するのだけれど驚くようなものは見当たらない、一体何に驚いていたのだろう?
色々疑問はあるけれど今は棚上げにするしかないかな、私としてはフェイトさんとお話ししたいけれど仕方が無い、軽く答えるお兄ちゃん達に続き私も「はぁい」と答えると適当な席に座る事にした。
「改めて名乗るが、僕は時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。
今回の件についてそれぞれの事情を伺いたい、正直に話してくれれば君達の事は悪いようにはしない」
そう語りながら私達を含めクロノさんが見渡す。
すると―――
「……話すよ全部」
「アルフ」
何か落ち込むような事があったのか、再び俯いたアルフさんは神妙に畏まり、隣のフェイトさんは話しちゃ駄目だよみたいな感じでアルフさんを見詰める。
「もう駄目だよフェイト、このままあの女の言いなりになってたら」
「だけど……それでも私は、あの人の為なら」
「それでも、だよ。フェイトだって解るだろ、例えここを抜け出せても、ジュエルシードを捜していたらまたあのセイバーとかいう女とも鉢合わせになるんだ―――勝てっこないよ」
「そうだね、速さも力も私じゃ敵わない―――でも、ジュエルシードさえ集まればきっと昔みたいになれるんだ……諦められないよ」
「なら、君達はそのジュエルシードを集めて何をしようと言うんだ?」
正直に話していいのかとアルフさんとフェイトさんの二人は悩んでいるみたいだけど、執務官という役職はよく解らないものの、この会議の纏め役であるクロノさんはフェイトさんの零した言葉に反応する。
「それについては私もフェイトも知らないよ」
「ただ、必要だから集めて欲しいって……」
「そういう事か、では君達はジュエルシードを集めるだけが目的という訳だったんだな?」
「そんなとこだよ」
「うん」
「なら。君達にそれを頼んだ人物と話をしたい、その人物の名前と居場所を教えてくれないか?」
「あの鬼婆の名はプレシア・テスタロッサ。
母親なのにフェイトを―――ん、如何したんだい?」
アルフさんと少し俯き加減のフェイトさんがクロノさんに話していると、話の中にお母さんの名前が出て来る。
やっぱり、フェイトさんはこの世界の私なんだねそう嬉しく思っているとセイバーさんの顔に僅かな変化が見られ、お兄ちゃんや凛さんの表情も具合が悪いような感じになっていた。
「プレシア・テスタロッサ、もしかして彼女はこういう人物なのか」
テーブルの上に現れた立体ディスプレイには、黒髪の優しそうな女性の姿が表示される、その姿は私の知っている生前のお母さんと同じだ。
「……もう、そこまで辿り着いてたのかい。
あのままやっていても、どの道捕まっていたって事か」
俯くフェイトさんを気に掛けながらアルフさんは話を続け。
「そうだよ、その女がフェイトの母でありジュエルシードの収集を頼んで来た奴さ」
立体ディスプレイに表示される母さんの姿を見て肯定するアルフさんに、クロノさんは「そうか、解った」といい一応謝意を言っているのだと思う。
「―――では、これは如何いう事か説明してもらおうかアリシア」
「うん、いいよ。
フェイトさんはねこの世界の私なんだよ、だから私はアリシアだけど、この世界ではフェイトって変わってるんだ」
「………まて、僕には君が何を言っているのか解らないぞ」
クロノさんは何だか私に少しきつめの視線を向けて来るけど、正直に話してって言われているので正直に答えるたらクロノさんは何だか困惑の表情を浮べてしまう。
「―――状況が状況ですから仕方が無い、私から答えましょう」
「頼む、そうしてくれ」
やも得ないって感じで重々しく口を開くセイバーさんに、クロノさんは私の話では変なのか頼んでいる………ちゃんと正直に話したのに、ちょっとだけど「むー」てなるかな。
「率直言いましょう、私達は別の並行世界から来ました。
私達の世界では、プレシア・テスタロッサは殺害され亡くなり、現在アリシアはシロウの養子となっています」
「並行世界?」
「もしとか、たらばとかの可能性の世界、もしくは多元宇宙とか言うかもね―――もっと、簡潔に言うのなら別の地球からやって来たって事よ」
「もしとかたらばの世界、そうか―――ならそういう事なのか」
セイバーさんの話しに今度はリンディさんが「なに、如何いうこと?」みたいな表情になってしまったので、凛さんが補足するとクロノさんは何処か納得した感じになった。
「そうだよ、並行世界の観測をしてたら次元震を確認して危ないから来たんだから」
「ちょっと待って。並行世界の観測とか言うけれど、僕達の世界で確認されているのは異次元である多次元までで、可能性の世界である多元宇宙への干渉については不可能領域の魔法の筈だ」
凛さんの言葉に私が更に付加えるのだけれど、ユーノさんはそれはあり得ないよと言って来る。
「いや、この件に関してはその可能性は十分在り得るだろう」
「どういう事?」
「僕が調べただけでも彼女、アリシア・テスタロッサは二十六年前に魔力炉の暴走事故によって亡くなっている」
「じゃあ―――彼女は一体!?」
「だから、だ。どの道、彼女がここにいる以上、生命蘇生か並行世界からとか時間移動とかいう不可能領域魔法が必要になるんだ」
「そんな……じゃあ古代魔法、それもオカルト扱いされてたアルハザードですら在りえるとでもいうの………」
隣で座っているなのはさんが、「え~と」と解らなくて困惑しているのだけれどユーノさんはごくりと唾を飲み込み私をキラキラと目を輝かしながら見詰める。
私も虚数空間とかは視て確かめていたから、この世界にはアリシアはいないものだとばかり思っていたけれど、そうなんだ、この世界にもアリシアは居たんだ―――あれ、ならフェイトさんは?
「それに、フェイト・テスタロッサの母親がプレシア・テスタロッサなら状況も違って来る」
「それは?」
私がフェイトさんについて変だなと思っているなか、クロノさんは話を続けアサシンさんが先を促す。
「かつて、プレシア・テスタロッサはミッドチルダの民間エネルギー企業で開発主任として勤務していた。
新型魔力炉の暴走については違法な手段で、違法なエネルギー用い、安全確認よりもプロジェクトの達成を優先させた結果引き起こされたと裁判記録も残っている。
しかし、その事件に管理局が関わる事はなかった―――それ程の大事故だったというのに変だと思わないか?」
「利権、ね」
私達を見回しながら疑問をぶつけるクロノさんに凛さんは心底嫌そうに口を開く。
「そうだ、当時も今も変わらないが魔力炉の建設には多くの利権が絡む。
本局の知り合いに頼んでまだ数日とはいえ、当時の事を知る人物を何人か聞き込みをしてもらった、すると、裁判に用いられた調書と違い、彼女が申請し受理された筈の安全措置が何もなされていなかったそうだ、それも当然だ、当時の彼女は実機への接触すら禁じられていたのだから知る術すらない」
「それじゃあ………」
「そう、プレシア・テスタロッサは勤めていた企業にその全ての責任を押し付けられたんだ。
その証拠として、その企業は彼女に対し刑事責任を訴えていない」
続けられるクロノさんの話しに、正義の味方を目指すお兄ちゃんは自らの事の様に感じ拳を握り締める。
「恥ずかしい話だけど、管理局内部にも関与する者達も居たんだと思う………そんな経験をした彼女が僕達を信用するとはとても思えない。
それも、管理外世界という何時現れるのかも判らないのなら尚更だろう、プレシア・テスタロッサが如何いった経緯でジュエルシードの事故に気が付いたかは解らないが、かつての事故と同様、複合暴走等の規模の大きい暴走が発生する前にフェイト・テスタロッサとアルフを派遣して回収させようとうるのも心情的には理解出来る」
「あの女がそんな風に考えてるとは思えないけれどね……確か、研究に必要だとか言ってたし」
「今のところ、彼女には公務執行妨害とロストロギア不正所持の罪状が課せられているが、まだ十分情状酌量の余地はある。
それに、ジェルシードが研究に必要とするのなら全てを集めた後、如何いった研究に必要なのか申請してもらえれば使用を許可出来るかもしれない、もし互いにすれ違っているだけだとしたらそれこそ問題だ」
「だから、母さんと話をしないといけないんだ……」
「そういう事になる」
クロノさんの話を聞くアルフさんんは何処か半信半疑な感じだけれど、フェイトさんはまだ何処か悩んでいるみたい。
「ところで君は、プレシア・テスタロッサの娘でいいのか?」
「その筈、でも思い出には……母さんは私にアリシアって呼び掛けていたんだ、私はアリシアじゃなくてフェイトなのに………」
「すまないが、君の事についてはまだ捜査が足りずにいる。
(その後の調べでは、それ以降プレシア・テスタロッサが行っていた研究は使い魔を超えた人造生命の生成。
記憶転写型特殊クローン技術、プロジェクトF.A.T.E、恐らくフェイト・テスタロッサは………だけど、確たる証拠がない以上断定は出来ない、か)」
「そう……なんだ」
「フェイトちゃん……」
苦いものを吐き出すようにして口にするフェイトさんに、クロノさんも苦々しい表情を作り答え、なのはさんは苦しそうに俯くフェイトさんを心配する。
だから私は「大丈夫だよ」と口にすると、皆の視線が集まるのだけれど、きっとこうなのかなと推測した事を言ってみた。
「この世界の私も、お母さんが忙しかったから寂しい思いをしてたと思うし、この世界の私が死んでいる間にお母さんが妹も欲しいだろうからって作ってくれたんだよ」
「妹?」
「うん、だから私の事はお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ」
私がフェイトさんにそこまで告げると、「フェイト・テスタロッサの年齢を考えれば不可能とまでは言えないが……」とか「そりゃあ、他人とは思えないくらい似ているけどさ……」とかセイバーさんやアルフさんに言われるけれど。
「それに、フェイトさんは今をこうして生きているんだかもの、誰にも遠慮なんかする必要はないんだよ、肝心なのは君が如何したいのかなんだから」
「私が如何したいか……か」
「うん。例えフェイトさんの思い出がアリシアだったものの記録だったとしても、それに感じた想いは本物だと思うもの」
以前、このアリシアの体があった虚数空間に漂う次元空間航行船の残骸、そこから見つけたメインシステムみたいなモノから複写し端末に入れた情報の中にはプロジェクトF.A.T.Eとかいうクローン、生物の複製体を作る技術があり。
お母さんはそのクローン技術を使って美味しい牛や豚を複製し、世界中の食糧問題とかを解決しようとしていたのかなとか予想していたけれど、如何やら食べ物じゃなくて人の複製を研究していたみたいだね……
それに、クローンとかいう方法は同じ容姿をしていたとしても中に入る本質、魂が違うので別人になるのが当然なんだから。
「フェイトさんが嫌ならお友達でもいいけど……どうせ、私もアリシア違いだし」
「私もフェイトちゃんと友達になりたいんだ」
「………うん、ありがとうアリシアと―――」
「なのは、高町なのは」
「ありがとう、なのは」
俯いたままのフェイトさんに色々と話したものの、元気は戻らずにいて失敗したかなと少し落ち込みかけたものの、なのはさんが助けを入れてくれたのでフェイトさんはようやく俯いていた顔を上げてくれた。
それからフェイトさんはお母さんの居る『時の庭園』とかいう移動庭園型の次元空間航行船の座標を教えてくれ、私達は場所を艦橋に移し連絡を取る事になる。
「私は時空管理局提督、リンディ・ハラオウンです貴女がプレシア・テスタロッサですね」
通信を入れると大型モニターに大きな椅子に腰をかけるお母さんの姿が映し出され、その姿を確認したリンディさんは自らの名を口にする。
「……そう、貴女は酷い子ねフェイト。
私が頼んだジュエルシードも碌に集めず、あまつさえ時空管理局に売るだなんて」
「違うよ、売っただなんて……私はただ、母さんの事が心配だから………」
でも、画面に映ったお母さんは「ふぅ」と軽く目蓋を閉じ一呼吸程してから開けると、リンディさんではなくフェイトさんを非難し始めたんだ。
本来ならここはお姉ちゃんである筈のこの世界のアリシアが言わないと駄目なんだろうけれど、既に死んでいるので代わりに私が言わないといけないんだろう。
そう結論付けた私は、フェイトさんの前へと歩みを進めこの世界のお母さんに話すことにした。
「そうだよ、フェイトさんはお母さんの事も、ジュエルシードの事も心配なんだから。
それで、この世界のお母さんが罪にならないようリンディさんやクロノさんと話し合って連絡したんだよ」
「―――っ!?」
「あっ―――そういえば、まだ自己紹介まだだったね、私は別の世界から来たアリシアなんだこの世界のお母さん」
既に死んだ人間が現れたせいか、目を見開いて驚いているお母さんに、こんにちはという挨拶も込めて左で手を振るい話を続ける。
「私のお母さんは、私を生き返らせれくれた後で殺されちゃったからもう居ないし、飼っていたリニスもいつの間にかいなくなってたんだ。
でも、この世界のお母さんはまだ生きていて、フェイトさんもいるんだから一緒に幸せになって欲しいんだよ」
「っ、リニス―――貴女はリニスの事を覚えているの!?」
ガタッって音を立てつつ椅子から立ち上がるお母さんは、それまでの落ち着いているというより何処となく冷ややかな感じすら漂わせていた雰囲気から一変し、何だか慌てたように落ち着きを失っていた。
「そうだけど………リニスは山猫っていう種族の猫さんでとてもいい子だったんだ。
私のお母さんは会社で色々あって忙しかったから一緒にピクニックとかにも行けなくて、寂しい思いもしたけれど、リニスと一緒に遊んでたから……でも、ある日お家で遊んでいたら気が付いたら死んでたんだよ」
うん、そうだよ。
生前、この身体の元となるアリシアが死を迎えるその時まで一緒に遊んでいたリニスは、間違っても冬木に住む三毛猫とかいう邪悪な種族とは違うもの。
「………あ、貴女にはちゃんとしたアリシアとしての記憶があるのね!」
「ほえ?」
「ああ、アリシア!!貴女は紛れも無い本物のアリシアよ―――うくっ」
紛い物とはいえアリシアを名乗っている以上、記憶があるのは当然なのにと思っていたら、この世界のお母さんは涙を流しながらふらふらとした足取りでモニターに近寄り―――不意に手で口を押さえるものの、口元から血を溢れさせながら崩れるようにして倒れた。