アヴァターから帰って来てから早や数日が経過した。
如何やらお兄ちゃんは高校の勉強を疎かにしていたようなので、下手をすれば桜姉さんと同級生になるかもしれないらしいから、お兄ちゃんはもの凄く焦って友達の一成さんのお寺に勉強を習いに行っている。
私も何か忘れているような気がするけど、まあ忘れてもいいような些細な事なのだろうと思い気にしないでいた。
セイバーさんは前と余り変わらないけど、前は時々しか一緒に行かなかったポチの散歩にも一緒に行くようになったよ。
そして、神の座にて念願の第三魔法を会得したイリヤお姉ちゃんは、外国の実家に帰省するらしく日本を後にしている。
それにしても―――
―――如何してこうなったのかな?
夏の暑い日差しから、縁側ではなく、居間で座布団に座り、ポチが作ってくれたかき氷を食べながらそう思う。
「…如何かしましたかアリシア?」
テーブルを挟み私と同じく、かき氷を口にしていたセイバーさんは私の表情から何かを察して視線を向ける。
「うん、ちょっと想像していたのと違う感じになちゃったから戸惑っただけだよ」
「なるほど―――そう言う事ですか。
(如何やらシロップの味が思っていたのと違ったようですね。
確かにメーカー毎に僅かながら味に違いはあるのですから無理も無い)」
再び視れば、神の座が無限に剣が立ち並ぶ世界に染め上げられるなか、女性の姿をした当真大河と、赤い衣に身を包み白と黒の双剣を振るう影の姿がある。
そもそもは―――アヴァターや神の座での経験から、各枝に居る影に「誤解をされている様だから召還器となった救世主さん達に詳しく話をして世界の崩壊を止めるように」と指示を出した事で、各枝の影は救世主さん達とのわだかまりを解くことに成功。
そして、世界の状況や経過等の情報を開示し、救世主さん達から様々な意見が出され各枝での次元崩壊への危険レベルは次第に下がっていった―――但し、当真大河が暴れている座以外ではだけど。
なので、私が当真大河と直接会ってお話をしてみようと思い、影の体を使い会う事にしてみたんだよ。
でも、影の体との同調している最中に斬り掛かられてしまい、僅かに体を逸らし避けたまではいいとしても「―――あ」と思った時には既に遅く、反射的に放った蹴りは見事に頭を粉砕してしまっていたんだ。
これがテレビなら、実は改造人間だったとかで「まだメインカメラをやられただけだ!」とかいって立上れるのだろうけれど……流石に人間だと、頭が無くなってしまえばお亡くなりだと思う。
「………」
一瞬如何しようかと思ったけど、幸いにまだ魂が彷徨っていたのでそれを捕まえ、本当なら一度話してからしようと考えていたけれど、心は女性のマッチョホワイトの様に女性にしか救世主になれない事にを知って、女性になりたい苦しみを抱えていただろう当真大河は「こんな筈じゃなかった」と怒っていたんだと思う。
そう思い、お礼の意味も加えて男性の体を女性の体に作り変えてあげたんだ。
でも、すぐには気が付かないかもしれないのと、影に歪みの力を当てはめ、当真大河が影の姿をした歪みを倒す事で歪みを修正するシステムは、拳を交わし影にも感情や感覚があるのが解ったので、斬られたり殴られたりし続けるのは辛いものがあると思う。
なので、当真大河と影が戦う時に生じる力を利用し、その生じた力を用いて歪みを生じさせ難くするシステムに変更する事にしたんだ。
そうすると、今度は当然ながら影も戦い方が上手い方が効率がいいのは決まっている。
だから私は、理想に溺れ正義の味方に疲れ果ててしまったとはいえ、何かあればただ一人だとしても戦い続けられるだろう守護者エミヤの情報をこの枝の影に送る事にした。
この枝の影は―――いや、神は彼を理解したらしく、同時に神の衣装の色が、白地に青から赤地に黒へ、宝具を手にする必要から体を縮め人間の女性サイズへと変わり。
当真大河にしても、一応、並行世界で視た女性の当真大河の姿と服装にしているから問題も無いだろうと思え、当真大河の望みも叶えた事だし、私ではなくてもいいだろうと判断すると「落ち着いて話せるようになったら話しかけるようして」とその枝の神に指示を出した後は任せ私は離れ見守る事にした。
しばらく待っていると、魂が女性の体に馴染んだらしく、当真大河は意識を取戻し僅かに呆けていたけど「―――っ!?」と状況を把握し黄金に輝くトレイターを構えようとする。
だけど、当真大河が女性の姿になった事の影響なのか、トレイターとの繋がりが悪くなっているらしくて上手く扱えなくなっているみたい。
それに―――体の変化に気がついた当真大河は、「あん…って、なんだこりゃ―――!?」と自分の胸や股間を触り嬉しそうに叫けんでいた。
体の変化にも気が付いたようだし、当真大河の怒る理由も解決した事だから後は話し合うだけだねと思っていたら―――
「っ、でも―――それでも、俺は負けれねぇ!トレイターッ!おおおおおおおおッ!!」
黄金に輝くトレイターを構え直した当真大河は、神に向かい斬り掛かり、神も投影した白と黒の双剣を握り迎え撃つ。
何故だか解らないけど、神の座にて再び戦いは始まり、先程よりも当真大河が押され気味になっている事から、空で見守っていた救世主さん達も加勢とばかりに神に向かって来て。
神も迎撃として英霊エミヤの固有結界『無限の剣製』を展開し―――上空では何万もの召還器と無限の複製した宝具が激突し、その下では当真大河と神が斬り結ぶ構図が出来上がっていた。
………ホント、如何してこうなったんだろう?
予想とは違い、思いの外上手く行かない状況にもどかしさを覚えるけど、当真大河との対話はまだまだ時間が掛かるのは理解出来る。
「―――ですがアリシア、これはこれで良いとは思いませんか?」
「ほえ?」
「些細とはいえ、違いがあるからこそ私達は色々と選べる、選択の幅があるということは良い事です」
「そっか…うん、それもそうだね。
じゃあ、これはこれで良いって事なんだ」
「ええ、贅沢は敵です。
(とはいえ、シロップが一つだけというのも何ですから散歩の途中で買う事にしましょう)」
色々な選択肢が有るからこそ、世界は可能性に満ちている、そうセイバーさんに教えられ、あの神の座で戦っている当真大河は多分アレはアレで良いのだろうと考え直した。
かき氷をたいらげ「どうだ」と摺りついて来るポチに「美味しかったよ」と撫でながらお礼を言い。
セイバーさんもポチに礼を述べると、数時間前に倒せなかった魔王を倒し、世界を救う為に再びテレビ画面へと向き直り、私も学校の宿題をやる事にした。
もう、二、三時間もすれば藤姉さんや桜姉さん、ライダーさんも帰って来るだろうと思い炎天下な外を見やる。
そして―――
『何処か私の管理の仕方に問題があったのか』は、私が各枝の神をシステムとしてしか見ていなかったのが原因なのかもしれない。
そういった些細な事から誤解が生まれ、誤解から不和が生じてしまい、あの様な事になってしまったのも否定出来ないと思う。
『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』、これはまだよく解らないけど、アヴァターでの経験からすると、やっぱり何らかの情報が足りないからかもしれない。
―――そう考えられる様になったのだから、私は答えに近付いているだろうと手応えを感じた。
とある『海』の旅路 ~多重クロス~
アヴァター編 第17話
俺は十数年振りに、かつてはフローリア学園と呼ばれていた場所へと足を運んだ。
「…如何やら早く来過ぎたらしい、か」
辺りを見渡し気配を探るが人影も無く感じるモノもない、仕方なしに俺は雑草だらけの花壇の仕切りに腰を下ろすと、手帳を開いて昔の出来事を反芻する。
もう随分と昔の話だ、文字通り天が裂かれ、地が割れた王都防衛戦…その勝利で湧き上がったその夜、まるで破滅との戦いで散っていった英霊達が、故郷懐かしさに戻ろうとしているかのようにも受けとれた夜空に無数の流星が流れた日から―――今ではもう記憶が曖昧だが、多分数日程した後だと思うエミヤ達の姿が消えたのは。
それから更に何日かした後には、破滅に取り憑かれた人々やモンスターが次第に正気を取戻し実質上破滅の軍勢と呼ばれた組織は霧散した。
多分だが、当時エミヤ達が向ったという学園では凄まじいばかりの閃光が立ち上ったという証言がある事から、きっとエミヤ達が如何にかして破滅の元凶となる何かを倒したんだと俺は思っている。
それでも、野盗やら山賊に飢えた猛獣、モンスター等との戦いは無くなる事はなかった―――だから、俺はエミヤ達が破滅の元凶となるモノを倒し、救ってくれたこの大地と人々を守ろうと誓い剣を振り続ける事にした。
何故なら、当時の俺はエミヤならそうするに違いないだろうと思い、エミヤは破滅をもたらした何かと戦ったのか…今だ戦っている最中なのかは判らないが、アヴァターに戻って来れない以上は何かがあったのだろうと。
なら、エミヤが出来ないなら今度は俺がエミヤの代わりに剣を振るう番なのだと決意を固め―――エミヤから渡された『絶世の名剣(デュランダル)』はその為の力として十分な力を発揮してくれ、俺は様々な人々を守る事が出来ていた。
そんな頃、エミヤ達と同じく消息不明だったフローリア学園のミュリエル学園長が姿を現し、もうアヴァターに破滅が現れる事は無いと宣言を出したらしい。
そう言うのも、当時の俺は山賊相手に山奥で他の傭兵達と一緒に戦っていたので詳しく知りえる状態ではなかったからだ。
そして当時、救世主候補生と呼ばれ、後に現れたアリシア・T・エミヤを神の子とするエミヤ教では十二使徒とか呼ばれる事になった、ベリオ・トロープ、ヒイラギ・カエデの二人は元居た世界に戻ったらしく。
リリィ・シアフィールドは学園長の跡を継ぐ為に教員資格を手にしようとしていたらしい。
残る八人、リーダーである閃光の剣セイバーを筆頭に、アリシア・T・エミヤの兄である必中の弓エミヤ・シロウ、義理の姉のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと、不死身の使い魔バーサーカー、アリシアに助け出されたイム・ニティ、灼熱の魔獣ポチ。
そして、千年前の元救世主ルビナス・フローリアスと救世主候補生だったリコ・リスは神の座と呼ばれる所で、破滅が起きないよう神の手助けをしているとかいう話であり。
アヴァターだけではなく、神様の力にすらなれるエミヤに、当時の俺はエミヤには敵わないなと感じたのはここだけの話だ。
だが―――破滅が無くなりアヴァターは平穏を取戻したかに見えたが、小競り合いとはいえ度重なる戦費やらで税は上がり続け。
それを良しとしないクレシーダ王女殿下が、安易に税をかけるのは止めよと、賢人会議なる議会に提案したそうだが上手く行かないどころか。
当時―――破滅の脅威が去ったからだろう、賢人会議の議員にクレシーダ王女を疎む者が現れクレシーダ王女殿下が視察をしている途中、何処からもなく放たれた矢により命を落し。
もはや止める者がいない以上税は次第に重くなり、それに倣った大貴族や貴族達が領地に更なる重税をかけ始め、その実上げられた税は議員や貴族達の浪費に使われるといった事が起きていた。
この事に対し、当時のフローリア学園のミュリエル学園長は、安易な税の取り方と使い方に疑問を投げかけたが、クレシーダ王女という後ろ盾を失っていた学園長は、逆に議会の追及を受ける事となりシアフィールド親子はフローリア学園から去り、別の州にて小さなシアフィールド訓練学校を設立する。
やがてホワイトカーパス州からは民主化なる運動が広がりを見せ始め。
その運動が切欠だったのか、破滅がもう起きない事や重い税への不満、民衆から支持の高かったクレシーダ王女が死去した事等への不審が爆発し各州で暴動が起きた。
しかし、貴族達は暴動を起こした領民を自ら保有する兵に命じ鎮圧という名の虐殺を行ってしまう―――これが王国にとっての転機だった。
民主化運動の動きを恐れた王国は、今となっては公表されているから誰でも知ってはいるだろうが、クレシーダ王女殿下暗殺をホワイトカーパスが仕組んだものとし討伐軍を編成し向わせ。
その陣容には、かつてセルが操った『救世主の鎧』を解析し、研究され造られた『鎧』という名の装甲騎兵部隊すら組み込まれていたのだから、民主化の動きを賢人会議が恐れていたのは事実だったのだろう。
だが―――ここで、史上初の召還器を手にした男性が現れる。
名を民主活動家ダウニー・リード、今ではダウニー議員と呼んだ方が分り易いだろうが、当時は王都防衛戦から消息不明だった事もあり、フローリアス学園の先生でありながら戦死扱いとなっていた人物だ。
そのダウニーが、かつて『破滅の将』が宣戦をしたのと同様、突如、空に現れ手にする『イノベイト』という名の召還器を掲げながら、このアヴァターに変革を求めた演説と共にバーンフリート王国に対し宣戦布告を宣言した。
これにより、アヴァター全土で今まで同様と保守する王国側か、変革を求める革命側かの二つに別れ争う事となってしまい。
その戦いのなかには、かつてエミヤの妹アリシアから武具を貰い受けた者同士が戦うという事も多々在った。
当時の俺にしても、それまでの状況に良いものを感じていなのもあり革命軍に参加し―――知人や顔見知りだった者を何人か斬り捨てている。
まあ、お互い好きで選んだのだから、文句も無いだろうと思うが、若さからなのだろうな……初めの頃は感情の整理がつかず苦々しいものを感じたものだ。
そして、レッドカーパス州の王都から出立した討伐軍は、革命軍を上回る圧倒的な兵力で最北端のホワイトカーパス州へと向い。
その途中、王国軍主力とも言ってもいい討伐軍の陣容に対して、革命軍とはいっても、各州で暴動を起こした民衆が大半であり、戦いとは名ばかりの虐殺が幾つもの場所で行われた。
かつての俺も、一体なら兎も角として数体もの『鎧』を相手に倒しきる事が出来ず、歯噛みしながら退いている。
だが、民衆を虐殺する王国の軍が居れば、王国の軍からも虐殺から民衆を守ろうとする軍も現れ始め、革命軍と共同し同胞であった筈の王国軍と戦いを始め。
更に、革命軍からは空中に浮かぶ巨大な城を要する機動城砦ガルガンチュワという空中要塞が出撃し、搭載された要塞砲により王国軍主力であった討伐軍の大半が殲滅された。
それにより士気を挫かれた討伐軍の末路は悲惨だった、彼等が今まで行ってきた事をそっくりやり返され―――革命軍の大半を構成している民衆は投降すら許さず皆殺しにし、討伐軍の残存そのことごとくが果てアヴァターの土へと還った。
この戦いの反省からか王都攻略戦では、無為な犠牲を良しとしない方針の為なのだろう、王都そのものに砲撃や突撃を行う事は無く包囲し。
対して王都では防衛結界を張ったものの、手引きした者が居たらしく、数日後には内部で反乱が起こり、賢人会議の議員達の首を手土産に投降してきた。
これにより、千年続いたバーンフリート王国は終焉を迎え、代わりに民主主義という政治形態が発足する。
だが、ダウニー議員は度々理想の政治形態等というものは存在しない、民主主義という政治形態にも限界はあると口にし続け。
もしも、何もしなければ民主主義にも内部からの腐敗が広がり王国制よりも酷い状況になるだろうと、故に国民一人一人が政治を見守り監視し続ける義務がある事を繰り返し述べている。
その後は、首都をホワイトカーパスに移転する計画も上がったが―――
「―――来たか」
俺は気配と空気の揺らぎを感じ取り、手にしていた手帳をしまうと立上り、久しぶりに会うセルに視線を向けた。
「随分早いなデビット」
「なに、教員となったお前とは違い、傭兵という気ままな流浪の身なのでね俺は」
「そう言うなよデビット、武闘大会じゃ俺に勝った奴が」
「お前が魔法に傾倒しないで、剣にのみで戦っていれば難しかったさ」
そう、セルは王都防衛戦での戦いの後、エミヤ達が使っていた物を取り出す魔法をモノにしようと魔術の勉強に励み。
残念ながら、エミヤ達が使っていた魔法は会得出来ないでいたが、代わりに剣に魔法を付与して扱う魔法剣なる技を作り出している。
「しょうがないだろ、何せ俺は魔法剣士なんだから。
つーかよ、俺の付与する魔法剣がお前の剣だとすぐに切れるんだ…ずるとしか言えないぜ」
表情を顰めるセルに「だから―――俺はこれまで生き残れたのさ」と口にし振り返る。
覚悟を決め『絶世の名剣(デュランダル)』を手にした時から、幾千、幾万この剣を振り続けてきた事を。
エミヤなら諦めない、エミヤならもっと上手く出来た筈だと、アイツに追い着きたくてただひたすら剣を振るい走り続けた事を。
そして、その結果の一なのだろうか、それまでアヴァターに漂っていた女尊男卑の空気は、俺やセルが様々な大会で女性の剣士達や『鎧』を纏った相手と戦い、その悉くに打ち勝って来た事や、ダウニー議員が召還器を手にした事でいつの間にか無くなっていた。
「それで、わざわざ組合にまで話を通しての依頼ってのは何なんだ?」
懐かしい場所だからだろう、思い出に耽りそうになるが、ここに来た事を思い出しセルに向き直る。
「ここ、フローリア学園なんだけどな廃校になった理由は知っているだろ?」
「ああ」
かつて、フローリア学園と呼ばれた資格学校はミュリエル学園長が追放された後、後任の学園長により様変わりしてしまい、酷い事に実力を示す筈の資格が金で買えてしまう程腐敗してしまっていた。
それ故に、革命が起きた後にフローリア学園の存在は、資格制度そのものへの信頼を揺るがものとして廃校にされている。
ただ…エミヤ教ではこのフローリア学園にはかつてアリシア達が使っていた部屋があり。
―――俺も一度目にした事はあるが…部屋の中は信じられないくらい広く、それでいて天井から日差しが注いでいるという摩訶不思議な場所になっていたのは覚えている。
その場所は、エミヤ教では聖地とされているらしいから何処からか圧力があったのだろう。
「だけどな、この学園の設備はまだ十分充実しているからという事で、政府からこの学園の学園長を公募され―――」
「後は私が話すわ」
言葉を遮り、セルの後ろから赤い髪をした魔術師らしい服装の女性が現れ、その雰囲気と佇まいからこの女性が相当の実力者だと判断できる。
「私はリリィ・シアフィールド、新しいフローリア学園の学園長になる者よ」
「リリィ・シアフィールド………確か、元救世主候補生だった?」
「昔の話よ…それに、もう何処にも救世主クラスは存在しないわ」
「まあ、そうだな」
そう呟き、かつての俺は彼女の胸以外に淡い想いを抱いていた事を思い出す。
―――それにしても、あの胸が小振りならよかったのになと今でも思う。
「………何か失礼な事思ってない?」
「っ、気のせいだ」
内心を見透かされているようで穏やかではなかったが、今までの経験から表情には出さず誤魔化した。
「まあ、いいわ。デビット・バード…いえ、ソードマスターの称号を得た貴方にぜひ新しいフローリア学園の教員として、学生の指導をして貰いたいのよ」
「そう言うが、俺のは教えて分るようなモノじゃないぞ」
何せ、戦い剣を振り続けている内に何となくだった勘が鋭くなり、今では考えるな感じろといった状態なのだから。
その為、思考する刹那の間すら無くした動きと、気配や呼吸で動きを読み相手が動く前に倒してしまえている。
しかし、教えるとなると話は別で………こんなモノどうやって教えればいいんだって感じだ。
「セルにしてもデビットにしても、本来『鎧』を使った武闘大会なのに身一つで参加して、決勝戦では『鎧』を纏った人達を悉く倒し、生身の貴方達二人が雌雄を決するって滅茶苦茶してくれたんだから―――こんなにも目立つ看板はないでしょう?」
「俺達は客寄せか…」
「まあ、そう言うなよデビット。
俺は妻子がいるからな、リリィ学園長の申し出を受けたが…お前は如何なんだ?」
「唐突だからな、正直…如何答えていいものか判断しかねる」
昔、この学園に入った頃の俺が強くなろうとした理由は、もしかしたら…女尊男卑である世界に対して反感を抱いていたからなのかもしれない。
それが変わったのは、エミヤと出会い、アイツのような真直ぐな奴を見て、俺もそう生きれたらいいなと思ったからなのかもな。
今思えば、エミヤ比べ俺はどれ程小さい人間だった事だろうか…
そんな俺だから、自分自身の為に力無い人達の為に戦い―――誰に理解されなくても良い、アイツに追い着きたい一心で剣を振り続けられたのだと思う。
―――でも、誰かを守れた時の嬉しさは本物だったから、それだけは本物だったんだんだと確信している。
「悩んでいるなら、こう考えたらどう?」
俺が人に教えるよりも、自身で剣を振り続ける方が性に合っているなと思い始めていると、リリィ学園長は俺を見ながら一旦区切り。
「貴方一人がその剣でもって助けられる人の数と、貴方が教え育てた学生が何れ救うだろう人の数とではどちらが多いいのか」
「そりゃ…時間は掛かるだろうけど、育てる方が多いのは当たり前だろ」
リリィ学園長の言葉にセルが突っ込みを入れる、言いたい事は分かるが…その例えだとセルの言う通り選択肢は一つしかない。
「………」
如何答えたものかと空を見上げる。
雲ひとつ無い空は蒼々としており、何処までも続いているようにも見える。
そう、エミヤ達がいるだろう神の座にすら―――なら、俺はあいつ等に対して誇れる選択をするとなれば一つしか無い訳だ。
そうだな…ここまで意地を張り続けて来たんだ、もう少し張り続けてもいいだろう。
何せ、あいつ等は俺達の上で見守っているんだから無様な処は見せたくない。
「わかった、俺もやってみるよ教師って奴を」
一度、視線をリリィ学園長に向けそう言うと再び空に向け。
エミヤ、俺はお前に少しでも近づけたのか分らないが神の座から見守っていてくれ。
空を見上げながら、俺ももう少し意地を張る事を決意した。