銀色の髪の少女が全身に紋様を浮かばせ、その少女の命により巨大な石器とも呼べる斧剣を手にした鉛色の巨人は、相対する少女、まるで神とすら思える様な神々しさと、対照的に何処か禍々しさを感じさせる朱色の槍を手にする少女にソレを振るう。
その動きには到底、技や戦術と呼べる様な感じは無く、巨人自身も傷付く事への恐れが無いのか防御を一切無視した動きで、手にする斧剣を振り回し叩きつけていた。
でも―――その只振るい、叩き付けるだけの動作が何と恐ろしい事か…
「……今年度の傭兵科、上位三人は人間じゃないって噂されてたけど…」
「………まさに…神と悪魔の戦いね」
「…そうね」
闘技場を見下ろすダリア先生の呟きをミュリエルが引継ぎ私も頷く。
信じられないけど、アレは規格外の化物なのだと解る。
そう―――斧剣が振るわれる度、叩き付ける度、衝撃波が地を割り周囲を切り刻んでいるのだから。
そんな化物を相手に槍の少女は数秒と持たないのでは無いかと思えたが、槍の少女アリシアは鉛色の巨人バーサーカーを相手に闘いと呼べる状況を作り上げている。
バーサーカーの関節を狙い放たれているのだろう、無数の光弾が当たり破裂する衝撃により、光弾で足りなければ手にする槍を操り、アリシア目掛け振るわれる斧剣は逸れ、その都度発生した衝撃波が闘技場の壁を切り裂いていた。
私でも赤の書の精霊オルタラと契約し、全盛期の力をもっていれば…何とか闘いと呼べるモノにはなれるでしょう。
でも―――ホムンクルスである今の体では…あの斧剣を受ければ、その凄まじい衝撃により文字通り体の結合は外れバラバラになる、故に受けずに逸らすアリシアの戦術は間違いでは無いと判断出来る。
召喚した主である銀色の髪の少女、イリヤスフィールさんにしても何もしていない訳では無く、私の知らない魔法理論が使われているのだろう、未知の魔法陣が現れては消える度、バーサーカーは強化されているのか、動きが加速され、強化前ですら凄まじいばかりの白兵戦能力は更に向上して、最早黒い暴風と化し手が付けられない状態になっていた。
当然ながら斧剣を振るう動きは更に速まり、外れはしているものの、振るわれる斧剣からの衝撃波は凄まじい勢いで放たれている。
今行われている闘いは、イリヤスフィールさんとアリシアの実戦を想定した練習試合の筈なのだけれど…アレが訓練だなんて、恐らく…あの様に振るわれる斧剣が、例え掠めでもしたのなら無事では済まないわ…
「如何やら、傭兵科ってクラスは救世主クラスよりも大変な所の様でござるな」
「―――っ、あんなのが傭兵科の訓練ですって!?」
「………そもそも、アレは訓練とは言わない」
闘技場で行われている練習試合と言うよりは、死闘と呼べる闘いを見る事となったヒイラギさんは唾を飲み込み。
如何やらシアフィールドさんは、傭兵科の生徒は魔術師科の生徒に比べ魔法の使い方は劣ると思っていたらしく、闘技場で繰り広げられる攻撃魔法や補助魔法等で行われる魔法戦を、信じられないといった表情で見続けている。
それに、リコの意見には私も同意するわ、今、闘技場で行われている闘いは誰が如何見ても練習試合、訓練だと思わない。
―――アレは如何見ても実戦、それも凄まじいばかりの死闘と呼べる闘いなのだから…
今現在行われている試合は、アリシアとイリヤスフィールさんの他にセイバーさんが救世主候補の資質があるのでは無いかとの疑問から、三人に『帯剣の儀』に出てみないかと誘い、断られた事が起因している。
『帯剣の儀』を断られ、三人が資質を持つ者なのか不明な時に、丁度良く実技訓練の一環として傭兵科実技指導の教官達から闘技場使用の許可を求める要望があり。
数日前に新しく見付ったカエデさんの『帯剣の儀』が予定された後は、闘技場を使う事も無いので、この時にアリシア達の実技練習を予定する事に指定した。
学園長であるミュリエルとの話で、私を含めた救世主クラスの皆は傭兵科最強と噂されている三人の試合から何か学べるのでは無いかとして見学させている。
そして、機会があれば三人の練習時に合同練習を装いながら私達救世主クラスとあの三人との試合する様な段取りにしていたのだけど……まさかアレ程の実力を秘めていたなんて思いもよらなかったわ。
伝承では資質を持つ者が、自身の限界を超え様とする事で召喚器は召喚出来る様になると言われている―――なら、今のアリシアにとってこの現状は召還器を呼べる状況といえるでしょう。
もし、手にしたのなら世界を滅ぼす存在である救世主になるかも知れない人材、救世主候補を一箇所に集め監視し易くする為の救世主クラスへと編入させれば良いのだから。
そう考えを巡らしていると、逸らしきれずにバーサーカーの一撃を槍で受けたはしたものの、アリシアは凄い勢いで後ろに吹き飛んで行き。
体勢を立て直し、闘技場の壁に足から着地するかの様にして受身を取ると、その力を利用してバーサーカーへと勢い良く飛び出したアリシアは何故か六人に増えていた。
「っ、何と分身の術でござるか!?」
アリシアが魔法に長けているのは予想していたけど錬金術とは違う分身の技を使い、それをヒイラギさんは知っているのか驚きを隠せないでいる。
まるで、バーサーカーを覆う様に放たれ続ける無数の光弾を受けながらも、斧剣を振るうバーサーカーは分身なのだろう、槍では無く光る棒で受けた一体が手にした棒ごと両断され消えるものの。
一体は留まり、バーサーカーの後ろから突き体勢を崩し、残りは動きを鈍らせたバーサーカーの横をすり抜けイリヤスフィールさんへと向かう。
イリヤスフィールさんから放たれる光弾はアリシアに比べ小さいものの連続で放たれ、避けきれずに分身一体が蜂の巣の様になり消え。
残りの二体の内、一体が棒を振り下ろすものの、輪の様に現れた何かに包まれると幾つもの輪切りにされ。
その消え行く分身の背後という死角から、棒を突き出す分身にイリヤスフィールさんは片手を突き出し、光る何かを放つとアリシアの形をした分身の上半身が吹き飛び消える。
残りの分身にしても、悪魔の如きバーサーカーを相手にしていたので振るわれた斧剣により受ける事も出来ずに消え去った。
僅か十秒にも満たない間に分身達は全滅し、焦りがあるだろうと思いつつアリシアに視線を向けると、アリシアは片手を地面に当て魔法陣が浮かび上がると同時にバーサーカーが足元から沈み始め。
見る見る間に下半身辺りまで沈み込み、思う様に動けなくなったバーサーカーは、魂が凍りつく様な雄叫びを上げつつ、僅かな抵抗なのか地を切開こうとしているのか斧剣を振るっている。
更に拘束魔法を使いったのか、魔力で編まれた鎖がバーサーカーの動きを封じ込めた。
「あんな化物の動きを封じた!?」
闘技場での闘いが始まった時に、圧倒的な威圧感を持つバーサーカーを見て、その雰囲気に中てられたのだろうか気分を悪くしていたトロープさんだけど、試合は見ていたのでしょう、圧倒的な力を示したバーサーカーと呼ばれる巨人を相手にアリシアが無力化した事に驚きを隠せないでいた。
「…あの二人、どちらもトンでもない実力者でござるよ」
「え、ござ―――」
闘技場から眼が離せないヒイラギさんが知らずに零した何かに気付き、シアフィールドさんが声を掛けようとした時、アリシアを中心に凄まじい暴風―――いえ、嵐が闘技場内を吹き荒れ。
治まった時には空に飛ばされたのかイリヤスフィールさんは空中に滞空し、アリシアに朱色の槍を突きつけられ勝敗は決する。
その下では、バーサーカーが魔力で編まれた鎖の拘束を引き千切り二人を見上げていた。
「……え~と、学園長…あの娘達は救世主クラスに編入させた方が良いのでは?」
「……駄目よ、どれ程の実力者であっても救世主クラスには、救世主候補としての資格である召還器を持つ者でなければ入れてはいけないわ」
人間の枠を外れた闘いを見る事になったダリア先生は何時もの調子を失い表情を引き攣らせ、ミュリエルにしても予想すらしていない実力を垣間見た事で判断力が上手く働いていないみたい。
あの化物の様なバーサーカーを召還器として判断する事は無理があるので、イリヤスフィールさんを候補者とするのには無理かもしれないけれど、アリシアの方は朱色の槍なので、もしかしたらアレは本人が知らないだけで本当は召還器なのかも知れないのだから。
「ダリア先生……あの、本当に練習試合を申し込むのですか?」
「あははは……如何します学園長?」
ダリア先生に恐る恐るトロープさんは訊ねるけど、彼女達と一緒の練習試合では練習にしても先程の様に死闘を繰り広げる事となり、迂闊に行えば死に繋がる事はダリア先生も気付いているからこそ学園長であるミュリエルに視線を向けている。
「…まさかアレほどとは、傭兵科の教官も正確な実力を測れてなかった様ね。
救世主の卵である貴重な候補生を、実力はあれど練習を実戦と同じと考えている様な人物と闘わせる訳にはいかないわ」
「ですよね~」
答えるミュリエルに何処かほっとするダリア先生。
「………アレはもう人間の領域を超えている」
「それはそうでござる、あの様に壮絶な修行をしていながら生き残っている御仁達でござる、強いのは当然でござるよ」
「ござる?」
「―――っ、い、いや、強いのは必然なのだろうと言ってるだけだ」
呟く様なリコの声に答えたヒイラギさんだけど、訛りなのか「ござる」という語尾が解らないシアフィールドさんに訊ねられると慌てて訂正していた。
「でも―――」
なら、あの二人と同じ域に居るだろうと思われるセイバーさんは一体どれ程の実力者なのだろうと思い、ふと闘技場に視線を戻せばアリシアとイリヤスフィールさんの二人は闘いの何処かが悪かったのかセイバーさんとシロウ君に怒られていた。
「アレで叱る処があるなんて………アリシア達は、一体―――どれ程の脅威が迫る世界から来たのかしら」
とある『海』の旅路 ~多重クロス~
アヴァター編 第9話
「全く、貴女達は一体何を考えているのですか!!」
「そうだぞ―――そもそも練習って、何時もイリヤの森であんな事してたのか!!
(以前の試験の時にも、アリシアはバーサーカー相手に平然と相手をしてたけど、幾らランサー並の能力を得ているからって、事もあろうに、あのバーサーカーを普通に練習相手としているとは想像出来なかった)」
私とイリヤお姉ちゃんの練習が終り戻ると、セイバーさんとお兄ちゃんが何故か解らないけど「ガー」って感じで怒ってた。
「ほえ、只の練習だよ?」
「そうよ、それにコレ以外に練習って知らないもの」
私とイリヤお姉ちゃんは何で怒られているのか解らずお互いを見合わせる。
「ものには限度というものが在ります。
アレは実戦であり、断じて練習ではありません―――仮に今の貴女達の闘いを練習と言い切るのでしたら、ランサーに匹敵するアリシアと、バーサーカーが闘うのですから。
かつての聖杯戦争自体が練習試合という扱いになってしまいます!」
「いきりたたないでくれるセイバー、そもそもアリシアは英霊の域では無く神霊の域なのよ?」
イリヤお姉ちゃんは「もう、困ったわね」と溜息と吐きセイバーさんとお兄ちゃんを見渡し。
「大英雄であるバーサーカーが本気で闘っても今の様な感じだし、聖杯戦争の時の様に転移魔術を攻撃に使われたら一瞬で私の負けなんだから。
私だって、腕や脇腹とかの骨が折れたり色々と怪我をした事もあるけど治療魔術で治しているし。
第三魔法が使えるアリシアは、不死身だから例えバーサーカーに肉片にされても元に復元するから心配無いわよ。
(前に何度か挽肉みたいになった事もあったけど、その度に光の粒みたいになって元に戻ったからアレが第三なのかしら?)」
「そうだよ、私もイリヤお姉ちゃんが死なない様にしてるし、怪我をしても死ぬ前に治しているから大丈夫だよ」
「駄目に決まってるだろ!
二人共女の子なんだから傷とか残ったら如何するんだ!?」
「シロウも心配性ね、怪我をしても傷が残らない様に治せば良いのよ?
それに、私の魔術で強化されてるバーサーカー相手に、まともに戦って傷が如何のとかで済む方が問題だと思うけど?」
「そう言う問題じゃないだろ!」
でも、私とイリヤお姉ちゃんの意見は「プンプン」と怒ってるセイバーさんとお兄ちゃんには受け入れてもらえず、私達は日が暮れるまで怒られる事となった。
久しぶりに闘技場が使えたのに、今日はこれ以上の練習は出来なくなくなり。
それも、イリヤお姉ちゃんにはバーサーカーさんとの連携が重要なのに、次からの練習ではバーサーカーさんは霊体化させて待機させる事となってしまったんだ。
私だってちゃんと考えて練習をしているのに……イリヤお姉ちゃんが救世主になるのに必要な強さを短期間で身に付けられるとしたら、それは接近戦に優れたバーサーカーさんを後方から指示や援護等の支援しする連携だと結論付けたので。
それから様々なシミュレーションを元に、効率良くお姉ちゃんが強くなれる様、下地となる基礎から鍛える必要があったから、まずは体力をつける為に走り込んだりとか。
一応、今では体力も問題無い感じで、戦いの時もバーサーカーさんを強化魔術で強化したり、自身への攻撃に対しても予め設置魔術を展開して護りも固めているけど…
バーサーカーさんをあてにし過ぎているのか、バーサーカーさんと白兵戦を繰り広げている時には攻撃的な魔術等は放って来ない―――折角、バーサーカーさんは『十二の試練(ゴット・ハンド)』って特殊な防御能力が在るのに。
正直な処、白兵戦をしている最中にバーサーカーさんごと弱い魔術で構わないから範囲の広いモノを放たれると、私にしても空間転移を使わなければ体勢を崩し、後はバーサーカーさんの斧剣でバッサリだから有効な回避方法が少ないので、時間制御とか空間転移を使えない相手にはとても効果的な戦術なんだけど……お姉ちゃん中々気が付かないよ、気が付くのを待つのではなく教えた方が良いのかな?
でも、こういった事は、自身で気が付かないと後々成長の妨げににもなるから安易には教えられないのもあるし―――人に教えるって難しいや。
「……こうなると、デビットさんに頼んでモンスターとの戦闘重視の依頼を受けて、実戦の中で鍛練を積むしかないかな?」
「そうね……でも、まさかセイバーとシロウがあんなに怒るなんて思わなかったわ」
「そうだね、頑張ったねって褒められるかと思ってたのに」
「そうよ……私も、以前とは見違えたってシロウが驚くと思ってたのよ」
私とイリヤお姉ちゃんは疲れを顕にしフラフラと寮へと戻る、とはいえ練習のでの疲れよりもセイバーさんとお兄ちゃんに怒られ続けた精神的な疲労の方が色濃いのだけど。
イリヤお姉ちゃんと一緒にお風呂に入り、汗を流して部屋に戻るとセイバーさんが戻って来ていて。
あの後、お兄ちゃんが闘技場を整備している人達に頭を下げ、荒れ果てた場内の手伝いを買って出たそうで、お兄ちゃん一人ではと思ったのかセイバーさんも一緒に手伝って来たらしい。
でも、この学園は王国が運営しているので、多くの人達が色々な職で働いているから人手が不足する事は無い筈だから、別にお兄ちゃん達がする必要は無いと思うんだけどな?
「………」
ううん、違うよ、これはお兄ちゃんの趣味というか、本能みたいなモノかな。
困っている人が居れば手を貸そうとするし、特に見ていて大変そうなら尚更激しく衝き動かされるだろう。
それに―――例えそれが危険な事であっても、自分が傷付く事で誰かが助かるのなら、お兄ちゃんは躊躇う事無く自身を犠牲にしても動くだろうから。
こんな事ならお姉ちゃんとの練習の後、ポチに頼んで整地して貰えばよかったかも知れない。
そう思いながらも、近い内に能力検定試験があるのでセイバーさんがお風呂から出て来るまでお勉強…余り好きじゃないけれどする事にした。
お互い次にCランクの評価を受けたら退学の身なのでイリヤお姉ちゃんと相談しながら、傭兵として雇われた人がその場の状況で行うべき判断の要点やら、戦場や遺跡とかでの危険や注意点等をこの前買う事が出来たテキストを参考にして問題集を解く。
………でも、問題集はとても難しく私やイリヤお姉ちゃんの正解率は高いとはいえない。
特に罠や、自分よりも格上とか、数で劣る時とかが解らなさ過ぎて…如何答えても不正解になってしまうんだ。
「う~、ただ退いても駄目だし、偵察として様子を見るだけだと不正解じゃないけれど正解でもない…」
「そうは言っても、戦力的に問題無さそうでも正面から戦うのは不正解なのよね……罠にしても、魔術的な罠なら解るけどそれ以外の罠だと難しいわ」
私達は悩み続けた結果、保留にしてセイバーさんが風呂から戻って来たら教えて貰おうと結論を出した頃、ニティちゃんが部屋に戻って来る。
「マスター、先程の闘いは素晴しかったです」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「あら、私には無いの?」
「あのね…イリヤのバーサーカー相手にまともに戦える方が珍しいのよ。
(ホント…イリヤとセイバーの二人が仲間になればシェザルとムドウ―――それに、ロベリアすら必要無いわね。
ムドウの手下にしても、『救世主の鎧』探索とか色々と便利だけど代えがきくから絶対って訳じゃないもの。
それに引き換え、一人で二個師団以上の戦力はあるでしょうし、三馬鹿にしてもセルとデビットは必要無いけどシロウは、非常識なまでの長距離精密射撃と広範囲への爆撃が出来る力の持ち主…あんな距離から狙撃や、投影とかいう魔術で剣群を出されたら誰も対処出来ないわ。
如何にかして三人をマスターと共にダウニー率いる『破滅の軍勢』か『破滅の民』の末裔達が集うホワイトカーパス州に引き入れる事は出来ないかしら?
それと―――そろそろ、オルタラにも決めて貰わないと、たく、一体何をグズグズしてるのかしらあの子)」
セイバーさんとお兄ちゃんに叱られた後なので、褒められると何時もより嬉しい感じがする。
イリヤお姉ちゃんも同じなのか、賞賛の声が欲しいのだろうニティちゃんに声を掛けると、ニティちゃんはバーサーカーさんが強いのは当たり前って感じで答えていて少し残念そう。
「そうだ、ニティちゃんも一緒に勉強しようよ」
「勉強―――そういえば、そろそろ能力検定試験が始まりますから、その準備ですか?
(………強すぎる弊害なのかしら?
戦術的な問いがあるとマスターとイリヤの二人はまともに答えられない。
そのせいか、周囲からは脳筋とか思われている様だし)」
「うん、そうだよ。
次でCランクを取ったら、私とイリヤお姉ちゃんは退学になっちゃうもの大変なんだよ」
「……まあ、その時はその時で好きにやらせて貰うだけだけど」
悪い魔法使いに封じられていたのにも関らず、ニティちゃんの成績は高く、実技試験はAAAランクだし、筆記試験にしてもAランクを取っている。
お姉ちゃんにしても、退学になったらなったで書の精霊の捜索に集中出来るので、それはそれで良いと考えているみたい。
「でも、傭兵の資格って無いよりも有った方が良いのは確かだと思うよ」
「それはそうだけど…」
三体の書の精霊を捜すまで、衣食住の住は車があるから良いけど、衣と食は用意しているものの限りが有るので出来るだけ自前で用意出来た方が良いのは確かだと思う。
それ以外にも、傭兵組合では依頼を受ける他に色々な人との交流、情報の交換や購入も出来るので無いよりは有った方が良いのは間違い無いと言える。
「まあ、マスターの頼みなのだから断るとは言えないわ。
(わざと退学にさせると、この二人…本当に何するか解らないわ……
それよりは、主幹であるダウニーに協力して貰って対応する方が良いわね)」
「わ~い、やったよお姉ちゃん、ニティちゃん教えてくれるって」
「有難うニティ、礼を言うわ」
こうして私達は勉強して、次こそは筆記試験でBランクを取ろうと頑張る。
その後は、お風呂から戻ったセイバーさんも加わり食事前に勉強をして過ごして。
夕飯は食堂の施設を借り、王都で仕入れた食材や、デビットさんが捌いた、何でも森で狩ってきた良く解らない動物の肉をお兄ちゃんが調理して夕御飯となる。
その時にはお兄ちゃんと一緒の部屋で商業科のロバートさんや、治療士(ヒーラー)のマイケルさんもお兄ちゃんやデビットさんに誘われたらしく同席していて私達は色々と話す事が出来た。
それで判ったのは、やはり破滅のモンスターが増えて来ていて、所々で襲撃があるらしい事や、治療士や医者、薬師の数が足りなくなってきているとかで学園の二、三年生が王国の指示により既に派遣されていた事等が判り。
他にも、作物の不作により様々な物が品薄になってきている中、医薬品や食料等にも不足が生じ始めていて、このままだと破滅との戦いに必要な物資が不足して行くのは時間の問題だとかが解った。
「もしかすると―――仮に破滅側にも指揮する者が居ると仮定すれば、王国軍が長期戦を出来ない様にと仕組んでいるとも見られる内容ですね」
「しかし、伝承によれば破滅に選ばれたモンスター達は何故か纏り破滅として動くそうですが…
その内容は知能が高いとは言えず、指揮を取る事等出来ないのでは?」
「ええ―――問題は其処です」
「待ってくれ、破滅のモンスター達の知能が低いと決め付けなければ良いんじゃないのか?」
「だが、今まで俺が出会ったモンスター達はそれ程知能が高いとは思えないな」
私とイリヤお姉ちゃんや、ニティちゃんはお兄ちゃんと一緒に食器の片付けをしている中、テーブルではセイバーさんにマイケルさん、ロバートさんとデビットさんが話し合っている。
そして、その話を窺っていたニティちゃんは食事が美味しかったので嬉しいのか、口元に笑みを浮かべていた。
他にも色々と話をしていた様だけど、結局は今、アヴァターには確実に破滅の影響が現れているといった事しか分からず。
―――でも、破滅が関係するだろう事態はアヴァター全土で散発し起きている、今のままでの対処では対応する事は困難だろうと纏まり話し合いは終った。
ご飯の後はお兄ちゃん達に、セイバーさんとイリヤお姉ちゃんは試験勉強をするからと寮へと戻り、ニティちゃんは人に会うとかで食堂を後にしている。
私も試験勉強は必要だろうと思う、でも、焦って急いで詰め込んでも良くないだろうと思うので、食後は散歩に出る事にした。
散歩に出ようとしたら、構って欲しいのかポチが「一緒に行くぞ」って付いて来るので抱き上げ、腕を回し胸に当ててしっかりと押さえ込む。
子供形態の時とは違い、大人形態の私の力はランサーさんと同じ様にしてあるから、ポチが成長し重くなって来ていても特に体を強化する必要も無く、胸に押し当てる様にして持てば腕の力だけで十分ポチを抱えられた。
「今日も月が奇麗だね」
ポチを撫でながら月を見上げる、時々ポチが動いてくすぐったいけど気にする程でも無く、居心地良い夜風を味わいながら歩き続ける。
中庭辺りを歩いていると―――
「新たなる新天地で今度こそはと、せっかく無口でくーるに決めようと思っていたのに…」
等と何処からか声が聞こえて来た。
声からして何か辛い事、例えば給食でプリンが一つだけ余り、それを巡る競争に僅差で敗れ……あまつさえ、急いで食べた事から何時もより食事を味わないでいた為に、何処か損をしている様な感じから敗北感だけが残った―――そんな感じに似てなくもない。
「ん?」
「誰だ」
一体何が在ったのだろうと思い声の方を向くと、その人と一瞬眼が合い、何か急いでいるのか私の背後へと一呼吸する間も無く移動すると。
何故か短剣を向けて来る―――きっと誰かと間違えているのだろう。
「っ、体が動かないでござる!?」
でも、誰でだって間違いは在るものだから仕方ないと思う、なので取敢えず頭部を外した空間固定を使い動きを止めてみた。
「ん、誰かと思ったら、新しく救世主クラスに入った…確かヒイラギさんだよね、こんな所で何をしていたの?」
「おぬし――確か!?」
「ほえ、私を知ってるの?」
私の世界で通う穂群原小学校のクラスだと、私は何だか乱暴者と思われているらしいから、此処ではどんな風に知られているのか気になるところ。
「昼間の試合を見た…故にお主が腕の立つ人間だとは知っている」
「試合かぁ……お姉ちゃんとの練習の事なのかな?」
試合なんてした覚えは無いけどな、と思いつつも答え空間固定を解く。
体が自由になると同時に三メートルは離れ様子を窺うヒイラギさん。
「まあいいや、処で短剣なんか引き抜いて何かあったの?」
「それはお主が背後から許可も無く近づくからだ」
「………」
何と言うか…如何答えれば良いのか解らない状況となり暫く見詰め合う私とヒイラギさん。
「えと…別に何もする気もないけれど」
「静かに!」
意を決し声を掛けたけど、ヒイラギさんは短剣を構え茂みの方に向いてしまう、何て言えば良かったのだろう?
「何しているの?」
「…何かいる」
「別に敵意とかは無いよ?」
「その油断が死に繋がる、そろそろ喋るな…」
…あう、一体こんな時は私は如何したら良いのだろう。
ヒイラギさんは言葉で私を制し、何やら茂みに向かい動こうとすると、茂みを掻き分け気配の主の方からその姿を晒した。
「っ!?」
「っ、そう―――ヒイラギさんの言う通りなのかも知れない」
その姿形―――如何見ても私を雄一恐れさせた存在、あの種族と同じなのだろう、冬木市で出会った凶悪で狡猾なアノ生物と同じ形をしていた。
私が通っている小学校ですら、あの種族は密に行動を起こし校庭の砂場にソレを埋めて隠す…
それを、昼休みや放課後遊んでいた子達が遊んでいる時に掘り起こしてしまい、ある者は砂遊びをしている時に、また別の者は砂場で走って飛び込みソレと出会い悲劇は起こり。
私がクラス子達と遊ぼうとすると、何故か泣き出す子がいるので、教室の窓から観察して限りだと、酷い時にはソレを手にした子が錯乱したのか、一緒に居た子達に投げつけたりや、投つけられた方も怒って投げ返して他の子達へと広がり悲劇は惨劇へと形を変える。
たぶん突然の事で混乱してしまい、自分が何をしているのか解らないのだろうと思う、でも、それすらあの狡猾な生き物の計略なのだろうと推測に辿り着いた時の私の衝撃は、アノ種族が如何してその様な進化を遂げたのか解らず戦慄を覚えずにはいられなかった。
そう―――僅かな労力の罠を仕掛け、騒乱を巻き起こし互いに争わせる…もしたら、歴史に出てくる戦争の裏にはアノ種族による暗躍があるのかもしれない…っ、視た感じでは存在力は取るに足らないというのに、何という悪意に満ちた進化を遂げた種なのだろう!
そして、私にあるアリシアの記憶にはリニスという山猫を飼っていた記憶があるけれど、トイレはちゃんと指定していた所でしているから、山猫のリニスは市街地に適応した冬木市のアノ種族と比べてそんな酷い事はした事は無い。
同じく市街地に適応したカラスも、山に住むのとでは知能の発達が違うらしく、アレも同様に市街地に特化したからこそ人間達と知恵比べの末…進化したのか知能が上がっているのだろうと予想出来る。
その生命体と同じと思われ、根の世界と呼ばれるアヴァターに現れたこの種族、赤か白の精霊が呼んだのか?
それとも―――この世界で進化を繰り返して、この枝全てへの影響を与える種族へとなり得た種族なのだろうか?
私としては、冬木市の猫さんが特別であって欲しいと淡い期待を持ってしまう。
その種族、冬木市での名称は俗に三毛猫と呼ばれる種族だったけど、ソレがくわえているのは殺害された小動物―――俗にネズミと呼ばれる生命体と同じ種族と思えた。
「ヒイラギさん!この子は何をしてくるか解らないから、絶対に油断しちゃ駄目だよ!!」
まさか―――殺しの現場を見たからには生きては返さないとかなのだろうか。
「う…」
何かを感じたのかヒイラギさんは慄き呻き声を零す。
「どうし…」
猫さんはヒイラギさんの所へと歩み寄ると、口にしていたネズミの躯を地面に置きヒイラギさんを見上げる。
それ眼にしたヒイラギさんは、凄まじい悲鳴を上げると素早い動きで私の頭にしがみ付き視界を塞いだ。
「っ、一体何が起きたの!?」
「血!血!血!ぃぃぃぃ~!!!はぎゃうぎゃわわわわわわわわわ~~~!!!」
血!まさか―――あの一瞬で猫さんはヒイラギさんに致命傷とまではいかないけど傷を負わせたというの!?
「拙者血はダメ~!色もイヤ~!匂いもイヤ~!イヤイヤ尽くしでござる~!!!」
私でも予測出来ない何かを猫さんは行ったのは解る、でも―――私の本体で、その時間を再度視ても何が起きたのかすら判らないなんて!?
「ポチ!あの猫さんをお願い!!」
ポチに相手をさせながら、猫さんを視て分析し、猫さんが何かをするなら、例えここアヴァターに如何なる影響が及ぶのか解らないけれど、この凶悪な猫さんを今の内に滅する必要はあるだろうと判断を決め、本体がこの世界へ現れる準備を済ませる。
ヒイラギさんが抱きついたままの私と、猫さんの間に緊張が走るなか、猫さんを相手に「まかせろ」と頼もしく答えたポチは、霊糸で猫さんを突っつき、猫さんも如何やってかは解らないけれど、私の本体が迫っているのを感じ取ったのだろうか?
一瞬驚き毛を逆立てさせると、何かする訳でも無く一目散に走り出し、呆気ない幕切れで猫さんの脅威は過ぎ去った。
もしかして、猫さんは今はまだ私と戦う時では無いと判断して退いただけなら―――きっと、猫さんは「この勝負、一時預ける」と語っていたに違いない。
「何時の日か、あの猫さんと決着をつける時が来るのかもしれない…」
なら、その時は私も全力で応えなければならないだろうと考え、猫さんが去って行った先を少しの間見詰めてた。
「……それはそうとして」
ヒイラギさんは余程恐ろしい目に遭ったらしく訳の解らない事を口走った挙句「………きゅう」と気を失っている。
「…え~と如何しよう?」
ポチに支えられたヒイラギさんを見て呟いく、ブラックパピヨンへの対策として警備をする衛士は増やされているものの、ここ中庭は見渡しが良いので警備では無く、代わりに学生主導で行われている見回りが担当しているけれど、今は能力試験が近いのでヒイラギさんの悲鳴を聞きつけて来る人は居そうに無い。
仕方なく体の負担を掛けない様にヒイラギさんをベンチに寝かして安静にさせると、私の膝を枕代わりにしながら解析の魔術を使い、猫さんに受けた傷を確認してみる。
でも―――神経に何かしらの仕掛けが施されているものの、傷らしきモノは確認出来ず、仕方なく精神の方を視るとヒイラギさんの精神は随分消耗していた―――如何やらあの猫さんの精神攻撃を受けたよう、確証は無いけれど、もしかしたらあの猫さんは破滅のモンスターなのかも知れない。
「破滅の力を手に入れた猫さん―――只でさえ凶悪な猫さんが、破滅の力を手にしてより狡猾に……」
猫さんが殺害したネズミらしき躯は、ポチに頼んで花壇に埋葬してもらっていた。
それを確認しながらも―――ヒイラギさんの精神に介入して心を安定させているなか、自ら口にしていた言葉に戦慄を覚えない訳にはいかない。
そう…あの僅かな一瞬の間に猫さんはヒイラギさんに精神攻撃を加え正気を失わせたばかりか、後々操ろうとでもしていたのか、神経に仕掛けを施してさえいたのだから。
更に付け加えるなら、私の本体で幾度も視てもその精神攻撃や、体を操ろうとしてたのだろう神経への仕掛けをした瞬間は捉える事が出来ていない。
だからこそ、私は猫さんと相対した時から万が一を考え、神の座からの存在の抹消という手段は使わなかった。
何故なら、あの様に進化を続けた種族なら、イリヤお姉ちゃん等の魔術師とは違い、管理しようでは無く。
神を倒し、世界の全て手にし、そこに住む命を悦楽の為に嬲りものにしようと考えるだろうし、その為には座にいる神を倒さないとならないので、当真大河同様、何かしらの対策はしているだろうから。
いや―――
「私が認識出来ない以上、既に座にいる影すら超えている……まさに、最凶のモンスターだ」
当然の事ながら、猫さんがヒイラギさんの体に仕掛けたモノは相手が相手だけに危険極まりないので解いておいた。
そして、月明かりの中ベンチに座り夜空を見上げて十数分もした頃―――
「…あ?」
「ん、気が付いた?」
「っ!?」
目が覚めると同時にヒイラギさんは立ち上がり、私の前に立ち手刀を突き付けて来る。
「何をした!」
「何って、覚えてないんの?」
「…答えろ」
「ヒイラギさんは猫さんに虚を突かれて負けたんだよ。
丁度、私とポチが居たから無事だったのものの…居なかったら今頃如何なってた事か…」
私とポチが居なければ、今頃ヒイラギさんは猫さんよって、自分の意思では如何する事も出来ずに操られていたんだと思う。
そして―――ヒイラギさんを操る事で、狡猾な猫さんは表には出ず、その策謀でどれ程の悲劇が起こるか……予測すら出来ないよ。
「それで、気を失っていたヒイラギさんを私とポチで、怪我していないか確認して看病していたの」
「そうで…ござったか、かたじけないでござ―――る!?
(と、言う事は拙者は猫にすら負けたでござるのか!
っ、思い出したでござる!
確か、猫に小鳥の屍骸を見せられ…その醜態を、この者に見られたでござるか!?)」
納得してくれたのか、ヒイラギさんは緊張を解いて手刀を下ろしてくれるのだけど、「……う」と呻くと次第に表情が崩れて来る。
「うええ…うええええええええええ~~~ん!
(ここでなら本当の拙者を知る者はいないのであるからして、くーるな救世主候補として皆から尊敬される者と成ろうとしていたのに…コレでは……コレでは台無しでござるよ)」
「悔しいのは解るよ」
私も初見では猫さんに脅かされたから解る、あの種族を相手にするには救世主、ううん、座に居る神ですら難しいと思うもの。
だからこそ、その悔しさも解りベンチから立ち上がると涙を流すヒイラギさんを抱きしめた。
「でも、貴女はそれでも…あの猫さんを相手に体に仕込まれながらも、操られそうになっても生き残れたんだよ。
なら、それを糧にして弱さを克服して強くなれば良いんだ」
「…その…仕込まれていたとは?」
「うん…私も速過ぎて分らなかったけど、神経に仕込みをされていて………多分、操ろうとしていたんだと思う」
「うぅ………猫ごときに……(だが、何でござろう…この暖かく安らいで安心する感じは、そういえば先程も包まれる様な暖かい感じでござった様な)」
解ってくれたのか、暫くするとヒイラギさんは泣き止み、この事を他人に話さない代わりに事情を話してくれた。
その内容とは、ヒイラギさんは暗殺を生業とする一族の出身なのだけれど、血が苦手で一族の者達から臆病者と呼ばれていたとか。
なら、血が外に出ないよう脳とか内臓のみを壊すとか、毒でも使えば良いんじゃないのかな?とも疑問が過ぎるし―――あの猫さんは一体何処からその情報を手にしたのだろうか?
色々と疑問は出て来るけど、今は黙って話を聞く事にした。
「……それで、救世主という甘言を言い訳に、逃げる様にしてこの地に辿り着き、そこでも自分を見失い、こうして醜態を…」
「誰だって苦手なモノはあるから、それはそれで良いと思うけど?」
私だって苦手なモノはある―――いや、正確には私とライダーさんの二人共通なのだけど…
それは…納豆と呼ばれた食べ物で、かつて食事にだされた時の衝撃を私達は忘れないだろう。
腐った豆が糸を引き、尚且つツンと鼻に付く臭い―――私達は初めアレが食事に出された事自体が、何かの間違いだと思っていたけど、他の皆は気にせずご飯にかけて食べ始め…ようやく腐った豆そのものが元食べ物では無く現役の食べれる物だと理解出来た。
でも、アノ臭いと糸を引く感じからして私達二人は今だ受け付けられない……
「慰めずともよい……自分の事は、拙者が一番良く分かっている」
「そんな事はないよ、必要なのは最初の一歩を踏み出せる勇気が有るか無いかなんだから」
「…勇気でござるか」
「そう―――ヒイラギさんが血を見て気を失ってしまうのは、血を見て連想する何かがある筈だから。
ソレを思い出してしまうとヒイラギさんの精神に過剰な負荷が掛かってしまい、最悪の場合は正気を保てなくなるだろうから、無意識に気を失わせる事で精神を保つ様にしているんだよ」
「そ、そうなのでござるか!」
「だから克服するには勇気と強い想いが必要なんだよ」
「博識なのでござるな」
「それにね……難しいだけで、実は他にも手段は在るんだ―――私が同調して先導するから試してみる?」
「是非とも!」
「それじゃあ―――やるよ」
何かあると危ないのでヒイラギさんの手を繋いで、深層意識より表層意識へと入り込みこの星と同化した。
ヒイラギさんの苦手な何かが判らないけれど、以前皆で見ていた時代劇でも「辛い事でも半分持ってくれる相手が居れば違う様になる」とか言って名奉行が裁きを下してたし、この方法はそれに似た感じなので多分大丈夫だろう。
何より、辛い事や苦手な事を少し持ってくれる相手がこの世界なのだから不足は無いと思う。
「なっ―――な、なぁんですとぉ!?」
「大丈夫だよ、落ち着いて」
やっぱり、この方法は余り知られていないらしくヒイラギさんは驚いていた。
ん~、ちょっと難しいけれど、魔術や魔法と同じで出来ると結構便利なんだけどな。
「そうは言っても―――何でござろう、この在り得ない程の気配と異質な感じは!?
(見てもいないのに横も背後すら判るでござる、それに、何かと混ざり合い別の何かに成ってしまうのではないかの様な不気味な感覚とは別に、異様なまでの力が湧いて来る感じ、これの何と凄まじい事でござるか!?)」
「気配―――ん、そっか、これはね命や物が存在する力、存在力」
一度区切って「ほら、そこの花壇の草花からも感じるでしょ?」と意識を向けさせる。
「うぅ…た、確かに何やら感じるでござるよ―――これが存在力なのでござるか」
「それに、異質な感覚は多分今までと見方が違うからそう感じるだけ、慣れればこの世界の力を分けて貰えるし色々と便利だよ」
ちょっと驚かせてしまった様なので、ヒイラギさんと繋がっていた意識を切り離し、念の為に繋いでいた手を放して同化を止めた。
「世は広い―――この様な業が在るのでござるか。
(先程の業は―――よもやアレが武の奥義とも伝えられる明鏡止水の境地なのでござろうか?)」
「うん」
「………っ。(この御仁、昼間の試合にて只者では無いと思っていたでござるが……それ以上の、本来なら私など歯牙に掛けない位の達人でござる……その様な方が、拙者にこれほどの業を教示して下さるのに、拙者は何と礼を欠いた事をしていたのでござろうか)」
ヒイラギさんの住んでいた文明では余程珍しい方法だったらしく、ヒイラギさんは私をジロジロと視線を向けて来る。
そんな感じで見られると落ち着かないなと思っていたら、突然はベンチから立ち上がり私の足元に両手を付いて頭を下げ。
「アリシア殿、あえて無理を言うでござるが、拙者を弟子にして頂きたい」
そんな事を言って来たよ。
ん~でも、弟子か―――あのやり方はイリヤお姉ちゃんが教えてくれた魔術の魔術基盤とかとは違って、教えても何かが減ったりするとかはないし、弟子になって教えて欲しいって言うのなら別に問題無いと思う。
「うん、良いよ」
ヒイラギさんに頷きつつ、私の判断だけだと、セイバーさんの時の様に何か間違えているのかもしれないから、部屋に戻ったらセイバーさんとイリヤお姉ちゃんに聞いてみよう。
「そうだね―――いつの日か、猫さんにも勝てる日が来るといいね」
そう口にすると余程嬉しかったのか、ヒイラギさんは「師匠~」と泣き出していた。