火花を散らしながら、金属が打合う音が響き、セイバーの相手をしている教官の手から弾かれた剣が地面に突き刺さった。
同時に周囲から沸き起こる驚嘆の声の数々、「格が違う」とかセイバーの実力の一端が解り驚愕している生徒や、反対に「……今の何?」と理解出来ない生徒も当然ながらいる。
いくらアヴァターの教官でも、幾多の戦場を得て英霊に至ったセイバー相手に勝てる道理は無いと思う。
いや、そもそも英霊として崇められる様な存在が、学生として入って来るなんて事自体が想像できないだろう。
「……セイバーと言ったな、文句無しのAAA、今のままでも近衛騎士団さえ十分通用するレベルだ。
(まさか、これ程の使い手が今まで無名で居たとはな……)」
弾かれた時の衝撃で手を傷めたのだろう、教官は片手を押さえながらセイバーを見やる。
「元より―――剣で負けるつもりはありません」
「―――っ!?
(慢心してる様な言い方だが、先程の剣からはその様な感じはしなかった。
先程の技量、気迫、胆力といい、今直ぐに王国の精鋭の近衛騎士団に入ったとしても十分通用するだろう。
それに、この威厳すら感じられるセイバーとは一体何者だ!?
生徒いうレベルでは断じて無いぞ!!)」
セイバーの実力を測りかねてるのだろう、驚愕の色を消せない教官を前に、練習用の剣を両手で掲げ答えるセイバー。
一見、傲慢にも聞える言い方とも言えなくは無いけど、その、なんていうのか凛々しく威風堂々とした姿に女子生徒の間からは何か黄色い声の様なモノが聞えて来たりする。
先程の教官との模擬戦は、俺達新人の実力を測りランク別のクラスに仕分ける為の試験だったのだが。
何て言うのか、そのたった一回の模擬戦だけで、セイバーは周囲の生徒の心を掌握してしまった感じがしないでもないな。
「次は私ね」
戻って来るセイバーに代わりに、大人姿のイリヤが前に進む。
アリシアと一緒に練習をしていたからだろうか、イリヤのバリアジャケットという防護服のデザインもブルマの外見をしているから色々と目のやり場に困る。
「頑張ってイリヤお姉ちゃん」
視線を向ければ、同じく体操服姿のアリシアが応援する中、先程セイバーに剣を飛ばされた教官は下がり別の教官と代わる。
何十人と居る傭兵科の生徒を教導しているからな、実技担当の教官は一人じゃ勤まる筈も無い。
まあ、それもあるだろうが、今日入った新人が俺達位しか居ないので教官直々に相手をするだけの余裕が有ったって事が一番の理由だろうけど。
「む、イリヤスフィールだったな何故構えない?」
イリヤに相対する試験官が訝しげに表情を変える。
「構える?
そんな事、必要ないからよ」
微笑みながらイリヤは一端区切り、教官を見据え。
「私の武器は剣とか槍じゃないからに決まってるでしょ。
見せてあげるわ、私の力の一つ―――現れなさい!バーサーカー!!」
「■■■■―――!」
イリヤの声と同時に、獣の様な咆哮が轟き実体化したバーサーカーが教官の前に立ちはだかった。
唸りながらイリヤの指示を待つバーサーカーを相手に教官は動かない。
いや―――動けないんだ、俺も聖杯戦争の時に対峙した事があるから解るが、バーサーカー程死の気配が濃厚なサーヴァントも居ないだろう。
故に、少しでも動けばその瞬間に死んでしまうと感じてしまうのも無理は無い―――っ!?
「―――っ、まて、イリヤ、試験なのにバーサーカーはやり過ぎだろ!」
て、言うよりこのままだと、確実に教官が死ぬ事になる。
俺が声を上げた事により、意識までもが凍ってしまった様に感じていた学生達が、「……あれ、破滅のモンスターじゃないの!?」とか「誰か救世主クラスの人達を呼んできて!」とか騒ぎ始めだした。
「落ち着きなさい!」
騒ぎ始める周囲に対して、セイバーの良く響く声が通り。
「イリヤスフィール、これは試験に過ぎ無いのです!
まったく、貴女は教官を殺すつもりですか!
バーサーカーは下がらせなさい!!」
次にイリヤに向かって放たれる。
それがセイバーのカリスマがもたらすものなのか、あわやパニックに陥る寸前だったにも関わらず、一喝するセイバーの声が響き渡った事で闘技場にいる皆は落着きを取り戻し静まり返った。
「あら、なにセイバー。
バーサーカーは私の力の一つよ、それに何か文句があるのかしら」
如何にも不満げなイリヤ。
「それとも、セイバー、貴女が相手をしてくれても良いわよ?」
聖杯戦争の時と同じく、クスリと微笑み、セイバーに視線を向ける。
「ん、じゃあ、何時もみたいに私がイリヤお姉ちゃんと練習するよ」
横に居たアリシアが、何処か楽しそうな感じで、片手に朱色の魔槍を持つとイリヤの前に走って行く。
「待ちなさいアリシア、いくら貴女でもバーサーカー相手に普通に闘っては!?」
「大丈夫だよセイバーさん。
何時もイリヤお姉ちゃんの家の庭で練習してるから心配ないよ」
セイバーの声に振返りながら答えるアリシア。
何と言うか、バーサーカー相手に、嬉しそうに微笑んでいたりする。
―――ん、何時も?
アリシアから聞いた限りでは、聖杯戦争が終わってから半年の半分以上は、主に体力をつける為に森で一緒に走ったりや柔軟体操の基礎訓練。
それ以降は、模擬戦をしていたって事は聞いてるけど―――まさか、な?
「先生、私が相手しても良いかな?」
「………君はあの化け物を見て何とも思わないのか?
(アレを見た時、俺はもう駄目だ、何をしても無駄、死ぬのは当然だと思ってしまったのに。
この少女はソレを感じていないのか―――っ、まさか、この少女は救世主候補に成り得る者なのだろうか!?)」
「ほえ?
バーサーカーさんは、化け物なんかじゃないよ」
「う~ん」と考え。
「そうだね、とってもと~ても凄い幽霊って思ってくれれば良いと思うよ」
まあ確かに、バーサーカーは英霊だからただの幽霊とは違うので、とっても凄い幽霊で間違ってない気はしないでもないが……
「……良いだろう。
(凄いのは解るが、アレはアンデット一種だというのか……
成る程、イリヤスフィールは屍霊術士(ネクロマンシー)か)」
「わ~い、イリヤお姉ちゃん私が相手するよ」
バーサーカーを一瞥し離れていく試験官の後には、対峙する体操服姿のアリシアとイリヤ。
その中間にバーサーカーが、アリシアを相手に油断無く構えている。
「……もう、これじゃあ、何時もと変わらないわね。
でも―――良いわ、今日は私が勝たせて貰うんだから」
溜息混じりにイリヤはアリシアを見据え。
「じゃあ行くわよ、アリシア!」
イリヤの眼つきが鋭くなった瞬間、雰囲気が変わり空気が凍りついた。
「油断無く!躊躇い無く!追い込まれる前に追い込みなさい!バーサーカー!!」
「■■■―――!!」
イリヤの指示と同時に、咆哮を上げたバーサーカーは一瞬にしてアリシアの目前に迫り斧剣を振り下ろし。
同時にアリシアの放った光弾がバーサーカーの腕や脚の各所で爆発、手元が狂わされたバーサーカーの斧剣はアリシアの横に下ろされ、衝撃波らしきモノが地面を切り裂きながら、その先で見学していた学生達を襲い吹き飛ばす。
「―――え?」
「……何?」
何が起きたのか理解出来ず、呆然としている学生達。
そんな周りの事にはお構い無しのアリシアとバーサーカーは、ランサーよろしく残像を残して放たれる魔槍と無数に放たれる光弾で腕や脚の関節を狙っているのだろう、力と速ささえあれば技など必要無いと言わんがばかりのバーサーカーの斧剣を巧みに逸らしている。
「何―――何なのアレ!?」
「俺が分かるか!
兎に角、此処は危ないんだ皆逃げ―――っあぐっ」
「ボブ―――!」
「トニー、マヤ逃げるんだ!」
「皆、此処に居たら巻き込まれるぞ、避難しろ!!」
バーサーカーが斧剣を振るう度に放たれる衝撃波は、距離がある為か致命傷を与える程の威力は無いが、逃げ惑う傭兵科の学生達の幾人かを捉え傷を負わしていた。
「駄目だイリヤ!バーサーカーを止めろ!!」
俺の叫びに僅かに間合いを取ると、「ん?」と此方に視線を向けるアリシア。
「拙い!」
「―――っ、馬鹿!前を見てろアリシア!!」
咄嗟に飛び出した俺の前を、魔力放出を使っているのだろう、影すら置き去りにする様な速さでセイバーは駆け抜け。
まるで、限界まで圧縮された空気が、耐え切れずに破裂した様な音と衝撃が走り、アリシアに振るわれた筈の斧剣を受け止めていた。
「っ!?」
バーサーカーの斧剣を受けたセイバーが疑問を漏らした。
それもそうだろう、バーサーカーとの闘いの最中に余所見をしたアリシアを助けに入ったセイバーだが、肝心のアリシアは空間転移を使ったらしくイリヤの傍に居て。
「今日は私の勝ちね」
多分、ミッド式って魔術には見えない様にして設置する拘束魔術があったから、それだろうと思うが、魔力で編まれた縄の様なモノでアリシアは体を縛られていた。
「う~、何かお兄ちゃんが話があるみたいだから、呼んでるよって伝えたかっただけなのに……」
頬を膨らませつつ納得いかない感じで言うと同時に、拘束していた魔力の縄が形を崩し解ける。
「もう、今は試験中なのよちゃんと集中しなきゃ駄目じゃない。
そんな事じゃ、アリシアだけランクCの評価になっちゃうんだから」
「え~、C評価は嫌だよ」
クスリと笑みを浮かべるイリヤに、反比例するかの如く嫌そうな表情をするアリシア。
いや、それは無いだろう、アレでC評価だったら、アヴァターの人達ってサーヴァントレベルのデタラメ人間ばかりになる。
「なら、何時もの様に集中してなきゃ駄目よ」
「ん~。そうなんだ、これから注意するよ」
暢気な感じでイリヤとアリシアが話している間に、バーサーカーはセイバーから離れイリヤの元の歩きながら霊体化したのだろう姿が消える。
バーサーカーが消えた事で落着きを取り戻した学生達が「………つ~か、俺達これからアレと一緒に授業受けるのか?」とか、「あの娘凄いな、あんな化物とやったらマジで死ぬぞ俺」とかイリヤとアリシアに視線を向けていた。
また、バーサーカーの斧剣を受止めたセイバーを見て「お姉さま」とか言いい頬を赤らめぼうっと見詰めている女子学生の姿もいたりする。
その後は、教官から授業や実技試験の時にバーサーカーの使用は禁じられる事となったが、実技試験の評価は二人共セイバーと同じくAAAだったらしくご機嫌だった。
「……そういえば、俺の試験って何時やるんだろう?」
因みにこの日、セイバーとバーサーカーのインパクト強さの余り、俺の試験は忘れられてしまったらしい。
とある『海』の旅路 ~多重クロス~
アヴァター編 第03話
「この辺が良いと思うんだけど、如何かな?」
後ろを振返り、お兄ちゃん達を待つ。
今日は休日らしく授業は無いそうで、時間は十分あるし、天気も澄み渡るような青空なので学園にある礼拝堂の近く、池と森がある場所で朝食をする事にしたんだ。
「ええ、眺望は良いですね」
「ふ~ん、人は居なそうだけど、念の為、人払いと遮音結界は張っておくわよ」
池を見渡すセイバーさんに、結界を張る準備をするイリヤお姉ちゃん。
実は皆で朝食を摂りながら、ここ数日の学園での出来事や、救世主候補者がどんな人達かとか、それらの情報を纏めてこれからの行動を如何するかの話をするので、アヴァターの人達には聞かれないよう内緒にする必要があるんだ。
本来、私とセイバーさん、イリヤお姉ちゃんの三人だけなら、今使っている女子寮でも良いのだけど。
女子寮にお兄ちゃんを迎えると、寮長のベリオ・トロープさんが「男女七歳にして席を同じくせず」とか言って駄目ならしい。
そうそう、ベリオ・トロープさんて人は救世主候補者の一人で、ジョブクラスは僧侶らしいけど、残念な事に言峰神父のように私の存在には気が付かなかったみたい。
神父さんは、会ってすぐに私の事に気が付いて、「問おう、貴女は……神か?」って言って来たのに、ん~、これも経験の差なのかな?
「どうもこの学園は、何かしらの結界みたいなモノが張ってある感じだし、結界なんて使って大丈夫なのかイリヤ?」
お兄ちゃんは、結界には敏感に察知出来る体質ならしく学園内の所々で張られている結界を察知しているよう。
「その辺は、私とキリツグで調査済みだから心配無いわシロウ。
如何も魔術―――いえ、この世界では魔法ね。
その隠蔽に関しては、私達の世界の魔術の方が一枚上手な感じよ」
私とイリヤお姉ちゃんも、幾つかの結界には気が付いていたので、解析してどういった結界なのかは理解しているつもりだよ。
「そう……なのか。
(それだけ、俺達の住む世界が神秘の隠蔽に躍起になってるって事だよな、喜んで良いのやら悪いのやら)」
「シートは此処で良いよね」
皆で座るのに使うレジャーシート広げ、お弁当と飲み物を取り出す。
私の横で楽しそうに回っているポチには、無色の渦では無くディアブロから供給される魔力を与える。
なぜかと言えば、渦ばかりあげてたからか最近ポチが重いのでダイエットが必要かもしれない、そうディアブロから供給される魔力を嬉しそうに食べて回り続けるポチを見ながら思った。
実技試験から数日が経過した今では、この学園の生活にも大分慣れてきている。
ただ残念な事に、お金に関しては仮免の申請がまだ出来ず、依頼を受ける事すら出来ない状況だから、授業に使う教科書なんかは図書館から部屋の番号と名前を記入して貸してもらっているし、入学費に寮費にしても来月には払わなければここを追い出されちゃうんだ。
早く、仮免試験に合格して依頼を受けれる様にしたいな。
そうすれば、書の精霊達の探索もし易くなるだろうし、なにより食堂で皆が食べている、この根の世界アヴァターの料理も色々と食べられるだろうから。
食堂では救世候補者の一人リコ・リスさんて人間とは違う子がいて。
そのリコ・リスさんは、まるで救世主クラスの特権を見せ付けるかのように、私達の前で色々な料理を食べ尽していた。
元々お金が無いのがいけないのは解っているけど、このままだと私やセイバーさんのストレスは溜まる一方だよ。
それに、破滅のモンスターに襲われている人々が居る現状で、正義の味方を目指すお兄ちゃんの忍耐が何処まで持つか心配なところ。
でも今は、唯一受けれる資格を持つセイバーさんが仮免を習得するのを待つしかないのが現状かな。
私とイリヤお姉ちゃんは、実技試験は兎も角として筆記試験は問題外のCランクだったし。
お兄ちゃんも、Bランクで資格に必要なラインに達していないからね……
この閉塞した現状を打破出来るのは、今はセイバーさんだけ、頑張ってセイバーさん!
「そう言えば、昨日、実技試験の結果が出てAだったぞ」
「Aですか、シロウならAAまで行けると思ってましたが」
お弁当を食べながら、お兄ちゃんとセイバーさんは話を続ける。
「ああ、正確に言えばAランクプラスって感じらしい。
実際、惜しい処までいったんだけどな、俺の剣の使い方がまだ、防御とカウンター重視だからか、攻めに回った時に粗が出てしまうらしいって教官に言われた。
それに防御やカウンターの筋は良いから、その粗さえ如何にか出来れば、AAの評価にもなれるってさ。
(アーチャーの技が使いこなせていれば、もっと上の評価だったと思うけど、今の俺ではこんな所か……)」
「そう?桜から聞いた話だと、シロウが弓を使えばAA位簡単に取れそうなものだけど?」
箸が使いにくいのか、スプーンとフォークを使いお弁当を食べてるお姉ちゃん。
でも、お姉ちゃんの言う通り、守護者エミヤは弓は得意だった筈だし。お兄ちゃんも上手な筈なんだけど?
「いや、俺の弓は邪道だからな、それだと真面目にやってる弓兵科の人達に悪いだろ」
「そうかしら?」
「そうなんだ」
私も良く解らないけど、お姉ちゃんもよく解らないらしい。
でも、お兄ちゃん自身がそう言うのだからそうなのだろう。
この後、話は学園での生活に変わり、私達の方で変わった事といえば、よく解らないけど、セイバーさんの義妹になりたがる人達が大勢いる事くらいだった。
お兄ちゃんの方は、一緒の部屋のデビットさんって人が、自然魔術師(ドルイド)科らしいけど、部屋では一番長く居て、色々と助けて貰ってる事や。
新しく入った二人、商業科のロバートさんや、治療士(ヒーラー)のマイケルさんって人達なのだけど、その方達とも上手く行っているらしい。
そういえば、私達の部屋にも十分余裕はあるけど、お姉ちゃんが張った結界の影響なのか余程の用がなければ誰も近づこうとはしない。
まあ、迂闊に扉を開けるとすると、より強力な人払いの魔術が働いて、何もせずに引き返す事になるから、まだ誰も私達の部屋には来た事がないのだけど……
食事も終わり、ゴミとなった空の容器をまとめ太陽に転移させ片付ける。
「そうだ、昨日セルに貰った幻影石があったんだ」
「セルって誰?」
聞いた事がある様な無い様な……
「セルビウム・ボルトっていう名前だけど結構面白い奴だぞ。
後、ボルトって言われるよりセルって言われる方が本人は好きならしい。
(この前、助けたお礼として貰った石だけど十万はする石らしく渋っていたな。
アヴァターの十万って、どれ程の価値なのかまだ解らないけど、セルも救世主候補のファンなのは解った。
救世主候補の情報として欲しかっただけなのに悪い事したから、皆と見終わったらセルに返す事にするか)」
「セルビウム・ボルト、確か色々と問題がある生徒だったと聞きましたが」
眉を顰めるセイバーさん。
「そうね……私も寮長から要注意人物って聞いた事あるわ」
お姉ちゃんの言葉で、寮長のトロープさんに挨拶しに行った時の注意事項や、部屋が近くのお姉さん達から聞いた事を思い出した。
確か覗きや盗撮の常習犯、あとこの学園にはブラックパビヨンて名の泥棒さんが居るけれども、もしかしたらその人によっても下着が盗まれているかもしれないって囁かれている。
何ていうのか、私達の居た世界では両方共犯罪者だよね………ここ王立の学園なのに、何故捕まらないのだろう、ソレくらいじゃ罪にならない世界なのかな?
でも、何でお風呂を見たがるのだろう?
遠慮してるのかな、セルさんも一緒に入れば良いのに。
いや、もしかしたら、救世主候補者の人達が危なく無い様に傍に居て見守っているとか、何か別の目的があるのかも知れない。
「そうだな、セルの奴色々と覗きとかやってるらしいから俺も気が付いたら注意しておく―――と、これだ」
ん~、と私が考えに耽っていたら、お兄ちゃんはポケットから小さな石を取り出し映し出した。
現れたのは、何故か寮のお風呂の場の映像と、性能が良いのか媒体が石なのに雑談の様な声も聞える。
「………なんでさ。
(てっきり、学園から出している救世主候補のプロモーション映像かと思ってたけど―――なんで入浴の映像なんだよ!?)」
何処か唖然として映像を見ているお兄ちゃん。
寮長のトロープさんが体を洗っていて、湯船では赤い髪の人を中心にして他の人達が集まり何か話をしていた。
ん~、これって、アヴァターでの正しいお風呂の入り方とかなのかな?
「………シロウは如何やら、少々気が弛んでいるようだ」
「ふぅ……」と深く溜息をつくセイバーさん。
「ランクもAだった事ですし。
剣の師としては、今日は十分に時間はありますので私が存分に稽古の相手をしながら………その弛んだ精神を引き締めてあげましょう」
「―――セ、セイバー?」
映像を停め、お兄ちゃんは恐る恐るセイバーさんに視線を向ける。
「あの辺なら丁度良いでしょう。
ええ、アーチャーは兎も角、シロウが私やアサシン以外の誰かに師事した結果、というものも知りたいですしね」
前髪で視線が見えない様、少し俯き加減なセイバーさんはお兄ちゃんの手を掴み離れて行ってしまった。
「え~と、今の何?」
よく解らないので、お姉ちゃんに聞いてみた。
「さあ?
解るのは、話し合いはこれで終わりって事くらいね」
言いながら立ち上がり。
「私は図書館で調べ物をするけど、アリシアは如何するの?
(もっとも、王立とはいえ学園の図書館なんかじゃ、書の精霊についての伝承とかが有ればいい方でしょうけど)」
「私はポチと遊んでるよ」
この前、散歩してたら地下で変なモノを見つけたって言っていたし。
「そう、ならお昼になったらまた会いましょう」
イリヤお姉ちゃんは、張っていた結界を解いて図書館に歩いて行く、私も敷いていたシートを畳んで片付け。
「じゃあ、ポチが見付けたっていう変なモノへ案内して」
ディアブロから魔力を貰って、ご機嫌らしくクルクルと回りながら、「解った」って答えると、ポチは私を包み込む様にして、土を纏い、身体を構成すると地面へと潜って行く。
高速で移動するエレベーターに乗る感覚で、下降しながら幾度か横に移動し、ポチが構成していた身体を解くとそこは神殿みたいな場所だった。
「―――いや、神殿っていうより、廃墟みたいだから遺跡だね」
やや離れた場所には、ゴーレムらしい残骸が見て取れる。
ゴーレムとは、根の世界アヴァターでは重機に近い扱いかな。
特殊な素材やら、専門の魔法技術やらが必要な為、市場では高価らしいけど強い力に、素材にもよるけど高い耐久性もあって、人では何人も必要な重労働を一体でこなしたり、重い荷物等の揚げ降ろし等にも使われているそう。
でも、ここに居たゴーレムは、この遺跡を守護していたと推測出来るから、恐らく戦争で使われる様な戦闘に特化した型だと思う。
そんなゴーレムに行き成り襲われたんだとしたら、さぞやポチも驚いたと思から壊してしまっても無理はない。
「ん~、それにここ、何か色々な想いが集まって形を持ち始めている感じかな」
腕を引っ張るポチが、「アレ」って示す先には肋骨の様な凸凹が胸の部分に浮き出た鎧が鎮座している。
その鎧は周りの想いよりも、なお一層強い想いで包まれまるで『魂』が宿っている感じだった。
「ポチが変って言うだけあって、あの鎧はもう生物に近い感じだね」
鎮座している鎧の近くに行くと。
「召還器……救世主………我を求めよ」
既に意思は持っているらしく鎧が語り掛けて来た。
「我を…求めよ……救世主……」
意思を持つ鎧は動き出し。
「無限の力を手に入れ、真の救世主たれ……」
召還器は持ってないけど良いのかな、と思っていると鎧の方はそれでも良いらしく近づいて来る。
「我…を……もとめよ………」とか「救世主よ……」とか「世界を決めるものよ……」そう言われてもね。
私のデバイス、ディアブロやイリヤお姉ちゃんのキリツグは、召還器と同じく根源からの力の供給が可能だけど。
「一人嘆きの野を行く者よ……」
ん~、困ったな私は、管理者だから救世主にはなれないのに……
こんな事だったら、お姉ちゃんを連れて来れば良かったよ。
「汝が…真に救世主たらんとするならば……それをなすべき力を手に入れよ」
意思を持つ鎧には、私の事情なんか解らないだろうから、遠慮なく近づいてきて私の前に立ちはだかる。
「我…汝に……無類の……力と知恵を授けん……」
如何しても使って欲しいのか、意思を持つ鎧は必死に自己アピールをして来る。
まるで、聖杯戦争が終わって数日後に現れた勧誘の人、新聞を取って欲しいって言いながら、取ってくれるまで離れないって感じで、長い時間居座るくらいの執拗さが窺われるよ。
でも、この子もきっとこの遺跡で使われるのをずっと待っていたに違い無い。
道具は使われてこそその意味を持つから、自身の存在理由が掛かっている以上しつこいのはしょうがないか……
「そうだね、君もずっとここで使ってくれる相手を待っていたんだろうから良いよ。
救世主じゃ無いけど、私で良ければ使わせて貰うね。
大丈夫、救世主になる存在が現れたら君を使ってくれる様に頼むか―――っ!」
今期の救世主になれる相手が、お姉ちゃんやセイバーさんだとしても、よく解らないモノに乗せるのは如何かなとも思うから。
そう思い話していたのだけど、意思を持つ鎧はせっかちさんなのか、最後まで聞かず私を内に取り込んだ。
「―――よっぽど、使って欲しかったんだね」
それにしてはこの鎧、何か動きにくい、いや、そもそもこの鎧ってどうやって動かすのだろう?
「え~と、何処か説明書かマニュアルは無いのかな?」
探そうとしても、拘束されているのか身体が動かない……
もしかして―――この子、不良品?
それとも、永い間此処に居たから整備不良って事なのかな?
「ん?」
何か私に意思を伝えようとしているのが解る。
そうなんだ、この子の操縦方法はこうやって覚えるのか。
如何やら脳波か思考のトレース方式らしく、どんな感じなのかなと、つなげてみると何か怒りと憎しみの様な感情が伝わって来た。
「……え~と、やっぱこの子壊れてる?」
一応、そこそこの情報は在るけど……肝心の操縦方法とか鎧の性能に装備とかの情報が伝わって来ない、何んだろう嬉しくて纏められないのかな?
色々な感情が入り混じり、読み取れなくなる程のドロドロになった想いと一緒に、それらの情報は入って来る。
でも、これじゃ操縦するのも大変だよ……何処かで分解して修理・点検して貰わないと駄目なのかもしれない。
そう思ってたら―――
『コノ世界モ…マタ…不完全…』
って、何故か座に居る筈の影が私に話し掛けて来たよ。
珍しい、臨機応変に対応出来るように自律型にしているとはいっても、報告などの必要以外には連絡はして来ない筈なのにな?
「―――で、不完全だから如何したの?」
そもそも完全な世界なんて、それ以上の変化が無いからつまらないだけなのに、何故今になって言って来るのだろう?
「世界も命も、揺らぎのある不完全だからこそ良いんだよ。
不完全だからこそ、変化があり成長もするし進化もあるのだから」
時には退化もしちゃうけどね。
『―――!?』
「君は何故、そこで世界を管理しているのか―――そんな事も忘れてしまったの、かな?」
自分から話し掛けて来たのに、影は驚いてた。
「……もう、しょうがないな。
君にも見せてあげる、不完全である事の意味」
こんな大切な事を忘れちゃうなんて、困った子だねと思いつつ、細心の注意しながら私は自分の力を僅かに引き出して行く。
「立ち止まる事なく、常に成長し、変化し続ける―――その先にある進化の理を」
『コノ…コトワリ!?
バカ…ナ…アリエナ…イ…ナゼ、スデニ…ウシナワレタハズノ……チカラヲ…ツカエ…ル』
私の中から白銀に光り輝き、鎧ごと私の色に染め進化させる。
困った子だよ、確かに私の使った進化の理はその急激な変異から遥か昔に無くしたモノだよ。
でも、進化に至る道のりが長く掛かるようになっただけで、決して失われてなんかいないのに……
そう思うものの、存在を急激に変化させる進化の理を受け、この鎧に纏わり付いた想いは如何進化する―――
「え~と………あれ?」
この鎧に憑いていた想いは、進化の力に耐えられないのか霧散してしまっていた。
「ん~、進化できるまで力が足りなかったのかな?」
もしくは、様々な想いが混ざり合ってはいたものの、一つには纏まってなくて互いに反発した結果、崩壊してしまったのかもしれない。
影に手本を見せようとしてたのに仕方が無い。
既に意思を失ってしまった鎧を解析し、鎧の特性を把握すると、それに合わせ進化の理の力を組み込み染めていく。
そうはいっても、進化をもたらす力で構成する素材をより細かくして、更に強度を上げる事で強靭にし、他にも動力部らしきモノの出力を上げたりしてみた。
私が創造すれば、空を飛ぶ事も簡単に出来るだろうけど、それじゃ意味が無いし、これくらいが今の限度かな。
後は、まともに操縦出来る様に思考トレース方式の制御を調整する、うん、これでこの鎧は誰でも動かす事が出来る筈だよ。
「如何、これが進化の―――って、あれ~?」
影に聞かせようとしたら、影が連絡して来たラインが切れていた。
影が如何してるか視てみると、進化の力をライン越しに受け神の座でのた打ち回っている。
「ん~、如何やら変化をもたらす力は、進化しない完全な存在相手には毒になるのかな?」
でも、影は私が居る以上は滅びないから大丈夫。
それに、学校の先生が言ってたんだ、失敗は成功の母だって、だから学校で解らない事は先生に聞けって―――そうだね、これで私もまた一つ学べたよ。
「さてと」
一通り、鎧の動きを確認した後、「此処に置いといても、誰も来ないみたいだし駄目だよね」と倉庫として使っている世界へと転移させた。
地面に私が降り立つと、進化の力に驚いて避難してたのか地面からポチが現れる。
「終わったよ、ポチ。
如何もあの鎧は何処か壊れてたみたい、初めは全然動かなかったし」
「あの変なのは?」と聞いてきたので。
「ポチが変に感じてたのは、色々な想いが積み重ねられ、それが混ざり合ったてたからだと思うよ」
何故か神の座に居る筈の影から連絡があったけど、それはこの事と関係は無いと思う。
「それにしても、この先は如何なってるのかな?」
遺跡から続く道の先を見渡す。
ポチが言うには「上に行けば出口がある」って事らしい。
「そうなんだ、なら、まだお昼まで時間はあるし行ってみよう」
ポチに「おいで」と言いい抱き上げ、飛行魔術を使い出口へと行く事にした。
途中、何か結界らしきモノがあった様だけど、気にせず先に飛んで行くと。
「返セェェェ~~~」とか「オレノ…体ヲ返セェェェ~~」とか「アタシノ…カラダヲカエシテェェェェ……」とか言いっている魂だけの存在達と出くわす。
魂だけの存在となってまで、ここに居たがるなんて余程ここの場所に執着があったんだね。
「でも、未練や執着でしかここに留まれない状態じゃ、魂の無駄遣いだよ」
魂も大切な資源。
資源は大切に使わないと、そう思いながら、もしかしたら他にも居るのかもと気になって視ると。
「カラダァ……」とか「体ァ……」とか「温カイ…体ヲヨコセェ……」とか言いながら彷徨っている魂達が大勢いた。
「もう、駄目だよ。
こんな場所に留まってちゃ、君達はもっと先に行けるんだから進まないと」
地下道全体に、私の存在を示す白銀の輝きが放たれ、確認出来た魂達を輪廻の輪の中へと誘う。
ここから開放された魂達が居なくなると同時に、ここに満ちていた想いの力も消えていた。
まるで結界みたいだね。
今の事が解らないのか「今のは?」と胸に抱いていたポチが尋ねて来る。
「ん、如何やら、ここは想いが強すぎて、死んだ後も魂達が出れなくなってしまっていたんだね、だから輪廻の輪に入れてあげて先に進める様にしたんだよ」
「………」と理解出来ないポチに。
「ポチ、マスターは言峰神父が神とすら言っている方です。
我々には理解が及ばない霊的な方面にも、マスターならば理解があるのでしょう」
ディアブロの助言で、「そうなのか」と理解出来てるのかよく解らない感じで納得していた。
更に先へと進んで行くと、今度は羽の生えた人に近い子達が居て、縄張りに入ってきた私を追い出したいのか、しきりに物を投げてくる。
「ここも、色々な子達が居るんだね」
ディアブロが空間歪曲場を展開し、投げてくる物を防ぐなか観察する。
どうやら永い間、人が入らなかったらしく独自の生態系が出来ているらしい。
「別に殺す事も無いか、入って来たのは私の方だし」
キャスターさんが結婚してから、等価交換という名目で教えてくれた魔術の一つ、眠りの魔術を使う。
キャスターさんが言うには、この眠りの魔術は竜種ですら眠らしてしまう程強力らしく、効果はてきめんで羽の生えた子達は次々と倒れ眠ってしまった。
「じゃあ、先に行こうか」
途中、伏せていたのか、埋まっていたのか解らないけど、地面からゴーレムが起き上がる様にして現れる。
またポチが驚くと思い、とりあえず数個のフォトンランサーを放ってゴーレムを構成している術式を壊し動かなくして先を進んむ。
「もうすぐだぞ」ってポチが言って来るので、出口は近いらしい。
でも―――
「―――何の音、声かな?」
何だろう、誰かがすすり泣く様な声が聞えて来る。
声の方へと向うと墓地らしき所で、頭にウサギの耳の様なリボンをつけたお姉さんが大きな声で泣きながら座っていた。
「お姉さん、どうして泣いてるの?」
そう言いった後、自分の迂闊さを理解する。
だって、お墓の前で泣いてるのだから理由は一つしか無いもの。
お姉さんにとって、大切な誰かが亡くなったんだね。
「皆、皆が居なくなったですの。
ひーちゃん達と遊んでいたら、何かピカって光って皆が消えちゃったですの~」
「ほえ?」
ん~、光ってて、もしかして先程私が輪廻の輪に誘った子達の事かな?
想いが強すぎて、幽霊とか骨になってまでこの場所を彷徨っていた子が多かったから。
そういえば、先程視た時、強い想いの欠片だけを魂に刻んで、目的を果たす事無く、ただ彷徨う魂である人魂や、その人魂と同じく魂を骨に宿させた筈の子達とこのお姉さんが―――気のせいかな、お姉さんの頭をボールの様に投げ合って遊んでいた様な気がした。
「お姉さん、消えた子達は、今までこの場所に縛られていただけなんだよ。
あの子達は、ようやくこの場所から開放されて次に進む事が出来るようになったのだから悲しまないで、あの子達の旅立ちを祝福してあげてよ」
「でも、一人は嫌ですの~」
更に泣き出してしまうお姉さん。
元居た世界の学校でも、仲良くなろうとして殴ったら、突然泣き出され困ってしまったのを思い出した。
このお姉さんも、泣かないでって、想いを込めて殴っても駄目だろうし、あう、如何したら泣き止む―――あ、そうか。
「なら、私がお姉さんのお友達になるから、こんな場所に居ないで外に行こう」
学校の先生が言ってたんだ、お友達は殴っちゃいけないって。
解り合う為に殴り合う事が出来ないなら、反対に殴らないでお友達になれば良いんだよ。
「お友達になってくれるですの?」
「うん」
「きゃい~ん、嬉しいですの」とお姉さんは泣き止み。
「一緒に外に行くですの~」
立ち上がり私を見つめる。
「うん。そう、お外だよ。
今日は晴れてるから、空も青々として奇麗だし洗濯にも良い日和だよ」
それ以前にこのお姉さん、人ではなさそうだけど、入って来たのなら出れば良いだけなのに……何でここに居るのだろう?
お兄ちゃんにとっての土蔵と同じく、お姉さんはこの場所が落ち着くのかな?
まあ、好みは人それぞれだし、詮索はしないくてもいいか。
―――ああ、そうだ、そんな事より、肝心な事を忘れていたよ。
「まだ名乗って無かったね、私はアリシア・T・衛宮。
でも、アリシアで良いよ、お姉さんの名前は?」
通信教育っていえばいいのかな、ランサーさんの座を読み取って、槍とか私の解らない処とか学習してるから、名誉や誇りの事もあるし、お互いに名前を知る事への重要性も理解しているつもりだよ。
でも、お姉さんは「名前…?」と呟くと「え~と…ん~っとぉ…」って考え出し。
「確か私って、生きていた時の記憶がないんですの~」
ニッコリと微笑み。
「だから、名前も覚えていないんですの、てへ」
って、言って来たよ。
ん~、記憶が無いって事は、裏返せば以前は有ったって事だよね。
「なら、お姉さんの住んでる所に案内してよ。
多分、そこに行けば何かしらの手掛りは掴めると思うんだ」
お姉さんのお友達を、私が浄化しちゃったし、その精神的なショックで記憶が無くなったとしたら、それは私の責任だよ。
なら、記憶が戻るまでお手伝するのが筋というもの。
それに、よく藤姉さんが見てる、テレビのドラマでも、犯行現場で証拠を捜して犯人とか捕らえているし、お姉さんの住んでる所へ行けば、死体が有って、ダイイングだかダイニングだかのメッセージとかでお姉さんの名前も判るかも知れない。
でも、「ここがが私のベッドですの」って案内された所は何故か近くにある半開きの石棺。
「………え~と」
「気がついたら、ここで寝てましたの」
よく迂闊な事をすると、墓穴を掘るって言われるけれど、棺桶に住んでいる場合は如何いう意味なのだろう?
などと考えながら石棺へを覗き込み、手掛かりになりそうなモノが無いか探してみる。
残念な事に、石棺に在るのはボロボロになった塵の様な物ばかり、ダイイングだがダイビングだがのメッセージを残してくれそうな死体は無いみたい。
「……えと、他に何か手掛りがあるかな」
「ここにいると、なにかとても落ち着きますの。だから、ここがお家ですの……」
とりあえず半開きの石棺の蓋をずらして、二人で中に入ってみる。
人一人なら十分余裕があるこの石棺、でも二人ではとても狭い。
それに、ここ以外にも手掛りが在って見落とすのはお姉さんが可哀想だからね。
「ポチ、この辺りに、お姉さんの手掛りになる様な物が在るかもしれないから、一緒に捜してくれる」
胸に抱いていたポチを石棺の外へと下ろすと、ポチも「解った、捜してみる」と答えてくれ、地面へと潜って行った。
「あの丸いのは何ですの?」
地面に潜って行ったポチを、不思議そうな表情で見ていたお姉さん。
「あの子は私の子供で、名はポチ、見ての通り地面に潜れるんだよ。
もしかしたら、捜し物が埋まっているかもしれないから捜しに行ってもらたんだ」
「ふぇぇ、凄いですの、アリシアちゃんはお母さんなんですの」
「ふふん、そうだよ。
私はもうお母さんなんだから、凄いでしょう」
両手を上げながら、私とポチの事を褒めてくれるお姉さん、記憶が無いけどこのお姉さんは、きっといい人なんだなと思った。
「凄いです、凄いです~」
「そう、凄いんだよ。この前だって、庭に来ていた猫さんを追い払ったんだもん」
「ネコさんですの?」
キョトンとするお姉さん、記憶が無いからか、それともアヴァターに猫さんが居ないのか解らないけど。
如何やら、お姉さんは猫さんが如何に狡猾で、かつ危険な種族なのか知らないようだね。
「猫さんは凄~く意地悪な子なんだよ、耳元で急に大声で鳴いたり。
前も、触ろうとしたらね、猫さんも前脚を上げてきたから大丈夫だと思って手を近づけたら、急に爪で引掻かれたりしたんだ。
友好的な態度で私を騙して、警戒を与えない様にした処で、隙をついてくるんだ、猫さんはとっても意地悪なんだよ!」
その後は、ポチが如何にして獰猛な猫さん達を追い払ったなどの武勇の数々を話り。
気が付けばお昼の時間近くにまで迫っていて、時間も余り無いのに気付いた私は、名前のないお姉ちゃんと一緒に石棺の中を調べ塵の中から首飾り、ロザリオと呼ばれる装飾品を見つけた。
「これは?」
「知らないですの。そんなの気が付かなかったですの、けど―――」
何か思い出す様な、ぼうっとした感じで。
「見ていると、なんだか、懐かしい気持ちになってきますの……」
ロザリオからも、何か意思が在るのか「私をあの子に渡して」って意識が伝わって来る。
そうは言われても、変なモノをお姉ちゃんに渡す訳にはいかないので、中を視ると―――如何やら、このロザリオにお姉ちゃん、ううん、ルビナス・フローリアスさんって人の記憶が入っているらしい。
何故、記憶と身体が別々になっているのかは解らないけど、まあ、何かしらの実験か儀式で魂を身体に移す時に失敗したって感じなんだと思う。
イリヤお姉ちゃんから教わった魔術にも、そんな魂の移動する魔術があったし、魔術の失敗で、魂が分かれてしまったって事は十分考えられるからね。
「お姉さん、見つかったから戻すね」
「きゃい~ん、ですの~」
見付って嬉しいのか、両手を上げて喜ぶお姉さん。
まだ、記憶がないので名前で言っても解らないから、単純にお姉さんで良いと思う。
見たところ、受入れ準備は良さそうだから早速魂と記憶を同化させてみた。
「如何かな、記憶は戻ったかな?」
「え~と……あら、そんな事が……そうなの」
お姉さんはとか呟いた後、私を見詰め。
「目覚めさせてくれてありがとう、アリシアちゃん。
(でも、碌に準備も無しで、魂と記憶の同調を一瞬で行えるなんて、凄いなんてレベルじゃないわよこの子。
それとも、私が分かれている間に外ではソレが普通に出来る様になっているのかしら?)」
「アリシアで良いよ」
記憶が戻った事で、何かお姉さんの表情や雰囲気が変わり、何処かセイバーさんに似た感じがした。
「そう、ならアリシア。
改めて名乗るわ、私はルビナス・フローリアスよ宜しくね」