アーチャーの語っていた事は夢で見ていた、その後に訪れる絶望も含めて。
自らの手で滅びようとする人間の業を目の当たりし、それをゴミのように焼き払う、ヤツが辿り着いたのは誰かを救うのではなく、救われなかった人々の存在を無かった事にするだけの守護者。
何度も何度も、一人でも救いたかった筈の男は理想とは反対に、ただ人々を殺すだけの存在となった。
結局―――ただの一度も、この英雄になった男はそれを叶える事が無かった。
その果てに憎んだ―――奪い合いを繰り返す人間を、それを尊いと思っていたかつての自分そのものを。
「その答えが自分殺しなのか」
「そうだ。
よく気付いたな小僧、その機会だけを待ち続けた……果てしなくゼロに近い確率だ。
だがそれに賭けた、そう思わなければ自身を容認出来なかった。
ただその時だけを希望にして、オレは守護者などというモノを続けてきた」
「……アーチャー」
俺とアーチャーの話を聞いていた遠坂から嘆息の声が漏れる。
遠坂も解るのだろう、一度、守護者に成ったなのなら例え俺を殺したところで自身の消滅は無い事を。
「英雄になる前の衛宮士郎を殺す。
過去の改竄だけでは通じないだろうが、それが自身の手によるモノならば矛盾は大きくなる。
歪みが大きければ、或いは―――ここで、エミヤという英雄は消滅する。
それに、オレはこの時だけを待って守護者を続けてきたのだ。
いまさら結果など求めなてない。
―――これはただの八つ当たりだ。
くだらぬ理想の果てに道化となり果てる、衛宮士郎という小僧へのな」
そうして、アーチャーは俺の前に降り立った。
「―――そうか。それじゃあ、俺たちは別人だ」
「なに」
アリシアに言われるまで気が付かなかった一の重さ。
その根底となる概念が違う以上、アーチャーと俺が同じな筈が無い。
それに―――
「俺は後悔なんてしないぞ。
どんな事になったって後悔だけはしない。
だから―――絶対に、お前の事も認めない。
お前が俺の理想だっていうんなら、そんな間違った理想は俺自身の手でたたき出す」
いつだって自分で選択し行動して来た、親父から魔術をならったのだって俺が親父に憧れ望んだからだ。
そうやって生きてきた。
それを正しいと信じてここまできた。
ヤツの言う通り、それはやせ我慢の連続で酷く歪だったろう。
得てきた物より、落とした物の方が多い時間だった。
だからこそ。
その、落としてきた物の為にも衛宮士郎は退けない。
いや、その前に残骸に成り下がったヤツ相手に退いてはならない。
前に足を動かし踏み込み、二十七ある回路には既に設計図を描き始める。
「……その考えがそもそもの元凶なのだ。
おまえもいずれ、オレに追いつく時が来る」
「来ない。そんなもん絶対に来るもんか」
「ほう。それはつまり、その前にここでオレに殺されるという事か」
更に歩を進め踏み込む。
鞄は床に置く、お互いに武器はない、俺とヤツは徒手空拳のまま対峙する。
衛宮士郎は剣士じゃない、俺たちは共に剣を造り出すモノ。
ならば―――
「解っているようだな。
オレと戦うという事は、剣製を競い合うという事だと」
刹那、ヤツの両手に双剣が握られる。
……あの夜。
ランサーに殺されそうになった時に、内から響いた声で投影出来る様になった双剣。
あの声が何だったのかは解らないし、何故その時に目の前のコイツの言葉が過ぎったのかも見当はついていない。
だが、あの双剣は伝説に残る名工が、その妻を代償にして作り上げた希代の名剣。
そして、目の前にいる男が生涯愛剣として使っていた剣だ。
「―――投影、開始」
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし、
ここに、幻想を結び剣となす。
……ソレのなんて不出来な事か。
比べれば、完璧と思っていた俺の双剣はヤツの物に比べ大分曖昧だ。
劣った空想は、その時点で妄想に成り下がる。
恐らく。
あの双剣と数合も打ち合えば、俺の双剣は無惨に砕け散るだろう。
「オレの剣製に付いてこれるか。
僅かでも精度を落とせば、それがおまえの死に際になろう……!」
三階の廊下で対峙した剣が奔る。
一対の武装、四つの刃は、磁力で引き合ったように重なり、弾け合った。
「っ―――!」
人間とサーヴァントの違いが此処で現れる。
如何に全身を強化しようと、俺とヤツの一閃は余りにも重さが違い過ぎた。
剣戟が交差する度、衝突を重ねる度に刃は欠け、ヤツの剣に幾度か打ち合う度にガラスの様に壊れていく。
「―――おまえとオレの干将、莫耶が同等とでも思ったか?
お前はまだ基本骨子の想定が甘い。
いかにイメージ通りの外見、材質を保とうが、構造に理が無ければ崩れるのは当然だ。
イメージといえど、筋が通っていなければ瓦解する」
壊れる度、即座に回路に待機させていた干将・莫耶を投影するが、回路の負担以上に衝撃が伝わり、俺の体は内と外の両方から壊れていく。
もう何人ものサーヴァントが戦っていた所を見ているが―――実際戦えばこうも人間とは違うモノなのか!
力、速さ―――それらも人間とは桁が違うが、一番の違いは反応速度だ。
同じ剣閃なのに、此方が一回行動する間にヤツの剣は三回、四回と振るわれる。
反撃の機会が無い防戦するだけで精一杯だ。
故意に隙を作り、両手の双剣で弾き、足を使い間合いを調整し、身をひねり避けるも無傷とはいかない。
当たり前だ、ヤツとの繋がりから剣技を模倣しその複製技術さえ手に入れた。
それが自分に馴染むのは当たり前だ。
ヤツの技術は、長い年月の末に得た、『衛宮士郎にとって最適の戦闘方法』に他ならない。
ならばヤツはそれを考慮して剣を振るうのは当然だろう。
―――でも、負けてなどやるものか。
「―――貴様に、勝算など一分たりともなかったという事だ!。
(……俺の記憶を見せようとしたが、効果はなしか。
思いの外やる―――だが何故だ、衛宮士郎の回路は既に至っている。
何故この衛宮士郎はこの時点でこれだけの実力を持っている!
よもや既に世界と契約しているとでも言うのか!?
くっ、ランサーの時の様に時間をかければポチとかいう精霊が来るかもしれん。
この機会を失う訳には!
ちっ、つまらんが此処は一気に仕留める!!)」
互いの剣が十数回も激突した頃、ヤツの動きに変化が現れた。
全身を振り子の様に回転させるかのようにして、力を溜めていたのだろう数合打ち合った後の一撃が、止めた筈の剣ごと俺を浮かせ、もう片方の剣が仕留めに来た。
受け止めはしたものの、先程の一撃同様衝撃は凄まじい、宙を舞う俺に逃さんとばかりに双剣を投げつけるヤツに合わせ俺も同じく投擲する。
干将と莫耶は互いに引き合う、体勢が悪く外れたとしても軌道が変わるのは間違いない。
互いの双剣は引かれ合い弾かれ。
―――拙い、今のは失策だ。
思考は十手先まで澄み渡り、今の行動がヤツ相手には失敗だった事を理解した。
「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)」
着地と同時に干将・莫耶を投影し、更にヤツが投擲してくる双剣を弾いた。
俺の後ろでは廊下の壁を切裂きながら三対の双剣が舞っている。
―――拙い!
「っ、投影解除!」
舞っていた双剣の一対が消えるが。
「―――心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)」
背後から飛翔した双剣、干将、莫耶を弾く。
予想した通りヤツは俺の双剣すら利用して必殺の一撃を出してきた。
「く、は―――」
干将・莫耶を投擲し軌道を変えようとするが、そんな事ヤツも十分承知している。
サーヴァントの持つ反則的なまでの速さを用いてヤツは双剣を振るい、受け止めはしたものの鍔迫り合いのような体勢なり俺の動きを封じた。
「―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)」
再び左右から飛来する双剣。
干将・莫耶は夫婦剣。
その性質は磁石のように互いを引き寄せる。
つまり宙を舞う二対の干将・莫耶は俺とアーチャーが同じ双剣を手にする限り自動的に戻ってくる!
「っぁ、がぁ!」
衝撃と共に肩と背中に熱いモノが刺さる。
「―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)、終わりだ衛宮士郎」
言葉と同時にヤツの手にする干将・莫耶の形状が変化する。
大剣とでも言ってもいい大きさへと変わり。
狭い廊下だからだろう、一度弾いた双剣が舞い戻り突き刺る、二度の衝撃と共に焼きごてでも当てられたかの様な熱さと痛みが駆け巡り。
「がっは」
「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんいだかず)」
激痛で動きの止まった無防備な一瞬を左右から両断された。
「が、ぐ…ぁ」
―――筈だった。
今の痛みは本物だった。
今の秒にも満たない攻防で俺は死んだ筈だった。
「――馬鹿な、手応えは確かだった」
なのに制服は斬られた跡があるにも関わらず、その下にある俺の体には傷一つ無い。
それに、気が付けば肩と背中に刺さっていた筈の二対の干将と莫耶が抜け足元に落ちている。
「鞘の加護が―――いや、あれですらこれ程の効果は無い筈。
衛宮士郎―――貴様、一体何をした?」
「そんな事知るか、俺の方が聞きたいくらいだ」
「ちぃ、ならば死ぬまで殺すだけだ」
僅かな間を置き剣戟は再開された。
正面から打ち砕く様な先程の動きとは違い、フェイントによる虚実入り混じった剣戟は俺とヤツの技量の差を明確に現し俺を確実に切り刻んでいる。
ヤツの右の剣を弾こうとするが、振りが途中で突きへと変わり咄嗟に避け―――
「―――くっ」
……なんて間抜け、瞬間だとしても戦闘中に気を失ってた。
「―――むっ!?
(馬鹿な、今の左の一撃は確実に首を刎ねていた!
それが……斬った瞬間の間に再生しただと!?)」
何か思うところがあったのか、ヤツは今まで執拗なまでの連撃を止め間合いを離した。
「は―――あ、はあ、はあ」
両肩で息をして、ヤツの一挙一動に集中する。
「―――成る程、人を止めた衛宮士郎もいるという事か。
確かにソレなら先程の言葉も事実と言える。
だが、如何いう過程で人を捨てたかは知らないが―――やはり、お前は俺が殺すべき衛宮士郎だ。
衛宮切嗣が残した借り物の理想に憧れ。
自身の裡から、表れた物でないとしても。
それが、衛宮士郎にとっては唯一つの感情だから、逆らう事も否定する事もできない。
偽物の理想、正義の味方等と言う下らぬ理想に囚われながら。
その実その想いは決して自ら生み出したものではない。
そんな男が他人の助けになるなどと、思い上がりも甚だしい!」
ヤツはバーサーカーが持っていた斧剣を投影し、罵倒をこめた斧剣はバーサーカーに匹敵する程の勢いで繰り出される。
双剣で受けた俺の全身は凄まじい衝撃を受け床に叩きつけられ、双剣は砕け―――双剣を剣を握っていた両手は受けた衝撃で砕けた筈にも関わらず何も無かったかの様に動いた。
俺の体が何故無事なのかなんて疑問は後だ、今は目の前にいる馬鹿野郎を一発殴らないと気が済まない。
―――知っているんだ。
「そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた」
斧剣に対抗するには、同じ斧剣でなければ対抗できない、投影した俺の斧剣とヤツの斧剣が衝突を繰り返し俺の斧剣だけが欠けてゆく。
「故に、自身からこぼれおちた気持ちなどない。
これを偽善と言わずなんという!」
柳洞寺でセイバーがアリシアに語った問答。
俺でも桜や藤ねえを犠牲になんか出来やしないだろう。
アリシアが俺に言った質問。
本人にしては何気ないものだったのかもしれない。
でも、それは俺には起源にすら影響を及ぼしたのかもしれない。
加えて毎晩の様に見たヤツの夢。
俺の理想となった英雄の嘆きと絶望。
―――もう知っているんだ!
「この身は誰かの為にならなければならないと強迫観念につき動かされてきた。
それが苦痛だと思う事も、破綻していると気づく間もなく、ただ走り続けた!」
ヤツの斧剣が打ち付けられる度、ヤツの悲痛と慟哭が心に打ち付けられる。
「だが所詮は偽物だ。
そんな偽善では何も救えない。
否、もとより、何を救うべきなのかも定まらない―――!」
弾き飛ばされる。
バーサーカーもかくやという一撃は、たやすく衛宮士郎の体を弾き飛ばす。
全身が砕ける様な感覚、それをこらえ踏みとどまる。
「―――その理想は破綻している。
自身より他人が大切だという考え、誰もが幸福であってほしい願いなど、空想のおとぎ話だ。
そんな夢を抱いてしか生きられぬのであらば、抱いたまま溺死しろ――――!!
(―――投影、装填(トリガー・オフ。)。全工程投影完了(セット)―――!!)」
何かを狙うかのよう―――いや、ヤツは狙っているのだろう狙いを定め。
「―――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)」
振り下ろされた斧剣は、信じられない程の速さ―――神速を以て振るわれた。
「……けんな」
再び意識が無くなる瞬間、聞えた、生きる価値なし。
否、その人生に価値なし、とヤツは言い捨てた。
「ふざんけんな、この―――大馬鹿野郎!」
俺のはらわたが煮えくり返っていた。
痛みなんか知らない、ヤツが硬直してる間に踏み込み顔に拳で一撃を繰り出す。
「ち、化け物が!
(全身を細切れにしても瞬時に再生だと!?
二十七祖ですら此処までの再生力を持つ者は稀だぞ!!)」
俺が手にしていた斧剣は何時の間にか無くなっていた、だから、俺はアーチャーを両腕から繰り出した拳で殴り続ける。
―――それは、ありえない光景だったろう。
人とサーヴァントの決定的な能力差。
まして、武装したサーヴァント相手に武器を持ち抵抗するのではなく、ただ拳を握りしめ殴るだけなのだから。
「な――――に?
(なんだ―――この重さは!?)」
「お前は見ていなかったのか!
お前が生涯、助けた人を―――救われた人達を!」
あの言葉はヤツが口にはしてはいけない言葉だ。
何故なら―――その言葉は、ヤツが救ってきた人々の価値までもが無価値であると言っているから。
正義の味方がただの空想だとしても、俺が憧れた理想が親父の借り物だとしても!
でも、それだけは。
一の価値が無価値だ等と―――
救った九が無価値だ等と―――
それだけは言ってはいけなかったんだ!!
「貴様―――!」
斧剣を破棄し、再び双剣を手にしたヤツは一息のうちに上下左右に振るわれる。
それを、更に踏み込み、奴の顔に頭突きを当てる事で防ぐ。
「こいつ……!
(あり得ん!武器も持たずに殴るだけだと!!
―――だが、何なんだこの力は!?)」
狂った様に殴り続ける。
「……じゃない」
怒りと悲しみとが入り混じった心によって体も疲れるなんて忘れてしまったのか、俺の奥底から信じられない程の力が湧き上がって来る。
俺はこの男を否定しなくてはならない。
だが、それ以上に俺が憧れた男が!
尊いと、美しいと感じたその男の生涯が!
「……なんかじゃ、ない…!」
自分の事より他人が大切なんてのは偽善だと判っている。
―――それでも。
それでも、そう生きられたのなら、どんなにいいだろうと憧れた。
そんなヤツが、そう生きていたヤツが、こんな―――助けた相手、救った人々を見ない馬鹿なままでいい筈がない!!
「―――――。
(っ、馬鹿な力で負けているだと!?)」
「無駄なんかじゃない」
がむしゃらに両腕を振るい、ひたすら殴り続ける。
「無駄なんかじゃ無いんだ!」
「――――っ!?
(この光景…以前何処かの城で―――!?)」
「決して、無駄なんかじゃないんだから!」
全身の力を込めて拳を繰り出し。
「歯くいしばれ!アーチャー!!」
ヤツを殴り飛ばした。
「―――――。
(―――以前もこんなだったのだろうか。
俺は既に答えを得ていた筈だった……
間違えでは無かったと、理想を取り戻し胸を張れた筈だった……
だと言うのに、記録に埋れ忘れてしまっていたとはな………小僧に大馬鹿野郎と言われても否定は出来ん、か)」
英霊であるサーヴァントが人相手に殴り飛ばされるのに驚いているのか、ヤツは床に倒れたまま動かない。
それが何を意味するのか言わなくても判っている。
「お前は間違えたのは一つ、たった一つだけなんだ!
唯一つ、一の大切さを間違えちまったんだよ―――お前は!!」
見据えたままヤツが犯した間違いを指摘する。
ヤツは一度だけ目蓋を閉じ、
「―――認めよう、私の敗北だ」
床に倒れたまま、赤い騎士は何処か遠くを見つめる様に呟いた。
とある『海』の旅路 ~多重クロス~
Fate編 第16話
アーチャーが衛宮くんに殴り飛ばされ。
「―――認めよう、私の敗北だ」
自ら敗北を認めた赤い騎士を、私は三階と四階をつなぐ踊り場で呆然と見ている。
事の始まりは聖杯戦争中なのに何も考えず。
何時も通り学校に来ていた衛宮君を見てから怒りが湧き上がり、突付かずにはいられなかったのもあるだろう。
だから、放課後見つけた時には自分から殺して下さいと言ってきてる様にも見え。
このまま放っておけば、彼は何れ他のマスターに間違いなく殺されるだろう。
魔術師とはいえ、彼は聖杯戦争には向いていない、アーチャーに言われるまでも無く私は彼から令呪を奪おうと思っていた。
―――のだが、衛宮君の令呪は既に無く。
彼が言うには、聖杯戦争は真の目的が果たせなくなり破綻したと言う。
私の知らない所で聖杯戦争が終わりを向えてしまったなどと、初めは信じられる筈が無かったけど……彼が語る聖杯戦争の真の目的、協会が定めた三番目の魔法、魂そのものを生き物として物質化させる高次元の存在を作る業。
恐らくは不老不死となるだろう魔法に届かせる大儀礼だったのろう。
嘘とも言えなく無いけど、以前、衛宮君の記憶を視た限りでは第三魔法、天の杯(ヘブンズフィール)等という名称は無い。
また、彼はそういった事に慣れてなくこの行動が演技だとは思えない。
それに確か数日前の留守番電話に綺礼から『残念な事に凛、此度の聖杯戦争は破綻を迎えた。
生き残りのサーヴァントは、既にある所で住まわせるよう手配してある。
聖杯戦争の事後処理と、私個人の話もあるので後日で構わん教会まで来て欲しい』等と録音されていたからだ。
それを私は、何が目的なのか半数のサーヴァントとマスターが同盟を組んだ事で聖杯戦争が膠着状態となり、それを綺礼が破綻していると解釈したのだろうと判断していた。
なら、教会に行けば残りのマスターとサーヴァントで共闘し、衛宮君の邸を拠点としているチームと決戦をするのだろうと判断するのは容易い。
でも、それは飽く迄も最後の手段、だからこそ私は今まで保留としていた。
まあ、何か裏がある様に含めた言い方を綺礼がしていると思いなんとなく変だとは感じていたけれど………まさか、そのままの意味だったとは思いもよらなかったわ。
まあ、そんな感じに私の知らない間に色々あったみたいだったけど、衛宮君の話は嘘では無いと判断出来る内容だった。
その後は、桜の話になり彼が桜の身を案じてくれていた事で私の敵愾心は失せてしまった事もあるわね。
次にアーチャーの話になったが、彼は英霊を如何思っているのか?
犬猫の雑種が怖いから座に帰る等といい、アーチャーが座へ還っていった等と言い始め。
「遠坂、すまないけどアーチャーと話をさせてくれないか?
俺には如何しても確かめたい事があるんだ」
そう言う彼を見て思う。
聖杯戦争が終わった以上、マスターではない衛宮君を狙う理由は無いし。
反対に、聖杯戦争の真の目的等という重要な情報を語った彼の頼みを断るのは等価交換に反するだろう。
まあ、いいかと思い、アーチャーを呼び出し衛宮君と会わせた。
二人の関係を知らない私は、この時軽い気持ちで会わせてしまったのだ。
「アーチャー、お前の望みは何だったんだ。
それは、聖杯で叶えられるモノなのか?」
サーヴァントは聖杯を求めるからこそ、魔術師であるマスターに従う存在。
聖杯戦争が破綻し聖杯が無い等となればマスターに従う理由は無くなる。
今後の事もある、確かにこれは必要な事だろうと感じた。
が、事もあろうかアーチャーは。
「聖杯―――?ああ、人間の望みを叶えるという悪質な宝箱か。
そんな物は要らん。
私の望みは、そんな物では叶えられまい」
等と口にし。
「え―――アーチャー、聖杯を要らないって如何いう事?」
望みが無い等という予想外な出来事に戸惑う私を置いて、アーチャーと衛宮君は話を進めてしまい。
「凛、如何やら君とは此処までの様だ。
本当ならセイバー辺りと再契約させ、君を聖杯戦争の勝者にしたかったのだが。
その男がオレを理解した以上、ここで衛宮士郎を殺す、それだけがオレが望みだからだ」
歪な短剣を出し、自分の手に刺すと私の令呪が消えた。
「―――令呪が消える!?」
突然、令呪が消えた事で呆然としていた私はアーチャーと衛宮君が正義が如何のこうのと言っていた気がするが詳しくは覚えていない。
ただ、アーチャーの真名が衛宮君だった事は理解出来た。
なるほど、それなら確かにアーチャーは真名を言えないわね。
何故なら真名を言っていたら……
ブラウニーという二つ名があるとはいえ、衛宮君を知っている私はアーチャーの力量に疑問を持ち、自分独りでも勝てる方法を選んだかもしれないからだ。
そうなれば、アーチャーとの信頼関係は難しく今の様に良好とはいえなかっただろう。
意識を戻し下を見る、アーチャーが語っている自身の生涯。
そう言えば私も正義の味方っぽいヤツの夢を見たわね……
あれ、やっぱアーチャーだったんだ。
そして叶える願いは、自身で過去の自分を殺す自分殺し。
「……アーチャー」
例えそれがどれ程の歪みを作ろうと、守護者となり世界の外に座がある以上、矛盾を嫌う世界の修正等という外因による座の消滅はありえない筈だ。
それに、もし仮に出来たとしても別の平行世界の衛宮君が守護者となり、そこに収まるだけだろう。
アーチャーもそれは理解しているらしく、衛宮君を襲うのは八つ当たりだと公言している。
踊り場で佇む私を無視して、互いに双剣を投影し剣戟が始まった。
十数合、剣を打ち合う衛宮君を見て彼への見方を改める。
彼が肉体等の強化魔術が使えるとはいえ、まさかサーヴァント相手に此処まで戦えるとは思ってもいなかったからだ。
しかも相対しているのは自身の完成形。
それがサーヴァントとして現れた存在だ。
これがまだ総合力で上回る相手なら反撃の糸口はあるのかも知れない。
でも基本能力、経験、技術、知識、その全てが上回っている相手では普通なら勝てる訳は無い。
やがて勝負に出たアーチャーは双剣を投擲し、衛宮くんも双剣を投擲し弾くものの、サーヴァントと人間の差か。
力負けした二対の双剣は衛宮君の背後へと周り再度双剣を投擲され動きを止められた。
自分が投影した双剣は消せたものの、前後左右からほぼ同時に攻められた衛宮君は、それが双剣の必殺の形なのだろう、大型に変化した双剣で両断される。
―――けど、彼は無事で傷一つ無い状態で何か「あれ?」って表情をしていた。
へえ、衛宮君も中々やるじゃない。
聖杯戦争時、私の知らない連休中に学校に結界を張っっていたのだろう。
先程の感じからするとアレは『復元魔術』か『固定化の魔術』が使われている可能性が高い。
更に魔術の範囲に必要となる境界線、結界が私でも感知出来ない程の代物。
何故急にそんな高度な魔術が使える様になったのかは知らないけど、恐らく聖杯戦争中に同盟した相手がいて保険―――いや、あの精霊ポチと一緒になった必殺の陣だったのだろう。
それなら状況次第では、サーヴァントすら倒せるかもしれない。
あの夜、精霊ポチとランサーの戦いを見るに大軍宝具を持たない英霊なら精霊ポチ相手に勝機は無い。
マスターにしても、現にアーチャーと剣を交わしてまだ生きている衛宮君を相手にしては―――此処は彼の神殿、この結界がある学校では彼には勝つ事は出来ないだろう。
首を斬っても双剣では殺せないアーチャーは、斧剣とも呼べる大剣を出し叩き斬ろうと振るう。
守護者になって大分ストレスが溜まっていたのか、アーチャーは積念を自身への愚痴を叫びながら斧剣を振り回していたかと思うと。
「―――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)」
突如、アーチャーの斧剣は十近い剣閃となり一瞬で衛宮君を細切れにした。
ちょっ、アレって確か神話でヘラクレスが使ってた技じゃないのよ。
アーチャーなのに弓を使わないで、他の英霊の技を使うって、衛宮君アンタ一体どんな英霊よって突っ込みたくなる。
とはいえ、アレでは例え『固定化の魔術』を用いた結界でも流石に即死ね、そう思っていたが衛宮君は瞬時に元に戻り、必殺の技を放った隙を突いてアーチャーを殴りつけた。
へ……衛宮君、如何見てもアンタ今死んだ筈でしょ?
それは正に不死身。
何の反則よアレ……
思わず先程聞いた第三魔法でも使ってるんじゃ無いのって聞きたくなる。
でも、彼の異常はこれだけでは無い。
細切れから元に戻ったとたん―――いや、全裸になったとたん、衛宮君の体から淡い輝きが包みアーチャーを圧倒していったからだ。
まさか……彼には特異能力があり、裸になると凄い力を発揮するのだろうか?
そういえば、聖書とかに出てくる怪力で知られたサムソンは髪を剃ったか切ったかすると怪力を失ったりする。
衛宮君の場合は、服を脱ぐという条件を満たせば恐るべき身体能力と再生力を得るのだろうか?
なら、脱がないアーチャーは何故そうしているのかも疑問だ。
「………」
つ~か、一瞬過ぎったとは言え全裸になると強くなる英霊って如何なよって言いたくなった。
やがて殴り続けた衛宮君は一瞬の溜め後、アーチャーを四、五メートルも殴り飛ばし。
「―――認めよう、私の敗北だ」
アーチャーが自ら負けを認めた事で勝負はつき冒頭に戻る。
でも、衛宮君―――あなた何時まで全裸でいるつもりなのかしら……
「で―――アーチャー、アンタこれから如何する気?」
今まで私のパートナーだったアーチャーを気にかけるのは当たり前の事だけど。
他にも理由はある、流石の私も全裸で佇む男に話しかける気は無い。
だと言うのに―――
「遠坂」
「――――っ!?」
全裸でいる事に慣れてるのか、特に気にしていない衛宮君は私に向き、私は見たくも無いモノを見せられる。
「―――?」
見たくも無いソレは左腕の裾を上げ、魔術刻印を起動させてガンド(呪い)を撃ちまくる事で視界から追い出す事にし。
「っ―――!」
放つと同時に衛宮君は横に跳びガンドを避け、廊下の曲がり角を盾に隠れる。
「って、殺す気か―――!
(確かガンド撃ちってのは、北欧のルーン魔術に含まれる物で、相手を指差す事で病状を悪化させる間接的な呪いの筈だ。
効用はあくまで体調を悪くするだけなのだが、遠坂のガンドはあんまりにも濃い魔力で編まれているため。
見た目も威力も弾丸そっくり―――いや、さすが遠坂、本来ゆったりとした呪いを即効性にするなんて、実力行使にも程があるぞ)」
「ふん―――見たくも無いモノ見せられたんだから当然でしょ!」
それ以前にアンタ死なないでしょう!
「見たくも無いモノ……アーチャーが負けた事か?」
ああ、そう言う感じにもとれるわね。
「……衛宮君、貴方自分の格好が解ってる?
それとも、解っててやってるのかしら?」
衛宮くんは「ん?」と視線を下に下げ。
「っ、な、何で俺裸なんだよ!?」
ようやく自分の格好に気がつく。
もし、アレが解っててやってたら、もう二度と桜を衛宮君の家へ行かせるのは止めさせるつもりでいた。
当然だろう、何が悲しくて大事な妹を露出狂の家に行かせなければいけないのか?
「と、投影開始」
投影魔術を使い服を着る。
……急場凌ぎとはいえ服を投影するなんて何て魔力の無駄使い、彼の魔力じゃ帰るまでには消えてるわよ。
「……今見たモノは忘れてあげるから」
「……ああ、悪い遠坂。
(密かに憧れていた相手に全裸で―――これじゃあまるで変態に見えるだろ………いや、遠坂にはそう見えたのか)」
アーチャーとの戦いで今まで気が付かず、全裸だった事が気まずいのだろう可哀想なくらいに落ち込んでいる。
「それから、この地の管理者として聞くけどあなた人間?」
「……以前、キャスターにも言われたけど俺はちゃんとした人間だ、間違っても死徒なんかじゃ無いぞ。
(まあ、遠坂の言い分も解らなくは無い。
確かにサーヴァントを殴り倒すなんて、人間に出来るものじゃないからな。
でも、例えサーヴァントであっても自分自身には負けられないだろう)」
ふん、キャスターにも言われてたんだ。
「そう。なら、その話は今度で良いわ、だからさっさと着替えて来なさい」
投影のタイムリミットが近づいているのだろう、衛宮君は急いで自分の体操服がある更衣室へと走っていく。
ふと、床に座っているアーチャーに視線を向けると、アイツは苦笑いをしていた―――たく、昔の自分でしょうに。
「もう一度聞くわアーチャー、アンタこれから如何する気なの?」
「そうだな、私の願いは―――私が忘れていただけで既に叶っていた」
何処か遠い眼で見ながら答える。
コイツ痴呆かと一瞬過ぎったが、そうだ、守護者は記憶では無く記録であり何かしらの切欠が無いと、こんな事があった等という記録は思い出せない。
そんな事を考えているうちにアーチャーはゆっくりと立ち上がり。
「今の私には目的が無い、私の戦いは―――ここで終わりだ」
「―――そう」
信頼し、共に夜を駆け、皮肉を言い合いながら背中を任せた協力者。
振り返れば「楽しかった」と断言できる日々の記憶。
茜色の夕日に照らされるなか彼は私を見上げる。
答えには迷いがなく、その意思は潔白。
晴れ晴れとした顔は満足そのもの。
そんなアーチャーを、如何して引き止められるだろうか。
「――――――凛。
(かつて、衛宮士郎と交えた事で理想を取り戻した時、私は凛に衛宮士郎の事を頼んだったな)」
最後の別れがこんな形でなるとは思わなかったけど、彼の最後の言葉だ、忘れない様に聞いておこう。
アーチャーは衛宮くんが走っていった先に視線を移し。
「私を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな。
―――君が、支えてやってくれ。
(そして、その衛宮士郎は英霊の座には来ていない、恐らく凛に任せればこの世界の衛宮士郎も大丈夫だろう)」
などと人が黙って聞いてあげてたら、トンデモ無い事を言ってきた。
「はあ?
それこそ心の贅肉よアーチャー。
そもそも、何で私が衛宮くんの面倒を見なきゃならないの?
貴方が衛宮くんの未来を変えたいと思うのなら自分でしなさい」
そこまで衛宮君にするほど借りは無いと片手で顔を押さえた。
「―――っ!?
(私が衛宮士郎を変えるだと!?)」
まあ、アーチャーにはいい心残りになったでしょうし。
「安心しなさい、再契約くらいならしてあげるわ」
聖杯の補助が無くなると魔力に関して不安なのは確かだけど、それはそれ、桜にアーチャーの真名を言って手伝って貰うしか無いわね。
「まったく―――遠坂、君にはいつも勝てる気がしないな」
この一押しの後。
アーチャーの表情は変わり、まるで先程の少年の様だった。
「当たり前でしょ。衛宮君、私は遠坂凛なのよ」
断言しアーチャーを見下ろす。
「く――――」
アーチャーは、生前の頃を思い出したのか苦笑した。
「ああ、そうだ、遠坂はこうでないとな」
茜色に染まる校舎の中、私とアーチャーは再び主従へと戻った。