空間を渡って自分の部屋へと戻り、現れると同時に着ている様に見せていた服の存在を消してタンスの中の服を視る。
「装着」
テレビでやっていた様に掛け声を上げから、転移させると僅か一秒にも満たない時間で着替えを終えた。
「装着完了」
自分だけで決めたら駄目だよと、セイバーさんに言われ叩かれた頭がまだ痛くて眠気は既に消えている。
「皆を待たせてたら悪いよね。
そろそろ、受肉させたサーヴァントさん達に会いに行こうかな」
迎えに行ったセイバーさんの時代から戻った私だけど、とても眠くなっていたので世界から私とセイバーさんの時間を隔離させてから少しの休憩として眠っていたんだ。
時間が停止している中で、私とセイバーさんは寝ていたから、お兄ちゃんやサーヴァントさん達から見たら時間は経っていない。
セイバーさんも着替えてから来る様だし、もう動かしても問題は無いだろうと判断した私はイリアお姉ちゃんが居た部屋へと向かいながら私とセイバーさんの時間を再びつなぎ直した。
「―――っ、セイバー!?
アリシア何故セイバーをぉぉぉぉ!?
お前たち何で!
て、何で皆裸で居るのさ!!」
「え……裸、なっ!?
見るんじゃいわよ坊や殺すわよ!!」
「―――っ、アサシンなに粗末なモノ見せてるのですか」
「そう言ってくれるな、見せているもなにも、動けなくさせてるのは其方だろうライダー……よもや怪魔の類とはな。
受肉して早々、体が石の様に動かないとは思いもよらなかたぞ」
「ライダーこれ魔眼じゃないの!
ちょっと、体が動かな―――アサシン何処見てるの!?」
「―――ふ、見るも何も動けないのだからしかたがあるまい」
「■■■■」
「なんでさ、何が如何なってるんだよ…」
と、何だか急に騒がしくなったよ。
「騒がしいけど、如何し―――」
部屋に行きそこまで言いかけた時、何か破裂した様な衝撃が響いて。
「無事ですかシロウ!」
着替えを終えたらしくセイバーさんが現れた。
「なっ!?倒した筈のバーサーカー、アサシン、キャスターが何故?」
ああ、そうだ言ってなかったっけ。
「セイバーさん、聖杯戦争はもう終わったんだよ。
他のサーヴァントの英霊さん達にもお話を聞いてアサシンのお侍さんにライダーさん、キャスターさん達オバサンも受肉したんだよ」
ライダーさんが魔力で編まれた服を着て目隠しをすると、動ける様になったのかアサシンさんとキャスターさんもそれぞれ服を纏い。
キャスターさんは引きつった笑顔で私を睨みながら。
「―――誰がオバサンなのかしら?」
「えと、オバチャン?」
あう、違ったのかな?
「お姉さんでしょ?」
「……うん、解ったよ、キャスターのお姉さん」
「そう、なら良いわ」
今のキャスターさんの笑顔がちょっと怖かったのは秘密にしておこう。
「……っ。失敗しました、受肉する際に背を低くしてもらえば良かった」
キャスターさんの隣では、ライダーさんがセイバーさんを見て呟いていた。
「……まさか、サーヴァント全員の願いを叶えたのですか」
「うん、でもねランサーさんと、後アーチャーさんだと思うんけどその二人は受肉しないで座に帰ったよ」
少し呆けた感じでセイバーさんは部屋の様子を見ている。
「七人の英霊さんの望みも叶えたし、聖杯戦争はこれで終わり。
キャスターさんも悪い事はしないって言ってたから、受肉した英霊さんは仲良くしようよ」
「本当ですかキャスター」
セイバーさんがジロリとキャスターさんを睨む。
「本当よ……元々魔力を必要としてたのは現界している為と聖杯戦争で勝つ為だったから。
聖杯戦争が終わり、受肉出来たのならもう以前の様に集める必要は無いのよ。
それに、もう聖杯にも興味は無いわ。
あんな白銀色の化け物が出てくるかも知れない聖杯なんて危険なだけ、必要しないわよ」
「白銀色の化け物?」
「……そう、セイバーはアレを知らないのね。
知りたいのなら、アサシンか、そこのバーサーカーのマスターにでも聞きなさいな。
私は宗一郎様が戻られるまでの十日、帰って来られて困らぬ様に準備があるからこれで失礼するわ」
「では、私もマスターが気になりますのでこれで」
キャスターさんは空間転移を使い、ライダーさんは部屋を飛び出し塀を飛び越え姿を消した。
「如何なっているのですシロウ?」
「いや、俺に聞かれてもさっぱりだ」
「ふ、白銀色の化け物か。
成る程、的を中ている―――確かにアレは……斬れまい」
「アサシン?」
「ところで私は如何すれいい?
女狐に呼ばれたは良いものの、山門に縛られた身だったのでな。
何処に行けばいいのやら解らんのだ」
「なら、丘の上にある教会に行きなさい。
そこなら生き残ったサーヴァントや、サーヴァントを失ったマスターの保護をしているから」
困っている様子のアサシンさんに対しセイバーさんが答えようとする前に、バーサーカーさんの後ろで着替えを終えたイリヤお姉ちゃんが教えてくれる。
「ほう、そうかそれは良い事を聞いた、礼を言うぞバーサーカーのマスター。
では、目指す場所も解ったのでな、散歩がてらに見て回りながら行くとしよう」
アサシンさんは庭へ出ると門へと向かい行ってしまう。
あの教会で保護されてると、起こされる時にお腹とか刺されるけど……言っておいた方が良かったかな?
「邪魔者は行ったわね」
イリヤお姉ちゃんは、壁の代わりにしていたバーサーカーさんを霊体化させると私に向いて。
「アリシア・テスタロッサだったわよね、私やサーヴァントを受肉させた技……アレは何?」
イリヤお姉ちゃんは私を凄い目つきで見てるよ。
「ほえ、魂から存在情報を読み出して具現化させる方法だけど?」
あう、私変な事したのかな?
「それを―――この世界で協会が五つある魔法の内、三番目としている魔法だと知っているの?」
「ちょっとまて、アリシアは時間以外の魔法も使えるのか!?」
「そうよ……アインツベルンから失われたとされる神秘、真の不老不死を実現させる大儀礼。
英霊でも聖霊でもない。
いと小さき人の位において、肉体の死後に消え去り還り、この世から失われる運命の魂を物質化する神の業。
―――その奇跡の名を天の杯(ヘブンズフィール)。
現存する五つの魔法のうちの一つ、三番目に位置する黄金の杯よ」
「不老不死……では、やはりアリシアは見た目相応の年齢では無いと言う事ですか」
ほえ~、この世界ではそんな風に呼ばれてるんだ、本当に世界の中は私の知らない事がいっぱいあるよ。
「そうね、第三魔法『天の杯』(ヘブンズフィール)は精神体でありながら、単体で物質界に干渉できる高次元の存在を作る業。
魂そのもを生き物にして、生命体として次のステップに向うものを言うのよ。
見た目の年齢では解る訳無いわ。
不老不死、時間制御、一つの魔法を使えるのでさえ奇跡に等しいのに、複数使える何て……貴女一体何者?」
イリヤお姉ちゃんの目付きが変わる。
「確かに……魔法や聖杯戦争で用意された以外の聖杯すら所持している。
私も問いたい、アリシア・テスタロッサ、貴女は何者か?」
あう、セイバーさんも同意しているよ。
米の国、農協から冬木市に来るまでの経緯を話す事にしても、遠坂さんの様にエーデルフェルトが如何のってなりそうだし……
「でもな、イリヤ、セイバー。
アリシア―――はな、魔法と魔術の違いすら知らないんだぞ?
そんな魔法使い居るの―――って、目の前に居るよな」
「何言ってんだ俺は」と、お兄ちゃんは何か気まずそうな感じで私を見てる。
「ちょ、魔法と魔術の違いを知らないですって!?」
「あう、でも私が魔術師なのは解ってるよ?」
だからこそ、セイバーさんを預かる時にべディヴィエールさんにそう名乗ったのだから、多分、私は魔術師で間違い無いと思うんだ。
「いえ。アリシア、貴女は魔法使いでしょう……まさか、本当に魔法と魔術の違いすら解っていない魔法使いだったのですか」
はう、私は魔術師じゃなくて魔法使いなの?
でも、お兄ちゃんや遠坂さんは魔法使いじゃないって言ってたし……如何いう事なのかな?
それまで私を見る二人の目からは何か敬意みたいなのが感じられたけど……それが何か呆れる感じに置き換わってるよ。
「まさかと思いますが……魔術は知っていたのですか?」
「うん、知ってるよ」
部屋にある端末を転移させ起動させる。
「ほら」
画面を見せて―――
「何これ、何で魔術を使うのに科学へ向うの?
魔術は過去へと向うものを言うのよ」
「何かコンピュータのプログラムに似てるな、エーデルフェルトの魔術師ってのは過去じゃなくて未来へ向ってるのか?」
「違うわ、幾らエーデルフェルトが節操が無いとは言ってもこれは既に限度を超えてる……」
納得して貰おうと思ったけどして無いね、如何しよう?
お兄ちゃんにいたっては、まだ私をエーデルフェルトの魔術師だと思い込んでるし。
う~、大して違わないと思っていたけど、如何やら魔術って術式とミッド式は似て異なるモノらしいよ。
「それにセイバー、貴女さっきあの子が聖杯を持っていたと言っていたけど如何いう事?」
「それは……アリシア、あの聖杯は如何やって出してたのです?」
イリヤお姉ちゃんに言われたセイバーさんは困った顔になり私に振り向く。
「ん、あれはね、まず世界に穴を開けてから、外に循環が悪くて歪みがあったり、渦になっていてる場所。
世界に送る栄養が溜まって無駄になっている所につなげて、必要な分を取り出して使ってるだけだよ」
「―――穴を開ける!?
それが如何いう事か理解してるの貴女!
そんな事出来てたら、聖杯戦争は初めからしてないわよ!!」
あう、イリヤお姉ちゃん凄い剣幕だよ。
何で私、こう怒鳴られてるのだろう?
こう言うのを理不尽っていうのかな?
「いい、役目を終えた英霊が元の座に戻ろうとする瞬間、わずかに開いた穴を大聖杯の力で固定し、人の身では届かない根源への道を開く―――それが聖杯戦争の目的なんだから!」
「根源て?」
「確か神様の居る座だな」
何やら興奮しているイリヤお姉ちゃんの代わりに、お兄ちゃんは専門用語で解らずにいる私に教えてくれる。
でも、それって影が居る場所だよね。
はっ、まさか当真大河の様に苦情があったりするのかな?
当真大河の例と合わせると、座に着いた魔術師さん達が『出てこいや神!ぶっ殺したらぁって』っていきなり襲い掛かってくるのだろうね。
「………」
イメージしてみると、最近テレビで見た様なモヒカン風の魔術師さん達が、「ヒャハー」と雄叫びを上げながら、釘の付いたバットをもって座にいる影に襲い掛かる場面が浮かぶよ。
……荒んでる、荒んでるよこの世界の人達、この座に居る影は何処で間違ってこんな世界にしてしまったのだろうか?
「そんな所に行って如何するの?」
恐る恐る聞いてみる。
事と次第によっては、この世界少し創りなおした方が良いかもしれない。
「そんな事決まってるでしょう?
万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを作れる。
そこに至れば全てが在るのよ!!」
えと、ようは始まりから終わりまで世界を管理したいって事なのかな。
変なの……好き好んで、何で大変な管理人になりたいんだろう。
「ん~、まあ、あそこなら行けなくも無いけど」
それに行きたいのなら、根の世界と呼ばれているアヴァターに送って救世主になってから至らせる方法もあるしね。
「「「―――行ける!?」」」
「うん」
根源、神の座に近い世界、根の国アヴァターで行われている救世主選定の事と、世界を救う救世主による世界を定める理の選択それを話す。
「世界の運命を決める選定の儀式……ですか」
セイバーさんが顔をしかめる。
きっと王様の選定の時の事を思い出していると思う。
でも、もし行くなら赤と白の理とは別の理を創ろう。
理が無い理、救世主になった存在が大変だけど、自分で書き込んで創る理、『空の書(からのしょ)』とでも名づけよう。
セイバーさんにも言われたけど、物事を全て私が決めつけるのはいけないらしいし、それに私が決めた理以外にも良い方法があるかも知れないから。
うん、そうだね、時が来たら影に言って根の世界まで送れば良いかな。
それまでに『空の書』も用意出来るだろうし。
「世界を救う救世主になれば根源に至れる。
そんな方法は知らなかったわ、でも、何故貴女はそんな事を知っているの?」
イリヤお姉ちゃんの目つきが再び変わった。
しょうがないけど、少し本当の事を混ぜた嘘を言うしかないか。
う~、このままじゃ将来泥棒さんになっちゃうかも……
「昔ね私は死んでたんだって。
そこでお母さんは、私を死体のまま世界に穴を開けて放り込んだら、神の座を通り越して、更に深淵の『原初の海』に辿り着いて。
『原初の海』が最近、世界が増え過ぎて崩壊しそうだから、救世主を選定させ創りなおそうとしたんだって。
でも何故か反発されて困ってたんだ。
そんな時に私が居たから、丁度いいって私に『何処か私の管理の仕方に問題があったのかもと、行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』って事が解ったら教えて言われて生き返ったんだ。
その時私に『始まりの海』って名もくれたんだよ」
お母さんご免なさいと謝りつつ話した。
でも、あの宝石は十個位有れば世界に穴を開けられるから、イリヤお姉ちゃんが言っている様に神の座へ至る事も出来るかもしれない。
……あ、でも、無理か、宝石だと直接的過ぎるから、番犬代わりに放してる自称神や邪神達に見つかちゃうから追い出されちゃうよ。
あの宝石は対神兵器の側面もあるけど、次元神クラスには通じないから、一時的に穴を開けられる位しか使えないや。
「―――死人を送る………そう、一件無意味そうだけど、既に死んでるから……確かに意識の無い者相手には抑止力も働かないわね。
アリシア貴女の正体は魂の無いモノ、いってみれば死体に残っていた残留思念が『原初の海』っていう高次元の存在に昇華され、神霊クラスの魂になった存在ね。
でも、不思議ね何故貴女の師である親は自ら至ろうと考えなかったのかしら?」
「魔術師とは言え死人を外に送るって如何いう親ですか貴女の親は……」
「イリヤ、セイバー、アリシアの両親は冬木に来てから事件に巻き込まれて亡くなってるんだ―――今は触れないでくれ」
「そう、貴女も。
(でも、魔法に至った者を何故?
そもそも、アリシアが穴を開けれるのなら聖杯戦争に関わる必要性は無い。
この地で行われている聖杯戦争を、何かに利用しようとして失敗したのかしら?
外に穴を開けれる程の魔術師なら当然、封印指定はされてるでしょうし……
魔術師なら誰でも、その業は欲しいわよね……
聖杯戦争を逆手に取ったつもりで、冬木に隠れ住もうとしたところ見つかり殺害された。
恐らくはこんな感じでしょうけど、でも、それなら死体も回収するでしょうし。
いえ―――アリシアに見つかり殺されたのでしょうね。
アリシアはバーサーカーでさえ十回も殺したのだから封印指定執行者くらい簡単に殺せるもの。
それに、幾ら第三魔法が使えても既に魂が無ければ使えない……
きっと、アリシアの両親の魂はアリシアが来た時には魂が無かったのね。
でも、迂闊ね―――予備の人形でも用意していれば何かあってもそこに魂を移動させる事くらい容易いのに。
知り合いに腕の良い人形師が居なかったのかしら?)」
「―――そうでしたか、アリシア貴女の気持ちも考えずすみません。
(事件……恐らく聖杯戦争と関連があったのでしょうね)」
「ううん、もう過ぎた事だから良いよ」
ふ~、何やら上手く誤魔化せたようだよ。
「あ―――ちょ、まて。根源よりも更に深淵にいる『原初の海』だって。
(ひょっとしてこの間見た夢…)」
「うん。あらゆる並行世界を含めた全ての世界を創り、見守って管理したりして支えてる存在だよ」
イリヤお姉ちゃんやセイバーさんの二人が何処かすまなそうにしているなか、お兄ちゃんは何かに気が付いたのか質問して来る。
「ひょっとして、その『原初の海』って白銀の色してないか?」
「うん、してるよ」
「―――白銀色!?」
「む、キャスターやアサシンが聖杯の中で見たと言っていた異形ですか」
お兄ちゃんと私の話しに、呆然としていたイリヤお姉ちゃんやセイバーさんの二人がはっとなり私を見つめた。
「私達が大聖杯に辿り就いて調べてる時に、『この世全ての悪』(アンリマユ)とお話して貰おうと思って、中を確認してもらったんだよ。
その時は『この世全ての悪』は居ないらしくて帰って貰ったけど、呼べば来るから呼ぶ?」
「駄目よ!そんなモノ呼んだらこの世界が滅びるわ!!」
「あ―――そうか」
凄いイリヤお姉さんの剣幕、そう言えば来た時に一度滅ぼしてるね……この世界。
「それに『この世全ての悪』は聖杯の中に居たわ。
でも単に『原初の海』の方が、『この世全ての悪』よりも汚染が比較にならない程強く、弱い『この世全ての悪』の方が消されただけだから。
『この世全ての悪』が追い出そうとして。
後、十数秒ほどだったからアレだけで済んだけど、もしも、後数十秒居たら聖杯が壊れ溢れ出てきたわよ。
そうね、私や世界、他の英霊の魂も『この世全ての悪』に結果的とはいえ助けられた様なものね」
「それって、ようは象が蟻を捜してたら踏んでいたって感じじゃないか。
『原初の海』ってそんなにやばい奴なのか?」
イリヤお姉ちゃんの話しにお兄ちゃんは顔をしかめ。
「『原初の海』は存在からして異常よ。
存在しているだけ、ただそれだけで全てを滅ぼしてしまうわ。
あんなのが召喚されたら……例え抑止力が働いても触れる事すら出来ずに終わるわよ」
あう、私はてっきり大きくて世界が破裂しちゃうから駄目って言われてるのかと思ってたけど……でも、凄い言われ様だよ。
「―――馬鹿な!抑止力すら効かないのですか!?」
あう、セイバーさんも驚愕の表情で私を見つめるよ。
「アリシア、取敢えず『原初の海』は世界が滅びるから呼んじゃ駄目だぞ」
う~、お兄ちゃんからもメッてされちゃったよ。
とある『海』の旅路 ~多重クロス~
Fate編 第15話
あの後、確認の為に大聖杯行って見ると大聖杯は一部が白銀色に変わっていた。
イリヤが魔方陣を調べた限りでは、英霊を召喚し管理するには問題がないそうだけど、肝心の機能である穴を固定する機能が失われてしまったそうだ。
それでも結果だけ見れば大聖杯に潜んでいた『この世全ての悪』よりも、アリシアが何時でも呼べる『原初の海』の方が比較にならないほど危険な存在だったという訳だ。
そもそも、この聖杯戦争はアリシアがランサーのマスターになった処で破綻していたと言っても良いだろう。
根源に至る為の儀式と言うのも驚いたが、アリシアは子供ながらその根源を通り越して、更に深い深淵へと辿り着いてしまった者。
まさか、遠坂に言われて教会に保護して貰ったら聖杯戦争が破綻してしまったなどとはあの時点では解る訳が無いしな。
おまけにセイバーが纏っていた鎧がキャストオフされ、吹き飛んだ鎧の破片で目も当てられない惨状だった廊下の修理代は教会が受け持ってくれたのはいいけれど。
その代わりとして俺の邸はサーヴァント達が住み込む様になってしまった。
まあ、サーヴァントと言ってもセイバー、ライダー、アサシンの三人。
特にセイバーとアサシンは、剛と柔の剣の使い方を教えてくれる貴重な先生役だから俺にとっては良い事になるし、食費等は教会持ちだから生活費とかも何とかなった。
残る問題はアリシアだな、両親の告別式や葬式は言峰が手を回していたのだろう、俺が言峰に会いに教会へ行った次の日に行われた。
でも、根源を通り越し深淵とかいう処にまで至ってしまったアリシアを如何するのか?
一人で放って置けば、まず間違いなく他の魔術師が手を出そうとするだろう。
最悪の場合、ソイツがアリシアを怖がらせた結果『原初の海』がこの世界に召喚され全てが滅びるかもしれない。
だが、以前の様に嫌な感じは無いものの言峰のいる教会に預けるのも問題があるだろう。
言峰はアリシアを神と言い切ってるからな……アレはアレで問題だろう。
それに、イリヤも国へは帰らないって言ってるしな。
イリヤにアリシア、この二人を俺が保護して良いのか如何か……爺さんならこんな時如何するだろうな。
俺の時は『僕は魔法使いでね』だったよな。
―――って、相手は本物の魔法使いなのに無理があるだろ……
もっとも、聖杯戦争が終わってから数日かけ、ようやく魔法と魔術の違いが解った問題児なんだが。
そんなアリシアに俺達が解ったのは……
初めから魔法が使えると魔術との区別がつかないという何とも贅沢な事実だった。
まあ、イリヤからは俺の投影魔術も十分異常で異端な業だとか言われたけどな。
考える事は沢山あるなと思いながらも、三階に上がって教室に向う。
なんといっても今日は一週間ぶりの登校だ。
廊下を擦違う学校の皆には、家のゴタゴタに巻き込ませてしまった事に済まないと、心の中で謝っておこう。
と、ばったり遠坂と顔を合わせた。
「よっ」
一応、もう顔見知りなワケだし軽く挨拶する。
「―――――――」
が、遠坂は幽鬼でも見たかのように固まっていた。
「遠坂?なんだよ、顔になんかついてるのか?」
制服の裾で頬を拭ってみる。
「―――――――」
遠坂はそれでも口を開けず、ふん、と顔を背けて自分の教室へと戻っていった。
「………あっ!?」
しまった、遠坂は聖杯戦争を考案した御三家の一つだったな、そりゃあ大聖杯を壊したのだから怒るのも当然か。
でも、俺としては遠坂には聞きたい事が幾つかあった。
一つは桜の事。
実は、一週間ほど前に桜の兄の慎二が誰かとケンカしたらしくて全治一ヶ月程のケガで病院に入院した。
更に不幸は続くもので、桜しかいない間桐の家で火事が起きてしまいガスに引火したのか爆発して全損してしまったらしい。
不幸中の幸いにして、桜は無事だったのは良いけれでど今度は住む家が無いときた。
桜は俺にとっても妹の様なものだからな。
セイバー、ライダー、アサシンやイリヤにアリシアが既に住んでいても、まだ、家の邸の部屋には若干の余裕がある。
少々問題もあるかもしれないが、桜さえ良ければ仮住まいとして家に住んでもらっても構わなかったんだが。
でも、何処で知り合ったのかは解らないけれども桜は遠坂の家で世話になっているらしい。
如何やら遠坂の家と近かったらしく、『家が無いなら私の家に来なさいよ』てな感じで住む事になったらしいと家の虎は言っていた。
あの日、家のポチが校庭を噴火させて以来、遠坂の性格もいまいち判らなくなってきたし……桜と上手くいっているのか聴いて置きたいところだ。
もう一つは―――まあ、聖杯戦争が終わった今となっては遠坂には今更かも知れないが。
遠坂のサーヴァント、アーチャーの事だ。
この所、毎晩の様に夢を見ていて、二日前に見た夢でも、絶望したアイツが微かな希望として見出したのが自分殺し。
夢とはいえ、俺はアイツにそんな事無い!
決して間違いなんかじゃ無かったんだ!!
そう思い続けて見ていたのだが……夢である以上アイツに届く筈は無く。
故に―――
体は、剣で出来ている。
血潮は鉄で、心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走はなく。
ただの一度も理解されない。
彼の者は常に独り 剣の丘にて勝利に酔う。
故に、その生涯に意味はなく。
俺はアイツの生涯、その凄惨な末路、それをただ見ていただけだった。
だけど、夢には続きがあって昨日見たのは。
守護者となったアイツが世界との契約により、守護者と言うより後始末をする掃除屋となり。
生前よりも人間の欲、醜い部分を見せ付けられる事となる。
やがて磨耗したアイツは、無限に剣が刺さっている丘に立ち。
最後にアイツは『待っていろ、衛宮士郎。理想に溺れて溺死する前に俺が楽にしてやる』と言っていたのを覚えている―――だけど所詮、夢は夢だから本当の事じゃないと思う。
正直に言えば俺が守護者とはいえ英霊に成れるとは思えないのもあるけど、俺もこれからその道をこの足で歩くのかと思うと心が欠けそうになる。
同情なんてしない、アイツの生涯は胸を誇れるものだったと思っている。
だから、同情なんてものはしない。
でも―――気になるのは確かだ。
一目見て気に入らないヤツだとは思っていた。
だけど、アイツの双剣を投影する過程でアイツが少なくとも悪いヤツじゃないのは解っている。
それに、もし、俺とアイツが同じモノなら根底には何らかのパスが繋がっていてもおかしくは無いだろう。
そのアーチャーが最後に何を思って座に戻って行ったのか?
アリシアの話だと、如何やらアーチャーは犬猫の雑種がいる世界は嫌だから座に帰るって言っていたらしいけど……アイツ生前に野良犬や野良猫で酷い目にでもあったのだろうか………
あの夢はやはり只の夢で、俺とアイツとは何も関係が無いのならそれはそれで良いし。
関係があるのなら……何故アイツは俺を殺しに来ないで座に帰ったのか、兎に角、俺はアーチャーが何を考えていたのか、それを知りたかった。
教室では以前の通り慎二が入院して居ない以外の変化は無い。
昼休みになり、弁当なので生徒会室に移動する。
何故かというと、教室で弁当を広げると男共にはハシをつつかれ、女共には茶化されるからである。
食事中、生徒会長の一成と話した限りでは、キャスターはアリシアとの約束を守って大人しくしているらしく料理や掃除の修業中だそうだ。
消えたキャスターのマスターである葛木は、如何やら出張って事になっているらしく、寺でも学校でも問題にはなっていない様だ。
……まあ、本当の事を言っても、未来に飛ばされた等とは誰も信じないだろうしな。
授業が終わると校庭噴火による火災で焼かれた筈の校舎が、一日経ったら元に戻っていたという怪事件の影響なのか、放課後の部活動は取りやめになっている。
窓から見てると、帰宅する学生達に一週間ぶりに再開された学校が珍しいのか校門にはテレビのワイドショーだろうカメラを担いだ男達が何人かと話をしている様だった。
特別な用事がない生徒は下校してください、とアナウンスまで流れ、気が付くと二年C組の教室にはもう自分しかいない。
他の教室も似たような物で、急がなければ校舎はじき無人になってしまうだろう。
「――――――」
その前に遠坂と話をしよう。
アーチャーの件は後で良いとして、せめて桜の事だけは聞いておかないとな。
―――と、思い遠坂のいる教室へ向ったのだが遠坂は既に居なく。
よく弓道場を覗いていると言う話を慎二から聞いていたので見てみる事にしたが。
「―――そうだよな、部活は休みなんだから」
道場の入り口は硬く閉ざされている。
誰も居ない道場では遠坂も見に来る筈は無いだろう。
他に遠坂が行きそうな場所も判ら無いので、仕方なく校舎を一度回って駄目なら帰ろうと、茜色の夕日を見て思う。
後、一時間もすればすっかり暗くなるだろう。
買い物は家にいる五人に任せているので大丈夫だろうと思うが……この場合はライダーが頼りだな。
三階の階段に着く。
鞄をぶら下げて校舎を回る順を考えていた時、かたんと頭上で物音がした。
「?」
顔を上げる。
と、そこには―――
四階に続く踊り場で仁王立ちしている、遠坂の姿があった。
「ふう。良かった、ようやく見つかった」
「…………」
返答はない。
朝といい今といい、挨拶をする度にあいつの目つきがきつくなっていくような。
「あのな遠坂、実は」
「――――――ハァ」
何がどうしたのか、遠坂は呆れた風に溜息をこぼしてから。
「呆れた。サーヴァントを連れずに学校に来るなんて、正気?」
そう、感情のない声で呟いた。
「―――?
何を言ってるんだ遠坂、聖杯戦争は終わったんだろ、言峰から聞いてないのか?」
そもそも何故サーヴァントを連れて学校に登校しないといけないんだ?
まさか、遠坂は遠回しにセイバー達に学校に通えって言ってるのだろうか?
セイバーは兎も角として、ライダーやアサシンは制服を着せても学生には見えにくい……いや、むしろ痛いだな、流石にそれは拙いだろう。
「はぁ?アンタ何言ってんのよ。
大体、衛宮くん、あなたの所にサーヴァントが何騎いるの。
(アーチャーが偵察していた限りでは三騎は居るそうだけど……)」
「何騎ってセイバー、ライダー、アサシン、バーサーカーの四人だぞ」
「っ、四騎も居て……それなのに。
(―――っ、ライダー!?
何故、衛宮くんが倒した筈のライダーと共闘してるの!
倒した筈のサーヴァントを再召喚出来るなんて―――如何やら、衛宮くんの後ろには聖杯に詳しい魔術師がいる様ね。
なのに……コイツは、自分が捨て駒にされてるの解ってないの!!)」
片手で顔を押さえ。
「……衛宮くん、自分がどれくらいお馬鹿かわかってる?
如何やって四騎ものサーヴァントとマスターが同盟してるのか知らないけど、マスターがサーヴァント抜きでのこのこ歩いているなんて、殺してくださいって言っているようなものよ」
「マスター……ああ、そうか、そう言えば俺の令呪は無くなってしまったけど、俺はまだマスターなのか?」
令呪があった手を見せる。
現界を望むサーヴァント達が受肉したあの日、俺の令呪は消えていた。
詳しくは解らないが、セイバーの願いを叶えるには一度セイバーを殺す必要があったとかで、それで令呪との繋がりも無くなってしまったらしい。
俺という依り代を失ったというのに、願いを叶えて受肉させてるのだから魔法使いとは凄いものだと思う。
でも、アリシアには死んだ者は蘇らない、失ってしまったら戻らない事を教えないといけないだろう、あのまま育ったらセイバーの言う通り、とんでもない我が侭な人間になってしまうかもしれないからな。
「―――っ、はぁ?
令呪が無い!ふざけんじゃないわよ!
なら何で衛宮くんの家にサーヴァントが四騎も居るのよ!!」
「そう言われてもな……言峰からは何か聞いてなのか?
聖杯戦争が破綻した後、言峰と話してたら俺の家に空き部屋があるのをアイツ知っていて。
下宿代は払ってやるから俺の家に住まわせろって話になってさ、俺も断る理由も無いし承諾しただけなんだが」
「……そう言えば留守電でアイツ何か変な事言ってたわね―――て、聖杯戦争が破綻した如何言う事よ!!」
コロコロと表情を変えてる遠坂は、見ていて飽きないな等と思いつつ。
「だってそうだろ、聖杯戦争の本当の目的が外につながる穴を開けて魔法に辿り着く為の大儀礼だって話だぞ。
その穴を固定する為の大聖杯が壊れてしまったんだから、聖杯戦争で勝っても―――確か第三魔法だったな、単体で物質界に干渉できてる高次元の存在を作る業。
魂そのもを生き物にして、生命体として次のステップになるらしんだけど、その目的が果せなくなってしまった以上は続ける必要も無いだろう?」
「ちょ、第三魔法!?
聖杯戦争の目的って……確かに薄々裏はあるらしいのは知ってたけど。
それがよりにもよって、魂の物質化が第三魔法―――」
「ああ、天の杯(ヘブンズフィール)って呼ばれてるらしいぞ、そんな事より」
「そんな事!衛宮くん、貴方だって魔術師でしょう魔法なのよ!」
「落ち着け遠坂、その第三魔法は大聖杯が壊れた以上、例え聖杯戦争で勝っても無理だ。
だからそんな事で良いんだ、そもそも今までだって魔法に至った者が居ない以上、聖杯戦争は何処か間違えてるのかもしれないぞ」
遠坂は俺を睨めつける様にしてたが、「あ」と目を丸くしている。
とはいえ、幾ら遠坂でも魔術師だ、アリシアが第三も使える魔法使いだとは言えないものな。
「俺が聞きたいのはそう言う事じゃなくて。
この間、桜の家が火事になってから遠坂の家に住むようになっただろう。
それで、桜は元気にしているだろうかと思って。
アイツ、俺の前では頑張り過ぎる処が少しあるからな、だから遠坂に聞いてみたんだ」
「……桜の事?
ええ、家を失ったのはショックだったろうけど、今のところ元気だと思うわ。
(そう言えば……桜は衛宮くんの家に行きたがってたけど、聖杯戦争のマスター同士だと思ってたから行かせる訳には行かなかったのよね。
でも……そう、衛宮くん桜の事心配してくれてたんだ)」
「そうか、有難うな遠坂。
やっぱり、お前はいい奴だな、俺はお前の様な奴は好きだぞ」
何たって、何も知らない俺とアリシアに聖杯戦争が如何いった事なのかを教えてくれたし、余分なのに教会まで教えてくれたしな。
―――そうだ、それならアイツの事も聞いてみるか。
「遠坂、ついでだからいいか」
「っ、なに」
遠坂の顔が赤く染まっている、いや、夕日のせいだろう。
「アーチャーの奴、最後に何か言って無かったか?」
「はぁ?最後も何も……アーチャーなら少し離れた所に居るわよ」
―――アーチャーが居る!?
「なっ、アーチャーの奴!
野良犬や野良猫の雑種が如何のって言って座に帰ったんじゃなかったのか?」
アリシアから聞いていた事と違う、如何なってるんだ!
「……アンタね、アーチャーを如何思ってる訳。
犬や猫の雑種が如何こうで座に帰る英霊が何処に居るのよ?」
呆れてるのか遠坂はまた顔を手で押さえてる。
……何て言うか酷い馬鹿な質問してたんだな俺、遠坂の視線は正に『何言ってるかしらコイツ』だ。
アリシアが嘘言う理由も無いし、第一、ライダーやアサシンまでもがそれを聞いていて俺に同じ事を言ってたしな。
ただ、俺が夢で見たような奴とは違い、何処か傲慢な奴らしかったそうだけど。
聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントは七騎、消去法で考えればソイツがアーチャーに違いが無い筈なんだが……
まさか、八騎目が居る何て事は無いよな?
いや―――どの道、迷っていてもしょうがないだったら直接確認すればいいんだ。
「遠坂、すまないけどアーチャーと話をさせてくれないか?
俺には如何しても確かめたい事があるんだ」
「……まあ、もうマスターでも無いんだし良いわよ話くらい。
(今までの感じからするともう聖杯戦争をする気は無いようね。
って、言うより知らない間に終わってたって如何いう事よ!)」
遠坂は少し俺を睨んだものの「ふぅ」と溜息を吐いていた。
「……如何いう事だ凛、その男は君が始末をつけるでは無かったのか?」
マスターとサーヴァントを結ぶパスで呼びかけたのだろう、遠坂のやや後ろに奴の姿が実体化する。
そして実感した。
こうして対面すれば嫌でも判る、目を合わせばコイツは認められない、衛宮士郎はコイツを認めてはならない、と。
「その事だけどアーチャー、衛宮くんはもうマスターじゃ無いから始末しなくても良くなったのよ」
「―――ほう」
俺がマスターでないのが奴としても予想外なのだろう、目元から僅かな動揺が見て取れた。
「それから、その衛宮くんが貴方に話があるんですって」
「……成る程、大方の事情は理解した。
で、小僧、お前が私に何の用がある?」
俺を見るアーチャーの目からは何やら敵意のまじった暗いモノがあった。
「アーチャー、お前の望みは何だったんだ。
それは、聖杯で叶えられるモノなのか?」
「聖杯―――?ああ、人間の望みを叶えるという悪質な宝箱か。
そんな物は要らん。
私の望みは、そんな物では叶えられまい」
アーチャーは侮蔑すらこめて、はっきりと断言した。
ああ―――そうなのか、なら、あの夢はやっぱり。
「え―――アーチャー、聖杯を要らないって如何いう事?」
振り向きアーチャーを見つめる遠坂には理解出来ないだろうな。
「―――単純な話だ。
私には、叶えられない願いなどなかった」
「それって、英霊になる前に未練も無念も無かったって事……!」
それが予想外だったのか遠坂は息を呑み込む。
「他の連中とは違う。私は望みを叶えて死に、英霊となった。
故に叶えたい望みなどないし、人としてここに留まる興味はない」
「今の答えで少し解った、アーチャー。
お前は、正義の味方だった事を後悔しているのか?」
あの夢の男がこんな奴だったのが、気に入らない。
いや―――俺の理想とする姿ですらあった、あの赤い男が今のコイツだったとは信じたくない。
今、俺の目の前にいるコイツは正義の味方を目指していた頃のアイツの残骸だった。
「……ほう、気付いていたか。
やはり何かしらの影響はあったらしいな」
英霊はあらゆる時代から召喚される。
だからだろう、見落としがちだが未来に英霊になった者が召喚されたとしても矛盾は無い。
恐らくは未来で遠坂の弟子入りしたのだろう、だから遠坂が持つ何かが触媒となり、この時代、聖杯戦争に召喚されたのだろうな。
夢の中のアイツに俺は憧れすら抱いて見ていた、不器用でも確実に何人かは救っていたんだ。
なのに何故―――この男は周りを見ずにいたのか……
夢で見ていたコイツの周りにも理解している人達は居た。
師である遠坂、姉である藤ねえ、イリヤらしい姉もいたのに。
―――英霊エミヤ。
未来の自分。
未熟な衛宮士郎の能力を完成させ、その理想を叶えた男が目の前にいる英霊の真名だった。
「え、なに、如何いう事?」
俺とアーチャーの関係が解らない遠坂は俺とアーチャーを交互に見ていた。
「凛、如何やら君とは此処までの様だ。
本当ならセイバー辺りと再契約させ、君を聖杯戦争の勝者にしたかったのだが」
遠坂の前を横切るアーチャーは一振りの歪な短剣を出し。
「その男がオレを理解した以上、ここで衛宮士郎を殺す、それだけがオレが望みだからだ」
自身の手に刺した。
「―――令呪が消える!?」
遠坂は令呪があったのだろう片手を呆然と見つめている。
「衛宮士郎、先程言ったな、『正義の味方だった事をを後悔してるのか』と。
ああ、その通りだ。
オレ……いや、お前は、正義の味方になぞなるべきではなかった。
いいさ、これが最後なんだ教えてやる。
オレは確かに英雄になった。
衛宮士郎という男が望んでいたように、正義の味方になったんだ」
―――正義の味方。
誰一人傷つける事のない誰か。
どのような災厄が起きようと退かず、あらゆる人を平等に救えるだろう衛宮士郎が望んだ誰か。
夢の中のアイツは正にその正義の味方だった筈だった。
「確かに幾らかの人間を救ってきたさ。
自分に出来る範囲で多くの理想も叶えてきたし、世界の危機とやらを救った事もあったよ。
―――英雄と、遠い昔から憧れていた地位にさえ、ついには辿り着いた事もある」
「―――――!?
(ちょ、如何なってるの!
これじゃ、まるでアーチャーが衛宮くんって話じゃない!?)」
「殺して、殺して、殺し尽くした。
己の理想を貫く為に多くの人間を殺して、無関係な人間の命なぞどうでもよくなるぐらい殺して、殺した人間の数千倍の人々を救ったさ。
一人を救うために何十という人間の願いを踏みにじってきた。
踏みにじった相手を救う為に、より多くの人間をないがしろにした。
何十という人間の救いを殺して、目に見えるモノだけの救いを生かして、より多くの願いを殺してきた。
今度こそ終わりだと。
今度こそ誰も悲しまないだろうと、つまらない意地を張り続けた。
―――だが終わる事などなかった。
生きている限り、争いはどこにいっても目に付いた。
キリがなかった。
何も争いの無い世界なんてものを夢見ていた訳じゃない。
ただオレは、せめて自分が知りうるかぎりの世界では、誰にも涙して欲しくなかっただけなのにな」
気が付けば遠坂はアーチャーを信じられないといった表情で見つめていた。
「一人を救えば、そこから視野は広がってしまう。
一人の次は十人。
十人の次は百人。
百人の次は、さて何人だったか。
そこでようやく悟ったよ。
衛宮士郎という男が抱いていたいたものは、都合いい理想論だったのだと。
全ての人間を救う事は出来ない。
その場にいる全員を救う事など出来ないから、結局誰かが犠牲になる。
―――それを。
被害を最小限に抑える為に、いずれこぼれる人間を速やかに、一秒でも早くこの手で切り落とした。
それが英雄と、その男が理想と信じる正義の味方の取るべき行動だと信じてな」
正義の味方が助けられるのは味方した人間だけ。
全てを救おうとして、全てをなくしてしまうのなら、せめて。
一つを犠牲にして、より多くのモノを助け出す事こそが正しい―――そう、俺も柳洞寺で葛木相手にそう決断した。
でも、その後アリシアがもしその一が他よりも重かったら如何するのか、と聞いてきて……俺は答えられなかった。
それも当然か俺の理想には矛盾が多いい、仮にあの時葛木を殺していたら柳洞寺住む一成達は確実に悲しんだだろうし、キャスターとの和解は成立しなかった。
「多くの人間を救う、というのが正義の味方だろう?
だから殺した、誰も死なさないようにと願ったまま、大勢の為には死んで貰った。
誰も悲しまないようにと口にして、その陰で何人かの人間には絶望を抱かせた。
そのうちそれにも慣れてきてな、理想を守る為に理想に反し続けた。
自分が助けようとした人間しか救わず、敵対した者は速やかに皆殺しにした。
犠牲になる”誰か”を容認する事で、かつての理想を守り続けた」
アーチャーはゆっくりと階段を下り始める。
「それがこのオレ、英霊エミヤの正体だ。
―――そら。
そんな男は、今のうちに死んだ方が世の為と思わないか?」