この国に来る前に調べた話からは冬木という町は冬季が長い反面気温は暖かいそう。
二月でありながらも、この町は他の町でいう十二月辺りと同じような気温らしいけれど真冬の……それも深夜ともなれば寒さは肌を刺すように感じられる。
でも、それにもかかわらず私は縁側から月を見上げていた。
シロウが言うにはキリツグはこうやって月を見ながら逝ったらしい。
私は聖杯とキリツグ、そして私の居場所を奪ったシロウを殺す為にここ冬木にやって来た。
けど……最強だと信じていたバーサーカーはサーヴァント相手ではなく、他ならぬ一人のマスターによって十二ある命のうち十をも失い、最後はセイバーの宝具を受けて私の中に入ってしまった。
そのバーサーカーを含め、私の中にある小聖杯には既に三騎のサーヴァントが入っている。
初めに入って来たのがギルガメッシュ―――私はこんな英霊は知らない。
何でこんなヤツが現界していたのか解らないし、如何して最古の英霊が負けたのかも、誰に倒されたのかも解らないまま……
次がライダー、バーサーカーは三番目に倒されてしまったのだ。
ライダーは兎も角としてバーサーカーもギルガメッシュも大英霊、その魂の力は並の英霊の倍はある。
だから……残りどれだけの時間を人として機能していられるのか解らない。
そして―――今夜、残った五騎の内の四騎。
セイバー、ランサー、アサシン、キャスターの内二騎が私の中に入る。
五騎もの英霊の魂が私の中に在れば私の人としての機能はほぼ無いも同然ね。
「出来る事ならもっとシロウの事を知りたかったな……話したかったな」
横で何か音がして視線を下げれば湯気を立てた湯呑があり、隣には良く解らない丸いモノがクルクルと回っていた。
「あら、気を利かせてくれたの?」
このポチとかいう精霊はシロウとランサーが言う分にはかなり凄い精霊らしいけど……昼間の道場では何故かバケツに入って回ってたし、そもそも何考えてるのか解らない。
正直なところ、何て言っていいのか言葉に困る存在だわ。
そんなポチを見ていても答えが出る訳でもないので考えるの止め、振り向き居間の時計を見る。
そろそろ柳洞寺に付く頃……か。
私は出されたお茶で体を温めながら、再び月をぼうっと見上げていたら不意に一つの魂が入ってきたアサシンだ。
「―――っあ」
少し間を空けキャスターが入って来る。
「あ―――んっ」
人としての機能が聖杯としての機能に切り変わり意識が消えかかる、でも、まだ二騎の余裕からか小聖杯の機能は完全では無いみたい。
何となくぼんやりとした意識はまだある。
体の方からの痛みは無い。
その機能も失ったのか?
それともポチが支えてくれたのかしら?
既に体は動かず眼も耳も聞えない。
許されたのは僅かな意識のみ……
それも六騎目が入ってくれば無くなるだろう。
でも、聖杯の中に居るアンリマユが怯えていたのは感じ取れた。
近づいて来るモノは『この世全ての悪』すら滅ぼせる何か―――それから、どれ位の時間が経ったのかは解らないけど不意にそれは入って来た。
『この世全ての悪』等と比べるのも愚かしい程の圧倒的な何か。
全てを白い輝きに滅ぼしていく白銀。
『この世全ての悪』は必死に押し返そうとしてるけど……触れる事も出来ず白銀に消されて行く。
―――こん、こんな存在私は知らない!?
例えこの世界に『この世全ての悪』が溢れたとしても精々抑止力が動いて町ごと殲滅するだけだろう……でもアレは違う!
アレは、出て来たら抑止力なんかでは触れる事すら出来ずに消されるだけ!!
アレは此処に在ってはいけない存在―――アレは世界全てを滅ぼす破滅の光!!!
『この世全ての悪』とて人が居てこその存在、全てを滅ぼすアレを許せる筈が無い、黒き血と破壊の呪いは集まり密度を増して押し返そうとする。
けど……無駄、幾ら密度を増そうと白銀の輝きに立ち向かう『この世全ての悪』の姿はまるで津波に蟻が挑む姿。
案の定飲み込まれ消えてしまった……
白銀の光は、はたして自身に挑んだ『この世全ての悪』に気付か付いていたのだろうか?
そう感じるほど白銀は圧倒的だった。
このまま拡がり続けるのかと思うと、現れた時と同じく何故か急に居なくなる。
何だったのかアレは……
それに―――アレの影響は私にも出てる、私の体に在る小聖杯はアレの影響を如何にか出来る様には出来ていないから……せめて最後は、キリツグの様にシロウに看取られて逝きたかったな………
とある『海』の旅路 ~多重クロス~
Fate編 第13話
何はともあれ、キャスターさんを倒した私達は先を急ぐ事にして柳洞寺の裏手へと歩みを進める。
その途中でランサーさんが無事合流して来たけれど、何か辛い事があったのかランサーさんの表情は優れない。
やっぱり、あのお侍さんは世界の修正が掛かっていて強かったんだね。
こんな時には如何言ったら良いのかな?
変に慰めるのも悪い事と思うので、取敢えずは合流した四人で神父さんから教わった通り小川の先を調べる、すると、大聖杯への入り口は思ったよりも早く見つかる。
「先に行く、セイバー後ろは任せた」
「解りましたランサー」
ランサーさんはセイバーさんに向かい口にし、この先なにがあるのか判らないので霊体化して物理的干渉から逃れると、一気に下に在るという大空洞まで行ってしまった。
「アリシア、俺達も行くぞ」
「うん」
そう言うお兄ちゃんはいい加減寒かったのだろう投影した上着を着ている。
「足元に気を付けろよ」
投影って便利だなと思いながらも頷き、濡れた地面を下へ下へと進んで行く。
あう……暗くて見辛いし足元は水で濡れてて滑りやすい、しかも急な下りだから兄ちゃんが手を繋いでくれなかったらきっと転んで落ちていたよ。
こんな事なら灯りの魔法でも覚えておけば良かったな。
そんな事を思いながら随分長い事グルグルと回るようにして降りて行くと、ぼんやりとした緑色の灯りが私達を迎えてくれた。
「―――――」
でも、如何したのかお兄ちゃんは何だか気持ち悪そうな顔で灯りに照らされた通路を見ている。
「………」
見れば後ろのセイバーさんも表情が引き締まり周囲に油断無く気を配っていた。
「……如何したの?」
「アリシア……此処で油断はするな。
(……ここは死地そのものだ。
事前に言峰から聞いたのと実際に来たのでは雲泥の差があるぞ―――ここは)」
お兄ちゃんの話しは何でだか解らないけれど、私は「うん」と頷いて先へと進んだ。
通路を抜けた先は大きく開けた空洞―――そこに。
「―――ようやくか、随分待ってたぜ」
お兄ちゃんやセイバーさんとは反対に、緊張の無い感じで佇みながらランサーさんは待っていた。
「此処はこんな感じだが、この先にも在るのは大聖杯だけだ―――誰も居ない、まったく大したコケ脅しだぜ」
もしかしたらここに強敵が居ると思っていたのか、ランサーさんは期待外れな感じで肩を竦めるけど。
「いえ、それならそれで良い事でしょう」
「ああ、後は大聖杯ってのを何とかすれば良いんだからな」
その言葉を耳にしたセイバーさんとお兄ちゃんの二人は何処かほっとしていた。
そうなんだ、先程の警戒は最後まで気を抜いちゃ駄目って事だったんだね。
確か以前他の人の意識を視た時、『勝ってナントカの尾っぽをシメロ』とか言う諺が有るのを思い出したよ。
私は……変な感じとかしなかったから気を抜きすぎちゃってたのか。
この前、神父さんが慎重にって言っていたのが良く解ったよ。
そう思うも私達は更に先の方へと歩みを進めると荒野が現れ、そこには神父さんが言っていた建造物があった。
あれが大聖杯なんだろうね、そう判断しながら近づいて行くと不意に大聖杯が震え。
「――――!?」
「―――っ、これは!?」
「はっ、中のヤツも必死って事か」
お兄ちゃんやセイバーさんが緊張を強めるのに対し、事前に周囲を調べていたランサーさんは何処か余裕がある。
多分、あの中にいる子は外に出たいんだけどその手段が無くて困ってるんだろう。
大聖杯によって僅かに揺れる中、私達は当初の目的である大聖杯へとたどり着いた。
お兄ちゃん達に連れられ塔やモニュメントにも思える大聖杯の傍まで来た私は、早速、大聖杯に解析を使ってみる。
やや無駄な仕組みが無くも無いけど、神父さんの言った通り機構自体に問題は無さそうだよ。
この中に繋がっているモノ、聖杯を汚した原因である『この世全ての悪』が住んでるんだろうね。
先ずはお話してみようと、ソコに私の一部をつなげてみる、そうしたら直ぐに治まったとはいえ大空洞全体が揺れるような強い揺れが起きた。
如何やら『この世全ての悪』は嫌がっているみたいと思うも中を視る……でも如何してか、視えるのは私の色なのだろう白銀の色だけ―――『この世全ての悪』は何処に居るのかな?
「………」
結局、どんなに捜しても『この世全ての悪』見つかりませんでした……何でだろ?
「如何しました」
私が大聖杯に触れたまま動かないのが気になるのだろう、セイバーさんは心配そうに私を見つめている。
大聖杯へと繋げていた私の一部を戻しセイバーさんを見上げ。
「ん~、さっきまで『この世全ての悪』がいた筈なのに……居なくなちゃったよ、引越したのかな?」
「―――居なくなった!?」
「……うん、消えちゃった。
多分、これなら中に溜まった力は普通に使えるよ」
「―――痛。まて、隠れているとかじゃないのか?
(にしても、触っただけで良くこんな物が解析出来るな?
俺も解析してみたが脳が焼き切れるかと思ったぞ……)」
私の言葉に驚いたのか、セイバーさんとお兄ちゃんは大聖杯へと視線を向けるものの、お兄ちゃんは風邪でも引いたのか頭を押さえる。
今は冬で寒い季節なのに、上半身を裸でいたのが原因なのかな……む~、これがキャスターさんの策略なのかもしれない?
「ん~、捜したけど居ないよ、この場合如何したら良いかな?」
「では、これは正常な聖杯としての機能が戻ったと考えても良いのですか?」
「うん。でも神父さんの言っていた通り、この聖杯は初めは中身が無いんだ。
この聖杯の造りだと、世界に穴が開いている訳じゃ無いから」
私は「これじゃ詐欺だよ」と口にして大聖杯を見上げる。
「願いが叶う聖杯を手に入れられるからって名目で召喚されたサーヴァントさんを殺害して、中身を満たせば聖杯と呼べるモノに近いモノへとなるんだと思う。
でも、凄い願いを叶えるとしたら何人ものサーヴァントさん達を殺して加えていかないと駄目なんだ―――とんでもない欠陥品だよ」
「では、如何するのです?
(その話は以前の世界でギルガメッシュが言っていた事と同じ。
だが、アリシアは既に別の聖杯を所持している―――こんな聖杯は必要としていないし、する必要も無い)」
「ん~、私は壊れてたら直すか壊すって考えだったからね。
取りあえず聖杯は正常に戻った訳だし、神父さんに直ったよって言えば良いと思うよ?」
「「「………」」」
私の話を聞いたお兄ちゃん達三人も大聖杯を見上げた後。
「……帰るか。
(本当なら、こんな物騒で迷惑な代物は壊してしまった方が良いのかもしれない。
でも『この世全ての悪』が居なくなった以上、直ぐにどうこうなるって訳じゃなさそうだからな。
一度、管理者の遠坂に話してからでも遅くはないだろう。
遠坂ならこんな聖杯を得たとしても、そんなに変な事は願わないだろうし)」
お兄ちゃんが呟く様に言い。
「そうですね―――ですが、その前に」
セイバーさんはランサーさんに静かに視線を向け。
「そうだな」
ランサーさんもセイバーさんに向かい頷く。
「そうだった、ランサーとの共闘は此処までだったな」
「うん、神父さんがランサーさんを護衛に付けてくれたのは大聖杯にたどり着くまでだからね」
後はランサーさんの望みである戦い最強を示す。
それを叶えるだけだね。
ここだと折角直った大聖杯を壊すかもしれないので、少し戻った所。
大きく開けた空洞の天井は十メートルは有るので、ランサーさんが槍を投げても大丈夫な広い空間で行う事にした。
「「全力で戦って」」
「「思い残さず全てを出し切って」」
お兄ちゃんと一緒に令呪を使う。
お兄ちゃんが使うのにセイバーさんは難色を示したけれど、私が使ってお兄ちゃんが使わないのは不公平すぎるとお兄ちゃんは言い渋々承諾。
私も、最後の一角を使うと不公平だと解り使わない事にしたよ。
同時に、向かい合うランサーさんとセイバーさんの体から魔力が溢れ出す。
「決着を付けようかセイバー」
「望むところです」
互いに朱の槍と不可視の剣を構え。
槍と剣が激突した。
ランサーさんもセイバーさんも残像を残しているのか体が幾つもブレて見えるし、セイバーさんは初めからだけど、ランサーさんの槍も既に見えない速さで放たれて続けていた。
「分身してるよ、お兄ちゃん。
ランサーさんもセイバーさんも凄いな」
「ああ。(こうして改めて見ると、サーヴァントを相手に出来るのはサーヴァントだけだって言っていた言峰の言葉は嘘じゃない。
セイバーを召喚しないで戦いの中に入っていったらと思うと寒気がする―――と、言うよりも俺ってよくランサー相手にして生き残れたよな……)」
空中で飛び散る幾つもの火花。
一見して互角の闘いに見える二人だけど―――その均衡もセイバーさんが攻めに転じた瞬間に変わる。
まるでバーサーカーさんの時のセイバーさんの様に、ランサーさんは不可視の剣を受けると後ろに弾き飛ばされ。
そのまま更に後ろに跳躍して姿勢を立直した後、ランサーさんは再び攻勢に出てセイバーさんの剣を封じに掛かる。
見えない剣に対抗するのには、最速の突きを放ち続けるのが良いらしいのか、今のところ薙ぎ払う様な感じはしていないと思う、だって槍が見えないし。
再び空中で飛び散る幾つもの火花。
……何て言って良いのか、セイバーさん強すぎ。
ランサーさんが受けに回ったら、そのまま叩き潰されそうな感じだよ。
それに、何で見えない筈の槍を避け続けれるのかな?
再びセイバーさんの剣を受けたランサーさんは後ろに弾き飛ばされるものの、今度は先程よりも更に後ろに跳躍し着地と同時に投擲の構えに入ろうとした。
「させません!風よ――――!!」
セイバーさんの叫びと同時に、不可視の剣から渦巻きの様な風が吹き荒れランサーさんの助走を阻み、同時にセイバーさんの剣が顕になり黄金の刀身がその輝きを見せた。
「――――ちぃ!(あの不可視の鞘のままなら、セイバーの宝具は出せないと踏んだが!!
よもや鞘を飛ばすとはな!『突き穿つ死翔の槍』(ゲイ・ボルク)を見せたのは失敗だったか!?
――――だが!!)」
セイバーさんはそのまま砲弾の様にランサーさんに突っ込み、火花と共に残像が残る速さで受けたランサーさんを力ずくで退かせてしまい。
ランサーさんも再度跳躍して体勢を立直すと、セイバーさんよりもなお速く、瞬間移動のように姿が消えたと思った時にはセイバーさんと火花を散らしている。
業を煮やして勝負に出たのか、残像と共にセイバーさんは振りを大きくし。
「調子に乗るな、たわけ――――!」
けど、速さはランサーさんの方が上。
セイバーさんの渾身の一撃は刹那で後ろに跳躍したランサーさんに届かず。
「ハ――――!」
その瞬間移動の様な速度を持って致命的な隙を逃す筈は無い。
ランサーさんの勝ちかな?と思った瞬間、セイバーさんは剣を下ろしたまま回転した。
「ぐっ――――!!(やりやがったなセイバー!!)」
「―――(やはり以前と同じく防ぎましたか!)」
先程よりも更に強く弾かれ、両者の間合いは大きく離れる。
サーヴァントと言えどアレだけの攻防をして、流石に疲れたのかランサーさんとセイバーさんは静かに睨み合っていた。
あう、なんか流れ的にランサーさんピンチな感じだよ。
「ならばセイバー我が魔槍受けきれるか!」
今度は仕切り直しせず。
あろう事か槍を下げ、私から魔力を奪う。
そういえば、あの槍の呪いの効果の一つである因果改変ならどんな体勢からでも貫ける。
そう……なんだ、投げるだけじゃ無くて接近用としてああいった使い方もあるんだね。
「良いでしょう―――これで、決着をつけます」
「そうかよ……じゃあな、その心臓、貰い受ける――――!」
ランサーさんの姿が消えた瞬間セイバーさんの前に現れ朱の槍をセイバーさんの足元へと放った。
でもセイバーさんとて英雄、そんな小手先の技は通じない。
だから、セイバーさんは跳んでランサーさんを斬り付け様と前に踏みだし―――ランサーさんの罠に掛かる。
「――――刺し穿つ(ゲイ)」
ランサーさんの持つ槍のもう一つの真名開放。
「死棘の槍(ボルク)―――!!」
下段に放たれた魔槍は因果を狂わしセイバーさんの心臓へと向う。
「全て遠き理想郷(アヴァロン)――――!!!」
ソレは正に一瞬。
ランサーさんの槍ゲイ・ボルクは因果を狂わし心臓を貫く一撃必殺の槍。
でも、それは呪いでもある――――呪いは弾かれれば自身に降りかかるモノ。
故に―――
「――――が、はっ」
セイバーさんが鞘を出して別の世界に入り、世界の壁により因果逆転の効果が弾かれた魔槍はその対象を自身の使い手の心臓に変え貫いていた。
その姿のランサーさんはまるで自殺したかの様でいて、そんなランサーさんをセイバーさんは鞘を戻して静かに見詰めていた。
それもそうだね……これ以上剣を振るう必要はないもの、戦いはもう終わっているのだから。
ランサーさんの心臓は自身の槍で完全に破壊されてもう戦うなど出来る訳が無い。
ううん……それ以前にまだ現界出来ているのが不思議な程だよ。
「ランサーさん」
私がランサーさんへと駆け出すなか、手に刻まれていた令呪が消えていく。
「済まねぇなマスター、勝たせてやれなくてよ―――」
ランサーさんの体は薄らと消えかけている。
「ううん、私の事は良いよ。
でも、こんな結果になちゃったけどランサーさんは満足出来た?」
「……ま、ん…ぞく――――っは、くははは。
(そうかよ……そう言う事かよ。
元々は大聖杯までの護衛でその後は俺の望みを叶え様としていたのか。
まあ、当然と言っちゃあ当然か……そもそもマスターは初めから聖杯を持っているから聖杯戦争なんてのをやる理由が元から無い。
アリシアはただ言峰の野郎の願いを叶え、俺の願いを叶え様としていただけなんだからな。
そこに自身の願いなど初めから無い、か。
ありゃとっくに自分の聖杯使ってるしな……こりゃあ、護っていたと思っていた筈がその実、護られていたって事なのか?)」
ランサーさんは、何が可笑しかったのか呻く様にして笑ってるよ。
「マスター、コイツは餞別だ受け取りな」
ランサーさんは、胸に刺さった朱の魔槍を一気に引き抜くと私の足元に突き刺し。
「ほえ?」
その行いにちょっとびっくりしながらも、私はランサーさんを見上げた。
「マスター。俺も英雄だ、借りぱなしってのは性に合わねぇ」
そう口にしながら片膝を付くランサーさんは私の手に槍を握らせて。
「それになアリシア。
昼間俺にアレだけ近づけたんだ、これからも鍛錬を欠かさずにいれば、何れ俺を超えられるだろうよ―――コイツはその前祝みたいなもんだ。
まあ、もし此処で六回目ってのがあり、お前が令呪を持っていたのならまた呼んでくれても良いがな」
私の頭をクシャクシャと撫でると。
「じゃあなマスター、今回は楽しませて貰った」
満足した顔で消えていった。
でも、ランサーさんの残した魔槍は私の手の中に残りその存在を示し。
「アリシア、ランサーは貴女に誇りを託したのです―――それを忘れてはなりません」
セイバーさんの表情も何処か満足気な感じがしていた。
「着いたよ」
ランサーが消えた後、アリシアの空間転移により私達は衛宮邸に戻りました。
―――しかし。
「アリシア、一つ訊ねますが。
何故、キャスターとの戦いにてバーサーカーにしたように空間転移を使わなかったのです?」
キャスターに勝ったは良いが、あの時のアリシアは空間転移を使わず何時の間にか習得していたランサーの宝具を真似た魔術を放ったのだから。
いえ、アリシアは―――既に魔法使いなのですから私には理解の出来ない様な方法であの魔槍の呪いを読み取り、その神秘を自らのモノにしたのでしょう……
しかし、一工程でこれ程の事を成し遂げれるアリシアの空間転移は魔法の域にも達するモノであり、キャスターとの戦いで使われれば―――恐らくキャスターはバーサーカー同様為す術もなく瞬殺された筈です。
まさかキャスターを、あの魔術の実験台に使ったのでは?
仮にそうだとすれば、それは驕りであり英霊と呼ばれた者に対する侮辱に他ならない。
「ん~、だってキャスターさんも空間に干渉出来るんだよ。
私がバラバラにして転移させても、きっと空間操作で合体して元に戻ると思うよ」
「……空中で合体、空間転移とはそういったモノなのですか」
そんな馬鹿なとも思えましたが……
それを語るアリシアの様子からは、英霊を侮辱するような気配は感じられずにいましたので私の考え過ぎだったのでしょう。
それに私は魔術師ではありません、成る程、バーサーカーですら細切れにした空間転移ですら同じ空間転移を使えるキャスターには通じないのですか―――空間を操る技とは奥深い。
確かに空間が閉じきる前に、自ら同じ場所に転移すれば無事なのは解りますが……しかし、そんな簡単に転移先等解るものなのでしょうか?
「うん、それに危なくなったら自分から分解して別の場所で再構築すれば良いんだよ」
「一口に空間転移と言っても奥が深いものなのですね」
「そうだな、俺にもサッパリだ。
(魔法が使えるアリシアの空間転移は当然魔法の域なのだろうから、半人前の俺が理解出来るなんて思えないしな)」
息をはき星空を見上げる。
今夜の戦いでランサー、アサシン、キャスターが消えた。
残りはアーチャーにライダー。
ライダーは前回での戦いではキャスターのマスターに倒されてしまい、真名や宝具等は解っていません。
そして、アーチャーはアーチャーでシロウの未来の一つ、英霊エミヤですからやり難い相手です。
ですが、アーチャーがあくまでシロウを狙うのなら私はアーチャーを倒すだけの事。
私はシロウの剣なのですから。
そして―――ギルガメッシュ。
失ったと思っていた鞘を返されたのです、全ての財を持った最古の英霊、英霊殺しだとしても勝機は有ります。
聖杯戦争はまだ終わってはいません、特に今回は凛が敵のマスターとして現れる以上、気を抜く等は出来ないでしょう。
私の剣にかけこの二人は必ず護りきると決意を固め、シロウ、アリシアと共に家の中に入ると。
「え?」不意にアリシアが声を上げ振り向た。
「大変だよ、イリアお姉ちゃんの様子がおかしいんだって」
―――っ、!?
アリシアの持つ聖杯にて私の望みは達成する事は出来ないと解り、すっかり失念していましたがイリヤスフィールこそ第五次聖杯戦争の聖杯でした!
私が知っているだけでもランサー、バーサーカー、アサシン、キャスターと四騎もの英霊の魂が取り込まれているのです。
心臓が聖杯であるイリヤスフィールが無事とは考えにくい。
「イリヤが如何して!?」
「それ以前に何故解るのです?」
「ポチが言ってるんだよ」
ポチ……ああ、よく回るあの丸い玉ですか。
確かシロウやランサーが言っていた話からすれば、かなりの力を持った精霊だった様ですが。
実際に見てい無い以上、その実力は未知数といえる。
「何があったんだ!?」
「それがポチにも解らないって言ってる、私見てくるよ」
とてとてとアリシアは走り出し。
「解った俺も行く」
ふとシロウは振り向き。
「セイバー、邸の中に他のサーヴァントの気配はあるか」
「いえ……この邸くらいならアサシンでも無ければ解る筈なのですが」
既に気配遮断を使えるアサシンや、遠くから魔術を用いるキャスターはいない。
……ですが、前回の第五次と違いアリシアが居て、凛が敵のマスターとしている以上。
私の知らないサーヴァントが、アーチャーかライダーで存在している可能性も否定は出来ない。
「そうか、ならアシリアからも離れない様にしないと」
「ええ」
アリシアの速さに合わせ、イリヤスフィールが居る部屋に向う。
「イリヤ!」
戸を開き入るなり叫ぶシロウ。
私も部屋に入り見るとイリヤスフィールは布団に入り横になっていた。
側には丸いモノ、ポチが相変わらずクルクルと回り、アリシアはそのポチの前にしゃがむと私達に視線を向ける。
「ポチが言うには、イリアお姉ちゃんは急に倒れちゃったんだって。
疲れてるのかも知れないから、静養出来る様にって布団を敷いて寝かせているんだって」
アリシアはそう口にするものの、何というかあの丸いモノが布団を敷いている姿は予想出来ない。
しかし、アリシアが出来ると言うのならそうなのでしょ―――っ!まて、前回の聖杯戦争の時は確か!?
「お、おいセイバー」
私の考え違いなら良いのですが。
前回の五次、イリヤスフィールの心臓を埋め込まれ暴走した慎二というマスター。
助け様としていた凛と、目前に広がった召喚方法を間違え現界したサーヴァントの肉塊。
そして、第四次聖杯戦争でのアイリスフィール。
違っていれば良いのですが―――
布団を剥ぎ、服を脱がしていく。
「……これは」
イリヤスフィールの顔から下は、魔術回路に沿ってなのか微かな白銀の色が光を放ち。
「なっ、イリヤ―――!?」
ソコから体だったモノが砂の様に形を崩していた。
これは聖杯の影響なのですか!?
確か四次のアイリスフィールは体内に聖杯を隠していたという―――ですが、あの時の私はアイリスフィールの姿を見ていない。
ではイリヤスフィールも同じく、完全な聖杯となる為に自らの体を犠牲にしなくてはならないのですか?
前回の第五次で起きたように別の者が聖杯を入れた様な暴走はしないでしょう……しかし、何と業の深い。
「……これ」
アリシアがイリヤスフィールの微かに光る部分へと触れ。
「そうなんだ、イリヤお姉ちゃんが聖杯だったんだね」
「イリヤが聖杯だって」
「うん、この聖杯戦争の聖杯は大聖杯と小聖杯に分かれていて。
大聖杯が準備の為に英霊さん達を呼び出して、小聖杯は倒された英霊さん達を溜めるモノ。
これを、所定の場所で使えば中に溜まっていた魂、英霊さんのエネルギーを使う事が出来るんだって」
アリシアはイリヤスフィールの前に立ち。
「でも、まだイリヤお姉ちゃんの魂はまだ此処にあるから手遅れじゃない、やってみる」
瞬間、イリヤスフィールの体は幾つもの光と共に崩れ消えていく。
「六人―――そうなんだ、なら聖杯戦争は終わりなんだね、じゃあ」
アリシアが私を向き衝撃が走った。
鈍い痛みと共に理解するコレは致命傷だと。
そんな事一目見れば解る。
アシリアが振り向いた時、私の左腕ごと左胸が消えたのだから。
恐らくは、あの恐るべき空間転移で消されたされたのだろう。
「……ア、シ…アな…ぜ」
此処まで来て、私は護ると誓った相手に裏切られ果てる事となった。