『さあ、次の試合に参ります!! 麻帆良女子中等部3-A所属、桜咲刹那選手、
そしてこれまた麻帆良女子中等部3-A担当副担任国語教師、久門紅助(ひさかどこうすけ)選手。女子中等部3-Aの関係者が再び対戦です!』
ワアアアアア、とふりそそぐ歓声を流しながら私と隣で歩く対戦相手、久門先生は舞台に上がる。
『キュートな猫耳メイド服に身を包んでおります女子中学生、桜咲刹那選手。先ほどの神楽坂選手同様の可愛らしい女子中学生の登場に会場も盛り上がっております。』
ムッハー!
カワイイ―!
カメラが!カメラが!?
うう、考えないようにしているのに。
朝倉さんのせいで今着ている服の恥かしさに少し落ち込む。
『対するはその採点スピードの速さと正確さから赤ペン先生クモンのあだ名で親しまれている久門紅助選手。はたして彼の実力は如何に!』
ザケンナー引っ込め―
もっと採点おまけしろー
赤い字怖い赤い字怖い
対象的に声援とは言い難い観衆の声も久門先生にはどこ吹く風といったようでいつものように緊張感なく舞台の向こう側に歩いていく。
正直意外ではある。3-Aには裏に関係する者が多くいる。例え本人が自覚していなくとも何らかの関わりを持つ者もいる。
けれど久門先生は一年の頃から私達の副担任だったが裏はおろか簡単な力仕事すら僕は体力ないからと言ってよく新田先生に怒られていたぐらいの人だ。
とても戦うどころかこのような試合に参加していることが信じられない。
予選を見ていないためどのように勝ち残ったか分からないが今こうして面と向かっても素人としか思えず何かの間違いなのではないかと勘ぐってしまう。
「うーん、まいったねぇ」
「?何がですか?」
首を傾けつつ唸る久門先生に問いかける。
「いやね。僕はちょっと目的があってここにいるんだけど、そのためにはまず桜咲、君に勝たなきゃいけない。
でも僕は教師だから生徒である君に怪我をさせるわけにはいかないんだよね」
ポリポリ頬を掻いて「高畑先生は正直やりすぎだね」と愚痴を漏らす久門先生。
それは…なるほど。確かに普通に考えればためらう理由にはなるだろう。けれど
「お心使いはうれしい限りですが遠慮は無用ですよ久門先生。私は武道に身を置く者です。怪我などすることに恐れはありません。
それに、お言葉ですが私はそれなりに腕は立つ方ですので、この場においてはそのような気遣いはなさらないでください」
そう。一般人の感性なら確かに抵抗を感じるだろうけれども私は裏の世界の住人。怪我等数えきれないくらいしているしそれに対してどうこう思ってもいない。
何より気も魔力も使えない、戦う者独特の雰囲気すらない一般人である久門先生に私を倒す術があるとは思えなかった。
傲慢のように思えるかもしれないが一般人と裏の者にはそれくらいの実力差があるのだ。
「うーん、でもねー」
未だに納得のいかない様子の久門先生だったが突然何か思いついたようでこちらを見た。
「ねえ桜咲、君は剣道部だったよね?」
「え?あ、はい確かに所属していますがそれが何か?」
私の答えを聞くと何処か嬉しそうにうなずきながら「ならこれが使えるね」と彼のトレードマークでもある赤ペンを胸ポケットから取り出す。
「桜咲、提案があるんだけど」
「?はい、何でしょう?」
「試合が始まったら僕は君を
“殺す”
そうしたら負けを認めてもらえるかな?」
場が一瞬シン、と静まり返ったかのように感じた。
「あ、あの先生?一体何を…」
「だから、僕は君を“殺す”から君がそれで自分の負けと感じたら審判に棄権するって言ってほしいんだよね。
それなら僕は君を傷つけずに済むし試合に勝つこともできるからね」
どうやら“殺す”というのは比喩表現らしい。それは理解できた。だけれども納得が出来るかと言われればまるで出来ない。
「それは冗談のつもりですか?だとしたらあまり上手くはありませんよ?」
「いやいや僕は至って真面目だよー」
話しながらくるくるくるくるペンを回す久門先生。
…どうやら本気で私を怪我させずに“殺”そうと思っているようだ。
正直これが敵に言われたものならば舐められたものだと感じるだろう。
だが久門先生は一般人。どのような方法を使うつもりか分からないけれど恐らくこちらの実力も分からず私を無力化させようと思っているのだろう。
ならばその条件を飲み真正面から打ち破ることで逆に先生に無傷で退場してもらうことにしよう。
私としても一般人である久門先生に裏の技を使う気にはなれないし渡りに船だ。
「いいでしょう。ですがそれを私が防いだ場合は先生が棄権していただけますか?」
「うん、いいよ。朝倉も聞いてたね?」
審判である朝倉さんに確認を取るとパシッとペンを掴みこちらに軽く腕を曲げた状態で「いつでもいいよ」と促した。
「朝倉さん。私も始めてもらって構いません」
「え?ああオッケー。それではみなさまお待たせしました
第七試合~…Fight!!」
開始と同時にデッキブラシを片手で持ちすぐに対応できるように構える。
約束通り初手は久門先生に譲ることにしよう。
さあ久門先生は何を仕掛けてくる?
……
…………
…………………?
最初の構えから微動だにしない久門先生。
「先生。もう始まってますよ?」
一応確認してみるが久門先生はにやにや笑うばかりで一向に動こうとしない。
「どうしたんですか?来ないのならばこちらから行きますよ?」
再び確認を取っても何もしようとしないのを見てこれ以上は時間の無駄かもしれないと判断し行動に移すことにする。
瞬動で久門先生の後ろに回り込みデッキブラシを突き付けることで戦意を喪失させる。
これなら怪我をさせることなく終わらせられるだろう。
いざ動こうとした時、私は何か違和感を覚えた。
何だ?先生は何も動いていない。なのに最初と何かが違う気がする。
一体何が―――
「ちょっちょっと桜咲さん、首、首!」
「え?首?」
何かに気づいたらしい朝倉さんが私を見て急に騒ぎ始めた。
何やら私と自分の首を交互に指指している。
首?別に首には特に何かあった訳でもないはずだが。
そう思いながらも何処か気になり視線は先生から外さず片手で軽く首筋に触れ視界に入る位置に指を運んだ。
紅いナニカが指先に着いていた。
血?
“殺す”
久門先生の言葉が頭をよぎり指を凝視する。首筋に痛みはない。ならばこれは――
「赤インク?」
はっと先生を、いや先生の持っているペンを見る。
違和感の正体に気づいた。
試合前には確かについていた赤ペンの蓋がいつの間にか外れている。
まさか、あれで引いたのか。私が気付かぬ内に首に線を引いたのか?
驚いている私を見てペンを再びくるくる回し始めた先生はにやにやとからかうような笑顔のまま私に止めを刺す。
「描かれたのは首だけかな?」
先生から、敵から視線を外すという愚行であるにも関わらず私は自分の体を確認せざるを得なかった。
両手親指、両手首、両足、腹部、それぞれに紅いラインが走っていた。
信じられない。間違いなく動いてはいなかった。
縮地でもない。
いつ描かれたのか分からない。
どうやって描かれたのか分からない。
分かるのは描いたのは久門先生で、もし赤ペンではなくナイフのようなものだった場合私は確実に“殺されていた”ということ。
ぞっとする。
声が漏れそうになる。
今まで死を感じたことは何度もある。
だがこんな恐怖は知らない。こんな殺意も敵意もなく攻撃の予兆すら実感出来ない死は感じたことがない―――!!
「で、どうする?」
声を掛けられ今が試合中だと気付く。
「まだ戦う?」
いつもと同じのんびりとした穏やかな口調。
威圧感もない。試合が始まる前と何も変わっていない。
なのに、どうして先生が全く知らない別人のように感じるのだろう。
にやにやしたまま先生は手に持つペンをくるくる回す。
くるくるくるくる、クルクルクルクル
それがまるでカウントダウンを刻む秒針のように思えた。
別に怪我をした訳ではない。まだ戦闘は可能だ。けれどもここから久門先生と、得体のしれない何者かと戦うという気にはなれなかった。
「………朝倉さん、私は棄権します。この勝負は久門先生の勝ちです」
『へ?あ、えっと、はい。試合終了ー!桜咲選手棄権のため久門選手の勝利ー』
ええもう終わりー?戦ってねえじゃんーといった野次が飛ぶがそんなのはどうでもいい。
ああ良かった。PTAは怖いからねえ、と肩をすくめて舞台裏に戻っていく久門先生を追いかける。
「待って下さい久門先生」
「おお桜咲、いやあお互い怪我もせずにすんでよかったねえ」
先のからかうようなものではなく純粋な笑顔でほっとしたようにこちらに振り返る久門先生。
「あなたは何者ですか?」
「うん?何者って僕は君達3-Aの副担任であり国語教師でもある久門紅助だけど」
「そうじゃありません。先生は、その、一般人のはずです。先生が知っているかは分かりませんが先生からは裏の気配がないんです」
そう、試合前も、試合中も、そしてあれだけ凄いことを行なった後である今も、久門先生からは気も魔力も感じられないのだ。
隠しているという風ではない。本当に感じられないのだ。なのにあんな芸当を行なえるだなんて普通ではない。
普通なのに普通でない。こんな矛盾したことができる人がいるだなんて―――
「答えてください。あなたは何故あんなことが出来るのですか?」
私の問いかけに未だくるくる回していたペンを握りなおし胸に納めると「何だそんなことか」と首のみこちらに向けた。
「ほら、良く言うだろ?
ペンは剣より強しってさ」
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イメージ的にはDBのシンを意識してみた。
初登場時の界王神はかっこよかったのになあ