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No.18266の一覧
[0] ある店主(ry 外伝リリカル編[ときや](2010/10/15 21:45)
[1] 第一話[ときや](2010/04/26 17:51)
[2] 第二話[ときや](2010/06/01 18:18)
[3] 第三話[ときや](2010/05/24 23:48)
[4] 第四話[ときや](2010/05/23 18:35)
[5] 第五話[ときや](2010/05/24 23:49)
[6] 第六話[ときや](2010/05/29 01:25)
[9] 第七話[ときや](2010/05/30 19:39)
[10] 第八話[ときや](2010/10/05 23:24)
[11] 第九話[ときや](2010/06/11 00:15)
[12] 第十話[ときや](2010/06/11 23:00)
[13] 第十一話[ときや](2010/06/25 20:13)
[14] 第十二話[ときや](2010/06/25 21:21)
[15] 第十三話[ときや](2010/07/10 00:53)
[16] 第十四話[ときや](2010/07/17 03:29)
[17] 第十五話[ときや](2010/07/26 00:24)
[18] 第十六話[ときや](2010/08/08 22:26)
[19] 第十七話[ときや](2010/09/12 23:23)
[20] 第十八話[ときや](2010/09/13 15:58)
[21] 第十九話[ときや](2010/10/06 00:46)
[22] 第二十話[ときや](2010/11/12 21:46)
[23] 第二十一話[ときや](2010/11/12 23:43)
[24] 第二十二話[ときや](2010/11/26 21:35)
[25] 第二十三話[ときや](2010/12/24 22:09)
[26] 第二十四話[ときや](2011/01/31 16:35)
[27] 第二十五話[ときや](2011/03/01 14:55)
[28] 後書き+拍手返し[ときや](2011/03/01 15:01)
[29] 拍手返し過去物[ときや](2011/03/01 15:03)
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[18266] 第三話
Name: ときや◆76008af5 ID:e16efd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/24 23:48

 ついこの間珍しく休暇を取り、電話してきたフェイトの話だが、なのはの様子が極端におかしくなったらしい。二年ほど前辺りからちゃんと働かなくなったと言う。近頃は特に食事に誘っても用があるといって断ることが多くなった。
 ここは彼女の親友として一つ言っておくべきか。何を言っているのだ、と。何せ彼女たちは寸暇を惜しんで働いている。休日出勤深夜残業は当たり前。聞く話によると人事部が泣いたそうではないか。
 外国人から見れば過労死するのではと言うほど働いている日本人の視点から言っても、彼女らの働きぶりは異常と言うか異様と言うか、狂っているものだ。なのははおかしくなったのではなく、むしろ正常になったとしか聞こえない。
 そう思いながら、私は優雅にコーヒーを嗜みたかった。

「……今、何て言った?」
『だからなのはがとられ――』
「そうじゃない。今あんたデートって言わなかった?」
『う、うん。この前なのはの手帳確認したらね、来月そんな予定が……』
「……そのデート、なのはがするの?」
『そうだと思う』

 最初は何の冗談だと思った。しかし、フェイトのことだ。このような冗談を言うような女性らしさはあいにく持ち合わせていない。あの人についても同じだ。
 本当に冗談であってほしかった。私達五人の中で、まさかよりにもよって重度のワーカーホリックだったなのはが仕事中毒が治っただけでなくデートすらするというのだ。一体どのような超絶化学反応が起きたというのだろうか。
 なのはがデートするということよりワーカーホリックが直ったということより、なのはに先を越されたということが私にとってもっともショックだった。

「ちょっと待って。今すずかを呼ぶから」
『うん』
「ちなみに相手はわかっている?」
『そこまでは書いていなかったけど』
「そう……もしもし、すずか。今すぐここに来なさい。五分以内……え? ああ。なのはがデートするそうよ。ええ。事の深刻さを理解したならすぐに来なさい!」

 すずかは三分で到着した。この際方法を問うべきではない。
 それから三人で深夜遅くまで語り合い、来月の某日の計画を着実に立てた。もちろんその計画とはなのはの尾行だ。相手の名前がおそらくユウキであるのはフェイトの話を纏めた際に分かった。
 デートの場所は第3管理世界。様々な曰くのある文化遺産や芸術品が多く展示され、一方で美しい自然の景観も楽しめる、今年デート先として行ってみたい世界の第三位に輝いた世界だ。
 ちなみに一位は地球。なのになのははデート先に地球を選ばなかった。これは相手が地球を知り尽くしているからと見て良いのだろうか。その可能性は否定できない。



――当日

 月日が経つのは意外と早いものだ。久しぶりにそう感じたあわただしい一月であった。あの日から何度か計画の修正を行い、万全の準備をしてきた。ただフェイトたちは急な予定で来れず、はやては現在指揮官研修の真っ最中で抜け出せない。守護騎士らもそれぞれ外せない予定があったため、結局計画に参加できなかった。
 最終的に現地にいるのは私――アリサ・バニングスと月村 すずか、ザフィーラの以上二名と一匹である。とあるブラコンと親馬鹿がドイツより無理に来ようとしていたのだが、あの人が混ざれば確実に計画が破綻する。今回は諦めてもらった。
 ただ、あの二人を止める際に交換条件として桃子さんからデートの一部始終を余すことなく録画するように言われている。もちろん月村家特製高解像度のカメラで。予備もバックアップも抜かりなく、ザフィーラに押し付けた。

「つまり我は荷物持ちか」
「まさかあなた、男の癖にレディーにそんな荷物を押し付ける気?」
「淑女であるなら荷物を押し付けないと思――いや、何でもない」

 最高級ビーフジャーキー5kgに釣られた犬が何を言う。むしろ報酬分の仕事はしてもらいたいものだ。
 ちなみにザフィーラには外見を気にしてもらい、子犬になってもらっている。流石にあの大型犬であると目立ちすぎるのだ。

「ごめんね、ザフィーラ。こんな仕事押し付けちゃって」
「問題ない、月村。これは我の責任だ」

 さて、現在すぐそこの広場にある時計塔の下にはなのはがいる。彼女には悪いが、服にこっそりとリンディさんから貰った微小マイクを着けさせてもらった。これで会話のほうもちゃんと聞こえる。

「ところで、今何時?」
「えっと……九時十分前だけど」
「約束の時間は?」
「十時だよ」
「……一時間以上前から来るなんて、どんだけよ……」

 いくら自分から誘ったデートとはいえ、あまりに早く来すぎている。服もあるどこかのファッション雑誌で見た覚えのある服だ。コーディネートは派手なものではなく、非常に落ち着いたもの。無理に背伸びをしているようにも見える。

「ごちそうさま。勘定、お願い」
「はい、かしこまりました」

 二つ隣の席で優雅にカフェラテを飲みながら小説を読んでいた客が席を立つ。これでこの店には私たちしか居なくなった。
 視点を戻す。現在のなのはは髪も結んでおらず、最初見たときはどうしてここに桃子さんがと我が目を疑ったものだ。子は親に似るというが、アレは正直そっくりだ。たぶん同じ服を着させて並ばせたなら、初見では区別がつかないだろう。

「本当、気合入れているわよね、なのは」
「うん。服も良い感じだし、場所に似合っている。どんな男でも堕ちるわよ」

 あそこまで気合を入れられると誰がここまでなのはを変えたのか、楽しみで仕方がない。
 ただ遅い。本来デートとあればたとえ誘われた側であろうと女性より早く来るのが男性の嗜みではないだろうか。もうなのはを二十分も待たせているというのに、一体相手は何をやっている。
 ここは一つ、友として一人の女性としても殴らねば気がすまない。それも後だ。このデートが終わってからにしないと計画が破綻する。

「あ、ユウキくん!」

 マイクが嬉しそうな声を拾った。もちろんそれを言ったのはなのはである。彼女の視線を追うとその先に恐ろしく白いコートを纏った青年がいる。
 見たところ普通の青年だ。美形であるというわけでも醜悪であるわけでもない。黒髪黒目の普通の青年である。ただその笑みはには人を安心させる何かがある。そしてそれを私はわけもなく懐かしいと感じた。

「なのは、早く来すぎじゃないかな?」
「……もしかして、見てた?」
「まあずっと」

 どうやら最低三発は殴らなければならないようだ。会って早々服を褒めるでもなく聞くことはあんなことであり、またなのはより早く来ていたというのに放置していたのだ。最低三発、全力で殴ろう。

「もう、早く来ていたのなら声かけてよ」
「ごめんね。ただ、まさかこんなにも早く来るとは思わなくて。何時気付くかなと待ってしまったんだ」
「ぅう……バカ」

 現在午前九時。デート開始を確認。

「良い雰囲気だね」
「そうね。少なくとも悪くはないし、似合っているわ」

 普通の癖してあの二人に一切の気負いや違和感がない。緊張して動作の固いなのはではなく、かなりのんびりとした雰囲気を纏っている青年のお陰だろう。彼のお陰であの二人がお似合いに見える。ふむ、殴るのは最低三発から約三発に減らそうか。
 二人の後を追うように私たちも後を追う。もちろん怪しくない程度に変装をしている。現在のなのはであれば今の私たちに気付くことはまず、ない。

「どうしたの、ザフィーラ?」
「む……いや、何でもない」

 不意にザフィーラが後方の上空を気にした。目を凝らしてもそこには何もない。一体何があったというのだろうか。
 気にしつつもなのはを見失わないために足を早める。

「ところでそろそろ今日の予定を聞いても良い?」
「それは、秘密だよ」
「そうか……それは楽しみだ」

 現在この世界は秋のため、すぐ近くを流れる水路や今歩いている道には鮮やかな紅や黄色の落ち葉で彩られている。また風によって紅葉は空を舞う。それが青年――ユウキの白いコートに良く映える。
 天気も晴天、まさに絶好のデート日和だ。そのためか、街中にはちらほらとなのはたちと同じようなカップルがいて、何を言おう。目が痛む。
 全く、近頃の男は甲斐性も剛毅もない。高々大企業の娘と言うだけで多くの男性が離れていく。近づくやつらはたいてい下心を持っている。何とかならないものか。

「あとね、買い物がしたいんだけど、良いかな?」
「良いよ。それじゃ行こうか」
「あ、ちょっと待って!」
「ん?」
「あ、あのね……手、繋いでも、良い?」
「……良いよ」

「…………」
「………………」
「……そこに喫茶店があるぞ」

 今すぐ誰かに聞きたい。私たちの知らない間に一体何があった。出来る限りスマートな答えを期待する。
 とにかく思わず近くの喫茶店で無糖のブラックコーヒーを注文のは悪くない。まさかあの恋とは無縁の人間がいつの間にか立派な乙女になっていたのだ。無防備だったせいもあり、その胸焼けは言わなくてもわかってくれるだろう。

「買いたいものとかある?」
「えっとね、友達の分のお土産」
「お土産、か。食べ物の類は後にするとして、なら置物とかだね。まあ適当に回ろうか」
「うん!」

「無邪気な笑顔に罪悪感が募る」
「本当にごめんね、なのは……」

 むしろ若干顔を赤らめつつも長年親友をやっていても見たことがないほどの笑顔を見た。正直私たちは場違いなのではないだろうか。彼らはこのまま自由にしておくのがベストなのでは。
 今更ながら、今になってやっと後悔の念が襲ってきた。他人の恋路に首を突っ込むべきではない。たとえ何があろうとも。
 それから二人はいくつかの店を回り、様々なものを物色した。流石に全ての店についていくのは悟られる恐れがあるため店先で張り込んだりしたが、始終なのはは嬉しそうだ。今からでも遅くはないから帰るべきかもしれない。
 だが、一方でこのまま観察していたいと言う欲求がある。デートは今日からだ。それは分かっている。しかしそれ以上のことは先のなのはが言っていたように未定である。
 フェイトが知人という立場と執務官と言う権力を生かし有給を取る用意が出来ていることを知っている。時と場合によっては期間が三日にも四日にも伸びることだろう。実に――実に興味が尽きない。

「ねえ、これなんてどうかな?」
「ぬいぐるみか。たしかその人はなのはと同じ年齢なんだよね。ならそれよりもこちらの置物の方が良いんじゃないかな」
「でもこっちの方がかわいいよ?」
「だね。だけどそれは大きすぎるんだよ」

 窓ガラス越しに観察する。確かにあの犬のぬいぐるみは大きすぎる上、流石に私もすずかも高校生だ。あんな大きなぬいぐるみを貰うより、ユウキが持っているガラス細工の犬の方が良い。

「どうやら成長したのは乙女心だけのようね」
「なのはちゃんらしいと言うか……でも相変わらずでホッとしたね、アリサちゃん」
「まあね。むしろそこまでの成長をしていたらなのはかと疑っていたかも」
「あ、あはは」

 声も似ている。姿も似ている。それで心まで似てしまったのならどう見ても桃子さんにしか見えなかっただろう。そう意味で言えば安心したと言える。
 しかも今までに得た情報をちゃんと分析し、私の好みにちょうど合った置物を選んでくれるとは、できるな。さらにはすずかの分も抜け目なく選んでいる。

「親友が選んだものより知らない人が選んだ物の方が良いとは、妙な話だな」
「冷静なつっこみどうも。だけど次その口開いたら蹴るわよ」
「すまん」

 ふと視線を戻す、もう一度辺りに眼をやる。だが、どこを探してもやはりいない。眼の錯覚ではないようだとまた視線を戻すと、いやいた。疲れでもたまっているのだろうか。今夜はしっかりと眠っておいた方が良いようだ。

「次はあそこに行こ!」
「焦ったらこけるよ。この辺の道路は昔ながらの石畳だから」
「大丈夫だよ。だから早く――にゃあ!」
「だから言ったじゃないか。近頃自分の運動神経の無さを忘れていない?」

 それから服飾、装飾や由緒ある文化遺産を回りながら一時道端の喫茶店に立ち寄って休憩を挟み、時刻は午前11時を回ったころだ。

「そろそろお昼にしようか」
「あ、そうだね。どこにする?」
「どこにするってなのは。折角の紅葉なのに店なんかで食べるつもり?」
「じゃあ……どうする?」
「それは秘密。今は何も聞かずに着いてきて」

 そしてユウキはなのはを連れて街中を歩き、時々思い出したかのように空を眺め、水面を見、また歩き出す。時々その時の目が私には見えない何かを見ているようで、どこか薄気味悪い。
 住人にすら忘れられたような暗いわき道を右へ左へ。時々壊れかけた橋を危うげなく通ったり、締め切られている扉を蹴破り、長い階段を上る。それで良いのかお前。

「もうすぐで着くけど、大丈夫?」
「うん、何とか……」
「まあ頑張れ。後五分ぐらいだから」

 妙に薄暗く、かび臭い通路を通り、古ぼけた扉の前に到着した。その扉も腐っており、取っ手にいたっては持った瞬間に折れていた。一体このようなところに何をしにきたのだろう。

「こんなことして大丈夫なの?」
「どうせここ、立ち入り禁止区域だしね。人は来ないから問題ない」
「いや、そういう問題じゃないような……」
「それじゃまあ、到着。本当はこんなところ、夕暮れに来るものだろうけどね」

 山々は紅葉により紅蓮や橙、黄色に染まり、田畑はたわわに実った穂の美しき金色で染まっている。空は青く透き通り、またこれはこれで美しさがある。もしも夕暮れであるならば、田畑は本当に金色に煌き、空の暁と得も言えぬ調和を見せてくれるだろう。

「ここを知って何がむかついたかと言うと、誰もこれに気付いていないことだよ」
「…………」
「本当に、もったいない話だ」

 今いる場所は町を取り囲んでいる外壁の見張り台だ。すでにここは時代の波に流され、維持する必要がなくなったため、多くの人が来なくなった。長い時と共に何時しか見た目だけの外壁となり果てたのだろう。見事に朽ち果てている。

「さあ、お昼にしよう」

 それからも二人のデートは続く。しかしいつの間にかエスコートする人がなのはからユウキに代わっていた。

「私がデートに誘ったのに……わがままばかり言っている」
「ああ、気にしなくて良いよ。僕は僕なりに楽しんでいるから」
「でも私、ユウキくんに何も出来ていないよ」

 その事実に気付いたのは実にもう一日の終わり、今から夕食を食べにレストランに向かっている時である。もちろんそのことに非常にショックを受け、先ほどまでの良い雰囲気を吹き払う。
 誘った側としてはこちらの持て成しを楽しんでもらいたいのだが、持て成せないのでは意味がない。その上なのはは常にあれしたいこれしたいと言ってばかりいた。ショックを受けるのも無理はない。
 それでもまあ、よくぞそんな我が儘に何一つ嫌な顔せず付き合っていられたものだ。普通の男性なら少なくとも表情を少し歪めると言うのに。それほどまでにポーカーフェイスが上手なのであろうか。

「僕としては唯笑っていてくれるだけで十分なんだけど」

 それなんて殺し文句。それなんて殺し文句。大切なことなので二回言っておく。
 しかも本心から言っていることが疑いようがないほど分かりやすいため、殺し文句としてきちんと成立している。
 流石に恋の駆け引きに慣れている女性は一度で落ちないが、しかしなのはは恋と言うものに免疫がない。今日のデートの過程、本心からの言葉、今までの雰囲気を加えると、落ちるはずだ。
 いやあんな言葉を素面で、しかも何気なく言える分、もしかしたらもう落ちているのかもしれない。

「今日は飲む?」
「うん、もちろん」
「明日の仕事は大丈夫?」
「大丈夫だよ。有給も溜まっているから、それも消化しないと」
「うん、わかった。でもたくさんは飲ませないからね」

 予約を取っても先一月は予約で埋まっていると言う有名なレストラン。その店に予約無しでは入れたユウキは一体何者なのか。
 それ以上に尾行していた私たちも普通に招かれた。本来あるべきドレスコードも何も言われない。どうやら私たちのことなど知られていたようだ。知っていながら彼は放置していた。

「なのは……あんた未成年と言うこと自覚している?」
「で、でもユウキくんのワインはどれも美味しんだよ!」
「それとこれとは無関――――」
「じゃあいらないということでOK?」
「……それを見せられて飲まないバカはいないわ。この卑怯者」

 色々と聞きたいことがある。しかしそのどれを聞いても納得の出来る回答は手に入らない。それはユウキが納得の出来る回答をしないのではなく、私がどの解答にも納得できないということだ。そのことを私は彼を目の前にして納得した。

「ご理解いただけたようで幸いです。と言うかこのご時世、未成年飲酒喫煙禁止法を守っている家庭なんてあるわけ?」
「守るのが普通。守らないあんたがおかしいのよ」
「そうかな。僕の家は小学生に酒呑ませていたけど」
「……どんだけ酒飲みなのよ、あんたの家」
「ちょっと風変わりな極道。で、母方の家が神社」

 どこかで聞いたことがあるような話だ。だが、私が思い浮かんだ家に彼のような若者はおらず、既に他界している。例え次元漂流者として生きていてもあの人は白髪紅眼だ。決して黒髪黒眼の青年ではない。
 それでも確かにあの一家に通じる普通ではない空気がある。人を引き付けるそんな魅力ではなく、どことなく狂っているような、そんな雰囲気がする。

「極道ってやくざだよね。風変わりってどんななの?」
「見た目だけが極道で、中身が武家。周りからはヤクザだとか言われているからそうなっているだけだよ」
「中々に珍妙な家ね。あなたの両親はどうやってくっついたの?」
「父さんの一目惚れ」

 近くに控えていた給仕が空いたグラスにワインを注いだ。先ほどまでのワインと違うものだが、これも非常に美味しい。料理との相性も良好だ。この店、ちゃんと覚えておこう。
 それにしてもまあ、よくぞなのははここの予約を取れたものだ。それだけでこのデートの意気込みが窺い知れる。
 そしてここの料理は三ツ星レストランの料理を簡単に上回っている。お酒の方も上々でサービスも素晴らしい。これなら予約だけでも込んでしまうのも無理はない。

「…………」
「どうしたの、ユウキくん?」
「あ、ああ。この料理の作り方を真剣に考えていただけ。気にしないで」

 犬のザフィーラは流石に入って来れなかったため外で待っている。

「そう言えばユウキさんはいつなのはちゃんと会ったのですか?」
「えっと……大体二年ほど前かな。そのぐらい。その時の話、聞きたい?」
「にゃ!」
「ええ、是非」
「興味が尽きないわね。聞かせてもらえる?」
「夜中の、十二時頃かな。仕事を終えた――――」



「ああ、疲れた……」
「でも十分な収穫はあったね、アリサちゃん。ユウキさんならなのはちゃんを預けても安心だよ」
「まあ少なくとも悪いようにはしないわね。それは疑いようがないわ」

 流石に深夜、長距離次元転送装置は点検も兼ねて休止中だ。そのため今夜はこの世界のホテルに泊まり、明日の朝に第97管理外世界に帰る。元々その予定だ。
 あの二人は中々に良い関係だった。それはユウキによるものかもしれないが、あの人にならなのはを任せても安心だ。無理をさせずにきっと幸せにしてくれるだろう。ただ、一つ気がかりなことがある。

「ただ問題はなのはにあるわね」
「そうだね……折角の予定も自分のわがままで散々になって、その上常に相手を振り回していた。そのことを気にしている感じかな」
「何を背負っているのだか。あの人はそんなの本当に気にしていないと言うのに」

 レストランを出た時、なのはは笑っていたことには笑っていたが、どこか辛そうだった。きっと何か辛い選択をしたのだろう。
 したくもないことを選んだ。この場合、それは何だろうか。別れるという選択か。いやそれはない。そんな空気は一切ない。では。

「……ん?」

 耳に声が聞こえる。ああ、そうか。カメラの方の電源は落としたが、マイクの方を忘れている。そう思い、電源を落とそうとイヤホンのコードを引っ張る。

「――――あ」
「……あ、アリサちゃん。これって……」

 …………なのは、階段上るの速過ぎ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ユウキくんの隣はとても居心地が良い。変わらない安心感と自然と甘えられる雰囲気がある。だから、だろう。いつも気付けば彼の隣に私は居た。それを彼はいつものように受け入れてくれる。
 それだけで私は嬉しく思う。しかし、足りない。それだけでは不安になる。ユウキくんは一切甘えてこない。私を必要としない。それどころか誰一人として必要としない。
 だから不安になる。本当に私はここに居て良いのか。彼の迷惑になっていないのか。そんな下らない、答えの分かりきっているのに聞くに聞けない不安がどうしようもなく胸を締め付ける。
 もちろんユウキくんの元を離れたくはない。それでも、もし彼が私を必要としないのなら、迷惑だと思うのなら、やはり離れるべきだ。彼のことを思うならそれが当然の行動だ。

「……とうとう明日だね、レイジングハート」
『他人のことを優先するのはマスターのよさですが、さすがに今回ばかりは呆れ果てますよ』
「うぅ、私だってすごく悩んでいるんだよ。そんな事言わないで」

 二年も付き合って初めてユウキくんとデートをする。本来なら何度かデートをして、それから同棲生活をすると思うのだが、何故か順番が逆になってしまっている。そのことに一年前に気付いた。
 ちょうど良い機会だ。初めてユウキくんを誘ってデートをし、もしそれが上手くいったのなら、ユウキくんが楽しんでくれたなら告白しよう。そう決めたのが一年ほど前。彼をデートに誘ったのは何と一ヶ月前。

『だからさっさと押し倒せば済む話だと言うのに、何時まで下らないことに戦々恐々としているのですか』
「でも、私は何も出来ていないんだもん。いつもわがままばかり言って、甘えてばかりいて。ユウキくんに何も、できていなくて。だから怖いんだよ」
『そんなの話せば済む話じゃないですか。何もこんな面倒なことしなくとも……私をユウキさんのところに連れて行ってください。何、悪いようにはさせませんよ』
「だめなの。そんなことさせない。明日もレイジングハートは家でお留守番ね」
『そんな殺生な! 折角のマスターの初デートだというのにお預けなんてあなたは鬼で――』
「……感情豊かなのも考えようなの……」

 誰が何と言おうと明日全てが決まる。もしこのデートが上手くいかなかったなら潔く彼の元を去ろう。これはもう決めたことだ。だから変えようとは思わない。
 上手くいくと良いな。そんな当然の願いを思いながら、私は明日のデートに思いをはせた。



――翌日。

 結局不安であまり眠れなかった。それなのに一切眠気が来ない。こんなことは小学生の遠足前日以来だ。
 もう一度寝るのも何なので、かなり早いが集合場所に行くことにする。こちらが誘った側なのだからユウキくんより遅れることなんて論外だ。
 決めたら即行動。悩めば確実に戸惑ってしまう。故にすぐさま前日に決めておいた服に着替え、私室から出る。どうやらユウキくんはまだ起きていないようだ。良かった。
 久し振りに一人さびしく朝食を食べ、彼が起きて来ない内に次元転送ポートに向かう。ここは一緒に家を出た方が楽だと思うが、やはり集合場所を決めて、そこで落ち合った方がデートらしく思える。だから時間と手間の無駄であっても私はこちらを選んだ。

「…………」

 それでも正直、早く来すぎてしまったという感覚は否めない。集合場所である次元転送ポート近くの広場にある時計塔の下、まだ低い位置にある太陽を眺めながら腕時計で時刻を確認する。
 現在、午前八時半。普段であれば急いで出勤しないと遅刻してしまいそうな時刻だ。どう考えても彼は家でゆっくり紅茶をたしなんでいるだろう。そんな時刻。
 そして、しばらく待っていた時。視界の隅に綺麗な白色が映る。何となく心当たりのあるその色の方に目を向けるとやはり、ユウキくんがいた。外出の際にはいつでも着る白いコートを当たり前のように着て、こちらに向かっている。

「あ、ユウキくん!」
「なのは、早く来すぎじゃないかな?」
「……もしかして、見てた?」
「まあずっと」

 予想通り服については何も触れない。彼にとってはこの変化もいつも通りのことなのだろう。折角気合いを入れたと言うのに、少しさびしくて切ない気分になった。
 それでも私は笑顔を保つ。ここでそのことを問い詰めるのは良くない。

「もう、早く来ていたのなら声かけてよ」
「ごめんね。ただ、まさかこんなにも早く来るとは思わなくて。何時気付くかなと待ってしまったんだ」
「ぅう……バカ」

 そんな事を言われてはこちらは何も反論できず、何と返せばいいのか悩んでいるのを彼はいつものように楽しそうに微笑みながら見つめている。少々、恥ずかしい気持ちになった。
 本当に何も言い返せずに、一歩だけ彼に近づく。私はこれでも怒っているのだ。そのことを出来れば理解してほしい。

「ところでそろそろ今日の予定を聞いても良い?」
「それは、秘密だよ」
「そうか……それは楽しみだ」

 このデートで告白するかどうかを決める。だからこそ念の入った予定を経てる。もちろん一切彼には明かさない。
 普通ならそうだろう。しかし私は違う。何分相手がユウキと特殊な人物なため、分刻みのスケジュールなど息苦しくてかなわない。もしかしたら時間刻みですら彼にとっては不快なのかもしれない。
 それほど良い意味で言えば時間に囚われない、悪い意味で言えば非情にルーズな人だ。だからこそ予定は非常に大まかに、出来たら良いな程度で纏めている。

「あとね、買い物がしたいんだけど、良いかな?」
「良いよ。それじゃ行こうか」
「あ、ちょっと待って!」
「ん?」
「あ、あのね……手、繋いでも、良い?」
「……良いよ」

 差し出された手は女性のように細く、少し硬い。それは初めて繋いで分かったことだ。腕も細い。触れれば折れるほどではないが、それでも男性と言う価値観で見れば非常に細い。私はこんな腕の人にずっと頼ってばかりで、今となっては頼らないと満足に立つことすらままならない。
 立てば彼岸花、座れば桔梗。歩く姿は百合の如く。彼から聞いた話だが、昔親友が自身に対し言った例えだそうだ。それは余りにユウキくんを表しているとしか言いようがない。
 安易に触れればすぐに終わる儚さは草の如く。それでも、例えどれだけ踏まれようとも咲くことを諦めない、夢を捨てないと言うしぶとさがある。そして何より常に綺麗に咲き誇る。
 また彼岸花には毒があり、桔梗は薬として用いられ、百合は食べられる。つまり彼は見方次第では薬にも毒にも食べ物にもなる。
 本当に上手に例えたものだ。ただ、男に対する例えとしては如何ものかとは非常に思う。

「買いたいものとかある?」
「えっとね、友達の分のお土産」
「お土産、か。食べ物の類は後にするとして、なら置物とかだね。まあ適当に回ろうか」
「うん!」

 初めてのデート、それも誘ったのは私。緊張して眠れなかったのに今ではそんな緊張も眠気もどこかへと消えている。
 さて、どこに行こうか。何を見るだろうか。そんな思いが私の心を埋め尽くす。いつもと違う日、いつもと違う私。ただユウキくんだけがいつも通り。お陰で違いが明確に現れて、何とも言えない新鮮さを感じれる。

「ねえ、これなんてどうかな?」
「ぬいぐるみか。たしかその人はなのはと同じ年齢なんだよね。ならそれよりもこちらの置物の方が良いんじゃないかな」
「でもこっちの方がかわいいよ?」
「だね。だけどそれは大きすぎるんだよ」

 荷物の方は彼特製のデバイスに仕舞わせてもらっている。何でも亜空間格納庫が便利だそうだ。デバイスを倉庫代わりに使うために改造を施すのは彼ぐらいではないだろうか。
 それにしても便利そうだ。後で私の分を作って貰おうか、なんて口に出さずに思ってみたり。

「次はあそこに行こ!」
「焦ったらこけるよ。この辺の道路は昔ながらの石畳だから」
「大丈夫だよ。だから早く――にゃあ!」
「だから言ったじゃないか。近頃自分の運動神経の無さを忘れていない?」

 楽しい。ああ楽しい。楽しい。楽しすぎて何が楽しいのかも分からなくなるほど、私の心は幸せで満ち溢れている。叶うなら永遠に今が続けばと愚かしくも願ってしまうほど、言える。私は、幸せです。
 幸せをくれてありがとうはまだ言いたくない。出来ればずっと、死ぬその時までその言葉を口にしたくない。だからもっと、もっと笑ってください。
 不安と恐怖から私は繋いだ手に力を込めてしまった。それに疑問を感じたユウキくんは何も言わず、ただ微笑んで少し頭を撫でてくれた。それだけで不安が和らぐなんて、人は素敵なほど単純に出来ている。

「そろそろお昼にしようか」
「あ、そうだね。どこにする?」
「どこにするってなのは。折角の紅葉なのに店なんかで食べるつもり?」
「じゃあ……どうする?」
「それは秘密。今は何も聞かずに着いてきて」

 そう言うと彼は私の手を引いて奥まった道を歩き出す。奥まった脇道を歩き、壊れかけた橋を渡り。時に彼は空を見上げ、まるでそこに何かがいるかのようい笑いかけた。
 老朽化の進んだ扉を無理に開け、奥へ奥へ奥へ。人がほとんど来ないのだろう道をさらに進む。雑草が生え、壁を蔦が這う。時の流れと共に人々に忘れられた、そんな道だ。
 ただ問題は、長い。魔法や科学のおかげで走ることや歩くことが極端にない生活でこれほどまでに歩くことが滅多にない。故に、か。長時間歩き続け、さらには歩きづらい道を進んだため、疲れた。今後からはちゃんと歩くようにしよう。

「もうすぐで着くけど、大丈夫?」
「うん、何とか……」
「まあ頑張れ。後五分ぐらいだから」

 五分、後五分か。ならもう少し頑張ってみよう。
 それにしてもまあ、よくぞこんな道を知っているものだ。一切迷うことなく進んでいるが、確実に地元住民ですら知りもしないだろう道ばかり進んでいる。もしかしたら彼はこの世界に来たことがあるのではないか。そうならば、デート先の選択を間違えたことになる。

「こんなことして大丈夫なの?」
「どうせここ、立ち入り禁止区域だしね。人は来ないから問題ない」

 たどり着いた扉には看板がかかっている。古い字がつかわれているためにかすれて何が書かれているのか読めないが、何となく先に進んではいけない気がする。
 不意にそう思い、疑問を口にした所、帰ってきた答えは予想通りに近いものだった。人が来る来ない以前に、そんな場所に立ち入って良いものではないはずだが。

「いや、そういう問題じゃないような……」
「それじゃまあ、到着。本当はこんなところ、夕暮れに来るものだろうけどね」

 ここが立ち入り禁止区域であることもいとわず、ユウキくんはごく平然と扉の鍵を壊した。

「ここを知って何がむかついたかと言うと、誰もこれに気付いていないことだよ」
「…………」
「本当に、もったいない話だ」

 そしてその先に見た風景は突き抜けるような青い空。自然が創り出した柔らかい紅と黄に染まった山々。たわわに実った稲穂の金に染まった田園。それらが織りなす秋の風景だった。
 ああ、確かにこの光景を見ずにいるのは余りにもったいない。だが、だからこそ思う。何故この場所を知っている様に言うのだろうか。私では見えなかった何かに導いてもらったのか。それでは彼の懐かしむような目の説明が出来ない。

「さあ、お昼にしよう」

 気付けばユウキくんは敷物を敷いて、その上にバスケットを置き、中からサンドウィッチやサラダを取り出していた。こんな物を何時の間に用意していたのか、逐一に問い詰めるのは余りに愚かだ。
 彼の隣に腰掛け、受け取った紅茶を飲む。どうやらこれは彼が事前に入れてきた紅茶のようで、とても美味しい。一方サンドウィッチの方はどこかで買ってきたのか、彼の味ではない。流石にそこまで準備が良いわけがないか。

 それから様々な美術館を回り、歴史的建造物を鑑賞し、三時には良さそうな喫茶店でお茶を嗜み、偶然やっていたイベントにちょっと参加してみたり。そんな風にして一日と言う時間は早くも過ぎていく。
 ふと思い返せばユウキくんは一切何かしたいなどと言う言葉を口にしていない。それどころか私が何かしたいと言ってばかりいて、彼はそれに付き合ってばかりいる。これで良いのだろうか。いや、一切良くない。
 そんな疑念を抱いた時、彼のいつもの笑顔が苦笑に見えて仕方がなくなった。残念なことにそれが完全に誤解であるという心も持つことが出来ずにいる。
 ああ、やはり私では無理なのだ。私が幸せになれるとしても、私がユウキくんを幸せにすることなど到底不可能なのだ。ああ、やはり私は、迷惑でしかないのか。

「私がデートに誘ったのに……わがままばかり言っている」
「ああ、気にしなくて良いよ。僕は僕なりに楽しんでいるから」
「でも私、ユウキくんに何も出来ていないよ」

 それは今日に限ることではない。二年前のあの日からずっとなのだ。本当に今までずっと、私は何もできず、してこなかった。
 支えてもらうだけではもう足りない。私はユウキくんを支えたい。だけど私ではそれは叶わない。ただの、荷物。この事実が無性に嫌で、どうしようもなく受け入れなければならない現実だ。

「僕としては、唯笑っていてくれるだけで十分なんだけど」

 最後、彼のいつも通りの笑顔に私の心はどうしようもなく手遅れな状態になる。そして、決意する。今後どうするか、どうすべきかを私は決めてしまった。

「今日は飲む?」
「うん、もちろん」
「明日の仕事は大丈夫?」
「大丈夫だよ。有給も溜まっているから、それも消化しないと」
「うん、わかった。でもたくさんは飲ませないからね」

 それはありがたい。酔ってしまっては確実に心が揺らぐ。私にとってより良い方向に逃げてしまう。
 ただ一つ質問なのだが、どうしてここにアリサちゃんたちが来ているのだろうか。店に着いてからしばらくした時、凄い美人さんに連れられて来た。
 大方デートを尾行していたのだろう。心配してくれたのは非常に嬉しいことだ。しかし、何ともまあひどい話でもある。

「なのは……あんた未成年と言うこと自覚している?」
「で、でもユウキくんのワインはどれも美味しんだよ!」
「それとこれとは無関――――」
「じゃあいらないということでOK?」
「……それを見せられて飲まないバカはいないわ。この卑怯者」

 ちなみにその時ユウキくんが持っていたワインだが、近くにいた給仕のティオエンツィアさんから聞いた話によると全ワイン好き垂涎のワインだそうだ。飲めるは愚か一生に一度拝めることが出来たならそれは軌跡であると言えるほど。
 確かにそんなにも貴重なワインを法律どうこう言って逃すのは余りに愚策。一方でそんなワインを惜しげもなく振舞うユウキくんもユウキくんだ。どこでどうやって手に入れたのか、懇切丁寧に聞き出したい。

「ご理解いただけたようで幸いです。と言うかこのご時世、未成年飲酒喫煙禁止法を守っている家庭なんてあるわけ?」
「守るのが普通。守らないあんたがおかしいのよ」
「そうかな。僕の家は小学生に酒呑ませていたけど」
「……どんだけ酒飲みなのよ、あんたの家」
「ちょっと風変わりな極道。で、母方の家が神社」

 初めて聞いた。それも当然だ。そもそも彼は自ら進んで身の上話をしない。聞かれることもないものだから全くそう言った話を聞かない。
 だから、極道。神社と言われたならまあに会っていると言えるのだが、まさか家が極道だったとは。黒いスーツを着て強面で、妙に傷だらけなイメージからかけ離れ過ぎている。どうにも、こんな極道が近所にいたら普通に遊んでいそう。
 まあ多分、うん。母親の血が濃く出たおかげだろう。遺伝子の不思議万歳。

「極道ってやくざだよね。風変わりってどんななの?」
「見た目だけが極道で、中身が武家。周りからはヤクザだとか言われているからそうなっているだけだよ」

 ああ……それはまた。

「中々に珍妙な家ね。あなたの両親はどうやってくっついたの?」
「父さんの一目惚れ」

 一目ぼれから成就した恋。しかも片方は見た目が極道で中身は武家、もう片方は聞く話によると天皇家すら凌駕するほどの歴史を持つ由緒正しき神社の後取り娘。
 結婚に至るまで壮絶な両家の争いがあったそうだが、一方で当事者たちは素晴らしく時代錯誤でロマンティックな恋を成し遂げたとかなんとか。女性として人生に一度はやってみたいことを平然とやっていたようで。

「…………」
「どうしたの、ユウキくん?」
「あ、ああ。この料理の作り方を真剣に考えていただけ。気にしないで」

 ただ傍にいるだけで幸せになれる。そんな二人になってみたかった。だけど叶わない。ユウキくんは支えてもらうことを必要としない。普通で幸せになれる。何と言えばいいのだろうか。存在そのものが完成されている。
 一方で私は誰かに支えてもらえないと何もできない。彼が居ないと幸せになれない。そんな下らない、欠陥製品。だから、ああ。心が痛む。

「そう言えばユウキさんはいつなのはちゃんと会ったのですか?」
「えっと……大体二年ほど前かな。そのぐらい。その時の話、聞きたい?」
「にゃ!」
「ええ、是非」
「興味が尽きないわね。聞かせてもらえる?」
「夜中の、十二時頃かな。仕事を終えた――――」

 口には出さないけど、言います。言わないとだめだから、言わせてください。



――ユウキくん、幸せをくれてありがとうございます。



 私はもう一人で大丈夫ですから、心配しないでください。本当に、ありがとうございました。
 私はちゃんと、笑って言えただろうか。ただそれだけが知りたくて、それでも聞けずに私は逃げることしかできなかった。



 振り返らずに逃げて逃げて逃げ切って、その先にたどり着いたのはお昼の時に連れて行ってくれた綺麗な秋の見える場所。日が落ちても稲穂は月の光を反射し、とても幻想的に見える。ああ、綺麗だ。

「……ふっちゃったな……」

 もうあの場所には戻れない。そう思うたびに私の心は後悔に刻まれる。泣きそうになるほど痛い。それを堪える。だって、今泣けば必ず、戻ってしまうから。

「…………寒い、よぉ……」

 でも、少しぐらいなら許されるだろうか。またあの扉を開けて、いつものように迎えてくれる大好きな人の所へ、ちょっとだけ寄り道しても許されるだろうか。叶うなら、許してほしい。
 痛い、寒い。それ以上に心はそれすら感じられないほど壊れていく。こんな気分、何時以来だろうか。
 失恋は人を強くする。そんな強さ、私はいらない。要らないから痛みをください。もっともっともっと、今日のことを忘れられなくなるほどの痛みを。綺麗だった日々のことを忘れずにいるほどの寒さを、ください。

「ユウキくん…………カグラ、くん」

 心が壊れる。私が死んでいく。もう、もうどうにもならない。ああ、本当に。言葉にならない。



「――あなた。こんな所にいると風邪ひくわよ?」

 うずくまっていると、そんな声をかけられた。どこかで聞いたことのあるような声だ。どこだったか忘れたが、つい最近のような気がする。

「大丈夫です。もうしばらくしたら帰りますから……」
「はい嘘。そんなちゃちな嘘をつくぐらいなら黙っていなさい――飲む?」
「いえ、いいです……」
「連れないわねぇ」

 そう言いながら黒髪の女性は隣に腰かけた。何の用だろうか。出来れば今は放っておいてほしい。だってもう心は、どうしようもなく壊れているのだから。

「……何か?」
「んー……先輩として迷える子猫の相談にのってあげようかなと……余計なお世話かしら?」
「あなたに何が分かると言うのですか……?」
「そうね……強いて言うならあなた、全てにおいて間違えているわ」

 間違えている? 私が?
 そんなはずがない。この選択は悩みに悩んだ挙句、その上で選択したものだ。間違いであって良いわけがない。だから私は彼女の言い方に非常に腹が立った。

「あなたに! あなたなんかに何が分かるのですか!?」
「……そう言うあなたこそ、相手のこと分かっているの?」
「…………え?」
「失恋しちゃったことぐらい見ればわかるわよ。そこまで辛そうな顔をするぐらいだもの、とても素晴らしい人だと言うことも分かる。きっとその人のことを考えて決断を下したに違いない」
「ええ……そうです。私はこの選択に間違いなんてない。後悔も、しない」
「だったら何故、何故あなたは今にも泣きそうな顔をしているの? 選択が間違いじゃないと言うのなら誇りなさい。後悔しないと言うのなら前を向きなさい。それが出来ない内は間違えているのよ」

 誇る、ことなんてできるわけがない。胸を張るのも出来ない。理由もなく、出来ないのだ。どうしようもなく心が、壊れた心がそれを拒む。何故今更? 壊れるのだったなら徹底的に、何も感じなくなるほど壊れてくれれば良い物を。

「……ねえ、その人はあなたに何を望んだの?」
「私に……私に……」

 笑ってほしいと、ただそれだけで自分は満足できると――――ああ。

「あなたはそれを、叶えることが出来る? その人が願ったことを、あなたは叶えることが出来るのかしら?」

 できない。だって傍に彼がないないから。心がもう、彼の存在を必要としているから、私は彼なくしては笑うことなど、金輪際できない。

「わ、私……どうしたら……?」
「ホント、罪作りな人……ダメよね、ホント。女心の一つも理解しないようでは。ねえ、戻りなさいな。きっとその人はまだ、あなたの帰りを待っているから」

 待っているだろうか。待っているだろう。優しすぎるユウキくんのことだ。きっと日が暮れようとも年が過ぎようとも、何時までもあの店で待ち続ける。

 何故なら私は、さよならを言えていないから。

「その前に胸を貸してあげる。ちゃんと笑えるように、たっぷり泣いていきなさい」
「大丈夫、です。この涙は全部ユウキくんにぶつけますから。だから、大丈夫です。ありがとうございました」
「いえいえ、どう致しまして。後輩の悩みを解消するのは先輩の務めですから」

 お礼を言った後、私はなりふり構わず駆け出した。木の枝に服をひっかけるのもいとわず、ひたすらに走る。走って走って、疲れなんて気にせずに走って、そして。

「ユウキくん!」

 急いで走った先の時計塔の下ではユウキくんがさも当然のようにいた。ベンチに腰掛け、どこからか取り出した本を片手にいつものように紅茶を飲みながら、そこにいる。

「そんなに慌てて、どうしたの?」
「あ、あの! 私、ユウキくんのこと――」

 きっと顔が真っ赤になっていることだろう。そんなことぐらい言われなくても自覚している。本当に恥ずかしくて口に出したくもない。
 でも心は、先ほどまで壊れていた心は嘘のように元通りになって、満ち足りている。だから私は笑える。心の底から幸せな笑顔で笑って言える。



「――好き、です。付き合ってください」



 ユウキくん、私は幸せです。出来ればあなたも、幸せで居てくれると嬉しい。


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