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No.18266の一覧
[0] ある店主(ry 外伝リリカル編[ときや](2010/10/15 21:45)
[1] 第一話[ときや](2010/04/26 17:51)
[2] 第二話[ときや](2010/06/01 18:18)
[3] 第三話[ときや](2010/05/24 23:48)
[4] 第四話[ときや](2010/05/23 18:35)
[5] 第五話[ときや](2010/05/24 23:49)
[6] 第六話[ときや](2010/05/29 01:25)
[9] 第七話[ときや](2010/05/30 19:39)
[10] 第八話[ときや](2010/10/05 23:24)
[11] 第九話[ときや](2010/06/11 00:15)
[12] 第十話[ときや](2010/06/11 23:00)
[13] 第十一話[ときや](2010/06/25 20:13)
[14] 第十二話[ときや](2010/06/25 21:21)
[15] 第十三話[ときや](2010/07/10 00:53)
[16] 第十四話[ときや](2010/07/17 03:29)
[17] 第十五話[ときや](2010/07/26 00:24)
[18] 第十六話[ときや](2010/08/08 22:26)
[19] 第十七話[ときや](2010/09/12 23:23)
[20] 第十八話[ときや](2010/09/13 15:58)
[21] 第十九話[ときや](2010/10/06 00:46)
[22] 第二十話[ときや](2010/11/12 21:46)
[23] 第二十一話[ときや](2010/11/12 23:43)
[24] 第二十二話[ときや](2010/11/26 21:35)
[25] 第二十三話[ときや](2010/12/24 22:09)
[26] 第二十四話[ときや](2011/01/31 16:35)
[27] 第二十五話[ときや](2011/03/01 14:55)
[28] 後書き+拍手返し[ときや](2011/03/01 15:01)
[29] 拍手返し過去物[ときや](2011/03/01 15:03)
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[18266] 第十八話
Name: ときや◆76008af5 ID:e16efd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/13 15:58

 ベルカ自治領の中央に在る聖王教会の外れ。近頃の老人たちの間では庭作りでも流行っているのかと思いつつ、茶を点てる。五月も過ぎて梅雨に入った六月中旬。傘を手放せない近頃にしては珍しくからりと晴れた昼下がり。
 昔馴染みで現在聖王教会で働いているアリオス・イーリヤに呼ばれ、優雅に野点を開いた。ただここでの疑問はゲストである僕がどうしてホスト役をやらされているのか、という一点だ。解せぬ。いや本当に。
 まあいい。そんな日もあるさ。いや、そんな日しかないな。ある種の諦めに似た感情を抱きつつ、アリオスが法衣に身を包んでいることにもあえて突っ込まず、静かに茶を点てる。

「結構なお手前で」
「…………」

 今の服装は何時ものバーテンダー服ではなく、昔の普段着である甚平と羽織だ。流石に野点の際に洋服で来るような安っぽいトラウマは婆様に植えつけられていない。
 本来ならここは浴衣、あるいは着流し、または袴で来るべきなのだろう。しかし僕は動きやすさの観点から作務衣や甚平の方を好む。流石に野郎にチラリズムを求めるのは間違いだ。常識的に考えてそれを喜ぶ男性と付き合いたくはない。

「御粗末さまです」

 辺りを彩る花々は陽光を受け、午前中に降ったにわか雨の水玉が宝石のように輝く。先ずは居住まいを正して、本題に入ろうか。

「本日僕を呼ぶに至った建前をどうぞ」
「ゴホン。近頃教会騎士たちの乱れ、緩みがちな行動の取り締まり、またそれらの事後処理によって荒れ果てた私の心、胃を癒すことが目的です。そのために最も効率的なのがこれだという結論にいたり、呼ばせて頂きました」
「続いて、秘めたる本音をどうぞ」
「とにかく出来るだけ美味しい茶が飲みたい」

 うむ、軸に一切のブレが見られない。どうやら思ったより常連客が残した傷痕は奥深くまで入っているようだ。全く、たかが蒸し暑い梅雨の気候ごときで軟弱な。もしかしたら体育祭の選手宣誓の時、熱中症で倒れた僕よりも精神的に軟弱なのではないだろうか。
 室内ではエアコンを百年以内に環境を破壊する勢いでつけまくっているというのに。少しは自然に目を向けたほうが良い。近々異常気象が起きても、僕は何も不思議に思わない。

「次は緑茶で良いかな?」
「ええ、もちろんです」

 重箱の中から餡蜜を取り出す。夏に近いこの季節、涼しげな食べ物のほうが美味しい。流石に老いた彼が冷たいものを食べてばかりでは体に悪い。故に熱い茶を出している。

「ユウキさんは、騎士カリムを知っていますか?」
「まあ一般知識程度には」
「預言については?」
「そういう能力があることは聞いているよ。精度は良く当たる占い程度だったか」

 聖王教会の騎士にして名目上管理局の少将。聖王教会、管理局本局双方に強い発言権を持ち、両者に太いパイプを持つ。ただ地上本部では余り彼女の存在を当てにしておらず、むしろレジアスは預言以外期待していない。
 彼女が上手に行動すれば管理局と聖王教会が良好な関係を築く橋渡しになるのだろうが、少し問題が。問題というより騎士には良くあることなのだが、考え方が固い。その辺りは仕方がないだろう。

「そうです。所詮その程度なので敏感になる必要はないはずなのですが、どうにも権力者は自分の地位を脅かす可能性のあるものに無駄に敏感でして」
「……自分も権力者の癖に」
「どういうわけか。叶うなら孤児院で子供に囲まれて余生を過ごしたいのですが、周りが私を防波堤にしたいようです。本当に、困ったものですよ」

 ちなみにここは孤児院でも教会でもなく、病院である。教会では周りの目がうっとうしく、孤児院では孤児たちが畏敬の念より距離を置いてくる。その点、病院では服装さえ昔馴染みの神父服でさえいればお菓子をくれるやさしいおじいさんで通るのだ。
 後はこの近くに、というよりここに私的な花園さえ作ってしまったなら来る理由は出来る。子供と戯れたいからという理由で病院一つ建てさせて、近くにこのような花園を作る人がいようとは。誰の迷惑にもなっていないから構わないか。

「それが権力者の普通だよ。一時の戯れでとはいえその席に腰を下ろした以上、諦めな」
「一応諦めてはいるのですが。それでもやはり諦めきれないので今は誰か失態を犯してくれないか、と願ってしまいます。失態さえあればそれを口実にさっさとやめれるのですけどねぇ……」
「……どうでも良いけど、本心は口にすべきじゃないよ」
「気をつけてはいますよ、一応」

 アリオスの本音を聞かされてしまった人は可哀想だ。確実に聞いたことを口実に無理やり自分をやめさせるように脅迫してくる。目を見て分かる。確実に本気でやる。来年から本気を出すどころの騒ぎではないほど本気を出して。
 まだ見ぬ犠牲者に同情の念と冥福の思いを黙祷する。所詮そのような念を覚えたところで結果は変らないことだろうけど。自己満足のためにも一つ。

「……で、その過敏症な方々が恐れをなして作ったのが機動六課、と?」
「そのようなところです」
「不純な動機だね。自分らでやってくれたら良いのに。どうしてあそこまで他人を巻き込むのかな?」
「事後始末をしたくないからでしょう。少しは現場で働いてもらえれば良いのですが」

 餡蜜がなくなったので続いて京都銘菓の水無月を取り出す。その名が示すように六月限定のこ和菓子は外郎に餡を乗せたような和菓子だ。このもちもち感がたまらない。作れば師走だろうが葉月だろうがお構い無く作れるが、やはり水無月。六月にしか食べられない、食べないからこそ水無月だ。

「…………」
「…………」

 しばらく黙々と味わう二人。涼しげな風が吹く時に飲む熱い茶は格別だ。日除けにさした緋色の和傘に吊るした風鈴が良い音を奏でる。

「ふぅ……じゃああの部隊の建前はロストロギア事件の早期対応部隊ではないわけ?」
「一応それもありますが、本当の設立理由は騎士カリムの預言に出てきた事件の対応部隊です」
「なるほどね……だから一年という実験部隊、か」

 本当に、面倒だな。もしも一年以内にその事件が起こらなければ、もしも解体後に事件が起きたなら、さてどうする算段なのだろうか。何より本局の人間は余りに地上本部を過小評価しすぎている。
 確かに地上本部に才能のある魔導師は少ないが、危惧するほど弱くは無い。何よりそのようなことを危惧するぐらいならちゃんと戦力の分散をすればよいものを。結局のところは今までの付けが来たに過ぎないのでは?
 そこまで考えたところで一旦思考を停止、与えられた情報の整理を行う。まず事件対策部隊である機動六課が設立されたのはクラナガン地上本部。つまり事件の舞台はおよそこの近く。遠くても次元管理局本局か。
 事件の規模は広いものだろう。何せ三提督に頼み、若く優れた魔導師を集め、バックヤードも豊かにしている。過剰と考えられるほどの設備と準備。さらに一点集中なら範囲は広く無い。
 一世界で収まるほどでいて海の高官が立場の瓦解を危惧するほどの事件なら、と。管理局が何者かによって襲われ、崩壊するといったところか。

「預言の内容については聞きますか?」
「遠慮する。そういったのは可能な限り聞かない主義なんだ。良い気分がしないからね」
「そうですか。分かりました」

 表立った建前に虚偽はない。事件内容はレリックに関係する可能性がある。後でジェイルにレリックについて問い詰める、必要は無いな。僕がそこまで気にする義理は無い。
 兎に角、酷い事件が起こる。範囲はこの世界付近で、規模は管理局が崩壊するほど。聖王教会も身を乗り出しているので管理局だけでは済まないような気がする。アリオスに十年内に聖王教会内部で起きたことでもレポートに纏めて提出させるか。
 本当に、これならミゼットから貰った資料を斜め読みせず、きちんと読めばよかったと今更後悔する。した所でほうじ茶を入れる。

「全てが杞憂にすめば言うこともないのですが」
「いや、確実に済まないよ。既に歯車は止められないほど動いている。レリック事件は度々起き、部隊は設立され、ついこの前的の実働部隊らしき人物と出くわした。流石にここまで来て何も無いのはむしろおかしい」
「やれやれ、対応したが故に確定した、ですか……」
「何で、嬉しそうににやけるのかなぁ?」
「いやぁ、終に私も自由になれるときがきたのかと思うと嬉しくて嬉しくて」

 アリオスのにやけ顔を見ていると、一体誰を人身御供に差し出したのかについて一つ話し合いをしたくなった。出来れば無人世界の荒野で、主に肉体言語と呼ばれる平和的解決方法を平和主義者の如く振りかざし。
 ただ、流石に彼も老いた。昔ほどの無理も無茶も出来ず、むしろ昔のツケのせいで今は花園の維持ですらかなりの負担になっているはずだ。実際、彼の動きを見ていても少々歪に感じる。それを見ても僕は直そうと思わない。思わずにいるのは果たして無情か。死に憧れるのは人として異常か。

「まさか、そんなことを教えたいために呼んだわけじゃ、無いんだろ?」
「……その預言絡みだと思うのですが、極秘裏に調べてもらいたいことがあります。これです」

 見慣れた赤い液体、血が入った小瓶を赤い敷布の上に置く。血液検査か。こんな病院を建てるぐらいだから聖王教会でもその程度出来る。なのに何故僕に頼むのか。頼まざるを得ないのか。視線で質問する。

「検査結果次第で教会の現行体制が崩壊します。ものによっては次元世界全土を揺るがす戦争が勃発するでしょう」
「…………」
「事実、今まで目立った事をしなかった過激派内部で妙な行動が相次いでいます。またその血の持ち主が現れる前後で行動が活発になっています。現状は私の権力で彼らの目を欺いていますが、それも何時まで出来るやら。
 正直、可能なら聖王教会、いえ管理世界に置いておきたくありません。出来るなら安全な場所で事が終るまで隔離しておきたい」

 いくら老いて弱まったとはいえ、アリオスにそんな事を言わせるなんて。いやはや時とはかくも強きものか。生きとし生けるもの、生きる以上時間に勝てないのはいつの世も同じである。
 もしも彼が、彼らが三十歳若かったなら、そもそもこんな事態を許すことすらなかったことだろうに。時空管理局本局も地上本部も一喝で纏め上げ、教会内部の不穏な空気を文字通り捌いていたことだろう。
 思えばあの頃がミッドチルダの全盛期だったのかもしれない。比較してみればあの頃より今の方が全体的に劣っている。仕方のないことにそう思えて仕方がない。
 かといって今更老骨が出張った所で出来ることなど何もないのもまた現実。やれやれ、と僕は表立ってため息をついた。

「とりあえず、頂けないことは分かった。君がそう言うんだから大体はそうなんだろうけど。ちなみにこれは一体何の血だと考えているの?」
「……騎士カリムの預言、過激派の行動、タイミングから察するに――」

 その時、近くの紫陽花の茂みが風以外で揺れる。それに反応するや否や手にしていた小瓶を懐の中に隠した。まさか僕たちがこんな距離に近づかれるまで気づかないとは。例えアリオスが仕方がなかったとしても、僕はまずあり得ない。どれだけ敵意を持っていない存在であったとしても僕が気付かないのはおかしい。
 揺れた紫陽花の茂みを二人で揃って睨む。どれだけ考えても僕がそれを見落とした理由が分からない。だからそのヒントを求めて見続ける。睨む。観察する。

「…………」
「………………」

 殺意は感じられない。敵意はかけらもない。害意は存在せず、獣臭は漂っていない。むしろ嗅覚を刺激する臭いはどちらかというと病院に良く在る薬品集だ。ただその中に若干人間の臭いがする。ならば隠れているのは人間だろう。
 しばらく、そう時間もたたずに紫陽花の茂みに隠れていた相手は姿を現した。それと同時に拍子抜けする。相手は子供、それも少女ではなく幼女に分類されるほどの子供だ。腕は大事そうに兎のぬいぐるみを抱えているあたり、十二分に愛嬌がある。流石にそんな相手にきつい視線を向けるほど僕らはバカではない。
 だが、子供は愚かである分敏い。弱いからこそ身を守るために外界に敏感だ。僕らがそう言った視線を向けていたことに知らずとも気付き、恐れるように身をすくませた。

「…………」
「…………」

 視線だけでアリオスと会話をする。とりあえず話は途中止め。子供の前であんな会話をするのは情報漏洩上の問題もあり、また彼女の精神上にも悪い。
 その一瞬の交錯の後、再び子供の方に視線を向けると案の定、今にも泣き出しそうに眼に涙を溜めていた。そんな事をされるとここに人が集まる。それは流石に不味い。また子供の泣き顔を好んでみたいと願うほど僕は鬼畜でもない。何よりアリオスは子供好きだ。

「……あは」
「クス」

 で、泣くのを阻止するためにやろうとしたことはアリオスと同じだった。僕は懐を探って飴を取り出そうとし、彼は彼で神父服の中を探って常備している飴を取り出そうとしている。同時にしては彼女も混同するだろう。水面下での謙虚な押し付け合いの結果、僕にその役目が回った。

「おいで」

 飴を手に呼びかける。その子供は紫陽花の茂みから僕とアリオスを交互に観察したが、結局僕の方によってきた。それでもやはり恐れがあるのだろう。走り寄ることは無く、むしろ恐る恐るゆっくりとだ。
 それも止む無しと考えつつ、さて何を出そうか。抹茶は子供には苦すぎる。何を食べても大丈夫なのかが分からない間、苦味は身を守る上で重要な感覚だ。だから子供は苦いものが嫌いだ。
 かといって僕たちが飲んでいる緑茶やほうじ茶では熱過ぎる。それもそれで飲みたがらないだろう。では、何を出すか。ここは定番の無添加果汁100%のリンゴジュースで。

「…………」
「………………」
「…………」

 手が届かない微妙な距離で立ち止まる。もしもここで近寄れば立ちどころに離れて行くだろう。暫し辛抱する。待つのは嫌いではないから苦にならない。
 子供はじっと僕の方を観察し、危なくはないと分ってくれたのだろう、近づいて飴を手にした。そしてそれをじっと見つめる。まさかとは思うが、飴を知らないとか?

「これ、なに?」
「飴だよ。お食べ」

 答え、知りませんでした。というのは妙な話だ。このぐらいに成長した子供なら、余程貧乏な家庭で育っていない限り一度は飴を食べたことがあるだろう。むしろ飴は泣きやまない子供を黙らせるための常套手段だと言っても良い。
 どういうわけかと考える前に子供に悟られないよう視線でアリオスの方を見る。そこにはおおよその回答があった。曰く、さっきの血液サンプルの持ち主がこの子供であるとの事。
 それを知った時に思ったことはまさかこんな子供がという考えではなく、ガキ一人を原因に戦争を起こすなという至極当たり前の物であった。どうしてこんな子供一人で戦争を起こせるのだろうか。近頃の大人は獣よりバカかもしれない。

「あまい……」
「飴だからね。甘いのは嫌い?」

 返事は首を横に振ることで返される。もう警戒心を抱いていないことを確認し、頭を撫でる。髪は痛んでこそいないものの、栄養が少し足りない。肌も張りがなく、日光を浴びた様子が一切見られない。となると、考えられる可能性は幾つか。
 一つはこの少女が異端児で、そのためどこかで隔離され続けていた。近頃になってようやく救出された、というものであるがそんな話は一切聞いていない。また異端児で教会が戦争を起こすとは考えにくい。
 一つは先日の事件。あの時一人の少女を救出したはずだ。もしもあの子がクローンで生み出されたのならば。飴を知らない理由も説明が着き、教会が戦争を起こすと言う可能性も存在できる。
 場所も分からない遠い所にいる誰かに怒りを抱きつつ、飴を食べ終えた子供にリンゴジュースを出す。

「僕はユウキ・カグラ。で、こっちの爺さんは」
「アリオス・イーリヤです」
「君の名前は?」
「……ヴィヴィオ」
「ヴィヴィオはどうしてこんな所に? 何か探しものでもあるの?」
「……ママが、ママがいないの」
「そうか……それは大変だね」

 ヴィヴィオ。勿論僕は聞いたことがない。ただ一つ疑問を覚えたのは、もしもクローンだとして何故ヴィヴィオという名前を覚えているのか。またその人物の記憶を持っているのか。遺伝子が、ある程度の記憶を保持している?
 確かにそんな事を言っては言葉を知っている理由も説明がしづらい。ならここは遺伝子がある程度の記憶を持っていると言った方が楽だ。あるいは、言葉を知っている理由はそう言った基礎知識をあらかじめインプットさせられているという原因がある。その辺の禅問答は今することではない。

「ママ、どこ?」
「それは……流石に分かりませんね。私たちは神様でないので、分からない事もあるのですよ」
「ふぇ……」

 一般名称神ですが何か問題でも。と言ってもそこまで知っているわけではない。全知全能でもないし、あくまで一般名称だ。出来ないことも多々ある。ただ、この世の何よりできることが少し多いだけで、出来ないことが少ないだけでしかない。
 流石に、探し人についての情報が余りに少ないので場所は分からない。生死の判別もつかない。それはともかく。今にも泣きそうなヴィヴィオどうしよう。

「大丈夫だよ。ヴィヴィオのママはちゃんと見つかるよ」
「……本当?」
「うん、約束する。だってヴィヴィオはママが好きなんだろう?」
「うん。大好き」
「じゃあ大丈夫だよ。ヴィヴィオが好きになるほど自分のことを愛してくれているなら、ママもヴィヴィオと同じように心配して、今頃必死に探しているさ。だから、大丈夫だよ」

 ここに存在するなら、という限定条件が付随するが。だが、こう言わなければ彼女は泣きだすだろう。だから無責任に人を作るのは好きになれない。むしろ嫌いだ。こうして悲しむ人が生まれるのだから。
 嘘をつく。そしてそれを信じさせる。この行為に慣れているが。やはり慣れないものがある。良心が痛むのではなく、それに慣れてしまっている自分がどうしても嫌になる。だから僕は、僕を見上げるヴィヴィオを撫でるしか、出来ない。

「……ゆっくり探せばいいよ。焦って、良くなることはあまりないんだから、ね?」
「……うん」
「出会った時に会えなかった分甘えれば良い。それまで笑顔でいよう。ママが心配しなくていいように。ママもきっと、ヴィヴィオが笑っていることを望んでいるからさ」

 それでも会えない不安は容易く拭いきれるものではない。流石にこれに返事はなく、僕に強く抱きついてきた。強く、と言ってもそこは子供。さしたる力はない。だけど僕は、それ以上何も言わず、ヴィヴィオを撫で続けた。
 余り彼女を刺激しないよう、アイコンタクトでアリオスと意思疎通を図る。これ以上の雑談は流石に無理だ。続けると言う選択肢はもうない。というわけで今回はこれでお開きとなる。
 かといって、さて僕はどうしようか。ヴィヴィオを振りほどくなど論外で、故に僕一人でという選択肢は存在しない。現状維持というのも妙な話だ。

「それでは、またいつか」
「うん。元気でね」
「ユウキさんこそ、お元気で」

 多分焦っているだろう看護婦たちのためにもヴィヴィオを病室に戻すべきだろう。しかしはて、ヴィヴィオがそれを良しとするか。僕も夕食の準備があるのでいつかは帰らなければならない身だ。
 その時には当然ヴィヴィオと別れなければならない。多分その時、泣くだろうなぁ。今度は気付けばいないわけではなく、見える形で別れるのだから。それもそれで、また問題だ。

「ヴィヴィオ」
「なぁに?」

 結構眠たそうだ。とりあえず涎を拭こうか。ではなく。

「ちょっと、歩こうか。もしかしたら近くにママがいるかもしれないしね」
「……うん、一緒に探す」
「うん、一緒に」
「えへ、えへへ」

 一人が寂しい。独りも寂しく、一人が寂しい。その気持ちは子供であればあるほど強い。だから一緒にという言葉で彼女はとても嬉しそうに笑った。僕はそれを懐かしい感情で見ていた。やはり他者に迷惑をかけない内で笑っていられるのならそれに越したことはない。
 しばらくあたりを散策して、ヴィヴィオの疲労が我慢できないほどに高まったら病室に戻ろう。寝付くまで傍にいればいいのだけど、問題はその後だ。起きた時、母親だけでなく僕まで居ないことに果たして彼女が耐えられるか。
 かといって機動六課に戻らないことも許されない。となると、もしもあの事件で保護した子供であるなら彼女の保護者が不在であることを利用し、一時保護することを申し出た方がヴィヴィオのためか。最悪、アリオスの権力を曲がりすればなんとかなる。
 ここは病院だ。決して孤児院ではない。身寄りのない健康な子供を置いておくような場所ではない。何より病気にかかった人が大勢いる場所に免疫力の弱い子供を置いておくのは進めれない。

「それじゃ、行こうか」

 手をつなぎ、もう片方の手で日傘をさす。ヴィヴィオも開いている手で大事そうにウサギのぬいぐるみを抱きかかえている。さて、そのぬいぐるみは一体誰の贈り物か。閑話休題。

「所でヴィヴィオ、ママってどんな人?」
「えっとね、とってもやさしい人!」
「うん、それで?」
「ごはんがおいしくて、いつも笑顔で、あ。でも怒ると怖い……」
「ふふ、それはママがヴィヴィオの事をとても大切にしているからだよ。大切にしているから、危ないことをして欲しくないんだ」

 病院の周りを歩き、玄関や待合室も見て回る。しかし一向にヴィヴィオの母親らしき人物は見当たらない。それどころか、ヴィヴィオ自身母親が誰なのか分かっていない節がちらほらと見受けられる。
 もしも彼女を僕が保護するとして、実はヴィヴィオと関係の無い所で問題がある。それはなのはだ。彼女がヴィヴィオの存在を許すかどうか。それ次第では保護も再考しなければならない。
 しばらく散策するとヴィヴィオが眠たそうにし始めた。流石にこのまま歩き続けるのも酷だろうと抱き上げる。さしたる抵抗もなかったのですんなり抱き上げれたのだが、一つ。何故にこの子は羽織ではなく甚平を握りしめて眠りに着くのでしょうか。このままでは離れることが出来ないではありませんか。

「……んぅ……」
「…………やれやれ」

 でも、まあ悪い気はしない。辛くて寂しくて、やっと見つけたただ一つの光に縋る子供の寝顔を見て、悪い気などしない。だが、流石にここでは明る過ぎる。ということで中庭を通って彼女の病室に戻ろう。起きるまでそこでこのまま抱き続ければ良い話だ。
 願わくは、僕の予想の尽くが間違っていることを。今までも、今もそしてこれからもまずあり得ないことではあるが、しかし誰かの幸せを願うことのどこに間違いがあろうか。ただ、それだけの話。

「風が過ぎて 鳥の休む頃に
 夜の色が 映えて沈む頃に

 その如月の望月の頃に 華やかなりし頃に
 静けさの宴の中で眠って
 永きの安らぎと痛みを泣いて 日を待ち侘びれば
 幾度目かの春の息吹で目覚めて」

 のんびり歌でも口ずさみながら中庭を歩いていた時のことだ。見なれた人影、なのはを見つける。こんな所で何をしているのだろうと思いつつ、そちらに向かって歩いた。

「やぁ、なのは。こんな所でどうしたの?」
「ユウキくん。えっとね、昨日保護した子供が病室を抜け出して……て、何しているの?」
「何って、迷っていた子供を寝かしつけているだけだけど……あ、今寝た所だから静かにね」

 なのはが言っている子供とは大方ヴィヴィオのことだろう。流石に一日に二人も、それも同時に病室を抜け出すと言うことは先ずない。

「あ、うん……ユウキくん、あの……その迷子の子供なんだけど、その子なんだよ?」
「まあ、だろうね」
「知っていたの?」
「いや、想像はついていたから。とりあえず、この子の病室に行こうか。流石に看護婦さんたちに迷惑をかけ過ぎるから」
「うん、そうだね」

 それから二人で中庭を歩く。

「所で、どうしてユウキくんはここに?」
「友人に御呼ばれしてね。野点をしに来たんだよ。ほら、紫陽花が綺麗に咲いているから」
「良いなぁ。私もご一緒したかったな」
「じゃあ次は一緒に行こうか」
「うん!」

 ヴァルやアリーシャさんと普通に知り合っているから別に有名人一人と知り合ったとこで取り立て驚くこともないはずだ。言い触らすこともないだろう。だから別に、事前に断っておけば連れて行っても問題はない。

「……気持ち良さそうに眠っているね」
「ママを探していたんだって。疲れ果てたのもあるけど、それ以上に安心できる場所を見つけたんだと思うよ」
「にゃはは。ユウキくんはパパというよりママみたいだもんね」

 時に、すれ違う人の多くがこちらを見てはほほえましい表情を浮かべるのですが、一体何を思っての表情なのでしょうか。理解したくありません。それよりも仕事をしろ、看護婦。
 下手に殺気立つとヴィヴィオがぐずるだろうから下らないことで怒ることもできず、内心ため息をつきながら揃って歩く。それにしても、今日出会ったばかりだと言うのに良く眠れるものだ。どれだけ僕に懐くのだろう。

「高町、少女は見つけたか?」
「シグナム、シャッハさん。見つけたことには見つけたんだけど……」
「どうかしましたか?」
「うん、えっと」

 聖王教会のシスターの服を着た女性とシグナムに出会った。そう言えばなのははまだ運転免許を持っていない。なるほど、シグナムに送って貰っていたか。

「ユウキ殿……ああ、なるほど」
「うん、まあそう言うことだから、静かにね」
「ふむ、わかった」
「そう言うことですか。確かに、ここで騒ぐのはやぶさかですね」

 早々と空気を呼んでデバイスを仕舞ってくれてありがたい。もしもそこでデバイスを起動しようものなら、展開中に蹴り穿って意識を刈り取らねばならなくなる。第一に僕の体調のために。

「見つけてくださってありがとうございます。後の事はこちらでします」
「ああ、うん……お願いするよ」

 そもそもいくらヴィヴィオを保護したのが機動六課であっても、病室を抜け出したことには変わりない。何よりレリックと一緒に発見されたのだ、まだまだしなければならない検査が残っているのだろう。僕は何時松の不安を抱えながらもヴィヴィオをシスターに渡した。
 さらにそれから見知らぬ看護婦にまた渡しされ、病室に戻されることになる。ミッドチルダは地球に比べて非常に技術の進んだ世界だ。検査に注射器など子供が嫌うものを使うのは非常に少なく、痛みも殆どない。

「それでは向こうでお茶にしましょう。そちらの方もご一緒にどうですか?」
「うん、行こうよ。ユウキくん――――ユウキくん?」
「あ、うん……」
「どうかなさいましたか?」
「ちょっと、ね」

 問題は、そう言う問題ではない点だ。



「――びぇぇぇえええ!」



 通りの向こうから泣き声が聞こえてくる。つまりはそう言うことだ。ヴィヴィオが病室を抜け出した理由は傍に母親がいなかったから。やっとの思いで安心できる場所を見つけ、眠りに着けたと言うのに。また起きたら見知らぬ人に変わっていたなら。
 ただ、あそこまで深い眠りについていたのにどうして今更起きたのだろうか。疑問に思いつつ、ため息も交えつつ、歩く。



 それから、泣き続けるヴィヴィオをあやし、他に方法がないから広義で機動六課、狭義で僕が彼女を預かることになった。さもないと手に負えないのだから仕方がない。
 反対するかと思ったなのはも幼少期のトラウマがあるのだろう。思ったより大人しく保護を認めてくれた。やはり誰しも子供には精神的に勝てないものである。後は身元保証人兼保護責任者の承認が通れば終わりだ。
 ああ、そう言えばアリオスにレポート提出を頼むのを忘れていた。それからあの血液サンプル、提供者が誰なのかを聞くのも忘れている。まあ結果を届ける時に言えば良いか。



今日のヴィヴィオちゃん。

「ねえヴィヴィオ。出会ったばかりのおじさんに引き取られるのと、孤児院に行くの。どちらがいいかな?」
「いっしょがいい」
「そうか……分かった。なら、おいで」


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