バカがバカをしている。唯それだけの話だ。しかしユウキに限って、そのバカの度合いが人より違う。正確には人のとは異なると言うべきか。まあとにかく、客観的に見て本人にとって良いことではないことでは同じことだ。
あの日――彼が世界より自由を得て以来、彼は自分の手で自らの心を壊すような真似をしている。それをバカと言わずして何と言うか。言葉を選べばいくつか該当することはあるが、しかし分かり易い言葉を選べばやはりバカか。
大昔、ユウキがユウキでなく、それ以前の存在であった頃の記憶を求め、世界を彷徨っている。もちろんそれらの記憶は須らく伸ばせども手が届かなかった記憶であり、どれ一つとっても彼の心を傷つけるには十分な代物。あった所で心を傷つけるしかないと言う記憶。
それが十や二十ではない。数知れないほど集め、思い出してきた。その都度心が傷つき、壊れて行くと言うのに、今なおそれを求め、彷徨い歩く。
本来なら止めるべきなのだろう。そんな事は勿論分かっている。しかし、ユウキがそれを求めてきたおかげで、私たちは彼と再開することが出来たと言っても過言ではない。故に強く言えない。
何より彼の心は既に壊れている。もう、手遅れなのだ。だから私たちには、私にはもう傍にいることしか、出来ない。
「久し振り、ヴァル。元気にしていた?」
「ああ。ユウキこそ無理はしていないだろうな?」
「それは勿論だよ」
死にゆくユウキを救えなかった。それどころかその後も私たちは彼を救うことが出来ない。やはり、無力だ。どれほど力を得ようと我々が無力であることには、変わりがない。
強さは弱さだ。強くなるほどに守れないものが浮き彫りになり、自らの弱さを嘆く。弱くあれば守れないものが多く、自らの弱さに嘆く。どちらにせよ、ろくなものではない。
「今日は、紅茶を貰えるか?」
「紅茶? お酒じゃなくて?」
「ああ、まだ日が高い。酒は今夜に取っておくよ」
「ふぅん……分かった。すぐ用意する。ちょっと待って」
そういうと彼は湯を用意する。このような手順は省略できるというのにユウキは省略しない時が多々ある。何故かは聞いたことがないが、待つ時間も大切なものだろう。事実、この時間は好きだ。
さして時間も経たないうちに私の前に紅茶が差し出された。もちろんお茶請けも欠かさない。そしてこの匂い、どうやらブランデーも入っているようだ。ありがたい。
「所で皆は元気にしている?」
「ん、ああ。それはもちろん」
「そうか……良かった」
「まあ流石に、急にいなくなって心配してはいたが、今はそれも受け入れているよ」
「……そっか」
何時から彼が再び世界を彷徨うのか分からない。彼自身もそれを制御できず、知ることも出来ない。ただ確かに言える事は常にその世界に忘れた約束、記憶を手に入れた後で、何となく自分がいなくとも大丈夫と感じた後、だそうだ。それ以外は何一つ分からない。
おかげで多くの世界で大切な誰かを悲しませてきたのではないか、迷った後にそれを必ず気にする。そう思うならばその世界にとどまれば良いのだが、如何せんもうあれは本能、習性、彼が彼であるために必要な行為だ。今はもう止めることすら諦めたそうだ。
そして今回も、このような世界に足を運んだ理由はここに本人が忘れた記憶を取り戻すための何かがあるからだ。これに限っては推測ではなく断言できる。
ただ、甘い期待は稀にある本当の迷子。何の理由もなく言ったことのない世界に足を運んでいるというその結果だが、そんなこと数百回に一回あれば良いほうなので今回は違う。
「もう、見つかったか?」
「いや全く。いつもの事だけど手がかりすらないよ」
「確か、もう百年になるのだろう? 今回は久しぶりに長くなりそうだな」
「うん、まあどうだろう。ただもうすぐ手に入る気がするな」
「そう、か……」
それは良かったとも残念だとも言える。ユウキが望むものが手に入ることは喜ばしい。一方でさらに心が壊れるのは悲しい。出来れば永遠に手に入ることなどあってほしくはないが……
それも、叶わない願いだ。大丈夫だ、壊れた笑みであってもそう言われたなら、私がそれを止めることなどできない。精々倒れる時に支えるぐらいしか、これ以上悲しみが増えるのを阻止するしか出来ない。
「……大丈夫だよ。ただ僕が、忘れているのが耐えられないだけだから。ちゃんと、覚えておきたいだけだから。
理解している。分かっている。どれほどその思いを集めても、もうこの手が過去に届かないことを。その思いは僕のものでも、ユウキ・カグラに向けられたものでもないことを。
だから、大丈夫だよ。僕は大丈夫だ。ヴァル」
「…………」
「君たちがいる限り、僕は倒れない。だって、倒れそうになったら支えてくれるんでしょ?」
「……ああ、それは勿論だとも」
「なら、大丈夫だよ」
こんなやり取りをはてさて、一体何度繰り返してきたことか。数えていないので分かるわけもない。
ユウキはこの衝動を止められずにいて、我々は彼の行動を止めれずにいる。そう言う意味では、様々な世界に足を運び、そこで出会った人々にはもしや、という淡い期待を抱いているのだが。今のところ現実として止めようとしたのは、している人は極めて僅か。
あの押しが強い、割と我が儘な高町も止めに入ってくれるとありがたい。ただ、やはり誰も止めたことがないことを考えると、今回も無理なのだろう。
「そう言えばさ」
「ん?」
「ゼノンが拾った二人、元気にしている?」
「ああ。特にこの前は娘の方がユウキに会いたいと無謀にもティオエンツィアに喧嘩をしていたぞ。もちろん負けたが」
「へぇ。ティアさんと喧嘩できたんだ。それは、強くなったね。昔は相手にもされなかったのに」
「他人事では無いのだがな」
世界の狭間を歩いていたら人が二人降ってきた。それを拾ったゼノンが気まぐれで蘇生した。それだけの話である。
残酷で知られていた異界の魔王ゼノン・カオスがそんな事をするとは。昔のゼノンを知る人が今の彼を見たら己の正気を疑わざるを得ないだろう。その光景は容易く想像できる。
「そっか……アリシアちゃんも元気か」
「むしろ碌な男がいないと嘆いていたぞ」
「いやまあ……うん。ティアさんやアリーシャさんたちに囲まれて育てば基本そうなるね。どうしてこうも強い女性が多く集まるのかな?」
「私たちに揃って女難の相でもあるのではないか? それもとびきりのものが」
「……嫌な運命だね」
「全くだ……」
もう少し、あと少し常識と良識というものを持ってくれたなら。そうすれば胃薬の必要性も薄れるというのに。何故か世界はこの控えめな期待を裏切ってくれる。おかげで今まで片時たりとも胃薬を手放せた経験はない。
賑やかなのは楽しい。しかし騒がしいのは煩わしい。暴れられると止めに入るのは常に我々で。淑女はすでに幻想の彼方へと旅立ってしまった。
「まあ元気そうで何よりだ。ただ、気をつけろ」
「へ? 何が?」
「忘れているのかもしれないが、お前は干渉嫌忌体質保持者、存在に干渉する非殺傷設定は鬼門だ。まともに食らえば、“また”死ぬぞ?」
「あ、あー。そうだったなぁ……」
ユウキは干渉に弱い。不老不死であるため死ねないが、殺されることはある。殺されれば当然回復までに時間がかかり、その間の記憶は当然ない。
現状どのような干渉も拒絶するが、元々の体質は環境嫌忌体質。その名残か、干渉されることに極度に弱い。干渉されるとそれを肉体の損傷に変換し、殺される結果となる。
魔導師が使う、肉体を傷つけるのではなく、リンカーコアと言う魂に近い存在に干渉されるとなれば、体を傷つけ殺すよりも容易く死に至る。
ユウキはその体質によって外界を拒絶することを嫌い、最小限までその体質を抑えている。開放すれば痛みのみなのだが、世界を拒絶したくない。それが、彼がこの世界に来た時裏目に出た。
「今は何ともないから大丈夫だよ」
「それは慣れのせいだ。今すぐ病院行け。むしろ薬師呼ぶぞ」
「それはやめてください。次あの人の世話になったなら、それこそどうなるか……」
「確かにユウキはあの天才が理解できない数少ない存在だからな。だが、お前の処置が出来るのが彼女以外いない以上自業自得だろう?」
ユウキがこの世界に来た時、流れ弾が直撃した。不運なことにその攻撃は非殺傷設定の魔法であり、偶然にも無縫天衣の隙間を抜け、体質を最低まで落としていたユウキに。そして、一度死んだ。そして再生が始まるのだが、眠っているユウキは一度管理局の研究所で人体実験の数々を。
そのせいでまあ、しばらく後にその世界に辿りつき、事実を知った私は怒り狂い、管理局よりユウキを取り戻したわけだが。お陰で現在私は広域次元犯罪者として扱われた。
以来、か。私は管理局が好きではない。ユウキ自身もあまり好んでいない。
「それも、そうなんだよね。まあ無理はしないように定期的に休暇は取るよ」
「――取れたか?」
「……………………」
「………………」
「…………」
「……ああ、そろそろ差し入れの時間だ。ヴァルも来る?」
「おい」
とりあえず無意味に力のある女性のうちの誰かに告げ口しないと、ユウキはまた倒れそうだ。ここはやはり誰と言わず全員に言うべきか。
別に問題はない。むしろそろそろ男性陣で慰安旅行に出かけなければ胃が持たない。流石の赤バラも近頃薬師に吸血鬼用の胃薬の調合を頼むべきか悩んでいた辺り、本当に末期なのだろう。
そんな不謹慎なことを思いつつも、管理局にとっての敵である私たちがうろついて良いのか疑問に持ちつつも、ここでやることなどないわけで。ユウキの後をついていくことにした。ついでに高町に顔を見せに。
「お菓子持ってきたけど、皆休憩にしないか?」
「ユウキさん、毎日ありがとな」
「構わないよ。どうせこの時間帯は基本的に暇だから」
「うん、それでもありがと」
まずは指令室に。何も問題ごとがなくとも割りと仕事に尽きないようだ。近くのディスプレイに眼をやると過去の日付の報告書のデータが移っていた。
「時に、其方の素敵な方は誰や?」
「僕の店の常連だよ。ちょっと顔を見に来たんだよ」
「一応、局員以外立ち入り禁止なんやけどなぁ……」
「それって、僕にも言えることだよね?」
台所を制す者が周囲を制す。何気なく呟いたユウキの言葉に過剰に反応を示したのは周りの局員たちだった。今後彼女の一挙一動を見逃さず、一言一句たりとも聞き逃すまいと感覚を研ぎ澄ましている。
どうやらユウキはすでにこの一月少々という短い間に餌付けを完了したようだ。
「ええよええよ。別にそこまで規律に厳しくせんとあかんとは思ってないし、まあユウキさんの知り合いやから悪い人やないしな」
目の前の若き権力者は笑顔ではあるものの、表情が固い。実質権力はあるが、その決定によってはデモもストも発生する状況だ。仕方のない話である。
さて指令室に差し入れを届けた後、他の場所にいる人たちにも届けに回る。
「やっほー」
「あ、ユウキさん」
その一人、ヘリの整備をしていた男性。視線が交錯した瞬間に理解した。彼は、同胞になれるかもしれない。だが彼もまた人間、その性はやはり短い。期待するのはやめておこう。
「そちらは、旦那の友人で?」
「そうだよ」
「へぇ……初めまして、俺はヴァイス。よろしく」
「ヴァランディールだ。よろしく頼む」
時に、私の名前は管理局に聞かれているため知られているのだが、なのって大丈夫なのだろうか。ユウキは名前が知られていないため問題はないが。名前として珍しい私の場合、悟られてもおかしくはない。
ただ、すでにあれから百年。人の場合はすでに死んでいると考えておかしくはない。出来れば、分からずに済めば無駄な争いをせずに済むのだが。
「変わった名前だな」
「お陰ですぐに覚えられる」
「違いねぇ」
世界はそれほど甘くなく、人はそれほど非道ではないようだ。
続いて演習場に向かう。歩く度に上下するユウキの髪を眺めつつ、土産に持ってきた夜光鈴の音を聞きながら、のんびり歩く。機械的に制御された常春の気候、安定した晴天のために絶好の散歩日和なのだが、雨がない分散歩の良さが減っている。私としては、この世界は余り好きではない。
今迄で一番過ごしやすかった世界といえば、私の故郷を除けばユウキを探す途中で迷って立ち寄ったアクアという火星だ。あそこの雰囲気が体に馴染んだ。そう言えば、彼女は元気にしているだろうが。味が落ちるとしても、あの生クリーム入りのココアが懐かしく感じる。
「なのは、おやつ持ってきたよ」
「あ、ユウキくん――に、ヴァランディールさん。お久しぶりです」
「久しぶりだな、高町」
「むぅ、私はもう神楽ですよ」
「……ああ、そうなのか。失敬、知らなかった」
三年ぶり、その間に様々なことが変わったのか。私たちは別に名前や結婚にさしたる興味はないが、彼女らにとっては違うのか。長く生きても短命種のそういう感情は理解しがたい。
だが、さて。ユウキのことはユウキと呼ぶとして、神楽と彼女を呼べばユウキも反応しそうだ。となると今後はなのはと呼ぶべきか。
「それじゃ皆、休憩前に後1セットやるよ。準備は良いよね?」
『返事は聞いていません。マスターが代名詞を撃つ前に大人しくさっさと並びなさい』
「そ、そんなことしないよ!」
『でも皆さん否定しませんでしたよ?』
「うぅ、皆私をどう思っているの?」
「な、なのはさんはとってもやさしいですよ!」
「はい、そうです!」
「そうだよ。なのははそんなにもひどいことしないよ」
『……スターライトブレイカー』
「ひいぃ、ゴメンナサイゴメンナサイ」
『見よ、この安心と信頼の調きょ――もとい教育の成果を』
「――そう……皆、言いたいことは良く分かったよ……」
ユウキの事になると見境なくなる女性。別にそう言っても構わない。しかし言えば、間違いなく戦場も知らない新人らが精神的に死ぬ。ならばここは、手遅れな気がしようとも言わぬが華か。
後ろの悲鳴を無視し、敷物を敷く。ふむ、今日の菓子は柏餅か。アリーシャたちへの土産用にいくつか貰おう。それにしても、割と多いな。
「人類の不思議が、二人いるから……」
「ん、まあ詳しいことは聞かないでおく」
まずは柏餅のヨモギ餅、こしあんの方を一つ頂く。他にも抹茶あんや粒あん、白餅もある。間食には十分な種類だ。
五月の空を見上げる。もう少し暑くなれば風鈴の風情も出るというのに。ただ過ごし易いから、それだけの理由ではこの世界の住人はどれほどのものを失ったか。いや、本人たちにはその自覚すら、ないのかもしれない。ないのだろう。もったいないことだ。
そう考えながらこっそり気候に力を与え、少し夏の風を出した。それに気付いたユウキは慣れた手つきで緋色の和傘を広げ、夜光鈴を下げる。澄んだ鈴の音が、遠くまで響く。
「ヴァル、熱いほうじ茶と冷えた水出し茶、どっちが良い?」
「水出しのほうで頼む」
「ん、わかった」
「私も水出し茶のほうが良いな」
「はいはい……終わったの、なのは?」
「うん、終わったよ」
視線を演習場のほうに向ける。そこには半ば死体と化した新人が四人転がっていた。ああ、これは終わったのではなく、終わらせたのだな。冥福は祈ろう。
『さて、仏教徒でもない者に線香を上げるのは正しいのでしょうか?』
「疑問があるなら閻魔にでも祈れば良い。どうせ死ねば、そこに行き着く」
『なるほど。では――容易く地獄に行けると思うなよ、ウジ虫』
「レイジングハートもすっかり個性が出来たね」
「……妙な知識ばかり集めて困るんだけど」
『お褒め頂き恐悦至極。そしてハートマン軍曹を悪く言うなバカヤロー』
以前よりもさらにひどく偏った知識が集まっている。肉体がないにというのに生命があるせいでしたくとも出来ることがほとんどなく、欲求不満が募るばかりなせいだろうと推察する。まあ次ぎ繰るまでに、人造精霊の材料を持ってこようか。
それを使えばユウキなら魂の移動など容易いこと。レイジングハートの偏った知識も少しは解消されるはずだと信じる。
『何を考えているのか分かりませんが、ヴァランディール様。是非お願いします』
「分からないのに頼めるのか、お前は?」
『私のソウルが言うのです――頼れ、さすれば与えられんと』
さて、必要な素材は何だったか。詳しくは覚えていないが、面倒なものばかりだった気がする。ただ今回は生命を生み出すわけではないのに、ある程度は楽か。どちらにせよ世界樹の種は必要だ。
「……あの……」
「何だ?」
声をかけられ、そちらを見ればアリシアに良く似た女性がいる。だが、似ているのは姿形だけ。それ以外は何も似ていない。
世界には似た者が稀に存在する。そう言う偶然がここにも存在したか。まあ良くあることだ。そのせいで何度も泣かされたことがある。お陰で魂で判別することにも慣れた。
「どこかで、お会いしましたか?」
「いや……今が初めてのはずだが……まあどこかですれ違ったのかもしれないな」
「そう、かな……」
「他人の空似ではないか?」
「……そうかな?」
「なのは、あんこついているよ」
「にゃ?」
「ほら。もうちょっと落ちついて食べなって」
「ん……ん!」
さて、隣では高町の頬についたあんを取ったユウキがその指に着けたあんを高町に食べられると言う桃色幻想空間を形成している。何よりも先ずブラックコーヒー、もしくは世界一苦いと噂される茶を口直しに貰いたい。
「抹茶でも良いかな?」
「ああ、すまん」
砂糖はもちろん無添加。ミルクも入っているわけがない。だと言うのにまだ甘く感じられる。これでも耐性が出来たと言うのだから今の自分でも驚いている。周りを見れば当然のように口元を押さえる人が若干名。昔の私の光景だ。
「でも、どこかで見たことが……」
「…………」
さて、私は広域次元犯罪者だ。ただし百年前の。もしかしたら顔写真でも見て、それが彼女の脳裏に引っ掛かっているのだろう。だとすればここは何も言わず、刺激せずにいた方が良い。下手に刺激して思い出されるのも面倒だ。
大概、レジアス曰く海の方々は頭が固い。応用性が低いと言うか、理解力が足りない。良いように言えば真面目だが、正直それは色々と困る。主に理性と願いの違いによる問題が。流石に、次同じ組織にユウキが殺されれば、理性が持たない。
現在、体質を以前に比べて開放しているとはいえ、非殺傷設定に弱いことに変わりない。アクセルシューターが直撃すれば軽く骨は砕け、ディバインバスターが掠れば四肢の一つが吹き飛び、スターライトブレイカーの余波で絶命する。
そんな現状でユウキが傷つけられたなら、私は一体何をするだろうか。いや、ユウキが再び死んだとすれば私だけではない。短い期間に二度も殺されたとすれば、理由に関わらず駆けつける人が何人も。静止する者がさて、いるかどうか。
「あ、キャロ。一つ良いかな?」
「はい。何でしょう?」
「ちょっとフリードどけて。流石に首が痛い」
「ふ、フリード! 駄目だよ、そんなところにいちゃ」
「気持ち良いのに……駄目?」
「や、頭の上はやめてほしいだけだから。膝の上で良いなら、構わないよ」
「やったぁ!」
「……ユウキさんはフリードの言うことが分かるのですか?」
「まあ、ね」
ティオエンツィアのお陰で私は分かる。ユウキは何となくだろう。その竜は本能でユウキから古龍の気配を感じるから、彼の傍が何より居心地良く感じられるのか。龍や竜に好かれるユウキは昔から良くある光景だ。
そんな会話があった時に、ずっとこちらを見つめていた女性の視線が険しくなる。しかし視線は私ではなく、その後ろのユウキに向けられている。さて、何かあったのだろうか。
ユウキに恋心を抱いているにしては高町との間柄に特殊な感情をさほど抱いているようには見えず、このようになったのも幼い少女が彼と親しそうに話して空で。では幼い少女との間に何かあるのか。
視線の種類は嫉妬に近い。もしや彼女は子供好きに関わらず、幼い少女に嫌われているのか。とは思えないほど……
「ひゃん!」
「ねえフェイト。それ熱いって言ったよね。触って分からないのかな?」
「あぅう……」
「はい、水出し茶。もう少し周囲に注意を払いなよ」
「ありがとうございます」
ドジだな。こんな人を嫌うとなれば少女のほうが酷く捻くれているか。しかしそう考えるにも無理がある。ならば、すれ違いか。そこまで推測して、それ以上をやめた。
どのような理由であれ、私への注意がなくなったならありがたい。お陰で気兼ねなく、茶が飲める。
「………………」
「……はい」
「すまん……」
暑い夏に熱い茶を飲むのも悪くはない、が。一方、菓子器に手を伸ばせば何にも触れない。辺りを見回せば、ある二人の間に大量の柏の葉が散っていた。
ああ、なるほど。人類の不思議とはそういうことか。なるほど。私がアリーシャでなくて良かったな。彼女であれば、文句を言うまもなく扱かれる。
さて私も夕食を頂き、アリーシャたちへの土産片手に別れを告げた。機動六課のすぐ近くで剣を使うわけにも行かず、夜空の下をしばらく歩く。都会中心より離れているとはいえ、街灯の明かりが明るく、星の光が弱い。遠い空がさらに遠い。
十分に離れたところで剣を取り出し、魔力をこめる。さて、ゼノンの場所に向かえば自然とアリーシャに襲われるだろう。気を引き締めなければ。
「――そこのお前、動くな!」
「…………」
「お前の持つそれからロストロギア反応が出ている。悪いが、局まで来てもらおうか?」
当然、無視した。全く、肝心なときに対応が早くて困る。
今日のアリーシャさん
「………………」
ユウキの手作り和菓子、食べたい。