女が三人集まれば姦しい。漢が三人集まれば暑苦しい。子供が三人集まれば手に負えない。様々なところで聞く、良く似た言葉だ。では、この以下はどうなるだろうか。
――マッドが三人集まれば?
三人とは言わない。条件として複数名が一つの空間に集まり、かつその場所に必要とされる素材や機材が十分に存在するものとする。後はそこが屍溢れる墓場であろうと聖地であろうと関係ない。
その答えは実家が経営している会社――神楽工房で十分に知っている。
「ですから、ここでカートリッジシステムを使って魔力効率を云々」
「例えそれが魔法とはいえ銃身を用い、中にライフリングを施すことで威力があれこれ」
「こんなところにコアを設置すると壊れやすい。というかそんなところに弱点を置く必要はないのだから――」
マッドが三人集まれば、即時逃げろ。最悪実験試料にされるから。
だが幸い、今回この場に集まったうち一人は良識を持ったマッドで、一人は自覚あるマッド。残る一人は未熟なマッド。そしてここに無関係な人はいない。おかげでそんな心配は、ないようだ。
そんなことはともかくとして、どうしてこうなったのか。その経緯を今一度振り返ろう。
シグナムのデバイスを修理する。その設計書が出来たは良いが、機動六課では作るための機材が足りなかった。そのため、知り合いのマッドの所に行こうと車に乗ったところ、シャーリーに出くわし、用事を聞かれた。で、当然着いて行くと言い出し。
結局ここ、地上本部技術開発室までつれてきてしまった次第。そしてあって十分も立たないうちに旧知の仲のように熱く熱く討論している。
「……迷惑、かけます」
「いえ、こちらこそ」
「あ、これは差し入れです。皆さんで食べてください」
「あ、ありがとうございます」
それにしてもジェイル、何時の間に分室長から室長に昇進していたのだろうか。まあさして気にすることではない。別に、どうでも良いことなのだから。
「時にウーノさん、妹さんたちは元気にしています?」
「ええ、それはもちろん。特に今日はドゥーエが無断で仕事を休もうとしちゃって……追い出すのに苦労しました」
「あはは……あの子も程々にしないとなぁ」
「全くです。後チンクも残念がっていましたよ」
そうジェイルの奥さんと話しながら茶を啜る。僕の役割は順調にこなしている。あの二人は期日までには終わらせるだろう。終わらせないときは目の前に人参に変わる何かをつるせば良いだけの話だ。
とりあえず僕の役割。シグナムのデバイスの修理と改造。それから三日ほど前に出来た野暮用が少し。どちらもデバイス関連なのでここで終わらせることが出来る。
「とりあえず君たち、一つ言っておきたいことがある」
「何です? 今良いところなのですが?」
「全くだ。少しは空気を読みたまえ」
「それは失礼。でも一つ――自爆装置禁止」
「「殺生!!」」
やはり、つけるつもりだったか。何となくそんな気がして、警告しておいて良かった。
さて現室長のジェイルと機動六課技術仕官のシャーリーはリボルバーナックルをドリルにするかパイルバンカーにするか、論議を開始いた。
完成するブツが怪しいものであることには間違いないが、一方で良いものであるのも間違いない。やり過ぎなければマッドも良い。
念のためにウーノに金槌を渡しておく。あんな状態になったマッドを止めるにはハリセンでは物足りない。確実に仕留めるつもりでなければ、止まることもないだろう。
そうして僕は目の前の作業に没頭する……
「君が、あの堅物を変えた人かね?」
「――へ?」
それが僕とジェイルが最初に交えた会話らしい会話だ。いらっしゃいという言葉や注文を聞く前に彼がそういったのだから仕方がない。
兎に角、今では考えられそうにないほど下らない人物だった。死んだように濁った眼の奥で、決して消えない欲望がとぐろを巻いている。来たる時に供え、伏せている。
そんな、悪い方向に狂ってしまった人。
「えっと…………」
「ああ失礼。私はジェイル・スカリエッティ。初めまして、といったところか?」
「まあそうだね。君のことはたまに耳に挟むし、どうやら君も僕のことをことを聞いているようだ。でもこうして顔を会わせるのは初めてだから、はじめましてだね」
「ふむ……だが不思議と他人の気がしないのは何故かな?」
「さあ?」
ジェイル・スカリエッティ。たまにミッドの新聞の一面を飾る広域次元犯罪者。だからといって客としてきた以上、無害な間は客として迎えるのは当然だ。
さて二人、ジェイルと秘書らしきもう一人は適当に席に座る。今ここで管理局員が来ると面倒なことになりそうだというのは簡単に理解できる。今回は悪いが、他に普通の人間が来れないように結界を張らせていただこう。
「ご注文をどうぞ」
「それでは……コーヒーを貰おうか」
「了解。君はどうする?」
「いえ、私は結構です」
「ウーノ、ここでちゃんと注文するのが礼儀だよ」
「はぁ…………では、メニューを見させてもらえますか?」
「あ、ごめん。ここメニューないんだ。とりあえず一通り作れるから、好きな物を注文してよ」
人間にしては精緻な動きをする。耳に入るモーターの駆動音から体内に機械を埋め込んでいるのだろう。それも全身に。良くぞまあ拒絶反応が出ないものだ。
「そうはいっても……」
「んー、なら彼と同じもので良い?」
「あ、はい。お願いします」
「わかった」
湯は大目に沸かし始める。ビンから焙煎した豆を適量取り出し、挽く。コーヒーは焙煎し、挽いた瞬間から劣化が始まる。本当なら焙煎し立て、挽き立てを淹れたいところだが、時間と効率の関係上その日焙煎して挽いたものしか、出せなかった。
今は違う。神の権限の一つである限定空間の時間を止めることができるのだ。ただし非生物に限る。流石に生物、世界が生きていると定める存在の時を止めることは僕には不可能。
「お待たせ。お茶請けはサービスだから」
「ふむ……良い匂いだ。やはりインスタントとは全く違うな」
「ええ、本当に美味しいです」
真に失礼ながら、彼らは二度とインスタントコーヒーを飲むことが出来ない。理由は単純、物足りないではなく苦い泥水に感じるから。確かに眼は覚めるだろうが、そこまでして起きたいとがは考えまい。
昔も今も全力で料理を出来る機会はめったになく、日常で自分が満足しても良い料理など飲料しかない。特に今となってはいつも美味しく食事をするために、失礼ながら手を抜いている。程よく不味く作っている。
もちろん時には全力で作っているが、その後一週間ぐらいは落ち込むことになるので余りしたくはない。
「所で、僕に何か用かな?」
「何、あのレジアス・ゲイズを恐ろしく変えた張本人、それが一体どのような人物なのは見たくなっただけだよ」
「なるほどね」
だからそんな気色の悪い視線を向けているのか。ある程度納得がいく。
「それにしても、君は聞く以上に妙な人だね」
「そうかな?」
「そうさ。何せ広域次元犯罪者を前にしても一向に逃げようとしない。管理局に通報しようとしない。これのどこが普通なんだい? 少なくとも普通のミッドチルダ人ではないよ」
「そう言われても……だって君、さして悪いことやっていないでしょう?」
「……そうか?」
少々思考をめぐらせる。しかしやはり彼が行ってきた、管理局曰く犯罪の数々をどうにも僕は悪いと思えない。それは僕自身が狂人だからか。いや、事実としてそれらはさしたる犯罪じゃないのかもしれない。
こういうときまともな精神構造を持っていないというのは判断基準の違いが存在して困る。
「ロストロギアの研究だって、昔に良い技術があるならばそれを研究し、現在に使えるものにするのは当たり前でしょ。いくらそれで世界が滅んだといっても原因が分かるなら対処がしやすいし。それに君、二度も同じ失敗をするほど愚かじゃないでしょ」
「確かに。君の言うとおりロストロギアの扱いには最高の注意を払っているが、しかしそれが危険であることには変わりないだろう」
「ノーリスクで手に入るものはつまらないよ」
「それも、そうだ。では人造魔導師計画――Project.F.A.T.Eはどう考える」
そうは言われてもあの程度の技術を僕はさして珍しいとは考えない。例えば竜宮島。あそこでは謎の珪素生命体子供を産むことが出来なくなってしまったからその、人を作る技術は必要だ。
されどここはミッドチルダ。そんな特殊な事情があるわけでもない、ごくごく平凡な世界。
だけど、だけど技術を否定するのは良くない。いや、技術を否定してはならない。常にその技術を善用するのも悪用するのも人だから、悪だとするなら技術ではなく人を悪とせよ。
「…………」
「………………」
「……まだまだあるよ?」
両極端が存在するため、口で説明するのは難しい。だから証拠を提示した。今までにいた泣くしかなかった人々の、救えた結果を。
「いや、今はもう十分だ。後でここに送ってくれるかい?」
「それは、勿論喜んで」
そう言ってメールアドレスを渡された。添付ファイルにするにしても量が膨大すぎる。何度かに分割して送ることにしよう。
空になったカップにコーヒーを注ぐ。ついでに何かもの言いたげなウーノさんを見て視線で質問を促す。
「どうして、これほどまでに?」
質問の続きはこう言った人造人間の技術の恩恵を授かった人が多いのかというものだろう。その答えは非常に簡単だ。
「困っていて、ちょうど良く目の前に解決策があって、それを利用しない手はないだろうが」
「それでも庶民はこれが違法であることを知っているはずです。なのに何故、手を付けたのでしょうか?」
「人間は、語られるほど高潔でも賢くもないよ」
事実、今だって多くの人がどこぞの組織にそそのかされて様々な違法研究に手を貸しているだろう。それに比べたらまだ、こちらの方がましだと言える。
なお、例の件についてはミッドチルダ他多くの地上本部が黙認し、医療機関でこっそり行われている。もちろん表向きの名称は再生医療とあながち間違いではないものにした。
いやはや、昔誘われた宴会の席でふと零した言葉がまさかこんな形で現実化されるとは。別にどうでもいいことなのだが。
「まあ作った人が気をつけるべきことは、その技術が世界に及ぼす可能性及び、その技術における危険性を熟慮した上で公開するか抹消するかの判断を間違えないことだね」
「なるほどなるほど……まるで身の覚えのあるような言葉だ」
「……たくさんあるよ」
出来た。何作った。それ危険。はい却下。
神楽工房で良くある日常光景だ。幸運にもあそこに集うマッドは作ることに特化し過ぎているため別に作れさえすればそれで十分なので反感はなかった。
「とりあえず、やんちゃは控えなよ。僕らは世間一般からすれば異端で、故に廃絶され易いんだからね」
「ああ、もちろんだとも。それからこれは私直通の秘匿回線だ。何、君とは個人的に酔い酒が飲めそうなのでね。是非後で連絡してくれ」
「わかった」
慣れ合いの開始はその翌日。インスタントコーヒーに耐えられなくなったウーノが来て、二人だけおいしいものを食べているのが妬ましいと彼女の妹たちが次々押しかけ、結局ウーノに料理を教え。
それから様々なことを聞いてジェイルを実験の失敗で死んだことにしたはずなのだが、さてはて。だと言うのに管理局は未だに彼を死亡認定せず、まだ彼が悪事を働いているような話を耳に挟む。
ジェイルは、私の予備が行動しているのだろうと言っていた。困ったことだ。
「あなた達、自重という言葉を知っていますか?」
「もちろん知っているが、それがどうかしたかい?」
「常識に縛られていると息苦しいだけですよ、わはー」
そんな事よりもまず、こいつらをどうにかしようか。
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短期での教導は今までも何度もやってきたことがある。でも教えてきた人たちは全員熟練者で、仕事をこなしてきた人たちばかり。実はこうして新人たちに教えるのも、一年かけてじっくり教えるのもこれが初めてだ。
だからちゃんとできるかどうか緊張している。その心配はあながち間違いではない。皆まじめに取り組んでくれていても、やはり気になる点がいくつかある。
まずティアナ・ランスター。新人フォワード陣の中で唯一指揮適正がある彼女だが、訓練後思い詰めた表情をすることがある。気になることがあるのは間違いない。でも他人の心に土足で踏み荒らすような真似は余りしたくない。
ユウキくんなら容易く気軽に、それこそふと散歩に行くような気分で解決するだろうが、流石に何でも頼むのは良くない。本当に出来ないときだけ、頼るべきだ。
「…………」
「――フッ、セイ!」
スバルはいつもおバカだからさしたる問題は見当たらない。キャロは力への恐怖、私には分からない問題なのでどうしようもない。
そして、最後に一人。フェイトちゃんが保護しているエリオ・モンディアル君。彼の問題は他の人とは全く違う。
休憩中、ボーリングスピアを操っている。しかしその操り方は訓練で見せないもので、魔法を使わず、どこかで――この間の試合でユウキくんが見せた動きに似ている。
エリオ君の問題は私やフェイトちゃん、もっと言えば槍を使えない魔導師ではどうしようもない。何せ何をどう教えれば良いのか分からないからだ。魔法を使う上で槍の使い方。そんなもの、使う人でないと分からない。
「……やっぱり、シグナムさんかヴィータちゃん。でもヴィータちゃんにはスバルをで……」
シグナムさんも今は――今ははやてちゃんの個人的な処罰でフリルがたくさんあるかわいらしいミニスカメイド服を着て、ユウキくんのお手伝いし、精神的にやられている。
当分は戦闘以外に使えない。それにしてもシグナムさん、羨ましい。出来れば今すぐにでも仕事を代わってほしい。メイド服と言わず和風メイド、チャイナ服も許容するから。
「となると、ユウキくんかなぁ……」
正直に言って、付き合って五年近く経つ今でもユウキくんの知識量には心底驚かされる。使えずとも私の魔法を容易く使い易いように改良した。それを考えると魔法はこちらで教えて、後を頼むことも出来るのだが。
ユウキくんの仕事が増える。間違いなく疲労が蓄積される。仕込みや買出しのために朝が早いので、夜は早くから熟睡するようになる。それもそれで困る。
「ほんと、どうしようか」
この前のお酒の席でつい零してしまったこと、たぶんユウキくんはやっているのだろう。いや、間違いなくやっている。そんな人だ。自分にとって大切な人からの頼みに確実に答えるから、だからこちらも安易に頼めない。本当に、無理をしてほしくない。
「なのは隊長、どうかしたのですか?」
「ちょっと、今後のことを」
「はぁ……」
「そろそろ時間だから、教導を再開しようか。ティアナ、皆を集めて」
「はい!」
バリアジャケットを身に纏う。前はスカートを穿いていたが、ユウキくんの指摘もあったため現在は違う。今はハーフパンツにロングブーツだ。流石に、スカートを穿いて空を飛ぶのはもう恥ずかしい。
このことは皆に伝えておくべきだろうか。でも今更な気がしなくもない。店の常連たちの持ち込む話では、もう二人は無恥の名が通っているから。今更なんだよね……
「それじゃ、レイジングハート」
『監視スフィアの設置は完了しています』
「ん、ありがとう。それじゃいつもどおりはじめようか」
新人たちは順調に強くなっている。精神面ではまだ幼いけど、ガジェット相手には不足はない。後は早くシャーリーがデバイスを仕上げてくれれば。そうすれば実戦経験を積ませることもできるし、精神面を鍛えることが出来る。
ちなみに彼女は今日、ユウキくんと一緒に地上本部のある部署に行った。そのときの彼女の瞳が嫌に輝いていたのを覚えている。レイジングハートを改造していたユウキくんの目のようだった。
まああのような状態ならまともなものは期待できないけど、良いものは出来るだろう。後はユウキくんにストッパー役を期待するばかり。
さて物思いにふけるのも好い加減に、私こそ教導に集中しよう。
今日のドゥーエさんとチンクさん。
「早上がりって、ありですか?」
「ディーエ……」