「内臓に損傷、全身の骨に亀裂多数。特に左腕は骨折した後に肘鉄を入れられたため、損傷が悪化。さらに全身に切り傷その他エトセトラエトセトラ」
「むぅ……」
「その何が酷いと言うと、どれ一つとっても騎士甲冑がなければ致命傷であるという点よ」
「……すまん」
「一週間療養。その間剣を振ることはお炉か持つことも禁止します」
「シャマル、それではあまりにも」
「良 い で す ね?」
「……はい」
バリアジャケット、じゃない騎士甲冑か。致命傷を戦闘続行可能な程度で抑えるとは。思ったより防御機能が良いようだ。ランクによる防御力評価を上方修正しないと。いや、相手が防御に走るかは知らないかによるものか。ならばこのままで。しかしながら念のために覚えておこう。
さて、シグナムの診断も一区切りつけた所で機動六課の主任医務官、シャマルはこちらを向き直る。理由なら簡単だ。あの試合、終ると同時に倒れたのは両方で、僕は気絶こそしなかったものの、半ば自滅行為で動けなくなっていた。
「筋肉断裂に筋に損傷あり。肉離れも多数みられ、関節も大分疲労している。ねぇ、どんなことをすればこんな状態になれるのかしら?」
「それは……心と体が上手く噛み合っていないと言うかなんというか。まあ齟齬があるからこうなるわけで」
「……とにかく、あなたも一週間の安静を。でも自業自得ですからコックの仕事は続けてもらいます」
無理をした。そもそも僕の精神に身体が着いて行けることなど今まで一度もなく、当然ついて生かすには肉体に無理を強いる。結果としてそれはこのような状態に繋がる。本来の状態に戻せばそんな事もないのだろうが、行きすぎると逆に戻りにくくなるから。
特に面倒なのは崩月の、母方の先祖の血。あの大バカの血は千年二千年、神話に遡ろうが衰えることを知らず、時として無邪気に戦闘を楽しむ傾向を強いる。その結果がこれ。故に別に彼女が何と言おうと僕は普段通りを装うつもりだった。
まあとりあえず、痛み止めでも飲んでおけば問題ないか。はあ、だからストレスがたまっている時の試合は嫌だったんだ。
「……どこに行くの?」
「ちょっと仕込みの続きを。ほら、もうすぐ夜じゃないですか。夕食の用意をしないと」
「本当に、良く動けるわね。普通の人なら音を上げるどころか気絶していてもおかしくないのに」
「あはは……痛いのには慣れているんで」
他にもやることがたくさんある。シグナムのデバイスも直さないといけない。これはシグナムに頼まれたことだ。試合の事は黙っておくからやってくれ。今のフィニーノに頼むのは怖いとのこと。僕にデバイスの知識がなかったらどうするつもりだったのだろうか。
「…………はぁ……」
面倒なことをした。その感想は存分にある。だがその分心は非常に晴れやかで、対価としては十分な者だろう。心労を溜めすぎると何をするか、想像が出来ない事態よりもましだ。
「あー、疲れた」
というわけでまあ夕食も終わり、現在入浴中。機動六課は余りに男性職員が少ないものの、男性用浴場も女性用並に広い。それは必要以上だ。だが、広い風呂は好きだ。だから悪いとは感じない。
それにしても新人たちは大丈夫なのだろうか。結局夕食の後もまだ訓練があったようで、そんなにも詰め込んでは心とは裏腹に体が壊れてしまう。ちゃんとその辺りの限界を見極めていたなら大丈夫なのだが。
いや、これは僕が気にしても何の意味もない話か。
「いよ、旦那。姐さんにタイマンで勝ったそうじゃねぇっすか」
のんびり風呂に浸かっていると誰かが入ってきた。その人物はヴァイス・グランセニック。僕とシグナムの試合の時は部隊長と分隊長の一人を地上本部に送っていたためいなかった。だからこその言葉だろう。
「勝った勝ったと言っても僕の土俵でだよ。もしも魔法ありの試合なら勝てない可能性が高い」
「高いって……それでも負けないと言う所がすごいっすよ。そもそも相手はベルカの騎士ですぜ。そんな相手に魔法なしとは言え、一勝したこと自体誇っていいと思うんですが」
「向こうは魔法を使って戦うことに慣れている。僕は魔法を使わず戦うことしかできない。その差さ」
「ふぅん……そう言うものすかねぇ」
彼女たちは全員魔法と言うブーストのある動きに慣れている。そのブースとを取り払ってしまえば思うように動きにくいのは当然だ。それに今回ばかりは僕の方も少し卑怯技を取らしてもらった。
その一つが錬金鋼と呼ばれる武器であり、一つが母方の家系に伝わる鬼の血であり、一つが僕の異端であり。挙げて行けばきっと際限なく挙がるだろう。
少なくとも五分五分の条件とは言いづらい試合だ。それをなるべく五分五分に持っていくために騎士甲冑を許し、飛行魔法を使った時も何も言わず、無縫天衣すら使わなかった。
「そう言えば結局、決着はどんななんだ? 映像とか残っていないし、見た人もいなくて分からないんですが」
「あー……らしいね」
もちろんそんなことわざとに決まっている。髪や目の色が変わるだけではなく、角が現れると言うことを人が出来るわけがない。そんな映像を見られたら確実に細部に至るまで聞かれる。だからこそ映像に残らないように細工し、シャマルが来る前にシグナムの方も記憶を変えておいた。
それなのにその努力を無碍にするかのように口を滑らすなんてあるわけもなく。さあ、どういい逃れようか。
「僕も極限状態だったから、余り詳しくは覚えていないんだ。ごめんね」
「そうですか。そりゃ残念」
上せてきたので浴槽の淵に腰をかける。それでも足は湯船に着けたままだ。それにしても良い月だ。寮の設計図を見たとき、無理を言って欲情を特殊な透過処理を施し、向こう側からは見えないガラス窓にしてもらって良かった。お陰で本当に綺麗な月が見える。
さらにこの辺りは首都から遠く離れた場所であるため星も都会よりも見える。ここまでくれば酒を忘れるなんて馬鹿馬鹿しい真似は出来ない。
「…………」
「……どうかした?」
「い、いや何でもないです!」
何だろう。後ろにいるヴァイスが前屈みになっている。足元に石鹸でも落としたのだろうか。僕は気にせず杯を傾けた。うむ、甘露甘露。
やはり一汗かいた後の酒はとても美味だ。ただ風呂場で飲む酒の周りは早いので飲み過ぎないように注意しなければならない。
「それにしても旦那は強いんだな。コックだからつい、非戦闘員かと思っていたぜ」
「いや……僕は弱いよ。ああ、弱い」
「謙遜は良くないですぜ。何せ姐さんに魔法なしとは言え一勝したんだから。十分に強いでしょうが」
「確かに、そう言う見方では強いのかもしれない。でも、僕は弱い。どれだけ力を持っても、大切な人を守れなかったから。だから、弱い。どれほど力があろうと、守れなかったのでは意味がない」
大切な人を失った。守れなかった。今ではその記憶すら失われ、それを取り戻すために彷徨っている。そんな守れなかった僕がどれだけ力を持っていたとしても強いわけがない。
「旦那でも守れなかったこと、あるのか?」
「あるよ。たくさん……失ってはいけないものすら、無くした程に」
「そう……すか」
ヴァイスの語尾が弱まる。もしかしたら彼にも似たような経験があるのかもしれない。だとしたらこれは酷な話だ。特に必ず乗り越えなければならない話と言う意味で。
手招きして彼を隣に招く。そして取り出した盃を持たせた。
「……ありがたく、頂きます」
「ん」
ふと思い返せば彼はこの部隊で最も経験のある人物か。階級は陸曹。並みの努力と才能で行きつくには余りに若い。では結構な戦績を点てているのだが、さて。そんな人物がどうしてヘリのパイロットをしているのか。
失敗して問題を起こして機動六課に回されたとも考えづらい。何せひねくれていおらず、まだ真っすぐだから。では、逃げたと考えるのが妥当だ。
まあどう考えた所でそれは僕の推測。合っているかどうかは確認するまで分からない。また自分自身それを確認しようと思わない。
「守りたいものを、守れなかったか」
「そう……昔はね、何をどうすればいいのかが分からなかった。だから自分を犠牲にしてでも守ろうとして、結局守れなかったことがあった。自分のせいでその大切な人が悲しい想いをさせた」
誰かが犠牲になって多くの人が助かる。自分を犠牲にして誰かが助かる。確かにその話は綺麗だ。だがそこに果たして、救いはあるのだろうか。
親の仇と言って向かってきた子供がいた。貴様のせいでと言って殺しに来た老人がいた。よくもと言って毒を混ぜてきた女性がいた。多くの人が復讐を誓い、そのために人生を犠牲にする。
もしかしたら自分も大切な人にそんな事をさせるきっかけを作ってきたのかもしれない。そう考えると果たして、自分が犠牲になってまでただ、その身を守った意味はあるのだろうか。
何を守るか。難しい話だ。誰かを守るという言葉にただその人の生命を守ればという安易な回答がある分、難しい話となっている。
「その人が自分に何を望み、そして自分がその人の何を望んでいるのか。それが分かれば、良い話だったんだけど」
「確かに……他人の心はおろか、自分のことすら分からないことが多いからな」
「例えそのことに気付いても、失ってからはもう遅い。どのような言葉も思いも、死なれてしまっては届かない。また死人の言葉も僕たちには、理解できない」
「…………」
長く生きてもそれは理解できない。かといって理解したいとも望んでいない。分からないからこそ、楽しい時もある。分かりたいと願う。そんなものがたやすく分かってしまえばきっと、世界はつまらないものになる。
本当に傲慢な欲望だ。分かりたい者だけ分かって、分かりたくないものはそのままであってほしいなど。叶わないことぐらいすぐに理解できる。
「失うまでその価値を知らず、届かなくなってからでは余りに遅い」
「……何と言うか、旦那が凄い年寄りに見えてきたんだが」
「どうだろうね? まあ僕はそろそろ上がるよ。長湯し過ぎて上せないようにね」
「へい。それじゃ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ、ヴァイス」
それから髪を乾かし、寝間着である浴衣に着替える。これで寝る場所がベッドなのだからそのちぐはぐさは言わずとも分かる。しかし慣れと言うものは恐ろしいもので、今は浴衣の方が落ち着くのだ。
閑話休題。シャマルからの説明もあったように全身肉離れしている。とあるつてから手に入れた鎮痛剤でごまかしているが、痛いものは痛い。そんな状態での正座は非常に拷問である。
「ユウキくん、何で無茶したのかな?」
「……気分が高揚してとしか申しようがございません」
「ふぅん……へぇ?」
さて、どうやってなのはの怒りを鎮めようか? 僕としてはさっさと横になって眠りたいのだけど。
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どうやら自分がいない間に面白いことがあったことをこの部隊で数少ない男性であるグリフィスより聞いた。何故そのような時に限って自分は地上本部などにいたのだろう。いや、そんな義務があったのだろうか。
だが、どれほど嘆いた所で現実が変わることも過去に戻ることも無い。そんな事は昔に倣い、今も俺を蝕み続けている。
さて、そんな残念な事実を聞いてからしばらく後、特にやるべき任務もないので風呂に入る。他の同僚は事務処理が残っているためまだ残業だ。しばらくはそんな日々が続くことだろう。それも仕方のないことだ。
勝敗は映像が残っていないため確実には分かっていないが、終った時にユウキは意識を持ち、姐さんは気絶していた。その上姐さんが目覚めたときの開口一番が負けた。故にユウキの勝利となっている。
もちろんその記録がないのだから本当の勝敗は二人しか知らない。何があったのかも何もかも。録画したはずの映像の方も何故か最初から一切できていなかった。まあスイッチの押し忘れだろう。
他にも決着の場面では突風が吹いて眼をふさぎ、何とか見たときにはすで決着がついてたそうだ。
「――……」
そう思いながら風呂に入ると見なれない後姿があった。長い黒髪に細い肉付き。どう見ても入る風呂場を間違えているとしか思えない。
しばらくしてその後ろ姿に思い当たる人を思い出した。黒髪、さらに腰まで届く長い髪、いわゆる大和撫子とくればこの部隊で思い当たる人は一人しかいない。
「いよ、旦那。姐さんにタイマンで勝ったそうじゃねぇっすか」
そう、ユウキ・カグラだ。料理を作る仕事も終えているため、さっさと風呂に入ったのだろう。どうやら今晩は夜食抜きのようだ。ロングアーチにおける姐さんの評価が強制的に下がるな。
どうせ今頃シャーリー辺りが~さえなければと鬼の形相でキーボードを叩いていることだろう。デスクワークがなくて本当に良かった。
「勝った勝ったと言っても僕の土俵でだよ。もしも魔法ありの試合なら勝てない可能性が高い」
「高いって……それでも負けないと言う所がすごいっすよ。そもそも相手はベルカの騎士ですぜ。そんな相手に魔法なしとは言え、一勝したこと自体誇っていいと思うんですが」
「向こうは魔法を使って戦うことに慣れている。僕は魔法を使わず戦うことしかできない。その差さ」
「ふぅん……そう言うものすかねぇ」
どれだけ技があろうとも魔力素質の高い者のバリアジャケットの前では意味がない。本来人間に銃以上の威力を出せるわけがないのと同様だ。だと言うのに彼は騎士甲冑ありの姉さんに勝利した。したとされる。
それを謙遜するとは。いや待て。その前に何かおかしくはないだろうか。
「そう言えば結局、決着はどんななんだ? 映像とか残っていないし、見た人もいなくて分からないんですが」
「あー……らしいね」
無言が気不味くて無理に会話を紡ぐ。その気まずさの原因の多くが彼の性別にある。これだけは断言して言える。
しかし質問が悪かった。ユウキは気まずそうに頭をかき、語尾を濁す。
「僕も極限状態だったから、余り詳しくは覚えていないんだ。ごめんね」
「そうですか。そりゃ残念」
なるほど。まあ姐さんとやり合ったのだからまともな精神状態では無理か。だが少々無理のある説明な気がする。出来れば後々のためにもっと詳しい説明をしてもらいたい。
そう思って口を開こうとすると、即座に閉じる結果になった。本当に、色々とありえない。
流麗な黒髪、朱に色づき、しっとりと水滴浮かばせた珠の肌。酷く細く、それでいて十分に抱き心地のありそうな柳腰。柔らかな線を描いて臀部にいたり、そこから太ももに至る。脚線美もため息をつくほどで。
何故だろう。同性であるにもかかわらず艶っぽく見えるのは何故だろう。そこらの成年向け雑誌にある写真より存分に反応するのは何故だろう。
とりあえず誤解を解くために言わせていただきたい。俺はノーマルだ。断じて同性に興味があるわけでも、ましてやシスコンでもない。
「…………」
「……どうかした?」
「い、いや何でもないです!」
良いから静まれ。静まってくれと願う。ただこの時の救いは彼が俺の状態に気付かずにいてくれたことだ。お陰でぎりぎり俺の尊厳は保たれた。まあもし何かあっても、そいつに今のユウキを魅せるだけだが。そうすればそいつは反論できない。
「それにしても旦那は強いんだな。コックだからつい、非戦闘員かと思っていたぜ」
「いや……僕は弱いよ。ああ、弱い」
「謙遜は良くないですぜ。何せ姐さんに魔法なしとは言え一勝したんだから。十分に強いでしょうが」
「確かに、そう言う見方では強いのかもしれない。でも、僕は弱い。どれだけ力を持っても、大切な人を守れなかったから。だから、弱い。どれほど力があろうと、守れなかったのでは意味がない」
月を見上げて言うユウキの言葉が酷く胸に突き刺さる。ああ、そうだ。どれだけ力があっても届かないのでは意味がない。そう、届かないのであれば弱い、足りないのと同じ。だから、俺も。
いや、俺はきっと弱者以下だろう。弱いだけでなく、その大切な人が多々ある。だから弱い以下。最弱ですら、まだ俺より強い。
「旦那でも守れなかったこと、あるのか?」
「あるよ。たくさん……失ってはいけないものすら、無くした程に」
「そう……すか」
何を思ってか、彼は手招きして俺を誘う。それに釣られていくと杯を手渡され、なみなみと酒を注がれた。余り酒は得意ではないから断ろうと思ったが、何となく断らずに頂く。
まあたまにはこういう日も良い。逃げるための酒ではなく、向き合うために酒を飲むのも。むしろ本来はそのために呑んだほうが良いのか。どちらにせよもう手遅れだ。
「……ありがたく、頂きます」
「ん」
そう言って飲んだ酒は今まで飲んできた何よりも口当たりが柔らかく、酒が苦手な俺でも平然と飲めた。流石元バーテンダー。酒のチョイスは一流か。
「守りたいものを、守れなかったか」
「そう……昔はね、何をどうすればいいのかが分からなかった。だから自分を犠牲にしてでも守ろうとして、結局守れなかったことがあった。自分のせいでその大切な人が悲しい想いをさせた」
その感情をどうあらわせばいいのか。慟哭か、悲哀か、諦観か。そう言ったすべてでありながら、それですらないその感情。いわゆる悟りであることに気づくのにそうたいして時間は必要なかった。
本来そのことに悟りを開いてはいけない。悟ってしまえばもう何もできなくなるから。手を伸ばせば伸ばすほどにその手から零れるものも多くなり、零したものに手が届くことがない。そのことを悟っては何も、ああ何もできない。
何より悟りを開くのにどれだけ膨大な経験を積めばいいのか。立った一度でこれほどまで心を痛める経験を何度重ねれば至るのか。俺は立った一度で諦めたと言うのに。
「その人が自分に何を望み、そして自分がその人の何を望んでいるのか。それが分かれば、良い話だったんだけど」
「確かに……他人の心はおろか、自分のことすら分からないことが多いからな」
そう言う意味で彼は強い。何よりも心が強い。悟った。だからこそ彼は今あるものに手を差し伸べ、自分に出来る範囲でしか救わない。悪く言えば取捨選択する。見捨てる。その在り方は機動六課とはかけ離れているものの、本質的には同じと感じる。
何時かは彼女らも知る必要があることだ。救えない命と救える命、自分の手の大きさ。それを知らなければいつか、もしかしたら全てを失い。その前に。
出来れば俺も、その前に彼と出会いたかった……
「例えそのことに気付いても、失ってからはもう遅い。どのような言葉も思いも、死なれてしまっては届かない。また死人の言葉も僕たちには、理解できない」
「…………」
妹に想いを馳せる。あの事件の時に俺は妹を傷つけた。守るべき人を傷つけ、彼女に責められるのが怖くて会いもせず逃げた。逃げて逃げて逃げ着いた先が、ここ。
そんな弱い俺をラグナはどう評するだろうか。いや、それ以前に俺はラグナに顔向けできるだろうか。出来るわけが、ないか。
「失うまでその価値を知らず、届かなくなってからでは余りに遅い」
「……何と言うか、旦那が凄い年寄りに見えてきたんだが」
「どうだろうね? まあ僕はそろそろ上がるよ。長湯し過ぎて上せないようにね」
「へい。それじゃ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ、ヴァイス」
少し、少しでいい。少しでいいから前向きに生きよう。傷つけた。ちゃんとそのことを謝ろう。許してくれるにせよ、くれないにせよそれからだ。
俺はまだ失ったわけじゃない。だから、だからまだやり直せる。そう信じて。
「カッコわりぃな、畜生……」
だから少し待ってくれ。今の俺じゃ誰にも顔向けできないから。なに、すぐにいつも通りの顔で迎えに行くから。ちゃんと胸を張って会いに行くから。
そう月に呟きながら俺は、少ししょっぱくなった酒を傾けた。