<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.18214の一覧
[0] 片腕のウンディーネと水の星の守人達【ARIA二次創作】[ヤオ](2012/02/28 02:05)
[2] Prologue 『アクシデント』[ヤオ](2012/02/24 01:44)
[3] Prologue 『守人達のデブリーフィング』[ヤオ](2012/02/24 01:39)
[4] 第一章 『スタートライン』 第一話[ヤオ](2012/02/24 01:41)
[5] 第一章 『スタートライン』 第二話[ヤオ](2012/02/28 00:56)
[6] 第一章 『スタートライン』 第三話[ヤオ](2012/02/24 01:41)
[7] 第一章 『スタートライン』 第四話[ヤオ](2012/02/24 01:42)
[8] 第一章 『スタートライン』 第五話[ヤオ](2012/02/24 01:42)
[10] 第一章 『スタートライン』 第六話[ヤオ](2012/02/24 01:42)
[11] 第一章 『スタートライン』 第七話[ヤオ](2012/02/24 01:42)
[12] 第一章 『スタートライン』 第八話[ヤオ](2012/02/24 01:43)
[13] 第一章 『スタートライン』 第九話[ヤオ](2012/02/28 00:57)
[14] 第一章 『スタートライン』 第十話[ヤオ](2012/02/28 00:58)
[15] 第一章 『スタートライン』 最終話[ヤオ](2012/03/10 22:21)
[16] Epilogue 『そして始まる、これから』[ヤオ](2012/03/02 00:09)
[17] Prologue 『One Day of Their』[ヤオ](2012/03/02 00:13)
[18] 第二章『ある一日の記録』 第一話『機械之戯妖~前編~』[ヤオ](2012/03/22 21:14)
[20] 第二章『ある一日の記録』 第一話『機械之戯妖~後編~』[ヤオ](2012/03/24 02:45)
[21] 第二章『ある一日の記録』 第二話『23世紀の海兵さん ~前編~』[ヤオ](2012/03/28 02:39)
[22] 第二章『ある一日の記録』 第二話『23世紀の海兵さん ~後編~』[ヤオ](2012/04/22 02:42)
[23] 第二章『ある一日の記録』 第三話『Luciferin‐Luciferase反応 ~前編~』[ヤオ](2012/09/20 19:45)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[18214] 第一章 『スタートライン』 第八話
Name: ヤオ◆0e2ece07 ID:17930650 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/24 01:43




そこは青い蒼い碧い藍い、どこまでもどこまでも続くような果てしない深遠の世界。

ふと、わたしの大好きな、いま横で泳いでいる姉さん先輩の漫画のキャラが言った言葉を思い出す。
その言葉の意味をずっと想像して楽しんでいた。
でも、想像は想像でしかなくて。
現実は想像なんかをはるかに上回っていて、もっとずっといっぱいすごかった。なにが凄いかなんて、言えるわけがない。言いようがない。たとえ言葉に表せられたとしても、この世界に来てみなければ絶対に分かるはずないと思う。

・・・・・・コポ、コポ、コポポ・・・・・・コポポポポ

上を見やれば、わたしの吐いた息が万華鏡のようにクルクルと色を変えるたくさんの泡となって、キラキラ輝く海面へ向かって上へ上へと昇っていく。
ぶつかっては大きくなったり小さくなったり。パンと泡が割れるような音も無数に聞こえ、パチパチと拍手のような音も聞こえる。
水の舞台で踊るかのように、わたしはクルクルと泳いだ。
楽しかった。あの事故以来、はじめて心の奥底から笑顔になった。
『わたし』ことアッリ・カールステッドは今。
マンホームに伝わる古い伝説の登場する、本物の水の妖精・・・・・・ウンディーネと同じように水の中で生きていたのです。

























「あっ、おかえりっ! みんなー!」

てこさんの元気な声が初ダイビングで疲れきったわたしを出迎えた。
足取りは重く、足に鉛が絡みついたかのようだった。さらに体全体をいやな倦怠感が包み込む。それでもザブザブと打ち寄せる波をかき分け、なんとか浜辺まで上がることができた。
荒い息をゆっくりと整えながら、粒の細かいやわらかい砂地に仰向けに倒れこむ。
まるでフカフカの布団のように、優しくわたしの体を砂地は抱きとめてくれた。

「あはは、やっぱりだいぶ疲れちゃってるみたいだね。で、どうだった? 初めての海の中は?」

てこさんがわたしにタオルとぬるめのスポーツドリンクを手渡しながら、そんな質問をしてくる。
わたしは震える右手でそれを受け取ると、一気に飲み干す。最後の一滴までのどの奥に流し込んだら、てこさんの質問に答える。
心に溜め込んだたくさんの感想を吐き出すように、大きく口を開けて一気に。

「・・・・・・最ッ高でしたッ!」

「ふふっ!」

てこさんが嬉しそうに微笑む。周りの皆もおなじように。

「なにが最高って、全てが全て。もう何がなにやら説明できないですけど、もう全部素敵でしたッ!」

わたしが海の中で過ごした時間は、ダイビングするに当たってとりあえず必要な最低限の基礎技能の練習でほとんど消えた。
しかも、その間はとてもじゃないけど海の中を楽しむことは出来なかった・・・・・・マスククリアーの練習の際にゴーグルの隙間から入れる海水が目に入って、目が痒くなるわ、水圧差で耳はキーンと痛くなるわで。
でも、である。最後にほんのちょっとだけ、自由に泳がせてもらったときのことだった。
本当の水の妖精の一人や二人、べつに居てもおかしくない別世界・別次元。
それが、わたしが抱いた初めての海の感想。
青蒼碧藍・・・・・・わたしの思いつく限りの青を言い表す色の単語をいくつ並べても、全く届かない表現できない。あの海の色は、一体全体何色だと言えばいいんだろうか。
水の都と呼ばれるネオヴェネチアで暮らしていたのだから、海、いや水は日常のワンピースだったはずなのに。
でも、海中・・・・・・水中は全くの非日常だった。
水面という薄氷のようなたった一つの隔たりが、その境界。その隔たりを越えてしまうと、人には全く優しくない世界が広がる。重いボンベを背負い、幾つもの機材を装着し、特別な訓練をつまなければ、水中は人間が生存するにはあまりに過酷で。たとえぶ厚い鉄の皮を身にまとった潜水艦でも深く潜りすぎれば、水圧でペシャンコにされてしまう、そんな世界。
でも一度海に受け入れてもらえさえすれば、全ての悩みを洗い去ってくれるかのような、よく分からない、言いようの無い感じが全身を包み込む。無限の抱擁感とでも言えばいいのだろうか。海は全ての生き物の母ということも、よく分かるような気がする。

・・・・・・そういえば、わたしは以前にも似た感覚を経験しているのです。もっと前に。いつ、そしてどこだっただろうか・・・・・・?

「ぴかり、アッリちゃんはどうだった?」

「うん。飲み込みが早くて、私としてもだいぶ助かったよ。正直、マスククリアーの手際のよさはてこを上回ってたかな?」

「ふふ、そうなんだ。私は随分と長いこと苦手だったから、ちょっと羨ましいかも。アッリちゃん、気分悪くなったりとか頭が痛くなったりとかはしていないかな?」

「はいっ! ぜんっぜんっ大丈夫ですっ! 何も問題ありませんっ!」

「病院にいる友人に確認を取ったんだが、リストバンドから送られてくる生体データには目立った異常は見当たらないそうだ。強いていれば心拍数があるときを境に一気に上がってることぐらいだが・・・・・・まぁ、こいつぁ仕方ないか。万が一ってこともあり得るから、一応注意しとけよ」

軍曹さんが苦笑しながら、ぴかりさんにそう伝える。そうです、心拍数が上がるのは無理ないのですよ。あんな世界を体験すれば興奮しないほうがおかしいと思うのですよ。

「はい、分かっています。でも、この調子なら次の一本も大丈夫そうだね」

「たぶん熟練者のサポート有りなら、例の時間帯も潜れると思うよ」

「あ、次っていつから潜るんですか!? はやく『ウンディーネの寝所』について知りたいのですよ!」

自分でもびっくりするぐらいテンションが高くなっている気がする。その勢いのまま、わたしはぴかりさんとてこさんに聞いた。
すると、次潜るのは日が沈みかかるぐらいの時間帯らしいのだが、肝心の『ウンディーネの寝所』については・・・・・・

「それは潜ってからのお楽しみ、ってね」

「きっとびっくりすると思うよ? 期待しててね?」

「むぅ、でも気になるのですよ。それも猛烈に・・・・・・アイリーン、どうしても教えてはくれないのですか?」

と、こういう風に。そう、悪戯小僧のようにてこさんにぴかりさんは笑って誤魔化すので、アイリーンに聞いてみることにした。ですが、まぁ答えは期待しちゃいません、この島へ来る途中何度も聞いたのに答えてくれませんでしたもの。少しは答えが違うかなと思って、聞いてみた。
すると、やはりアイリーンもこれまで通り笑いながら誤魔化しを言う。ただ、その笑いはてこさんやぴかりさんの、そしてここへ来るまでの質問時の笑顔と違って、どこか真剣な雰囲気を漂わせていた。

「私も答えられないなぁ、その質問。だって答えちゃうと、全部台無しになっちゃうと思うから」

「そうなんですか?」

「うん。ただ・・・・・・今のアッリには絶対に見ておいて欲しいんだってことだけは教えるよ。あのオールを握るか握らないか、その選択の前に。それだけは覚えておいて欲しいな」

「??? ますます意味が分からないのですが?」

「分からないように言ってるからだよ」

「怒りますよ?」

「ははっ。とと、アッリ。そろそろ体しっかり拭いて暖まらないと、風邪引いちゃうよ?」

「話を逸らす気ですか、アイリー・・・・・・へぷちっ!! ううう。さ、寒ぅっ!?」

と、興奮しきっていた体が落ち着いてくると、体がぶるぶると寒さに震えだす。
まだ春で、水温はそれほど高くない。そのせいで体温を思いのほか奪われていたわたしの体は、春のそよ風が吹くのにも悲鳴を上げていた。

「焚き木があるから、早く暖まろーよっ!」

「おーけいなのですよ。ううう、さむっさむっっ!」

アイリーンと一緒に寒さに震える体に鞭打って、パチパチと暖かそうな火の粉を飛ばす焚き木に近づく。
すると、木の焦げる匂いの中に少し違う匂いが混じっていた。やわらかいこの木の焦げる匂いもいいが、この食欲をそそられるような匂いはいったい何なんだろうか。
時間もちょうどお昼を少し過ぎたころだし、匂いに釣られてわたしのお腹も『グゥ』となってしまう始末。
恥ずかしくなって周りを見回しても、誰も気づいていない様子だ。どうも、みんなの視線がてこさんに集中していたからのようだ。

「はい、みんな。上がってからずっと私のほうを見ていたけど、たぶんこれを待っていたんだよね?」

「「「当然ですとも! いぃぃやっほーう、待ってました!」」」

「うーん、よだれが口からあふれそう!」

「ふむ、いい匂いだな。また上達したのか?」

てこさんがそう言いながら、みんなになにかを配って歩いていた。それがてこさんに視線が集中していた理由のようです。
それにアイリーンやぴかりさんに姉さん先輩が大喜びで飛びつき、アンさんと軍曹さんは海から引き揚げた救助道具をいそいそと片付け、それを食べ始めた。あれはいったいなんでしょうか?
・・・・・・んん、これはお味噌の匂いでしょうか?

「はい、アッリちゃんも。体がホカホカ暖まるとおもうよ」

「えーと、それは?」

「ん? 豚汁だよ、知らないかな?」

「いや、知っていますけど・・・・・・なぜ配ってるんですか?」

「てこひんがひゃっきひったよふに、はらたはたためるはめ? ぷはっ、ダイビング上がりにはこれが一番暖まるんだよっ!」

ハフハフとてこさんから渡されたお椀の中のものを食べながら、姉さん先輩が言った・・・・・・口に物を入れながら。
女性なのですから、お上品に食べてもらいたいものであります。ほら、弟さん先輩が深いため息をこぼしているじゃないですか。

「はい、どうぞ?」

「あ、ありがとうございます」

豚汁。わたされたお椀を見れば、ホカホカとあったかそうな湯気をたてる味噌汁の中に、たくさんの色とりどりの野菜や、食べやすいように薄くスライスされた豚肉がふんだんに入っていた。その上には少しだけかけられた七味が。
おおう、お味噌汁の上に浮かんでいる透明な豚肉の油がぷかぷかと浮かんでいる。こってり系も大好きなわたしにとって、これは高いポイントだ。
お味噌の匂いと野菜の匂いが混ざってとても食欲をそそるし、木のお椀がまたいい風情を感じさせてくれる。
これらの視覚や嗅覚、触覚情報をまとめると、なるほど、たしかに豚汁である。
スプーンとおわんを受け取り、口を近づける。ととっ、食べる前のお約束。

「で、では、いただきます」

「うん、召し上がれ?」

口をつけたときの想像とたがわぬ熱さ、でもそれを気にせず、まずは一口。
・・・・・・なんだこれは・・・・・・旨い。ウ・マ・イ・ゾーッとでも叫びたくなるような、絶妙なお味噌の味。いやお味噌の味だけじゃない、これは豚肉の油がその味噌に濃厚な甘みを提供してくれて、より深みのある味となっている。ふんだんに入れられている野菜も甘くて口の中でとろける。さらに、木のお椀に入れられているからか、僅かに漂う木の香りがなんとも言えない風味だ。食感に変化を与えるこんにゃくやピリッとくる七味もまたGOOD。
まぁ、いろいろと御託を並べたところで、大事なことは一つだけ。それをてこさんに伝えなければ。

「とってもとっても、おいしいのですよっ!!!」

そう叫んだら、あとは無我夢中でこの豚汁を食べつくすのみだ。

フゥフゥ、パクパク、モグモグ、ズズズ、ゴックン。

「ふっ・・・・・・ごちそうさまでしたっ! さいっこぉーでしたっ!」

「うおっ、はやっ!? すごい食いっぷりだね」

「これだけ喜んでくれると、作った私も嬉しいかな」

そう言うてこさんは、しかし、自分のお椀をすすって一言。「でも、まだあの味には届かないなぁ・・・・・・」
その言葉が気になってぴかりさんに聞いてみると、ぴかりさんの祖母がよく作ってくれた豚汁を目指しているのだけど、まだ届いてなくて納得がいっていないのだとか。
うーん、この豚汁はとてもおいしいと思うのですがねぇ。これを上回る豚汁というのがあるのでしょうか。だとしたら、一度は食べてみたいものです。
お母様はこういった味噌とか醤油とかを使うような和食系はあまり作らなかったので、おふくろの味というわけでは無いのに、どこか懐かしく感じる。もしかしたら、わたしは日系の血が流れているのかもしれません。
とか考えているうちに完食。夢中で食べていたからか、結構な量があった筈なのに、あっと言う間に食べてしまったのですよ。
ほんわかと体も温まってきた気がする。
そして、わたしのお腹はまだまだ行けると声を上げていた。
となれば、その主はそれに答えざるをいけないだろう。というか義務のようにすら感じる。とにかく、あの豚汁がもっと食べたいのですよ。
お代わりがあるかどうか、てこさんに早速聞いてみなければならないのです。

「あの、これのお代わりってありますかっ!?」

「うひゃっ! あ、ある、あるよっ。だからそんなに慌てなくてもいいよ、アッリちゃん?」

そう言いながら、てこさんはパチパチと火の粉を飛ばしている火の上に乗っけられている鍋を指差す。
その中にはクツクツホカホカと湯気を立てる豚汁が。
たぶんそれを目にした瞬間、わたしの目は光り輝いていたのだろうと思う。てこさんが一瞬引くぐらいには。

「それではっ! さっそくお代わりお願いしますっ!」

「ふふっ、はいはい」

空になってもじんわりとした温もりの残る、わたしの木のお椀をてこさんに渡して、お代わりを入れてもらう。
お代わりを入れてもらうのを待つ間アイリーンと喋ってようと思いましたが、いつのまにかアンさんや軍曹さんとえらく真剣な顔つきで何事かを話していました。
・・・・・・むぅ、なんだか少し気に食わないのです。別にアイリーンがアンさんと軍曹さんに取られているからとか、そういう理由じゃないのですよ、はい。
やることがなくなってしまったので、お代わりをひたすら待つ。むむむ、てこさんの動きの一つ一つがひどく緩慢に見えるのです。もっとはやく、はやく。

「はい」

「それでは、いただきます!」

ほかほかと湯気を立てるお椀が近づく。わたしはそれに心臓をドキドキさせていました






だが、楽しい時間は終わりを告げる。






他ならぬ、自分の腕によって。





わたしは忘れていた。どうしようもならない、自分の左腕のことを。暖かい皆に囲まれて安心しきっていたのだ。
わたしは、もう昔のようには戻れないのに、まるで昔の自分のように振舞って皆と笑いあって。



ひ、くん。



「あっ、つぅ・・・・・・」

「! 大丈夫!? アッリ!?」

砂浜に音もなく木のお椀が落ちる。そしてお椀に並々と注がれていた豚汁が砂浜の色を濃く染めた。ウェットスーツ上に落ちた汁がスーツ越しに間接的に熱を伝えてくる。
落とした原因は、左腕の痙攣。
そう、左腕を生体義肢にしてから起きるようになった『発作』という奴だ。入院中はよく起きていたけど、退院してから一度もこいつは来なかった上に、アイリーンが傍に居てくれていたお陰で、気が緩んでいて油断していた。
この腕の痙攣で、わたしは・・・・・・ゴンドラを漕げなくなった、オールを握れなくなった。自分の意図しない動きを起こす腕がその原因。
こんな腕で操船して見ろ、オールを落としてしまったり、最悪転覆だ。
いまだにフルフルと痙攣を続ける左腕を呆然と見やるわたしに、アイリーンが濡れタオルと冷水を持って、慌てて声をかけてくる。

「やけどは!?」

「ああ・・・・・・大丈夫ですよ、アイリーン。大丈夫です。勿体無いことをしてしまったのですよ、ホント。ああてこさん、豚汁おかわりはいりません。おいしかったです。少しっ、失礼しますねっ!!」

「あ、アッリっ!」

でも、わたしはそんなアイリーンの心配を無視するかのように、矢継ぎ早に喋って、逃げ出した。ただ、逃げ出したかった。何でかは、分からない。
ただ、アイリーンには失礼だったかな、そう思う。せっかく誘ってくれたのに。
やっぱり、わたしは・・・・・・。


みんな、ただ呆然とわたしが走り去って良くのを見送っていた。































アッリが森に消えてから少しの時を置いて私たちは覚醒した。

「すいません! あのっ、私っ、アッリを追いかけますんでっ! あとよろしくお願いしますっ!」

「リーンだけじゃ追いつけないから? 私も行く・・・・・・リップル、ナビゲートよろしく?」

≪了解、マイマザー≫

そう言いながらカールステッドが去った方向へ、アイリーンがなぜか豚汁を魔法瓶に入れて、そして『リップル』を引っつかんだアリソンが駆けていくのを、私たちは黙って見送った。
軍曹も額にしわを寄せて何とはなしに空を睨んでいた。

「あの腕・・・・・・やはり後遺症が残ってしまっていたようだな。くそったれとも言いたくなるさな。こういうときばかりは、なぜもっと早く現場に辿りつけなかったのか・・・・・・そう思ってしまう。意味が無いのにも拘らず、な」

「うん・・・・・・そうだね」

軍曹がそう呟く。あの腕の傷はおそらく衝突直後の破片で傷ついたものだったはずだ。あの深さでは、たとえ、もっと私達が早くあの現場にたどり着いていたとしても、あの左腕は生体義肢に変える必要があっただろう。でも、もしかしたら。そう思ってしまう。私達にとって最大の職業病だ、どうしても助けられないものを助けれればとつい考えてしまうのは。

「アン先輩、軍曹先輩・・・・・・あの、いまのは?」

「姉ちゃんも含めて皆もたぶんアリソンから聞いていたと思うけど、あれが今のアッリが抱えている後遺症よ。突発性・・・・・・えーと、正式名称は忘れちゃったけど、つまりは、ああいう風にいきなり腕が痙攣したり腕がピクンと変な風に動いたりするの。ただ、私たちも初めて目にしたけど」

あの腕では、確かに客を乗せたゴンドラを操舵することは叶わない。ウンディーネだって人を運ぶ仕事だ、まず第一に安全性・安定性が求められる。華麗な操舵だの美麗な歌声だの豊富な知識だのは、当然のことではあるが、それをクリアしてからなのだ。彼女はプリマどころかウンディーネになることすら危うくなってしまった。

「そうなんですか・・・・・・。でも、それがなんでアリソンの『ベクタード』の技術を、オートフラップオールを使うことになるんですか?」

「ああ、それはだな・・・・・・」

左腕が痙攣するのだったら、左腕を出来るだけ使わないようにすればいい。そこで右腕をメインに漕ぐようにフォームを改良するが右のパワーは左に比べて弱い。制御も甘い。そこを左腕のレベルまで右腕を鍛えるまでの間、オートフラップオールでサポートするのだ。それでは左腕の問題は解消されない・・・・・・つまり依然として客の安全確保の問題とかが残るから、いずれ何らかの方法で克服するしかないが、何もやらないよりはマシだ。
もしかしたらリハビリを重ねれば元に戻る可能性だってあるのだし。

「ようは、彼女がもう一度漕ぐことが可能だと気づけさせればいいんだ。彼女はゴンドラすら漕げなくなってしまってると思い込んでる。両親がなくなったり、生体義肢になっていたり、それが不備を持っていたりと精神的にかなり参っている状態の今の彼女が、ウンディーネとの繋がりだけじゃなく、ゴンドラとの繋ぎすら無くしてしまったら、いよいよもって追い詰められてしまう・・・・・・そうアイリーンは考えたんじゃないか?」

「たぶん、そうだと思う。私もそうしてただろうと思うし」

「あれ? じゃあ、なんで彼女は躊躇っちゃったの? 『ベクタード』技術は私にはよく分からないけど、とにかく凄いってことは分かるわよ。あれがあれば結構いい線行くんじゃないのかしら?」

「うーん、確かになぁ。なんで迷ってるのか・・・・・・」

姉ちゃんの疑問に私は頷く。使える技術があるんなら、それを使えばいいと思うのだけれど。
姉ちゃんと二人してどうしてなのか、うんうん唸っていたら、軍曹はこう呟いた。

「できない、ということを知ることが怖いんだ、彼女は」

できない、ということを知ることが怖い? できるかできないかは、やってみなくちゃわからないというのにどうしてなんだろうか?
軍曹は話を続けた。

「誰だって先の見えない暗い小道を進むのは怖いだろ? それと同じことだ。それにたぶんだが、彼女は『ベクタード』技術は最後の道しるべであるかのように考えてしまっているはずだ。もし、その道しるべが間違ってたらと考えちまって、その小道に足を踏み出すことができないんだよ。別に『ベクタード』技術ってのは無数にある道しるべの一つで、最後でもなんでもないのにな」

その言葉にみな納得する。てこちゃんはどこか自分にも共通したことでもあったのか頻りに頷いている。

「まぁ、全部俺の想像だが・・・・・・あんなふうな不安たっぷりな目、そして雰囲気。まるで昔の、あの事故直後の俺だ。悪く聞こえるかもしれんが、お前が想像できるわけがない。挫折しようと打ちひしがれようと・・・・・・俺と同じようにあの事故で両親を失ってもなお、俺をジノを励まし続け、前に向かって歩みを止めずに進み続けてきたお前には特にな」

そうだ、あの時の事は今でもすぐに思いだせれる。今の彼女と12年前の『あの事故』後の彼は似ていた・・・・・・両足を失い、両親も親友もそして彼が心の底から愛していた幼い頃からの憧れの女性も一度に失った、あの頃だ。あの時の軍曹も、昔のように昔みたいにって何度も口にしていたっけ。正直に言うと、あのときの軍曹は見ていられなかった。
軍曹の言うとおり、今のアッリは昔の軍曹だ。
私は無性に不安になって、アッリの後を追いかけようとした。
でも軍曹は、立ち上がろうとする私の肩を押さえて座らせると、言った。

「だが、ま・・・・・・心配する必要は無いだろ。それより、次一本のために準備をするぞ。今日初めてダイビングをした素人を日没間近の危険な時間帯に潜らせるんだから、色々準備しておかないといかんからな。アン、手伝え」

軍曹は立ち上がって機材を身につけると、蛍光テープやブイを持って再び海に向かう。

「え、でも、なんで心配する必要が無いって? あなたの言うことがもし当たってたら、最悪の展開も」

「病院側へのデータリンクは正常に機能しているだろ、何かあってもすぐに俺たちの元へ連絡が入る。更に言えば、この場所には事故などの万一のときに備えてファーストエイドキットだってあるんだぞ?」

「それでも・・・・・・」

「なにより、だ」

そこで軍曹は言葉を区切り、振り向いた。

「俺やジノにお前が、てこにぴかりがいたように、彼女にはアイリーン・マーケットがいるみたいだからな。こう言う時に優しく背中を押して、共に小道を進んでくれる奴が居てくれるなら、何も心配いらんさ。それに、アイリーンはアッリに『ウンディーネの寝所』を絶対に見せるって息巻いていたんだろ? なら絶対にアッリを連れて来るさ、たとえ引きずってでもな。となれば、俺たちが心配すべきは次のダイビングで彼女を安全に潜らせることだけだ、違うか?」

二言三言話しただけだが、アイリーンという少女はどうもアンに似て相当頑固者のようだしな・・・・・・そう言うと軍曹はニッと笑い、手をたたき合わせて。

「よし皆、固まっているな! さぁ、動け動け動け! あまり時間は無いんだからな!」
































「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

随分と長い距離を走った気がする。さすがにダイビングした後に、全力疾走は体にムチを打ちすぎた。疲れ切った体を大きな木の幹に預け、膝を抱えてしゃがみ込む。
そうしていると、随分と惨めな気持ちになった。抱えた膝に顔をうずめる。

「・・・・・・ホント何やってるんでしょうかね、わたしは」

風で葉が揺れる音もせず、静かで寂しい雰囲気の森の中。涙は零れ落ちるのをやめるどころか、さらに大粒の物へと変化していった。
いつのまにかこの島の奥深くに来てしまったようだ。暗い森の中で一人きりだということを考えて、さらに心細くなる。昨日、家に戻った時と同じ感覚。

「ホントだよね、アッリ?」

「あ、アイリーン!?」

と、心底暗くなっていたわたしの所へ、いきなりガサガサッという音と共に茂みからアイリーンが出てきた。
気配も無く葉っぱが揺れる音さえ立てずにわたしの傍まで接近するという、特殊部隊も真っ青なアイリーンの接近術で実現したあまりにも唐突過ぎる出現に驚いた。

「私も、居る?」

「うひゃっ!? え、エレットさんもですか!?」

さらにアイリーンが出てきた茂みとは反対側からエレットさんもニュッと顔を覗かせてきたことで、わたしは完全に泣き止んだ。

「な、なんで二人が?」

「それは当然アッリが心配になったからだよ?」

「私も同じく?」

わたしの質問に対する二人の回答に、当然のようにそう答える二人。
アイリーンは付き合いが長いから、まぁ分かるとして・・・・・・エレットさんもなぜ同じ答えなんでしょう? 出会ってまだ数時間しか経ってないのに。

「はい、これ。疲れたでしょ?」

「ひゃっ、あつ!?」

そんなわたしの疑問を他所に二人は茂みから抜け出すと、わたしの両隣に腰を下ろし魔法瓶から湯気の立つ液体をコップに注いで手渡してきました。
この匂いは先ほどの豚汁か。
その熱さに多少驚きつつも、受け取ろうとしたわたしはしかし、受け取ることができませんでした。
また溢してしまうのが怖くて、伸びた手を途中で引っ込め、顔をうつむかせる自分自身にわたしはよりいっそう惨めな気分になって・・・・・・。

「ふーむ? ならば・・・・・・あーん?」

「へ?」

そして、口元に差し出されたスプーンに驚いて顔をあげることになった。

「なんですか、一体?」

「ん? だから、口を開けてっていう意味で『あーん』って言ったんだけど?」

「いや、それは分かるんですけど」

わたしが手を出さなかったから、と当然のように『あーん』をした理由を述べるアイリーン。
そしてわたしが手を出さなかった理由についても述べた。またひっくり返すのが怖かったから、手を出さなかったのでしょ・・・・・・と。

「そこまで分かっていて、なんで・・・・・・」

わたしはアイリーンのわたしを気遣う優しさと同時に、それにこたえず殻に閉じこもっているような自分自身を情けなく感じて、また顔を俯かせた。

「んー、なんでって朝に言ったとおりだけど・・・・・・今はやっぱりちゃんと食べて、次のダイビングに備えてほしいからかな。あとはあれだけお代わりをお願いしていたから、もっと欲しいだろうと思って」

「・・・・・・わたしはいいですっ・・・・・・二人はっ」

「そういうわけにはいかないよ、アッリ。朝言ったよね、『希望』を案内してあげるって。その一つはあのオール、一つは次のダイビングにある。だから絶対潜って欲しい。それに、ダイビングは体力が必要だってことは、アッリもさっきのダイビングで知ったよね? だから、はい」

そう言われて、もう一度差し出されるスプーン。

「いいですっ!」

「いやいや、そういうわけにも」

プイッと顔を背けるわたしを追いかけるようにアイリーンのスプーンもまた動く。

「だから、いいとっ」

「うーむ、この頑固者!?」

こんなことを二度三度と連続でやっていくうちに・・・・・・あ、なんだか少し楽しくなってきたのですよ。
そんなわたしとアイリーンの堂々巡り気味なやり取りを見かねたか、今まで黙っていたエレットさんが口を開く。

「しかたがないリーン? こうなったら最後の手段を使うべき?」

妖しい笑みをその顔に浮かべながら。

「な、なんだか、モーレツに嫌な予感しかしないのですが・・・・・・」

「・・・・・・口移し?」

「ああ、やっぱりぃ!?」

く、口移しってあれですよね、キスってレベルじゃないアレのことですよね!?
流石にこれはやろうとはしませんよね・・・・・・って、アイリーン!? なに手を顎に当てて真剣に考え込んでいるんですか!?

「ふむ・・・・・・」

「あ、アイリーン、その手があったかって顔しないでください! だ、だいたい口移しって!?」

≪口移しとは自分の口内にあるものを自分の口から相手の口へ直接移す方法であり・・・・・・≫

「やっぱりこういう風に相手が拒絶する時には効果覿面?」

「わぁお、ノリノリですね『リップル』もエレットさんも」

「大丈夫、私も結構恥ずかしいから」

そう言うと、ずいっとわたしの方へ体を乗り出してきた。その肌は桜色に上気していて、わたしの心臓もなんだかドキマギしてくるのですよ。
・・・・・・い、いや違う違う!わたしはそんな趣味は無い、無いはずなんです!
ああもう、朝にも同じようなことがありましたよねっ!?

「そういう問題じゃありませんよ!?」

「でも私はアッリが相手なら・・・・・・問題じゃないよ?」

「顔を真っ赤にしながら口に含まないで!? 本気にならないでって、あなたがそうでも私にそんな趣味は!? のわー!?」

それからしばらく、わたしは口を近づけてくるアイリーンと激しい攻防戦を繰り広げた(その間、エレットさんは後ろで気味悪くニヤニヤ笑っていた・・・・・・存外、腹黒いのかもしれません)。

「はぁっはぁっ・・・・・・なんとか乙女として大事なものは守り切りましたよ。なんてことしてくさってんですか、アイリーン?」

「むっ、だって食べてくれないし?」

「・・・・・・分かりました、分かりましたから口を近づけてくるのはやめてください。おとなしく食べればいいんですよね。そいつを渡してください」

「だめ、あーん?」

「ぅぅぅ、します、しますよ、もう! 小っ恥ずかしいですけど!」

余計に疲れたような気がしつつ、しぶしぶと大きく口をあけ、おとなしくアイリーンが口に含ませてくる豚汁を啜る。
多少ぬるくなってもその豚汁の美味しさは露ほども衰えていなくて、改めててこさんの料理の腕前に感心する。

「けふっ。ごちそうさまでした、お腹いっぱいですよ。まったくもう」

「はは、あれだけいいって言ってた割には持ってきた分は全部食べちゃうんだもの、お腹いっぱいにもなるよ」

「う、うるさいのですよ。美味しいんですから仕方ないじゃないですか」

「それは確かに? てこちんのケーキ今度食べに行くと、いつもそう思う?」

お腹が満腹になったことで血が上った頭が冷え、そこで一つの疑問がわき出る。
あの場から逃げ出したわたしを追いかけ、さらにはここまで・・・・・・少々やりすぎな気がしないでもありませんが、とにかく手厚く助け気遣ってくれた二人。アイリーンはともかくとして、わたしとは全く面識のないエレットさんまでどうしてここまでしてくれるのか? オートフラップオールやAI『リップル』など、素人目に見ても結構なお値段の代物まで用意してくれた上に、もし使用するとなったら、もし故障した時のアフターサポートも無償で完備。更には練習にも付き合ってくれるらしい。
まったくもって、なにもかも都合がよすぎる。

「どうしてなのですか?」

「なんでかって言われたらなぁ・・・・・・うーん、色々と世話になってるアイリーンに頼み込まれたからってのもある? でも、やっぱり一番の理由は・・・・・・貴女のファンだったから?」

「・・・・・・はぁ、ふぁん・・・・・・ですか?」

「そう、ファン? その一員として、今のアリカちゃんはなんだか見ていられなくなくて?」

「は、はぁ・・・・・・?」

ふぁ、ふぁん?
いきなりの突拍子もない言葉に少し唖然とする。思わず聞き返してしまうほどでした。
いや、いきなりというわけじゃないのかな? わたしの質問に答える形で登場したわけですし。それでも、なんというかなぁ・・・・・・。
まぁともかく、ファンとして応援したくなったというのなら、なんとなく分かるには分かるのですが(それでもやりすぎな感がありますが、それは置いといて)、いつファンになったのかということが疑問点ですね。
確かに月刊ウンディーネにはミドルスクールのゴンドラ部に所属する生徒や各有名案内店の養成所の候補生など、ペアに上がる以前の次々世代のウンディーネを特集するコーナーが度々設けられる。そのコーナーにわたしも載ったことがあるにはあるが、二回しかない。ましてや一回はゴンドラ部全体の特集で副部長(この取材の時、わたしはまだ副部長だったのだ)として取材されたのであり、わたし個人ではない。
だとすると、わたし個人を取材した方でファンになったのだろうか? そうだとしても、その一回だけでファンになったりするのだろうか?

「うーんと、実を言えば、アッリちゃんのことは記事になる前から知っていた? それこそリーンちゃんが貴女の親友になったころぐらいの昔から?」

「ええっ!? どういうことですか?」

「つまりは3年以上前からってことかな? んーでも、アッリのことをどうやって知ったの?」

どういうことなのだろうかと、驚くわたしとアイリーン。
3年ぐらい前ってことは、だいたいアイリーンと出会ったあたりか。だとしたら、まだわたしはペーペーの平部員で雑誌にも載った覚えがない。アイリーンの言うように、わたしのことを知る機会はほぼ無いと言っていいはずだ。

「アリカちゃんはバーチャルイメージマシーンでプレイできるゴンドラシミュレーション、その中のある部屋(サーバ)内ランキングで『Alison』っていうハンドルネームには見覚えがある?」

随分昔から目にしていたハンドルネーム、わたしがどんなに足掻いてもハイスコアを抜けなかった『Alison』とか言うハンドルネームの奴のことは非常に記憶に残って・・・・・・って、アレ?
『Alison』?
Alison・・・・・・ありそん・・・・・・アリソン。アリソンはエレットさんの名前です。それにエレットさんの店に入ったときに感じた、あの違和感、あるいは既視感は。
ひょっとして・・・・・・もしかして、もしかしなくても。
そしてエレットさんは口を開く。

「それは私? アリソン・エレット?」

「そうなんですか!?」

「『Alison』って、いつもアッリが話していた奴のこと?」

『Alison』
仮想現実の中でわたしがライバル視していたプレイヤー。わたしがタイムをなんとかそいつのタイムに近づかせると、それをいつもかるーく離したタイムを打ち立てくる、なかなかにいやらしい奴だった。
奴は最初はわたしより下手で遅かったが、わたしが奴を追いかけ始めてからはどんどんタイムを上げていき、最終的には公式に公表されているプリマクラスのタイムと同程度にまで上げていた。
たとえ現実ではなく、仮想現実の世界であったとしても、そんな成績をオールだこの一つも出来ていない綺麗な手を持つ彼女が出せれるのだろうか。
よしんば彼女が元ウンディーネだったとしても、そんなことがあり得るのだろうか。おそらくアイリーンもそう思ったのだろう、にわかには信じられないといった顔をしながら彼女の手と自分の手を見比べていた。

「えーともしかして、元ウンディーネさんとか?」

「いいえ、私は昔から、それこそミドルスクールの時からずっと研究畑? 体を動かすことなんて苦手中の苦手?」

「じゃあ、どうやって」

「不思議に思う? 全てはプロトタイプ時代のオールとリップルのお陰?」

≪私の先祖というか、兄にあたるAIだな≫

エレットさんは自身が開発した、より小型で高性能なベクタードのデバイスの性能を実証するため、オートフラップオールを仮想的に作った。
その実験をサーバ管理者に許可を取ったうえで、わたしのよく入っていたサーバを改造してベクタードのシミュレートを行っていたそうだ。またその実験途中で、現物を開発し、それらを彼女にゆかりのあるベテランのプリマウンディーネに実際に使用してもらい動作データなど運用する際のデータを収取した。そのデータをプロトタイプの『リップル』にフィードバックして開発・更新したために、どんどんタイムが上がっていったそうな。
からっきしの素人でもシングルクラスレベルのスコアが出せれる、つまりはそれだけの性能があるという実証試験が順調に進む中、いつもランキングの彼女のすぐ後ろに一人のユーザのIDがいつも刻まれていたのに気づいたらしい。

「開発スタッフみんなで驚いた? まさか同じユーザーがずっと付いてくるとは思わなかったから? プロフィールに公開してあった年齢を見て、二度ビックリした?」

そのIDのハンドルネームはわたし個人を特定するようなものではなかったが、そのずっと付いてくる様子にわたしの評価がスタッフ内でどんどん上がっていったそうな。
いつしか、この諦めの悪いウンディーネ志望のユーザーのことを親しみを込めて『ライバルちゃん』だなんて呼ばれるようにもなっていたらしい。

「そういえば、開発に協力してもらったウンディーネさんはよく話していた? 『どんなにタイム差をつけても、何度も噛みついてくるこの諦めない子が、もしウンディーネになったら相当化けるだろうなぁ』って? この年での技量の高さじゃなく、諦めずに食いついてくるところを、彼女は大層褒めていた?」

そしてアイリーンが彼女の店でバイトをするようになってきてから、段々とこの謎のユーザー=わたしことアッリだという風に考え出したとのこと。アイリーンの話すゴンドラ漕ぎの上手い友人の話とわたしが時々そのサーバ内でのコメントの類似から、そう考えたらしい。
わたしは時々アイリーンに『Alison』のことを愚痴っていましたが、アイリーンがそのことを『Alison』と名前が一緒なエレットさんに喋っていてもおかしくはないですよね。
そして、今回の事件のことを聞いて、定期的にログインしていたのに一月もの間ログインしなくなった謎のユーザーとわたしとの関連性についてちゃんと調べ確認したらしい。

「それでね、開発メンバー全員で話し合って決めた? 『もし彼女がウンディーネになることを諦めないのならば、全面バックアップしよう』って?」

「えっ?」

「ちなみに貴女を応援しているファンは私達だけじゃない・・・・・・あのコミュニティーのメンバーの皆もそう?」

あの部屋では、わたしとエレットさんの勝負はよく話題になっていたらしい。『天才』のエレットさんと『努力』のわたしの名勝負だったと。わたしはそういったチャットにもオフ会なる物にもあまり参加していなかったから、いままで全く知りませんでしたが。
エレットさんがまるで嫌味のようにスコアを上げていく中、在来のメンバー内で唯一食い下がっていったのがわたしだった。そのことで他のメンバー内でわたしに在来メンバーの威信を背負わされていたようなのです・・・・・・全く知りませんでしたよっ!?
(エレットさんが『天才』と呼ばれていたのは時々の参加にもかかわらず、毎回スコアを大幅に上げていくからだそうだ。わたしの場合は少しずつでも地道にスコアを伸ばしていくからだそうだ)

「みんな貴女の事情を知ってからは大変な騒ぎになった? さて、どうしようかって?」

最初は、やれ皆でお金集めて最高級の義椀を用意しようだの代わる代わる家を訪れて世話をしようだの、色々意見が出たらしい。
が、最終的に一つにまとまったそうだ。

「みんな本当は会って話したがってたけど、全員時間があわない、渡す機会がないからって私に・・・・・・貴女と直接会うことのできる私に託されたものがある? はい、これ?」

開けてみてと、一つの小さい袋をわたしに差し出すエレットさん。
ぱりぱりと、誰のセンスか年ごろの女の子ということでかは知らないが、やけに可愛らしい袋の紐をほどくと・・・・・・中から出てきたのはたくさんの便箋だった。

「っ! これって・・・・・・!」

『ガンバレ! 復帰するんなら、また一緒に漕ごうよ!』
『つらいだろうけど、頑張って!!』
『頑張りましょう! 私も頑張ってます!』
『めげるんじゃねぇぞ』
『今度飲みに行こう! んで、泣こう!』
『上を向いて歩こ? でも無理はしないでね?』
『笑えとは言わん。だが泣いてるよりかは、な』

一つ一つの便箋に書かれた無数の励ましの言葉。書いてくれたユーザーのハンドルネームと本名が書き込まれ、誰が誰だか分かるようにか、アバターと照らし合わせるように個々人の写真も貼られていた。さらにはそれぞれの住所、なんとマンホームやルナ1の住所も含む住所も書いてあった。
そして、そのどれにも最後に書かれていた二言でわたしは目を見開いた。

『寂しかったら、会いに来いよ!!』
『というか、こっちから会いに行くかも!!』

「ったくもう・・・・・・お互い顔も名前も知らないのに、あんまり喋ったこともないのに・・・・・・行くことができない住所だってあるじゃないですか。それにわざわざネオヴェネチアまで来るんですか、彼らは? お人よしすぎるでしょう」

「たとえ言葉を交わさなくても・・・・・・何度も何度も同じレースの舞台でともに競ってれば、一種の連帯感・仲間意識が生まれる? 現実だろうが仮想現実だろうが。そういうのって案外強い? こうなるのは当然? それに、勝負の決着はまだついていないって、皆言っていた?」

その手紙には、自分の操舵法やらリハビリ法やら元気の出るお菓子の作り方やら、少しでも役に立てれば・・・・・・という思いの詰まった小講座が開かれていた。

「はぁ、ほんとうに・・・・・・まぁったく、お人よしかつはた迷惑な人たちですねっ!」

ぽろんぽろんと。ぐしゃっと顔をゆがめて、こぼれだした涙はとても甘かった。朝に流した涙と同じ味で。
ああ、そうか。嬉しいんだ、わたしは。

『両親の穴はふさげれないけれど、他にも高く山になっているところがいっぱいあるじゃない、この世界には』

確かに、そうだ。そうなんだ。
目を閉じれば架空の世界で一緒に漕いだ仲間たちが投影される。その姿はアバターだ、現実の姿じゃ無い。それでも、わたしにとってはプライベートでの練習時間の半分を共にした、掛け替えのない仲間たちだった。
まったく、誰が言ったんでしょうね、『こんな誰もいない世界』だなんて。ふふっ、そういえば、わたしでしたねそういえば。
気づいていないだけで、わたしは一人ではなかった、か・・・・・・。
ポフッと肩を組むようにアイリーンが手をまわして、わたしの体を寄させる。おとなしくわたしはそれに従い、回された手を握って体重をアイリーンに預けた。

「ほらね、アッリ。世界にはさ、気づいてないだけで希望が宝物が・・・・・・絆が一杯でしょ?」

「・・・・・・はいッ!」

もらった手紙の束を空いた手で胸に抱きしめて思う。
アイリーンから一つ、エレットさんから一つ、さらにこれでまた一つ、希望をもらった。
ランタンの数はどんどん増え、暗かった道も随分と明るくなった。


ありがとうございます、みなさん・・・・・・今度はちゃんとチャットに参加しようかな?


密着しているアイリーンの暖かい体温に誘われて、微睡んでいく意識の中でそう考える。
彼女が言うには、まだまだこれからが本番らしい。楽しみだ。アイリーンの『希望』ツアーが終わるころには、両手で持ちきれないほどのランタンやランプ、提灯に行燈と、さらには暗視スコープすらも渡されているだろう。種類豊かで豊富な希望が。
・・・・・・ならば、わたしにあと必要なものは一つ。それでも残る暗がりを。足を取られ転んでしまうことを。それらを恐れたりせずに、ただただ前へ進み続ける『勇気』だけ。





前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025326013565063