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No.18194の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第二部 完結】[月桂](2014/01/18 21:39)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(二)[月桂](2010/04/20 00:49)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(三)[月桂](2010/04/21 04:46)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(四)[月桂](2010/04/22 00:12)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(五)[月桂](2010/04/25 22:48)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(六)[月桂](2010/05/05 19:02)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/05/04 21:50)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(一)[月桂](2010/05/09 16:50)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(二)[月桂](2010/05/11 22:10)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(三)[月桂](2010/05/16 18:55)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(四)[月桂](2010/08/05 23:55)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(五)[月桂](2010/08/22 11:56)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(六)[月桂](2010/08/23 22:29)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(七)[月桂](2010/09/21 21:43)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(八)[月桂](2010/09/21 21:42)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(九)[月桂](2010/09/22 00:11)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)[月桂](2010/10/01 00:27)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十一)[月桂](2010/10/01 00:27)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/10/01 00:26)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(一)[月桂](2010/10/17 21:15)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(二)[月桂](2010/10/19 22:32)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(三)[月桂](2010/10/24 14:48)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(四)[月桂](2010/11/12 22:44)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(五)[月桂](2010/11/12 22:44)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/11/19 22:52)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(一)[月桂](2010/11/14 22:44)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(二)[月桂](2010/11/16 20:19)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(三)[月桂](2010/11/17 22:43)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(四)[月桂](2010/11/19 22:54)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(五)[月桂](2010/11/21 23:58)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(六)[月桂](2010/11/22 22:21)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(七)[月桂](2010/11/24 00:20)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(一)[月桂](2010/11/26 23:10)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(二)[月桂](2010/11/28 21:45)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(三)[月桂](2010/12/01 21:56)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(四)[月桂](2010/12/01 21:55)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(五)[月桂](2010/12/03 19:37)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/12/06 23:11)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(一)[月桂](2010/12/06 23:13)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(二)[月桂](2010/12/07 22:20)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(三)[月桂](2010/12/09 21:42)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(四)[月桂](2010/12/17 21:02)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)[月桂](2010/12/17 20:53)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(六)[月桂](2010/12/20 00:39)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(七)[月桂](2010/12/28 19:51)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(八)[月桂](2011/01/03 23:09)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 外伝 とある山師の夢買長者[月桂](2011/01/13 17:56)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(一)[月桂](2011/01/13 18:00)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(二)[月桂](2011/01/17 21:36)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(三)[月桂](2011/01/23 15:15)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(四)[月桂](2011/01/30 23:49)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(五)[月桂](2011/02/01 00:24)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(六)[月桂](2011/02/08 20:54)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/02/08 20:53)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(七)[月桂](2011/02/13 01:07)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(八)[月桂](2011/02/17 21:02)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(九)[月桂](2011/03/02 15:45)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十)[月桂](2011/03/02 15:46)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十一)[月桂](2011/03/04 23:46)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/03/02 15:45)
[60] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(一)[月桂](2011/03/03 18:36)
[61] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(二)[月桂](2011/03/04 23:39)
[62] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(三)[月桂](2011/03/06 18:36)
[63] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(四)[月桂](2011/03/14 20:49)
[64] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(五)[月桂](2011/03/16 23:27)
[65] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(六)[月桂](2011/03/18 23:49)
[66] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(七)[月桂](2011/03/21 22:11)
[67] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(八)[月桂](2011/03/25 21:53)
[68] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(九)[月桂](2011/03/27 10:04)
[69] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/05/16 22:03)
[70] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(一)[月桂](2011/06/15 18:56)
[71] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(二)[月桂](2011/07/06 16:51)
[72] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)[月桂](2011/07/16 20:42)
[73] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(四)[月桂](2011/08/03 22:53)
[74] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(五)[月桂](2011/08/19 21:53)
[75] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)[月桂](2011/08/24 23:48)
[76] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(七)[月桂](2011/08/24 23:51)
[77] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(八)[月桂](2011/08/28 22:23)
[78] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/09/13 22:08)
[79] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(九)[月桂](2011/09/26 00:10)
[80] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十)[月桂](2011/10/02 20:06)
[81] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十一)[月桂](2011/10/22 23:24)
[82] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十二) [月桂](2012/02/02 22:29)
[83] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   [月桂](2012/02/02 22:29)
[84] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十四)   [月桂](2012/02/02 22:28)
[85] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十五)[月桂](2012/02/02 22:28)
[86] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)[月桂](2012/02/06 21:41)
[87] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十七)[月桂](2012/02/10 20:57)
[88] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十八)[月桂](2012/02/16 21:31)
[89] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2012/02/21 20:13)
[90] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十九)[月桂](2012/02/22 20:48)
[91] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(一)[月桂](2012/09/12 19:56)
[92] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二)[月桂](2012/09/23 20:01)
[93] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(三)[月桂](2012/09/23 19:47)
[94] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(四)[月桂](2012/10/07 16:25)
[95] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(五)[月桂](2012/10/24 22:59)
[96] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(六)[月桂](2013/08/11 21:30)
[97] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(七)[月桂](2013/08/11 21:31)
[98] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(八)[月桂](2013/08/11 21:35)
[99] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(九)[月桂](2013/09/05 20:51)
[100] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十)[月桂](2013/11/23 00:42)
[101] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十一)[月桂](2013/11/23 00:41)
[102] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十二)[月桂](2013/11/23 00:41)
[103] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十三)[月桂](2013/12/16 23:07)
[104] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)[月桂](2013/12/19 21:01)
[105] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十五)[月桂](2013/12/21 21:46)
[106] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十六)[月桂](2013/12/24 23:11)
[107] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十七)[月桂](2013/12/27 20:20)
[108] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十八)[月桂](2014/01/02 23:19)
[109] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十九)[月桂](2014/01/02 23:31)
[110] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二十)[月桂](2014/01/18 21:38)
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[18194] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/02 22:29

 バルトロメウの航海長は、名をフェルナンという。
 航海長は文字通り、船長の下で航海に関する職務を総攬する役職であるが、バルトロメウの船長である小アルブケルケは基本的に操船には携わらない。よって、実質的にバルトロメウを統べるのは航海長であるフェルナンであった。
 バルトロメウは第三艦隊の旗艦であり、その旗艦を任せられているフェルナンの権能は他船の航海長の比ではない。
 それほどの役職に任じられたことからも明らかなように、フェルナンの能力と識見は南蛮軍の中でも指折りであり、それはトリスタンも認めるところであった。


 ゆえに、甲板に出れば、今のように兵たちに囲まれるであろうことを、トリスタンは半ば覚悟していた。
 さらによく見れば、フェルナンの隣にいる騎士は、先刻、トリスタンが船長室から逃げ出した際、報告に訪れていた騎士と同一人物である。
 小アルブケルケにトリスタンを捕らえるよう命じられたこの騎士は、その足でトリスタンを追うのではなく、甲板に出て航海長であるフェルナンに事の次第を報告したのであろう。


 その判断は的確だ、と他人事のようにトリスタンは考える。
 騎士の報告を聞いたフェルナンは、トリスタンの性格や負傷の状況などを考慮した上で、最終的に甲板まで来るのは間違いないと判断し、将兵を取りまとめて待ち構えていたのだろう。
 ともすれば薄れそうになる意識をはげまし、眼前の相手の思惑を推測するトリスタンの前で、フェルナンが口を開いた。
「叛逆には死を。たとえ教会より聖騎士に任じられた方といえど、この鉄則に変わりはありません。何を血迷ったのか知りませんが、晩節を汚しましたな、トリスタン卿」
「……フェルナン。あなたは『知って』いるのですか?」
「あいにく、叛逆者の戯言を聞く耳は持ち合わせておりませぬ。事やぶれた上は潔く果てていただきたい。これ以上の醜態をさらさぬためにも」
 そう言った後、フェルナンはかすかに口元を歪ませた。
「――もっとも、叛逆という愚行で、尊き『聖騎士』の称号を穢すこと以上の醜態など、想像もできませんがね」


 フェルナンの言葉は、当然のようにトリスタンに向けられたものである。だが、同時に周囲の兵士たちに向けた言葉でもあった。聞こえよがしな語り口が、そのことを物語って余りある。
 フェルナンの狙いは明らかであった。
 トリスタンは他の提督に比しても、将兵の信望が一際篤い。それはトリスタンの功績、容姿、あるいは為人から来るものであるが、そんなトリスタンをろくな詮議もなく彼らの眼前で討ってしまえば、後々の疑心の種になりかねない。フェルナンはそれを案じ、トリスタンを討つ正当性をこの場で声高に述べ立てているのだろう。


 フェルナンが小アルブケルケの企てにどの程度関与しているかは定かではない。だが、この様子を見れば、まったくの無関係ということはないだろう。であれば、トリスタンがどれだけ言葉を重ねたところで意味はない。それ以前にフェルナンはトリスタンが言葉を重ねる時など与えないだろう。
 その推測を肯定するように、フェルナンは次の行動に移る。


「死んでいただこう、トリスタン卿――否、叛逆者トリスタン」
 その短い言葉が合図であったのか、十を越える筒先と鏃がトリスタンの身体に向けられる。負傷したトリスタンに、それらを避ける術はない。兵士の中には表情にためらいを宿す者もいたが、彼らも命を捨ててトリスタンを庇うほどの覚悟はなかった。叛逆の罪は、当人のみならず、故郷の家族にまで累が及ぶのである。
 ゆえに、トリスタンの身体が弾と矢によって抉られ、その命を散らす未来は変えようがない――他ならぬトリスタン自身がそう覚悟していた。吉継に言ったとおり、出来るだけ足掻くつもりではあったが、さすがに鉄砲の弾やクロスボウの矢はかわせない。


 では、何をもって足掻くのか。
 その答えは眼前の航海長の存在にあった。トリスタンは航海長が甲板に罠を張っていることを予測していた。そして、トリスタンを討つ正当性を得るために、兵の前に出てくることも予測していた。
 バルトロメウの航海長の権能は他船の比ではない。逆に言えば、これを討つことが出来れば、バルトロメウを混乱に陥れることは可能なのだ。むろん、小アルブケルケがいる以上、その混乱は一時的なもので終わるだろうが、吉継を逃がすだけの隙を得ることは出来る――それが先刻までのトリスタンの考えであった。


 今となっては、トリスタン自身も逃げられれば、という欲張った気持ちも芽生えてはいるが、すべてはフェルナンを討ってからのこと。
 トリスタンの鋭い視線を受けたフェルナンは、そこになにか不穏なものをかぎとったのだろう、わずかに目を細めた。
 見たところ、トリスタンは剣すら持っていないようだが、短剣の一つ二つ、袖に潜ませるのは容易なことだ。今のトリスタンは身動き一つするにも辛そうに見えたが、それが演技でない保証はどこにもない。あるいは演技ではなく、本当に体力が尽きようとしているのだとしても、蝋燭の炎は消える瞬間、一際強い輝きを放つものではなかったか――


 瞬間、フェルナンは背筋に冷たいものを感じ、兵に「殺せ」と命じようとした。
 一方のトリスタンも、自身が口にした『生き足掻く』意思を行動に移そうとする。
 だが、この両者の行動はいずれも未発に終わった。
 鐘声。
 突如として降り注いだ、耳をつんざく船鐘の音が、甲板にいるすべての者たちの動きを封じ込めたのだ。否、より正確に言えば、鐘声は甲板のみならず船内にも鳴り響き、多くの者たちが足を止め、手を止め、口を閉ざした。


 小アルブケルケとルイスが聞いた異変を知らせる鐘の音はこれである。




◆◆◆




 この日、バルトロメウの見張り台にのぼった水夫は船鐘を二度鳴らした。
 一度目はルイス・デ・アルメイダが倭船に乗って姿を現した時。そして二度目はそれから半刻も経たないうちに。
 大きく、激しく打ち鳴らされた鐘は、一度目のそれとは比較にならないほどにけたたましく船中に響き渡り、どこか弛緩していた船内の空気を一変させた。
 しかし、この時、見張りの水夫は明確に敵船の姿を捉えていたわけではなかった。周囲を見渡したところで、バルトロメウに向けて殺到してくる敵船などどこにも存在しない。
 では、見張りの水夫は何ゆえに二度目の鐘を打ち鳴らしたのだろうか。



 結論から言ってしまえば、この時、マストの上で見張りを務めていた水夫が見たのは、南蛮軍にとっては取るに足らないであろう些細な出来事だった。
 すなわち、水夫は先刻確認していた三艘の釣り舟が、バルトロメウに近づいて来ていることに気がついたのである。いずれの舟も、すでにバルトロメウのすぐ近くまで接近しており、その中の一艘は、さきほど接舷したルイスの舟と隣り合う位置にまで近づいているようだった。
 ようだった、というのは、その釣り舟がルイスの舟の影に隠れており、見張り台から詳しい状況を確認することができなかったのである。


 通常であれば、たかだか二、三人で漕ぐ小舟がバルトロメウの船足に及ぶはずはないのだが、この時、バルトロメウはルイスが乗ってきた舟と船足をあわせるために大きく速度を落としていた。
 釣り舟に乗っている者たちにしてみれば、南蛮の軍船、それもバルトロメウのような巨船を見ることは滅多にない――どころか、おそらく生まれて初めてのことだろう。その船を間近で見られる機会があれば、興味を惹かれるのは当然のことである。
 ゆえに、三艘の小舟が近づいて来ることは、それほど不自然なことではない。少なくとも、鐘を打ち鳴らして船中に警戒を促すような異変ではない。見張りの水夫はそう考えたが、それでもこの水夫は力の限り、それこそバルトロメウに乗る者すべてに届けとばかりに大きく鐘を打ち鳴らした。


 そうすることでトリスタンの窮地を救える、と考えたのだ。


 一介の水夫と聖騎士では身分に天地の開きがある。ゆえに、水夫とトリスタンがことさら親しい間柄だったわけではない。
 だが、以前にトリスタンから常日頃の真面目な働きぶりを称されたことのある水夫は、トリスタンに対して深い感謝と憧憬の念を持っていた。海戦で敵の長を討ちとった、などという華々しい功績をあげたわけではない。騎士階級の者たちにしてみれば、取るに足らぬであろう水夫の働きぶりにまで目配りを行き届かせ、かつ称してくれるような人物は滅多にいるものではない。
 そんな人物が味方であるはずの将兵に銃や弩を向けられている。
 水夫はずっとマストの上の見張り台に居たため、眼下で起きている状況を把握していたわけではなかったが、それでもトリスタンが命を断たれるほどの罪を犯したとは思えなかった。
 だから、さして脅威と判断したわけでもない小舟を利用して、味方の注意を逸らそうと試みたのである。後々、無用に騒ぎを大きくした罪を問われることは覚悟の上であった。




 ――皮肉、というべきであったろうか。
 この時、水夫自身すらその必要性を信じていなかった警鐘は、実のところ、これ以上ないほど的確に事態の核心を衝いていた。
 ルイスの舟があらわれたことも、それによってバルトロメウが船足を緩めたことも、その後に三艘の小舟が近づいてきたことも、すべては一本の糸で結ばれた策謀。
 鐘を打ち鳴らした当人はそのことに気づいていなかったが、打ち鳴らされた鐘の音は、南蛮軍が策謀に気づいた証として響き渡る。
 結果、南蛮軍に敵対する者たちが、雌伏の時はこれまでと判断して行動に移るのは当然のことであった。
 そして、彼らが今なお鐘を鳴らし、異変を知らせ続ける見張りの水夫を真っ先に狙うのもまた当然のことであった。




 はじめに水夫が感じたのは、痛みよりも衝撃だった。
 ブレるように視界がかすみ、わずかに遅れて、かつて経験したことのない悪寒が全身を貫く。
 悪寒の源――顎に手をあててみれば、そこには一本の矢が突き立っている。
 見張り台のはるか下方から放たれたその矢は、板で組み合わされた見張り台の隙間を縫い、まるで吸い込まれるように水夫の顎部を射抜いていた。
 空恐ろしいほどに精妙な弓術である。鏃が口蓋にまで達していることから、弓勢も並大抵のものではないことがうかがわれた。しかし、当の水夫はそうと認識することは出来ず、ただ奇妙に力の入らない身体をもてあますように、見張り台の縁によりかかり――それでも身体を支えることはかなわず、水夫の身体は見張り台の外へと転がり落ちていった。



 一方、甲板の南蛮兵たちにとっても状況は混沌の一語に尽きた。
 つい先刻までは雲上の人であった聖騎士が叛逆を起こしたと知らされ。
 その人物の命をまさに絶とうとした瞬間、敵船の姿も見えないのに警鐘が打ち鳴らされ。
 かと思えば、唐突に鐘の音が途絶え。
 事情を知るために見張り台を見上げようとした途端、顎に矢をはやした見張りの水夫の身体が落ちてきたのである。
 重く、鈍い音を立てて甲板へと叩きつけられる見張りの姿を目の当たりにして、一般の兵や水夫はもとより、フェルナンをはじめとした小アルブケルケ側近の騎士たちでさえ戸惑いを隠せなかった。一体、何事が起きたのか、と。


 常であれば敵襲だと即断できる状況である。が、今この時、バルトロメウを襲う戦力などどこにもないはずであった。周囲を見渡しても敵船の姿はない。先にルイスが乗ってきた舟に武器がないことはすでに確認してある。であれば、一体どこから、誰が攻撃を仕掛けてくるというのか。
 戸惑う南蛮兵たちに対し、解答は言葉ではなく行動で示される。
 次の瞬間、南蛮兵の多くが同じ光景を目撃した。左右の舷側を越え、船内に投げ込まれる球状の物体。
 片手の指では数え切れない数のそれらを見た瞬間、トリスタンは息をのみ、咄嗟に甲板に倒れこむ。トリスタンにわずかに遅れて、フェルナンも危険を察知して甲板に身を伏せた。だが、他の南蛮兵の多くは、この二人ほど鋭い反応を示すことが出来ず、その場に立ち竦む者がほとんどであった。




 日の本において『焙烙玉』と呼ばれる海戦用の武器が炸裂する。
 立ちすくむ南蛮兵に向け、爆風によって弾け飛んだ破片が襲い掛かり、バルトロメウの甲板はたちまちのうちに騒然とした雰囲気に包まれた。
 ある者は今さらながらに甲板に伏し、ある者は負傷して倒れ、またある者は治療のために仲間のもとに駆け寄った。だが、それ以上に多かったのは、敵襲に備えるため、トリスタンに突きつけていた武器を船の外へと構え直した兵士たちである。
 それは第三艦隊の旗艦たるバルトロメウの錬度を知らしめる光景であった。
 が、南蛮軍の機先を制した襲撃者たちは、その有利を手放すつもりは毛頭なかったらしい。南蛮兵が戦列を整えるよりも早く、彼らの先陣はバルトロメウの甲板にその姿を現していた。




 そして。
 甲板に倒れこんだトリスタンは、そんな襲撃者たちの姿を視界に捉えていた。むろんのこと、トリスタンは彼らの姿に見覚えなどない――ないはずなのだが、しかし、真っ先にバルトロメウに乗り移った人物を見た瞬間、トリスタンは知らず、かすかに口元を緩ませていた。疑念よりも、困惑よりも先に、奇妙な可笑しさを感じて。
 ――つまるところ、トリスタンがどう動こうと、今日この日、バルトロメウが騒乱に包まれることは定まっていた、ということなのだろう。
 船の内と外であらかじめ示し合わせることは不可能。
 ゆえに、すべての行動がこの時に結実したのは偶然の産物に過ぎない。
 だが、ただの偶然であるはずがない。一人は外で、一人は中で、彼らは強大な南蛮軍を前にしても、屈することも、諦めることもしなかった。だからこそ訪れた、奇跡的な偶然――


「……それを、必然というのかな……」


 そこが、トリスタンの体力の限界であった。
 血が流れすぎたせいだろうか、すでにその身体を覆うのは痛みではなく、痺れであり、その痺れですら刻一刻と薄くなりつつある。
 南蛮艦隊にその人ありと謳われた聖騎士は、半ば眠るように甲板の上で意識を失った。





◆◆◆





 むろんと言うべきか、この時、バルトロメウに侵入した者たちは、ルイスが乗ってきた倭船に同乗していた者たちである。
 だが、実のところ、彼らも事態のことごとくを把握していたわけではなかった。
 彼らが乗ってきたのは、バルトロメウとは比べるべくもない小さな舟である。当然のように、二つの船の舷側の位置は上下方向に大きくずれている。それこそ渡し板をかけることも出来ず、ルイスがバルトロメウに乗り込む際には縄梯子を用いたほどであった。
 それはつまり、倭船からバルトロメウの甲板の様子を見ることは不可能であるということ。甲板から響く騒音や、南蛮兵の緊張や興奮をはらむ声を聞けば、何事かが起きているのだ、と推測することは出来たが、具体的に何が起きているかまでは知りようがない。


 ゆえに、彼らはバルトロメウの見張りが此方を向いて船鐘を打ち鳴らすのを見た時、自分たちの謀事が露見した、と判断したのである。
 折りしも釣り舟に偽装していた舟からひそかに武器を受け取っていた時である。バルトロメウ側からは見られないように配慮していたつもりだったが、南蛮船の見張りの兵はよほどに目も勘も良い人物らしい――そう彼らが考えたのは無理からぬことであった。
 神ならぬ身に、見張りの行動が今まさに討たれようとしているトリスタンを救うためのものである、などと見抜けようはずもない。そして、別段見抜く必要もなかった。どのみち、強襲する段取りが変わるわけではない。バルトロメウに乗り込む刻限がほんのわずか、早まるだけなのだから。





◆◆◆





 バルトロメウの航海長フェルナンは小さく、だが鋭い舌打ちの音をもらした。
 ルイスの舟を検分したフェルナンは、乗り込んできた者たちがあの舟にいた者たちである、とすぐに察したのである。
 船底まで確かめたというのに、どこに武器を隠していたのか。その点が気になったが、それ以上に問題なのが、フェルナンが彼らの思惑にしてやられ、バルトロメウに異国の民の侵入を許した、という事実である。
 フェルナンは自身の能力に自信を持っていたが、同時に南蛮軍の中に――もっといえば、小アルブケルケの麾下の中に自分の代わりが幾人もいることも承知していた。失態を犯し、なおかつその失態に対処しえないような愚者を、小アルブケルケは許さないだろう。
 この上は速やかに侵入者を撃退し、そしてトリスタンを討ち取って小アルブケルケの寛恕を請うしかない。


 だが、眼前で繰り広げられる戦いを見るかぎり、敵もそれなりに考えて動いているようだった。侵入者たちは、南蛮兵たちが態勢を整える前に、その只中に斬り込んで来た。乱戦となってしまえば鉄砲も弩も使えないと考えたのだろう。
 ただ、それを見てもフェルナンは慌てなかった。
「辺境の蛮族にしては考えたようだが……一を知って二を知らぬな」
 確かに乱戦になってしまえば飛び道具は制限される。が、実のところ、乱戦は南蛮側にとっても望むところなのだ。
 乱戦となれば、物を言うのは数である。侵入者たちの数はおおよそ十人あまり。対して、バルトロメウの甲板にはその三倍近い数の南蛮兵がひしめいている。
 多くの兵を集めていた分、先の焙烙玉によって負傷した兵の数もまた少なくなかったが、負傷者を差し引いても南蛮兵の数は侵入者にまさる。勝敗の帰結は明らかであり、だからこそフェルナンは狼狽したりはしなかったのである。




 そのフェルナンの考えは間違いではない。だが、ほどなくバルトロメウの航海長は表情に厳しい色を浮かび上がらせることになる。
 数に劣る侵入者たちの錬度は、バルトロメウの精鋭と比してさえ並ではなかったのだ。
 ことに目を惹くのは、侵入者の中にあって一際背の高い剣士である。
 表情、佇まいはこの状況にあっても静粛であり、一見しただけでは別段脅威を感じる要素はない。
 だが、剣を構えた途端、その男の印象は一変する。さして肉厚な身体ではないというのに、巍々たる城壁を前にしたような圧迫感を漂わせるのだ。
 そして、ひとたび剣を振るえば、その印象すら砕かれる。城壁は『守り』。しかし、この剣士の気質は疑いなく『攻め』にあった。
 その一閃は、ただひたすらに速く、重い、剛の剣。
 剣士の攻撃を受け止めた南蛮兵は、カトラス越しに伝わる剣勢の凄まじさにたまらず後ずさり、時にそのままカトラスを弾き飛ばされる。中にはカトラスごと頸部を断ち切られる者さえいた。


 右に左に、縦横無尽に太刀を振るう剣士――瀬戸口藤兵衛によって、バルトロメウの甲板には瞬く間に南蛮兵の死屍が積み重なっていった。
 いずれもただの兵士ではない。第三艦隊の旗艦、バルトロメウに乗ることを許された南蛮軍の精鋭である。だが、藤兵衛の剣の前には、その事実は何の意味もなさないらしい。
 そんな藤兵衛を前に、南蛮兵の一人が怯んだように一歩、二歩と後退する。すると、たちまちその兵士の怖れは周囲に伝染し、藤兵衛が進むところ、南蛮兵は岩に裂かれる波のように左右に分かれていった。


 それを見たフェルナンは、部下のあまりの不甲斐なさに眉を鋭角に跳ね上げた。
「辺境の蛮族相手に何を怯んでいるのだ、貴様ら!」
 フェルナンの叱咤を受けた騎士の一人が、声を励まして藤兵衛に斬りかかる。この騎士は海上にあって金属鎧を身に着けており、にもかかわらず、その動きは他の軽装の者たちと比べても遜色はなかった。
 衆に抜きん出た体力がなければ不可能な業であったが、そんな騎士でも、藤兵衛の剣よりも速く動くことは不可能であった。翻った藤兵衛の剣先は正確にこの騎士の喉笛を切り裂き、騎士は傷口から壊れた笛のような音をもらしながら倒れこむ。
 騎士の身体が甲板に届く頃には、藤兵衛の剣はすでに次の敵と渡り合い、これをも一刀の下に斬りすてていた。



 後年、その剣速は雲耀に至ると称された稀代の剣士。
 大きく武芸の発展した日の本の国にあってもほんの一握りしか存在しない、天頂への階に足をかけた者。
 自分たちが、まさかそんな卓絶した剣士を相手にしているとは南蛮軍は知る由もない。
 しかし、たとえその事実を知らずとも、南蛮軍が藤兵衛を恐るべき敵と見なすまで長い時間はかからなかった。放っておけば、ただ一人で南蛮軍のことごとくを斬り倒してしまうのではないか、そんな恐れを抱いた兵たちは藤兵衛から距離を置こうとした。
 先ほどのように、ただ恐れて退いたのではない。斬りあったところで勝機なし、と見て取り、飛び道具に頼ろうとしたのである。
 フェルナンもまた、藤兵衛の強豪をあらためて思い知らされ、この際、同士討ちで多少の被害が出たところで致し方なしと判断し、銃兵たちに射撃を指示しようとする。



 南蛮側の判断は的確であった。だが、的確であるゆえに、その意図を読むこともまた容易であった。
 藤兵衛に銃口を向けた南蛮兵の首筋に、一本の矢が突き刺さる。鉄砲を構えた格好のまま、その兵士はくずおれるように甲板に倒れ伏す。
 敵味方が入り乱れる中で、的確に急所を射抜く技量に周囲の南蛮兵から驚愕の声があがったが、彼らに驚いている暇はなかった。何故なら、最初の兵士が甲板に倒れたその時には、ずでに二の矢、三の矢が飛来していたからである。


 もし、フェルナンがこの射手の顔を見たならば、それが先刻ルイスの舟で見かけた、ただ一人の女性であることに気がついただろう。
 ある者は首を射抜かれて倒れ、ある者は肘を射抜かれて苦痛の声と共にカトラスを取り落とし、またある者は足を射抜かれ、身体を甲板に縫いとめられた。
 無慈悲なほど正確に南蛮兵をしとめていくこの射手は、先ほどバルトロメウの見張りを一矢で射落とした人物でもあった。


 その名を島津歳久という。島津の智嚢と称される島津四姫の一角である。
 むろんのこと、それと知る者は南蛮軍には存在しない。南蛮軍にわかったのは、歳久が並々ならぬ射手であるという事実だけ。
 歳久の精妙な弓術の前には防具など意味をなさない。バルトロメウの甲板に、銃兵たちの悲鳴がこだまする。
 その銃兵の混乱に、藤兵衛がつけこまない理由はなかった。南蛮兵の只中に飛び込んだ藤兵衛は、さらに苛烈に敵兵を斬り立て、それに他の島津兵が一斉に続く。
 バルトロメウの甲板に漂う血臭は、時と共に濃くなるばかりであった。





 思いもよらない敵の猛攻を受け、フェルナンは苦りきったが、その目にはなお緊張はあっても狼狽はなかった。
 侵入者たちが一筋縄ではいかない相手であることは、眼前の光景を見れば明白である。しかし、バルトロメウが抱える兵員は二百名をはるかに越える。侵入者たちがどれだけ手ごわくとも、たかだか十名たらずでそれらすべてを殺しつくせるはずがない。
 遅かれ早かれ、侵入者たちはその死屍を甲板に晒すことになるのだ。


 ――だが、その前にやっておかねばならないことがある。

 
 フェルナンの視線は侵入者たちから離れ、甲板に倒れ伏したままのトリスタンに向けられた。最早立ち上がる力もない、というよりはもう意識を失っているのだろう。
 その傷を見れば、放っておいても息絶えるのは確実だが、この騒乱に紛れてトリスタンをかくまおうとする者が出ないとも限らない。
 ゆえに、トリスタンは今ここで、確実に殺しておく。侵入者の撃退はその後でもいい。どのみち、意識を失ったトリスタンを討つために要する時間などせいぜい数秒でしかないのだから。
 カトラスを持ったまま、無造作にトリスタンのもとへ歩み寄るフェルナン。
 もはや声をかける必要もあるまいと考え、カトラスを振りかざしたフェルナンの視線の先で、トリスタンは何故か微笑を浮かべているように見えた。
 フェルナンには、その表情の意味はわからなかったが、せめてもの情け、これ以上、無意味な苦痛を与えぬように、とカトラスを握る手に力を込める。


 だが、その刃がトリスタンに向けて振り下ろされることはなかった。
 邪魔者が現れたのである。
 先の侵入者たちではない。何故なら、その邪魔者は船の外からではなく、中から――すなわち船内に通じる扉から現れたからだった。その手に持つカトラスは、すでに何者かの血を吸って赤く濡れていた。その目もまた、血に塗れたように紅く染まっていた。






◆◆◆






 トリスタンが甲板に出た折、背後から扉を閉ざした南蛮兵たちは、トリスタンを罠にかけた自分たちが、その実、罠にかけられた側であるとは想像だにしていなかったらしく、後背から襲い掛かった吉継にまったく対処できなかった。
 首尾よく南蛮兵を排した吉継は、すぐにも甲板に飛び出すつもりだった。その顔はやや青ざめていたものの、それは仕方のないことであったろう。吉継ならずとも、この状況では自分が死地に飛び込もうとしていることを悟らざるを得ない。
 だが、死中に生を求めるべし、と内心で呟く吉継の顔は、青ざめてはいたものの、ゆるぎない覚悟を映して鋭く引き締まっていた。


 しかし、ここから事態は吉継の想定から大きく逸脱しはじめる。
 吉継が扉外に打って出ようとした途端、けたたましく打ち鳴らされる警鐘が耳朶を打った。何事か、と思う間もなく、扉越しにでもそれとわかる炸裂音が轟き、さらにほとんど間を置かず、刃と刃がぶつかりあう剣戟の響きが伝わってきた。
 何者かが襲撃を仕掛けてきたのだ、と吉継が察するまで、かかった時間は瞬き一つか二つ分だけである。
 だが、問題は襲撃の有無ではなく、それが何者によるものなのか、という点であった。南蛮軍の巨船に対し、そこらの海賊が挑みかかるはずもない。それは無謀を通り越して愚行の領域にある行動だからである。


 ありえるとすれば、どこぞの大名の軍だろうが、南蛮軍に挑むことができるほどの勢力となれば、大友軍か島津軍しかない。だが、大友軍が突然に矛を逆さまにするとは考えにくく、ゆえにもっとも可能性が高いのは島津軍であった。
 しかし、ムジカを出てから今日までの日にちを考えれば、バルトロメウが薩摩に着くまでには、まだしばらくかかるはず。南蛮艦隊を撃ち破ったとはいえ、島津の水軍も相応の被害を受けたはずであり、薩摩の外に打って出るほどの余裕があるとは思えない。


 とつおいつ考えるに、今の段階でバルトロメウに襲撃をかけてくる勢力はない、という結論しか出てこない。バルトロメウ側から迎撃の砲声ひとつ発せられなかったことも訝しい。
 だが、実際に襲撃は行われ、襲撃者たちはすでに甲板に足を踏み入れている。これはどういうことなのか。一体、どこの誰がこんな無謀で奇妙なまねをしたのだろうか。


 ……一瞬、脳裏に兆した名を、吉継は意識して振り払う。その予測は、あまりに自身の願望が混ざりすぎているように思えたから。
 それに、と吉継は思う。
 これが何者の襲撃であれ、吉継と、そしてトリスタンにとって好機であるのは間違いない。敵の敵は味方、と決まったわけではないが、少なくともつい先刻より脱出の可能性が高まったことは確かであろう。
 そう考えた吉継は、今度こそ何に遮られることもなく、扉を蹴り破るように押し開き、甲板へと躍り出る。そして、今まさに倒れ伏すトリスタンに向かってカトラスを振り下ろそうとしていた騎士――フェルナンの姿を見出したのである。




 吉継とフェルナン、どちらがより驚いたかはわからない。
 確かなのは、二人が即座に驚きを排し、互いを敵として刃を振るったということであった。
 二人のカトラスが空中で音高くぶつかりあい、刺すような金属音が互いの耳朶を打ち据える。
 南蛮人と日本人。互いに相手の言葉を解さない両者は、刃に殺意を乗せることで、己の意思を相手へと知らしめる。
 激しい音を立ててカトラスとカトラスがぶつかりあい、真っ向から衝突する刃の残響音が絡み付くように耳の奥で木霊した。


 一合、二合、三合、四合。
 徐々に剣戟の回数が増えていく。そして、増えていくにつれ、形勢が不利になっていくことに、吉継ははっきりと気がついていた。
 女性、しかも年齢に比して小柄な吉継は、フェルナンとの間に大きな体格差がある。自然、一撃一撃に込められる力にも差が出てくることになるが、初撃に関して言えば、吉継は甲板へと飛び出した勢いをそのまま剣勢に乗せたため、吉継とフェルナンの力は拮抗した。
 だが、それは言葉を換えて言えば、二撃目以降は互いの体格と膂力の差ゆえに、吉継はどうしても後手にまわらざるをえない、ということでもあった。


 むろん、体格や膂力の差が勝敗に直結するわけではない。が、その二つが勝敗を決する重要な要素であることはまぎれもない事実。
 相手がただの兵士や水夫であれば、あるいは吉継でも何とかなったかもしれない。それこそ先刻のように組討術に持ち込む、という手段もある。
 しかし、バルトロメウの航海長を務めるフェルナンは、個人の技量も図抜けたものを持っている。少なくとも、吉継の武芸で圧倒できる相手ではなかった。


 幾度か態勢を挽回すべく仕掛けをしてみたものの、フェルナンに付け入る隙は見出せない。
 戦闘は刻一刻と吉継の不利に傾いていく。
 その一方で、南蛮兵は襲撃者たちに苦戦を余儀なくされていた。フェルナンの耳に聞こえてくるのは、南蛮語の絶叫や苦痛の声ばかり。振り返って見るまでもなく、自軍が押されているのは明白であった。
 ここで、フェルナンは周囲の兵士たちに対し、襲撃者たちにあたるように、と指示を下す。吉継程度の技量ならば自分ひとりで事足りる、と踏んだのである。
 応じて駆け出す兵士たち。
 吉継としては、そんなフェルナンの余裕ないし慢心につけこみたいところなのだが――


「くッ」
 フェルナンが渾身の力を込めて振るった重い斬撃を、吉継はかろうじて受け止める。が、その勢いに押され、こらえきれずに一歩だけ後退を余儀なくされる。その隙を逃さず、フェルナンは素早く距離を詰め、続けざまに斬撃を放ってきた。
 吉継はそのいずれも受け止めたが、やはり相手の勢いを殺すことは出来ず、なおも二歩、三歩と後退を重ね――やがて、とん、という軽い音と共に、その後退も停止した。吉継の背が、壁とぶつかったのである。
 ある意味、これも一つの幸運だった。もしも先ほど吉継が蹴り開いた扉部分に後退していれば、そのまま船内に逆戻りになっていただけでなく、扉付近に倒れている南蛮兵に足をとられ、フェルナンの眼前で倒れ込む羽目になっていただろう。


 しかし、絶望的、という意味では、どちらであっても大差はなかったかもしれない。
 吉継は背中から伝わる感触に、ほんの一瞬だけ、背後に意識をとられてしまう。その分、フェルナンの攻撃に対する反応が遅れてしまった。
 横薙ぎに振るわれたカトラスは、空恐ろしいほどの正確さで吉継の頸部に迫る。対して、吉継はカトラスを縦に構え、相手の斬撃をしのごうとする。
 一際高い音を立ててぶつかり合う二つの刃。
 勝敗を分けたのは、やはり一瞬の反応の差であったろう。奇妙に澄んだ音と共に、吉継の手からカトラスが弾き飛ばされ、フェルナンの刃はそのまま吉継に向かって振るわれた。


 宙空に、鮮血が飛び散る。
 フェルナンの刃は確実に吉継の身体を捉えていた。だが、その刃先が抉ったのは首ではなく、顔。
 吉継の命を繋いだのは、咄嗟に構えたカトラスが、ほんのわずかだけ、フェルナンの刃の軌道をずらしたからであった。
 しかし、命を繋いだといっても無傷であったわけではない。右の頬を裂かれた吉継の半面が、瞬く間に血で染まる。首を切り裂かれるよりはマシであるとはいえ、その痛苦は決して軽いものではない。まして女性の身である吉継にとって、顔の傷はそれ以上の意味を持つ。


 ただ、その心配をするにはこの場を切り抜けなければならない。
 状況はいまだ絶望的であった。
 フェルナンは無傷であり、武器を持っている。吉継は負傷し、武器を失った。素手で刃を受け止めることが出来ない以上、吉継に残された手段は組討術に持ち込むことだけであったが、フェルナンはまったくといっていいほど隙を見せておらず、行動に移ったところで即座に切り倒されておしまいであろう。
 むろん、それは吉継がこのまま黙って立っていても同じこと。
 つまるところ――万事、ここに休した。
 相手もそう考えたのだろう。吉継の眼前で、南蛮人が口を開く。
 発したのはただ一言。



 Dado   

     ――死ね



 吉継は南蛮語を解さないが、それが意味することは理解できた。その言葉と共にカトラスを振りかぶったフェルナンの顔を見れば、嫌でも理解せざるをえない。





 だが、そんな吉継にも理解できないことがあった。





 O senhor

     ――お前がな  





 南蛮人が発した言葉を断ち切るように発された、もう一つの言葉。南蛮人ならざる者が発した南蛮語。
 言葉の意味はわからなくとも、耳になじんだその声を聞き、吉継の表情が驚きに染まる。
 その眼前で、フェルナンもまた驚愕をあらわにしていた。フェルナンにとっても、背後から聞こえてきたその声は、まったく予想だにしないものであったのだろう。


 ――そして、自身の胸から、生えるように突き出された刃もまた、フェルナンの予想せざるものであったに違いない。


 驚きと、それ以外の何かのために歪んだ顔で、フェルナンは何事か言葉を発する。
 だが、吉継は南蛮語を理解できず。
 フェルナンを背後から突き殺さんとした人物は、南蛮語を理解できたとしても、フェルナンの言葉に耳を傾けるつもりなど微塵もないようであった。
 その人物が無造作にフェルナンの身体を脇にのけると、胸から刀を生やしたまま、フェルナンの姿は吉継の視界から消え、その身体は甲板へと倒れこんだ。
 


「……え?」
 思わず、吉継の口から呆けたような声がこぼれ落ちる。
 フェルナンが退けられた今、吉継の視線は何に遮られることもなく、その人物の姿を克明に捉えていた。
 その姿を吉継は良く知っていた。先ほどの声を聞いた時、脳裏に浮かび上がった人物と寸分たがわない。もっといえば、この襲撃を行った勢力を考えたとき、脳裏によぎった人物とも変わらなかった。
 おそらく、自分はこの場にあって誰よりもこの人物と近しい関係だろう、という自覚も吉継は持っていた。
 だからこそ、わからなかったのだ。どうしてこの人が、今この時、この場にいるのか。
 そのことが、吉継にはどうしても理解できなかった。



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