北九州に吹き荒れる野分の先駆けが大友本軍を直撃したのは、戸次道雪率いる大友軍が古処山城を完全に包囲してまもなくのことだった。
筑前国立花山城城主、立花鑑載叛す。
「西の大友」とも呼ばれる大友家屈指の重臣が謀反したのだ。
その報告を受けた大友フランシス宗麟が色を失ったのを見たとき、多くの家臣が宗麟の動揺を当然のものと受け取った。彼らとて平静を保てずにいたから尚更である。
――だが、実のところ、宗麟の示した狼狽は家臣たちが推し量ったものとは似て非なる理由によるものだった。
先に謀反を起こした小原鑑元は、元は加判衆の一人だったとはいえ、その出自は他紋衆に連なる。宗麟にしてみれば、鑑元個人に対する信頼の念はあったにせよ、他紋衆とは「いずれ叛乱を起こすかもしれない存在」に他ならない。
だからこそ、今代になってから任じた加判衆はことごとく同紋衆であり、鑑元のような先代からの他紋衆たちは時間をかけて豊後の外に配していったのである。
その事実こそが他紋衆の不満を煽るものとの忠言は幾度も聞いていたが、それでも宗麟は他紋衆を信任することが出来なかった。それをすれば、かつての乱が再び繰り返されるように思われてならなかったから。
だからこその同紋衆重用。
鑑元謀反の報を受けた時、宗麟はそのことを悲しんだものの、一方でこうも考えたのである。
ああ、やはり、と。
だが、今回叛逆の挙に踏み切った立花鑑載はれっきとした同紋衆である。
宗麟の受けた衝撃は、ほとんどがその事実に収斂されていた。
報告を受けた宗麟が、確認をとることもせず、翻意を促すこともせず、即座に立花家追討を命じたのは、立花家の勢力、筑前における影響、そういった大局的な視点によるものではない。
同紋衆の謀反、その一事が宗麟にあの出来事を思い起こさせたからだった。それまで信じていた世界のすべてが壊れてしまった、あの乱を。
だからこそ、その恐怖におされるように、宗麟はただちに古処山城を包囲していた道雪に立花家追討の命令を下したのである。
――立花鑑載が予測していたように。またその後ろで戦絵図を描いている者たちが予測していたように。
かくて、大友軍の圧倒的優勢によって終わると思われていた筑前の戦況は一変する。
大友家重臣立花鑑載の叛乱を受け、古処山城を包囲していた大友軍は一旦包囲を解き、周辺勢力に睨みを利かせつつ、主君の命令を待つ。
そして府内の宗麟から立花鑑載追討の命を受けるや、戸次道雪は腹心の小野鎮幸を主将に、由布惟信を副将に据えた一万八千の部隊を編成、ただちにこれを立花家の本拠地である立花山城へと向けると、自身は残る二千の兵を率いて筑前休松城に拠った。
休松城は古処山城の出城の一つであり、古処山城に篭った秋月種実ならびに筑前、筑後の国人衆の動きを見るに絶好の立地だったのである。
この大友軍の動きをいち早く察したのは、やはり当の敵手だった秋月種実だった。
あるいはこのことを予期すらしていたのか、種実は大友軍が軍を分かったその日に即座に反撃に転じる。
古処山城に篭る秋月軍はおよそ一千たらず、道雪率いる大友軍の半数にすぎなかったが、道雪はあえてこれと戦うことなく休松城に篭ってしまう。
鬼道雪らしからぬ消極的な動きは、秋月軍内部からも不審の声があがったが、当主である種実は内心で舌打ちしつつも、この大友軍の動きが理にかなったものであると認めた。一度、秋月軍と矛を交えてしまえば、周囲から群がり起こる敵勢力に城外で包囲されてしまうことを、道雪は察していたのだろう。
「……もっとも、城に篭ったところで結果は変わらないけれども。休松は所詮出城、古処山の天険とは比較にもならない。おまけに兵糧も武具もあらかた持ち去ったから、余裕なんてほとんどないだろう? いかに鬼道雪といえど、あの城で自軍に数倍する敵軍を支えることなど出来ないよ」
その種実の言葉どおり、立花家謀反の報が知れわたるや、それまで拱手傍観していた筑前の国人衆および一部の筑後国人衆が一斉に蜂起、休松城を囲む秋月家のもとに参集した。
古処山城に篭っていた一千、そして大友軍の目をくらませるために城外に潜ませていた二千の軍勢を併せ、種実の手兵は三千に膨れ上がる。これに他の国人衆の増援五千をあわせた総兵力はおよそ八千。
この大軍を率い、秋月種実は戸次道雪が立てこもる休松城に対し、攻撃を開始するのである。
◆◆◆
筑前国休松城。
簡素な櫓の上から敵軍を見下ろし、俺は素直な感想を口にした。
「これぞまさしく槍衾、すごい数だな」
合計八千にも及ぶと見られる敵軍が整然と陣形を組み、今にも攻め上らんと意気軒昂に喚声をあげている様子には戦慄を禁じえないところだ。
そんな俺の声に、傍らで同じように敵軍を見下ろしていた吉継が怪訝そうに口を開く。
「その割には平生とかわらぬように見受けますが、お義父様。もしやこういった戦場には慣れていらっしゃるのですか?」
「いや、篭城自体ほとんどはじめてだな。お世辞にも慣れているとは言えない」
本当である。上杉軍は将も兵も神速を尊ぶゆえに、篭城という選択肢が採られることはほとんどなかった。実際、謙信様に仕えてから武将として城に篭ったことは、まったくといっていいほどない。
とはいえ、吉継の言うとおり、眼下に集った八千の軍勢――自軍の四倍にも及ぶ大軍に包囲されていることで動揺しているかというと、特にそんなことはなかったりする。
何故なのかと考えてみると、答えはあっさり出た。今よりはるかに絶望的な篭城戦を経験したことがあるから、今の戦況に脅威をおぼえないのである。
「現状でも滅多にないほどの不利な戦なのですが……これよりもはるかに絶望的な戦とは、一体どんなものだったのですか?」
「ほとんど徒手空拳の身で、毘沙門天率いる三百の軍勢を迎え撃った」
戦力比、実に一対三百である。それに比べれば今の戦況など蚊に刺されたほどにも感じないというものだ。
そう俺が口にすると、吉継は何やら納得したように頷くと、すぐに声を高めて部下を呼んだ。
「衛生兵! 至急、父上を後方へお連れしてくださ――」
「ちょっと待て! 別に錯乱したわけではないッ」
「……申し訳ありません。そこまでお義父様が追い詰められていたとは露知らず、娘として恥ずかしい限りです。けれど大丈夫、お義父様の代わりはこの吉継がしっかと務めてご覧に入れますので、どうぞ草葉の陰でわたしを見守っていてください」
「死ッ?! いや、戦を前にその言い方はどんなものかと思うのですが」
「戦を前に軍神を愚弄するような物言いをする人に言われたくはありません。兵の士気に差し障ることは控えてくださいと、先日も申し上げたはずです」
むすっとした吉継の声に、俺は頬をかく。
別に嘘を言ったつもりはないのだが、吉継からみれば俺が不謹慎な冗談を言ったと思われても仕方ない物言いだったかもしれん。反省。
「さ、さて、そろそろ下におりて敵に備えるとしようか」
「……露骨にごまかしてますね。まあ構いませんが。それはともかく備えるとはどういうことですか? 戦況を見るならここからでも構わないと思いますが」
「見るだけならな。実際に刃を交えるとなれば、ここじゃ遠すぎるだろう。弓なら届くけど、あいにく俺が射ると吉継にあたりかねん」
「隣に立つ者に矢をあてるというのは、ある意味で名人芸だと思いますが……いえ、そんなことより刃を交える? まさか敵の矢面に立つつもりですか?」
めずらしく本気で驚いたような吉継の声に、俺はしごく当然とばかりに頷いてみせる。
「将が前線に立たないでどうする。まして俺は新参の身だ、その程度のことをしなければ、兵がついてこないだろうさ」
「将が討たれれば戦は終わりです。その程度のことはおわかりでしょうに」
「だからこそ、将が兵の先頭に立つことに意味がある、ともいえるだろう。死中に生を求めるべし、というやつだ」
確かに危険なことは間違いないが、それでもここは前に出るべき場面だった。そもそも、俺の内心はどうあれ、この戦が自軍に不利なことは否定しようのない事実である。兵を鼓舞する意味でもそうだし、また後方に引っ込んでいたからといって無事に済むとは限らない。
むしろ、こういった戦では命を惜しめば、逆に討たれてしまうものだ。それに鎧兜をつけて出られるだけで十分安全は確保されているといえるだろう。
俺がそう言うと、また吉継の声のトーンが下がった。耳に届いた吉継の声は、ほとほと呆れたという内心がにじみ出たものだった。
「……戦に鎧兜をつけて出るなど当然のことではありませんか。なんでそれで安全が確保されたとかいう言葉が出てくるのです? まさかお義父様はこれまで鎧兜をつけずに戦っていたとでも?」
はいそのとおりです。
――なんて言えるわけもなく、俺は冗談いってすみませんと平謝りする羽目になった。
いかんなあ。道雪殿に素性が知られていると知って以来、どうも口が軽くなっている気がする。
道雪殿と話している最中に気づいたのだが、これまで天城颯馬のことがばれないように気をつけていたため、越後のことを口にすることが出来ず、結構ストレスがたまっていたようなのだ。
道雪殿のおかげで、そのストレスが一気に発散できたので、全体的に気分が上向きな俺であった。
だが、吉継は当然そんなことを知るはずもなく、俺の浮かれた言動を不謹慎なものと非難するのもまた当然といえた。それも一度ならず二度までも軽口を叩いてしまったのなら尚更だった。
どう釈明したものか、と困惑する俺に、吉継はため息まじりに告げる。
「……敵陣の兵気が盛んになってきました。まもなく秋月が動くでしょう。この続きは戦が終わった後にいたしましょう」
そう言うや、吉継は無造作に顔を覆う布を解いた。必然的にこれまで隠されていた紅い瞳と銀色の髪があらわになる。
突然のことに俺が驚いていると、吉継はどこか諦めたような顔で俺に言った。
「兜をつければ髪は隠れます。それに、戦場で目を血走らせている兵士などめずらしくもないでしょう?」
◆◆◆
休松城をめぐる戦いは、秋月軍から放たれた無数の矢が飛来するところから始まった。
数を利して次々に矢を射込んでくる敵軍に対し、大友勢はあらかじめ用意していた木板を掲げることで対処するも、四倍を越える敵軍によって放たれた矢は、たちまち木板をハリネズミのごとくかえてしまう。
大友軍も負けじと矢を射返すが、兵力の絶対数の差はいかんともしがたく、矢戦は明らかに大友軍が不利だった。
それでも城に篭っている大友軍は圧倒されるには至らない。秋月軍とて無限の矢を保持しているわけではないし、逆に大友軍にしてみれば、どれだけ矢を射はなっても、そこかしこに敵軍の矢が突き立っているため補充に困らない状況である。
無論、種実は城に立てこもる敵に矢を射掛けるだけで満足する気は微塵もなかった。
矢戦で敵軍が居竦まったとみるや、ただちに軍配を揮う。
これを受けて動き出したのは種実配下の深江美濃守、大橋豊後守の二将である。二人はそれぞれ一千の部隊を動かし、休松城に攻め上っていっく。
これに対し、城からも応射がなされたが、なお続く秋月軍の射撃の前に十分な効果を出すことができない。
その隙を縫うように、歴戦の二将は休松城の正門へとたどり着くことに成功したのである。
その様子を遠謀した本陣では、種実の配下や他の国人たちが我も我もと攻撃を請うたが、種実は首を縦に振ろうとはしなかった。
種実は援軍をあわせれば、なお六千近い兵力を動かせるが、これ以上の兵力を投入するには、休松城は手狭だった。勢いに任せて突撃を指示しても、味方同士で兵の流れを滞らせてしまうのが関の山だろう。
なにより、種実は自家以外の兵力をあてになどしていなかったし、彼らに道雪の首を渡すつもりもなかったのである。
それゆえ深江、大橋らの援護を指示するにとどめた種実に対し、周囲は不満そうな声をもらしたが、種実の若さを侮り、あえてその指示に背こうとする者はいなかった。それをすれば、戦の後、自分たちが毛利に咎められることは明らかだったからである。
内心ではどう思っていたにせよ、彼らが種実の指揮に服している理由はここにある。そのことは種実にもわかっていた。そして――
(それも、この戦で変えてみせる)
毛利家への恩義は終生忘れることはない。だが、それは毛利家に仕えることをよしとすることではない。種実はそう考えていた。
旧領を復し、秋月家をれっきとした大名として周辺諸国に認めさせてこそ、種実の望む復興は成るのである。
そのためにも必要なのだ。大友軍を討ち、鬼道雪の首級をあげるという、誰もが認める大功が。
◆◆
「押せ、押せィッ! 大友はもはや昔日の大国にあらず、異教に蝕まれた愚者の群れぞッ! 鬼道雪といえど恐るるに足らず、我ら秋月が武威を示すのだッ!!」
秋月軍の先頭に立ち、深江美濃守が大音声で呼ばわれば、大友軍の陣頭に立った十時連貞がまけじと言い返す。
「怯むな、押し返せ! 敵軍いかに多勢といえど、所詮は毛利の策略に踊らされる人形どもが、利につられて集まっただけの烏合の衆、九国最強たる我が軍の敵ではない!」
叫びながら、連貞の頬がちょっと赤くなっていたりするのだが、戦の最中にそんなことに気づくほど余裕のある者はいなかった。
大友軍、秋月軍、ともに二千。同数同士の激突だったが、休松城に篭っている分、利は大友軍になった。とはいえ、城外から絶えず矢が射こまれてきている状況では、その利もわずかなものだ。
局面によっては大友軍が押される場面が幾つもあり、一時は秋月勢が城壁を越え、正門を破られる寸前まで行きかけた。
だが、大友軍はそれまで後方で総指揮をとっていた戸次道雪が前線に姿をあらわしたことで士気を高め、かろうじてその危機を回避することに成功する。
城内からあがった歓声に、深江、大橋の二将は敵将戸次道雪が前線に姿をあらわしたことを悟り、わずかに攻撃の手を緩めた。これは道雪を恐れてのことではなく、すでに秋月軍が攻勢限界に達していたためだった。正門を破ることが出来なかった以上、一度軍を立て直すべきだと判断したのである。
だが、二将の思惑はどうあれ、形としてそれまで攻勢一辺倒だった秋月軍がわずかに退いたのは事実だった。これにより秋月軍の将兵の心身がわずかに弛緩したことも。そして――
それを見逃す鬼道雪ではなかった。
城内に侵入した敵勢を排除した道雪は、その勢いのままに正門を開き、自身が陣頭に立って秋月軍へと切りいったのである。
精神的に息をついたところに、怒涛のごとき攻勢を受けた秋月軍の前衛はたちまち混乱を来たした。
ただの攻勢であればともかく、戸次道雪が直接指揮する猛攻である。みずからを輿に縛りつけ、平然と矢玉の中に身を晒す道雪の姿は、まさしく雷神の化身かと思われ、大友軍は奮い立ち、秋月軍は動揺した。
大友軍はもとより、秋月軍にとっても輿に乗った道雪の姿は目新しいものではない。かつて、その指揮によって滅亡に追い込まれた者たちにとって、道雪の姿は憎むべき敵以外の何者でもないはずだった。
だが、それと承知してなお驚嘆を覚えてしまう。感嘆を禁じえない。憎悪以外の何かが湧き出るのを、大橋豊後守は感じずにはいられなかった。
無論、だからといって敗北をよしとするわけではない。
しかし、開戦以来、ひたすら防御に徹してきた大友軍の攻勢は凄まじく、大橋豊後守の一隊は散々に討ちくずされ、二百に近い死傷者を出して後退を余儀なくされる。それは開戦から道雪の攻撃が始まるまでに受けた損害をはるかに超える被害だった。
当然、戸次軍は勇み立った。
大友軍、秋月軍が混戦状態になったことで、弓矢の援護も途絶えた今、ここで秋月軍の主力を撃破することが出来れば、今後の戦は容易になるだろう。
そうして追撃の動きを見せた道雪の部隊を遮ったのは、秋月軍のもう一方の将、深江美濃守だった。
深江の隊は味方を追おうとする道雪の隊に対し、槍先を揃えて、その横腹を襲う動きを示すことで大友軍を牽制し、僚将が退く時間を稼ごうとしたのである。
その行動は上手くいった。あるいは、うまく行き過ぎた。深江の行動はあくまで牽制であり、大橋が退却した後はみずからも退くつもりだったのだが、この時、深江隊の動きに動揺したのか、道雪の部隊が混乱の態を見せた。
深江隊を迎え撃とうとする者、一度退いて距離を保とうとする者、道雪の命令を待つためにその場にとどまる者……時間にすれば、ほんのわずかな、けれど見逃しがたい隙。
そしてその隙を見た瞬間、歴戦の深江美濃守の目には、敵将たる戸次道雪の輿にいたるまでの道筋が見えてしまったのである。
突撃を叫んだのは、武将の本能とでもいうべきものだった。
……後から思えば、それは道雪の誘いの隙だった。だが、あの混戦の中、そこまで巧妙に混乱を演出し、みずからの身を危険に晒すことで敵将をおびき寄せようとは、さすがの深江も思い及ばなかったのである。
ましてや、その誘いに応じた深江隊の動きに即応し、側面を衝いてくる部隊があろうとは予想だにしていなかった。
結局、道雪の横腹を襲おうとした深江美濃守は、逆にみずからの側面を衝かれて痛撃を被った挙句、急襲するはずだった道雪の部隊に手痛く叩かれて退却する。
その被害は大橋豊後守の隊を上回るものとなり、主君である秋月種実は恐れ入る二将を前に、渋面を押し殺すのに苦労しなければならなかった。
◆◆
一通りの報告を聞いた種実は、感情を押しころすことに成功すると、平伏する配下に問いを投げかけた。
「……しかし、道雪の動きを察した上で美濃の横腹に食いつくなんて、なまなかな将では無理だろう。小野と由布はおらず、十時は城門を守っていた。一体誰がその部隊を指揮していたんだろう?」
「……は。拙者もそれを不思議に思っておりました。混乱を鎮めていた際も注意はしておったのですが、見覚えのある顔はなく、それらしき旗印も見当たりませなんだ」
「正体不明、というわけか。まったく、鬼道雪一人でさえ面倒な相手だというのに、その配下まで傑物ぞろいだというから始末に終えないね」
種実はそう言って苦笑する。
その主君の様子を見て、深江はみずからのふがいなさを恥じるように深々と頭を垂れた。
「若、まことに申し訳――」
「美濃、さっきも言ったけど、将であれば失態は功績をもって償えば良い。というか、美濃のこれまでの功績を思えば、一度や二度の失態で責めるような真似ができるわけないだろ? どうせ頭を使うなら、ぼくに下げるよりも、あの鬼の首をどう落とすか、そっちを考えるのに使ってくれ」
「……御意、豊後殿と共に、今一度策を練ろうと思いまする」
「そうしてくれ。定石でいえば夜襲の一つもするところだけど、その程度は向こうも読んでいるだろう。嫌がらせにちょっかいを出すように他の人たちに頼んでおくけどね」
そこまで言って、種実は空を見上げる。
すでに刻限は夜。秋の夜空には半月がくっきりと浮かび上がっている。
そして、時折その輝きを雲が遮っていた。雲の動きは一見してそれとわかるくらいに早い。秋月軍本陣の周囲の草木も、夜半からざわめきが大きくなりつつある。
そのざわめきに耳を傾けながら、種実は小さく呟いた。
「……今日の勝利に酔っているか、戸次道雪? でも嵐が過ぎ去れば、他の大友軍は壊滅する。あなたの軍はこれ以上増えず、援軍も来ない。孤立したあなたを討ち取るために、あらゆる勢力がこの地にやってくるだろう。でも案じることはないよ、彼らが来るまでに、城は陥とす。首級はもらう」
やせこけた頬に、凄絶なまでの微笑を浮かべながら、種実は静かに断言する。
「勝つのは、ぼくら秋月だ」