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No.18194の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第二部 完結】[月桂](2014/01/18 21:39)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(二)[月桂](2010/04/20 00:49)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(三)[月桂](2010/04/21 04:46)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(四)[月桂](2010/04/22 00:12)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(五)[月桂](2010/04/25 22:48)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(六)[月桂](2010/05/05 19:02)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/05/04 21:50)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(一)[月桂](2010/05/09 16:50)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(二)[月桂](2010/05/11 22:10)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(三)[月桂](2010/05/16 18:55)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(四)[月桂](2010/08/05 23:55)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(五)[月桂](2010/08/22 11:56)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(六)[月桂](2010/08/23 22:29)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(七)[月桂](2010/09/21 21:43)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(八)[月桂](2010/09/21 21:42)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(九)[月桂](2010/09/22 00:11)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)[月桂](2010/10/01 00:27)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十一)[月桂](2010/10/01 00:27)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/10/01 00:26)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(一)[月桂](2010/10/17 21:15)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(二)[月桂](2010/10/19 22:32)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(三)[月桂](2010/10/24 14:48)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(四)[月桂](2010/11/12 22:44)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(五)[月桂](2010/11/12 22:44)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/11/19 22:52)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(一)[月桂](2010/11/14 22:44)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(二)[月桂](2010/11/16 20:19)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(三)[月桂](2010/11/17 22:43)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(四)[月桂](2010/11/19 22:54)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(五)[月桂](2010/11/21 23:58)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(六)[月桂](2010/11/22 22:21)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(七)[月桂](2010/11/24 00:20)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(一)[月桂](2010/11/26 23:10)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(二)[月桂](2010/11/28 21:45)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(三)[月桂](2010/12/01 21:56)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(四)[月桂](2010/12/01 21:55)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(五)[月桂](2010/12/03 19:37)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/12/06 23:11)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(一)[月桂](2010/12/06 23:13)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(二)[月桂](2010/12/07 22:20)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(三)[月桂](2010/12/09 21:42)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(四)[月桂](2010/12/17 21:02)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)[月桂](2010/12/17 20:53)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(六)[月桂](2010/12/20 00:39)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(七)[月桂](2010/12/28 19:51)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(八)[月桂](2011/01/03 23:09)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 外伝 とある山師の夢買長者[月桂](2011/01/13 17:56)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(一)[月桂](2011/01/13 18:00)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(二)[月桂](2011/01/17 21:36)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(三)[月桂](2011/01/23 15:15)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(四)[月桂](2011/01/30 23:49)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(五)[月桂](2011/02/01 00:24)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(六)[月桂](2011/02/08 20:54)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/02/08 20:53)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(七)[月桂](2011/02/13 01:07)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(八)[月桂](2011/02/17 21:02)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(九)[月桂](2011/03/02 15:45)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十)[月桂](2011/03/02 15:46)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十一)[月桂](2011/03/04 23:46)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/03/02 15:45)
[60] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(一)[月桂](2011/03/03 18:36)
[61] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(二)[月桂](2011/03/04 23:39)
[62] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(三)[月桂](2011/03/06 18:36)
[63] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(四)[月桂](2011/03/14 20:49)
[64] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(五)[月桂](2011/03/16 23:27)
[65] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(六)[月桂](2011/03/18 23:49)
[66] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(七)[月桂](2011/03/21 22:11)
[67] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(八)[月桂](2011/03/25 21:53)
[68] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(九)[月桂](2011/03/27 10:04)
[69] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/05/16 22:03)
[70] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(一)[月桂](2011/06/15 18:56)
[71] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(二)[月桂](2011/07/06 16:51)
[72] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)[月桂](2011/07/16 20:42)
[73] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(四)[月桂](2011/08/03 22:53)
[74] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(五)[月桂](2011/08/19 21:53)
[75] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)[月桂](2011/08/24 23:48)
[76] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(七)[月桂](2011/08/24 23:51)
[77] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(八)[月桂](2011/08/28 22:23)
[78] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/09/13 22:08)
[79] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(九)[月桂](2011/09/26 00:10)
[80] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十)[月桂](2011/10/02 20:06)
[81] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十一)[月桂](2011/10/22 23:24)
[82] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十二) [月桂](2012/02/02 22:29)
[83] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   [月桂](2012/02/02 22:29)
[84] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十四)   [月桂](2012/02/02 22:28)
[85] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十五)[月桂](2012/02/02 22:28)
[86] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)[月桂](2012/02/06 21:41)
[87] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十七)[月桂](2012/02/10 20:57)
[88] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十八)[月桂](2012/02/16 21:31)
[89] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2012/02/21 20:13)
[90] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十九)[月桂](2012/02/22 20:48)
[91] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(一)[月桂](2012/09/12 19:56)
[92] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二)[月桂](2012/09/23 20:01)
[93] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(三)[月桂](2012/09/23 19:47)
[94] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(四)[月桂](2012/10/07 16:25)
[95] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(五)[月桂](2012/10/24 22:59)
[96] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(六)[月桂](2013/08/11 21:30)
[97] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(七)[月桂](2013/08/11 21:31)
[98] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(八)[月桂](2013/08/11 21:35)
[99] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(九)[月桂](2013/09/05 20:51)
[100] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十)[月桂](2013/11/23 00:42)
[101] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十一)[月桂](2013/11/23 00:41)
[102] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十二)[月桂](2013/11/23 00:41)
[103] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十三)[月桂](2013/12/16 23:07)
[104] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)[月桂](2013/12/19 21:01)
[105] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十五)[月桂](2013/12/21 21:46)
[106] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十六)[月桂](2013/12/24 23:11)
[107] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十七)[月桂](2013/12/27 20:20)
[108] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十八)[月桂](2014/01/02 23:19)
[109] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十九)[月桂](2014/01/02 23:31)
[110] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二十)[月桂](2014/01/18 21:38)
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[18194] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:dee53437 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/01 00:27

 豊前国松山城。
 小原鑑元は配下を遠ざけ、一人、城外の景色に視線を走らせていた。
 彼方に広がる周防灘の海面を滑るように移動しているのは毛利水軍の舟だろう。幾十艘もの軍船が海面を蹴立てて右に左に軽快に動き回る様を見れば、毛利軍の錬度もおのずと知れる。鑑元の目から見ても、大友水軍が敗れたのは至当な結果というべきだった。
 視線を海から陸へ転じれば、城を遠巻きに取り囲む大友軍の陣容が見て取れる。林立する杏葉紋をじっと見据えながら、鑑元は小さく独りごちた。
「……道雪殿のこと、いずれどこかで出てくるとは思っていたが、まさか門司を直撃してくるとはな。してやられた。一日を経ずしてあの城を陥とすなど正に鬼神の業よ。鬼道雪、とはよくいったものだ」


 この時、鑑元の顔に浮かんでいたのは近づく敗北から逃れんとする焦燥ではなかった。笑みと称するには苦すぎる、しかしそれは確かに笑みだった。
 二階崩れの変から今日までどれだけの月日が過ぎたのか。そのほぼすべてをもって大友義鎮――宗麟の動きを注視し続けた鑑元は、熟慮の上で今回の謀叛に踏み切った。準備も戦略も万全には程遠かったが、それでも勝算は確かにあったのだ。
 それが。
 鬼道雪が動いてわずか一月にも満たない間に潰されるとは想像だにしなかった。かつては同じ加判衆として席を並べていたはずなのだが、と乾いた呟きをもらす。ここまで武将としての力量差を明らかにされてしまっては、もう笑うしかないではないか。それが鑑元の本音であった。
 


「これほどの臣を抱えている国は、日の本広しといえど二つとあるまいに……」
 道雪への賛嘆は、同時に宗麟への歯軋りを禁じ得ないほどの憤りに転じる。
 現在の大友家は名臣、名将を抱え、九国探題に任命された大家である――そう思われている。だが、その内実はといえば、当主は異教に耽溺し、同紋衆と他紋衆の溝は広がるばかり、家中にたゆたう不審と不満は留まることを知らず、四方の敵勢力は虎視眈々と爪牙を研ぎ続けている。
 その状況をかろうじて支えているのが、戸次道雪であり、先日他界した角隈石宗であった。彼らの力量は卓越したものであり、実際、鑑元は道雪の前に敗れ去ろうとしている。
 この現実を否定するつもりはないが、道雪とて一人の人間である。石宗亡き今、道雪一人で支えきれるほどに大友家は軽くないとの思いは揺らがなかった。


 大友家が一ヶ月後に滅亡するなどというつもりはない。一年後も、今と変わらぬ大友家であるかもしれない。だが五年後、大友家は九国一の勢力を保っていられるだろうか。十年後、豊後以外の領土を保持することが出来ているだろうか。二十年後、府内が炎に包まれていないと誰が断言できるだろう。
  大友家の衰退はもはや不可避であり、漫然と時が過ぎるのを待つことは、すなわち滅亡を待つことに等しい。鑑元はそう考え、今回の挙に及んだのである。


 府内から門司へと飛ばされたのは、ある意味で幸運だった。宗麟は、鑑元に対して毛利家と交渉する切り札を与えたに等しい。自身の培った勢力に、毛利家のそれを併せれば、現在の大友家を覆すことは可能である。戦将として鑑元はそう判断し、事実、戦況はほぼ鑑元の構想どおりに進んでいた――そのはずだったのだ。あにはからんや、まさか一戦で本拠地を奪われてしまうとは。
「こうも容易くこちらの死命を制されてしまうとはな。思えば鑑理殿の消極的な動きは、わしを門司から引き離すためだったか」
 門司城には鑑元が今回の挙兵のためにかき集めていた武具や糧食が山のように積まれている。くわえて本拠地を失った将兵の動揺は計り知れないだろう。


 もっとも単純に勝利だけを見据えるなら、まだ挽回の余地は残されていた。失われたものは大きいが、方法次第では取り返しがつく。
 といっても独力で、というわけではない。頼みとすべきは毛利軍だった。
 幸いというべきだろう、毛利軍はいまだ松山城への助勢を続けてくれている。毛利軍が門司の陥落を知らないとは思えないため、毛利軍は門司城を失った鑑元を切り捨てるつもりはないと考えられる。
 物資はこれまで通り毛利軍に頼れば良い。門司に篭る戸次道雪を破るのは簡単ではないだろうが、毛利隆元、吉川元春率いる一万の軍勢をもってすれば不可能ではあるまい。


 かくて戦況は再び元通り――否、あの鬼道雪を破ることは、大友軍の士気の柱を挫くに等しい。門司城を奪回すれば、戦況は圧倒的にこちらに有利となっているはずだ。
 その上で、毛利軍と共同して吉弘鑑理率いる本隊を打ち破り、府内に軍を進めて宗麟を当主の席から引き摺り下ろし、そして――


 そこまで考え、鑑元は自らを嘲るようにはき捨てた。
「毛利軍によって城を保ち、毛利軍によって門司城を奪還し、毛利軍によって宗麟を追放し……毛利、毛利、毛利、か。たとえ宗麟を退けたとしても、これではすべては毛利家の勲だ。それではわしが蜂起した意味がない」
 もとより毛利の力をあてにした蜂起であったことは否めない事実である。
 自身はもとより、家族や将兵の命さえ懸けて、九国の半ばを統べる大家に叛旗を翻したのは、他家の力にすがって自分たちの栄耀栄華を求めたから。そのことは否定しない。だが、それと同じくらい――それ以上に求めたものがあったのだ。


 ――変えたかったのだ。異教に呑まれ、穢されていく大友の家を。
 

 異国の宣教師が政治、軍事に介入し、寺社仏閣を破壊し、大友家累代の家臣たちでさえ彼らの顔色を窺っている。亡き朋輩は、こんな大友家を守るために命を、そして名誉を捨てたわけでは決してない。
 肩で風をきって城中を闊歩する宣教師たちの姿を見るたびに、鑑元は腸が煮えくり返る思いだったのである。


「今の大友家を、貴殿はどのような想いで冥府から見ておられるのだろうな……一万田殿」
 今の腐敗した大友家を糾すためにこそ、鑑元は決起した。そのためであれば、豊前一国にくわえて交易の利を毛利に差し出すことも致し方ない。
 むしろ毛利家が異教に犯された大友家を阻んでくれるのならば、こちらから差し出すべきとすら考えた。
 領土など豊後一国で良い。宗麟を当主の座から追い放ち、かつての誉れを取り戻しさえすれば、領土など後からいくらでも取り戻せるのだから。


 だが、戦況がこのまま推移すれば、鑑元は本拠地を失った無能な将として、毛利家と交渉するだけの力すら失ってしまう。たとえ大友軍を撃ち破ることが出来たとしても、鑑元の尻拭いを押し付けられた毛利家が、豊前一国で満足するとは思えなかった。
 鑑元が望むのは、あくまでも大友家に在りし日の栄光を取り戻すことであり、毛利家の傀儡となって大友家を牛耳ることではない。
 そして大友家を統べるべき人物として、鑑元は一人の少年に白羽の矢をたてていた。


 その少年は大友宗家の血こそ引いていないが、同紋衆の一族であるから、血統には何の問題もない。
 少年の父は、二階崩れの変において主家のために汚名を被り、自身の命、名誉、家名、そして家族さえなげうった人物である。その血を継ぐ者として、少年は多くの人々から侮蔑の視線を、時には罵詈を浴びせられたが、そのすべてを弾き返し誇り高く成長している。
 南蛮神教に淫して大友家を腐らせている宗麟とは、人として、そして将としての大きさは比べるべくもない。
 


 だが。
 少年を大友家の当主に据え、大友家を建て直す。当初思い画いていた形での勝利を得ることは不可能となった。それはすなわち、鑑元が渇望した新たな大友家の形が夢に終わったことを意味する。
 事破れたり。
 鑑元は胸中でそう呟く。
 すでに城内の将兵にも門司城が陥落したことは知れ渡っている。というのも、大友軍はその旨を記した矢文を大量に城内に向けて射はなってきたからだ。
 ただ矢文だけであれば、敵の策略だと言いぬけることも出来たかもしれないが、大友軍はとどめとばかりに、門司城の守備を任せていた鑑元の配下を陣頭に立たせ、門司城陥落が嘘偽りでないことを大声で呼びかけたのである。
 小倉と門司の攻め方といい、このあたりのそつの無さといい、今回の大友軍の戦い方には、呆れ混じりに感心するしかない鑑元だった。同時にどこか違和感を覚えもしたのだが、それについては今さら考えても仕方ないこと、と内心で切り捨てる。


 問題はここからどうするかであった。
 抗戦の意義が失われた以上、降伏するのが至当である。鑑元が腹を切り、兵たちに寛大な処分を願えば、道雪や鑑理であれば等閑にはしないだろう。失敗したときの覚悟などとうに出来ているし、これ以上、大友家が惨めに衰退していく様は見たくない。


 だが、と鑑元は腕を組んで考え込む。
 それでは、あまりに毛利に対して礼を失しているだろう。それが心残りであった。
 もし、門司城の失陥と共に毛利が手を引いていれば、こんなことは考えなかったと鑑元は思う。
 叛乱軍と毛利軍の関わりは、あくまで互いの利によるもの。なにも毛利家は鑑元の目的に賛同してくれたわけではなく、自分たちの利益のために兵を出したに過ぎないはずだった。
 その意味でいえば、今の鑑元に利用価値は無いに等しい。無理をおして鑑元を救ったところで、毛利軍には何の利もないのである。関門海峡を欲するならば、とっとと周防灘から引き上げ、陸と海から門司城を攻めれば済む話だった。


 鑑元にはそれがわかる。逆の立場であれば、鑑元とてそうするだろう。それゆえ、門司失陥後も毛利家がかわらず助勢を続けてくれていることが、鑑元には意外だったのである。
 門司城に使者としておとずれた小早川隆景の姿を思い出す。噂に名高い毛利の両川の一角、こと謀略に関して言えば、あの毛利元就に迫る才を持つともっぱらの評判である少女は、内心で身構える鑑元に対し、思いのほか朗らかな笑みを向けたものだった。
 その言葉は明晰かつ思慮に満ち、大友家を変革したいという鑑元の願いと毛利の利益は両立するものとして、こちらを説得してきた。そこに確かな誠意を見たからこそ、鑑元は最終的に首を縦に振ったのだが、内心では毛利家の『謀』を恐れてもいたのである。


 その毛利家が、何の利にもならないはずなのに、まだこちらを助けようとしている。そのことが鑑元の判断に迷いを生じさせていた。
「……有情の謀将、か。なるほど、これは下手に策を仕掛けられるよりも、よほど厄介だ。ここで腹を切れば、主家に叛した挙句、他家の信を踏みにじったと看做されよう。今さら我が身の評を気にかけたとて始まらぬが……」
 後に残る者たちに、大友武士とはその程度のもの、と思われることは出来れば避けたかったのだ。このあたり、自分の言動に矛盾があることは鑑元も自覚していた。
  

 もちろん、単純にこちらを見捨てない毛利への感謝の念もある。
 さてどうしたものか、と胸中で呟いたとき、配下の一人が鑑元に報告を持ってきた。
 大友軍から使者がやってきたという。
 その使者の名を聞いた鑑元は、両の目を見開くと、ただちに招じ入れるようにと命じる。
「……ここで、この人選、か。かなわぬなあ、戸次殿には」
 こぼれ落ちた声は、諦念と安堵が絡み合う複雑なものだったが、鑑元の表情はどこか穏やかさを感じさせるものだった。



◆◆◆



 松山城、城主の間。
「こうして顔をあわせるのは何時以来になるか――久しいな、紹運殿」
 大友軍からの使者を城中に迎え入れ、開口一番、そう口にしたのは紹運殿の正面に座す男性だった。
 かすかに白髪が混ざった髪、疲労を色濃く残した落ち窪んだ瞳、顎を覆う強い髭は剃る暇さえなかったのだろう、手入れもされず伸び放題となっている。
 年の頃は四十過ぎかと思われたが、この人物の顔どころか身体全体を覆う疲労を差し引いて考えると、いま少し若いかもしれない。
 この眼前の人物こそ、今回の叛乱を引き起こした他紋衆の雄たる小原鑑元その人だった。


 紹運殿と鑑元は、共に大友家中にあっては武勇で知られた武将。幾度も戦場で轡を並べたことがあるのだろう。
 その言葉に紹運殿が反応する前に、鑑元はかぶりを振ってみずからの言葉を否定する。
「いや、つい先日まで干戈を交えていた相手を前にして、久しいと言うのも妙な話か。スギサキの武勇のほどは承知していたつもりであったが、敵として相対すると、かほどに厄介なものとは思わなかったですぞ」
 その顔に皮肉の色はなく、率直な懐旧の情が浮かんでいた。


 かつての僚将、現在の敵将からの賛辞を受け、紹運殿は丁寧に頭を下げる。だが、口を開こうとはしない。久闊を叙するために来たのではない、と鑑元に向けられた視線が告げていた。
 今回、大友軍が松山城に使者を発したのは、停戦や講和を求めるためではない。
 門司城が陥落したことは、すでに鑑元ら叛乱軍の将兵も知るところ。こちらが何を求めているかは鑑元も当然察しているのだろう。たちまち表情が引き締まり、その眼差しは刃の鋭さを宿して紹運殿へと向けられた。



 
 今回の正使である紹運がはじめて口を開く。その声音はいっそ穏やかでさえあった。鑑元や周囲を囲む敵将たちに対して怯む様子など微塵もない。
「多言は無用と考えますゆえ、率直に申し上げます。門司城は陥ち、勝機は去りて戻らずと心得ます。小原殿、どうか降伏を。麾下の将兵に関しては出来るかぎり罪科が及ばぬよう、我らが責任をもって取り計らいましょう」
 その言葉に、周囲に座す家臣たちからざわめきが立ち上る。虚飾を排し、簡潔に過ぎる紹運殿の勧告に呆気にとられた様子だった。


 だが、言葉は短くとも、そこに込められた真情に偽りはない。鑑元もまた、それを感じ取ったのだろう。紹運殿への返答は硬く強張っていたが、そこに不快さを示すものは感じられなかった。
「飾りを排し、渾身の一太刀を。将であろうと、使者であろうと、貴殿の在り様は変わらぬな、紹運殿。だが、わしがその勧告に頷けぬことはわかっておられよう。一時の不利で、すべてを諦めるような、そんなやすい覚悟で起ったわけではないのだ」


 そう言うと、鑑元は息を吐き、小さくかぶりを振って言葉を続けた。
「門司城が陥ちたことはどうやら間違いがないようだ。どのような術を用いたか知らぬが、あの堅牢な城をこの短期間でよくぞ、と申さねばなるまい。だが、我が軍の主力はこの松山城にいまだ健在。食料や武具も、変わらず海上から毛利軍が運び入れてくれている。今しがた『機は去った』と申されたが、時を経るほどに困難を増すのは、むしろそちらではないかな。今ここで当方が矛を収めるべき理由は見当たらん」


 その言葉に俺は内心で頷かざるをえない。
 当初の計画では、今の時点で海上の毛利軍は姿を消しているはずだった。そして、本拠地を失って孤立を強いられた鑑元たちは降伏を余儀なくされる、それが俺が画いた戦絵図。
 しかし、鑑元の言葉どおり、毛利水軍はいまだ厳然と海上に展開しており、城内の将兵は門司城を失ったことで動揺こそしているが、抗戦の意思が挫けたわけではないだろう。たしかに鑑元が言うとおり、ここで降伏しなければならない理由は見当たらなかった。


 この展開は十分に予測しえる範囲だった。
 だからこそ、俺はあれこれと頭をひねって打開策を考えていたわけだが――


 不意に、鑑元が表情を和らげた。そして無造作に頭をかきながら言葉を続ける。
「――と、本来なら言うべきところなのだがな。戸次殿の御使者に表面を取り繕ってもはじまらぬ。まして亡き朋輩の忘れ形見の前で、この期に及んで無様を晒すような真似はできぬでな」
 そう言う鑑元の視線は紹運殿のすぐ後ろに向けられていた。


 今回の降伏勧告、正使は紹運殿。副使は――無言で鑑元を見据えている戸次誾という名の少年だった。俺は従者の一人として、席の端に座っているだけである。
 紹運殿にならって叛乱軍への隔意を隠そうとはしているようだが、その鋭すぎる眼光は誾の内心を示してあまりある。狷介な人物であれば、それだけで席を立ってしまいかねない勁烈さであった。
 鑑元は、一時は加判衆に名を連ねていたほどの人物である。誾の視線と内心に気付いていないはずはない。


 にも関わらず、鑑元の表情に変化はない。それは、決めるべきことを決めた者の顔だ、と俺には思われた。
 今は門司城にいる道雪殿が命じたのは、降伏勧告の使者の人選のみである。それだけで十分、というのが道雪殿の言葉であり、実際本当にただそれだけで――降伏勧告の使者に紹運殿と誾が選ばれたこと、ただその一事だけで、鑑元は決断を下してしまったようだった。


 あれだけ悩みまくったのはなんだったんだ、と内心で頭を抱える俺。
 だが同時に、小原鑑元という人物が抱えてきたものの大きさ、複雑さがなんとはなしに理解できたような気もしたのである。
 道雪殿から聞いた二階崩れの変の詳細が脳裏に甦る。今日この時まで、この人はどんな思いで生き、そして戦ってきたのか。 
 そんなことを思っていると、鑑元は誾を見ながらどこか懐かしそうに目を細め、ゆっくりと口を開いた。
「……やはり御父上、一万田殿の面影があるな。あと十年もすれば、生き写しといっても良いくらいに似るだろうよ」


 その言葉に対する誾の反応は素早かった。
 だが、それは肯定的なものではない。父に似ているといわれた途端、誾の顔は明らかに強張り、その眼差しには紛れも無い怒りの色が浮かび上がったのである。
 実の父と似ているという言葉自体に悪意はない。
 ではどうして誾の態度が硬化したのか。
 道雪殿の話を聞いた今の俺には、その理由が推測できた。
 それは誾の父、一万田鑑相が大友家にとって唾棄すべき謀反人であるから。誾にとって、父に似ているということは、すなわち誾を謀反人の子と蔑むことと同じ意味を持つのではないか。
 本人と話をしたわけではないから、それは俺の勝手な想像に過ぎない。しかし、今の誾の反応を見るかぎり、それ以外に考えようがなかった。



 思い出されるのは、悲しいまでに澄んだ笑みを見せる道雪殿の顔。
 二階崩れの変が大友家に刻み込んだ爪痕の大きさを思い、俺はそっと面差しを伏せることしか出来なかった。 



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