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No.18189の一覧
[0] 【ネタ・習作】P3P女主←無印P3男主憑依であれこれ【TS逆行憑依捏造】[みかんまみれ](2010/06/20 16:18)
[1] ●第一回●[みかんまみれ](2010/04/18 01:56)
[2] ●第二回●[みかんまみれ](2010/04/18 12:09)
[3] ●第三回●[みかんまみれ](2010/04/24 14:48)
[4] ●第四回●[みかんまみれ](2010/05/01 19:48)
[5] ●第五回● 4月21日~タルタロス初探索~[みかんまみれ](2010/06/05 21:00)
[6] ●第六回● 4月22日~“魔術師”コミュ発生~[みかんまみれ](2010/06/05 21:09)
[7] ●第七回● 4月23日~『かつて』からの贈り物~[みかんまみれ](2010/05/29 22:03)
[8] ●第八回● 4月24日~“戦車”コミュ発生~[みかんまみれ](2010/05/29 23:18)
[9] ●第九回● 4月27日~『噂』が呼ぶ悪意~[みかんまみれ](2010/06/20 15:59)
[10] ●第十回● 4月28日~“恋愛”コミュ発生~[みかんまみれ](2010/07/17 00:39)
[11] 蛇足もろもろ[みかんまみれ](2010/07/17 00:51)
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[18189] ●第七回● 4月23日~『かつて』からの贈り物~
Name: みかんまみれ◆4e5a10fb ID:809f8e81 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/29 22:03

 複数の商業施設を詰め込んだポロニアンモールの一角には、入居を予定していた店舗が直前でキャンセルしたのか、何の用途にも使われずにデッドスペースになってしまった場所がある。
 2階にあるカラオケ店の真下に位置し、広場から続く路地としておざなりに整備されたそこは、階段の影に隠れて普段から人の目にも止まらない。犯罪行為の現場としてはうってつけに思えるが、幸いすぐ隣が交番であるために、今まで何の事件も起こっていなかった。

 湊は今、その路地の前に立っていた。時刻は放課後、寄り道する生徒や買い物の主婦たちで賑わう中、ただ1人でじっと何も無い路地の奥を見つめる湊はやや浮いている。
 しかし湊だけにはそこにある扉がはっきりと見えていた。路地の突き当たりの壁、その先は建物の外に出てしまうはずの位置に、不自然に存在する青い扉――ベルベットルームへの入り口は、人の意識から外れた場所にぽつんと佇んでいた。
 湊は路地の奥へと足を踏み入れる。扉の前に立ち、ポケットから取り出した青く光る鍵を鍵穴へ差し込んで。僅かにきしむ音をたてて開いた扉、一瞬の意識の空白、そうして次に訪れるのはイゴールの――

「ようこそ、ベルベットルームへ。お待ちしておりました」
「………。誰?」

 イゴールの声、ではなかった。というか、湊が全く知らない相手のようだ。
 立ち竦んだまま室内を見回せば、いつものようにテーブル正面の椅子に座るイゴールの傍ら、『かつて』ではエリザベスがいた場所に控える、1人の男の姿があった。エリザベスと同じ銀髪と金の瞳を持ち、服装もまた彼女のものと似通っている。ただし彼女の装いをエレベーターガールとするならば、この男の方はベルボーイといった趣きだ。
 男はその作り物めいて秀麗な容貌にアルカイックスマイルを浮かべ、隙の無い歩みで近付いてくると湊に手を差し出した。

「お手をどうぞ」
「え? いや、別に自分で…」
「ご遠慮なさらず。お客様をご案内するのが、案内人たる私の務めでございます」
「案内人? あなたが? ……エリザベスじゃなく?」

 混乱した湊は『かつて』との違いを問うが、湊の口から出た名前に、何故か男はピシリと笑みを凍らせた。
 それからかなり無理のある――と言っても湊から見ればさっきまでよりもよほど人間らしい――笑顔を作り直し、怖々といった雰囲気で湊に問い返してきた。

「……あ、姉上のお知り合い…なのですか?」
「知り合いというか、まあ。おれが一方的に知っている、という事になるのか」
「そう、ですか。てっきりあの姉上と同じような凄まじい――失礼。…お、お強い女性なのかと……いえ、余計な事を申し上げました。私の杞憂だったようです」

 あからさまにほっとした様子で息をつく男は、湊が自分の一人称をおれと言ったのにも気付いていないようだ。
 エリザベスを姉と呼ぶのだから、この男は彼女の弟なのだろうか? 確かに容姿はとても良く似ているが。
 謎の答えを求めて湊がイゴールへ視線をやると、イゴールは楽しげに含み笑いをもらしつつも助け舟をよこした。

「これこれ、テオドア。お客人をお待たせしてはなりませんぞ」
「は、私とした事が! さあ、ご案内致します。どうぞこちらへ」
「いや、だからおれは自分で」

 湊の返事を聞かず、テオドアと呼ばれた男は湊の手をとって部屋の中央へ導いた。やや強引であるのは、未だに姉の名を出された動揺から立ち直れていないのだろう。
 男の白手袋を着けた手に促され、湊はイゴールの対面の椅子に掛けた。そこでようやく男は一礼して下がり、最初のようにイゴールのやや後方で直立姿勢をとる。
 笑いっぱなしのイゴールに、湊は単刀直入に切り込んだ。

「で、あれ誰」
「このたび貴方をご案内する事となる、このベルベットルームの住人の1人です。貴方がご存じないとは意外でした」
「おれの記憶だと、案内人はエリザベスだったから。エリザベスの弟なのか?」
「人の姉弟とはやや意味が異なりますが、確かにそのような言い方もできますな」

 曖昧な返答だが、実のところ湊もそれほど興味があるわけでもなかったので、どうでもいい。姉の名が呼ばれる度にぴくぴくとこめかみを引きつらせる男に直接聞くのも哀れであろうし。
 湊がこの話題を終わらせようとしたところで、イゴールは今思いついたといった口調で男に告げる。

「おお、そうでした。お客人がご存知でないのなら、まずご挨拶させねばなりません。テオドアや」
「はい」
「先ほどは少々、無礼でしたよ。ご婦人の手を許可無く握るとは、紳士としてあるまじきです」
「は…誠に、申し訳ございません。私もまだまだ修行が足りぬようです」
「謝罪は私ではなく、お客人に直接なさい」
「仰る通りです……そうさせて頂きます」

 イゴールがやんわりと叱るのに、男は僅かに眉を下げて落ち込んだ風である。
 しかし湊に注目されているのに気付くと、襟を正してその横まで歩み寄ってきた。背中を丸めるようなみっともない真似はせず、腰からまっすぐ上体を折って綺麗にお辞儀する。

「ご挨拶もせず、先立っての無礼の数々。誠に申し訳ございませんでした。今後はさらなる精進を重ねて参りますので、どうかお許し願えませんでしょうか」
「あのくらいで怒ったりはしない」
「ありがとうございます。では改めまして――私、この度お客様の案内人を務めますテオドアと申します。以後、お見知り置きを」
「…有里湊だ。今後ともよろしく頼む」

 エリザベスと違って少々抜けたところがあるように思えるが、基本的に生真面目な男のようだ。
 最初こそ驚かされたものの、慣れれば特に問題があるわけでもない。むしろエリザベスを恐れている様子など、『かつて』彼女の最後の依頼を達成するまで幾度も叩きのめされた湊としても妙な親近感が――。

「湊様ですね。ああ…私は幸運です。『初めてのひと』が湊様のような美しいお嬢様だなんて」
「待て今の発言は何だ」

 前言撤回、やっぱ無理。キラキラするな頬を染めるなこっち見んな。
 自分の今の外見は愛らしい少女である、それは認めよう。でも『初めてのひと』とか意味わかんない。何か卑猥だし。
 湊は一瞬で鳥肌の立った腕をさすりながら、錆び付いたネジのようなぎこちない動きでイゴールの方へ首を向けた。

「どーいういみだ、いごーる?」
「おや、随分と動揺されておいでで…」
「やかましいさっさと話せアレに何吹き込んだ」
「何か誤解なさってはいませんかな。テオドアはただ、案内人としての初めてのお客人が貴方であると言っているのですよ」
「え? ……それだけ?」

 恐る恐るとテオドアに視線を戻すと、相変わらずの輝く笑顔で湊を見ている。その瞳の中に邪な欲望の色は無い。というか、むしろ純粋すぎて湊の方が居たたまれないほどだ。
 ……思わず、そんな目でおれを見るなと叫んで逃げ出したくなった。
 だがとりあえず、これだけは言っておかなければならない。子供の夢をぶち壊すようで心苦しいが、たぶん黙ってたらもっとまずい。

「……とても言いにくいんだが」
「何でしょうか? 私は湊様の案内人。何でも仰ってください」
「あのな、おれは男だ」
「……おかしいですね。耳が遠くなったようです」

 笑みを保ったままかろうじてそう答えたテオドアだが、よく見ると口元が引きつっている。
 見たくない現実というのは、ままあるものだ。だがそれを受け入れなければ、前には進めないのである。

「まあ確かに身体は女なんだけどな、何故か。でも中の人は男だから」
「くっ……な、中の人なんていません…!」
「酷いオチでごめんな? 同じ男として、気持ちはわからんでもない」

 屋久島での野郎3人で挑んだミッションで、真田を尊い犠牲に捧げかけた件を思い出す。あれは詐欺だった。
 だからこそ湊は最初にテオドアに明かすのだ。あの時の自分の絶望を、これから案内人として共にやっていく相手に味わわせたくはないから。そう、これはテオドアへの湊の厚意なのだ。決して反応を見て遊んでいるわけではない。
 湊は部屋の隅で頭を抱えて「男性…でも、身体は女性…いやしかし…」と葛藤し始めたテオドアを、生温かい笑顔で見守った。ちなみにイゴールは一連のやり取りを見ていたが、止めなかったと言っておく。

 しばらくの後、そこには1つの試練を乗り越えた漢の姿があった。
 彼はすっくと立ち上がると、誰に向かってでもなしに、厳かにこう宣言した。

「――やはり私は間違ってはいない。中身が男性であろうと人間でなかろうと、身体が女性であるのならご婦人として丁重に扱うのが紳士たるものの礼儀なのだから!」
「だ、そうですよ。お客人」
「うん。とりあえずおれに被害が無ければどうでもいいな」

 自分がけしかけたくせに、酷い言い草である。
 それというのも、冷静になって考えれば、テオドアが湊の脅威となる事はないだろうとわかるからである。何せ自分で紳士とか言っちゃうくらいなのだから、よもやこっちの意思を無視して襲い掛かろうなんてするはずがない。
 こいつは安牌。男である自分を偽る必要も、無闇にあちらの反応を恐れる事もない、楽な相手だ。
 ……ある意味では、湊がテオドアに心を開いていると言えるのかもしれなかった。もっとも、テオドアとしてはそんな認識をされても嬉しくないだろうが。


 湊は気を取り直して、今日ベルベットルームを訪れた理由、新たなペルソナを生成したいという旨を告げた。イゴールはこの世界においても湊が複数のペルソナを扱えると言ったが、『かつて』と違って戦闘により直接ペルソナを入手する事はできないようだった。
 ではどうやって新たなペルソナを手に入れるのかと訊いた湊に、以前イゴールはこう答えただけだった。
 すなわち、“コミュニティ”が貴方の新たな力となるでしょう、と。

「あれからコミュが2つできた。これで新しいペルソナを作れるんだな?」
「――ほう、“魔術師”と“審判”ですな。では早速始めると致しましょうか。テーブルの上のカードをよくご覧下さい。伏せられたそれらのカードは、貴方の中に生まれた『他者に向ける心』の欠片です……」

 イゴールは“マインドマンサー”である。ベルベットルームを訪れる契約者たちの手助けをし、彼らの内に眠る心の欠片を集めて、1つのペルソナとして呼び覚ますのだ。
 彼が契約者の心の欠片を見出すために象徴として用いるものは、主にタロットカードの大アルカナである。今回彼は湊に対して、小アルカナまで含めたタロットカードのフルセット、計78枚を使った。
 イゴールの指示通りに湊がカードの束の上に手をかざすと、そこから数枚のカードが独りでに飛び出して、床に落ちてしまった。

「……いいのか? カード落ちたけど…おれのせい?」
「テオドアが拾ってくれますので、お気になさらず。あれらは現在の貴方には生み出す事叶わぬペルソナです。発動も降魔もできぬ、言うなれば相性最悪なアルカナですな」
「最悪って……」
「逆に最良の相性もございますぞ。こちらは発動に必要となる精神力が半分で済む。貴方の今の心の根幹たる“恋愛”のアルカナです」

 落ちたカードは、全て大アルカナであった。
 にこやかに拾って見せてくれたテオドアの手の中にあるのは、“愚者”“女教皇”“正義”“運命”“剛毅”“節制”“塔”“月”“世界”の9枚だ。
 湊が“世界”のカードを見るのは初めてである。確か“宇宙ユニバース”と同じ意味であると記憶しているので、今の自分に作り出せないというのは当然かと思う。“愚者”についても、ワイルドの資格を失ったために作れないのだ、と考えられる。
 しかしそうなると、残りの7枚が相性最悪というのは何故だろうか? 何か法則性があるような気もするが、あと少しのところで正解が出てこない。
 では逆に他の、相性が最悪でないアルカナの共通点とは何だろう。“恋愛”は相性最高という事で、これも例外として考える。
 イゴールはペルソナの生成にコミュが関わると言った。しかし今の自分が持つコミュは2種類だけだ。
 ならば対象となるアルカナと、コミュとの関わりとは一体――

「――あ、」

 思わずもれる声。そうだ、気付いた。
 対象アルカナ“魔術師”“女帝”“皇帝”“法王”“戦車”“隠者”“刑死者”“死神”“悪魔”“星”“太陽”“審判”――これらは皆、『かつて』湊が築いたコミュに対応するアルカナなのだ。
 かけがえのない絆で結ばれた人もいれば、真に分かり合う前に湊自身の死で別れねばならなかった相手もいる。けれどコミュを築いたという事は、彼らから湊へ、そして湊から彼らへと向ける心が確かにあったという証なのだ。
 湊が彼らと関わったという事実は、影時間の消失とともに忘れられてしまった。しかし今、湊の中でその記憶が存在し続けているように、きっと彼らの中でも湊へ向けた心は「無くなった」わけではないのだ。
 友近、小田桐、文吉爺さんに光子婆さん、宮本、Y子とりうみ、舞子、ファルロス、たなか社長、早瀬、神木……

「おや、これは…」

 イゴールがその血走った目を、驚愕にさらに見開く。
 テーブルの上の束から、今度は湊もイゴールも何もしていないのに、飛び出してきた何枚ものカード。それらは床に落ちる事なく宙を滑り、湊の周囲に円を描くように浮かんで光を放ち始めた。
 やがて輝くカードそれぞれから、見覚えのあるペルソナの姿が1つずつ現れる。
 同時に、今はもう――あるいは『まだ』――聞こえないはずの人たちの声が脳裏に響いて。

 魔術師ネコマタ――友近。
『よう、元気でやってるか? えらく可愛い姿になっちまったんだなぁ…おっと、オレの守備範囲は年上だから安心しろよ』

 皇帝フォルネウス――小田桐。
『久々だな、有里君。やはり君は、僕が見込んだ人間だった。今は新たな難題にぶつかっているようだが、君ならば前以上の結果を残せると信じている。それに…今回限りは僕も君の助けになれそうだ』

 法王オモイカネ――文吉爺さん、光子婆さん。
『こりゃ何とした事じゃ! 婆さんや、湊ちゃんが女の子になっちまったぞ!』
『まあまあお爺さん。男の子でも女の子でも、湊ちゃんは湊ちゃんですよ。私たちの可愛い湊ちゃんを、助けてあげましょう?』

 戦車アラミタマ――宮本。
『女になったんなら、部活違っちまうな……また1年終わったら男に戻ってねえかな? ――生きて戻って来いよ。んで、次の年こそ一緒に大会出ようぜ』

 隠者ヨモツシコメ――Y子とりうみ
『ちょっとぉ、ヨモツシコメって黄泉醜女って書くんだよ! ヒドくない!? ってか、リアルとっくにモロバレだったとかY子恥ずかしすぎて死んじゃう (*ノ∀`*テレッ』

 刑死者イヌガミ――舞子。
『もー! 大人になったらおにいちゃんのおよめさんになったげるって言ったのに! やくそくやぶったらいけないんだよ! わんわんも怒ってるんだから…ちゃんと帰ってこないとだめだよ!』

 悪魔リリム――たなか社長。
『なーに、アンタって随分罪作りなオトコじゃない。言っとくけど、アタシはオンナには厳しいわよ? そのメイクちょっと薄すぎるわ、オトコ引っ掛けるんならもっとクッキリした配色じゃなくちゃ』

 星ナンディ――早瀬。
『何やら妙な事になってるみたいだが、お前ならきっとどんな場所でも頑張っていける。それでももしお前が逃げ出したくなる時があったら…俺を思い出せよ。お前のライバルだった、早瀬護をさ』

 太陽ヤタガラス――神木。
『やあ……。まさか、僕よりも早く君が逝ってしまうなんて思わなかった。わかっていたら、なんて言うのは無しにするよ。ただ、君が良ければ…そちらの僕と、もっとたくさん話してやってくれるかい』

 次々に掛けられる声はどれも温かく、そしてちょっぴりの困惑も混ざっていた。
 これは湊が想像する彼らの言葉なのだろうか? それとも、本当に世界を越えて『かつて』の彼らが想いを届けてくれたのか。
 真相はわからない。けれど確かに、それは力となった。浮かび上がったペルソナたちは、光の粒子に姿を変えて湊の身体に吸い込まれていった。ペルソナを放出したカードは光を失い、再びテーブルの上の束の中へと戻っていく。
 残ったカードは、後3枚。だが湊が自らの内に宿しておけるペルソナの最大数は、12である。恋愛ピクシーが最初からあるので、今宿った9体を合わせると、残りの枠は2つ。
 どうなるのかと思っていると、不意に湊の耳元を小さな子供の笑い声がかすめた。

『今回は僕は他のみんなに譲る事にするよ。みんなと違って、僕はこっちでもそっちでも同じ僕だしね』
「……ファルロス? …いや、――綾時?」
『同じだよ。だから、僕の事で悩まなくても大丈夫。君の幸せを、願ってるよ』

 声が遠のくのに合わせて、“死神”のカードから光が消える。そしてテーブルに戻る前にくるりと湊の周りを一回転し、その後も束に直接戻らずに、テーブルの端で表側を向けて倒れた。イゴールがそれを手にとって「自己主張の強い“死神”ですな」と呟いた。
 ファルロスの言葉の意味を考える間にも、次のカードがペルソナを映し出す。“審判”のカードはチカチカと光を明滅させ、その度に違った相手の声がかぶさっては騒ぎ立てる。

 審判アヌビス――ゆかり、順平、真田、風花、アイギス、天田、コロマル……
『うわぁ…何か、……何て言ったらいいの? や、また君が生きられるって事は、いいんだけどさ…』
『おっほぉー。変わっちゃったなオマエ! こりゃもう、ハイレグアーマー着けてみるっきゃないだろ! ハイレ――ぶぇ』
『目標の沈黙を確認。任務完了です』
『アイギス、さすがです! …って、順平くん……えっ、大丈夫だよね?』
『順平さんって、本当に一言多いですよね。あ、僕は別にいいと思います。必要なら着けるべきじゃないですか、どんな防具でも』
『まあ、何だ。そっちの俺たちともうまくやれそうで、一安心だ。……シンジの事で無理するなよ。お前のせいなんかじゃないんだ』
『ワンッ、ワン!』

 ……感動とは別の意味で拳を握りたくなる一言もあったが、既に制裁されたようなのでよしとしよう。
 今の彼らとは違う、互いに全く遠慮が無いというか、色々と駄々漏れな雰囲気である。けれどその中に感じられた、湊への心配や励ましの感情。

『――てめぇのしたいように生きろ。俺は説教なんてガラじゃねえからな、アイツに任せる』

 光を失う間際、カードから微かに聞こえたのはあの人の声で。湊が「アイツ?」と訊き返すものの、答えは無く束に戻っていった。
 そうして、最後。湊の正面へと舞い降りてきて、ペルソナを投影する“女帝”のカード。
 現れた半透明の姿は、床までつくほどの金髪を背に流し、漆黒のドレスを纏って知恵の輪を手にした女。女帝リャナンシーだ。
 リャナンシーは、これまでの他のペルソナと違って、まるで本当の人間のように表情があった。哀れむように、愛しむように、静かな瞳でじっと湊を見つめていた。その口が、ゆっくりと開かれて。

『君は……時々、酷く愚かになるんだな』
「美鶴…?」
『恐らく、この「私」が何を言おうが今の君には届かないだろう。きっとこれは、君が自分で…あるいはそちらの「私」が、気付かなければいけない事だ』
「美鶴? …何を言ってるんだ? おれは、」
『君が再びの生で何をしようと、誰を選ぼうと、それは君の自由だ。だから本当はこんな事を言うべきじゃない。わかってる……ああ、やはり私も愚かな女というわけだ』

 美鶴の声で話すリャナンシーは、湊の問いに答える事はしなかった。ただ、ふっと悲しげに微笑んで。

『それでも、これだけはどうか言わせてくれ。――君を、愛している。……ずっと』

 リャナンシーはふわりと宙を蹴って、その白い腕を湊の肩口に絡ませた。椅子に座ったままの湊の膝に乗り上げるように身を寄せ、唇同士が今にも触れ合いそうな距離で――しかし、触れる直前で彼女の姿は朧に霧散した。

「……美鶴?」

 存在が消失したのではない。他のペルソナ同様に、光の粒となって湊の中に戻っていっただけだ。
 でも、もう名前を呼んでも声が返ってくる事はない。
 湊は彼女の言葉の意味を考えてみるが、やはりよくわからない。……わかっては、いけない。
 まるでもう2度と会えない別れの挨拶みたいだなんて、そんな馬鹿な事を思ってはいけないのだ。

 テオドアが、神妙な表情で湊に何かを差し出した。
 湊の視界は歪んでいて、それが何なのかよく見えない。頬を伝う、冷たい感触がある。
 湊が差し出されたものを受け取らぬままでいると、テオドアは「失礼致します」と一言断ってから、それを優しく湊の頬に押し当てた。両頬を同じように真っ白いハンカチで拭き取られて、ようやく湊は自分の状態に気付いた。

「……あれ? …何で、――おかしいな、涙なんて、おれ」
「湊様は、“悲しい”のですか?」
「悲しくなんてない! そんなはずない、だって美鶴はちゃんとおれのそばにいるんだ、……寮に帰ればお帰りって言ってくれて、おれに期待してるって笑いかけてくれて…!」

 ……そうだ、『桐条美鶴』は今も寮で自分の帰りを待ってくれているはずだ。
 自分が愛する彼女。今しがた、自分をずっと愛していると告げてくれた彼女。そして未だ自分を愛してはいない――、

「違う。いや、違わない? …そう、そうだよ、美鶴……美鶴は美鶴だ。おれの大事な美鶴…」
「『美鶴』様――湊様は、その方のために悲しまれている?」
「控えなさいテオドア。それは案内人の分を越えています」

 この日2度目のイゴールの叱責は、初めのそれとは異なって、有無を言わせぬ厳しさをはらんでいた。
 テオドアは納得のいかないような、まだ湊を気にしている態度だが「…差し出がましい事を申しました」と謝罪して、ハンカチをしまうと後方の定位置へ戻っていった。
 だがイゴールとテオドアのやり取りなど、湊には聞こえていないのかもしれない。涙がおさまってなお、自分自身に言い聞かせるかのごとく、ぶつぶつと独り言を繰り返している。

 室内には湊の呟く声と、イゴールがタロットカードをシャッフルする音だけが響いていた。
 ベルベットルームでは常に流れているはずの、どこか懐かしさを感じる女性の歌声もいつの間にか止まっていた。あれは“全ての人の魂の詩”――自らを騙して心を閉ざす、今の湊には感じ取れないのだろう。


 それからどのくらい経ったのか。
 湊が不意に大きく息をついて顔を上げた。その表情に憂いの影は見当たらず、もうさっきまでの自分が何を言っていたのかさえ忘れてしまったようだった。
 歌が再び、青い部屋を満たしてゆく。

「……ああそうだ、ペルソナ。これで12体、フルに持ってるんだよな。また違うペルソナを作りたい時は、どうすればいい?」
「既にお持ちのペルソナを帰還させて、枠を空けていただく事になりますな。戦闘で経験を積ませ、スキルを覚えきったペルソナを帰還させれば、アイテムに姿を変えて貴方のさらなる力となってくれるでしょう」
「そっか。じゃあ、ペルソナじゃなくなっても形として残るんだな。みんなを消すみたいな気分にならずに済みそうだ」

 軽く笑ってさえ見せた湊だが、その声はどこか空虚であった。
 気遣わしげにこちらの顔色を窺うテオドアにも、湊は何も気付かない。
 イゴールはいつもと変わらぬ調子で、カードの束をテーブルに置き直すと両手を組んだ。

「さて、今回のペルソナの生成過程はあくまでもイレギュラーであると考えていただきたい。本来はこれらのカードを用いて貴方の中から『他者に向ける心』を汲み上げ、1つのペルソナとして呼び出すのです」
「そのためにコミュが必要?」
「左様。今貴方に宿っているアルカナも含め、それよりも上位のレベルのペルソナを生み出すためには、新たなコミュを築き、またコミュの絆をさらに深めねばなりません。より一層他者へと心を注ぎ、他者からも心を預けられる事が肝要です。それにより汲み上げられる『他者に向ける心』も増え、生成できるペルソナも多様なものとなりましょう」

 つまりペルソナが欲しけりゃ、とにかく何をおいてもコミュれ。
 段々と抽象的でわけがわからなくなってきたイゴールの説明を、湊はそう総括してすっとばした。
 他に重要な部分と言えば、『かつて』コミュを築いていてさらに今もコミュを発生させた“魔術師”と“審判”については、“恋愛”同様にアルカナ相性が最良となって発動コストが半分になった事。
 また現在は相性最悪なアルカナも、対応するコミュが生まれれば、生成と発動が可能な程度には相性が好転するらしいという事。
 他には……。

「発動に必要な精神力が、スキルごとに決まってるんじゃなく、ペルソナごとに固定ってのはしばらく慣れないかもな」
「たとえばレベル8のリリムに使わせるマリンカリンと、レベル39のナンディに使わせるマリンカリンでは、ナンディのマリンカリンの方が疲れます。現在の貴方の精神力だと、ナンディを日に何度も発動するのは厳しいでしょうな。相性最良となってコスト半分で済むアヌビスでも、やはり多用はできぬかと。ただし、発動せず降魔させておくだけならば精神力の消費はありません」

 発動はしないにしても、現在の自身より遥かに上のレベルのペルソナを降魔しておけるというのは、武器による直接攻撃力や敵の攻撃への耐性などの点で有利である。自身のレベルとペルソナのレベルの差による、暴走などのデメリットも特に無いと言う。

「ふーん……最初はどうかと思ったけど、やりようによっては前より楽になるかもな」
「他にご質問はありますかな?」
「いや、今日はここまでにしとく。今夜あたり早速タルタロス行ってみて、具合確かめて…何かあればまた来るよ」
「そうですか。では、テオドア」
「はい。どうぞ、扉までお送り致します」
「別にいいって言ってるのに…」

 断固として譲らないテオドアに根負けし、「ま、どうでもいいか」と湊は彼の手をとって椅子から立ち上がった。
 扉の前まで来るとテオドアは少し下がり、文句の付けようが無い礼で湊を見送った。

「またのご来訪をお待ちしております、湊様」
「……ああ、またな」

 湊が扉を抜け、また扉が閉まって、外の世界から射し込む光が一筋も残さず消えるまで。
 テオドアはじっと頭を下げたまま動かず、姿勢を戻した後もただただ湊が去った扉を見つめていた。
 そんなテオドアの様子を観察し、イゴールがため息とともに口を開いた。

「テオドアや」
「……はい」
「貴方にとって湊様は初めてのお客人…心を傾けるのもわかります。ですが、案内人とお客人の関係を越えてはなりませんよ」
「…私は、湊様に“心”を傾けているのでしょうか?」
「それがどれほどの深さであるのかは、私にも量りかねますがね。好奇心程度か、確かな絆を求めるほどか、はたまた恋心――いえ、これはいくら何でもありませんか。湊様はあの通り、精神は男の方ですからね」

 イゴール自身も、“心”が何なのかという問いに明確な答えを持ってはいない。
 マインドマンサー、心の海を自在に泳ぐ術を持つ者と言えども、その全てを知り尽くしているわけではないのだから。
 そのイゴールが創造した存在であるテオドアもまた、“心”について思い悩む事もあるだろう。今真剣な表情で己の感情と相対しているテオドアを、イゴールはまさに親の心境で見守る。
 ――と、その真剣なテオドアが、真顔のままこちらを振り返って。

「でも身体は女性ですよ?」
「黙りなさい」
「はい…」

 イゴールに笑顔で一蹴され、テオドアはすごすごと部屋の奥に下がっていった。
 客人の悩みに直接答えを与える事はできないが、せめて新たな悩みというか頭痛の種を与えるような事は避けたい。こんな事ならエリザベスの方に任せるのだった、とイゴールが後悔したとかしなかったとか。
 ともあれ、湊の気付かぬところでまた新たな絆の芽が顔を出したのだった。


     ――初稿10/05/24
     ――改稿10/05/29


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