お爺さんが灰になったあの夜から数日が過ぎた。
初め、お婆さんは何も考えられなくなったかのように呆然とし、食事もとらず部屋から出てくることは無かった。
そんなお婆さんを気遣って、マリーは色々世話を焼こうとしていたが、どれも無駄となっていた。
他の子供のみんなも目に見えて落ち込んでいた。やはり親しい人との別れとは何かを思わせるものなのだろう。
僕はお爺さんとは数度話した事のある程度の関係だが、他のみんなはそうではない。
行き場を失ったみんなにとって、お爺さんは親と呼んでも差し支えなかった。
別れる人との繋がりが強ければ強いほど残される者の悲しさも比例して強くなる。
しかし、繋がりが薄いといっても、僕には拾ってもらったという恩や、名前を思い出す切っ掛けをもらった恩がある。
それを返せないまま別れることになったのは、残念でならなかった。
お婆さんが引きこもって三日が経った時、お婆さんは何かを思い出したかの様に急に行動を取り始めた。
まずお爺さんの死の公表。
お婆さんとお爺さんは昔一世を風靡した占い師だということは以前にマリー達から聞いていた。
既に世間から身を引いていたとしても、そんな有名人が亡くなったとすればいずれは世間が気づく。
無用の混乱を避けるためにメディアにお婆さんはお爺さんの死を伝えたのだ。
ただし、死因については一切触れず。
目の前で灰になって消えました、と言っても誰も信じず、余計な詮索を受けるからだろう。
そして、"サイレン"についての事。
今、世間では謎の失踪者が出ており、全国連続神隠し失踪事件として世間を騒がせているらしい。
その失踪が、『秘密結社 サイレン』に関係している、と言うのがネットでの通説である。
『秘密結社 サイレン』とは、現実が嫌になった者達を集め、新たなる「楽園」へと導く者。
その使いが、怪人ネメシスQと呼ばれる存在で、サイレンへの唯一の連絡回線に繋がる赤いテレホンカードを人々に授けるのだという。
ありふれた都市伝説。
そんな話に、お婆さんは五億円の懸賞金を懸けた。
そのため、単なる与太話でしかなかったサイレンは急に世間に認知され、賞金を狙う者、謎を追求する者、様々な思惑達が交差し、
サイレンは社会現象へと上りつめたのだった。
懸賞金を懸けたのがお爺さんの死の公表と時期を同じにしていたという事も、世間の人達に色々と勘ぐらせ、騒ぎに燃料を注ぐ事になっていたのだと思う。
それらの事を一先ず終えると、お婆さんは子供達(僕も含む)に事情を説明した。
お爺さんが死んだのはサイレンが原因であると言うこと、世界は近いうちに崩壊すること、
そして世界の崩壊とサイレンは関係が有るだろうと言うこと。
みんなは信じられないと言った様子だったが、お婆さんが予知夢で見た事とお爺さんからのテレパスの話を告げると信じずにはいられないようだった。
そして崩壊を防ぐ事に力を貸して欲しいとみんなに頼んだ。
それは親が子供に手伝いを頼む様な物ではなく、僕たち個人個人に対しての嘆願だった。
みんなは思い思いの表情を浮かべながらその願いを承諾したのだった。
僕は、いきなりのスケールの大きい話に戸惑ったのだが、恩のあるお婆さんの頼みを断る道理は無いので、頷いた。
少しでもサイレンの情報が欲しい、そう言ったお婆さんの目は、怒りや悲しみが坩堝のように溶け合わさっているようだった。
その目を見たから、手伝いたいと思ったのかもしれない。
世界の崩壊を止めるにはどうしたらいいのか。
差し当たって思いつくのは、この身に宿るPSIの力の強化と、サイレンの情報の収集だった。
PSIを用いるような事態になるのかも分からないが、せめてみんなと同じ程度には力を扱える様になっていないと、みんなと肩を並べて過ごす事はできない。
いざという時、足を引っ張りたくはないから。
サイレンの情報については、ネット上の噂で知りうる域を出ることは無かった。
なにせ、サイレンへ行って帰って来た者は居ないとされている。話を聞く術も無いのである。
実際にサイレンへ行く体験でもしない限り、進展することは無さそうだった。
力については、最初PSIを使い始めた頃よりは遙かにマシになってきたように思う。
僕が模倣した力の持ち主、マリー、カイル、シャオに教わりながら修行する。
テレキネシスの筋力トレーニング、いやPSIトレーニングとでも言うべきか、少しづつ重い物を持ち上げる訓練、
PSIと空気をブレンドさせ、大気のブロックを作り出し、その数を増やしていく訓練、
PSIの流れを掴み取り、目ではなくPSIで世界を見る訓練、等々。
オリジナルの力に遙かに及ばなかったが、訓練を続けていくうちに、少しずつ力が着いていくのが分かった。
「じゃあ、マテリアル・ハイは空間に対して固定される物で、そのままだと空間的なベクトルで移動することはないんだな?」
「あー、マテリアル・ハイの特性なんか考えたことなかったけど俺の感覚だとそんな感じ。
だから上に物が乗っても大丈夫なんだろな」
「それで、固定解除(フォールダウン)することで空間位置が変更可能になると」
「・・・そうだな。だいたいそんなとこだ」
「いったん作り出してしまえば力を供給し続けなくてもブロックは消えないと。それで、作り出せる形状についてだけど・・・」
「・・・あー!!もう!そんなことよりサッカーしようぜ!!
今度は超能力三次元蹴球(サイキックディメンジョンサッカー)だ!!」
「えー・・・でも修行しないと・・・」
「怖いのか。そうかそうか。ファイはチキンだな(笑)略してファイチキ」
「いや、ファミチキみたいに言わないでよ。
・・・でもまあ挑発に乗らない手はございませんな。負けた方は晩御飯のおかずを一品献上だ!!」
カイルとはいつもこんな感じ。
カイルは、世界崩壊について特に深刻には考えていないようだった。まだ先の話、それもいつ起こるか分からないからだろうか。
何をしたら良いのか分からないというのもあるだろう。
ただ、崩壊は起こる、と言うお婆さんの言葉は信じ、カイルなりに思うところはあるようだった。
――・・・
「それでね、大きい物を動かすだけじゃなくて、小さい物を思い通りに動かす事もした方がいいと思うの」
「コントロール面かー。大きい物を動かすだけならあんまり頭使わないんだよね?」
「うん、使うPSIの量は多くなるけど、動かすだけならね。でもテレキネシスって力の質を考えると、どっちも大事だよ。」
「じゃあ、何をすればいいのかな?」
「えっと、じゃあファイ君はこの洗濯物の山、テレキネシスをつかって運んでついでに畳んでくれないかな。お願いできる?」
「おー、マリーの修行法は実用的だねぇ。流石家庭的なマリーだ。癒される」
「そ、そんなことないよ・・・むしろごめんね?なんか仕事押しつけちゃったみたいで」
「いやいや、僕がやらせて欲しいって言ったんだから気にしなくていいよ。・・・それと、出てきたらどうかな。そこの人」
「えっ?」
「ちっ、ばれたか。それよりなんでマリーもそんな奴に構ってんのよ。いつからそいつの味方になったのよ」
「えぇっ!?フーちゃんいたの!?それに味方って家事のお手伝いしてもらってるだけだよ!」
「ほーう、家事手伝いねぇ・・・
ところでつかぬ事を聞くけどその手に持ってるアタシの下着はなんなのかしら・・・」
「・・・あー。分けるの忘れてたっぽいな。・・・弁解の余地は?」
「逆に聞くけど、有ると思う?」
「・・・いや。じゃあすることは一つかな」
「この変態がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「さて、逃げますか。ごめん、マリー!帰ってこれたら手伝うよ!!
あと、その影にいるシャオも出てこいよ!じゃっ!」
「えっ」
「えっ」
「シャオ君?なんでそこにいたの?」
「い、いや・・・き、今日はいい天気だな」
「あ、お手伝いしてくれるのかな?じゃあ、そこの洗濯物お願いね」
「あ、ああ・・・」
マリーとはこんな感じ。
マリーは崩壊について、自分にできることは少ないかもしれないが、できることは何でもしたいと言っていた。
自分がそんな大きな事に立ち向かうのは怖いけど、みんなとなら・・・という感じ。
やはり、マリーもマリーなりに覚悟を決めていた。
――・・・
「これでいいの?」
「ああ、そのまま目隠しを取らずに、心羅万招を使ってオレの攻撃を避けてみろ」
「よし、おーけー」
「じゃあ行くぞ。・・・ふッ(なにマリーと仲良くしてんだオラァ!!)」
「(とてつもない殺気を感じる!!!)」
「・・・はッ(手!手が触れてた!!)」
「(見るんじゃない、感じるんだ!!というか、怒りで意識がだだ漏れだからあんまり難しくない!!)」
「(・・・せいッ)次マリーと仲良くしてたら修行にみせかけて張ったおす!!」
「・・・あの、心の声と逆になってない?」
「えっ」
シャオとはこんな感じ。
多分、シャオはみんなの中で、一番真剣に事態について考えていたと思う。普段彼はは真面目なのだ。
マリーの事になったときは、・・・まあいいや。
他には、複数の能力を同時に使う訓練など。
これは右手で円を描くのと同時に左手で三角を描くのが非常に難しいのと同じなようなもので、非常に演算が複雑なため難易度が高く、
PSIの使用量がおよそ倍になるため、負担も倍増し頭が焼き切れそうになって鼻血と血の涙の出血大サービスになったりと大変だった。
だが、これを身につける事ができれば、それは僕だけの特殊な力になる。
これは課題と言ったところだろうか。
訓練をしている間、フレデリカがこちらをチラチラと見ていた様だったが、結局僕単体に絡んでくる事は無かった。
ヴァンも僕の修行には興味が無いようだった。
時が流れていく。
それは無事に明日を迎えられる喜びと、いつ訪れるか分からない破滅への怯え。
雨の降る日も少しずつ休憩を挟むようになっていく。
僕が何を思っていようがお構いなしに日は昇りそして沈むのを繰り返していった。
――そして七月
◆◆◆
右手には坂になっており、左手は開けており海が広がっている。周りには人影は無い。この道を通る車も稀であった。
左手の海からの潮の香りが混じった風が坂のの上の木々を揺らしている。遠くには富士山が見えた。
夏の日差しが降り注ぐが、左手の崖の影にあるこの位置では直接日を浴びる事は無い。全体的に色素が薄めな僕にとってはありがたいことだ。
僕は交通事故に遭った、あの始まりの日の場所のあたりを訪ねていた。
正確な場所へ行きたかったのだが、事故にあった時周りが暗かったのと、僕自身が錯乱状態にあった事もあって場所を覚えて無く、
仕方なくお婆さんに僕を拾った場所を教えて貰い、その辺りを訪ねるしかなかったのだ。
何か僕の出生を探る手がかりになる物が見つかるかもしれないと以前から度々ここへは来ていたのだが、やはり得る物は何もなかった。
エルモア・ウッドで目が覚めてから初めてここへ戻ってきたのは事故に遭ってから一週間は経ってからだったのだが、
それだけの時間が経ってしまっていたのなら仕方のないことなのかもしれない。
しかし、お婆さんが言うには僕が目を覚ますまで、それから目を覚ました後もこの交通事故がニュースなどで取り上げられる事は無かったと言う。
そして代わりに報じられていたのは、乗用車が坂から転落したと言うニュース。
乗用車に乗っていた人は即死だったという。
それを知った時、そんな馬鹿なと思った。
なにしろ、僕がその事故を体験したのだ。あれは夢だったのだろうか?いや、そんな筈はない。
燃えさかる乗用車、血みどろのその運転手、目の前で爆散したトラックの運転手、
むせかえるような腐臭、死体を踏んだあの感触、壁にぶつかった時に切った口の中の血の味、
足の裏に染みていくアスファルトの冷たさ、トラックの運転手の何かに怯えたような血走った目。、
そして、僕と同じ顔をしたたくさんの死体達。
とても忘れられる物ではない。
ふとした瞬間にあの光景がフラッシュバックし、平衡感覚を失ったかのように世界が回り、吐き気を催した事も数度有る。
とにかく、不自然なのである。
あの事故がまるで起こらなかったかのようにされている。
何故隠蔽されたのか、何を隠したかったのか。
ぼんやりとした予想は立つものの、答えが与えられるわけでもない。
ただ、その誰かが隠したがっていた物の一部が僕であると考えることは正しいのかもしれない。
目をつぶってそんな事を考えながら、僕は潮風を胸一杯に吸っていた。
今日この場所を訪れたのは、手がかりを探しに来たのでは無い。
心を整理しておきたかったのだ。これから始める旅の前に。
エルモア・ウッドでみんなとふれ合い、時を重ねていくのは、とても心地が良いものだった。
何不自由なく過ごす毎日。記憶がない僕にはその生活が全てだった。
天樹院家の一員として生きる新しい僕。
しかし、その場所が心地よくなればなるほど、愛しく思えるようになればなるほど、
お前は誰だ、と暗い所から囁き声が聞こえる様な気がした。
新しい繋がりに安堵して、また以前の自分が誰か分からない事に不安する。
このままでは、駄目だと思った。
やはり自分が誰なのかを知らなければ、前へは歩き出せない気がした。
そしてエルモア・ウッドに、暖かい巣に籠もっていては何も変わらない、そう思ったのだ。
お婆さんに相談した時、お婆さんは優しい顔で理解を示してくれた。
かわいい子には旅をさせろ、だとか。
外を見てまわりたい、僕が知っている場所や、僕を知っている人がいないかを確認したい。
お婆さんは初め、車を使う事を勧めてくれたのだが、僕はそれを断った。
自分の足で、自分の目で一つ一つ逃すことなく世界を確認したかった。僕の中身を理解してくれる人に出会いたかった。
代わりに旅の資金を貰った。中を見ると一生分の小遣いを前借りしたような金額だった。
そしていつでも連絡がつくように携帯電話。それと旅の用具。
感謝してもしきれない。
崩壊を防ぐというお婆さんの願いを叶えるのに必ず協力する、サイレンの情報を少しでも各地から探し伝えると言うことを、
恩の利子分にもならないが謝礼とさせてもらった。
たまに帰ってきんしゃいと言う言葉に従い、一区切りがついた時は一旦帰ろうと思う。
みんなからいってらっしゃいの言葉を聞いた時、帰る場所があることを再確認し、思わず泣きそうになった。
カイルはふてくされて、マリーは少し寂しそうにして、シャオは一見平静だったが実は寂しいという思念が漏れていて(心羅万招でわざわざ確認した)
フレデリカは相変わらずツンツンしていて、ヴァンは僕が旅立つ頃はまだ寝ていた。
いつになるかは分からないが、今度はおかえりを聞きたい。
いってきます、そう言って僕はエルモア・ウッドを後にしたのだった。
「・・・とは言っても行く宛てなんかないんだけどね」
目を開き、独りごつように呟く。返事を返してくれる人は今はいない。
白い髪は目立つのと日よけのために被っている帽子の位置を直す。
「とりあえず、歩きますか」
◆◆◆
民家がぽつりぽつりとあるだけの景色から、大きな建物がある景色へ変わって行った。
出発の日から数日かかり、僕は大きめの街に着いていた。
途中はずっと見たことのない景色ばかりだった。
まあ、道なんか記憶があっても覚えてないことの方が多いだろうから、問題は街に着いてからである。
とりあえず、少し休みたいと思った。
十代の少年に宿る疑似永久機関も完全無欠ではないのだ。やはり動けばそれだけ疲れる。
川の縁の整備されたベンチに座る。
木陰になっているので強烈な日差しもなく、涼やかな風を感じた。
着ているシャツの襟を摘み、上下に動かす事で風を服の中に取り入れる。
自販機で買ったお茶を煽り、喉の渇きを癒す。温くなっていたが、水分は五臓六腑に染み渡る。生き返る。
そうして川を眺めながらぼーっとしていると、ふと川の流れの中に目に入るものがあった。
初めは脳がふやけていて認識できなかったのが、次第に鮮明になってくる。
「あー・・・あれ、子供かなぁ・・・いいなあ気持ち良さそうだなぁ・・・・・・って溺れてる溺れてる!!!」
脳が認識したのは、今にも沈みそうになっている子供だった。
とにかく、助けなきゃ!!と、荷物を下ろし、川に向かって駆け出す。
PSI使いは人から疎まれる。そんなお婆さんの言葉を思い出した。
だけど、そんな事言ってる場合じゃない!
そしてマテリアル・ハイを発動。川の上のギリギリを跳んでいく。
マテリアル・ハイの上で腹ばいになり手を伸ばして子供を掴もうとするが、届かない。
僕の手が空を切り、水に触れている間にも子供は流れにのってどんどん離れていく。
「くっそ、どうする!・・・あーもうやるしかないか!」
そしてテレキネシスを発動。
能力の二重展開。負担が脳に重くのしかかる。
「ぐッ!!」
なんとか子供の服を掴む事ができた!よしっ!このまま引き上げるっ!!
「・・・あ・・・」
しかし・・・子供を引き上げようかとしたとき、とうとう脳がオーバーロードした。
脳から始まり、腕の先の神経系まで焼ける様に熱い。
そしてマテリアル・ハイも解除され霧散してしまった。
水面に向かって僕の体は自由落下を始めた。水面に映る僕の影が大きくなる。
しかし、着水しようとした時、僕の体は物理法則に逆らい空で停止した。
どうなっているのか分からない。
顔を上げたとき、子供も水から空へと上がっていた。
それを見て安心したのか、僕はそのまま意識を手放した。
◆◆◆
河原から一人の男が川に向かって掌を突き出していた。
背が高く、がっしりした体格、たてがみのように雄々しい髪、アロハシャツ。
「・・・同類、か。やるじゃねーか、ボウズ。」
そう言って男は見えざる手、テレキネシスで二人を川岸まで引き寄せた。
幸いなことに辺りに人はいなかったようだ。
それは、自分の中身を理解する者を探す男との邂逅だった。
続く