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No.17872の一覧
[0] PSYchic childREN (PSYREN-サイレン-) 【オリ主】[昆布](2011/06/12 16:47)
[1] コール1[昆布](2011/03/04 01:52)
[2] コール2[昆布](2010/12/23 03:03)
[3] コール3[昆布](2010/12/23 04:52)
[4] コール4[昆布](2010/12/23 04:53)
[5] コール5[昆布](2010/12/23 04:53)
[6] コール6[昆布](2010/12/23 04:53)
[7] コール7[昆布](2010/12/23 04:54)
[8] コール8[昆布](2010/12/23 04:54)
[9] コール9[昆布](2010/12/23 04:54)
[10] コール10[昆布](2010/12/23 04:55)
[11] コール11[昆布](2010/12/23 04:55)
[12] コール12[昆布](2010/12/23 04:55)
[13] コール13[昆布](2010/12/23 04:56)
[14] コール14[昆布](2010/12/23 04:56)
[15] コール15[昆布](2010/12/23 04:56)
[16] コール16 1stゲーム始[昆布](2010/12/23 04:57)
[17] コール17[昆布](2010/12/23 04:57)
[18] コール18[昆布](2010/12/23 04:57)
[19] コール19[昆布](2010/12/23 04:58)
[20] コール20 1stゲーム終[昆布](2010/12/23 04:58)
[21] コール21[昆布](2010/12/23 04:58)
[22] 幕間[昆布](2010/12/23 04:59)
[23] コール22[昆布](2010/12/23 04:59)
[24] コール23[昆布](2010/12/23 04:59)
[25] コール24[昆布](2010/12/23 04:59)
[26] コール25[昆布](2010/12/23 05:00)
[27] コール26[昆布](2011/06/20 03:08)
[28] コール27[昆布](2011/06/12 16:49)
[29] コール28 2ndゲーム始[昆布](2011/07/29 00:23)
[30] コール29[昆布](2014/01/25 05:06)
[31] コール30[昆布](2014/01/25 05:05)
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[17872] コール29
Name: 昆布◆de1a5a25 ID:2ed57cc7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/01/25 05:06
 先に出て行った人達に追い付こうと、僕は空中ブランコの動きに近い曲芸じみた方法で空を渡っていた。
 荒れた地形に邪魔されないだけあってその移動速度は流石に中々の物だった。……速過ぎる気がしないでも無かったけど。

 ところで僕は何故あの人達を追い駆けよう、追い駆けなければいけないと思ったのだろうか。
 何に急き立てられたのだろう。夜科さん達の制止を振り切ってまで一体僕は、何をしたいのだろう。
 時々自分の感情や思考がよく分からないままに行動してしまう事がある。これも、自分の行動が正しいのかそうでないのか判断付きかねる原因の一つになっている気がする。
 だから一々考えなくちゃいけない。自分の行動の正当性は、何を理由に行動したのか、その理由に至る想いは――

 真っ先に思い浮かんだのは、前回のゲームの事。
 人が、それまで生きて積み重ねてきた物が余りに呆気なく終止符を打たれてしまう、そんな光景が単純に見たく無かった。
 人の死ぬ瞬間だとか誰が見たいだろうか。見たい人が居るとしたら、それは変わった趣味の人だ。あまり友達にはなりたくない種類の。
 だから、あの人達に危険が及ぶかどうかは分からないけれど、万が一の時その可能性を僕が行くことで下げられるんじゃないかと思った。
 尤も僕が行った所で下げられる保証なんて無い。だけどただ黙って見ているだけと言うのは嫌な物だから。

 それから、もう一つ。
 雨宮さんの表情を見ていたら、どうにもじっとして居られなくなった。
 ……きっと雨宮さんはゲームの度に説得も含めて誰かを助けようとしたんだろう。でも、叶わなかった。
 それは、雨宮さんの行動が間違っていたと雨宮さんに思い込ませるんじゃないだろうか。
 不可能な事をしようとしていた、と目の前の惨憺たる状況が雨宮さんに囁き掛け、取った行動、そして行動を取る理由になった雨宮さんの想いさえも後になって自身で否定させる――
 雨宮さんの行動が間違っていたとは、僕にはどうしても思えない。でも……正しかったのかも分からない。他人を助けようと自分が危険な目に遭っていては本末転倒なんだから。
 他人は助けられない、しかも自分は危険な目に遭うと、結果論的に雨宮さんは否定された。ならば、僕にとっての結果が未だ出ていない今だからこそ雨宮さんの結果論が正しかったのか否か、確かめたいのかもしれない。
 結果論による否定自体が否定される事を期待しながら。
 要するに雨宮さんと僕が取った行動、誰かを助けようとすることが間違っていなかったのだ、という答えを望んでいると言う事なんだろう。結局。

「あれは!?」

 そうこうしている内にあの人達の姿が砂塵の幕の向こう側に映った。
 PSIの連続使用で多少荒くなった息を整えて、大声で呼びかけようと、砂を吸いこまないためにシャツの襟で覆っていた口元を大気に晒したその時。
 ――耳元の風音よりも遥かに大きな音量の大地の唸り声が届いた。同時に砂が膨れ上がり紗幕が一層濃度を増す。
 何が起こったのか一瞬理解できなかったけれど、理解できなかったからこそ導かれる解答がある。目の前の事象は常識の範疇を超えた物、PSIや禁人種による物だ、と。
 
「くそっ!! やっぱり……!」

 果たしてその回答は、禁人種の方が正解だったようだ。
 前回遭遇したものたちとは比較に価しないほど巨大で、重厚で。眺めるだけで威圧されるような蟲(ワーム)が、あの人達を高くから睥睨していた。
 のっぺりとした恐らく頭の部分に、体節ごとに堅固そうな外骨格に区切られた胴体が続き、そしてその先は未だ砂に埋められていた。
 全貌が露わになっていないのに10メートルはありそうなあの巨大さ、全身を露出させたらどれほどの大きさかは分からないが、とにかく化物と呼ぶにふさわしい大きさを身に備えた存在。

 それを目の当たりにして、一瞬心が折れそうになる。どうやって倒せばいいんだあんな奴……?
 テレキネシスで引っ張り出す? 無理に決まってる。いくらなんでも出力が足りない。
 パイロキネシスで燃やす? 果たして炎が効くのだろうか。表層の外骨格はまるで岩石を思わせる。そもそも質量が違い過ぎて僕程度の炎じゃ火傷させられたら恩の字な気がする。

 どうすれば……! この状況で何をするのが正解なんだ……!? 
 あのままじゃ間違いなくあの人達は蟲に襲われて死んでしまう!

 …………襲われる?
 
「……っ! 間に合えッ!!」

 テレキネシスの振り子から解かれた僕は空中に投げ出される。
 高く、高く放られて一瞬無重力を味わった後、僕の体は重力に内臓を引かれて自由落下を始めた。
 背中から落ちそうになるのを無理矢理腹筋に力を込めて反らし、視界の下方に呆然としているあの人達と蟲を捕えながら、想像を現実に創造する。
 
 そうだ。何もあの蟲を倒す必要なんか無かったんだ。いざ圧倒的な存在を目の前にして、どうやって倒すかと言う事ばかりに気を取られてしまって失念していた。
 今僕が第一にすべきことは、あの人達を無事に逃げさせる事。
 そしてあの人達が蟲に襲われない様にする為には、蟲の気をあの人達から逸らさせればいい。
 倒さなくてもいい、蟲の注意を引いて逃げる為の時間を稼ぐ……! その為にはっ!
 
「固定解除プログラミング済みマテリアル・ハイッ! テレキネシス――プログラム投擲ッ!! "円想虚刃 マテリアル・サーカス"!!!!」

 外骨格の隙間から砂を零す蟲の、頭と思わしき部分の周囲の空間が歪む。
 砂煙が均一に満ちている空間で空気を圧縮させるマテリアル・ハイを使えば、どのように空気の塊が出来るかが砂の動きで分かりやすい。
 落下と、その際生じる空気抵抗によって後方に引かれている腕を目の前へとクロスさせながら叫んだ。
 
「……?」

 蟲は大声に反応したのか僕の方を振り向く。
 その些細な動作だけで元々の狙いとの数メートルもの巨大な誤差が生まれるけれど、今は関係ない。一部当たりさえすればいいんだから。
 創られたブレードぼ数は十本。超高速展開でイメージしたんだからその位の数で上出来だろう。
 自由落下を始めるブレードをテレキネシスで捕まえて……思いっきり飛ばす! 狙いは頭らしき部分にある三つの模様、目玉らしき物!!
 ……1。

「ッ!」

「やった……か?」

 砂混じりの濁ったブレードが蟲へと殺到し何らかの刺激を感じたのか蟲が反応を見せる。
 逃げ遅れたのか、蟲のすぐ近くに居た男の人のぼんやりとした声も聞こえた。
 だけどブレードは……蟲に突き刺さる事も無く、それどころか蟲の表面に到達した途端、どれも等しく砕け散ってしまっていた。
 やはり質量差は覆せない。蟲に比べてあんな小さなブレードでは羽虫が止まった程度の感覚だったのだろう。
 PSIによる圧縮が物理的な衝撃によって解除された空気の塊は、儚く大気へと還元され溶けて広がっていく……
 ……2。

「やってませんから!! 早く逃げて下さいッ!」

 僕自身が落下して地面とぶつかってしまわないよう空中の適当な高さに新しい固定されたブロックを創ってそこに着地。
 勢い余ってブロックから落っこちてしまいそうになる。が、そこは必死で踏ん張って、未だ現実が理解できていないのかぼんやりし続ける男の人に向かって叫んだ。
 だがその叫びも半ばで掻き消されてしまう。蟲が何事も無かったように、事実そうであったので再び声を発した男の人へ顔を向けたのだ。
 このままでは僕のした事が何の意味も為さず男の人が襲われてしまう。だけど、そんな事させない。

「……3ッ! まだだっ!! プログラム"三秒経過後、発火"!!」

「ギャウッ!?」
 
 だから、予めブレードには固定解除の他のプログラムを組み込んでおいた。
 具現化された後、時間経過による発火。ブレードのまま発火させたのでは炎も広がらず固まった小規模な炎にしかならないだろう事が予測された。
 それゆえにブレードが粉砕されて、圧縮した空気が解除され含んでいた僕のPSIが大気に広がっただろう当たりの時間を狙って発火するようにプログラミングしたのだ。
 炎自体を飛ばさなかったのは、炎では蟲に到達するまでに時間が掛かってしまうから。

「お前を攻撃した奴は僕だッ!! ここにいるぞ!!」

 炎のベールが蟲の顔面を覆い隠し、嘗め上げる。
 熱を孕んだ空気が一気に膨張し、破裂したような音が轟いた。……ぶっつけ本番でも意外と威力が出るもんなんだ。蟲は一瞬仰け反るような大きな動きまで見せた。
 マテリアル・ハイ、テレキネシス、パイロキネシス。PSIの三重展開と轟音の為にズキズキ痛む頭を振って正気を保ちつつ蟲へと怒鳴る。
 もちろんそれは男の人達に向かっての逃げろという意味も込められていた。男の人達はその示唆に気づいてくれたのか、僕の突然の空からの出現で止めていた足を再び動かし始めていた。
 ぼんやりしていた人も大きな破裂音で我に返ったらしく逃げ始めている。
 後は、空中を移動できる僕が囮になるだけだ……!

 空中ブランコの影響が今になって現れたのか、それともPSIの多重使用のためか、一気に速くなった側頭部の脈拍に眉を顰める。
 初めてPSIの三重展開が上手くいって昂ぶっているのもあっただろう。だが最も僕の心臓の鐘を打ち鳴らさせたのは、緊張であった。
 ブレードによって目を潰し蟲の視覚を奪えることは期待していなかった。どこに目があるかよくわからなかったのだし。だからこその広域の炎。倒さずとも、肉を焦がさずとも、蟲の眼球に熱によるダメージが届けば……!
 蟲が大きく首を振ったことで炎が消された。反らせた首をゆっくりと戻し出す蟲を睨み付けたまま密かに唾を飲み込んだ。
 そして炎が蟲への挑発と受け取ってもらえれば、狙いがあの人達から僕へと移れば作戦は完遂される。

 ――はずだった。

「え……? な、なんで……!」

 僕の啖呵にチラリと一瞬顔を向けたものの、蟲は直ぐさま逃げている人達に向かい直ってその巨軀を揺り動かし始めた。
 それはまるで僕を意図的に無視したかのような仕種で……。
 蟲が一瞬、僕を嘲笑ったかのような錯覚がした。蟲だけじゃない、砂に埋もれたビルが、家屋が、標識が、この茫漠な世界全てが僕を嘲弄の的だと認識しているような気がした。
 小賢しい策を弄そうとも、僅かばかりのPSIの力を持とうとも、どのように足掻こうとも、何をしようとも――無駄だ……と、そう言われたように思えた。

「う、うあああああああああ!! た、助け……!」

「……無駄なもんかっ! 間違ってなんかっ、ない!!」

 内に響く自分の行動を否定する声に囚われて動けなくなってしまいそうになる、けどそんな物は頬を殴って黙らせた。
 殴られた頬の痛みに引かれるようにブロックから飛び降り、蟲の泳ぎ始めたのと同じ方向へ駆け出す。
 後悔なんて今してる場合か! しっかりしろ僕のアホ……ッ! 

 蟲がその巨軀を砂へと潜らせる。元々砂の中に身を隠していたのだから砂中を移動する性質なのかもしれない。
 砂中を移動するならその速度は遅い物であって欲しいという僕の儚い望みは、しかしあっさりと裏切られた。
 それは凄まじい物だった。身を進ませる度に莫大な量の砂礫が巻き上げられる。質量が違い過ぎるために挙動の一つ一つは緩慢な物に見えたのだけど、実際の速度は恐らく自動車のそれなんか優に超える物だった。
 炎が広がっても獲物を狙う動きに変化が、澱みが無いという事は炎が当たった部位が実は顔じゃ無かったか、ひょっとしたらそもそもあの蟲は視覚で事物を認識していないんじゃないだろうか。
 どんな生き物でも大抵は視力に頼って生きていて、目が弱点だと思っていた。だからあんな大きな生物に目が無いなんて考えもしなかった。
 ……だったら、僕のした事は見当はずれもいい所だ。

「はあっ! はあっ!! い、嫌だ! 嫌だッ!! 死にたくねぇ……!!」
 
 男の人達の足では追いつかれるのは火を見るよりも明らかだろう。背後からは死の煙を撒き散らしながら極大の死神が迫っている。
 無論ライズが使えない子供の僕の足なんかじゃ尚更だ。
 なら、大分距離を開けられてしまったけど、間に合うか……!

「う、うわっ!? なんだ!?」

「痛ッ……!!」

 走りながらテレキネシスのイメージを展開させる。あのまま真っ直ぐ走っていたのでは追い付かれるのなら、テレキネシスで無理矢理引っ張って蟲の進行方向から退かせなければ。
 さっきの慣れないPSIの三重展開や、その他今日はもう随分PSIを使っているためイメージを練ろうとするだけで頭が小さな悲鳴を上げた。
 痛みによる警告、これ以上PSIの乱用は拙いと言う事だ。まだ大丈夫だろうけど、もし警告を無視し続けたのならどんな結果が待っているか分からない。最悪、脳が滅茶苦茶になるかもしれない。
 だけどそんなもん……!

「……知るか!!!」

 蟲が砂面から顔を覗かせたかと思うと一気に跳ね、男の人達へと土砂崩れのように襲いかかった。
 その直前、男の人達にテレキネシスを作用させる。その感覚に困惑する声が聞こえた。
 テレキネシスの対象が重ければ重いほど掛かる負担は大きくなる。僕自身の筋力では物理的に持ち上げる事が出来ない大人の男性を複数人、それ相応の脳への負荷、痛みが走った。
 砂煙で全くあの人達の姿は見えないからどうなっているのか分からない。だけど何かを掴んだ手応えは十分にあった。
 確認は出来ないけど、蟲を躱せている事を祈りながらそのまま引き続けようとした。

「ぎゃアアアアアあああああ!!!!」

「はッ、はなせぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛でぇ゛え゛え゛!!!!」

「……ぁ……」

 その時、耳の奥で張り詰めていた糸が切れる音がした。
 頭の痛みが突沸を起こし、痛みという液体が頭蓋から溢れ出たような感覚。

 気が付けば、柔らかな砂の上へと膝は音もなく崩れ落ちていた。
 上空から襲い掛かった為に埋もれていた顔を持ち上げた蟲、その口にはあの人達が何人か咥えられている。
 無理矢理あの人達に掛けたテレキネシスの捕縛を引き千切られたらしい、というのは目の前が暗くなったり真っ白になったり、視界が点滅していた事で理解できた。
 強引に解かれた事でテレキネシスの反動が一気に僕の脳へと雪崩れ込んだようで、その為PSIの使用限度ギリギリまで一気に到達してしまったらしい。痛みを痛みと頭が認識出来ず、ただ呆然と力が抜けてゆく。
 だけどその脱力の原因はPSIの使用によるダメージだけでは無かったのかもしれない。
 助けようとしたけど、助けられなかった。無力さ、すなわち自分自身への失望が、膝を崩させたのかもしれなかった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ぁ」
 
 喉が裂けんばかりの必死の声の末に聞こえた音。水を入れた袋が破れたようなくぐもった破裂音が、力ない僕の耳をただ通り過ぎていった。
 同時に生温い液体が注いだのを頬に感じる。震える手でそっと触れてみるとそれは僅かな粘りを持っている事が分かった。
 頬から離した指は、赤い。沈黙が色として塗られたような灰色のサイレン世界に似つかわしくないほどに鮮やかな赤色――……

 視界が急に翳った。
 意識が遠のいているのか、などと鈍くなった頭でぼんやり考える。だけどその答えは顔を上げればすぐに分かることだった。
 蟲が、あの人達を咀嚼し終えた蟲が今度は僕に襲い掛かろうとしているらしい。それに気が付いた時には鮮血色に染まった蟲の口がもう目の前で――

「あ……ダメだ……」

 死ぬ、とまで呟こうとしたけどそんな時間は無さそうだった。ましてPSIを使う余裕なんて。
 走馬燈だとか、時間がゆっくりに感じるとか言われてるけどそんな事は無いらしい。
 何かを思い出そうとしたけど、なんにも出てこなかったから。空っぽ。
 ただ高めの誰かの声が聞こえた気がした。

 ライズ、と。

 ――そして感じる横向きの凄まじい衝撃。
 

◆◆◆


 少年が飛び出していった後雨宮は一人呆然としていた。
 危険を顧みず、また何の具体的な策を持たないままに勢いだけで行った無鉄砲な少年の姿が雨宮には痛ましく思えた。
 恐れを知らないのか、何事も不可能など無いと思い込んでいるのか、どこまでも真っ直ぐただ何かに急き立てられるように出て行った少年。
 勇気と言うより蛮勇に近いその行動は、現実を見せ付けられたことがある者にとって直視に耐え難い物だったのだ。

 それに、その行動によって自分が非難されているように雨宮には思えてしまった。
 どうせ無駄だと初めから諦めて何も行動を起さなかった自分――何をしているんだ、と言われた気がした。
 それは少年から言われたように思ったのではない、声の主は自らの内心だった。
 とうの昔に捨ててしまった雨宮の本心が声を荒げていたのだ。八雲祭のように誰かを助けられるほど強くありたい、と言う。
 
 だから、少年が飛び出して行ってもすぐに後を追う事が出来なかった。
 これ以上バラバラに行動するのは危険だ、一人で何ができる、とライズで後を追いかけ首根っこを引っ掴んででも帰還させるべきだという思考が一つ。
 そしてもう一つ、自分は出来なかった誰かを助けるという行動をやってのけるかもしれない。それが可能ならば見届けてみたい、誰かを助けたいという想いは可能なのだ――と証明してみて欲しいという思考。
 止めさせるべきだという思いとそのまま見届けてみたいという思考、相容れない二つが雨宮に行動を起こさせるのを阻害したのだ。

 だが巨大な蟲が現れた途端、そんな悠長な事を考えている場合では無くなった。その子の事は大丈夫、とエルモアに自らが言った事を思い出し、それは呆然としていた自分の頭を叩いた。
 迷って行動を起こさなかった自分を叱責し、その思考も邪魔だと言わんばかりに振り払い無心で割れた硝子の残る窓枠を蹴って雨宮は飛び出していた。

(恐らく足音……! あの蟲は砂の振動を感知して襲って来ている……!)

 ライズの込められた雨宮の足は一蹴りごとに多量の砂を巻き上げ、その反動によって体を爆発的に前進させる。
 砂に足をとられて思うように走れないものの、その姿はまるで空と地面の境界に在る飛燕のようであった。
 爆音に引かれ砂煙の中目を凝らして見ると蟲の顔面に火が上がった所だった。倒そうとしているのか、気を引こうとしているのか雨宮には定かでは無かったが、とにかく少年が蟲と接触したのは間違いないようだ。
 
(無茶を……!)

 白いシルエットを見留め、その影へと進める足を向ける。
 砂塵の中であっても姿をはっきりと認識出来るほどにまで接近してみると、少年は今にも蟲に食い千切られるか押し潰されるかという瀬戸際。
 こうなる事を避けられなかったのか――後悔の毒が四肢を巡り足へと絡み付く。
 ギリ、と犬歯が擦れる音を雨宮は耳の奥に聞いた。だがその音でもって無駄な思考を塗り潰し、砂の幕を切り裂かんばかりの鋭い声で雨宮は叫んだ。

「ライズッ!!」

 叫ぶと同時に靴底に蹴り付けられた膨大な砂が後方へと弾け飛ぶ。
 視界の中心には少年、だがその端には巨大な岩石が降って来たのかと見紛うほどの蟲が。
 間に合え、と祈る間も存在しない刹那、雨宮は力なく膝を折る少年の横腹に手を回し勢いのまま駆けた。
 次の着地を考慮に入れない捨て身のその跳躍は、まさしく飛翔と表するに相応しい物であった。

「ぐっ……!!」

 背を丸めて衝撃に備えるように砂へと身を投げ入れる。
 長い雨宮の髪が翻り砂に合わせて踊るように舞った。肩口に感じる衝撃、四肢がバラバラになりそうな程のそれに歯を食い縛り堪えた。
 地に倒れ込んでも未だ殺せない跳躍の勢いに、しかし少年の体を離さぬように強く抱き留め、体の転がる方向と勢いを利用し再び地を蹴った。

 不安定な体勢で空へと投げ出される二人。どこが上か下かもよく分からない撹拌状態で、視界に砂へと突っ込んで行く蟲を認め、間一髪助かったと密かに安堵する。
 だがほっとしたのも束の間、蟲から僅かでも距離を取ろうと更に重ねた跳躍だったが、雨宮も極限の状態で微細なライズのコントロールが出来ず、そのままではやはりしっかりとした着地は望まれそうに無い。
 足から落ちる事が出来ないのでは衝撃を殺す事も流す事も出来ない。瞬時に雨宮はそう悟り、予測される痛みに備える為目を強く瞑った。

「っ、……? これは……」

 しかし二人の体が角度の広い放物線を描きそのグラフが単調減少をし始めた時、不自然な力を雨宮は感じた。
 喩えるのなら空を掌で下に向かって叩き、反動で体が浮いたような。
 速度を増し始める筈の自然落下が急に止められ、それどころか僅かに浮上し、挙句運動がゼロの無重力状態に一瞬陥った。
 
「はっ、はぁッ……!」

 何事かと思考する前に荒い呼吸音に引かれて音源を見ると、ファイが腕の中で額を押さえ表情を歪ませたまま空を睨みつけている。
 横たわるような格好で宙に浮いた二人は、そのまま静かに着地した。空中に創り出された横に広めのブロック上に。
 どうやら咄嗟にファイが足場を作り、それに向かって反作用のテレキネシスを行使し事無きを得たようであった。

「あ、雨宮さん……! 残りの人達は……! 早く逃げるようにっ……!」

「あなた、……そうね」

 PSIのオーバーロードの象徴である鼻腔から出血を手の甲で拭いながら、なおファイが気にするのは自分勝手にスタート地点を離れた男達の事。
 妄執に囚われたように、たった今死にかけた自己すら顧みない姿に雨宮は一瞬表情を曇らせる、が、その言葉に今は賛同しファイの体を静かに足場に下ろす。
 腕は真っ直ぐ伸ばし、親指以外の指をくっ付け、左右の掌を合わせて胸の前に小さな三角形を作る。虚空を見つめる瞳はそっと閉ざされた。

『――身近にある高い所へ!! アイツは足音を感知して襲ってくるわ! 高い所に避難して、気付かれないように!!』

「な、なんだこの声!!?」

 喉の震えでは無い声が砂漠に響き渡る。トランスによる指向性を持たない全方向へのテレパスだ。
 未だ捕食されていない生き残りの男達が唐突に聞こえた声に困惑したような表情を逃げながら浮かべ、その声の正体を探そうと辺りを見渡す。
 見つけたのは、どういう仕組みかは理解できないが、上空で棒立ちしている少女とその足元に寝転ぶ少年の二人。

「ど、どうなってやがんだ!? 浮いてる!?」

「なんでもいいから助けろッ!! テメェらだけ安全な場所に居やがって……!」

「殺す気か!!? 何ボサっと見てんだ!!」

「俺も浮かせてくれッ!! 早くッ!!」

 危険から回避させようと男達に警告した二人へと投げ掛けられたのは罵声と縋るような声だった。
 それらの矢面に立ち、雨宮は瞳を閉じた。歯痒さと、悔しさが自らの中で静かにその体積を増していく。
 目の前の人達を助ける事が出来るシュミレートが全く出来ない。
 如何に予想しようとも脳内に描かれるのはあの人々が食い殺されるか、もしくは自分ごと食い殺されるかの二通りのみであった。
 テレキネシスと空中の移動手段を持つ少年を思うが、既に少年も鼻血を出すほどに内部のダメージが酷いらしい。無理はさせられそうにない。
 ――完全な手詰まり。自身が取り得る幾つもの行動パターンを想像するが、内で直ぐさま否定の声が上がる。たった一人の少女の細い腕では引っくり返せない現実がただそこに鎮座していたのだ。
 目を閉じたのは、その惨憺たる現実を直視出来なかったから。膨張する感情の痛みに耐えながら項垂れ、雨宮は小さく呟いた。

『……ごめんなさい』
 
「ッ!!! っのクソアマァァァァッ!!」

「ひいッ……来るなァ! こっちへ来るな……ッ、ああああああ゛!!!!?」

 再び蟲が大口を開け男達へと迫る。
 砂の大地に濁った赤い花弁が綻んだ。水を渇望するかの如く乾ききった砂は間もなく血を吸い、僅かに重みを増す。
 だが新たに舞い上がった砂は直ぐさまその花を覆い隠し、男達が存在していた最後の痕跡を残す事さえも、虚ろな大地は許さなかった。


――・・・


 既に八人が死亡、残る男は四人。
 その中の一人、望月朧は誰かと共に固まって逃げる事はせず、ただ一人初めに居たビルの廃墟へ向かって走っていた。
 最初に蟲が現れ、それから逃走する際に望月朧は転倒してしまった。他の男が振り返る事すらしないで逃げていき、すぐ後ろからは蟲が迫って来ているのを見て、望月は密かに死を予感した。
 だがその予感は外れる事となる。なぜなら蟲は転倒し身動きが取れないままの望月を無視するかのように横を素通りして行ったからだ。
 動く物を追いかける性質でもあるのか、と焦りが滲む思考をしていた時に響いた雨宮のテレパス。
 恐らく砂の振動を感知して襲って来る、という事を聞いた望月は蟲が他の男に襲い掛かるその瞬間を狙って走り出していた。
 
「ハァ……! ハァっ!!」

 蟲が男達を喰い終え、それから望月に気が付き、追い掛ける。
 その一連の流れの中にどれほど時間的猶予があるのかは全く不明。だがぐずぐずしている暇が無い事は明白だった。 
 ビルの廃虚までは目算でおよそ百メートル前後。ベットするのは自分の命の、死の徒競走が始まっていた。
 後ろを振り返り振り返り走る事でより疲労が蓄積されていく。肺が新しい空気を欲しがり胸が大きく揺れた。
 
 どうにかビルがある崖のその袂にまで辿り着いた時、望月の目には砂煙がこちらへ向かってきているのが映った。
 人間の足であれば少々時間も掛かるその距離を瞬きをする間に詰める蟲に望月の心臓が高鳴る。
 崖を昇り切るのと捕捉されるのが、どちらが早いか。

「――こっちだ望月朧!! 早く登んねェとアイツがこっちに向かって来てる!!!」

 その時聞こえてきたのは、夜科の怒声であった。見ると崖上から望月へ向かって手を伸ばしている。手を取れと言うつもりか。
 予想外の自体にに望月は背後の蟲と夜科を見比べ焦った声を上げる。
 喩えそれが危機であろうとも、自身の事について他人から口出しされるのを、望月という男は好まなかった。

「キミこそ早く行け!! ここにいたら食われるぞ!!」

「だったらさっさと手を伸ばせ!! オレの話を聞かなかったからこうなったんだろうが!!」

「なんだ君は!!? おせっかいなんだよ! 僕は子供じゃない!!」

「ふっざけんな!! テメェこんな所で死にてェのかァッ!!!? オラァッッ!!!!」

 焦燥とこの期に及んでの問答に苛立ちを覚えたのは、両者同じ。
 だが相手を突っ撥ねた望月とは対称に、夜科は無理矢理望月の腕を掴み、全力で背後に放らんばかりの力で引っ張り上げた。
 同時に砂中から跳び出した蟲が口腔を見せつけるように首を伸ばし迫る。間一髪で望月の体を持っていかれるのは防げたが、途轍もない至近距離に蟲がいる現実は変わらない。
 脳に覚えのある感覚。熱に似たそれは狭い脳髄を飛び出ようとせんばかりに急激に膨らみ始める。
 蟲を睨み付け、夜科はその滾る感情をPSIとして爆発させようとした。

「ッ、あ……」
 
 ――だが、その瞬間声が聞こえた気がした。『化物』、と。
 それと同じくしてつい先刻現代で漆黒の球体を呼び出し、危うく誰かを殺め書けた事を思い出す。
 昂ぶった感情に冷や水が注された気がした。強制的にブレーカーが落とされたように急速にPSIの高まりは衰え虚空には何も生まれない。
 そして空虚さに相応しく感情の無い蟲の大口が、夜科の目の前に広がっていた。
 
「チッ!! 何やってんだ!!」

「ギャウっ!!?」

 望月と共に蟲の目の前で倒れ込む夜科に叱責するような朝河の声が響いた。
 夜科達に真っ直ぐ迫っていた大口は横に逸れる。蟲が狙いを誤ったのではない。朝河の左手が降り抜かれるのに合わせて、バーストエネルギーも空を切った。
 『ドラゴンテイル』それは龍の尾を模った物。幾枚もの鱗を纏い、人の胴の何倍もある太さのそれが蟲の横面を殴り付けていたのだ。
 乾きそして重厚な打撲音の後、岩石が地面に落下するのに似た重低音が轟く。殴られバランスを崩した蟲がその身を崖下に投げ出していた。
 乾坤一擲、強靭で長さも十分ある龍の尾の先端は瞬間的に音速を超え、衝撃波となってその威力の残滓を空に漂わせていた。

「あ、ああ。すまん……」

「龍の、尻尾……? そ、その力は一体……!?」

 どうやら今の一撃に怯んだらしい蟲は再び崖上まで迫ってくる事はしなかった。
 龍の尾が伸びていた左手を見ると、今の衝撃の反動か微かに震え、上手く力を込める事が出来なかった。
 視線を左手から外し体を地に投げ出す望月と、尻もちを着いてどこか沈痛な表情を浮かべる夜科の元へ朝河は駆け寄る。
 
「テメェなんでPSIを使わなかった? あの黒いPSIは……」

「……うるせぇ」

 エルモアの家で見せたあの黒いPSIをどうして使わなかったのか、と尋ねようとした朝河は有無を言わさぬ声音の夜科に遮られ、それ以上何も言えなかった。
 夜科は視線を決して合わせようとしない。それはまるで恐れているようだった。――何にか。
 責めるような視線の朝河では無い。今しがた蟲に食われかけた事でも無い。他でもない、自らの内に眠る力の巨大さと、その御し難さにであった。
 猛り狂う感情に任せて全てを解き放ってしまったら、なにかとんでも無い事になってしまう、そんな嫌な予感が悪寒となって夜科に絡みついていた。

「……奴もどうやらこれ以上近づけねェらしい」

 そんな夜科を訝しみながらも詮索をするのは無理だと態度から悟った朝河は崖下を覗きながら呟く。
 一先ず危機は去ったらしい、そう安心しほっと息を吐いた。
 
「雨宮達は……、ッ!!?」

 先に飛び出して行った少年と、後を追った雨宮を案じ砂嵐の向こう側へ細めた視線を向けたその時、朝河は安堵の息を返上し、新たに息を飲む事となる。
 耳を劈くおおよそ空虚な砂漠には似つかわしくないような大きな炸裂音が、砂を切り裂いて轟いたのだ。
 

――・・・


「一先ず蟲は離れたみたいね。……大丈夫?」

「……はい。たいしたこと無いです、こんなの。テレキネシスが千切られてちょっとダメージが頭に返って来ただけで……それより……」

 頭を押さえて顔を顰めている少年。鼻腔からの出血は収まっていた。
 PSIを阻害された反動によって脳のPSI負荷許容量を瞬間的に超えてしまったのが脱力してしまった原因。
 だがその脱力はPSIのブレーカーが落ちた証拠であった。脳が強制的に力の行使を止めさせなければ、更に酷い爪痕が刻まれていたはずであった。
 その為一時的なダメージはあってもそれは後に長く残るような物ではない。そうは言っても酷い頭痛に苛まれていたのだが。

 雨宮が膝を屈めファイの目線の高さに合わせる。だがファイが視線を向けたのは雨宮の双眸でなく、その肩であった。
 着ていたカーディガンは砂に塗れ、ざっくりと刃物で切り付けられたかのように肩から背中にかけて裂けて、露わになった雨宮の白い肌は醜い幾条もの赤い線で汚されている。
 地面へと全速力で突っ込んだ際に砂に隠れていた岩や建造物の破片で切ったらしかった。
 
「……ごめんなさい」

「いいのよ、別に。これこそ大した傷じゃない」

「でも……!」

「……あなたは、何に対して謝っているの?」

 息が整いつつある雨宮のファイを見つめる目は、澄んでいた。
 その透明さはまるで問い質すような物で、どこか憐れむようで――そして同じ痛みを知るが故の、慈しみがあった。
 何かの力になりたくて、けれどなれなかった。途方も無い質量の現実に力が及ばない悔しさ、自身への失望の痛みに身を焦がしている少年への悲しい共感。

「それはっ……! ……止められたのにそれを無視して、危険を冒してまで先走ったのに……誰も、結局、助けられなくて……
そればかりかそのせいで雨宮さんにまで怪我させてしまってっ! 僕は……間違っていたんでしょうか……」

「……私が前に言った事を覚えてるかしら? 誰かの為に力を使いたい、そう想うのは決して間違っている事じゃないわ。
だから……今あなたがとった行動も間違いなんかじゃない。喩え結果がどうであろうともあなたの想いが否定される事はないのよ」

「っ!」

「ただ、力の無さを悔む余り自分を憎み責めるのは止めた方が良い。……偉そうなことを言える立場じゃないのは分かってる。
私も……あなたと同じよ。強くあれなかった。PSIを身に付けても私はずっと弱いままだった。自分が助かる為に散々幾人もを見殺しにしてきたと言っても過言じゃない」

「そんな!」

 自虐に似た響きを持つ雨宮の言葉にそれは違う、とファイが言いかけたが、雨宮の視線は言葉を紡がせるのを妨げた。
 外す事無くそれは真っ直ぐにファイの瞳へと注がれていて、何らかの意志をも感じさせる物。
 目は口ほどに物を言うと有るが、まさに雨宮の瞳は雄弁であった。

「どんな理由があろうとも私が逃げたのは事実。禁人種から、誰かの力になる事から、強くある事から――
……そうして思い違いをしていた。叶わないのだから、強くあろうと想う事自体が間違っているんだと。それに気付かせてくれたのはあなたよ」

「雨宮、さん……僕は何も……」

 優しく励ますように微笑む雨宮の視線にファイは耐えられなかった。耐えられず、目を逸らした。
 謝る必要は無いと雨宮は言うが、現状を見れば結果として最悪。力の無い者がしゃしゃり出て来て場を掻き回した、そんな程度でしかない。
 雨宮の言うように何かを気付かせる為の力になれた覚えもなかった。故に、微笑みの意味もファイには分からない。自己嫌悪の海へと沈んで行きそうになる。

 ただ、ファイは以前に聞いた言葉を思い出していた。『守れなかった人達を後ろを振り返らせる足枷じゃなく、前に進む為の指標にして欲しい』 そう雨宮は言っていた。
 それは力が無かった事を悔んで立ち止って弱いままでいるのではなく、次は上手くできるように強くなる事を目指してほしいと言う物。
 今考えればこの言葉は願望だったんだろう、とファイはどこか不鮮明な思考で思った。
 あの時有った言葉の後の自嘲ような影も、自分は叶えられなかったが、ファイには叶えて欲しいと言う意味を暗示していたような気がした。
 過ぎた事を枷とするのではなく、また忘れるのでもなく進む為の糧にする――酷く難しい事だとも思う。

「いいえ。分からなくても構わないわ、これは私の内心の問題だから。
それより――強くなりましょう、一緒に。もう無力さの絶望を味わわなくてもいいように。後悔なんて生まなくて済むように」

 だが、挑む事は出来る気がした。出来る気がしたのではない。強くなろうとしてもなれるとは限らないから。
 言葉と共に差し出された雨宮の掌をファイは見つめた。嫌悪に沈んで行きそうな自分を省みて、自分一人ではどうにもならず逃げ出してしまう未来が脳裏を掠めた。
 だが誰かと一緒なら、逃げ出さずに強くなろうとする事が出来るような気がしたのだ。

「……はい。――ありがとうございます」

 それは、沈み掛けている自分を引き上げてくれる救いの手のようにファイには見えた。
 場違いに思える感謝の言葉が口をついたのはそれ故が為であった。
 手を取ったファイに雨宮は微かな笑みを浮かべる。そうして一瞬綻んだ表情を急激に真剣な物へと戻し雨宮は砂の向こうを睨み付けた。
  
「熱っ!?」

 脇で、生じた熱に少年が驚き手を取った反対の手で胸を押さえている事に気付く事も無く。
 風の唸り声と無感情な砂で構成された、温度を持たない非情な現実へと再び向き直ったのだ。些末事には気を向けている余裕は存在しない。
 眼鏡が先程の衝撃でどこかへ落として来てしまったらしく、視界がぼやけていた。
 砂が入るのを避けるため、また視力の悪さから自然と細まった目を、雨宮は大きく開く。ライズ、それもセンスと呼ばれる感覚器を強化する力で視力を高めたのだ。

「蟲はビルの方へ向かったらしいわね。夜科達は……無事みたい。良かった。
それからガレキの上に影が三人分見えたわ。助かった人もいたのね、彼らと合流して一旦あのビルへ戻りましょう。あそこなら蟲の心配は無さそう……って、どうかしたの?」
 
「あ、いえ、何でもないです! それより生き残った人も居たんですね、良かった……」

「そう? とにかく早く戻らないと……さっき広域のテレパスを使ってしまったから、他の禁人種に私たちの存在と位置がバレてしまったかもしれない」

「そうですね、じゃあ僕がブロックを……え……?」

 言いかけた時、目に映った物をファイは理解できなかった。
 人影らしきものが、その手から伸びた黒い棒状の物を生き残りの人々へと向けている。
 それが何を意味するのか、それは、人影を認識した直後に轟いた爆発音が答えを説いていた。

「そ、んな……」

「何!? まさか……新しい、敵!!?」

 黒い筒から緑がかった光の塊が吐き出されたかと思うと、光は生存者が立っていた瓦礫の山に着弾。
 盛大な炸裂音と同時に舞い上がった砂煙が晴れるとそこに残されていたのは更に崩れ、かつ血霧によって光の色とは対照色の赤色に染められた瓦礫片のみであった。
 最早人の形をしていた名残を欠片も残さず、一瞬の間に遠くからでは認識出来ない程に細かな肉片に変えられた男達。
 
 
「不味いッ!!」

「あっ……!」

 人が死ぬ、いや何者かに殺されると言う場面を目の当たりにして、呆然としている少年の腕を雨宮は掴んで咄嗟に空に浮かぶブロックから飛び降りた。
 視力を強化していた雨宮みははっきりと見えたのだ、破壊が目的の何らかのエネルギーを発砲した影がこちらへと振り返ったのを。
 風に揺らぐボロキレを身に纏い、顔を下半分を覆うマスクのような物で隠し、手には黒い筒――銃らしき物を携え、虚ろな双眸が二人を捕えている。

 そして次に銃口を向けられるのは自分たちだ、と背中の寒気が語ったのを雨宮は聞いた。自分達は、狙撃手に狙われている。
 刹那、数瞬前まで立っていたブロックが爆発。至近距離での爆発による凄まじい衝撃を背中と鼓膜に感じながら、空中で雨宮は掴んでいただけの少年の体を改めて抱え直した。
 ファイの腹を肩に当て、担ぐような形になった雨宮は着地と同時に跳ねる。

「黙ってて!! 舌噛むわよ!! ――脚力、限界突破……ッ!!」

「あ、っ!」

 それは駆け出す、と言ったような冗長な物ではなく、初速度がいきなり最高速度まで達するような、まさに弾かれたような動き。
 止まっていた車のアクセルを全力で踏みつけるような、そんな真似をすれば当然足への負担も計り知れないほど大きい。
 だがそうでもしなければ、男達の例に倣って二人も肉片へと変わっていただろう。背後で再び起こった爆発によって。
 
 ブロックから跳び下りて地に足が付くまで雨宮は生きた心地がしなかった。そのようなごく僅かな間で有っても、敵が銃口の角度を少し下げて再度引き金を引くまでにはお釣りが来るほどに長い間であったからだ。
 何とか間に合い走り出した雨宮だが、安堵の息を吐ける筈も無い。男から二人まではおおよそ五十メートルは有るように思えた。それで空に浮かぶ小さなブロックを狙い過たず撃ち抜くあの命中率、そして瞬きをする間に到達する弾丸の速度だ。
 なにより敵の残弾が不明、エネルギーを射出しているように思われた為最悪の場合弾に制限は無い可能性もある。つまり、どのような希望的観測であっても敵の手中から抜け出せたと判断できる訳が無かった。

「クッ!!」

 焦りと恐怖とが顔に浮上しそうになるのを堪えて雨宮は駆けた。真っ直ぐ走るのでは難なく先読みされ撃たれる、その為ややジグザグの軌道を取って。
 如何に大きく動こうとも敵にとっては手元の角度の僅かな修正で済む、だが少しでも弾が逸れる可能性を増やそうと雨宮は余計な距離を走る。
 背後で更にもう一度爆発し、その衝撃と内心の動揺にややバランスを崩しかけた時――
 
「あッ!!?」

 ――急ブレーキ。爆発が二人の直ぐ眼前で起こったのだ。
 目の前から砂や岩の破片が襲い掛かかられ、顔面を守るために思わず首を引っ込め顔を正面から逸らす。
 それがいけなかったのだろう、完全にバランスを崩し、踏み出した足が地を蹴る事は叶わず体が前のめりとなって砂へと倒れ込んだ。
 そのような状況でも少年の体をしっかりと守るように抱えていた雨宮の目に映ったのは、己の足。限界を超えて酷使されたそれは、内部で血管が破裂したのだろうか、所々青黒い鬱血が浮かんでいた。
 脳内物質が感覚を麻痺させているのだろうか、よく分からないが足首に違和感もある。思い通りに動かない。

「これは――走れない。ダメ……」
 
 直ぐさま自己診断が下した結論は、絶望。
 爆発で生じた砂煙が少しでも晴れて敵に姿が認識された瞬間終わり。
 雨宮が諦めかけたその時、蹲っていたファイが雨宮の腕から抜け出し空を睨みつけた。

「……はぁっ! ゲホっ、逃げる途中空中にPSIを仕込んでおいたんです……壁を……でもあの光を防ぎ切れるかどうか……!」

 雨宮の腕に抱えられて、喋る事も出来ない中ファイはその逃げ道に自身のPSIを残して来ていた。マテリアル・ハイによる防護壁と為す為に。
 だが光の破壊力を考慮した際に、どれほどの壁を設置すれば防げるのか分からない。まして急ごしらえの壁では強度も期待できない。
 それでもやるしかない、ライズを使えない自分では雨宮を抱えて走る事は出来ない――やるしかないのだと、砂の霧が晴れるタイミングを冷や汗と共に待つ。
 光を認識させるのと同時にマテリアル・ハイを具現させるつもりであった。

 敵の影が僅かに視界を掠めた、つまり敵にも自分たちが見えたのだ! とファイが身構えた。
 
 ――その時。

「タツオーーッ!! 生きていたのか……!? 本当にお前なのか!!?」

 朝河飛龍の、声が聞こえた。




続く


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