ヴァンの日記より
2008年6月某日
『あー・・・ごめん、みんな。ちょっと席外すね。
僕の分のケーキは取って置いてよ。絶対だからね!』
ファイはそう言い残して家を飛び出して行った。
目の前にあるケーキも投げ出すほどのきんきゅう事たいだったのだろうか。
僕にはそんなじょうきょう想像もできない。
僕ならまずケーキを食べてからこうどうする。
人生にはゆとりと言うものも必要だというのがファイにはわからないらしい。
みんなファイが飛び出して行って初めはびっくりしていたが、
「フン、またいつものアイツのほーろうへき?が出たわね」
「またどっか行くのかー。オレも連れてけよー」
などとフレデリカやカイルは言って、またそのすぐ後はいつも通りの×様子だった。
マリーやシャオもふあんそうな顔をしていたが、そんなフレデリカやカイルの様子を見て心ぱいないのだと思ったらしい。
僕はいまいちじょうきょうがのみこめていなかったが、とりあえずケーキが一人分あまったという事はわかった。
ケーキをじっと見つめているとマリーがケーキを冷ぞう庫にしまってしまった。
残り物には福があるというが、ケーキを残しておいても福はないと思う。
くさる前に僕がかわりに食べておこう。
ケーキをくさらせるなんてケーキをつくったかみさまに失礼だ。
そういえば、おばあ様はじっと×まどを見つめていて、しばらくするとなんだかがっかりしたみたいだった。
なにが見えたのだろうか。僕にはよくわからない。
◆◆◆
2008年6月某日
ファイが飛び出して行ってから何日かすぎた。
ファイからの連絡はいまだにない。
今まではどんなに長い間家を空けていても×必ず連らくは入れたのに、なんだか変だ。
シャオは読書仲間が、カイルは遊び相手がいなくてひまそうだ。
フレデリカは、
「バカがバカやってバカな事になってるんじゃないの。バカに付ける薬はないってホントだったのね」
と言っていた。
バカって言うヤツがバカなんじゃ、と言ったらあやうく燃やされかけた。
前にマリーが珍しくフレデリカに反こうした時にフレデリカが言っていたのだけど、アレはうそだったらしい。
あれはファイにフレデリカが何か言った時だったっけ。
ファイほんにんは困ったみたいに笑っていただけだったけど、マリーはそばで顔を真っ赤にしてフレデリカに
「フーちゃんのバカ!!」
と言った。
その後のフレデリカの言葉がアレだった。
二人の間をなんとかおさめようとファイが必死になっていたのを覚えてる。
ファイの一部分が焦げたり、物がぶつかったような青あざが顔に出来てたりしたけど、なんとかなったみたいだ。
二人は仲直りして、そのあとファイにあやまっていた。
ファイは、
「許すもなにも、そもそものほったんが僕なんだし。二人が仲直り出来てよかったよ」
と笑って二人から頭を下げられるのを断っていた。
そばでおやつを食べながら眺めてただけなのでイマイチじょうきょうが分からなかったが、何となくファイは心のひろいヤツだと思った。
でも、二人が去った後、ファイはうつむいてじっとてのひらを見つめていた。
その顔はなんだかふくざつそうだった。
どうも単に心が広いだけのヤツじゃないみたいだ。
ふしぎな男である。
ファイが何を考えているのかわからなかったが、それはそれとして僕の存在感があまりないのでは、と言うことにあせりを覚えた。
三人がさわがしくやっていた時も、ファイが一人になった後も誰も僕にきづいてなかったみたいだ。
ファイは最後まで僕にきづかずに自分の部屋に戻っていった。
いめちぇん?でもするべきなのだろうか・・・と思ったのだった。
・・・はなしがそれた。
みんなどうもファイの事を変に信らいしているきらいがある。
何かもんだいがおきてもファイなら何とかするだろう、みたいに。
僕にはそれが何でなのかよくわからない。
そんなにファイとは親しくもなかったから、わからなかったのかもしれない。
何でなのか×気になるけれど、かんじんのファイがいないのでどうしようもない。
ファイが帰って来るのを待って聞いてみようか。
だけど・・・
変な信らいが僕にはないからこそ、何となくいやな感じがした。
もうファイが帰って来ないんじゃないか。そんなきもちになる。
あのケーキは食べるべきではなかったんじゃないだろうか。
今になってざいあくかんがわいてくる。
それこそ、今となっては本当にどうしようもない。
ケーキを食べていやなきもちになったのは、これがはじめてだ。
・・・なにかがおかしくなっていっているような気がするのは、僕の気のせいであってほしい。
◆◆◆
2008年7月某日
おばあ様が死んだ。
交通じこだった。
みんな泣いた。僕も泣いた。
体のどこにこんなに×涙が入っていたのだろうか。
自分が泣いている事を思うと、よけいに涙が出てきた。
おばあ様が死んでかなしいから泣いているはずなのに、泣いている自分がかなしくて泣いているように感じた。
頭の中がぐちゃぐちゃで、なんで泣いているのかもわからなくなった。
むねが苦しい。おなかもむかむかする。
どうして人は泣くんだろう。
僕にはわからない。どんなに考えてもわからなかった。
シャオが泣くまいと必死にこらえていたが、けっきょく涙を止められなかったみたいだ。
その時のこらえる顔が、いつかのてのひらを見つめるファイの顔にそっくりだった。
でもファイはあの時泣かなかった。
どうしたら、泣かないでいられるんだろう。
もしかしたら、ファイなら知っているのかもしれない。
だけど、ファイももういない。
あれから一月以上がすぎたけど、ファイからはなんのおとさたもなかった。
おばあ様は何か知っているようで、
「・・・近々話すことがある。あやつ、ファイの事、それからこれからの事じゃ」
と言っていた。
おばあ様が死んだのはその矢先のことだった。
けっきょく、おばあ様は何を言おうとしていたのだろうか。
それを聞く前におばあ様は死んでしまった。
おばあ様の表情から何となくよくない事なんだろうな、というのはわかった。
おばあ様が死んで、おそうしきが終わって、みんなは家に帰った。
家に帰ると、スーツを着た変なおじさんが家にいた。
なんでも、おばあ様に万一の事があった時に僕達の事をおばあ様にたのまれていたらしい。
くわしい話はわからなかったけれど、どうやら僕達はもうこの家にはいられないらしい。
どこか、しせつのような所へ行く事になるそうだ。
フレデリカがまた荒れに荒れていたけれど、マリーが、
「みんないっしょだから、大丈夫」
と言ってなだめた。
「・・・一人、足りないじゃない・・・」
フレデリカがそうつぶやくとみんなまた泣きそうになった。
そのしめった空気にした事をマズイと思ったのか、
「あーもう!!あんなヤツの事なんか思いだすんじゃなかった!!こんな時に主人の側にいないなんて、アイツは家来失格だわ!!」
そう怒鳴って、何かをふりはらうようにひっこしの準備を始めた。
そのいきおいにみんな動かされて僕達も荷物をまとめた。
これからたぶん、どんどんいそがしくなるのだろう。
もう日記を書いているひまもないかもしれない。
これが最後になるかもしれないので、書けることは書いてしまおう。
それで、もう日記を読み返さないでおこうと思う。
読み返せば、きっとまた泣いてしまうから。
・・・さいきん夜に空を見ると、なんだか不安になる。
なにかがもっとおかしくなるような、なにかがとてつもない事がおこるような、そんな不安なきもちになる。
でもそんな時、白くぼんやりと光る月を見ると、少しその不安はなくなる。
まるで見守られているかのような・・・
何とも言えないふしぎな感覚だ。
そのふしぎな感覚は、どこかで覚えたような気がするんだけど、うまく思い出せない。
思い出したくないのかもしれない。
とにかく、c'est tout (これでお終い)。
◆◆◆
2009年12月某日
部屋をせいりしていたら、なつかしい物を見つけた。
人生ゲームやその他おもちゃなどごちゃごちゃにつっこんであった荷物のおくのおくに、この日記帳があった。
いぜんによそうした通り、新しい生活はけっして楽じゃなかった。
この日記帳の事なんかさっぱりきれいにわすれていたのだから。
日記を読みふけっていたら、ぐずぐずするなとシャオに言われた。
やれやれ、人生にはゆとりと言うものも必要だというのがシャオにもわからないらしい。
こんな日くらい、以前をふり返るのも許されるだろう。
明日は、"ワイズ"宣戦の×儀決行の日。
僕達はソイツ達と戦うつもりだ。みんなと話し合って、そう決めた。
世界をほろぼそうなんて大マジメに言う相手と戦って、どうなるかわからない。
でもだまって見すごす事なんかできない、というのが僕達のけつろんだった。
きっとおばあ様もこのけつろんを許してくれるはずだ。
たつとりあとをにごさず。
しせつにあった荷物はおおかたかたづけた。
あともう少ししたらここを出る。
部屋の明かりを消すと窓から入りこむ月の明かるさが、今日か明日が満月なのだと教えてくれた。
この日記も今、月明かりで書いている。
相変わらず月の明かりはやさしい。
明日が来るのがあんなに怖かったのに、今はそれほどでもない。
・・・このままずっと月を眺めていたかったけれど、もう時間みたいだ。シャオが呼んでる。
くしくもこれが最後のページだ。
もし、ぶじに帰って来れたなら、また新しく日記を始めよう。
こんどは、こんな悲しい事ばかり書いてあるんじゃない。
どんなにささいなつまらない事でもいい。
しあわせな日記にしよう――・・・
幕間終わり