アロハさんが風を切って走る。
およそ人間の出せる速度を超えながらの疾駆。
耳の奥では轟々と唸る音が聞こえている。
脇に抱えられた僕は激しく揺さぶられ、三半規管が悲鳴を上げそうになっていた。
単に目立つのを避けたのか、街の人達が巻き込まれることを配慮したのかはわからないが、
走り出した先は市街地とは逆の方向で、どんどん人の気配から遠ざかって行っていた。
風を顔面に受け呼吸すら儘ならないので、喋る事など以ての外であり舌を噛む心配はなさそうだ。
いいかげん苦しくなってきたので息をする為に首を丸め下を、今の体勢的には後ろを向く。
「っ!追って来てます!」
自分の腋の間から見える景色の中に先ほどのトラックの姿があった。
トラックの姿がだんだん大きくなっていっていることから少しずつ追いつかれて来ているのだと思われる。
「わーってるよ!んな事!!喋んな!」
自分の荷物片手にもう片方で僕を抱え、両手のふさがったアロハさんは切羽詰まった声音で言う。
やはりこれだけの重量を抱えていては流石のアロハさんにもキツイものがあるのだろうか。
この角度では表情は窺い知れない。
そうしてしばらく走っていると、ポツリと呟く声が聞こえた。
「・・・あ、ライズ使えばいいんだ」
その瞬間、世界が時を止めた。正しくは僕らが時の流れを突き破った。
急激で爆発的な加速。流れていた景色が急にその輪郭を崩壊させ、ただの色のついた何かに変わる。
先ほどまで出していた速度を10とするなら今は25くらいは出ているように感じた。
トラックを一気に突き放す。
「――――っ!!?」
息が出来ない言葉が出ない思考が纏まらない。
ただただ振動という名の凄まじい暴力に耐えるしかなかった。
がくがくと頭が揺さぶられる。
よく分からないが、何か危険な物が来ると頭の中で警鐘が打ち鳴らされ始めていた。
腹腔から鼻の奥にかけて奇妙な不快感を感じる。そしてその数秒後、警鐘の正体がはっきりと推測された。
どうやら、僕はここまでのようだ。
「ぅ、え゛え゛え゛え゛え゛え゛゛」
「うおッ!?きったねえ!!?」
動揺でかアロハさんの走る速度が少し落ちた。
さっきのモーニングセット、また会ったね。
謎の物体Xというか、悲劇の産物というか、通称ゲロと呼ばれる存在が口から漏れた。
口内に苦酸っぱいという不快感の象徴のような味が広がり、それが更なるゲロの連鎖を呼ぶ。
辛うじて僕を抱えているアロハさんにはかからなかったようだ。形容し難い色のアーチが描かれる。
そして吐くだけ吐くと少し気分が晴れた、ような気がする。
「・・・ふんっ!!」
「ちょっ!!?お前!!」
おもむろに吐瀉物を後ろを走っているトラックにテレキネシスを使って投げつけた。
追ってくるトラックの速度が少し緩んだように思う。
作戦は成功である。
・・・ああ、ごめんよマリー。こんな事に君の能力を使ってしまって。
でも緊急事態なんだ。きっとマリーも納得してくれるはず。
でもそんな罪悪感は吐瀉物と一緒に吐きだしたので、
申し訳ないという気持ちは今はトラックのフロントガラスの上に広がっていた。
「色んな意味でスッキリしました!もう本気で走って貰っても大丈夫です!」
「あ、ああ。しっかり掴まってろよ?」
・・・何か大事な物を失った気がするけど、なんだろう。
胸がぽっかりと空いた気がするのは食べた物を吐いたからなのか、それとも・・・まあいいか。
再び加速。
「――――っ!!!」
やっぱりこの加速には慣れない。
しばらくはこれ、トラウマになりそうな気がする。
――・・・
そして一気に視界が開けた。
昨日泊まった場所、先程までアロハさんとマフラーさんが戦っていたあの河原の付近に出たのだ。
「川か!・・・おし!」
アロハさんが何か自分の中で決心したかのように呟く。
「服掴んでろ!ぜってえ離すなよ!!」
そう言って、土手の側面を駆け上がる。
駆け上がって、土手の頂上に到達して、そこから跳んだ。
地面が遠くになる。草が生い茂っている部分が緑色のカーペットを敷き詰めたかのように見えた。
風を先程よりも強く頬に受け、耳の奥の唸る音が聴覚を完全に占めた。
空に広がる雲の姿を先程よりも大きく感じた。
「って飛んでる!?飛べたんですかアロハさん!!?」
これは・・・テレキネシスの応用なのだろうか。少なくとも僕には出来ない芸当だ。
頭を起こし大声で尋ねる。
ニヤリとアロハさんが不敵に笑っていた。
「飛べねえなんて誰が決めた!!飛ぼうと思ゃ飛べるモンなんだよ!!!」
後ろを見てみる。
トラックが走れる道が無いためトラックは停止し、中の人達はこちらを見ていた。
尚且つ橋は遠くに見えるのが一つあるだけで、向こう側にあの人達が渡るのには遠回りをしなければならないだろう。
これで大分時間を稼げる。
それに加え先程のアロハさんの加速後の速さと、トラックの速さを考えてみたら逃げ切れるような気がしてきた。
僕達の影が下方の川の水面に映る。今は丁度川の真ん中程である。
夏の強烈な陽光を反射し川がキラキラと光って見え、眩しかった。
このまま向こう岸まで飛ぼうとしていたその時。
乾いた銃声が空に響き渡った。
「グッ!!?」
「撃ってきた!?」
土手の上から銃を構えている人達の姿が見えた。
無関係な僕が抱えられている以上、撃ってくる事は無いと踏んだが、甘かったようだ。
急に高度が下がる。
川へ向かって僕達は自由落下していた。気持ちの悪い浮遊感にまた吐きそうになる。
アロハさんの能力が解除されてしまったようだ。
「当たったんですか!?大丈夫ですか!!」
「掠っただけだ!!」
アロハさんの上腕から血が滲んでいるのが見えた。
痛みでアロハさんは顔をしかめている。
そしてこのままだと川に落下してしまう!
いや、それよりも狙い撃ちされてしまうかもしれない。
それはどちらもお断りだ!!
PSIのバースト粒子を放出、大気と混ぜ合わせ、固めるイメージ。
「"マテリアル・ハイ"!!」
二人分の体重を支え得る空気のブロックが投影された。
続いて向こう岸までいくつものブロックを生み出す。
「これ使って下さい!!」
「助かる!!」
僕を抱えたままアロハさんは空中で体勢を整える。
そしてブロックの上に着地。
たわめられた膝が再び伸ばされ跳躍。
次のブロックへと跳んだ。
連続で跳躍していれば狙いが定まる事もなく狙い撃たれるような事は無いだろう。
今度こそ、渡り切れそうだ。
アロハさんも力が使えるようになったみたいだ。多分、逃げ切れるだろう。
それにしても、あんなにたくさんのブロックを創ったのは初めてだった。ひどく疲れた。
でもそれは逃げ切れた事の安堵感と混ざり合い、不思議な、快い疲労感だった。
◆◆◆
時は少し遡って――・・・
大規模のPSI反応があった地点の付近に差し掛かった頃、
捜索隊は目標の実験体06号ではなく、逃亡中の実験体01号を発見。
早朝の大規模PSI反応は06号ではなく01号の物のように推測された。本部に連絡を入れる。
本部からの指令が届く。01号の抹殺命令。
今回の目標ではない01号との接触に戸惑う捜索隊だったが、
元々目標とされていた存在なだけに抵抗は割り方少なかった。
しかし、実験体01号と同伴していた少年が実験体に逃亡を勧める。
目標以外の存在を危険に晒す訳にもいかず、発砲が躊躇われた。
そうしている内に、実験体01号が少年を人質に取り逃走。追跡する。
少年を人質に取られたことを捜索隊は本部に連絡。
実験体01号を補足した際に収めた画像データに少年が一緒に写っていた。
身元の確認の一助としてその画像データを本部に送る。
しかし・・・しばらくして返ってきたのは、少年の捕獲命令だった。
捜索隊は戸惑う。
理由を尋ねたが、それについては返事が返ってくる事は無かった。
ついで、少年を抱えている状態の実験体01号に対し発砲の許可が下りた。
状況的に考えると、それは少年に対する発砲の許可と同義だった。
何度も確認するが、指令が覆される事は無い。
そうこうしている間に、実験体01号は異能力を行使して飛行。
河川を横切ろうとした。
トラックが河川を渡るには迂回する必要があった。
このままでは逃げられると捜索隊は判断。発砲に踏み切った。
弾丸の内の一発が01号を掠める。
01号は一瞬異能力の行使が不可能になる。そのまま河川に墜落すると思われた。
しかし、着水する寸前、実験体は落下を止めた。
先程までの飛行と異なり、見えない足場に立ってかのいるように見えた。
そこで捜索隊は気づいた。少年もまた異能力者であると。
指令に納得しそうになる捜索隊。
しかし、それだけでは捕獲の対象にされるであろうかという疑問は残った。
結局、疑問を残したまま実験体01号と新たに目標とされた少年は河川を渡りきり逃走。
その行方はロストしたのだった。
その存在に気付いた者が居ることに、白い髪の少年は未だ気付かない。
◆◆◆
「・・・撒いたか」
アロハさんが肩で息をしながら言う。ひどく疲れているようだった。
だがそれも仕方ないと思う。重たい荷物(僕を含む)を抱えて半日近く走り通したのだ。
もう日も傾いて来ている。
これではいかに超人的な力を持つアロハさんと言えど無理もない。
「ご苦労様でした。これ飲みますか?」
カバンから水の入ったペットボトルを取り出した。
マフラーさんの頭を冷やすのに使った水だ。幸いまだ残っていた。
「ああ、ってぬりぃ・・・しかも水かよ。やっぱ、ファミレスで何か貰って来とくべきだったか・・・」
「その分荷物の重さは増えますけどね、というかその前に駄目ですよ。自販機でも探しますか?」
文句を言いながらもアロハさんは全部飲み干している。
「あー、そうすっかなぁ。ってか疲れたしな、飯でも食うか」
「いいですね、僕も新技を使ってからずっと胃の中が空っぽですし」
「新技?・・・ってゲロ爆撃の事か。あんなもん技にカウントすんな。サイキッカーに失礼だ。
それ以前にお前、尊厳とかそういうもん持ってねーのかよ・・・」
「・・・やっぱアレ、駄目でした?なんか駄目な気はしたんですけど、
なにぶん記憶がないんでよく分かんなかったんです。封印する事にしますか」
「封印じゃねえ。記憶から消せ。
っつーかここどこだ?なんか賑やかな街っぽいが。飯食う分にゃ問題無さそうだな」
確かに人ごみとそれに伴う喧騒。それらを五感で感じていた。
ポケットをまさぐる。良かった、ケータイは落とさなかったみたいだ。
「携帯のGPSで確認したら横浜辺りみたいですね。
凄いですね、走って半日程で神奈川を横断したんですか」
「横浜かー、中華でも食うか!!金は、まあなんとかなるだろ!」
はしゃいでいて若干聞いてなさそうなアロハさんを横目に一人思う。
あの時の激昂。
目の前の理不尽な別れをもたらす存在に対しての、明確で強烈な敵意。
あれは僕じゃなかった。よく分からないがそんな不思議な感じが今となってはする。
まるでアロハさんの怒りに引っ張られたような…
それに、あの組織。
外れとはいえ市街地で銃を使うような、それでいてケータイでニュースを見ても発砲事件として明るみに出ていない、
発砲した事を隠蔽できるような力を持つ。
そしてPSIの研究、非人道的な行いも厭わずそれもまた隠蔽し得るような集団。
力が大きいとかそういうレベルの類じゃない。とてつもない大きな何かを感じる。
何なのだろうか、一体。
・・・隠蔽。
あの事故の日が脳裏を掠める。・・・いや、流石にこれは考え過ぎだな。
それだけで結びつけるのは短絡的どころか妄想の域にまで達している程だろう。
大体、僕がPSIに目覚めたのはエルモア・ウッドへ行ってからの話なんだし、全くもって関係ない。
・・・それでも、靴の中に砂利が紛れこんだような、何とも言えない奇妙な違和感だけが、僕の奥の奥で渦巻いていた。
「おーい!置いてくぞォ」
アロハさんが僕の何十メートルか先で片手を上げながら言った。
明滅する無数のネオンが後ろから照らし出すが、その為こちらを向くアロハさんの顔は暗くてよく見えない。
「あ、はい!今行きます」
そうして僕は考えを止め、走り出した。
走らないと、低く唸るその渦に飲み込まれそうだったから。
◆◆◆
いつかあった日。
「お前、テレキネシス使えたよな?」
「はい?ええまあ使えますけど、それがどうかしましたか?」
朝、いつも通りPSIの訓練をしているとアロハさんが声を掛けてきた。
この修行の風景ももうすっかり慣れた物だと思ったけれど、何かあったのだろうか。
「ちょっと使ってみ」
顎で指しながらアロハさんが言った。
「なんですか、いきなり・・・まあ構いませんけど」
目を閉じて意識を集中させる。
そして再び瞼を開き、投影。目の前にあった石を一つ持ち上げた。
そのままそれを僕の体の周りを旋回させる。
もう一つ持ち上げ、また旋回。
もう一つ、もう一つ、そしてもう一つ。
合計五個の石がまるで恒星の周りを回る衛星のように、僕を中心として飛んでいた。
マリーのテレキネシスを模倣してから大分日が過ぎた。
訓練のかいあってか、コントロール技術やテレキネシスの力は付いてきたのではないかと思う。
五つの石を上空に飛ばし、地面に着地する際には五つ重ねて立てた。
目の前には石の五重塔が出来上がった。
「・・・・・・」
それを見てアロハさんは黙りこくっている。
「どうかしたんですか?何か問題でも?」
「・・・・・・」
そしてアロハさんは無言のまま人指し指を突き出し、テレキネシスで石の塔を崩した。
「・・・それ、拾ってみろ」
「え?」
「テレキネシス使ってな」
なんだかよく分からないままに言葉通りにテレキネシスを用いて散らばった石を拾い上げる。
その僕の掌から石までの空間を凝視するアロハさん。
「・・・遅え」
歩み寄ってくるアロハさん。
眉間には皺がよっている。
「何がです?」
「イメージが練り上げられてからPSIが放出されるまでタイムラグがあんだよ。
これは熟練度とかそういうモンじゃねえ。お前このままだと多分どっか早い段階で能力が伸びなくなるぞ」
「え、でもPSIは使い方次第でどこまでも伸びるって。成長限界とかあるんですか?」
「そんな極まってから止まるんじゃねーよ。言ってみりゃ成長期が来る前に止まるようなもんだな。
俺の感覚だがな、お前そのPSIの波動と親和してねーよ。頭でイメージして、それが外で固まる前に一度ブレちまってる。
そのブレがある限り、どんだけ力練ったとしても大したモンにはならねえな」
「ブレ・・・ですか」
「他人のPSI波動を模倣する能力、か。今までそんな奴見たこたねえ。
PSIを模倣するって事は、非科学的だが他人の魂みてえなモンを真似るってことだぞ。
んなことホントに出来んのか?いや目の前に出来る奴がいるんだがな」
「そう言われましても・・・出来るもんは出来るとしか言いようが無いです。
・・・ただ、前から気になってたんです。僕、マフラーさんの能力コピー出来ませんでしたよね?
他にも知り合いのサイキッカーのPSIをコピー出来るのと出来ないのがあったんです。
どういった条件で僕はPSIを模倣出来るのか・・・分からないんですよね」
脳裏にはフレデリカの炎、パイロキネシスとヴァンのキュアの力が浮かんでいた。
「それは俺にもわっかんねえな。お前の事はお前が一番よく知ってるだろうしな」
アロハさんが投げやりに言う。
ついでに尻をボリボリと掻き、大きく伸びをした。
「僕ほど自分の事が分かっていない人間もそうそう居ないと思いますよ」
「なに偉そうに言ってんだ。さっさと見つけるんだろ。自分」
「そりゃそうですよ。その為の旅なんですし」
「おう。じゃそろそろ行くぞ」
「ハイ」
◆◆◆
別の日。
…あつい。非常に暑い。まずいくらいアツイ。ヤバイくらいアツイ。ものすごくアツイ。
アツイがアツイ。アイツがアツイ。アイツがボクでアツイがアイツ。アツイアツイアツイ
アツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツアアアイアアアツアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「・・・ハッ!?危ない・・・もう少しでトリップしてしまうところだった・・・」
今僕は道路の脇に立っている。
夏の尋常じゃない熱量を持った日差しを遮る物などどこにもなく、
僕はただひたすら日光を浴びて干物と人間の世界初のハイブリッド生物となろうとしていた。
頭に被っている帽子を一旦取る。ムワっとした空気が出る。
この暑さでは日差しを避けるために帽子を被った方がいいのか、暑さを避けるために帽子は被らない方がいいのか
分からなくなってきていた。
ただ分かるのはそろそろマズイという事だけだ。
「っ!!!?」
遠くからエンジン音が聞こえてきた。
それに同調するかのように心臓もアイドリングをする。
力なく地面に打ち捨てられていたボードを拾い上げた。
そして逸る息を落ち着かせ、ゆっくりと右手を胸の前に持っていく。額からは一条の汗が流れた。
卵を包むかのように優しく、だけどしっかりと五指を握る。
五指の中には夢、希望、未来、とにかく何でもいい。それらが納められているような幻視をした。
心臓が高鳴るのが右拳から伝えられる。
胸に当てた握り拳を水平に伸ばす。
そして何かを堪えるかのように折り曲げられた親指が、今、蒼天に向かって解き放たれた!
『○○県』
キキーッとブレーキの掛かる音がした。
あ、ああ・・・これで助かる。
「いやーこんな小さい子が旅してるだなんてね」
ヒッチハイクに引っ掛かってくれたトラックの運転手さんが言う。
「すいません、ホントにありがとうございます・・・危うく干物側に傾いてしまうところでした」
「干物・・・?まあいいや。君一人旅なの?偉いねーウチの息子なんか…」
「あ、いえ。連れがいます。アロハさーん!!」
そこら辺に向かって声を張る。
「おーう、見つかったかー?」
近くの草むらからアロハさんが起き上がった。
<トラック運転手>
あ!野生のふしんしゃが飛び出して来た!
コマンド?
にげる
にげる
にげる
にげる←
うまくにげきれた!
「うまくにげられた!ってどーすんですか!!!
これ四台目ですよ!逃げられるの!!なんですかそのオートほえる機能!!今すぐ捨ててください!!!」
「 03号 それをすてるだなんてとんでもない!(裏声)」
「あああああ!!!!ぜんっぜん似てないのが腹立つ!!
大体なんで僕が立っててアロハさんは寝転がってるんですか!?それが大人ってやつですか!
そんなんなら大人になりたくないですね!!大人の階段にずっと寝転がっててやりますよ!!!」
「しょうがねーだろよオメー。最初俺が立ってたら掠りもしねーんだからよ。
むしろ俺の前でアクセル踏んでたような気がすんぞ」
「まあ僕が引っかけてもアロハさんが出てきたら逃げ出してばっかですけどね!!」
「そうカリカリすんな。カルシウム足りてねーんだよ。ほら牛乳でも飲め」
「・・・これいつの瓶牛乳ですか?あとこれどこで手にいれたんですか?」
「昨日の朝。なんかひとんちの玄関の前に落ちてた」
「この暑さで牛乳なんか腐ってるに決まってんでしょーが!!
あとそれ落ちてたんじゃなくて置いてあったんですからね!!?宅配牛乳ってんですよ!!!」
「お前、ホント暑いの駄目なのな。
まあ、心配すんなそろそろ来るから。荷物、ビニールで覆っとけよ」
「何が来るんです!?もうこっちは一周回ってウサ耳眼鏡男でも電気ゴリラでも来いって感じですけど!!!?
・・・って冷たっ」
「ホラ、これで少しは涼しくなんだろ。荷物、濡れねーようにしろよ」
・・・そう言えばいつの間にか青空はその姿を隠し、代わりに分厚い灰色の雲が上空を占めていた。
暑さでいっぱいいっぱいで気がつかなかったみたいだ。
ポツリ、ポツリと空から零れた滴がゆっくりと地面を濡らし始めていた。
「ま、ゆっくり行けばいいじゃねえか。旅は逃げたりしねえって」
「・・・すいません。ヒッチハイクしようって言いだしたのも僕でしたのに・・・
でも宅配牛乳泥棒はやめて下さいね?」
「うーい」
ポツリ、ポツリとソロで歌い始めた雨は、少しずつ声音を変えていく。
そしていつしか大合唱となっていた。
それを聞く観客は今、僕とアロハさんの二人だけだった。
◆◆◆
また別の日。
「どうやっていくつも物操ってるかだって?」
アロハさんがカップラーメンを啜りながら答えた。
僕のは五分待ちの奴だ。だからもうしばらくかかる。
「なんでんな事聞くんだ?」
「えっとですね、PSIの訓練を始めて早幾年付き・・・は誇張表現ですが、とにかく大分時間が経ちました。
もう能力を単品で使うのなら問題は無いんです。
ですが、同時に二つ以上の力を使おうとしたら相変わらず頭が悲鳴あげるんです。どうしたらいいんですかね」
「んー・・・・・・知らん」
あまりにバッサリと切り捨てた返事にがっくりと肩を落とし頭を垂れた。
「知らんって・・・」
「いや、知らんモンは知らん。だってお前みてーに複数の能力使えるわけじゃねーし。勝手がわかんねーんだよ。
ただ複数の物を操る時はな、思考を分割してんだ」
「思考を分割?」
気になる言葉が耳に飛び込んできた。頭を持ち上げる。
「ああ、そうだ。お前、二人の人間から同時に話しかけられたらどうする?」
「どうするって、どうしようもなくなってどちらも無視します」
「いや、せめて片方は聞いてやれよ。
そう言う問題じゃなくてだな、お前、一つの頭で二つの事を演算出来てねーんだ」
「そんなこと言ったって人間には頭が一つしかないんだからしょうがないじゃないですか」
「そうだ、頭は一つしかねえ。だからな、頭の中で頭を増やすんだ」
「AとBの事を一つの頭で処理するんじゃなくて、Aの事はAの頭で、Bの事はBの頭でって事ですか。
簡単に言いますけど、これって凄く難しいんじゃ・・・」
「ま、その辺は仕方ねーな。俺は昔から出来たからトレーニングなんてした事ないしな。
やり方は感覚じゃ分かるんだが、それを言葉にして説明すんのは無理だ」
結局、分かったのは凄く難しいって事だけだった。
でも、新しい視点を得られたと思った。二つの頭、そんな事考えた事も無かった。
これからはその方向でトレーニングしてみようかと思う。
まずは試しにコンセントレイトしてみる。二つの頭・・・二つの頭・・・
「・・・オイ、おい!
早速一つの事にしか集中出来てねーじゃねーか。カップ麺仕上がってんぞ。
ったく、食っちまうぞー?伸びるよりマシだよなー?」
二つの頭・・・二つの頭・・・
続く