あちこち服をずたぼろにされながらも、上条はなんとか生き残れた。
身体のところどころが七閃に切られたり、美琴の直接攻撃(例のちぇいさーキック)で痣ができているが、支障は特にない……ことにしておいた。
なんでステイルと戦った時より傷ついてんだ。
不条理な女性陣にこっそりため息をついた。
一方、美琴はというと、先ほど一時共闘していた神裂を警戒していた。
「で、インデックスの治療は終わったけど、アンタはこれからどうするの?」
インデックスに手を出すなら容赦はしないといわんばかりに、片手に電撃を収束させている。
神裂は眠ったままのインデックスに数秒目を遣り、魔術師としての態度で美琴に臨んだ。
「……今日のところは退かせていただきます。ですが、ゆめゆめ忘れないで下さい。我々はインデックスを保護するために来ました。後日、迎えにあがります」
神裂は闘気を宿した目で、美琴を射貫く。
「抵抗はなさらないで下さい。あなた達では、私に敵いませんから」
「ちょろっとアンタ、私を舐めてない?」
美琴の電撃が光りを増す。スタンガンのスイッチを一斉に入れたかのような、凶悪な音が鳴る。
「さっきのアンタの技、アレって魔術じゃないでしょ。七本のワイヤーを使って、あのバカに一度で七つの斬撃を放った。そうでしょう」
「……よくわかりましたね」
「金属探知くらい、電撃使い(エレクトロマスター)の私にはわけないわ。あんなの、放った瞬間に感電させてやるんだから」
ふん、とつまらなそうに美琴は鼻を鳴らした。
「ですが、私にはまだ真説の唯閃があります。この七天七刀、飾りではありません。私にコレを使わせないで下さい。気付いた頃には、体が真っ二つになっていた、なんてなりたくなければ」
挑発ともとれる神裂の言葉に、美琴はポケットから取りだしたコインを弄びながら、青筋を浮かべた。
「ふーん、それって音速の三倍以上速いのかしら?」
両者の間に、美琴の電撃によるものではない、火花が散っていた。今にも戦闘を始めかねない勢いで、睨み合っている。
「あのなあ、それよりもインデックスを、安静な場所で寝かすのが先だろうが」
いつの間にかインデックスを背負った上条が、白けた目で二人を見ていた。
「わ、わかってるわよ。そんなことぐらい。ただ、この女がインデックスに悪さしないかと思って」
美琴は口を尖らせていじけたようにいうと、素直に電撃を消した。
「では、私は行きます。次に会った時は、絶対に抵抗しないで下さい。……私は、名乗りたくありませんから」
神裂は一礼し、そのまま踵を返して歩き出した。それを上条が呼び止める。
「待てよ。聞きたいことがあるんだ」
振り返らぬまま、足をとめた。無視して進むか、戻って話を聞くか迷っているようだが、上条は構わずに言葉を続ける。
「お前は、どう見たってあのステイルっていう魔術師とは違う。インデックスをモノ扱いしていたアイツと違って、必死でインデックスを助けようとしていた」
「……死なれたら、魔導書の保護ができないからかもしれませんよ」
他人事のようにいう神裂に、上条は即座に否定する。
「いいや、違うな。それだけしか考えてない人間は、あんな顔はしねえ。……なあ、ほんとはわかってんだろ? インデックスは危険な爆弾をたくさん抱えた人間なんかじゃねえ、ただの女の子だって。――なのに、なんで追い詰めるようなまねをしたんだよ。始めからお互い話し合って理解して、傷つけるようなまねなんかしなくても……なんでだよ」
「当麻……」
歯を食いしばり、今にも泣き出しそうな上条に、美琴はただ名前を呼ぶことしかできなかった。
神裂は振り返り、上条を非難するような目で睨んだ。しかしすぐにうつむき、腹の底から絞り出すような声でいう。
「私だって……好きでこんなことをしている訳ではありません」
恐る恐る、神裂は顔をあげる。その瞳には、ありありと迷いが見て取れた。
「聞けば、後悔するかもしれませんよ。それでも……聞きたいですか?」
上条は迷うことなく頷いた。美琴はためらったが、上条の即断を見て決心する。
「いいわ。……訳を訊かせて」
そんな二人を、神裂はどこか疲れた表情で見ていた。
人生の底辺にいる人間が輝かしい人を見上げるような、その輝かしい人も自分のように堕ちることを知っているかのような、そんな疲れ切った表情だった。
神裂は語ることすら煩わしいかのように、重たげに口を開く。
「私は、あの子と同じ組織――必要悪の教会に所属しています。彼女は私の同僚で――親友、だったんですよ」
上条の目が、驚愕に見開かれた。美琴は胸を押さえるように手をやる。
「嘘……そんな、あの子はアンタたちのこと、悪い魔術師だって」
「嘘では、ありません」
微かに震えながら、神裂は告げた。
「あの子の記憶は、一年前から一切ありません。私達が消しました。そうしなければ、あの子が死んでしまうから……だから、消しました」
夏の熱気が、一気に真冬の寒気に変わったような、そんな寒さを美琴は感じた。神裂が何をいっているのか聞こえているのに、理解できない。理解したくない。
「なによ……それ」
両手で体を抱いて、美琴は得体の知れぬ寒さに震えた。
上条もまた、妙な乾きに襲われていた。喉がやけにひりつき、水分を欲している。
かすれた声で、それでもどうにか訊ねた。
「……どういうことだよ。なんでお前達が記憶を消さなきゃ、インデックスが死ぬんだ」
「彼女が完全記憶能力を持っていることを、あなた達は知っていますよね」
「あ、ああ。それでインデックスは一〇万三〇〇〇冊の魔導書を記憶しているって」
「そうです。それだけではありません。彼女は魔術を扱う素養がないため、魔術を用いることはできません。ですが、あらゆる知識を引き出し、組み合わせ、応用し、実践することで、私達の追撃から一年も逃がれました。あなた達のような、特殊な能力もない少女が、です」
それがどれだけ異常なことか。
上条はなんなくステイルを倒した。しかしそれは美琴の協力があったからであって、更に実戦経験をいくつも経験したことが大きい。
それがなければステイル本人はなんとか凌げても、幻想殺しが効かなかったイノケンティウス相手に、焼死していただろう。
「彼女は紛れもない天才です。教会がまともに彼女を扱おうとしないほどに」
神裂は、インデックスを天才だ、まともに扱おうとしないのだという。
でも、上条当麻という人間は、そんな些細なことなど気にもしない。
「……いくら天才でも、あいつはただの女の子だよ。腹を空かしてベランダで行き倒れるような、ちょっとおかしなところもあるけど、普通に笑って泣いて、そして自分より他人のことを心配するような、そんな優しい普通の女の子だ」
その言葉に、神裂は自嘲するように笑った。
「そうです、彼女がいくら天才といっても、体は凡人と変わりありません。一〇万三〇〇〇冊の魔導書に85%もの記憶領域を圧迫され、残り15%で辛うじて一年間の記憶を保持できる彼女の脳は、なんら私達と変わらないものです」
「っ……!」
上条は息を飲んだ。神裂がいったことがとても信じられず、言い返す。
「そんな……いくら一五%しか残ってないからって、一年しか記憶できないなんて」
「忘れましたか? 彼女は完全記憶能力者ですよ。ほんの些細な、すれ違った人の顔や、地面に転がった石の大きさや数といった、そんなゴミ記憶でも彼女は忘れることなく、全て覚えています」
死刑宣告を告げる、性根は優しい執行人のように、神裂は口元を悲しげに歪めて答えた。
「……残り15%しか脳を使えない彼女にとって、忘れられないということは、致命的なんです。一年以上の記憶を保持し続けようとすれば、あの子は死んでしまう。だから、忘れることができないあの子の代わりに、私達が記憶を消しているんです」
上条は何もいえず、ただ黙ることしかできなかった。
頭では嘘だ、信じられないという反面、奥底では神裂の言葉を認めてしまっている。
背中から伝わるインデックスの暖かさを、どこか遠いもののように感じた。
美琴も黙って二人のやりとりを聞いていた。神裂の言葉を震えながら聞いていた。
だが美琴は、それでも一切の情報を聞き逃すことなす神経を研ぎ澄ませ、理解したくないという恐れをはね除け、ひたすら考え続けていた。
どうすれば、インデックスを救うことができるのか。
アイツのように誰にも聞こえない助けを呼ぶ少女を、どうすれば助けられるか。
インデックスのように天才ではない、たった一四年しか生きていない小娘の、努力で培ってきた知識を総動員して、美琴はインデックスを助けることだけを考えた。
それが、今繋がった。
美琴は震えている。
インデックスを救える歓喜に、ただ震えている。
「二人とも、なに馬鹿なことをいってるの?」
浮かぶ笑みを押さえきれず、まるで挑発するかのようにいう。
上条も神裂も、そんな美琴をいぶかしげに見つめていた。
美琴はもう、笑みをこらえきれなかった。
何故なら彼女を助ける術を見つけたのだから。
「完全記憶能力者が、いくら残り15%しか記憶できないからって、一年で死ぬ訳ないじゃない」
力強い笑みで、美琴は上条を指さした。
「アンタねえ、そんなこともわからないの? だからいつも馬鹿な点数しかとれないのよ」
「美琴? どういうことだ?」
名前を呼ばれたことに若干照れながらも、美琴は胸を張って説明する。
「いい? あんた達のいってることが正しいとしたら、完全記憶能力者は、六、七年しか生きられないってことになるのよ。でも、そんな話聞いたことある? 現にテレビじゃ、中年の完全記憶能力者が出たりしてるのに」
まるで天動説ではなく、地動説が正しいと証明された宗教者のように、二人は唖然とした。
「そもそも人は、例え全てを覚えて生きても、一四〇年分の記憶を保持することができる。それに、人の記憶はごちゃ混ぜに覚えてるんじゃなくて、ちゃんと入れ物ごとにわけて保管されているの。んで、インデックスの魔導書の知識は、意味記憶という言葉や知識を司る入れ物に入れられてる」
他には水泳みたいな、繰り返し練習・学習することで習得する記憶を司る、手続き記憶とかもあるけど、と美琴は出来の悪い生徒に更に教えていく。
「それで、あんた達が懸念している思い出は、エピソード記憶という入れ物に入れられているわけ。インデックスだって記憶を失っても、歩き方や話し方を忘れたわけじゃないでしょう?」
美琴の問いに、神裂は機械のように首を縦に振った。
「それはこうして記憶が、入れ物ごとにわかれているおかげなの。わかる? 要はいくら意味記憶を増やしたからといって、エピソード記憶が圧迫されるなんて、脳医学上絶対にありえないのよ」
「しかし、あの子は現に苦しんでいました。一年経つと、初期症状として頭痛が現れ、それがひどくなっていったんですよ」
自身が信じていたものが崩れていくことを感じながら、なおも神裂は言いつのる。
「アンタねえ、上のいっていたことだけを信じて、他に原因があったとは考えなかったの?」
その言葉に、上条はようやく気付いた。
「……まさか、教会がなにかを仕組んだ? もともとなにもなかった、インデックスに」
「正解。上条君にはギリギリで及第点をあげる」
にやりと美琴は笑った。
神裂はその場にへたりこんだ。
先ほどあれほどまでに他を圧倒する重圧が、今は微塵も感じられない。まるで迷子の子供のように、震えていた。
「うそ……です。だったら、私達が今までしてきたことは? 一年ごとに記憶をなくすあの子のために、思い出を作って、日記やアルバムを残して……それでも全て忘れられて、悲しい顔でごめんと謝られて……」
神裂の独白を、美琴と上条は沈んだ表情で聞いた。
彼女の苦しみは、痛みは、実際に経験した者にしかわからない。
「そんなあの子にたえられなくなって、あの子と思い出を作るのを諦めて、ならいっそのこと敵に回って、そんな思い出を作らないと決心して……なのに……こんなこと……」
嘘です、と神裂は呟いた。
美琴はやるせない気持ちでいっぱいだった。
インデックスを助けようと思えば、彼女の今までの想いを、全て粉々に打ち砕くことになる。何も知らずにインデックスを追い詰めた自分を、神裂は許せないだろう。
もしかすると、あのステイルも心を鬼にして、インデックスと対峙していたのかもしれない。
それでも美琴は、インデックスを助けようと思った。
いつか、神裂達がインデックスと笑いあえることを願って。
だから彼女は、後を幻想殺しの彼に託す。
「当麻、わかってるわね」
「ああ……教会が関わっているんだったら、なにか魔術的な措置でもとられてるんだろ」
「インデックスの脳をいじってる奴らのことよ。きっと壊されそうになった時の、なにかしらの対策をとってるに決まってんわ」
「関係ねえよ。俺には」
上条は、こんこんと眠り続けるインデックスを、壁にもたれさせかけ座らせた。
右手に力を込め、何かを決意するように胸の前で握る。
「だったら、全部まとめてそんな戒め(げんそう)、ぶち殺してやる」
いまだ背後で震えるだけの神裂に、上条は激情を潜めた声で語りかける。
「立てよ神裂」
びくりと、肉食獣に見つかった獲物のように、神裂が大きく震えた気配がした。もしかすると、泣いていたのかもしれない。
「ずっと、この時を待ってたんだろ。インデックスの記憶を何度も消して、辛い思いをして、諦めて。でも本当は、心の底では、助けたかったんだろ。なのにお前は、なにをしている? 敵に回ってでも守りたかったインデックスを助けられるってのに、なに勝手にへたってんだ?」
喉を振るわせ、たたきつけるように叫んだ。
「テメェは、インデックスを助けたかったんじゃねえのか! 他の誰でもない、テメェの手で、インデックスを助けたかったんじゃねえのかよ! 女の子を命をかけて守る、そんな主人公になりたかったんじゃねえのかよ! なのに、ちょっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねえよ!」
しかし、神裂は立ち上がらない。なにもいわない。
上条は右手を横に遣り、
「その気がないなら、そこで震えてろ」
己のただ一つの武器を見せつける。
「俺は、主人公になりに行く」
そういって上条は、インデックスの額に右手を触れさせようとした。
だが――そこでようやく、少女のために、一人の魔術師が立ち上がる。
「……待って」
まだ震える足を手で押さえ、もつれながらも立ち上がる。
「……待って、下さい」
愛刀、七天七刀に手を掛け、震えをどうにか抑える。
「助けます……」
荒れる呼吸を宥め、決意に満ちた表情で宣言する。
「私が、インデックスを助けます!」
先ほどの動揺を微塵も感じさせない神裂に、上条は笑う。
「よく、決意したな」
さきほどの険のあった声を微塵も感じさせない、優しげな声と笑顔で、上条は立ち上がってくれた神裂を称えた。
すると神裂は、顔を真っ赤にして、先ほどの決意はどこへやら、恥ずかしそうにうつむいた。よく見ると、若干嬉しそうな顔をしている。
「……こんの旗男が」
そんな二人に、美琴がいらだち混じりに吐き捨てると、青白い電撃が指先から弾けた。
それからしばらく。
なにか反論し続ける上条に、容赦なく電撃を放ち続けた美琴は、とりあえず気が済み、攻撃をやめた。
「な、なぜに美琴さんは、こんな仕打ちを?」
「ふんっ! アンタはいつも無自覚なのよ」
「……?」
お約束も終わり、三人はインデックスへの対処をどうすべきか相談した。
神裂がいうには、教会が何かしら魔術的措置を施したのなら、どこかに刻印があるはずらしい。
そこで美琴は記憶に干渉するものなら、頭のどこかにあるんじゃないといった。しかしそれらしいものは見あたらない。
そこで上条がケータイの明かりを頼りに、インデックスの口内を覗くと、喉の奥に不気味な紋章が一文字、刻まれていた。
すぐさまこれを壊そうとする上条を、神裂がとめる。
なにが起こるかわからない以上、通りでも紋章を消すのは危険だ。
それに、今までインデックスを守るために泥を被り続けたステイルも、彼女を救うことに加わらせてほしい。
上条はしばし嫌そうな顔をしたが、美琴はやはりそうなんだとしたり顔で頷いていた。
こうして三人は上条の寮へとやって来た。
まだ人払いが発動しているのか、寮内に人の気配はなく、不気味な静けさに満ちていた。
エレベーターは何故か動かなかったので(まあ十中八九美琴の電撃のせいだろうが、上条は黙っていた)、階段を使って上条の部屋がある階まで上がる。
するとそこに広がっていたのは、無残な光景だった。
壁や地面が高熱で解けていて、もろもろに崩れている。更にスプリンクラーや蛍光灯やらの残骸が、辺りに散らばっていた。
おそらくこの階にある電化製品はほぼ全滅しただろう。
残り二割の上条宅の電化製品は、どれだけ生き残っているか。日頃の不幸を鑑みた時点で、上条は考えるのをやめた。目からしょっぱい水が流れているのは気のせいだろう。
しかしなにより悲惨なのが――
「美琴さん、あなたの超電子砲が一番の被害をたたき出しているのですが。正直、シャレになんないんですが」
美琴がイノケンティウスに放った超電子砲は、廊下を無茶苦茶に傷つけていた。発生した衝撃波と相まって、それはもう絶大な被害を生み出していた。
夏休みが終わり、地元から戻ってきた学生が見たら、目をむくこと間違いなしだろう。
とりわけ壁を撃ち抜いて空いた大きな穴から、生暖かい風が吹いてくることに、なんだか上条は世の無常を悟った。涙腺が再び緩みそうになる。
「う、うっさいわね! あの時はあんまりにも不良神父にむかついたから! ……い、いつもはこうじゃないのよ?」
毎度毎度の美琴のビリビリを思い返し、上条は嘘だと思いつつも命が惜しいので、黙りを決め込んだ。
ぎゃいぎゃい騒ぐ美琴を余所に廊下の端を見ると、ステイルがしゃがみこんでタバコを吸っていた。
痛む頬に顔をしかめながら、白く濁った煙を吐く。
上条と神裂はそこに哀愁を感じたが、美琴はあえて空気を無視してずかずか進む。
「うっわー、ガラわるぅ」
そういいながら美琴が近寄ると、ステイルは慌てたように立ち上がった。
「な、なんだ君は? と、とどめを刺しに来たのか。簡単に僕の命をとれると思うなよ」
口では大層なことをいいながら、にじりにじりとステイルは後に下がった。切り札を簡単に潰された美琴に、どうやら苦手意識を持ってしまったらしい。
「べっつにー、とどめなんか刺さないわよ。私は、アンタに朗報を届けに来たの」
そこでようやくステイルは、美琴の後にいる二人(正確には三人)に気付いた。
「能力者と……神裂か? 何故そいつらと共にいるんだ。……ていうか君、なに彼女を背中にしょって、我がもの顔でいるんだ」
「我がもの顔ってなんだよ。って、おいっ、なに炎剣出してんだ。ま、待て待てステイルさん、顔がとても怖いことになってますよー。……もしや、インデックスに手を出すな! 的なノリですか?」
「……死ね、能力者」
「どわはぁぁぁ! マジですか? マジなんですか! やめ、危ねえって! インデックスも巻き込むぞ!」
そういうと、ステイルの動きがとまった。ちっ、と舌打ちすると、炎剣を消す。
「……うわあ、アイツって本当はインデックスにゾッコンじゃない。前の口上はツンデレだったんだあ」
ちゃっかり自分のことを棚にあげて、ぶっちゃけちゃう美琴センセーであった。
神裂は引きつった笑みを浮かべながらも、いきり立つステイルをなだめ、事情を説明した。
最初は訝しげに聞いていたステイルだが、徐々に表情が険しくなっていく。
インデックスの治療は済んだこと。
現在上条と美琴とは休戦していること。
……そして、インデックスの記憶を消さなければならない真の原因は、教会に施された魔術であるということ。
くわえたタバコが、白い灰とともに落ちていった。
「僕達は、騙されていたのか?」
何もいえず、神裂は小さく頷くことしかできなかった。
「僕達のしてきたことは、無駄どころか、あの子の害にしかならなかったっていうのか?」
無機質な、誰に問うわけでもない声。
ステイルは拳を握り、壁に叩きつけた。
「冗談じゃない……! 僕は、僕達はいったいどんな思いで彼女を追いつめていたか。どんな思いで記憶を消してきたか。今更そんな事実を知らされて、どうしろっていうんだ!」
血を吐くような叫びを上げ、手の内から炎を伸ばす。それは剣の形をとり、インデックスを背負う上条に向けられた。
美琴は咄嗟に前に出ようとするが、進路を塞いだ上条の背に制される。美琴はそれでも強引に進もうとするが、背中からでも伝わる気迫が許さない。
「バカ……」
一言、それだけぽつりと呟いた。
上条は眼前で燃えさかる炎の剣に臆することなく、目をそらさずにステイルを見る。
「インデックスを下ろせ、能力者。今から彼女の記憶を消す」
「ステイルっ! あなたはさっきの話を聞いて――」
「黙っててくれ! 仮に教会に施された刻印を消してどうなる? それを解除されてどうなるかわからないのに。もう一度刻印を施されない保証などないのに。そんなリスクを冒すぐらいなら、彼女の記憶を消した方がましだ!」
ステイルの言い分ももっともで、神裂はなにも言い返せずに口をつぐんだ。
眼前の敵を射殺すように睨み、ステイルは宣告する。
「選べ、能力者。このまま彼女の記憶を消すのに同意し、元の日常に帰るか。それとも拒否し、ここで骨まで残らず火葬されるか」
上条はしかし、答えない。
インデックスを背負う手に力を込め、ステイルを正面から見つめる。
「お前は、どうしたいんだ」
答えの代わりに、問いに問いで返す。
「インデックスを助けたいのか、助けたくないか」
上条の言葉に、ステイルの意志のようにまっすぐに伸びた炎剣が揺らぐ。
「お前はインデックスを助けたかったんじゃねえのかよ」
ステイルは言い返そうとした。
そうだ、僕は彼女を助けたい。だから記憶を消すのだと。
だが、口は渇き、言葉を紡ごうとするも果たせない。
上条はステイルに背を向け、自宅へと歩き出す。
「ま、待て……」
ステイルは呼び止めようとするが、上条の背で穏やかに眠るインデックスを見て、それ以上強くいえなかった。
「インデックスを助けたくなかったら、俺の足を焼き切るなりなんなりして、とめてみせろよ。インデックスを取り戻して、記憶を消してみろよ」
歩を緩めることなく、いい切った。
「でも、お前はこんなことがしたくて強くなったのか?」
呼吸が死んだ。
ニコチンやタールで汚れた肺に、酸素を上手くとりこめない。喘ぐように口を動かすが、言葉は出ない。
「もう、思い出を消さなくていいんだ。手を伸ばせば届くんだ」
何度否定しても、記憶を消した方がいいと理性は告げても、
「――いい加減に始めようぜ、魔術師」
ステイルの心は、インデックスを救いたいと叫んでいた。
炎剣を消したステイルは、上条をとめるためにも、かといって上条に協力するためにも動くことができず、一歩も前へ進むことができなかった。
「ほんと、あのバカって偉そうに説教するわよね。人様になんかいえるほど、長く生きてるわけでもないのに」
助けを求めないインデックスにいったことも忘れ、美琴は上条の後を追いながらステイルに語る。
決してステイルの方を振り返らずに。
「でも、不思議と当麻の言葉って響くでしょ」
それだけいうと、後は何もいわずに上条に並んだ。
「……ステイル、あの少年と少女を信じましょう。こんな私たちでも、まだあの子にしてあげることがあるはずです」
神裂も優しくステイルの肩を叩くと、上条と美琴についていった。
荒れ果てた廊下でステイルだけが動けず、三人の背を憎々しげに――でもどこか羨むように見た。
前を行く三人には聞こえない声で呟く。
「……バカが。勝手に僕を理解したようなことをいって。なにも知らないくせに……」
ほんの数秒逡巡していたが、ステイルは顔を上げ前を見据えた。
視線の先にあるのは、彼が世界で一番大切に想っている少女。
「インデックスを守るのは、未来永劫変わらず、この僕の役目だ」
吐き捨てるように昔誓った言葉をいうと、ステイルは一歩前へ歩き出した。
インデックスを、誰でもない自分が救うために。
今回は魔術師二人に火をつける回でした。
美琴の出番をあまり作れませんでしたが、やっぱり上条さんの説教はいいものです。
一巻から原作以上に神裂にフラグを立てている気がしますが、たぶん気のせいです。
正直今は軽く死にそうになってます。文芸部の締め切りはあるわ、新歓活動はあるわ、講義は始まるわ……で、でもなんとか頑張って投稿します。
次回はVSインデックスです。
その時、上条は――