ステイルとの戦闘の後、二人はインデックスの手当をした。
正確には上条は医療品などを提供しただけで、実際の応急手当は美琴が行っている。その間に上条は、ステイルのイノケンティウスが敗れた原因を探っていた。
他の階にはやはりあの紙が貼られていて、訝しげに紙を右手でとってみるが、紙が破れることはなかった。
よくよく見れば紙にはなにか文字が書かれていた。しかしそれは滲んでいて、元がなんの文字であったかはわからない。
もしかすると、紙ではなくこの文字に異能の力が宿っていたのかもしれない。スプリンクラーの水が、プリントされていた文字を滲ませたのか。ならば美琴が放った電撃が、偶然にもスプリンクラーを作動させたことは、運が良かった。
正直なところ美琴が電撃で紙を焼き払っている間に、ステイルとイノケンティウスを同時に相手取って、無事持ちこたえられたかと問われると、難しかったと答えざるをえない。
上条は検分を終え、美琴達の元に戻った。
応急処置が終わっていた美琴がいうには、予想以上に傷は深く、このままではインデックスの命は危ないかもしれない。美琴は病院へ連れて行くことを提案した。
だがインデックスは学園都市の人間ではない、不法侵入者だ。
それによって生じるリスクの方が高いと上条は指摘するが、美琴が連れて行くといった病院が冥途帰し(ヘヴンキャンセラー)のいる病院だとわかると、すぐさま賛成した。
あの医者なら、患者をどんなことをしてでも守ると信じられるからだ。
こうして今、上条はインデックスを背負い走っている。
まだ感じられる背中の温かみを感じながら、この温かみをなくしてなるものかと、疲労がたまった身体に鞭打ち、足を更に速めた。
美琴はインデックスの顔色をうかがうように併走している。
真剣な顔つきの上条を時折複雑な心で見ながらも、頬を軽く張り、今のことだけを考える。
二人は無言で、夜の街を走った。
すでに辺りは暗くなり、夏休みということもあるからだろう、人はほとんど見かけない。
それは当然のことだ。
なのに美琴は、えも知れぬ背中の震えを感じた。
気のせいだと気分を改め、ただ足を動かすことに専念する。
「……ん、んん」
上条の背中から、微かに声が聞こえた。
インデックスが目を覚ましたことに気づいた美琴は、上条をいったんとまらせる。
「インデックス、気づいたか?」
「とう……ま? どうし……て、とうま、が?」
「ほら、無理して喋らない。もうすぐ病院に着くから、大人しくしてなさい」
「みこ……と?」
美琴はインデックスの額についている汗をハンカチで拭ってやる。
拭い終わったことを確認した上条は、再び走り出す。
上条はなるべく振動が伝わらないように、けれどなるべく早く走る。
「とうま……おろし、て」
インデックスは痛む身体をおして、上条に訴えた。しかし上条も美琴もとりあわず、先へ先へと急ぐ。
「だめ、だよ……悪い魔術師に、狙われて……るん、だよ」
「ああ、そんなことか。ステイルっていったか。そいつならぶん殴っといたから来ないぞ」
さらりと述べた上条の言葉に、インデックスは驚きながらも、なお下ろすよう訴える。
「だめ、だよ……まだ一人……魔術師が残ってる。……それ、に……その魔術師を……倒したとしても、また新しい、魔術師が来るかも、しれない……んだ、よ」
「ふん、いくら来たからって返り討ちにしてやるわ。だからアンタは大人しく助けられてなさい」
美琴はインデックスを励ますように、力強く守ることを誓う。
「どう……して? 魔術師……と戦った、なら……わかる、でしょ? こっちの世界は……地獄、なんだよ」
「なら、俺がその地獄から、お前を引っ張り上げればいいだけじゃねえか」
事もなげにいう上条に、美琴は盛大にため息をつき、肩をすくめた。
「……またフラグ立てるような台詞をほざいちゃって。まっ、今回ばかりは仕方ないか」
二人は安心させるように、穏やかな笑顔をインデックスに向けた。
彼女はそれでも、首を小さく振る。
「だめ……私は、助けてもらえる……ような、人間じゃ、ないんだよ……」
上条の足がとまった。美琴も不安げな表情で二人を交互に見る。
「私は、数ある十字教の中で……イギリス清教に属している……の。イギリスは、魔術の国だから……魔女狩りや異端狩り、宗教裁判……そういう『対魔術師』の文化が発達したの」
インデックスは、そこで言葉を続けるのを一瞬ためらう。
だが唇を噛んでから、無理矢理に口を開いた。
「そこで、生まれたのが……『必要悪の教会(ネセサリウス)』。魔術師を討つために……相手の、魔術を調べ……対抗策、を練る。汚れた敵を討つために……自ら進んで、汚れる役割を持つ」
インデックスの目から、一筋の涙が落ちた。
「…………私は、その必要悪の教会で、一〇万三〇〇〇冊の魔導書を完全記憶し、管理する、禁書目録(インデックス)なの」
「……あのステイルってやつがいってたわ。一冊で核弾頭並の危険性がある本だって」
美琴の言葉に、インデックスは小さく頷く。
「そうだよ……私は、そんな危険なものを……たくさん頭に、詰め込んだ人間なの。魔導書の知識を、全て使えば……世界のあらゆるもの……なんだって例外なく、ねじ曲げられる……魔神になれる。そんな、危険な……人間なの」
インデックスはうつむき、震える声で謝る。
「ごめん……ね」
助けてほしいはずなのに、誰かにすがりたいはずなのに、なのに出る言葉は拒絶するような謝罪。そのことに美琴は強い苛立ちを感じた。
かつてあの事件で、誰も助けてくれず、何もできず、ただ泣くだけしかなかった自分の姿と重なった。
インデックスだって本当は、自分を救ってくれる主人公を求めているはずだ。
自分だけの主人公が、あらゆる困難をはね除け、守り抜いてくれる。そう願う心は確かにあるはずだ。
なのに彼女は、主人公が差し出す手を払いのけようとする。
危ないことに巻き込みたくない。そんな彼女の優しさから。
その自身の身を顧みない優しさが、そのことで傷つく人がいることに気づかない優しさが、なにより美琴を苛立たせた。
気づいたら、かつて絶望していた自分を救ってくれた、美琴の主人公と叫んでいた。
「「ふざけんなっ!」」
美琴はもちろん、上条も怒っていた。
「アンタねえ、人のこと勝手に値踏みしないでよ。アンタがいくら汚れてるっていっても、アンタがいくら危ないっていってもねえ」
「はっ、必要悪の教会? 一〇万三〇〇〇冊の魔導書? 確かにすげえな。実際に魔術を見ても、信じられねえような荒唐無稽の話だ」
上条は背中にいるインデックスを後ろ見、美琴はその手を握る。
「そんなの関係ないわ」
「たった、それだけなんだろ?」
インデックスの目が、驚きに見開かれる。
「そんなことぐらいで、気持ち悪がったりしないわよ。ほんと、バカね」
「魔術師相手に戦ったんだぜ。そんなこと聞いたくらいで退くようじゃ、始めからお前を守ろうとしてねえよ」
だから――
「いいからアンタは、黙って助けられてなさい」
「ちったあ俺たちのことを、信用しとけ」
インデックスは、顔をくしゃりとゆがませた。上条の背中に顔をうずめ、嗚咽をもらす。
「ありが……とう。とうま、みこと……」
上条と美琴は、小さなインデックスのお礼を聞き、互いに顔を見合わせて笑った。
「ほんと、アンタはいつもいつも、女の子絡みの事件に巻き込まれに行くんだから」
「いやぁ、女の子絡みだから行ってるつもりはないんだけどなあ……否定できない自分がここにいます」
「はあ、付き合わされるこっちの身にもなってよね」
「なら、リタイアしたっていいんだぜ」
ふざけたようなものいいだが、その目には美琴を案じる様がありありと読み取れた。
……こんな時でも、アンタは一人で背負おうとするのか。
私に、アンタの荷物を背負わせてくれないのか。
美琴は挑むように、上条の目を見つめ返した。
決して、一人で背負わせるものかと。
私だって、アンタの力になれるのだと。
「殴るわよ」
「…………悪い、冗談だ」
どうあっても引く気のない美琴に、上条は諦めたように肩をすかすと、苦笑しながらも素直に謝った。
インデックスを背負い直し、上条はインデックスに呼びかける。
「んじゃ、インデックス。もう少しの辛抱だ。つらいだろうけど、我慢しろよ」
「…………」
しかし、インデックスから返事がこない。
「インデックス、寝たの?」
美琴がインデックスの様子を見る。すぐに切羽詰まった声を張り上げた。
「当麻っ! このままじゃ危ない!」
インデックスの額は気持ちの悪い汗でぬれており、呼吸も一段と粗くなっていた。
「くそっ、急ぐぞ美琴!」
無意識に下の名前で美琴を呼び、上条は駆ける。
美琴は一瞬呆然としたが、そんな暇はないと頬を張って立て直した。上条に続いて走る。
しかし、追いつこうと前を向いた時には、上条の足はとまっていた。
「どうしたの? 急がないとまずいわよ」
美琴はせかすが、上条は無言のまま動かない。
いぶかしげに上条の横まで歩き、彼が瞬きもせずに見つめる先を見る。
そこには、二メートルを超す刀を銃のように腰に差した、こちらの息をとめるような気配を放つ、ポニーテイルの女が立っていた。
睨むわけでも、怒るわけでもなく、ただそこにいるだけだというように、悠然と刀に手をかけ、静かにこちらを見据えている。
美琴の全身を悪寒が駆け抜けた。
いつの間にか、人の気配がなくなっている。それどころか物音一つしない。
あれは危険なものだと、幾度か修羅場をくぐり抜けた経験が告げている。
魔術師だと、美琴は確信した。
それも、あのステイルといった男よりも、強い。
知らぬ間に足が一歩下がっていた。握った手が汗で滑る。
上条の方を見る。彼も女が危険な相手だとわかったのか、背中のインデックスを左腕でしっかり抱きながらも、右拳を構えていた。
美琴も青白い稲光を全身にまといながら、戦闘態勢をとる。
一歩、女が足を踏み出す。
来る!
そう思った瞬間――
「お願いします。こんなことをいえる立場ではないとは重々承知しています。ですが、彼女の容態は一刻の猶予もありません。信用しろとはいいません。ただ彼女の傷を癒す時間を、少しの間だけ頂けませんでしょうか」
女は、刀から手を離し、二人に向かって深々と頭を下げていた。
「ふえ? ちょ、ちょっとどういうこと?」
「いや、俺にふられてもなにがなんだか……」
頭を下げたまま微塵も動かない女に、上条も美琴も困惑を隠せなかった。
いったん放電するのをやめ、美琴は困ったように女に問いかける。
「えっーと、アンタ、魔術師よね。あのステイルとかいう不良神父の仲間の」
「はい。神裂火織と申します」
素直に答えた神裂に毒気を抜かれ、上条は右手を広げ、続けて問う。
「っていうと、インデックスを保護しにきたのか?」
「……そうです」
そう神裂と名のった女が答えると、美琴から再び電撃が走った。
「じゃあ、アンタね。インデックスにこんなひどい怪我をさせたの」
神裂の持つ刀を親の仇のように見て、いつもより低い声を発する。
その声で美琴がどれほど怒っているのか、上条にはよくわかった。
「…………そうです。その通りです。弁明はいたしません。……私が、彼女を切りまし――」
神裂がそう言い切る前に、美琴は電撃を集中させ、雷の槍を放った。
しかし雷の槍は、上条がとっさに突き出した右手に打ち消される。
「当麻、なんで――」
美琴の抗議を無視し、上条は神裂に語りかける。
「神裂っていったか。お前、今泣きそうな顔をしているの、自覚しているか?」
美琴はその言葉に驚き、神裂を見る。
よく見れば、神裂は何かをこらえるよな、罰を進んで一身に受けているような、そんな顔をしていた。
「ようするに、こうだろ。神裂は確かにインデックスを切った。それは確かだ。でも絶対怪我はしないという確信があったんだろ? 『歩く教会」っていったか。あれを着ているインデックスは、切っても傷つかないと信じてたから、切った。――でもそうじゃなかった」
上条は強く唇を噛んだ。これからいう自身に返ってくる言葉の刃に耐えるようにいう。
「俺が……俺の幻想殺しがインデックスの『歩く教会』をぶち壊したから、インデックスは怪我をしたんだ。……そうだろ?」
上条の言葉に目を張りながらも、神裂は沈痛な声でいった。
「あなたが彼女の『歩く教会』を? ……ステイルが敗れるわけです。ですが、あなたが気に病む必要はありません。直接手を下したのは、私なんですから」
落ち込む二人を、美琴はどうしたらよいか迷う。
「えーと、んーと……ああもう! どういえばいいかよくわかんないけど、二人とも悪くない! それでいいわね!」
反論なんて許さないという風に、強くいい放った。
上条は口を半開きにして呆然となったが、我に返ると苦笑した。
「お前、ほんといい奴だな」
「……そうですね、二人ともお人好しです」
神裂も、美琴と当麻、両者を見ながら思わず笑っていた。
「そんな笑い合ってる情況じゃないでしょうが!」
美琴がビリビリを出して照れ隠しをすると、神裂の顔が真剣なものに戻った。
「そうですね。申し訳ありません。話を戻しましょう。――あの子を傷つけた私が治療を申し出るのは、筋違いだとは承知しています。ですがこの時だけ、どうかあの子を私に託して下さい」
そういいながらも、神裂は刀に手をかける。
「もし断るのでしたら、力尽くでも奪わせてもらいます。……私にもうひとつの名前を、語らせないで下さい」
魔法名――殺し名を言外にのべるといった神裂に、美琴の背中に怖気が走る。
初めに対峙した雰囲気と、寸分違わぬものを神裂は発していた。
「お答え下さい。あの子を渡すか、渡さないか」
「ああ、わかった。お前に任せる」
上条は、神裂の圧力をものともせず、即座に返答した。
「と、当麻! アンタなにいってんの? アイツはインデックスを保護しにきたっていったのよ。そんな奴が治療をしたいなんて、信じられるわけないじゃない」
美琴はもちろん反論するが、上条はいさめる。
「確かに、これから保護するから渡せ、なんていわれたら、はいそうですかと簡単に渡しゃしねえよ。でも神裂は治療の為に少し時間をくれといってるだけだろ? だったら構わないだろ。インデックスが危ないのは確かなんだ。だったら治療してくれるなら、その案にのらない手はない」
もちろん、その後で保護するとかいい出したら、全力で抵抗するけどな、そう付け足しながら、上条は笑った。
「アンタってほんと、バカね」
「うるせえ、自覚はしてるよ」
本当に自覚してるのかと、美琴は嫌みらしくため息をついた。
「わかった。当麻がそういうなら、インデックスを任せてもいいわ。でも、もしインデックスに悪さしたら、アンタを全力でぶっとばすわ。常盤台のエースの名にかけて」
神裂をきつく睨みつけながらも、美琴はとうとう折れた。
神裂はまさかこの提案を受け入れてくれるとは思わなかったのだろう。驚きでしばらく動けなかった。
しかし二人の了承をようやく理解すると、うつむき震える声でこういった。
「……ありがとう、ございます」
神裂はすぐさま真剣な表情で顔を上げると、上条に歩み寄った。
目端に涙が微かに溜まっていたのを、上条は見ていないふりをした。
「彼女を下ろして、うつぶせに寝かせて下さい」
いわれた通り、上条はインデックスを下ろした。身じろぎすらせずに、粗い呼吸を続ける彼女を、痛ましげな顔で見る。
上着を脱いでコンクリートの地面に引くと、インデックスをそこに寝かせた。
「一つ聞きたいことがあります。あなたの力は、結界破りや電撃を封じるだけのものですか?」
「いや、異能の力なら、超能力も魔術でも、なんだって打ち消せるのが、俺の幻想殺しの能力だ」
自身の能力を本来は敵である神裂に、簡単に喋ってしまった上条に、隣で話を聞いている美琴は頭を抱えたくなった。
「ならばすみませんが、あなたは離れていてくれませんか。魔術による治療を行いますので、その効果まで打ち消されるわけにはいかないのです」
神裂の言葉に上条は頷くと、力になれない無念さはあったが、あっさりその場を離れた。
そのことに神裂は目を見開く。
先ほど自身の能力を話したことといい、本来敵対関係である自分を信じたことといい、なんてお人好しな男なのだろう。
神裂の口の端が、わずかに上がった。
「もちろん私は、ここで見張らせてもらうわよ」
どすん、という音が聞こえてきそうなほど、美琴は勢いよく座った。
苛立たしげに、青白い火花が散る。
神裂が信じられないというのも、もちろんあるが、神裂にフラグを立てつつある上条への怒りの方が大きかった。
美琴のはなつ異様な気配に押されながらも、神裂が宣言する。
「では、治療を始めます」
インデックスの服をまくり上げ、神裂は巻かれた包帯を外し、ガーゼを優しく剥がした。
いまだに生々しさを残す赤い傷口に、神裂は自身が傷ついたかのような顔をするが、すぐに傷の程度を毅然とした表情で確かめる。
それから神裂が腰に下げていた巾着袋から取りだしたのは、どれも日常生活で使うもので、とても治療に用いるものではなかった。
「こんなのであんな大怪我治せるの?」
「……私が今から用いる術式は、日常生活で用いる品に魔術的意味を持たせ、それらを複数組み合わせることで発動するものです。本来ならばきちんとした霊装を用いたいところですが、あいにく持ち合わせていませんので」
美琴の疑問に、神裂はどこか懐かしむような、悲しむような表情で答えた。
「ふーん……やっぱ私には、魔術って理解できないわ。こんなので傷を治せたら、脳をいじってもレベル0の肉体再生(オートリバース)の能力ぐらいしか、発現しなかった能力者とか泣くわね」
神裂は自分の知り合いにそんな人間がいたような気がしたが、インデックスの治療が最優先と、作業に集中した。
懸命に日常用品を並べる神裂に、美琴は複雑な表情を浮かべる。
どうしてあの不良神父は、インデックスを道具扱いしていたのに、目の前の女性はこうも必死にインデックスを治療しようとするのか。
インデックスの頭にある魔導書が大切だから? 実際、そうかもしれない。
だが、それだけの理由で、まるで瀕死の親友を必死で助けようとするような、こんな痛ましい表情をすることができるのだろうか。
疑問が頭をめぐるが、苦しげに息を荒げるインデックスの横顔に浮かんだ、嫌な汗を拭く作業に没頭した。
五分ほど経っただろうか、全ての日用品を並べ終えた神裂が、誰にともなく告げた。
「……完成しました」
美琴は初めはそれを、ただがむしゃらに道具を並べているだけに感じていたが、今はまるで何かの儀式を行うための陣のように見えた。知らずに喉が鳴る。
「では、術式を発動させます。少し下がっていて下さい」
美琴はしばしインデックスを心配そうに見つめたが、素直に神裂の言葉に従った。
それを見届けると、日常品の一つに手を掛け、神裂は何事かを唱えた。するとそれが突然光りだし、他の日常品も呼応するように光り始める。
美琴は声も出せずに、息を飲む。光は勢いを加速的に増し、中央に眠るインデックスの傷の上に収束していく。
目が眩むような、強い光が辺りを照らした。美琴は耐えられずに目をつむる。
徐々に光が収まっていき、ゆっくりと目を開く。
するとそこには、先ほどの大怪我が嘘のように消えた、インデックスの白磁のような肌があった。
血液が多少付着しているが、傷はもううっすらとしか残っていない。
インデックスの呼吸も落ち着いたものに変わり、今は安らかな寝息を立てている。
「……これが魔術? こんなに簡単に治せるなんて」
超能力とは明らかに違う、異様な光景を見て、この時始めて美琴は本当に魔術の存在を認めた。
「治療はこれで終了です。あとは安静に寝かせてあげて下さい」
大きく息をつき、神裂は心底安堵した表情で、美琴に告げた。
美琴は神裂が本来敵であることを忘れ、お礼をいおうとした。
しかしその時――
「美琴! 神裂! 治療は上手くいったのか? ――すげえ、完全に塞がっている……って、インデックスさんの白い肌があらわなままに!」
その瞬間、美琴と神裂は無言で立ち上がった。互いに目配せを送り、頷く。
美琴から、火花がパチパチと散った。
神裂は刀に手を掛け「七天七刀……」とその名を呼ぶ。
「アンタって奴は…………こんな時でもお約束をかますかあ!」
「七閃っ!」
美琴の電撃が荒れ狂い、神裂の一度に七つの斬撃が、インデックスの肌を見て真っ赤になって慌てふためく上条に襲い掛かった。
「ちょ、ちょっと待って下さーい。これは不幸な事故だった――って、おわあ! 死ぬ! 上条さんでもさすがに、二人同時は無理ですから! いや、まじで……ギャアーー今かすった! 血が出た! も、もうこれ、ほんと、ふ、不幸だっーーーーー!」
情けない悲鳴をあげ、上条はステイルと対峙した時以上の必死の表情で、二人の鬼から逃げ去った。
インデックスの治療をしたのは、神裂でした。
親友であるインデックスの治療を、見ず知らずの信用できない赤の他人に、任せっきりにするのかと原作で感じていた為、今回はこのような形にしました。
魔術関連の知識があったら、もう少し具体的な描写をしたかったのですが。いつかできれば修正したいです。
……小萌先生ごめんなさい、出番が全くなくて。
文芸部の締め切りがかなりやばい為に、次回の更新は遅れます。五日以上は空けないつもりですので、それまでお待ち下さい。
次回は上条さんの説教が炸裂します。