こうして、なんだかんだでグダグダな捜索を続けて。
結局はインデックスを探すどこか、いつもの持ち前の不幸を発揮していた上条は、美琴とともにいったん寮に戻ろうとしていた。
インデックスが修道服を補修する際にフードを外しており、そのまま忘れて出て行ったので、もしかしたら取りに戻っているかもしれないと、美琴がいったからだ。
「はあー、まったく、今日も不幸だったうだー」
学生寮の入り口で倒れそうになった上条だが、美琴にどうにか支えてもらう。
「あー悪い御坂。さすがにちょっと疲れたわ」
「アンタっていつもこんな感じなの?」
あきれた声色で訊ねる美琴。
実は上条の不幸の割合に、美琴のビリビリも結構な幅をとっているのだが、今は電撃を飛ばされたくないので、上条はあいまいに笑ってごまかした。
「んで、インデックスは戻って来てるのかな?」
「さあ、こればかりは見てみないとわかんないわよ」
「美琴は帰らなくていのか? もうそろそろ門限迫ってるんだろ」
「別に平気よ。いざとなれば黒子が寮管の目をごまかしてくれるし、テレポートで部屋まで送ってくれるから」
「うらやましい後輩だな」
「……アンタそれ、本気でいってる?」
「……いや、うん。うらやましいとはいえないな」
先ほどの野獣のような黒子の姿を思い出し、上条は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
そうこう喋っている内に、二人は上条宅の前までついた。
だが何故か、ドアの前に清掃ロボットがたむろしている。
「ゴミでも散乱してるのかしら?」
「上条さん、これ以上の不幸は結構なのですが」
ため息をつき、訝しげに上条がのぞいてみると、そこには純白のシスターが倒れていた。
清掃ロボットに何度も体当たりされているが、うつぶせになったまま動かない。
「なんだよインデックス。腹が減って行き倒れでもしたのか?」
そういって苦笑いしながらも抱き起こそうと近づき、
そこでようやく気づいた。
「なに……これ」
隣で美琴が震えている。
上条は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。
二人の目の前、そこには――
背中を真横に大きく切られ、血だまりに倒れるインデックスの姿があった。
「イ、インデックス!」
我に返った上条は、足がもつれるのも構わずインデックスに駆け寄る。
「邪魔だ!」
まるで仇のように、清掃ロボットを乱暴にどかした。
「……おい、インデックス、大丈夫か? なあ、おい!」
なにかに祈るように、インデックスに話しかける。
しかしインデックスからはなんの反応もない。必死に呼びかける上条の声が、むなしく寮内に響く。
「くそっ、くそっ、インデックス!」
理性的な判断をとれなくなってきた上条が、思わずインデックスの身体を揺さぶろうとする。
「動かしたらだめっ!」
美琴の制止で上条の手は、インデックスの真上で固まった。
絞り出すような声で、「……悪い」と謝る上条の手を、美琴はそっとどかした。
「私、救護の研修を受けたことあるから。アンタは救急箱を持ってきて。それと清潔な布も」
真剣な表情でインデックスの容態を確認する。
しかしよく見ると美琴の腕は微かに震えていた。まだ知り合いが大けがをしていることに、平静を取り戻せていないのだろう。
上条は美琴の言葉にとっさに動けず、ゆらりと身体を揺らして壁に背をやった。
訳がわからなかった。
ついさっきまでは旺盛な食欲で昼食を平らげ、美琴と元気よく言い合っていたはずなのに。
なのに、彼女は今、目の前で血を流し、ぴくりとも動かない。
「くそっ、くそっ……ふざけやがって。一体誰にやられたんだよ!」
誰に問うた訳でもない上条の疑問に、しかし返答する者がいた。
「うん? 僕達『魔術師』だけど?」
美琴ではない、犯人だと名乗る男の声。
射殺さんほどの目で上条が声の方を向くと、そこには奇妙な男がいた。
赤い髪に、まだ10代半ばであろう、若い顔立ち。背は高く、神父の格好をしているのに、不遜な態度でタバコをくわえている。右目の下にあるバーコードが特徴的だった。
男が発する異様な空気に、殴りかかろうとした上条は気圧される。
この男は明らかにこの学園都市に住む人間とは、異質であった。
のんびりとした学園生活を享受している学生と――普通の能力者とは、雰囲気がまるで違う。以前に対峙した、学園都市一位の男に近いものを感じる。
頬に汗が伝った。
インデックスの魔術結社という言葉を思い出す。
美琴の外部にいるかもしれない『原石』という言葉を思い出す。
「あーあ、神裂のやつ、派手にやらかして。まあ、血まみれだろうが生きてさえいればいいか。ようはコレを回収できればいい話なんだからね」
そういってインデックスに近づく足音すら、不吉なものに感じた。異様な気配が、うかつに動くことを許さない。
その間にも男は距離を詰め、まるでものを拾いに来たかのように、インデックスを無造作に掴み上げようとする。
「だめ!」
思考がとまっていた美琴は、インデックスに危機が迫っていると理解すると、反射的に電撃を放った。
狙いをきちんと定めていなかったせいか、男は簡単に避けてみせる。
「ふん。超能力者か。厄介とまではいかなくても、うざったいな。まあいい。どうせ目撃者は殺すことになってるんだ。邪魔するなら排除すればいいさ」
電撃をまとい警戒を強める美琴を、冷酷な目で見る。
男が手をかざし、何か仕掛けようとするが、
「てんめえぇぇぇぇぇぇぇ!」
上条は怒声を上げ、バーコードの男に殴りかかった。だが怒り任せの拳は届くことはなく、上半身を軽く逸らされるだけで躱される。
追撃しようとするが、男はバックステップで距離をとり、それを許さない。
だが上条は瞬時に頭を冷やし、相手が距離をとることを利用した。にじり寄っては退かせ、美琴とインデックスから離れさせる。
安全だと思える地点まで退かせ、上条は警戒しながらも、吠えるように問いかける。
「……なんだよ、お前。インデックスを回収するとか、目撃者は殺すとか。なんなんだよ」
「魔術師だよ」
不遜な笑みを、男は浮かべる。
「名前の方をききたいのなら、ステイル=マグヌスだ。でも、ここはFortis931といっておこうか」
こちらを挑発するかのような芝居がかった言い回しに、上条は怒鳴り散らしたくなった。
だが激情をどうにか抑え、じっと動かず相手の出方をうかがう。怒りに任せて勝てる相手ではない。
ステイルと名乗った男は悠然と語り続ける。
「魔法名だよ。といっても、君たちにはどうせわからないだろうから、わかりやすく説明してあげよう」
ステイルはタバコを手に持ち弾いた後、先ほどとはまるで質の違う、恐ろしい笑みを浮かべて宣言する。
「殺し名だ」
ステイルの弾いたタバコが描いた軌跡が、炎の剣を生み出した。人を焼き殺すには十二分な熱が、ただでさえ蒸し暑かった気温を一気に上昇させる。
驚愕する上条に、ステイルは容赦なく炎剣を横殴りに振るった。突然の攻撃に対処できるはずもなく、上条は避けることもできず身構えることしかできない。
だが、この炎剣を人の身で防ぐことは到底不可能だ。
「当麻っ!」
ステイルの炎剣が、美琴の叫び声でとまるはずもない。
「――巨人に苦痛の贈り物を」
炎剣は上条を焼き切るついでに寮の壁を溶かしながら、光と爆発を生み出した。黒煙が辺りに充満する。なにかが焼ける臭いがする。
ただの学生寮であったはずなのに、もはやここは戦場と化していた。
燻る煙で周りは見えないが、この情況で上条が生きているというには、あまりに絶望的だった。
「まずは一人。次は君だよ」
人一人をあっさり殺してみせたステイルだが、その声に揺らぎはない。あるのは人殺しと害虫駆除を混同しているような、背筋を凍らせる冷淡なもの。
赤髪の殺人鬼は新たな炎剣を生み出しながら歩み寄り、切っ先を美琴に突きつける。
「……アンタ、なんでこんなことをするの」
美琴は気丈にもステイルを睨んだ。声に震えはなく、目からは憎悪が伝わってくる。
「目の前で仲間が死んだというのに、たいした女だ」
ステイルは鼻で笑いながらも、質問に答える。
「なんでって、さっきもいったけど、コレを回収しに来たんだよ」
ステイルが目で示した先には、インデックスが倒れている。
美琴は痛ましげな表情を見せたが、すぐに毅然としたものに戻り、ステイルに強くいった。
「なんでこんな? 小さな女の子に大怪我させてまで!」
「素人にはわからないだろうけど、まあいい。教えてあげようか。コレはね、一〇万三〇〇〇冊の魔導書を持っているんだ」
いきなりなオカルト用語に、美琴は困惑を覚える。先ほどの炎剣は能力によるものかと思ったのだが、普段なら笑ってしまうような別の可能性が浮上した。
魔術師という単語が、脳裏をちらつく。
生唾を無意識に飲み込み、少しでも情報を得ようと問いかける。
「一〇万三〇〇〇冊の……魔導書? でも、この子本なんて一冊も持ってないじゃない」
「完全記憶能力を利用したんだよ。ありとあらゆる世界中の図書館に封印されている魔導書を盗み見、完全に記憶しているんだ。コレの頭の中は、ようは魔導書の保管庫になっているのさ」
ステイルはインデックスに炎剣を差し向けた。咄嗟に美琴が間に手を入れ庇う。
「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。殺しはしない。僕はコレを保護しに来ただけだからね」
「保護って、こんなことをしておいて!」
美琴の周囲で青白い光が爆ぜた。美琴の激情に感応し、今にもステイルに襲いかかろうとしている。
「くく、怖いね」
ステイルは当たれば怪我だけではすまない電撃を見ても、自身が絶対の強者であるかのように、笑みを崩さない。
「コレの頭の中に入っている魔導書は、たった一冊でも危険なものなんだ。科学側の人間にわかり易くいえば、核弾頭みたいなものだね。まあ、厳密には全く異質なものだけど。――僕はコレの魔導書の知識が、他の危険な魔術師に渡らないように保護しに来たんだよ」
核弾頭という不穏当な言葉に、美琴は内心驚く。
もし仮にステイルのいう言葉が本当で、悪意あるものがそれを手にしたらどうなるか。
人を人と思っていない目の前の男が、その核弾頭を人に向けないといい切れるか。
「そんな言葉、信じられない。どう見てもアンタが悪用したいようにしか見えない」
「まあ、どうとでも思えばいいさ。どうせ君はここで死ぬんだからね」
そういうと炎剣を美琴に向け直す。それに動揺したように、美琴は辺りをきょろきょろ見渡した。
「ははっ、今更怖じ気づいたのかい? でも無駄だよ。人払いの術を使ったから誰も来ないよ。さっきからこんな騒ぎが起こっているのに、誰もこないなんておかしいと思わなかったのかい?」
美琴はステイルに視線を戻すと、口元をゆがめた。
よく見るとそれは、笑いたいのを我慢しているようにも見えるが、美琴を見下しているステイルには気づけない。
「本当に、気が強い子だね。でももう強がりはおしまいさ」
火の粉をまき散らしながら、炎剣を振りかざす。
死の執行者は、残酷な宣告をする。
「それじゃあ、君。死んでいいよ」
絶体絶命の中、美琴はくすりと笑った。我慢していたが、もう耐えられないといわんばかりに。
あまりの恐怖に頭でもおかしくなったのかと思ったが、美琴の瞳には強い意志が宿っている。
「ほんと、バカよね」
美琴は力強く笑い、炎剣を恐れずに立ち上がる。
「ほんと、バカだわ」
美琴の異様な笑みに一瞬飲まれ、ステイルは炎剣を震わす。しかし弱い電撃を操ることしかできない小娘だと思い返し、持ち直した。
目の前の炎剣から、恐ろしい熱気が伝わってくる。こんなもので叩き切られれば、骨まで残さず消滅してしまうだろう。
それでも美琴は恐れない。
アイツを信じている美琴は、恐れはしない。
美琴はその言葉を口にするのを誇るように、ステイルにいい放つ。
「こんなちゃちな炎で、アイツを殺せるとでも思ったの?」
ステイルはようやく気づいた。
後ろから、誰かが走る気配がすることに。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!」
ツンツン頭の少年が、傷一つもなしに一本の矢のように駆け、迫っていた。
右手をしっかりと握りしめ、ステイルに殴りかかろうとしている。
「っく、なんで!」
確かに殺したはずだ。そう思いながらも迎撃の為に炎剣を振るう。
その瞬間、信じられないことが起こった。
炎剣はツンツン頭の少年――上条の拳にいとも簡単に消された。まるで誕生日ケーキの蝋燭を消すような気安さで。
「……なっ!」
信じられない事態に驚愕を隠せないでいたが、ステイルはとっさに横に跳び、上条の拳から逃れようとする。
しかし、上条の拳はそれよりも早い。
しっかりと足を踏みしめ、歯を食いしばる。
ねじ曲げた腰のバネを解放するように、右拳を突き出す。
地平の彼方に吹き飛ばさん勢いで、ステイルの頬を打ち抜いた。
ステイルは床に何度も打ち付けられながら、廊下の端まで転がっていった。
「学園都市最強を殴り飛ばした男を、なめないでよね」
美琴はまるで太陽のような、力強い笑顔でステイルに向かって指を下げた。
「……やったか!? ――って、御坂さん。お嬢様がそんなことしちゃいけません!」
先の戦闘の余韻もよそに、上条は美琴をたしなめた。
「アンタ、前にもいったけどお嬢様に幻想を持ち過ぎよ。うちの中学には、これよりもっと行儀の悪いことをやっている子もいるわよ」
「うわー! うわー! 聞きたくなーい! そんな裏情報聞きたくなーい!」
「はいはい、いいからいいから。こんなことしている暇ないでしょ。インデックスの手当をするわよ」
耳を塞いで騒ぎ立てる上条に、美琴は手を叩いた。
「お前がよけいなことを話したんだろうが! って、怒鳴りたいとこだけど、そうだな。早くインデックスを助けないと」
二人は表情を引き締めると、インデックスの方へ駆け寄ろうとする。
だが、まだ戦いは終わっていなかった。
ステイルが飛ばされた先で、巨大な炎が生まれた。
周囲の酸素を貪り、より強く、より熱く燃えさかる。
地獄の業火が顕現したといっても過言ではない炎。
それは次第に人の形をとり、炎の巨体をゆっくりと立ち上げる。
「イノケンティウス」
そのすぐ隣にいつの間にか立ち上がっていたステイルは、痛む頬を気にしながらも、炎の巨人の名を呼んだ。
「殺す……君はここで殺す! 殺れ、イノケンティウス!」
主の命を受けるやいなや、炎の巨人――イノケンティウスは猛烈な勢いで駆けだした。
その先にいるのは、主が殺せと命じた男と女だ。
イノケンティウスは豪と炎を滾らせながら、獲物に迫る。
「うわあ……アレはなしだろ」
「なにあれ? あんなのあり?」
上条はぼやきながらも右手を構え直し、美琴はイノケンティウスに驚いている。
「魔術って本当にあるかもしれないな。どう見たってあれは、能力とかじゃねえぞ」
「……うん。『原石』かと思ったけど、魔導書とかの話を聞いてると、そうじゃないみたい」
美琴はそういうが、まだ疑念が残っていることを隠せていない声色だった。
「でも、アンタには関係ないでしょう?」
しかし次の言葉は疑念の挟む余地もない、絶大な信頼をよせたものだ。
上条は右手を突き出し、拳を握る。
「ああ。どっちだろうと、俺には関係ない。超能力だろうが魔術だろうが、それが異能の力なら、幻想殺しで消せる」
上条は美琴を庇うように、常人なら死しかありえない戦場を駆けた。
目の前の炎の化け物から、身をすくませるような火の粉が飛び散っている。
肺を焼くような熱気が、上条という存在を拒絶しているかのようだ。
しかし上条は怯まない。
進むことを、戦うことを、恐れはしない。
なぜなら己の右手を信じているから。
襲いかかるイノケンティウスを、上条はハエでも追い払うかのように右手で払った。
たったそれだけで、イノケンティウスが、なにもできずにあっけなく消滅する。
はずだったのだが……
「異能の力はなんだろうと、幻想殺しで消せるんじゃないの?」
「だあああぁぁ! そのはずなんだけどなあ!」
炎の巨体の根幹となっていたドロリとした黒いモノが、寄り集まって再び炎をまとった。
確かに上条が消したはずなのに、イノケンティウスは何事もなかったかのように、すぐさま復活した。
死してなお甦った炎の巨人は、主の命を果たそうと炎の拳を振り上げる。
そこらの不良よりもはるかに早い拳を、上条は必死で右手で打ち払う。
しかし消えたかと思うと、またすぐに復活した。
「何度消そうと無駄だ。イノケンティウスは何度でも甦る」
イノケンティウスの巨体に隠れていたステイルが、上条の前に飛び出した。
「くっ……」
イノケンティウスの再度の攻撃に対処しながら、上条は苦悶の声をあげる。
「――灰は灰に、塵は塵に。吸血殺しの紅十字!」
ステイルが力ある言葉をいうと、二本の炎剣が大ハサミのように襲いかかってきた。
上条は片方の炎剣に向かって走り、右手で打ち消す。距離をとることで背後から迫る炎剣に僅かなタイムラグを生み出し、裏拳で打ち消した。
かなりきわどいタイミングであったが、どうにか凌ぎきった。
命がけの戦闘を以前に経験していなければ、足がすくんでそのまま焼き切られていたかもしれない。
上条の額から、熱気が原因ではない汗が流れる。
「当麻!」
美琴が駆け寄ろうとするが、
「この男ならともかく、君みたいな少女になにができる!」
ステイルはイノケンティウスに美琴を叩きつぶすよう命じる。あわよくば上条が美琴を庇い、隙ができればいいと。
だが、御坂美琴はそんな甘い女ではない。
「アンタ、面白いことをいってくれたわね。君みたいな少女になにができる、だって?」
迫るイノケンティウスを見ても、微塵も動じない。助けに行こうとした上条も、不機嫌そうな顔で制した。
スパークする美琴に、やれやれとうんざりしながらも、上条は信頼の笑みと共にいった。
「しゃあねえなあ、ったく……よし御坂、やっちまえ!」
美琴は返事の代わりに、まとう光をより一層強くする。
美琴はお嬢様らしからぬ闘志に満ちた声で、己の誇りである二つ名とともに、名乗る。
「超電磁砲の御坂美琴を、なめんじゃないわよ!」
美琴のまとう電撃が、最大電力まで上がった。
「当麻! 右手!」
それだけで美琴の意図を読んだ上条は、とっさに美琴に向かって右手をかざす。
「なにを――」
ステイルの言葉は、拡散した電撃の爆音に掻き消された。美琴が放った電撃は、イノケンティウスもろともステイルを飲み込む。
まるで生き物のようにインデックスがいる辺りだけを避けながら、寮内を舐め尽くす。
世界は青白い光に包まれ、耳をつんざくような電気のほとばしりが縦横無尽に走る。
荒れ狂ういかずちの中心に立つのは、学園都市で電気を操る者の頂点に君臨する電撃使い(エレクトロマスター)。
その気になれば雷すら落としてみせる彼女にとって、この程度の技は動作もない。
火災警報機が電気に触発され、今更ながら鳴り響く。この階のものはすぐさま電撃で壊れてしまったが、他の階からは非常事態を告げるベルは鳴り止まない。
同時にスプリンクラーが作動するも、微かに水をまき散らしただけで、この階のものだけ、やはり同じ理由で次々と壊れる。
例え壊れなくとも、あのイノケンティウス相手では、それこそ焼け石に水であっただろうが。
蛍光灯も、なにもかもが壊れていく。嵐のような電流が、廊下を蹂躙する。
そんな中、上条は右手で美琴の電撃を防ぎながらも、確かに見た。
先ほどまでは気づかなかったが、寮内には無数の紙が貼られていた。それらは美琴の放った高圧電流に触れると瞬時に焼かれ、次々と散っている。
すると美琴の電撃に身を散らされながらも、すぐに復活していたイノケンティウスの炎が、微かだが弱っていることに気づいた。再生スピードも若干落ちている。
(……もしかして、あの紙が本体なのか?)
幻想殺しが効かなかった原因は、壁に貼られていた紙が原因だったらしい。どういう理屈かわからないが、常時炎を形成する力を送るなりなんなりしていたのだろう。
常識外れにも程がある。魔術というものは、こんな紙切れであんな恐ろしい炎の巨人を生み出せるのか。
あの紙に異能の力が宿っているのなら、上条の右手で壊せるだろう。だが、一つ一つ上条の右手で壊していくのは現実的ではない。
おそらく寮内の至る所に貼られているはずだ。全てを壊す前に、イノケンティウスにやられてしまう。
上条当麻には、イノケンティウスに勝つことは不可能だ。
だが、学園都市第三位のレベル5なら、不可能を可能にできる。
「御坂! 紙だ! どういう理屈かわかんねえけど、炎の化けもんが復活するのは、寮内に張られた紙が原因らしい! 他の階にもあるだろうから、お前の電撃で全部焼き切ってくれ!」
「はあ? 紙? そんなものでアレを倒せるの? ……まあいいわ。アンタを信じてあげる」
上条の言葉を聞き取り、美琴は雷の暴風をいったんやませた。
しかし先ほどまで散々に電撃を浴びせた炎の巨人を見て、怪訝そうな顔をする。
「……んん? 当麻、なんかその必要ないみたい」
「へ……? うわ、なんで!?」
緊張感が抜けた美琴の声に、上条もイノケンティウスを見た。そして驚く。
イノケンティウスは、先ほどまでとは比べものにもならないくらいに、弱々しい炎となっていた。強風が吹けば、消え去ってしまうと思えるほどに。
「み、御坂さん? もしやスーパービリビリパワーで寮内全てをビリビリしたとか」
「んなわけないじゃない。ここ一帯だけよ。あとスーパービリビリパワーってなによ。アンタも食らいたいわけ? ふーん」
そうかそうか、と口元をひくつかせながら、今度は上条にのみ電撃を放とうとする御坂に謝りながら、上条はおかしいと考えた。
まだ寮内には紙が大量に貼られているだろうに、イノケンティウスは何故これほどまでに弱体化したのか。もしかしてこの階にしか貼っていなかったのか?
「な、なぜだ? ルーンはまだ残っているはずなのに。なぜイノケンティウスが……」
美琴の電撃を受けたはずのステイルが、無傷のまま呆然と呟いていた。
服の隙間からぼろぼろになった紙がこぼれ落ちていることを見るに、なんらかの防御用の魔術でも使ったらしい。
「あら、炎の巨人もろともアンタもやろうと思ったけど、まだ立ってんの」
上条にしか防がれたことのない電撃を防いだことに、美琴は不機嫌そうな声でいう。
しかしなにを思いついたのか、意地の悪い笑みを浮かべた。
「じゃあ、まずはその幻想(こころ)をぶち殺すってね♪」
美琴はスカート内の短パンのポケットからコインを取り出し、真上に弾いた。
落ちてきたコインが親指にのった瞬間、それをはじき飛ばす。
瞬間、美琴の指からオレンジ色の光線が、イノケンティウスに向けて放たれた。
音速の三倍を超えて放たれたコインは、避ける思考すら許さず、イノケンティウスに直撃する。
遅れて轟音が鳴り響き、衝撃波が学生寮の内部に炸裂した。
イノケンティウスは、炎の塵一つ残さず、跡形もなく消滅していた。
「どう? これが学園都市が誇る超電磁砲の実力よ」
「み、御坂センセーやりすぎです。明らかなオーバーキルです」
自身にも撃たれたこともある超電磁砲を見て、上条はたしなめながらも震える。
「だって散々舐められて、むかついたし」
美琴はちろりと舌を出して嘯いた。
「うそ、だ……イノケンティウス…………イノケンティウスぅぅぅっ!」
ステイルは目の前に起きた現象を信じられず、もはや存在しない炎の巨人を呼んだ。
「……はあ、まったく。ついてねーよな。お前、本当についてねーよ」
ステイルの敗因は、美琴を侮り、軽んじ、無力な少女と断じたせいだ。いくら知らなかったといっても、超電磁砲相手に油断など許されるはずもないのに。
上条はため息をつきながら暗に指摘した。
その瞳にある、怒りの炎は隠さずに。
我を失っているステイルに、拳を強く握る。
「そろそろ決着つけようか、魔術師」
ひっ、とステイルは喉を鳴らした。
「は、灰は灰に、塵は塵に――」
「右手ってとても便利だよな」
右腕を振りかぶり、軸足に力をいれる。
「――吸血殺しの紅十字!」
「だって、目の前のクソ野郎をぶん殴ることができるからな!」
上条の拳が、もう一度ステイルの頬を打ち抜いた。
ルーンは上条さん宅がある廊下しか貼られていない。あやうくそんな勘違いをして上げるところでした。
修正時は美琴がそれぞれの階のルーンを焼き払いながら、上条さんがイノケンティウスを消す予定でしたが、美琴にそげぶをやらせたいが為に原作通りの破り方にしました。
とあるヒロインの御坂美琴と題するからには、美琴を活躍させたかったからです。
インデックスの自動書記の出番がないのも、同じ理由です。そのおかげでますますインデックスさんがエアヒロイン化したような……。
とりあえず戦闘描写をもっとうまく書けるようになりたいです。
新入生を勧誘する傍ら、部室でSSを書く駄目な先輩になってます。
後輩の「見ましたよー。ニヤニヤしましたw」という言葉責めにも負けず、羞恥心をおさえながら書き続けたいと思います。
……でも知り合いに見られるのは……ぐはっ!
次回はインデックスの治療編です。
原作とは違う形の治療となります。