上条当麻と御坂美琴の関係はいったいなにか?
そう問われると答えるのは難しい。
端から見れば喧嘩は(一方的に)するが、仲のいい友達同士に見える。
しかし美琴が時折上条に遣る視線の熱や、赤らんだ頬を見るとそれだけではないように思える。
その美琴の密やかなアピールを、ことごとく上条がスルーしていることから、恋人とは決していえないが、友達とも断言できないであろう。
この二人には特殊な事情があった。
出会った当初は、自分の電撃が効かない上条にムキになった美琴が追いかけ回し、それを上条が軽くあしらう関係であった。今のように美琴がしょっちゅう上条の部屋に来るなど、絶対にありえなかった。
しかしとある事件をきっかけに、二人の仲は急速に近づいた。
その事件で上条は美琴と、その妹達の命を救い出した。
それが異能の力なら、神の奇跡ですら打ち消せる右手で。
幻想殺し(イマジンブレイカー)。
学園都市でも一人きり、二三〇万分の一の天災の、生まれ持っての能力。
しかしまあ、身体検査では反応せず、上条のレベルは0とされてしまっているが。
とにかくまあ、その右手一つで、上条は学園都市第三位のレベル5すらも絶望させた事件を解決したのだ。
それ以来美琴は上条と出会っても、積極的に喧嘩を売ることはなくなった。むしろ進んで上条と遊んだり、寮に押しかけたりと同じ時間を過ごすようになった。
でもまあ、積極的に喧嘩をしなくなっただけである。美琴は上条にむかつけば(大多数はフラグ乱立関連)容赦なく電撃は放つ。上条は必死になって打ち消す。
下手したら(一方的に)死ぬかもしれない喧嘩をしながらも、二人は仲違いすることもなく一緒にいる。
こうして二人の奇妙な関係は、今でも続いている。
続いているのだが――
「んで、この子だれ?」
あれから美琴はいったんは雷撃の矛先を納めてくれた。しかし怒りは収まらないのか、声に険がある。
「アンタまたフラグ立てる気? どんだけ立てれば気が済むのよ。この前だってスキルアウトに襲われてた女の子を助けたばかりなのに。そんなに女心もて遊んで楽しいの? ……私がどれだけヤキモキしてるか」
最後の愚痴は小さすぎて聞き取れなかった上条は、腕を大げさに振るう。
「いやいやいやいや、俺、シスターさんに知り合いなんていないから。そもそもフラグってなんだよ。上条さんは確かに、甘酸っぱい出会いを夢想したりなんかしたりってことも、まあなくはないけど、そんな都合のいいフラグなんて立てた覚えもないぞ」
「…………」
「ん? どうした、御坂?」
「ちったあ自覚しろこのボケナスがー!」
「ギャー! 何故にーーー!」
上条が必死で電撃を防ぐ、散らす。
過激な夫婦漫才が繰り広げられる中、渦中のシスターさんは何をしているかというと、のんきにご飯をがっついていた。
ちなみにそのご飯は、美琴が上条に手料理を食べさせようと持ってきた材料で作られている。しかも上条が作ったということが、ますます怒りの炎に油を注ぐ原因となっていた。
「ごちそうさまー。まだ足りないけど、少しはお腹膨れたよ。ありがとう」
外人なのに器用に使っていた箸を置いて、そう述べたシスターさんに思わず二人はとまった。
「え、ちょっと待って」
「確か俺たち二人分あったよな。それで足りないって」
どれだけ食べ物が入るんだと、二人は戦々恐々とした。
そのおかげで怒りが霧散してしまった美琴は、シスターさんにコンタクトをとってみる。
「えっと、まあとりあえず、自己紹介でもしましょうか。私の名前は御坂美琴。隣のバカは上条当麻。で、あなたの名前教えてくれない?」
「私の名前は、インデックスだよ」
「あきらかに偽名だよな。……どこかの学園都市一位を思い出すなあ」
上条はさりげなくバカといわれたことにへこみながらも、何を思い出したか微かに震えた。
「んー、まあいいわ。それで、インデックスっていうのよね。学校はどこなの?」
害はなさそうだが、一応不審者ではあるので美琴は身元を確認してみる。
「学校? 学校なんて通ってないよ」
「んじゃあ、第12学区に住んでるシスターさん?」
「違うよ、ここに住んでる訳じゃないから」
だんだんと雲行きが悪くなってきた応答に、上条は嫌な予感をひしひしと感じながらも訊ねる。
「なあインデックス。お前ID持ってるか? 外部から来た場合でも、仮発行されているはずだけど」
「あいでー? なにそれ。もしかして、食べ物!?」
目を輝かせながら答えるインデックスに上条は「ふ、不法侵入ですか! や、厄介ごときたー!」と叫んだ。
ワクワクと食べ物を出してくれると疑わないインデックスを、どうにか宥めながらも、美琴は内心ため息をついた。
(この男は……毎回毎回毎回、女絡みの厄介事に巻き込まれるんだから)
もはや呪いではないかと、科学にどっぷりと浸かっている身でありながら、オカルトなことを考えてしまう。
だが「食べ物のことを話したら、またお腹がすいてきたよー」とのんきにいう少女を放っておくこともできず、美琴はそもそもの原因を訊ねた。
「それでインデックス、アンタなんで当麻のベランダで干されてたわけ?」
「干されてたんじゃないよ。魔術結社に追われてて、逃げるときに飛び降りたら引っかかっちゃったんだよ」
「「はあ? 魔術結社?」」
とっぴな答えに二人の声が綺麗に重なった。
二人で顔を寄せ合い、ひそひそと話し始める。
(どうする御坂、なんか残念な子みたいだぞ)
(そうね。ごめん、アンタのこと疑って悪かった)
(なにを疑ってたかはよくわかんないけど、別に気にしてないから。んで、それよりどうするあのシスター)
(不法侵入者でもあるし、あんまり関わりあわないほうがいいんじゃない?)
「二人とも、失礼なこといってるの聞こえてるんだけど」
二人がインデックスの方に向き直ると、インデックスは歯をがちがち鳴らして怒っていた。
「そっちだって魔術とは違うけど、電撃とか出してたくせに。なのに魔術は信じられないの?」
「いや、これは超能力だから。科学で証明できるもので、魔術とは全然違うわよ」
「どういうことなの?」
首を傾げるインデックスに、上条と美琴はいかに超能力は現実的なもので、魔術みたいなオカルトとは一線を画しているのか説明しようとしたが、インデックスはなおも首を傾げるばかりで理解できなかった。
その傍らインデックスも「魔術は本当にあるんだもの。でも魔力がないから私は使えないだけだもん」と、よくわからない魔術用語混じりに言い張るが、二人はとてもじゃないが信じられなかった。
お互い平行線のまま会話が進み、ピリピリとした空気が三人の間に漂っている(正確には美琴とインデックスが睨みあっていて、上条は恐れ混じりに縮こまっている)。
いつどちらがキレるかという情況であった。
上条は「あっ、俺用事があって」と逃げだそうとしたが、美琴に襟をがっちりつかまれ逃げられない。
(ふ、不幸だー……)
そう内心いつものぼやきをする。
いつまでもこの応酬が続くかと思われたが、先に均衡を破ったのはインデックスだった。
「あー、もうっ! なんで超能力は信じて魔術は信じないんだよ! 魔術はちゃんとあるっていってるのに。そんなに超能力は素晴らしいっていうの? ……じゃあみことは電撃を出せるとして、とうまはなんの力を持ってるのかな?」
「ええっ、俺?」
突然話を振られ、上条は厄介だなと左手でツンツン頭の黒髪を掻いた。その代わりにとインデックスに右手を差し出す。
「えっとな、この右手、幻想殺しっていって、御坂と違って開発されたんじゃなくて、生まれつきなんだけど」
グッと右手を握る。
「この右手で触ると……それが異能の力なら、戦略級の超電磁砲だろうが、学園都市第一位のベクトル操作だろうが、神様の奇跡だって打ち消せます」
「えー?」
案の定、インデックスは不審そうな目で上条を見る。
「本当よ。このバカに私の電撃防がれてたの見てたでしょ?」
美琴がフォローをいれるが、インデックスはまだ不審を隠さずにいる。
「確かに見てたけど、神様の奇跡でも打ち消せますだなんて、ねー」
人を小馬鹿にした態度で、インデックスはふっ、と笑った。
「くっ、このムカ「バカにしてんじゃないわよ! 本当よ本当! こいつの右手は、学園都市最強の『反射』すらぶち破れるんだから!」
上条が文句をいおうとするが、何故か先に美琴が怒っていた。
自分だけが上条をバカにしていいとでも思っているか。上条は持ち前のスルー能力を遺憾なく発揮し、美琴の本意を勘違いしてため息をつく。
「なに? 短髪」
「……この銀髪シスターむかつくわあ。魔法を使えないのに魔法使いって言い張るような、イタイ子なのに」
「むむっ、魔術はちゃんとあるんだもん! イタイ子じゃないもん!」
そこでインデックスはふと名案を思いつき、自分の着ている修道服をつまみ、引っ張った。
「そんなにいうんなら、これ。これ破ってみてよ! これは『歩く教会』といって、極上の防御結界なんだから!」
「アンタねえ、これ以上痛い嘘を重ねても、哀れなだけよ」
「なに急にしんみりした顔で見てるのさっ! じゃあ先にみことが電撃流してみなよ」
「いや、さすがにこれ以上追撃するのは酷じゃない」
「むきーっ! なにわがままな子どもを見る目で見てるんだよ!」
インデックスはそういいながら、だだをこねる子どものように手足をばたつかせた。
そんなインデックスを見て、美琴は疲れたような顔で、上条の手にタッチした。
「はい、交代。もうなんか私疲れたから、あの子のいう通り、右手で修道服をさわるなりなんなりして、あやしてあげて」
「おいぃ、さんざん引っかき回して俺に丸投げかよ」
「いいからほら、服を右手でさわってあげなさいよ。……ただし、それ以外に変なとこふれたら……」
「大丈夫だって。上条さんにそんな趣味ありませんから。現にお前にだって一切手を出してないだろ?」
「………………」
「み、御坂さん? な、なぜにそんな高圧電流を、体中から流してるんでせうか?」
上条は訳もわからず、被害が部屋に及ぶ前に電撃を打ち消していく。
「……いつか、わからせてやるんだから」
ふと美琴がなにか呟いたようだが、上条の耳には届かなかった。
上条はまだじたばた暴れているインデックスを、どうにかなだめた。そして右手を差し出す。
「えーっと、インデックス。んじゃあ、その『歩く教会』だったか? にさわるけど、いいよな?」
「ふんっ。そんなへんてこな右手じゃ、法王級の強度を誇る結界に、針の穴すら開けられないと思うけど」
「うわー、やっぱこいつムカツクわあ」
頬を若干ぴくぴくさせながらも、右手でインデックスの修道服をつかむ。
すると、突然美琴が叫んだ。
「あっー! ちょっと待って! 仮にコイツのいうことが本当だとしたら――」
そういって慌てて上条の手を引き離そうとするが、インデックスの修道服に変化はなかった。
「あ、あれ?」
美琴が呆然と呟くと、インデックスはない胸を張るように威張った。
「ふふーん。どう見た? やっぱり幻想殺しなんて嘘なんだよ。何にも起きないよー?」
バカにしたように鼻で笑う。
しかし次の瞬間、パキュンという甲高い音がした。
するとインデックスの修道服は、あわやリボンをほどくように、布一枚残さず落ちた。
頭に残ったフードだけが、妙にもの悲しかった。
「とぉーうーまぁー?」
「は、はいいぃ!」
上条の横から、まるで電気が爆ぜるような音が聞こえた。
目の前の素っ裸の少女は、羞恥に頬を赤く染め、涙目になりながらも歯をかち鳴らしている。
ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね。
上条は何故か見知らぬ学園都市第四位の、怒り狂った姿を幻視した。
ひとまず第二話はこれで終わりです。
感想掲示版でツリーダイアグラムの問題の説明をするとしましたが、情報開示よりも作中で解説した方がいいとの意見がありましたので、削除しました。
ネタバレしてしまった方、申し訳ありません。
次回は美琴が盛大にデレます。