陽はあたらないが、それでもむしむしとした暑さが襲う路地裏。
人っ子一人いない静とした空気を切り裂くように、三人の男女が走っていた。よくよく見れば男の背には一人の少女がしがみついている。
私服、常盤台の制服、修道服に巫女服と全く持って統一感のない服装をしているが、彼らにはたった一つ共通点があった。
死にもの狂い。
普段誇張表現を除けば決して使われることのない言葉だが、今の彼らの表情を見れば誰もがその言葉を当てはめるだろう。
それほどまでに彼らは必死だった。脇目もふらずに熱された空気を切り裂き、暑さだけのせいではない汗をまき散らしながら、ただ駆け抜ける。
その内の一人、巫女服を着た少女が不意に足をとめた。苦しそうに口元を押さえ、顔が青くなっている。
「とまるな! 死にたいのか!」
四人の中で唯一の男が叫ぶ。しかし巫女服の少女は首を振る。
「む。無理。は。吐きそう……」
無理もないことだった。彼女は先ほど三十個ものハンバーガーを食したばかりだ。いきなり走らされて吐くなという方が無理がある。
だが、男は聞く耳を持たずに巫女服の少女を引っ張り、無理矢理に走らせた。
「……無関係なのに。どうして。こんなことに」
迫り来る嘔吐感と戦いながら、巫女服の少女は自信の不幸を呪う言葉を呟いた。
「ねえ、もうあのジャパニーズ妖怪から逃げられたんじゃないの?」
男の背に張り付いている修道服の少女が、巫女の少女がいつ吐くかとハラハラしながら男に問いかける。声には若干の怯えが含まれていた。
「無理よ。あの娘から簡単に逃げられるはずないわ。レベル4の空間移動能力者なのよ。あと一応妖怪じゃなくて人間。時々そうとは思えなくなるけどね……」
男の代わりに、制服姿の少女が問いに答えた。
その表情は諦めの境地に達しているように見えて、声に張りはなく陰鬱な様子を隠しきれていない。
「そういうことだ。あれは悪魔だと思え。人間だけど、人間じゃねえんだ。……一瞬でも油断したら、確実に殺られる」
以前に体験した恐怖の数々をありありと思い出し、身震いしながら男が補足する。
「……ねえ、なんであの妖怪? 悪魔? よくわかんないけど、私たちが追っかけられてるの?」
「私も知りたい。何も知らずに。死ぬのは嫌」
シスターの純粋な問いと、すでに絶望が過ぎっている巫女さんの問いかけに、男と制服姿の少女は顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべた。
「あははは、いや、まあ、そのね。いろいろあんのよ。いろいろと」
「世の中には、お姉様命! な女の子(?)もいるんだよ」
訳がわからないといった顔で、問いかけた二人は首を傾げた。
それに伴い巫女さんの足が遅くなっているのを、制服姿の少女が急かす。
「まあ、いいから。そんなことしている暇があったら、とにかく足を動か――」
しかし、最後まで言い切ることはできなかった。
「見ぃつけましたわよ。お姉様」
真夏に降り注ぐ、絶対零度の声。とん、という軽い、しかし四人にとってはなによりも重く聞こえる着地音。
振り向きたくないのに、ぎこちない動作で四人は振り返る。
黒いオーラをまとった少女が、金属矢を何本も指に挟んで立っていた。
もはや人間に見えない、口角が吊り上がった狂気じみた笑みを浮かべ、いう。
「大丈夫ですわ、お姉様。目を瞑っていれば、一分も掛からずに終わりますから」
何をと問うことも、待ってと制止することもできず、四人の絶叫が上がった。
「あァ? おいクソガキ、なンかいったか?」
「ミサカはなにもいってないけど、ってミサカはミサカはそんなことよりデートを楽しもうって抱きついてみたり」
「誰がデートだ」
一方通行(アクセラレータ)は抱きついてくる打ち止め(ラストオーダー)を手で押しやりながら、悲鳴のような声を気のせいかと思考の隅に追いやった。
元々貧弱な身体で、しかも片手が杖で塞がれていることもあって打ち止めを押し払うことはできない。
一方通行は舌打ちすると、しかたなく打ち止めにされるがまま、歩きにくそうに街道を行く。
「ねえねえ、どうしてアナタは珍しくスーパーに行ったのに、何も買わずに出て行ったの? ってミサカはミサカはお菓子を買ってくれなかったことを恨みながら、じと目で見上げてみる」
「黙れ」
「うわーい一言で斬り捨てられたよ、ってミサカはミサカはそれでも諦めずに問い詰めてみる」
しつこく聞いてくる打ち止めをしかめっ面で押さえつけながら、音を遮断するのもまともにできない身の上を呪った。こんな馬鹿げた理由でバッテリーを消費する訳にもいかない。
答えられるはずもなかった。
この一方通行が、学園都市第一位の最強の能力者が、たかだが超電磁砲ごときの言葉を真に受けたなんて。
クソ似合わない自炊なんてマネを、クソガキのためにしようかと少しでも考えたなんて。
いえるはずない。
(チッ、いつから一方通行は、こンな甘っちょろい考えを持つようになったンだァ)
自問するが、答えなんて分かりきっているから始末が悪い。
一方通行の視線を受けて、打ち止めが喚くのをやめて怪訝そうに首を傾げる。
理由もなく苛立たしくなり、子ども特有の柔らかさを持った頬を思い切りつついた。
「いたたたた! いきなり何するの。まさかドメスティック・バイオレンス? ってミサカはミサカはそれでもそんなアナタを愛し――いたたたたた! ちょっと本気でつついてない? ってミサカはミサカはいたいけな女の子を苛めるアナタの感性を疑ってみる」
「クソガキが愛だのなンだの語ンな。十年早ェ」
「ふふーん、愛に年は関係ないってこの前読んだ雑誌に書いて――いたいいたい! ミサカの話は最後まで聞けって習わなかったの?」
「人の話だろうが。誰が教えンだ、ンな俺様理論」
「今ミサカが考えた! ってミサカはミサカは胸を張ってみる」
「……………………」
とりあえず一方通行は無言で、打ち止めの頬を突き抜けろといわんばかりに突いた。
ぎゃーという半ば本気の悲鳴が上がった。
幼女を苛める高校生らしき少年。良識ある人間なら咎めるべきであろうが、一方通行の無言の圧力がそうさせない。
そのまま誰の助けもなく、打ち止めの頬が突き抜けるかと思った時だった。
路地裏から何かが飛び出してきた。
先ほどの打ち止めに負けず劣らずの悲鳴らしき声を上げ、転がりそうになりながらも一方通行の方へ向かって駆けだしてくる。
一方通行が反射的にチョーカーに手を掛ける。打ち止めも驚きながらも素早く一方通行の背に隠れた。
(なンだァ? 一方通行を倒して、学園都市最強になろうっていうバカがまた出たのか?
それとも実験の関係者が狙ってきたのか?)
思考を巡らすが、こちらに迫る何者かが誰か判明した途端、一方通行の眉間に更に皺が寄った。
見覚えのない巫女服の少女、超電磁砲、昨夜打ち止めと小競り合いをしていたシスター、彼女を背負った、見覚えのありすぎるツンツン頭の少年が迫ってくる。
誰もかもが必死の表情で、まるでこちらに助けを求めるかのように手を伸ばしている。
それを見た一方通行は知り合いもいることだし、仕方なく話ぐらいは聞いてやろうと――するはずもなく、チョーカーのスイッチを手早く入れて能力を行使し、少年の足下を盛り上がらせた。
「ぶほあっ!」
ツンツン頭の少年はまるでコントのように転けた。
手を繋いでいた少女もつられて転びそうになるが、超電磁砲は手早く手を離すことで転倒を避けた。
巫女服の少女は何が起こったかわからぬまま、ツンツン頭の少年と運命を共にする。
しかしツンツン頭の少年が、少女のクッションになるように倒れたために怪我はしていないようだ。
だがそれよりもひどいハプニングが起こっていた。
どんな神様の悪戯か、超電磁砲が離した手が巫女服の少女の胸を掴んでいた。
うつ伏せではあり得ないことなのに、それはもう、鷲掴みという言葉が見事にピッタリなほどがっちりホールドしていた。
巫女服の少女はわなわなと震え、少年のハリネズミのように立った髪を掴み、思い切り引き上げる。いででででと喚く少年の頬にビンタをかました。
紅葉を頬にくっきり残しながら再び倒れた少年の頭を、背中に張り付いたままだったシスターが囓る。少年の悲鳴が再びこだました。
彼の不幸はここで終わらない。シスターが散々に頭を囓り倒した後、少年の背から素早く降りた。
ツンツン頭の少年が「……不幸だぁ」と呻きながら顔を上げると、電撃をまとった超電磁砲が彼の目の前に立っていた。スカートの中の短パンが丸見えだった。
にこやかな、なのに凄みのきいた笑顔で何事かを少年にいう。少年は慌てた様子で地を這って逃げようとする。
そこで少年の脇腹にイナズマキックが炸裂した。声にならない悲鳴を上げて、痙攣しながら一方通行がいる方に転がってくる。
ツンツン頭の少年は一方通行の足下でようやくとまった。背中から顔を覗かせていた打ち止めが、悲惨な光景に再び隠れる。
「なァにしてンだ、三下」
「お、お前のせいだろう、が……」
一方通行に見下ろされ、ツンツン頭の少年、上条が心底恨んだ目で睨め上げた。
上条を痛めつけた少女三人も、こちらに駆け寄ってくる。
超電磁砲とシスター、美琴とインデックスは怒りを無理に押さえつけたような、なんともいえない表情をしていたが、巫女さんは羞恥もあってか顔が真っ赤だった。
「アンタって学園都市最強よね」
美琴が上条の首根っこを掴みながら、一方通行に問う。
首が絞まった上条が苦しそうに手足をばたつかせるが、美琴はもちろん一方通行も気にもとめない。
「はァ?」
質問の意図が掴めな一方通行は、眉を顰めて疑問を口にする。
その隣では打ち止めとインデックスが睨み合っていた。
どうも食事関連で軋轢が生じてしまったらしく、互いに今日何を食べたのか自慢し合っている。
「みことの作った朝ご飯は最高だったんだよ。いくら食べてもまだお腹に入るくらいにね!」
「なにおう! ミサカだって物ぐさなあの人が、珍しくトーストを作ってくれたんだよ、ってミサカはミサカは自慢してみたり! しかもこれも食えあれも食えって、チーズとかフルーツとかテーブルにどんどん並べてくれて、いったいどういう心境の変化があったんだろう、ってミサカはミサカは喜びながらも疑問を浮かべてみる」
これ以上余計なことをいわれる前に、一方通行は打ち止めの口を塞いだ。しかし時すでに遅く、美琴が白々しいまでに穏やかな笑みを浮かべていた。
「ふーん。そっかそっか。さすがの一方通行も、可愛い子には勝てないってねえ」
からかい混じりにいう美琴に、一気に血管が数本切れそうになる。
しかし妙な質問の真意が気になっていたので、能力全開でぶち殺したい衝動をどうにか抑えた。
「喧嘩売りにきたのか、超電磁砲ォ?」
だが怒りは抑えきれず、食ってかかるような口調で一方通行は殺気を込めて美琴を睨む。
「ねえ。早く逃げないと。……追いつかれる」
それまで黙って静観していた巫女さんが美琴の袖を引いた。青ざめた顔は自分たちが出てきた路地裏の方を向いている。
「そうね。……アレを撒けるはずもないし。一方通行、アンタって当麻に負けたり、能力を制限されたりしたけど、今でも学園都市最強だって思ってもいいわよね」
明らかに挑発的な美琴の言葉に、一方通行の怒気が増す。
「はァ? なに当たり前のことを抜かしてンだ。なンならそこの最弱、今からでも面白可笑しい肉オブジェにしてやろうかァ?」
わざわざチョーカーのスイッチを入れ、一瞬で地面をベクトル操作で陥没させる。あんなもの食らったら内臓破裂どころか身体が捻じれ切れそうだ。
首根っこを掴まれていた上条は慌てて立ち上がり、両手を大きく振って降参の意を表した。
「無理無理、今だけは勘弁して下さい! 貴方様が最強の能力者ですー!」
どこか馬鹿にしている風にも思える命乞いに、一方通行は舌打ちしながらも足下への圧力を引っ込める。
「な。なに。あの能力」
一方通行の能力の一端を見て驚く巫女さん。
「うん、アンタの強さはよぉくわかったわ」
そんな巫女さんを余所に、美琴がわざとらしい拍手をする。
「これなら、例え悪魔が相手でも大丈夫よね」
そういってしきりに頷く美琴に、巫女さんがまるで友達を罠に嵌める非道な人間を見るような目で唖然とする。
「……ひ。ひどい。いくら能力者でも。アレの相手を人間にさせるなんて」
一方通行は嫌な予感がした。
能力を制限され、無敵の能力を自在に行使できなくなってから、虫の知らせともいうべき非科学的な能力がほんの少しだが身についていた。
こうなるまでは必要のない能力だったが、それが今は全力で警告してくる。
早く打ち止めを連れて逃げろ、と。
美琴はそんな様子の一方通行に気付かず、一転して真剣な顔でいった。
「アンタ、ちゃんと打ち止めを守るのよ。守り抜いて今日の晩御飯、一緒に食べに来なさい」
意味深な言葉を最後に言い残すと、美琴は打ち止めと睨み合うインデックスの手を繋ぎ一目散に逃げ去った。
巫女さんも申し訳なさそうな顔をしながら「これも。生きるため」といって美琴達の後を追う。まるで一方通行を何かの生け贄に捧げるようだった。
上条はまるで兵士を死地に送り出す上官のような顔で、一方通行と向き合った。
「死ぬなよ。生きてまた一緒に飯食おうぜ」
微妙に死亡フラグっぽいものを置き土産にして、上条も全速力で走り去った。
「……ねえ、お姉様達って結局何がいいたかったの、ってミサカはミサカは無駄とわかっていながらも、呆然と立ち尽くす貴方に問いかけてみる」
「知るか。こっちが聞きてェくらいだ」
不安そうに縋り付く打ち止めの手を無意識の内に握ってやりながら、一方通行はもう豆粒にしか見えない四人を見送る。
何が起こってるかわからない、もやもやとしたものが心にこびりついたままだ。第六感の警鐘も鳴りやまないでいる。
「……もういい、帰ンぞ」
こういう時は大人しく家に居たほうがいいだろう。
いや、これは断じて逃げではない。この一方通行が訳のわからない悪寒だけで逃げ出すはずがない。そう、少し疲れたから帰るだけだ。
誰も聞いているはずもない言い訳をしながら、引っ越したばかりの新居へ足を向けようとした。
だが、突然の殺気が足元を凍らせたように動けなくさせた。
(ン、なァ!?)
ろくでもなかった人生の中で、それでもこれ程までの殺意を感じたことはない。
繋いだ手から、打ち止めの震えが伝わってきた。
喉を鳴らし隣を見ると、打ち止めが蒼白を通り越して真っ白な顔をして一点を凝視している。
一方通行は慎重にチョーカーのスイッチを入れ、じとりと身体を濡らす冷や汗を気持ち悪く感じながら振り返る。
そこには、暗黒オーラを周囲にまき散らす、一匹の悪魔がいた。
「お姉様ぁ? どぉこですの? あの殿方を始末して、お姉様を解放してさしあげようというのに。……これも全てあの類人猿のせいですわ。お姉様が黒子の愛を受け入れないのも、黒子のことを捨てるのも、みんな、みぃんな……」
精神が病んでいるとしか思えない言動で、追跡者――黒子がふらふら左右に揺れながら、目だけを以上にぎらつかせている。
黒子の言動から自分たちが狙われている訳ではないとわかったが、一方通行は警戒を解かない。いや、解けない。
打ち止めを背に庇い、頬を伝う冷や汗を『反射』ではじき飛ばしながら黒子を睨みつける。
(……なンだこいつ。いつから学園都市は悪魔召喚なんてオカルトに走ったンだァ?)
もちろん本気で思っていないが、そう弄せねば目の前の少女に恐怖を覚えそうだった。
この学園都市最強の男が、生涯でおそらく一度しか恐怖を感じたことのない男がである。
「あぁ、お姉様ぁ。黒子は、黒子はこれほどまでにお姉様を愛しているのに。……いっそ、あの類人猿とお姉様が出会う前まで時を巻き戻せれば。そうすれば秘蔵のお薬を使ってでも、黒子の虜にしてさしあげましたのに」
手を祈るように合わせながら、明らかに法に抵触する危ないことを述べる女子校生。
……風紀委員(ジャッジメント)であることを示す腕章が泣いているような気がした。
(……関わり合いにならない方がいいな。こっちに害意はねェようだが、あんな化けもン、クソガキに見せてもいいことねェしな)
無言で必死に縋り付く打ち止めの温かさを背で感じながら、一方通行は黒子が向かう先とは正反対の方へ行こうとする。
しかし天がそれを許さなかった。
「それか、お姉様が小さな幼女に戻って、一からイロイロと教育するのもいいですわね。無垢なお姉様をわたくし色に染め上げるのも……グエ、ヘヘヘ」
あられもないことを妄想し不気味な笑い声を上げた。ジュルリと流れる涎を拭う。
「っと、現実逃避はいけませんわね。お姉様がいきなり幼女に戻るはずありませんもの。今は類人猿抹殺が優先ですわ」
そういって黒子がテレポートをしようとした時、偶然視界の端に入った。
愛しのお姉様にそっくりな髪型をした、幼女の影が。
獲物を狙う肉食動物のような目で、黒子が振り向いた。
突如こちらをねぶるように見つめる黒子に、一方通行の警鐘が激しく鳴り響く。
打ち止めが耐えることができず、悲鳴を上げた。
「ひ、ひい! こ、怖い、なんかすっごく怖いよあの人! どうしてか理由はわかんないけど、と、とにかく逃げようよ、ってミサカはミサカは必死で震える手でアナタの手を握って促してみる」
美琴の声を幼くしたかのような声に、打ち止めの恐怖の対象がひどく驚く。
「……お姉様? まさか、本当にお姉様が小さくなられて……?」
そういいながら警戒する一方通行を余所に近づく黒子だが、打ち止めの姿を確認した途端、すぐに口元が喜色で歪む。
「お姉様。黒子の願いを聞き届けてくれたのですね? それでそのようなロリィな、もとい愛らしいお姿に」
「えぇ? お、お姉様って誰。……その制服、もしかしてオリジナルの関係者? ってミサカはミサカはどんどん迫ってくる黒い人に制止を呼びかけてみる。ミ、ミサカはオリジナルじゃなくて、妹達(シスターズ)のシリアル番号二〇〇〇一――」
打ち止めが最後まで言い終わる前に、黒子は空高く飛び上がった。
「グエヘヘヘヘヘ、お姉様ぁん、今、貴女を黒子色に染めてさしあげますわぁ!」
ルパンダイブも真っ青な、見事な突撃体勢で幼女目がけて突っ込む!
あわや幼女が変質者の餌食に! 通行人の誰もがそう思った。
しかし、打ち止めには彼がいた。
命を掛けて打ち止めを救って見せた、学園都市最強の男が。
「なァ、クソアマよォ。あンましふざけた態度をとってンとよォ。……ぶっ殺すぞ」
黒子の身体が、まるでトラックと正面衝突したようにはじき飛ばされた。
数メートルほどきりもみ回転し、アクセサリーを取り扱っている店に突っ込む。ピアスやらヘヤピンやらが散乱し、店内に悲鳴が響き渡る。
ようやくとまった時には、黒子はぴくりとも動かなくなっていた。
咄嗟に顔を庇うように腕を交差させ、しゃがみ込んでいた打ち止めは、その破壊音を聞いておそるおそる顔を上げた。
彼女の目の前には、彼女を守る主人公(ヒーロー)がいた。
まるで何処かの誰かを彷彿させるように、右手を前に突き出している。どうやら『反射』に更にベクトルを加え、迫る黒子を砲弾のように撃ち出したみたいだ。
一般の高校男子にしてはずいぶんと華奢な後ろ姿だが、今は誰よりも頼もしいものに見えた。
打ち止めは涙で顔を歪ませる。
「わりィが、ここから先は一方通行だ。逆走するにはテメェじゃ役不足なンだよ、ド三流」
決め台詞まで吐いている一方通行に、打ち止めが頭から突っ込んだ。
「こ、怖かったよぉ!」
「ぐォ、ク、クソガキ、人の鳩尾に突撃してくんじゃねェ……」
「だって、だって怖かったんだもん、ってミサカはミサカはぐりぐりと頭を押しつけてみる」
「おいコラ、や、やめろっていってンだろうが!」
まさか反射ではじき飛ばす訳にもいかず、一方通行はばつが悪そうにされるがままにしている。
怒っているのか、はたまた照れているのか、若干頬が染まっている。
しかしそんな和やかな一時も長く続かない。
がらり、と瓦礫をどかすような音がした。
一方通行と打ち止めがまさかと思い、音源の方を見る。
「ふふ、ふふふふふふ……。お姉様を誑かす類人猿が消えたと思ったら、今度は白モヤシが邪魔をするんですのね」
あの悪魔が、幽鬼のように立ち上がっていた。
額からは血が流れ、全身は打撲や切り傷で無事な所はない。大きな怪我はないが、それでも立ち上がれるはずない。
それなのに、彼女は立ち上がった。
「いいですわ。そんなにお姉様を占有し、わたくしの邪魔をするっていうのでしたら――」
彼女が抱くのは思慕、想念、執念。ただ一人にのみ注ぐ、たった一つの想い。
「まずはその幻想を、ぶちのめしてさしあげましょう」
それは、黒子が立ち上がるには十分過ぎる理由だった。
もうまともに戦えるはずないのに、一方通行の足が思わず下がる。
(この俺が、押されてるだと……! このクソアマ、ただの能力者じゃねェのか!?)
いえ、ただのレベル4の空間移動能力者です。
しかしそう言い切るには、今の黒子の気迫が強すぎた。
まるで、あの時何度も何度も立ち上がった、あの無能力者のように。
「……クソガキ、ちょっと下がってろ」
「……大丈夫なの?」
打ち止めが不安そうに一方通行を見る。
それに対し一方通行は獰猛な、しかしどこか安心感をもたらすような笑みを浮かべた。
「俺を誰だと思ってンだ」
そう言い残すと、一方通行は倒すべき敵と向かい合う。
相手が誰かはわからない。何の目的で打ち止めを狙うかはわからない。
しかし、打ち止めに害をなす存在は、ただそれだけでぶちのめすには十分だった。
「来いよド三流、俺の最強はちっとばかし響くぜェ」
「例え能力が劣っていようと、それを覆すことができる。それを身をもって教えて差し上げますわ」
レベル4の風紀委員と、レベル5の学園都市最強。
互いの意地を懸けた死闘の幕が、開かれようとしていた。
破砕音や爆発音が遠くから聞こえる中、上条ら四人はまだ走っていた。
上条は呆れた顔をしながらも、ひたすら前を向いて足を動かす美琴に話し掛ける。
「派手にやってんな」
「今の黒子はある意味レベル5だからね。例え学園都市最強が相手でも退かないし、十分に渡り合えると思うわ」
「まあ、さすがに白井が勝てるとは思ってねえけどな。……いや、さすがに勝てねえよな? 一方通行ならやってくれるよな?」
「…………たぶん、大丈夫なはずよ」
一方通行の弱点であるバッテリーのことは極力考えないようにして、美琴が答えた。
「もしかして。さっきの人。学園都市第一位?」
未だ胃の中身が消化しきれず、顔色が悪い巫女さんが息も絶え絶えに問いかける。
「まあね。前に当麻にぼこぼこにされたけど、一応学園都市で一番強い能力者よ」
「……あなた。何者?」
美琴の言葉に驚きながらも、巫女さんが警戒したような顔で上条を見る。
「ただの無能力者だよ、俺は」
「能力だけでなく、魔術相手にも反則的な右手を持っているくせに」
インデックスが何故か安全ピンでとめられた修道服を恨めしそうに見ながらいう。
ふてくされたインデックスを、上条が「あの時は悪かったって」など謝罪しながらも宥めた。隣の美琴がやけに怖い顔をしていたが。
巫女さんはインデックスのいう魔術という単語に反応し、眉を動かした。
しかし努めて元の能面のような表情を取り戻し、ただ前へ走る。
「ちょっと待って。この反応は……!」
インデックスが急に三人に制止の声を掛けた。足をとめ、インデックスの様子を訝しげに窺う。
「魔術の流れを感じる。……しかもこれは、ルーンの?」
ルーンという言葉に、美琴はいけ好かない長身の神父を連想した。
「魔術師がいるのか?」
上条はしかし思い至らなかったらしく、インデックスを庇うように背中に押しやる。
「ちょっと調べてくる」
「待て待てインデックス、勝手に行こうとするな」
「放してとうま! 魔術師としてこれは調査しないと」
「だー! お前は色んな魔術師に狙われてるの、自覚してんのか!?」
手足をばたつかせ、首根っこを掴む上条から逃げ出そうとするインデックスを叱る。
美琴がそんな上条の手を振りほどいた。とりあえず情況がわかるまでは待機とインデックスに言い含めながらも、その顔に緊張は見られない。
「当麻、そんなにカリカリしなくても、たぶん大丈夫よ」
「はあ? 魔術の反応がしてるのに、よくそんなのんきな――」
「ほら、来た」
美琴が指を指すその先、漆黒の修道服をまとう大男が立っていた。
「久しぶりだね、上条当麻、御坂美琴。――それに、インデックス」
男は上条と美琴を不遜な態度で睥睨しながらも、インデックスの前で何ともいえない微妙な顔をした。
「……まったく、わざわざ彼女をおびき出す為に人払いの術をかけたのに」
なにやらぶつぶつといっているが、美琴が遮る。
「で、マグヌス、なんか用なの? どうせアンタがわざわざ私たちに会いに来たってことは、ろくな用件じゃないことはわかるけど」
マグヌスと呼ばれた少年、ステイル・マグヌスはインデックスから視線をはずし、慌てて体裁を取り繕った。
「な、なに、ちょっと頼みたいことがあってね」
訝しげに聞いている上条に、暗にインデックスをどうにかしろとサインを送るが、上条は理解していないのか反応がない。
ステイルが「……無能が」と舌打ちしながらも、とにかくインデックスをこの場から離すことを考える。
「御坂美琴、この男にだけ話があるから、君はインデックスを連れて、ここを離れて――」
そこでようやく気付いた。あまりにも影が薄くて気付かなかったが、ここにもう一人部外者がいることを。
いや、違う。よく見ると部外者などではない。それどころか渦中の人間だ。
「……まったく、君たちは呆れるほど仕事が早いね」
ステイルが言葉通りに呆れながら、巫女さんの顔をまじまじと見た。
巫女さんはステイルの視線に「……なに?」と首を傾げた。
意外な助けとは一方夫婦のことでした。
ある意味ありえない対戦カードとなりましたが、果たしてどちらが勝つことになるやら。
ちなみに黒子と一方さんは一応顔見知りではあります。まあたった一回の顔合わせで、しかも黒子が別人のようなオーラを放っていたので、一方さんは気付いていませんが。
……姫神さん、ごめんよ。なんか影が薄くて。こんなつもりじゃなかったのに。
しかし全然シリアス場面に入れない気がしてきたのは、気のせいでしょうか。
そろそろアウレオルスを出したいなあ、姫神の出番をもっと増やしたいなあと思いつつ、ちまちまと書いていきます。
あと番外編で書けそうなネタがちょっと思いつきません。書こうと思えば書けそうなやつとか、話がもっと先に進めば書けるものはありますが。
ですから、もうそろそろ20万PV達成ということもありますので、記念としてアンケートをとりたいと思います。ネタばれしそうな話とか、力量不足で書けそうにないものは無理ですが、書けるものがあればそれをネタに書こうと思います。
なければ自力で頑張りますので、気楽に書き込んで下さい。
次回、ステイルが依頼しようとした内容とは。
巫女さんがまさかのお泊まり?