夏休み初日。
エアコンが故障して動かず、むしむしとした熱気が部屋の中に充満している。ならばうちわ代わりでもと下敷きを取り出そうとするが、踏んづけて割ってしまった。
結果どんどん上昇する気温になすすべもなく、上条当麻はガラステーブルに突っ伏し、おなじみの台詞を呟いていた。
「ふ、不幸だー……」
そんな上条に、対面で睨みをきかす少女がいた。
「アンタねえ、こんな夏日に不幸スキル発揮してるんじゃないわよ。エアコンも冷蔵庫も壊れてるって、私を蒸し殺すつもり?」
美少女といっても過言ではない容姿をしているが、今はしかめっ面でテーブルを指で叩いている。肩も軽く揺らしていて、その度に肩まで伸びた茶髪が揺れていた。
お嬢様学校で有名な名門常盤台中学の制服を着ていて、間違ってもいたって普通の学生寮、それも男子寮にいてもいい少女ではない。
だが少女はここにいて当然と言い張るように、両足を伸ばしきった、お嬢様らしからぬだらしない格好でくつろいでいる。
上条は夢を潰された男子学生を代弁するような、白けた目を遣る。
「だったら俺ん家なんて来るんじゃねえよ、ビリビリ」
「なによう、せっかくこの私が遊びに来てあげてるのに。それに私の名前は御坂美琴だっていってんでしょうが」
「どわはっ、いきなりビリビリは勘弁して下さい!」
そういいながらも美琴の放った電撃を右手で打ち消し、上条は両手をあげてはおろし大仰に謝った。
それを見てやる気が削がれた美琴は、両手を床について、更に足を伸ばした。少し口を尖らせて、上条の右手を見る。
「何度見ても理不尽よねえ、その右手。一発ぐらい私の電撃にあたってみなさいよ」
「いやいや、お前の問答無用の電撃の方が理不尽ですから!」
「むー」
釈然としない表情でむくれる美琴に向かって、上条は指さした。
「そもそも御坂、この悲惨な現状は元々お前のせいだろうが。昨日手加減せずに極大の雷を落としやがって。見ろ、おかげで上条さんの家電さんたちの八割はお亡くなりになってしまったじゃねえか!」
「あれはアンタが悪いんじゃないの。ベタベタベタベタあの子とくっついて。そんなに妹がいいんか! 顔が同じなら妹を選ぶんか!?」
「ちょ、ちょっと御坂さぁーん、なにをそんなにお怒りに!? って、ビリビリ漏れてる。ビリビリ漏れてますから!」
上条はこれ以上家電を壊されてなるものかと、必死で電撃を防いでいる。
美琴はある程度放電して気が済んだのか、ふんっ、と一回鼻を鳴らすと元の場所に座った。
「当麻、キンキンに冷えた麦茶出しなさい」
「いやいや、御坂。冷蔵庫は壊れてるって、さっき自分でいっただろ。そもそも仮にも年上の高校生を呼び捨てしたあげく、顎で使おうなんて――」
「アンタが赤点免れて、補習を受けずに済んだのは、誰のおかげでしたっけー?」
「ぐ……ぐぐぐ。み、御坂さまです」
「全財産落としたといって、年下の中学生からお金を借りたのは、どこのどなたでしたっけー?」
「う、ううう……。不肖、上条当麻です」
「ちょっと家電が壊れたからって、生意気いってるんじゃないわよ。アンタどれだけ私に借りがあるって思ってるの?」
「め、面目ないです……」
なにも言い返せずにしょげる上条。そんな暑さとは別の理由でうなだれる上条に、罪悪感がわいたのか、保護欲がわいたのか、美琴は少し頬を赤く染めながら、呟くように声をかけた。
「ん、んん! そうね、うん。今回は私も少しは悪いと思ってるから、家電を弁償するくらいはいいかなーって思ってるんだけど。それに当麻には、こんなんじゃ返せない大きな借りがあるし――」
どんどん顔を赤くしながら、美琴は言葉を続けようとするが、上条の大声に遮られる。
「み、御坂さぁーん。あなたはすばらしいお人です! 神様です! ありがとうございます。ありがとうございます!」
土下座をせんばかりに美琴を褒め称えた。
上条のそんな態度にどこか不満があったのか、美琴は少し嬉しそうな表情をしながらも、口を尖らしてバカと呟いた。
だが、上条には全く聞こえていない。
「それではさっそく、上条さんは冷たい麦茶を買って参ります!」
ビシッ、と敬礼すると、上条は美琴を部屋に置いたまま外に出ようとした。それをとめようと、慌てて美琴が立ち上がる。
「ちょ、ま、待ちなさいよ! 冗談だから!」
「じょ、冗談……? べ、弁償は冗談ですかそうですか……」
晴れやかな表情から一転、心の奥底の暗さを隠せない顔で上条が呟く。しかし首を横に振ると真剣なものに変えた。
「いや、そうだような。さすがに御坂に払ってもらうのは駄目だよな。金ならなんとかするから、お前が気にする必要はないぞ」
「違うわよ。私は弁償が冗談じゃなくて、冷えた麦茶出せっていうのが嘘だから」
「へ? そうなのか。いやでも、やっぱさすがに悪いからさ、気にしなくていいよ」
「アンタはなんでいつも変なとこで遠慮すんのよ。私は常盤台中学の超電磁砲(レールガン)よ。レベル0のアンタとは、奨学金の桁が違うんだから」
全国からありとあらゆる学生を集め、超能力開発をしている学園都市では、学生がその実験の対象となる代償として、レベルに応じた奨学金を払っている。学園都市に七人しかいないレベル5と、最低ランクであるレベル0では、それはもう天と地との額の差がある。
しかしそれでも上条は渋った。
「んー、でもなあ」
「いいから、人の厚意は素直に受けときなさい」
「……わかった。ありがとな、御坂」
しばしの間があったが、結局は折れた上条は、美琴に笑いかけた。
「う、うん。か、感謝しなさいよね。」
乙女補正でそれが極上の笑みに見えている美琴は顔を真っ赤にし、ぎこちない動作で窓側に振り向いた。
「そ、それよりもほら! せっかく天気がいいんだからさ、外にでも遊びに行かない? こんな暑い部屋でうなだれてるよりかは、ずっとまし――」
美琴の言葉が不意に途切れた。
「御坂?」
上条がいぶかしげに問いかける。しかし美琴は振り返るどころか返事すらしない。
「おい、どうしたんだよ?」
肩に手をかけて隣に並ぶ。すると美琴は電気を浴びたかのように、大きく肩を上げた。
「ひゃ、ひゃい? と、当麻?」
「ひゃいじゃないだろ、ひゃいじゃ。どうしたんだよ」
ようやく上条に気づいた美琴だが、上条に肩を触れられていることもあわせて、動揺を隠しきれずにいた。
「ア、アンタ、布団干してたっけ?」
「布団? いや干そうとは思ってたけど、まだ干してないぞ」
脈絡もないことを訊ねる美琴に、首をかしげながらも上条は素直に答えた。
「じゃあ、アレなに?」
「アレ?」
美琴が指さす先を視線で追うと、ベランダになにか白いものがかかっているのが見て取れた。
「んん? なんだ?」
不審に思った上条は、ベランダの網戸を開けて近寄ってみる。後ろからは上条を盾にするように美琴がついてきている。
「これ、あきらかに布団じゃないよな。……って、ちょっと待て。これって」
「なに、なんなの? ちょっと私にも見せなさいよ」
「どわぁ! 突然押すなって」
上条の曖昧な言葉に警戒心よりも好奇心が勝った美琴は、彼の背を押してベランダに躍り出た。
すると、そこにいたのは――
純白の修道服のようなものを着た少女だった。
うつむいた顔からわずかにのぞいた顔は明らかに日本人ではなく、美琴と比べても遜色のない整った顔立ちをしている。頭にかぶった白いフードからは、綺麗な銀髪がたれていた。
「はあ! いやいや、なんで? ほ、本物のシスターさん?」
驚愕する上条。だが驚きも醒めぬ間に、不意に後ろから殺気を感じ、とっさに振り返った。
すると、そこにいたのは――
青白い稲光をまとった常盤台中の超電磁砲だった。
「ア、アンタってやつはぁ……また、また新しい女かぁぁーーーーーー!!」
「ちょっ、なにを怒ってるかわからないけど、とにかく落ちつけって。ドードー! ほら、御坂ドードー!」
そのとき、美琴の中で何かが切れた。
「いっぺん…………死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
「ふ、不幸だーっ!」
謎の純白シスターさんが「おなかへったー」と場違いに呟く中、美琴の雷撃が上条に向かって集中砲火された。
以上、お疲れ様です。
第一巻相当の話はほぼできていますので、様子を見ながら投稿します。