第0話 海が見えるベランダ
人はどれだけ生きようが、その人間の本質は変わらないとラルクは最近思う。
なぜなら、彼はニ百年近く生き続けているのだから。
真の罰の紋章を持つがゆえに。
ここはゼクセン騎士団の仕官学校の海に面したベランダだ。
「今日の潮風は気持ちいい・・・今日みたいな日はラズリルを思い出す。」
ラルクが独り言をいっていると、後ろの方から人の気配が近づいていた。
「ラルク教官!」
きれいな女性の声が聞こえてきたので、ラルクはまたかという想いで後ろを振り返った。
「クリスか?」
「私と教官以外、誰がここに来るのですか?」
クリスが目元を笑わせながらいってきた。
「確かにそうだな。」
仕官学校のこんなはずれのベランダに来るのは、ここが仕官学校で一番海のながめがいいからだ。そうじゃなければ自分もここには来ないだろう。
クリスは朝にラルクを呼びに来ることが日課になっているので、当然ここにはよく来るのだ。
「しかし、今日でクリスは卒業だな。」
「はい!こうして教官を呼びに来るのも今日で最後になります。」
少し寂しげにクリスはうなずいた。
「そうか、クリスがここに来て早三年経つのか・・・早いものだな、何か思い残すことはないのか?」
「そうですね、私の唯一の心残りといえば、教官に一度も試合で勝てなかったことのみですね。」
「はは・・・安心していいぞ、私から訓練生で一本とった人間は今のところ一人もいないからな。」
ラルクは笑いながら言った。
クリスは軽くため息をついた。
「私も仕官学校で教官以外に負けたことがありませんが・・・」
「では、今以上に強くなれるように努力することだな。」
「私の目標は、父や教官の様に強く立派な騎士になることです。もっとも私は父の顔ですらもう覚えてはいないく、当時の父を知っている人達からは、父は皆から尊敬をされるような立派な騎士だったということしか私は知りません。とりあえず今の私の目標は教官を超えることす。」
「ワイアット様か・・・私もワイアット様の噂は聞いたことはあるが、あったことはない。立派な人物だったんだろうな。あって話がしたかったものだな・・・」
「父は、私の誇りですから。」
「そうか・・・」
クリスは誇らしげな顔をした後、なぜか急にクリスの顔が笑顔に変わった。
「あ、それともう一つ思い残すというか、気になってることが一つありました。」
それを聞いたラルクは何故かいやな予感がした。
「・・・なんだ?」
「教官のその仮面の下の素顔を一度も見れなかったことです。心残りがないように今仮面を取って素顔を見せていただけませんか?」
クリスが言ったように、ラルクの鼻から上が仮面で隠れていた。声だけ聞けば青年という年であることがなんとなく分かる、しかし言葉の端はしに重みがあるというか老人の様になにかを悟ってるように言葉が重いのだ。しかも仮面で目元が隠れているせいで年齢は十代後半にも見えるし、三十代前半にも見えなくはない。全体的にいうとあやふやになってしまって見た目の年齢に判断がつきかねてしまっているのだ。
ラルクは拍子抜けしてしまった。三年前にこの場所で寂しげに星を眺めていたクリスからは想像できないような変わりようだ。
「・・・それは秘密だ。」
「そうですか・・・わかりました残念ですがそれは諦めます。しかし、私が教官を超えたと思ったら手合わせをお願いできますか?」
「私が思うには、その時は君はゼクセン騎士団になくてはならない大物になっているだろうな。約束しよう、その時がくるのを楽しみに待っているよ。ただその時には、私は君の部下となっているだろうから命令と
いわれたら断れないだろうがな。」
クリスは渋い顔をした。
「私は女ですから、そこまで上りつめられるかわかりません。それに、立場がどれだけ変わろうとも教官は教官ですから。」
「余り悲観的になるな、今まで数多くの訓練生を見てきた私がいうのだから自分に自信を持ってがんばれ。」
「はい!」
クリスはラルクをまっすぐな目で見つめていった。いい眼をするようになったなとラルクは思った。
「さてと、そろそろ他の卒業生の顔を見に行ってみるか。」
「そうでした、私は教官を呼びにここに来たのでしたね。」
「じゃあ、行くか。」
「あ、教官最後に一つ聞いていいですか?」
「?・・・まだなにか聞きたいことがあるのか?」
「さっき私は、出世できるようなことをいっていましたが、教官は出世するつもりはないのですか?教官なら少なくても、ゼクセン騎士団誉れ高き五騎士の仲間入りするぐらいたやすいと同期生は皆口をそろえて言ってます。実際私もそう思っています。なぜ長い間仕官学校の教官職についたままなのですか?なにか理由でもあるのですか?」
それを聞いたラルクは悲しそうな表情になって言った。
「私は訓練生を育てて、ここから巣立っていく姿を見るのが好きなんだ。だから長い間この職についてる。しかし、今日君からそのことを聞かれるとは考えもしてなかったな。実は昨日、団長から同じようなことを聞かれたよ。それで、騎士隊長になる気はないかとな。」
「それで教官はなんと?」
「断ったよ。私は戦場で部下達の死に様を見て冷静に指揮を執る自信がないとな。しかし、今はグラスランドとの戦いで人手が足らないと頼み込まれてな。無下に断れなくて、結局は国境守備隊の隊長の職に就くということになってしまったよ。あくまで守備隊だからな、敵が国境を越え砦やその周辺に攻めてこない限りは、部下達の死に様を見る確立が低いのがせめてもの救いだよ。二週間後にはここを出ることになってる。」
「そうですか、そうなると当分は会えなくなりますね。教官のことですから心配する必要はないと思いますがくれぐれも無茶をしないでください。」
「それは教官である私のセリフなんだがな。クリス、君も無茶はするな。」
「わかりました。それじでは中庭に行きましょう。もう皆集まりだしていますよ。」
「だいぶ時間をくってしまったな。急いで行くか。」
「はい!」
ラルクは少し速く歩きながら廊下に出た。
クリスも慌てて追いかけようとしたが、ふとラルクがさっきまで立って海を眺めていたベランダをを見つめた。
三年前にこのベランダに来た時に、父に追い付くこと以外の目標を見つけたのだと・・・。
あとがき
ラルクの転属先は、話を進めていく都合上まことに勝手ながら、国境警備隊ではなく、国境守備隊と変え、ラルクの会話も少し変えました。本当にごめんなさい。