結論から言って、アリサの家にしばらく住まざるを得ないことになった。
理由としては、お医者さんもせめて治るまでは安静にということと、アリサがまだお礼をし終わっていない。
恩を返しきっていないから、駄目だと言ったからだ。
アリサのお父さんも俺の目が覚めると居て、アリサを助けてくれてありがとうと何度、何度も繰り返し言っていた。
そして、アリサと同じようにせめて怪我は治るまではと。
自分自身としても、確かに頭をちょっと動かすだけで結構な痛みを感じるので致し方ない部分はある。
でも……、女の子の家に居候はちょっと、ね?
と考えないことも無い。
あとは、食費とか医療費とかの負担も受け持ってもらっているので、ここら辺でも引け目がある。
あるのだが……当のアリサは、その程度じゃ私の感謝の気持ちはそのぐらいでは……らしいので、とりあえずご好意に感謝することにした。
本当に、アリサ様様だ。
今度、お嬢様とでも呼んでやるか。女王様の方が似合いそうだけど。
そんな中でも悪戯心が働かないわけでもなかった。
状況は思ったよりも、好転しつつあるのだ。
とは言うものの、あくまで怪我が治るまでの付き合い。それが終われば、記憶を頼りに公園に戻り前と同じような生活を送るに違いない。
それはもう、しょうがないものとしてサバイバル生活を満喫してみようと思う。
記憶……といえば、ふとしたきっかけで治るとのことだった。
それは思ったとおりでそんなに重要視しなくてもいいらしい。あくまでも、一時的なとのこと。
もとより記憶を失ったものもほんの一部分と言うほうが正しい。
その大部分が思い出というような感情的なものだが、それも全部が消えたわけではない。
もっと簡単な言い方をすれば、本当に事故前後とかなり前の記憶が多少忘れられている程度。
もののついでに怪我についてだが、少なくとも一ヶ月は要注意だそうだ。
やっぱり脳については、慎重にならないといけないらしい。
人体の神秘って奴なのだろうか?
とにかく、医者が言うには安静にしろこの一言に尽きるらしい。
らしいのだが……、
「家主もいない家に一人寝てるのってなんだか、ふてぶてしいというか、なんか悪い気がする」
こんな豪邸に一人に残してアリサは鮫島さんをつれて学校に行ってしまった。
おかげで、場違いな場所に残される羽目になったわけだが。
かれこれ一週間ぐらいこの部屋、この家では過ごさせてもらってはいるものの、慣れるものではない。
「寝てるだけだと悪いから、何か手伝えることは無いかな?」
ベッドから立ち上がってみる。
……痛っ!
やっぱり多少のゆれで頭痛いね……でも、この程度なら我慢出来ないこともないかな。
とりあえず、鏡で今の自分の怪我の度合いを見てみたいね。
話で聞いてるだけだと、いまいちわからないと言うか把握できないからね。
とりあえず、部屋の中を見渡してみると鏡らしいのは見当たらなかったので、しょうがなく窓で我慢する。
窓を覗き、今の自分の姿を眺める。
「うわっ! 誰だこいつ……俺か」
蒼白というか結構やつれてるというか痩せてる?
頭はなんかミイラみたいに包帯がぐるぐる巻きだし、ところどころに血の斑点があるよ。
なんとも痛々しいな。
よくこんな怪我をして生きていたものだ、自分を褒めてあげたい。
っと、そんなことのために立ったんじゃなかった。
何か俺に出来ることはないかな。
無償で色々されるのってやっぱりなんか気まずいものがあるしね。
……こういうのが貧乏症っていうのかな。
でも、ただより高いものはないと言うしね。
当てもなく立ち上がったものの、実際にはやることもなくおぼつかない足取りで徘徊するしか選択肢はないようだった。
どちらにしろ、じっとすると言う行為があまり性に合わないのだ。
よし、考えるよりもまず行動だな。
まずは部屋を出てこの家を把握するとしよう。
この部屋の大きさから家自体も相当大きいんだろうな……ちょっとした冒険みたいで楽しみかも?
では、まずこのドアを開けて……い、痛っ! こここ、小指挟んだ!
小指を挟んだ勢いで、もともとフラフラの状態だったため簡単に体制を崩し、
「あ、デジャブ」
再び脳に強い衝撃が伝わった。
◆
「はい、口をあけなさい」
「いや、自分で出来るよ」
「何を言ってるのよ、手が動かないのに出来るわけないじゃない」
「それもそうだけど」
「ほら、早くしなさいよ! せっかく私が助けてあげるって言ってるのに!」
「いやいや、そもそも──」
「そもそもはあんたでしょ! 部屋を出ようとしてそうなったんだから」
「いや、だからって」
「何よ!」
「手が動かないのはアリサのせいだろ!」
目を覚ましたとき、俺の身体は束縛──ベッドに縛りつけれれていた。
ちなみに俺は別にこういった、束縛ものに興味はあったりはしないよ?
「こうでもしないとまたどこかへ行こうとするでしょ! 怪我も治ってないのに」
「だから、それは悪かったと何度も……」
俺はあの後、結局また気絶してしまい、鮫島さんにアリサを送って帰ってきたところを助けてもらった。
今回は幸いにして大怪我はなく、今度こそ安静にするようにとお叱りを受けただけだ。
まぁかなり凹まされるまで怒られたけどね。
このままだと、永遠と俺が責められ続けるので話を変える。
「アリサ学校どうだった?」
「…………」
無反応、どころか暗い影が射した様な顔をした。
今日は小学校になって初めての授業……というよりは入学初日だった。
俺も入学ぐらいの年齢なのかな?
なんとも実感の湧かないことだよね。
記憶が全部戻ったとしても、たぶんこの気持ちには変わりないとは思うけど。
そんな俺のことはどうでもいいとして、アリサの反応が気にはなるな。
あまり踏み込みたくないけど一度は聞いてみるとしよう。
「何か嫌なことでもあったの?」
「……別に」
「本当に?」
「何も……ないわよ」
本人はあくまで話さないつもりらしい。
それならそれでいい。
俺には知る権利はないのだから。
ただ、相談や悩みがあるなら話ぐらいは聞いてみたいな。
外見年齢はあれだけど、一応中身はね。
少し記憶ないけど。
ただ本人が話したくないなら無粋かな。
「そう、ならいいよ」
「え? もっと聞いたりしないの?」
「聞いて欲しいの?」
「…………」
沈黙は肯定……だったかな。
つまりはここがアリサが聞いて欲しくないことの境界線と言うことだろう。
お互いに話したくないことはあるもんだ。
「はい、ここで学校のは話は終了にしようか」
「あんたがしてきたんでしょうが!」
「あれ? そうだっけ?」
「ああもうっ!」
気分一転だよ?
あのままじゃ空気が張り詰めたまんまだし。
シリアスはまだまだ早い。
「と言うことでアリサ」
「なにかしら?」
「とりあえず、この縄を」
「外せるものなら外してみなさい」
「実はすでに外れています」
「……え?」
アリサは俺が寝てるもんだと油断していたからね。
あらかじめ縄がゆるく縛られるように工夫しといたのさ。
これぞ本当の縄抜けの術……と言うほど大げさなものでもないけどね。
どうやったかは……禁則事項です。
「じゃ、じゃあ今までのは!?」
「演技です」
俺はにこやかにぐぅ~(古)っと指を出し決める。
これぞ玄人芸だぞっと。
「それは私がずっとあんたに騙されてたって訳ね?」
「え……」
「あんたは、騙されてる私を見てバカだなこいつって思ってたわけね」
「いや、別にそんなつも──」
「はははっ! 覚悟はできるんでしょうね! 一郎!!」
「ええっと、意義があります! 俺はそんな気持ちなどな──」
「異議を却下するわ! よって極刑よ!」
「そ、そんな理不尽なぁぁああぁぁ」
この日の記憶はここで途絶えた。
その後、俺の定期健診にきたお医者さんに俺とアリサともども怒られた。
アリサざまみろである。
「あんたもよ!」
「痛いっつうの! いちいち頭叩かないでくれよ。デリケートなんだから!」
「あんたのどこがデリケートなのよ!」
「あ、また……」
そのうちどこかの工場長みたいに、人形型の爆弾投げつけてやる!
◆
アリサに、もぐらたたきのもぐらのように、またはワニワニパニックのワニのように頭をたたかれる毎日だが、それでも経過は順調だった。
完治まではまだ時間がかかるが、完全安静期間は来週で終了となった。
そのころアリサは、いつも学校から帰ってくると不機嫌だった。
しょっちゅうぶつぶつと呟いている。
以前の反応から、やっぱり何か問題があるのだろうかとついつい余計なことを考えてしまう。
例えば、苛められてるんじゃないかとか。
アリサのその容姿は他を圧倒するほどの、外国人ならではの美しさ、綺麗さがある。
それは最も髪の毛に現れており、輝くような金色の髪が特徴的だった。
また、その中には碧眼というのもある。
よく見れば非常に綺麗な瞳なんだ。
青色の目。
なぜそんなのを知っているかと言うと、しょっちゅうその瞳に見惚れてしまい見つめることがある。
それはつまり、よくアリサと見詰め合うことが多いと言うことと同義で。
その度にアリサは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながら俺を叩く。
叩くのはやめて欲しいものだけどね。
話が逸れたが、つまりはその日本人にはない異端さで苛められてるんじゃないかと思ったが、そんなことはないらしい。
それは、アリサの通っている学校がアリサのようなかなりの上位社会に生きる偉い人たちの子供が通うような学校で、特別そういった問題はないとのことだった。
もし、これが普通の学校ならと考えたら……アリサのことなのだが、なぜか俺までぞっとする。
ならば、何か。
勉強、と言う線もあったがそれも無かった。
アリサは英才教育により勉強はかなりできる。
それはもう学年でトップになるほど。
こうやって色々とアリサの悩んでいることについて考えたが、無意味なことなんだ。
この問題はアリサの問題で俺の問題ではなく、お互いにここには踏み入らないようにしていたからだ。
なのだが、ついに聞いてしまった。
俺は意外と我慢が出来ない体質なのかもしれない。
「アリサ」
「なにかしら」
相変わらず不機嫌そうな……いや、私は不機嫌ですといったような無愛想な顔をする。
これで隠してるつもりなんだろうか?
悩んでますというか、ちょっと気に入らないことがありますって言ってるようなものじゃないか。
「最近学校どう?」
「お父様みたいなことを言うのね」
「う……過ぎたことだったかな?」
「ううん。むしろ何で今まで……なんでもないわ」
「……そうか。それで?」
「特に何もないわよ」
「嘘は言わないでほしいんだけど?」
「嘘じゃないわよ!」
必死になるのがなお怪しいよ。
アリサって一見素直じゃないようですぐ反応するから素直なんだよな。
そこそこ付き合ってみないと分からないけどさ。
「嘘じゃないわよ……ただ、ちょっと気に入らない奴が居ただけ」
「気に入らないって?」
「よそよそしいというか……なんか一人高みの見物っていうか……とにかく気に入らないのよ!」
「なら関わればいいじゃん」
「え?」
「一人よそよそしくて、関わろうとせずにいるならこっちから構えばいいじゃないか」
「な、そんなこと……簡単にっ!」
「まぁアリサの努力次第じゃない?」
結局人間関係なんて、自分から関わらないとどうしようもない。
むしろ、自分から動いた方が情況が好転することのほうが多いんだ。
それは人間関係に限らず、大体のことに当てはまる。
…………って、俺の担任の先生が入学式の日に俺たちに言ってただけだけどね。
他人の受け売りだけど、でも……、
「そう……わかったわよ。あんたがそう言うなら、やってみるわ」
「じゃあ、頑張りなよ」
「前から言おうと思ったけど、あんたっていつもどこか他人事よね?」
「他人事じゃないの?」
「……そう、あんたにとってはそうなのね」
「ん? 何か?」
「なんでもないわよ」
アリサが少し寂しそうにした気がする。
何はともわれ、俺の助言というほど大したものではないけど、この話がいい方向に向かうことを祈る。
アリサって変なところで男気があるから、気になる人にちょっかいをだす男子生徒みたいにやらないとも限らないしね……。
いや、それはないか。
さすがにお姫様が、ね?
~おまけ~
作者がちょっとギャグ成分が足りぬ、書きたいのだがタイミングが分からないと思って書いたものです。
読むか読まないかは貴方次第! 面白いかどうかも(ボソ
──休日の公園で、鉄棒を坂周りででぐるぐる回ってる人の姿。
「ねぇ、ママあの人すごいよぉ?」
「み、みちゃ駄目よ」
「ふんっ! ふんっ!」
──滑り台を逆走ダッシュしてる人の姿。
「すごい早いね! 僕もあの人みたいに早くなりたいよ」
「迷惑だから駄目よ」
「圧倒的に速さが足りない!」
──公園の草陰でダンボールを被りひたすら待機している人の姿。
「お母さん、あの人何してるの?」
「あれはダンボールよ、中の人なんて居ないわ」
「ごそごそごそ」
──なんだかんだで公園生活を満喫してる一郎であった。
{シリアスなんていらない……ほしいのは愛とギャグ(現実で)}