「──……ちょ──……よ!」
声が聞こえる。
そんなに大きな声ではないが、声がどこからか聞こえる。
「たす──だれ……」
少女の声っぽい、それも危機迫るような、そんな感じの。
だから手放していた意識を引き戻す。
誰かが救いを、助けを求めているような気がしたから。
むくりと立ち上がる。
そこに考えなどは特にない。
「おい、何をやってるんだ?」
「何だ……よ……。お、おまえ、か……顔が青くて、赤い……ぞ……」
顔が青くて赤い? それどこの信号?
俺は普通の日本人だから、顔はどちらかと言えばその間の黄色のはずだけど……。
そう思って、顔を触ってみると……え? ……は?
「痛っ……って、な……なんじゃこりゃあああ」
「「うわぁぁああぁぁ!!」」
思わず叫び声あげちゃったよ、俺が。
目を開けたらビックリ、目の前が赤く染まって見えるし頭はがんがんに痛いし。
助けを求める声が聞こえたから立ち上がったってかっこいいこと言っておきながら、すでに意識が朦朧だよ……。
あ、でも、その前に。目の前で明らかに少女が襲われてるっぽい。
少女の様子は俺の赤い画面ではよく分からないが、襲ってた奴らの表情はなんとなく感じれた。
なんか怖がってるようだ。
……何に怖がってるんだ?
「寄って集って少女を襲うなんて……非道だな」
「こ……こっちにくるなぁぁああ」
「え? よく聞こえないんだが?」
「だ、だからこっちに──」
なんか耳まで遠くなってきた。
寒気もするな。
かなりまずいんじゃないか?
少女云々より俺の方が……。
あ、襲ってた奴その一が気絶した。その二はなんだか、逃げていったぞ?
どうし──つっ……なんか考えようとすると頭が痛い。
そして、異様に頭が熱い。オーバーヒートでもしてるんだろうか。
「ちょ、ちょっとあんた大丈──」
「え、なんかい……」
あれ、目の前が真っ白に……。
あ。青くて赤いって、顔が真っ青で血で真っ赤って言う意味か、納得。
真っ白な世界から帰ってきました。
目を開けるとそこは……、
「俺の知らない天丼」
「天丼!?」
と、そんなことはどうでもいいとしてここはどこだ?
見渡す限りかなり広い部屋に見えるけど……。
「目が覚めた?」
「え? あ、は──痛っ」
「無理しちゃ駄目よ。かなりぱっくり頭が割れてたみたいだから……血がすごかったわよ」
「いや、そんなことよりこ──」
「そんなことよりってあんたのことでしょ!」
「あ、はい。すみませんでした」
「まぁいいわ。ええっとここはどこか、よね?」
「ああ、できればここに至るまでの経緯もお願いします」
「分かってるわよ」
アリサと名乗った少女曰く、ここはバニングス家(すごくお金持ち!)の屋敷でこの部屋はお客様用の部屋とのこと。
そもそもなぜこの家にいるかと言うと、最初は病院に送ろうと思ったのだが俺の身元はおろか名前すらも分からず、その上身分を証明する持ち物すらもないこと。
また、アリサを助けた‘命の恩人’としてバニングス家で手厚く迎える為だったらしい。
命の恩人と真面目に言われても記憶がいまいちない。
だから、実感として湧かない。
人を助けたと言うことが。
ただ一部の情報はあるにはある、公園で過ごしてたとか。
公園で過ごすとか……どこのホームレス!?
自分で自分の記憶に突っ込んでしまった。
「……ありがとう」
「ん?」
「あんたのおかげで助かったわ。本当にありがとう」
顔をそらしながら、お礼を言ってくる。
本当に感謝してるかどうか一見怪しいが、顔が赤くなってるあたりお礼を言うのがなれてないだけなのかな。
でも、感謝されるようなことした覚えが全然ない。
「いや、恥ずかしそうにお礼を言われた後で申し訳ないんだけど」
「べ、別に恥ずかしそうになんかしてないわよ!」
「……まぁそれはおいといて」
「おいといてってあんた……」
「俺はなんか感謝されるようなことした?」
「な、何言ってるのよ! 当たり前じゃない! あんたがあのときに来てくれなかったら……なかったら」
その時のことを思い出したのか、身体を震えながら泣き出す。
それほどまでに、辛い出来事だったのだろうか……。
命の恩人なんていう言葉を使ってる時点で思い出来事であることは予想できるけど。
その姿があまりにも悲しみに満ちていたのであやす為に背中をなでなでしてさすってあげると、俺にぎゅっと抱きついてきた。
ぎゅうッと……さらに強くぎゅーッと。
俺もなされがままにされた。
アリサの体温とか心拍数とか息遣いとか聞こえる。
その感覚が、温もりが直に伝わりなんだか俺もホッとする。
そんなアリサは俺の胸元で泣いてるようだが、もちろん見ない振りをする。
それが男たるものだと本能で思うから。
しばらく経つと、アリサは俺か離れた。
「はぁ……スッキリしたわ。ありがと」
本当にその顔には涙一粒も見せず、さっきまでの気丈に振舞うアリサの顔だった。
なんとも凛々しい、そして美しいと言う言葉が似合う。
こうやって、正面から見ると……、
「お嬢様みたいだね」
「お姫様って言ってもらったほうが嬉しいわね」
「女王様?」
「お姫様!」
「ああ、女帝とか?」
「お・ひ・め・さ・ま!」
「え? どこらへんが?」
「喧嘩売ってるのかしら?」
「いやいや、そういうわけじゃ。じゃあ、お嬢様と言うことを証明してくれよ」
「……この部屋の広さを見ればわかるじゃない」
「この部屋だけかもしれないじゃないか」
「そう、ね……じゃあ」
そう言ってアリサは俺を手招きして、耳に囁いた。
言葉ひとつ言うたびにくすぐったくてくすぐったくて、そして気持ちいいような……謎の感覚に教われた。
「どうよ!」
「す、すごいな!」
「そうでしょう。見直した?」
「耳にふぅ~がこんなに効くとは! おかげで怪我も治りそうだよ」
「そこじゃないわよ!」
「いたっ、アリサ……俺は怪我人!」
「あ、ごめんなさい……じゃなくて! もう一回言うわよ」
再び同じ行為を繰り返す。
な、なんだってー!
月の収入が×××であの首相の小遣い並の~~だって!?
そ、そんなの……、
「ブルジョワじゃないか!?」
「セレブって言って欲しいわね」
「けっこれだから金持ちは」
「あんたさっきまでの態度と180度違うわね!」
「お金持ちは庶民の敵だから仕方ないじゃないか!」
「ただの妬みじゃない!」
ええ、妬みですよ。
それ以外に何かあるんですか?
俺達プロレタリアには理解できませんね。
「うぅ……ただの八つ当たりじゃない」
ごもっともで。
でも、恨まずにはいられないのが貧乏人の悲しい性なのです。
「私のことはいいじゃない。それよりもあんたのことよ」
「ん?」
「あんたは一体何者なのよ?」
「というと?」
「あくまで白を切るつもり?」
白をきると言うか、俺自身も自分自身について分からないことだらけだからしょうがないんですよね。
むしろ教えて欲しいです。
「……不本意だったけど、あんたが眠っている間に色々と調べさせてもらったわよ」
「いや、ありがいぐらいかな」
「本当に分からないの? いいわ、調べた結果……何も分からなかった」
「は?」
「何も分からなかったのよ! だから私だって、あんたのことをあんたと言うしかないんじゃないの! 分からないんだから……」
「そう……なのか……」
さっきから何度も、自分自身でも記憶を辿っているのだが、頭の怪我のせいなのかいまいち記憶が思い浮かばない。
深く思い出そうとすると、神経が切れるようなそんな痛みを感じる。
それでも、覚えている情報といえば、最初に思い出した以外では砂場、建築、トラック、サバイバル、なのはと言う感じ。
多少ながら、公園に住んでサバイバルしていた記憶と、ここが知らない世界で転生した先ということぐらいはかなり鮮明に思い出せる。
転生前の記憶は若干ぐらいにしか……。
しかし、転生前の記憶と言っても知識は残っているのだが思い出……とでも言うべきものがあまりない。
自分が転生したと言うのがにわかには信じられないけど、その知識が物申している。
だから、信じざるを得ない。
ようするに実際のところ記憶に関しては違和感だらけ。
穴だらけ。
今、こうやってしゃべってるのは本能的なものだと思う。
知識、みたいのはちゃんとあるんだけどな……。
「記憶が全然思い出せないんだけど?」
「ああ、それね。検査してくれたお医者さんが一時的なショックで記憶が飛ぶまたは無くなる可能性があるって言ってたわね。
だから、もし記憶喪失になってもたぶん……たぶん思い出せるって言ってたわよ?」
「たぶんを二回も……」
「……重要なことらしいわよ」
絶対はない、ということなのかな。
記憶があるにしろ無いにしろ、もとよりあんま分かっていないようだし、大した差はない……かな?
そもそも、アリサが言うには下手したら死んでてもおかしくないほどの怪我だったらしいから、生きていることに感謝だ。
しかし、生きてはいる。
生きているが……俺はこの先どうすればいいのだろうか?
怪我もしてるし、身元も分からない、その上名前も分からない……なんて。
だけど……俺はここに居てもいいのだろうか?
「バカ!」
「……え?」
「少なくとも怪我している間は居ていいわよ」
「あれ? 声に出してた?」
「表情みれば分かるわよ! 何考えてるかぐらい。今、ここを出て行こうとしたでしょ!?」
……分かっていない。
そう突っ込もうとしたけど……邪推だと思った。
それに意味合い的には幾分かはあってる。
「じゃあ、少しだけ……世話になろうかな?」
「そうしなさい。それで……私と一緒に──」
「なに?」
最後の言葉が上手く聞き取れなかった。
ただアリサはその言葉を言おうとした瞬間、目線をはずした。
「……なんでもないわ。それよりも名前!」
「名前……ああ」
「いつまでもあんたじゃ不便でしょ」
「確かに」
「確かにって……名前は?」
「……忘れた。というかそもそもないような気がする」
「はぁ? 名前も分からないの?」
「正直に言えばね」
「本当に何も分からないのね……じゃあ、良いわ」
アリサは、呆れた表情からちょっと楽しそうな顔になった。
そう、それはまるで面白いことを見つけたような。
俺は遊び道具じゃないんだが……まぁ好きにさせてやるか。
でも……名前には引っかかるものがあるんだよね。
どこかで聞かれたような、それもよく名前を呼ばれたような……そんな。
「鈴木一郎ね」
「平凡だね!」
そうそう、こんな感じの名前だった。
ほんの前のことだけど、でも懐かしいような名前だ。
だから、なのかな……。
「え……ど、どうしたのよ! 涙流して……」
「あ……ああ本当だ」
涙腺がもろい?
知識が言うには、身体に引きづられているということらしいが……どうだっていいな。
こんな情報、本当に今更どうでもいい。
大切なのは、
「そんなに嬉しかったってこと?」
「どうかな……どうだろう……」
「どっちなのよ?」
「でも……嬉しい方……かな」
今……だよね。
ただ気になるのは、記憶にある単語。
砂場とか砂や建築はどうとでもいいとして、もっと。
もっと重要なことがある気がする。
忘れてはいけないような。
そんな思い出が。
それは、前世のものではなく今の、
この世界に来てからの思い出とでも言うべき記憶。
その中でも一際に輝く……というよりは粘り強く意識に残っている。
なのは……という名前。
……名前?
{シリアスなんて苦手です……記憶喪失はむつかしいorz 忘れられしメインヒロイン}