「お兄さん、わ、私を弟子にしてください」
ピンク色の髪の少女が尊敬のような類の眼差しを、俺に向けながら必死に訴えかけている。
どこかであったような気がするけど……駄目だ。思い出せない。
思い出すために、都合よく回想でもするとしよう。
…………。
楽しい時間はすぐすぎると言うが、それは長きにおける旅においても同じだと思う。
家無き、男の次元を超えた一人旅というふうに表現すればかなり格好良く見えるんじゃないだろうか?
そこにさらに、天涯孤独とか自分探しの旅だとか付け加えればもう……それはもう立派な漢に見えるだろう。
まぁ残念ながら俺に限って言えば、家が無いと言うのはただのホームレスなので別に格好良くもなんとも無いわけだが……。
そんなわけで、旅を始めてすでに四年が経ったと言うことである。
四年と言う月日がかかれば、それなりの出会いや冒険、事件に巻き込まれると言うのが旅人の常のような気がするが、それは俺には当てはまらなかったのだろう。
だけど、ちょっとした思い出みたいなのはたくさんできると言うものだ。
そうだな……例えば……。
今から一年前、つまりはあの紫の男に会ってから三年後のことだった。
あの紫の男がもらった、あの布は本当に幻術のようなもののおかげで、こちらを探知されないようになった。
これはまさにステルスと言う名がふさわしく、若干の違いこそあれど俺が追い求めるものだった。
つまり、あの紫の男はステルスを作れるほどの技術を持っていると言うことだ。
こう見えても技術者の端くれ──自らをダンボールの第一人者と思っているゆえに、負けられないと言う感情も沸々と湧いてきた。
そこで俺は、ならどうするべきかと考え。
それなら技術を学べばいいという結論を出した。
旅を知ってはじめて知ったことだが、この世界にはあらゆる場所に研究施設がある。
当然のことながら、俺が当時いた世界にも研究施設があり、技術提供を求めた。
もちろんただでとは言わず、こちらの持ってる技術と引き換えにだ。
だが、やつらはそれを断った。
「ダンボールの技術を教えるから、我々の技術を教えてくれぇだぁ? なめてんのか餓鬼! 一昨日きやげれってんだ!」
「いや、一昨日から頼んでるんですけど?」
「あ? うるさいよ! 餓鬼はとっと寝な!」
まだお昼の時間だった。お昼寝しろってこと?
まぁそんなことは置いておき、ダンボールを舐めたうえに、門前払いと来た。
腹が立つ。
せめて見学ぐらいいいじゃないか。
心の底からそう思い、こうなったら見返してやろうと思った。
俺はダンボールを被り潜入を始めたのだ。
この研究室にはすでに無数のダンボールが放置されているのは、確認済みである。
あらかじめ、ステルス布で潜入した結果から分かっている。
そして俺はコソコソ、ゴソゴソと研究室の奥へ入っていく。
そこで気付いたんだ。
「あれ? どうやってこの後見返せばいいんだ?」
潜入してばれないと言うことは、いないのと同じ。
ダンボールの有能性が分からないのと同じ……。
ここで、「俺はここにいる」と言えば、間違いなく不審者扱い。追い払われるどころか不法侵入で捕まってしまう。
となれば、ここに入った事をばれずに、されど潜入された事を証明しなければならなくなる。
はて、どうするべきかと考えてる時だった。
そうか……ここのものだと分かる物を一つ、持って行けばいいんだ。
そうすれば、ダンボールの有能性が分かるはず……っ!
盗みに近いかもしれないけど、研究者なら盗めたことよりも盗まれたことに驚愕しきっとダンボールを認める!
そして、俺はビリビリ男の子を一人捕まえて、脱出した。
実はこのダンボール二人用なんだ。
ビリビリは痛かったけど、まぁ電気配線を弄くるとき、しょっちゅうショートして痛かったのと大して変わらないから大丈夫だった。
慣れと言うのは恐ろしいものだ。
俺はその後スムーズに研究室を脱出。
ビリビリ少年がやけに抵抗したが……まぁなんだ、日々鍛えられてきてしまった俺にはその程度の抵抗は、痛くも痒くも無い。
いや、電気は痛かったけど。
脱出した後、さぁこの結果を見せつけようとしたら、なんと出口には……
「え、ええとイチロー?」
「おや、フェイトではありませんか」
昔見た容姿をわずかに残しながらも、見事に洗礼された美しさになっていた。
なのはが可愛いなら、フェイトは綺麗と言う言葉よく似合う。
「あれ、イチローが連れてるその子は? はっ! まさかイチローはその子を救出したの!?」
「え?」
「さすがイチロー。やっぱりイチローってすごいね」
なんかよく分からないうちに、フェイトに感謝された。
そして、そのまま俺が連れ出した子を、よく分からないけど手懐けて、「この子は私が責任持って保護するね」と言った。
その後、メガネの人にその男の子を預け、フェイトが研究施設に入ると封鎖がすぐに決定した。
驚くべきことにここまでの展開の間ずっと俺は呆然としていた。
何というか……あれ? ダンボールの有能性は? と、研究施設が封鎖になってから思い出したけど……。
まぁ生き残れた者が勝者だろう。
つまり研究施設が破れ、俺が勝ったのだ。ということで納得した。
その後は少しフェイトと雑談したことは未だによく覚えている。
「なのはがね、イチロー見つけたって喜びながらみんなに話したりね……」
「アリサが結婚相手って誰よ!? って顔を真っ赤にしながら突っ込んだりね……」
「なのはがね……なのはがね……」
と、俺のいなくなった後のみんなの話しをしてくれた。
主になのはのことばっかしだったのは気のせいだろう。
でも、今では俺の安否を知って安心して、帰郷を待ってるとのこと。
その話を聞いて、伝言も残さずに出て行った少しの罪悪感が生まれた。
とりあえず、フェイトに「俺は楽しくホームレスしてる」って伝えといてと言うと、フェイトは二つ返事で答え、別れを告げた。
これが今から一年前フェイトとの再会の思い出の話である。
なんてことはない、ありきたりな話だね。
「お、お兄さん? 私の話を聞いてますか?」
思い出……と言うのには、ズレを感じるが印象的なことといえば、最近身近に感じたことがあった。
それは偶然、俺の転移魔法で大都市を当てたときの話だ。
大都市なのでスクライアガイドブックを開くまでも無く、町をうろついた。
こういう街だと逆に食べ物を食べるには、お金が必要になる。
そのため、俺が生きるには多少厳しい環境となる。
それもあってか、この世界自体には長居はしなかったのだが、その時に宿泊先……空港のような場所で寝かせてもらった。
その時思ったよ、ああ、ケータイ用ダンボールハウスを作るべきだったと、ね。素材になるダンボールはいくつは持ってたけどね。
爆発が起きた。
それは唐突に前触れも無く行き成りだ。
俺は慌てた、ああそれはもう見事なまでに慌てたね。
慌てすぎて気付いたら街中の公園にいたよ。
爆発が起きてから公園に行くまでの間の記憶がほとんど無いけどね……よほど慌ててたんだな。
おかげで助かりはしたのだけど……結局あの爆発はなんだったのだろうか。
今までで一番死の恐怖を味わった気がする。
結局、俺は爆発の原因を知ることも無く、とりあえずはこの町でダンボールハウスを作るだけの必要最低限の数を手に入れその世界を離れた。
「まぁ爆発なんて……ありがちだよな」
「ば、爆発って何があったんですか!?」
それも今となっては印象に残った青春の一ページだろう。
青春の一ページで思い出したけど……俺って今青春真っ盛りじゃないか?
……ホームレスに青春があるはず無いけどね。
もちろんこんな、どちらかというと楽観的に見ることが出来る出来事ばかりではなかった。
そうあれは……半年前ぐらいのことである。
「ま、まだ無視を続けるんですか? いい加減泣いてもいいですかねっ!?」
自然溢れる世界でのこと。
さぞかし昆虫やら、動物やらに囲まれている世界なんだろうなと思った矢先のことだった。
「……でかくない?」
森の中から、顔一つ飛びぬけた生き物が、見えたというか、近くにいた。
急ぎどんな生き物かスクライアガイドブックを開き探すと、
『白天王、おっきいけど昆虫だよ。食べられる……かも?』
「昆虫!? てか、捕食できんわ!?」
食べようとする前に食べられそうだった。
その前に、踏まれそうになったのが現実だった。
俺は踵を返し……逃げ出した。
転移魔法で逃げようと思ったが、この世界は草木生い茂る自然の世界。
きっと美味しい食べ物があるに違いないと予想した俺は、大人しく他の世界に行くと言う考えは無いわけで、必死に逃げた。
逃げる途中、これまた巨大な虫──地雷王という虫にもであって、なんかビリビリして、
「うは、電気ウナギみたい。これ捕まえたら、電気作らなくて済むかも!」
なんて思って捕まえようとしたら……これまた潰されそうになった。
自然にとって、人間はちっぽけな存在だった。
四苦八苦しながら、白天王との生死をかけた追いかけっこをしながらも、なんとか美味しい食材を確保しながら生活した。
まさにサバイバルそのものだった。
もちろんこんな生活をしたら戦闘技術の向上が多少はあると言うもの。
今なら、なのはにも勝てる気がする!
……軽い幻想なのは分かってるけどね。
でもまさか、なのはでもあのでかい虫……あれを虫と言うのかは甚だ疑問だけれども、勝てるとは思えないぞ?
いや、なのはならありえるのかもしれない……って、まず俺が生き残らなければならないのか。
本当に、本当に自然が弱肉強食であることを体感したよ。
「俺の人生でベスト五に入る死体験だったな」
「ど、どんな生活を送ってるんですか……教えてもらうのが少し怖いんですけど……」
「おや、どちらさまで?」
「本当に気付かなかったんですか!?」
まるで長い回想を見ているようだった、見てたんだけど。
目の前にはピンクの色の髪の少女がいた、再確認と言う意味で。
ピンクで思い出されるのが、ホームレス狩りのあの人だが……なんだかんだであの体験も俺の中で死を感じた出来事のひとつのような気がする。
そういえば、あのホームレス狩りの人と一緒に行動していた子がいたような……我が家でも何回か見たことあるような気がするけど……まぁ気のせいか。
「にしても、君には昔会ったことあるような……無いような……やっぱりな──」
「あります……ありますよ。ほら、いつしかヴォルテールを止めてくれたときに……」
「ヴォルテール?」
「キュルルっ」
「おや、小さな龍?」
昔の俺なら、龍見ただけで相当驚いただろうが、今となってはもう驚かない。
龍なんかよりもっと珍しいものも見たことある。
ロボットとかね? 虫に見えない巨大な虫とかね?
そういえば、数年前に見つけたロボットは結局解体するもよく機能が分からなかった。
なので、解体して手頃なショップで売ってみたらそこそこのお金になった。
なんか「過去の遺産かもしれない!」とか言ってた気がするけど、たぶん俺には関係の無いことだ。
「昔に会ったことあるんだ? 名前は?」
「キャロ・ル・ルシエです。お兄さん、あの時は本当にありがとうございました!」
「ん? まぁあまり覚えてないから気にしないでいいよ。それより何の用だっけ?」
「弟子にしてくれないかって言う話です。お兄さんが旅人だと言うのは前に会ったときに分かっていたので」
キャロはさらに続けた。俺とここまでに会うまでのあらすじを……まるでシリアスそのものだった。
そして、壮絶だった。
「理由は分かったし、生きる術を身に付けたいって言うのは分かったけど……」
「だめ……ですか?」
「ちょっと、ね」
別に子供が嫌いって訳じゃないけど、そういう問題とは別に、こういう小さい子と共に暮らしたりするのは色んな意味で気が重い。
そして、残念ながら俺はこういう人の命を預かると言うのはちょっと無理っぽい話だ。
なぜ無理かは……ホームレスだからの一言。俺だからの二言に尽きる。
間違いなくそれで、アリサやなのはなんていう面子は口をそろえて「その通り」と答えるだろう。
だからといって、このまま放置は……。
さすがの俺でも、ここで「はい、さよなら」は出来ないな。
いや、まてよ。一人あてになる人物がいる。
かつて、子供を預かるといって連れて行った奴がいるじゃないか。
「そうか、海鳴に帰ればいいのか」
「え?」
海鳴の座標はすでに、フェイトから教えてもらってある。
いつでも帰れるように、とのことだった。それに、一時帰宅というのもいいだろう。
「そうと決まれば、行こう!」
「え? ど、どこに行く──」
座標を正確に定めて、いざ帰還せり海鳴市。
◆
なんてことなかった解決策を用いて俺は海鳴市へと一時帰宅した。
転移魔法で転移した先は……バニングス邸。
より正確には、優雅に紅茶を楽しんでいるアリサの前だった。
「い、いいい一郎!? 帰ってきたの!?」
「お、おお。一時帰宅だけど。すぐまた行くけど」
アリサの予想以上の困惑振りと言うか、驚きように俺まで慌ててしまった。
よく考えれば、数年ぶりにあった気がする。
アリサと俺は互いに数年ぶりの相手の様子をまじまじと観察。
すると、アリサが再び驚きの声を上げた。
「い、一郎? そ……その隣の子供は──」
なんだか、若干黒いオーラが見えるような気がする。
この時ばかりは、さながそらその雰囲気は金色に輝く髪がとある超人的な宇宙人の髪の毛に見えたほどだった。
神様もビックリだ。
「誰との子よ!?」
俺がビックリだ。ついで言うなら、キャロもビックリしている。
「誰の子って。俺に子供がいるわけ──」
「あんた、結婚するとかいったらしいわね?」
「え?」
一体いつの話だろうか。俺の記憶には無い。
いや、アリサへの冗談のつもりで言ったかも知れないが、アリサはなぜそんな昔の事を未だに引きずっているのだろうか……。
不思議だ。
「結婚云々は置いといて、この子は俺の子じゃない」
「養子だって言うの!?」
「実子じゃないと言う意味じゃない! そもそもこの子はだなぁ……ああ、説明が面倒だ」
「面倒って何よ!?」
アリサの対応が面倒……というか、こうなってはアリサは俺のいう事を聞かないだろうから、なのはあたりに今度、事情説明してもらうようにしよう。
ついでに、なのはにあの人物の居場所のことも聞いておこう。
…………。
結論から言うならば、フェイトにキャロを任せて俺は再び旅に出た。
フェイトは喜んで──という表現は少しおかしいかも知れないが、好意的にキャロを引き取ってくれた。
キャロもそんな必死のフェイトに心を開き、丸く収まったようだった。
俺が去る際も、キャロは何度も俺にお礼の言葉を述べたが、それは筋違いと言うものだ。
真に感謝されるべきは、フェイトだからね。
これでキャロは幸せ、俺は安泰、フェイトは満足、一件落着である。
「で、一郎。本当はあの子は誰の子なのよ!? それに結婚相手って!?」
一人だけやけに勘違いをしてる人物がいたが……そんな彼女には、別れ際にはとっておきの言葉を贈ってあげるとしよう。
「アリサ……」
「な、何よ。一郎に似合わない真剣な目をして……」
「……あのな」
「…………」
「彼氏出来るといいな!」
「よ……余計なお世話よっ!!」
俺はこの言葉を最後にして、再び海鳴を離れた。
{作者的になのはとイチローの弄りあいではなく、単純なじゃれ合いというか戯れが書きたい今日この頃……恋愛……どうしようかな}